クトゥルフの呼び声90年代日本シナリオ


1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したシナリオです。
 舞台は1990年代の日本を想定しており、プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は現代日本人が最適です。
探索者同士が知り合いである必要はありません。また、探索者がクトゥルフ神話についての知識を持っていてもかまいません。

 まず最初に注意しておきたいことは、このシナリオは、探索者が神話的事件に巻き込まれ、否応無しに恐怖の体験をさせられるだけのシナリオであることです。
 クトゥルフの呼び声ではありがちなシナリオ形態ですが、そういったシナリオに慣れていないプレイヤーを相手にする場合は注意が必要でしょう。
 なにしろ、探索者の英雄的行動によってヒロインを助けたり、事件を解決するようなことは、このシナリオにはありません。あるのはただ宇宙的恐怖と人間の無力 感、そしてさして多くもない正気を保っていられる可能性だけなのです。


2,シナリオあらすじ

 探索者たちは、日本のどこかにある海良井村(かいらい)というところで行われるホエールウォッチング・クルーズというツアー旅行に参加しています。
 ところが、楽しいはずのこのツアーには、とんでもないことにクトゥルフ信者が紛れ込んでいたのです。
 この狂信者は星辰の位置が大いなるクトゥルフにとってふさわしい位置にそろうのを見計らって、ツアーに参加した人間たちをクトゥルフへの生け贄に捧げようと 考えています。
 時間が進み、星辰が特定の位置へそろうにつれて、探索者のまわりでは怪奇な出来事が続発し、また、神話とは関係ないところでも、いろいろとNPCたちは怪し い言動をとります(これは、シナリオ上故意に設定されたもので、プレイヤーを悩ますものとなってます)。
 最終的に、探索者はクトゥルフ奉仕種族によるクトゥルフ礼拝の光景を目の当たりにすることとなるのです。


4,NPC設定

●相田遼子(女・25歳)

STR8 CON15 SIZ10 INT11 POW17 
DEX13 APP18 EDU16 SAN0 耐久力13
ダメージ・ボーナス:なし
武器:こぶし 70%
技能:泳ぐ80%、回避50%、クトゥルフ神話45%、マーシャルアーツ40%

 海良井村出身のツアーガイドですが、彼女の正体はダゴン教団の巫女です。
 海良井村では古くから密かにダゴン信仰が受け継がれていました。彼女は教典に伝わる星辰がそろうという日にダゴンへの生け贄を捧げようと考えた のです。
 彼女は一匹のディープワンと接触しており、ツアーの間、そのディープワンが常にクルーザーの周辺を泳いでいます。
彼女は忌まわしき海底都市ルルイエの黒い石から作り出されたダゴン像を持っています。この像には「石の牌に魔力を付与する」に似た呪文がかけられ てあります。しかし、その効力はディープワンを召喚するものではなく、クトゥルフの落とし子と接触するためのものなのです。強力な呪文であるた め、クトゥルフの落とし子が半径2キロメートル以内に降臨すると、ダゴン像はものすごい力でクトゥルフの落とし子のほうへ引き寄せられていきま す。
ただし、生き物がその像を持っている時は引き寄せられる力は消え失せます。
●安川修三(男・56歳)

STR15 CON17 SIZ11 INT8 POW13 
DEX10 APP6 EDU14 SAN80 耐久力14
技能:操縦(船舶)70%、ナビゲート60%

 クルーザーの船長です。東京出身の、海良井村とは無関係の雇われ船長です。
無口な男で、あまり客とも口をきこうとはしません。
●杉山忠志(男・40歳)

STR16 CON12 SIZ14 INT14 POW12 
DEX10 APP11 EDU17 SAN53 耐久力13
技能:生物学50%

 物静かですが、礼儀正しい中年男性です。
 いつもサングラスをかけて、人と少し距離を置いた態度を取っています。
 彼の職業はヤクザで、その体には刺青をしているため人に肌を見せません。
 ヤクザであるにもかかわらず、自然愛好者である彼は、自分がヤクザであることを隠してクルーズに参加しています。自分がヤクザであることがばれ ると、ツアーの仲間と気まずい雰囲気になってしまうと思っているのです。
 自然愛好家であるためホエールウォッチングには強い興味があるらしく、さかんに相田遼子に鯨の生態などを尋ねたりしています。
●森脇宏和(男・26歳)

STR11 CON9 SIZ13 INT15 POW15 
DEX12 APP16 EDU17 SAN75 耐久力11
技能:言いくるめ60%、信用40%、目星60%

 軽い感じの若い男です。
 海原よりも、夜の街が似合いそうなタイプで、ホエールウォッチングに興味があるようにはとても見えません。
 次に出てくる竹宮鈴江の連れのようなのですが、美人の相田にもなれなれしい態度を取ったりもしています。
森脇はナンパ師であり、ゆすり屋でもあります。金持ちの家のお嬢様を誘惑しては、手切れ金をその両親にせびることを生業としているのです。
 彼がこのツアーに参加したのは竹宮の両親から身を隠すためです。
●武宮鈴江(女・20歳)

STR6 CON7 SIZ9 INT11 POW7 
DEX8 APP14 EDU16 SAN35 耐久力8

 彼女は森脇にだまされている世間知らずのお嬢様です。
 人見知りをするタイプらしく、連れの森脇以外とはあまり口をききません。



5,導入

 探索者はホエールウォッチングのクルーズツアーに参加することによって事件に巻き込まれてしまいます。
 よって、キーパーは探索者たちをツアーに参加させる必要があります。
 ツアーに参加させる方法ですが、時間が無い場合や、キーパーに慣れていないのならば、少し強引ですが、
「きみたちは、ホエールウォッチングのクルーズツアーに参加している。今は、クルーザーの上でみんなと自己紹介をしているところだ」
 と、いきなりはじめてしまうとよいでしょう。
 他の導入方法としては、友人からツアーのチケットをもらったとか、福引きであたったとか、会社からホエールウォッチングを新たな観光資源として調査をするよ う出張を命じられたとか、ツアーへ参加させる口実はいろいろとあるでしょう。

 以下にツアーの内容を明記しておきます。
『海良井村ホエールウォッチングツアー』
 暑い夏、美しい海でのクルージングはいかがでしょうか?
 船上では釣り、誰一人いない大海原での海水浴、ナイトパーティー、そして何よりの目玉ホエールウォッチングが楽しめます。
 スケジュールは2泊3日。時間に縛られない優雅なひとときを雄大な海で鯨と一緒に過ごせることでしょう。
 案内役として、ツアーガイドが一人同行し、鯨たちの解説をさせていただきます。
 肝心の乗船「サン・ジェント」号は、定員12名。個室、バス・トイレ完備の大型クルーザーです。
 釣道具、ホエールウォッチング用の双眼鏡の貸し出しもやっておりますので、普通の旅行のように気軽な気持ちで参加してくだされば結構です。

 出港は海良井村という名も無い漁村です。どうやら、村おこし的な意味を持っているツアーらしく、参加費用も破格の安さです。
 導入が終了すれば、次はイベント発生の項へ移ります。


6,イベント進行

 イベントは基本的に書かれている順番で発生していきます。

[6−1]海原へ!
 クルーザーは海良井村から出港します。
 海良井村へ滞在する時間は短いのですが、村おこしをひつよとしているにしては、意外と村人たちの姿は多く、過疎化も進んでいるようには見えません。また、 《アイデア》に成功すると、奇妙なことに村で老人の姿をあまり見掛けなかったことに気づきます。
 これは、海良井村がディープワンの血をひく人々が住む村であるためです(老人になれば、みんな海へ帰っていくのです)。

 一時間もすれば、360度どこを見ても陸地が見えない大海原です。
 天気は上々。最高のクルージング日和です。
 船内の様子にも慣れてきたところで、ツアーガイドの相田によって客は船内ロビー(談話室でもあり食堂でもある部屋です。10人の人間がゆったりとくつろげ る、船内最大の部屋です)に集められ自己紹介が始まります。

 探索者同士が知り合いという設定でない場合は、ここで自己紹介をしてしまうとよいでしょう。
 自己紹介はひとりひとり挨拶をしていく形式で行われます。
 まずは、ツアーガイドの相田が挨拶をします。若々しい、はつらつとした挨拶で好感の持てる女性です。
 次は船長の安川船長の挨拶です。
 安川船長はそっけない挨拶を済ませると、船の様子を見てくるといって、すぐに部屋を退出していきます。
 ほかの客たちは、簡単に自分の名を名乗る程度でどんな仕事をしているかも話そうとはしません。
 杉山はみんなとは離れた席に一人で座っています。
 森脇と武宮はカップルらしく二人並んで座っていますが、二人とも船旅は退屈そうで、なんでこのツアーに参加したのか不思議に思えるほどです。

[6−2]ダゴンウォッチング
 クルーザーは目的地(鯨がよく現れる海域です)まで航行します。目的地へは明日の朝に到着する予定です。
ツアーは良く言えばゆったりとした、悪く言えば退屈なものです。
 船の間取りは大きくわけて前方デッキ、後方デッキ、ロビー、操舵室(安川船長の私室も兼ねています)、乗員乗客の個室にわかれています。
 キーパーは他のNPCの様子を伝えてから、探索者たちが何をしているのか聞いてください。

 相田と森脇は後方デッキに一緒にいます。
 なにやら話をしているようですが、その内容をこっそり聞こうとするのなら《聞き耳》に成功する必要があります。成功すれば、その話の内容はまるで森脇が相田 を口説いているように聞こえます。
 森脇は探索者に気づくと露骨に「邪魔なやつが来た」といった顔をしますが、相田はほっとした顔で一緒に話をしようと誘います。
 安川船長は操舵室にこもりっきりで、自分からはなにも話しません。
 ただ、話かけると一言、
「トビウオの姿が見えん。普通なら、キラキラと飛んでるのが見えるのだが」
 と語ります。
 トビウオの姿が見えないのは、この海域に神話生物が集まりつつある影響です。
 杉山は前方デッキのロングチェアーに腰をかけて、缶ビールを飲みながらのんびりと海を眺めています。
話かけると、
「すばらしい眺めだ。この美しい海は、すべての生き物を優しく育んでくれる。そう、生き物にとって海は優しい母親であり、ゆりかごなんだ……」
 と、なんとも意味深なことを語ったあと、照れくさそうに、
「柄でもない事を言ってしまったかな」
と、かすかに笑います。
 武宮は自室に鍵をかけてこもっています。部屋を訪ねても、誰も相手にしようとはしません。やんわりと追い返されてしまいます。
 強引に部屋に居座ったとしても、彼女は部屋の窓から外をぼんやりと眺めるだけで話相手にはなりません。

 さて、事件が発生します。
 外を見ている探索者(デッキにいる、窓から外を見ているなど)は《目星》の判定を行います。成功した場合は、海面に巨大な黒いものが浮かび上がるのを見ま す。
 これは、海面に現れたダゴンの頭頂部です。
《目星》に成功したか、成功した人にその存在を教えてもらうかした探索者は《生物学》を判定します。成功すると、その黒いものの動きや体表の様子から鯨に似て はいるが、何か別の生き物(例えば巨大は虫類)に思えます。もちろん、それは信じがたい事実ですが。
 双眼鏡でその姿を見ると、それは真夏の日差しの下ですらまるで影のように黒く、なにか恐ろしい予感を感じさせるものです。双眼鏡でその姿を見てしまった不幸 な探索者は0/1正気度ポイントを失います。

 ところが、 デッキにいた杉山は、双眼鏡で眺めながら、
「すばらしい、なんて雄大な姿だ! 感激で、震えが止まらない」
 と感激しているようです。杉山はダゴンを鯨と勘違いしているのです。
 相田と森脇は黒いものの姿に気づいていません。
 黒いものは、すぐに姿を消してしまいます。

 これ以後は、特に事件は起こりません。
 やがて薄暗くなり、船の上での簡素な食事が終わると、あとは寝るだけです。
 探索者は自由に行動してもかまいませんが、他のNPCはすぐに眠ってしまい誰も起きているものはいません。
 この夜、クルーザーに乗っている人たちは悪夢を見ます。それは、ぼんやりとした夢で絶え間無く変わる色彩と形が見えるだけで、遠くのほうからズルズル滑るよ うな音とゴボゴボという泡の音がかすかに聞こえてくるだけですが、非常に不快な夢であることだけは間違いありません。これは、相田の持っているダゴン像の影響 です。

[6−3]ディープワンズフィッシング
 翌朝、船は目的地に到着します。
 この時期、この海域に鯨が多く姿を現わすというのですが、なぜか鯨の姿は見えません(神話怪物の影響です)。
 相田は、暇つぶしに海水浴でもしないかと誘います。
 後方デッキに収納式の階段があり、そこから海に直接降りられるのです。また、飛び込み板などもデッキに設置できます。
 海水浴には、森脇は喜んで同意しますが、他の客は乗り気ではないようです。
 特に、杉山は慌てた様子で、自分は水着を忘れただの、カナヅチだのといいわけをして絶対に泳ごうとはしません。
 彼は、この暑いさなかにも長袖のシャツを着て、一番上までボタンをとめています。
《心理学》に成功すると、彼は泳ぎのことを言われると、妙に自分の首もとのあたりを気にして、神経質に襟を直したりしているのに気づきます。それは、まるで何 かを隠しているかのようです。事実、彼は自分の刺青のことを隠しているのですが、プレイヤーはもっと別なもの(例えばエラとか)を隠していると邪推するかもし れません。
 武宮は、あまり活動的な女性でないので、デッキで海を眺めているだけです。森脇も、そんな彼女の態度を気にしていない様子で海水浴を楽しんでいます。
 停船して仕事の無くなった安川船長は、釣り道具を出して前方デッキで釣りをはじめます(探索者の分の釣り道具もあります)。
 しかし、長いことやっても何も釣れません。奇妙なことに、まるで魚がいないかのようにアタリのひとつもないのです。
 ただし、一度だけ釣りをしている誰か(なるべくならば、探索者が良いでしょう)の竿に獲物がかかります。それはとてつもなく大物らしく、リールを巻き取るこ ともできません。STR21の抵抗ロールに失敗すると、海に落ちてしまい竿は手放してしまいます。成功すれば、竿を持っていることはできますが糸が切れて、結 局、獲物は取り逃がしてしまいます。
 安川船長は、マグロでもひっかかったのだろうかと驚いた顔をするばかりです。
 実は、相田と接触を保っているクルーザーの下を泳いでいたディープワンに針がひっかかったのですが、探索者がこの真相を知ることは永久にありません(推理す ることはできるでしょうが)。

[6−4]スパウン・オブ・クトゥルフシャドー
 この日、天候には恵まれたものの鯨の姿は見付かりませんでした。
 杉本は残念そうですが、森脇と武宮はあまり気にしていない様子です。
 相田は安川船長に魚群探知機は使えないものかと尋ねます。
 この船にはクルーズフィッシングのために小型の魚群探知機を備えているのです。
 安川船長は、あまり期待しないでくれと言いながらも操舵室で魚群探知機を操作してくれます。このとき、《アイデア》に成功すれば、魚群探知機の操作方法を大 体憶えることができます。
 魚群探知機で海を探ると、鯨どころか魚影すら見当たりません。
 しばらくすると、モニターを見ている安川船長が驚きの声を上げます。《アイデア》か《電子工学》に成功すると、モニターに奇妙な影が映っているのがわかりま す。
 それは最初、海底かと思えますが確かに移動しているのです。それも時速15ノットという高速です。大きさは巨大すぎて正確にはわかりませんが30メートル以 上はあるように思えます。この海域に現れる鯨であるザトウクジラでは考えられない巨大さです。世界最大の生物であるシロナガスクジラだとしても、それは最大級 のサイズなのです。
 影を追うように相田は言いますが、その相田の声が聞こえたかのように、影は突然消えてしまいます。それは機械が見失ったというのではなく、そこにいた存在が 消え去ったというほうが正しい反応の消失の仕方でした。
 相田は、その影に強い興味を持ったらしく、影を探し出すようしつこく安川船長に言いますが、どこを捜してもあの巨大な影は見当たりません。
 探索者が、なぜそんなにあの影にこだわるかを尋ねた場合、あの影はこの海域では確認されたことはないシロナガスクジラのものかもしれない、と話します。もし そうなら大発見だということも付け加えます。

 この事に関して、誰も納得のいく説明はできません。すべては、何かの見間違いで片づけられてしまいます。
 探索者が魚群探知機を調べてみるのならば、《電子工学》に成功すれば、機械は正常に機能していることがわかります。

 この動く巨大生物は移動するクトゥルフの落とし子です。魚群探知機から姿が消えたのは、落とし子が体の構成物質を神話的物質に変化させたためです。なぜ、そ のようなことをしたのかは神のみぞ知るです。

[6−5]ナイトパーティー
 鯨を見ることはできなかったので、ちょっとしらけぎみのまま時間は進み、やがて夜がやってきます。
 ツアー最後の夜には、ナイトパーティーが用意されています。デッキのテーブルにオードブルが並べられ、立食パーティーのような形式で行われます。
 森脇はこのようなパーティーには慣れているらしく、手際良く料理を小皿に盛り付けてはグラスを片手に相田にモーションをかけています(もし、探索者の中に魅 力的な女性がいるのならば、そちらにも近づきます)。
 相田のほうは森脇の対処に閉口しているようです。
 武宮はあいかわらず、ぽつんと一人で海を見ていて、料理も飲み物もあまり口につけていません。《心理学》に成功すれば、関心のないように装ってはいますが、 武宮は森脇が相田に言い寄っていることに強い嫉妬を感じているのがわかります。
 杉山は水割りのグラスを持って、ロングチェアーに腰を下ろしています。酔いが回ってきているのか、探索者が話しかければ、意外と機嫌良く答えてくれます(も し、すでに自分がヤクザであるという真相がばれていれば、もっと気楽な調子で話をしてくれるでしょう)。
 安川船長もパーティーに参加してましたが、やがてロングチェアーでうたた寝を始めます。

 ここで、探索者のうち誰かが(《目星》が一番高い人か、相田か安川船長に興味を持っていた人)眠っている安川船長に相田が近寄って、何かしているのに気づき ます。
《聞き耳》に成功すれば、相田が安川船長に、
「明日、例の影を捜してくれないかしら。スケジュールは大丈夫、船の調子が悪いと言って帰港時間を半日延ばせばいいから」
 と、小声で囁いているのがわかります。安川船長は夢うつつでその話を聞いていますが、
「契約のスケジュールは守ってもらわなきゃならなし、自分の独断で勝手なことはできない」
 と、ほとんど相手にしてないようです。《聞き耳》に失敗すると、何も聞こえません。
 興味を持って二人に近づこうとすれば、相田は探索者に気づいてすぐに安川船長から離れてしまいます。《心理学》に成功すると、相田の表情から彼女は何かを隠 しているのではと思います。
 相田はこの時点ですでに安川船長から船室の鍵を盗み取っています(鍵については、以降に説明あり)。

 探索者が相田の行動に興味を持って、相田を問い詰めた場合、彼女はどうしても昼間見た影の正体が知りたくて安川船長に頼んでいたのだと話します(これは嘘で はありませんが、その理由がシロナガスクジラを追うためではなく、神話生物を追うためだということは当然隠しています)。

 パーティーも終わりに近づいた頃、《聞き耳》に成功した探索者は船底になにかがあたる音を聞きつけます。しかも、何か固いものがぶつかった音ではなく、にぶ い無気味な音です。船底に降りてみても、何も変化はありませんが、何か妙な予感の感じさせる音でした。

[6−6]夜の訪問者
 夜がふけると(といっても、何も無い海原では日が暮れれば夜なので午後10時ぐらいのことです)、他の客は自室へ戻っていきます。客の性格からしても、あま り遅くまで騒いだりはしないでしょう。森脇も、いくら言い寄っても脈のない相田に付きまとうのに飽きてしまったようで、早々に自室へ戻っています。
 探索者はどうしているでしょうか。
 自室に戻っている探索者以外の居場所を確認してください。探索者が前方デッキにいない時間を狙って(たぶん、探索者たちも寝静まった頃になるでしょう)、 ディープワンがクルーザーのデッキに上がってきます。
 その目的は、明日の晩、星辰がそろうまで、このクルーザーをこの海域に足止めするのが目的です。
彼らの手段は無線機とスクリューを破壊することです。スクリューは水中にあるので簡単に誰にも気づかれずに破壊することができますが、無線機はそうはいきませ ん。もし、どうしても気づかれずに破壊するチャンスが無ければ(用心深い探索者が見張っているせいなど)複数のディープワンによって力尽くでも無線機を破壊さ せてください。この場合、これ以降の森脇のイベントは少々変更することになるでしょう(探索者とディープワンが争っているところに、森脇が偶然現れると言った ところでしょうか)。

 探索者は男の悲鳴を聞きつけます。声を聞いて、《アイデア》に成功すれば、それが森脇のものだとわかります。
 悲鳴はデッキのほうから聞こえてきました。
 探索者がデッキに上がれば、奇妙な人型生物と森脇の姿を見つけることができます。人型生物(ディープワンのことです)の登場シーンでは、その姿の描写として ルールブックに載っている「インズマスの影」の一文をぜひ読み上げてください。
ディープワンを見た探索者はルール通りの正気度ポイントを失います。また、ディープワンの能力値はルール通りです。
 森脇はディープワンを前にして、
「わかった、あの女はくれてやる。だから、それ以上は近づかないでくれ」
と言って、ばたばたと手を動かしています。
 ディープワンは探索者に気づくと、ピョンピョンとはねて海へ逃げます(もし、戦闘能力に長けた探索者が多いのならば、一戦交えてもよいでしょう)。
 ディープワンを海の中まで追うことはできません。

 森脇のほうはかなりの精神的ショックのため緊張症にかかっています。彼は「俺が悪かった〜、あの娘は返す。だから許してくれ〜」とぶつぶつ呟いています。彼 はディープワンを見て、森脇は彼女を取り返しに来たのだと勘違いしたのです。《精神分析》に成功するか、3時間ぐらいそっとしておけば、森脇は正気に戻りま す。
 森脇は曲者ですが、怪物を見たあとでは精神状態が弱っているため問い詰められれば自分がゆすり屋であることを白状します。

[6−7]絶望へのカウントダウン
 ディープワンの計画が成功すれば、クルーザーはこの海域に足止めされることになるでしょう。
 操舵室を悲鳴を聞きつけて、相田たちもデッキに上がってきますが、安川船長は姿を現わしません。安川船長の部屋にもつながっている操舵室に行ってみると、無 残に破壊された無線機の脇に安川船長が倒れています。鋭い爪で切り裂かれ、すでに息はありません。
 操舵室をよく調べてみると、これには奇妙な事実が判明します。無線機のある操舵室の扉が、鍵によって開けられていたのです。その証拠に、扉の外側には鍵がさ さったままでした。
 森脇の証言では、自分が夕涼みをしにデッキに出たところ操舵室から出てくる怪物を見つけたと語ります。なるほど、確かに操舵室は海水の跡が残っており、あの 海から来た怪物が入った形跡が残っています。
 しかし、怪物は鍵をどうやって手に入れたのでしょうか。
 いつも鍵は安川船長がポケットに入れています。この夜は、安川船長が操舵室の中にある自室へ戻る時、内側から鍵をかけた(つまみをひねるだけで閉まるので、 鍵は必要ありません。つまり、鍵を無くしていても内側からは鍵がかかるのです)のをみんなは見て知っています。また、《幸運》に成功した探索者はパーティーが 始まる前に安川船長が鍵をポケットにしまうのを偶然に目撃しています。
 つまり、森脇の証言が正しいのならば、誰かがナイトパーティーの最中に安川船長から鍵を盗みとって、怪物に手渡したこととなるのです。
 ちなみに、安川船長は長いことうたた寝をしていたので、パーティーの間に鍵を盗み取るチャンスはみんなにあったことになります。

 しばらくして、いくら時間が経っても明るくならないことに探索者は気づきます。
 時計の時間はすでに朝となってるのに、空は暗いままです。よく空を見てみると、信じられないほどに黒い雲で空が覆われているのがわかります。その雲はまるで 臓腑のように蠢いて、クルーザーからかなり離れた上空を中心にして渦巻いています。この様子を見た探索者は0/1D8の正気度ポイントを失います。
 また、ナイトパーティーで聞いたような船底に何かがぶつかるような鈍い音が断続的に聞こえるようになります。魚群探知器を操作してみると、クルーザーの周辺 に無数の影(1メートル以上の魚影のようなもの)が取り巻いているのがわかります。

[6−8]終局へ
 いよいよ、クライマックスとなります。
 ずっと続いていた船底になにかがぶつかる音がピタリと止みます。
 クルーザーのまわりの海面一面に、いつのまに現れたのか無数のディープワンが顔を浮かべ、無表情な目でこちらのほうを眺めています。また、彼方に離れた場所 には異常に巨大なディープワン(ダゴンに近いほどです)の姿も見えます。
 同時に、ゴウンという船体がきしむような音がしたかと思うとクルーザーが動きはじめます。
 船体はギシギシと悲鳴を上げています。もちろん、クルーザー自身の能力で動いているわけではありません。機関を停止させても、どのようにしてもクルーザーは 動き続けます。
 クルーザーが進む方向には例の黒い雲が渦巻く中心部があります。ディープワンたちはクルーザーのために二つに分かれて道を作っています。
相田たちは前方デッキに集まって、これから先に待つ想像すらできない恐怖におびえ、腑抜けのように空の巨大な雲の渦を見つめています。
 このときは、これから起きる恐怖に対する予感を感じるだけで怪物を見たことによる正気度ポイントの喪失はする必要はありません。

《アイデア》に成功すると、船体の内部から聞こえる軋みの音から、船がディープワンなどによって運ばれているのではないことがわかります。
 その軋みの音の原因を捜せば、それが相田の部屋から聞こえているのがわかります。
 部屋の鍵はかかっています。《機械修理》に成功すれば鍵を開けられ、STR15の抵抗ロールに成功すれば鍵を壊すことができます。
 相田に鍵を開けてもらおうとした場合、相田は鍵は無くしてしまったといいますが、探索者が部屋にはいろうとするのは止めません。複数の探索者を止められる力 を持っていないからです。かわりに、いつでも逃げられるように部屋に入ろうとはせず、なるべくデッキにいようとします。
 部屋の中には相田のバックが部屋の中央に浮かんで部屋全体がまるで地震が起きているかのようにガタガタと震え軋んでいます。
超自然的な力によってダゴン像はクトゥルフの落とし子に引き寄せられ、その力がクルーザーを動かしているのです。
 空中に浮かぶバックは、どのようにしても動かす事はできません。不思議な力によって空中に固定されているようなのです。
バックを開けてみれば、中にはダゴン像が入っています。黒い石で出来た不気味な像です。手に取ってみれば、意外なほど簡単に動かすことが出来ます。すると、部 屋の振動は止まり、クルーザーも停船します。

 相田はクルーザーが停船すると、儀式が邪魔されたことに気づきます。相田は、探索者からダゴン像を取り戻そうと、大いなるクトゥルフと海神ダゴンに助けを求 めます(探索者に追いつめられたりした場合も、同じ行動を取ります)。
 しかし、その助けに対してディープワンの一人(比較的、人間に近い形をした若いディープワンのようです)がゴボゴボとした声(夢で聞いたゴボゴボという音に 似ています)で答えます。
「まだ、星辰はそろっていない。なにゆえ、我らの神を呼ぶ」
 相田は慌てて詫びの言葉と、自分は海良井村のダゴン教の巫女であり、生け贄を連れてきたのだから助けてくれと懇願します。
「ばかなことを、われらの神は贄などより、早くに眠りを覚まされたことをお怒りだ」
 そう言うと、ディープワンたちはそろってクルーザーが進んでいた雲の渦のほうを見つめ、ゴボゴボした声で不気味な合唱(讃美歌?)を始めます。
 すると、海から黒い靄のようなものが沸き上がり、それはぼんやりと何かを形作っていきます。
 最初、それは海から巨大な翼が生えたように見えます。そして、その翼の間から細かな触手が絡み合いながら現れて、丸い頭部を形作ります。それは、まるでタコ のような姿をしていますが、地球上のいかなる生物とも非なるものなのです。そう、この存在こそが大いなるクトゥルフと似た姿を持つといわれる、上級奉仕種族に して、クトゥルフ信者の司祭でもある、クトゥルフの落とし子なのです。
 海原のディープワンたちや、所々にいる異常に巨大なディープワンは、一斉にクトゥルフの落とし子のほうに顔を向けて、まるで礼拝するかのように眺めていま す。
 この宇宙的恐怖に満ちた光景を目の当たりにした探索者は1D6/1D20の正気度ポイントを失います。
多くの探索者が、このことによって正気を失うでしょう。ルールにしたがって、狂気に陥った探索者達の狂気に満ちた行動描写をしましょう。

 クトゥルフの落とし子は彼方から触手を伸ばすと、器用に船上の相田を摘み上げます。
 相田は「なぜ自分が」と悲鳴を上げますが、ディープワンの一人がこう答えます。
「微細な人間ごときが、神の真意を知ろうとは……つくづく愚かな。だが、その問いにだけは答えてやろう。我々の神は、気まぐれなのだ」
 呆然とする相田は、その後、一瞬で海の彼方へ連れ去られてしまいます。
 そして、まるで嘘のように海からは神話怪物の姿が消え失せ、空も明るくなります。

 クルーザーからの定期連絡がないことによって、船が遭難したことはすぐに判明するので、やがて救助がやってきます。とにかく、探索者たちは神の気まぐれから 最悪の結果は免れられたのです。
 安川船長の死体など、いろいろと面倒な問題は残っていますが、神話生物の礼拝場に迷い込んでしまったことに比べれば些細なことでしょう。
 ちなみに、海良井村へ戻ってみると、不思議なことに、このツアーを企画した者も含めて、村人たちの姿は忽然と消えてしまっています。海に帰ったのかもしれま せんし、神の気まぐれが村人全員におよんだのかもしれません。

 ところで、キーパーは最後のシーンで神に気まぐれを起こさせたのは、探索者がクトゥルフ信者を追いつめた成果であることをプレイヤーに伝えるのが重要です。 でなければ、シナリオの達成感といったものが激減してしまうからです。
 生き残ったNPCの台詞で「あなたがたが、あの怪物の仲間を見つけ出してくれたので助かった」とでも言わせておけば、プレイヤーは満足するものです。


7,最後に

 この宇宙的恐怖に満ちたツアーから生還した探索者は、1D10の正気度ポイントを獲得します。
 そして、探索者の手にはダゴン像が残されます。
 この像は「ディープワンと接触」に使用できる彫刻であると同時に、この像を使って接触したディープワンを80%の確率で自動的に従属させることが出来ます。
 強力なパワーをもつ魔法の品物ですが、この像を所持している人間は、毎晩、悪夢を見ることになり正気度が回復(精神分析医にかかるなどして)する事は絶対に ありません。


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