1,はじめに
このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
シナリオの舞台は高知県の吉野川上流、本川村の付近にある姐田(あねた)という架空の土地が舞台となります。
時代は現代。季節はお盆を設定しています。
プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は三人から四人ぐらいを推奨します。また、このシナリオでは普通の「クトゥルフの呼び声」シナリオより、探索者の戦
闘力が必要となるシーンが多くなっています。探索者の人数や戦闘力が乏しい(追加ダメージを持っている探索者が少ない。探索者の耐久力が低い)ときには、武器
技能の修得や、《受け》用の武器の所持などを推奨してください。
2,あらすじ
探索者が、母親とはぐれた少女と出会うことからシナリオはスタートします。
彼女は自分では気づいてはいませんが、神話的儀式の犠牲者とされようとしていたところを、その儀式に反対する人物に助け出されたのです。
探索者は、この少女を家に帰すため高知県の姐田という土地へと赴くことになります。
その土地で強い力を持つ地主、徳見家が少女の実家ですが、実はその家こそが神話的儀式を続けてきた恐るべき魔道士たちの血をひく一族だったのです。
探索者は姐田で行われている籠祭という不思議な祭などから、徳見家が行おうとしている神話的儀式の存在を察知し、それを阻止しなければなりません。
儀式のクライマックスで探索者は恐るべき徳見家の魔道士や、地下から沸き出したニョグタと対峙し、さらには時空の彼方を彷徨うこととなります。
さて、探索者は恐るべき儀式から少女を守り、そして無事に現代へと帰還することが出来るでしょうか?
3,NPC紹介(ここをク
リックすると印刷用の大きなイラストになります)
徳見 幸恵1(40歳) 徳見家を支配する魔女 STR8 CON16 SIZ14 INT15 POW18 DEX17 APP11 EDU17 SAN0 耐久力15 ダメージボーナス なし 技能:言いくるめ60%、信用60%、隠れる50%、忍び歩き50%、追跡40% 武器:小刀50%(貫通あり) 1d6+db(耐久力12) 呪文:ゾンビとの接触/従属、ニョグタの招来/退散、ニョグタのわしづかみ、被害をそらす、レレイの霧の創造、門の創造、ヨグ・ソトースのこぶ し、催眠術、他、徳見家の儀式用呪文 ニョグタを利用する知識を持つ、恐るべき魔女です。 彼女は、千年の歴史を持つ旧家に生まれました。この家には代々ニョグタにまつわる知識が伝えられており、それは一族に繁栄をもたらしてきまし た。 彼女の目的は、一族の神話的歴史を守り、徳見家にさらなる繁栄をもたらすことです。 彼女はニョグタの力を有効に利用していますが、ニョグタ信者というわけではありません。神を信じ、恐れはすれど、奉仕をすることはないのです。 その外見は年齢に比べて若々しく、生命力に溢れています。常に和服を着ていますが、日本的な慎ましい女性という感じはしません。押しが強く、言 葉に迫力があり、任侠映画の女親分をイメージするとピッタリでしょう。 このシナリオでは魔術的に造り出された彼女の分身が登場します。そのため、本体のほうには「1」、分身のほうには「2」という番号をつけて表記 します。 |
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徳見 亜希子1(11歳) 何も知らない少女 STR7 CON7 SIZ9 INT10 POW16 DEX12 APP14 EDU6 SAN55 耐久力11 ダメージボーナス −1d4 技能:忍び歩き60%、隠れる50%、聞き耳30%、追跡30% 少し日に焼けた肌の健康的な少女ですが、いまどきの子にしては妙に礼儀正しいところがあり、しつけの厳しい家に育ったことがうかがえます。とて も素直で大人の言うことには良く従います。ただ、相手が優しい人だと知ると、少し甘えることもあります。 徳見亜希子は両親が狂信者であること以外は、地元の小学校に通う普通の少女です。 彼女の両親は娘が自分に逆らうようなことが無いようにと、厳しくしつけましたが、神話的知識を教えるようなことはしませんでした。儀式を終えて から、ゆっくりと教育を施すつもりだったからです。 自分の家の秘密について何も知らずに育った彼女ですが、遊びたい盛りの時期に、町などへ遊びに連れて行ってくれない両親には内心では不満を感じ ています。 そのため、自分に甘い大人には、遠慮がちではありますが甘える傾向があるのです。 |
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徳見 亜希子2(11歳) 身代わりにされた少女 STR7 CON7 SIZ9 INT10 POW11 DEX12 APP14 EDU6 SAN55 耐久力11 ダメージボーナス −1d4 技能:忍び歩き60%、隠れる50%、聞き耳30%、追跡30% 徳見幸恵の手によって、徳見亜希子の身代わりとして、古賀琴美という少女を魔術で変身させたのが彼女の正体です。 髪型以外、外見、記憶、すべて徳見亜希子と同じものをもっています。 徳見亜希子と同様に、彼女は町で遊ぶことに憧れています。 そのため探索者と合流すると、この機会にいろいろ田舎にはない場所へ連れて行ってくれるようにねだってきます。 |
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徳見 国男(38歳) 徳見家の忠実なるしもべ STR17 CON16 SIZ18 INT10 POW11 DEX14 APP9 EDU9 SAN0 耐久力17 ダメージボーナス +1d6 技能:言いくるめ30%、隠れる70%、忍び歩き70%、追跡60% 武器:拳70% 1d3+db 蹴り40% 1d6+db 古代刀50% 1d8+db(耐久力20) 装甲:なし 呪文:ゾンビとの接触/従属、被害をそらす、ニョグタのわしづかみ、門の創造、他 プロレスラーのような筋骨隆々の体格と、その肉体に相応しい強面の男です。無口ですが粗野なところはなく、禁欲的な武士といったイメージの男で す。 そんな彼は、徳見幸恵の忠実な僕です。もとは徳見家の分家の人間でしたが、そのたぐいまれな肉体能力と本家への従順さを買われて、徳見幸恵の婿 となったのです。そんな二人の関係は夫婦と言うよりは、主君と臣下と言ったほうが良いでしょう。 彼は余計なおしゃべりは墓穴を掘ることにつながるという信念を持っており、必要以上のことを話すようなことはしません。うるさくつきまとう相手 には、その頑強な肉体を無言で誇示することで黙らせようとします。 いわゆる肉体派とも見える人物ですが、その体格を有効に利用することも心得ている、それなりに頭の働く男です。もっとも、徳見幸恵という圧倒的 な存在の影に、その性質は完全に隠されてしまっていますが。 |
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川原 俊光(73歳) 忌まわしき儀式に反発した老人 STR11 CON9 SIZ11 INT13 POW12 DEX8 APP11 EDU16 SAN35 耐久力10 ダメージボーナス なし 技能:聞き耳40%、忍び歩き60%、錠前50% 全身から人間の丸さが滲み出ているような、優しげな老人です。 頭はすっかりはげあがり、背中も少し丸くなっていますが、しゃべり方などはシャンとしています。 川原俊光の家は、代々徳見家の山林を管理する仕事を続けてきましたが、それだけではなく徳見家の神話的秘密にも関わってきました。 ただ、彼はそんな徳見家の忌まわしい秘密に対して、疑問を抱き続けてきました。 そして、再び神話的儀式が行われようとしているとき、彼は徳見家を裏切ったのです。 |
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川原 佳代子(21歳) 民俗学を学ぶ大学生 STR9 CON11 SIZ13 INT14 POW14 DEX9 APP13 EDU15 SAN70 耐久力11 ダメージボーナス なし 技能:歴史60%、考古学40%、図書館40%、人類学30%、目星50% 川原俊光の孫娘ですが、徳見家の秘密などはまったく知りません。 幼いときに徳見家のもとを離れて、町で普通に生活をしてきました。 真面目に学問に打ち込む大学生ですが、友達づきあいも大切にしています。性別というものをあまり意識しない性格で、男女に関係のない接し方をし ています。彼女自身、どちらかと言えば男性的と言えるでしょう。 言いたいことはなんでも言いますが、さっぱりとした人柄から多くの友人に慕われています。 彼女はシナリオへの導入には必要ですが、その後の展開にはあまり関わってきません。キーパーはプレイヤーと相談して、川原佳代子をプレイヤーに プレイさせることも可能でしょう。 シナリオに深く関わるポジションにいる探索者として、よりおもしろいゲームを楽しむことが出来るはずです。 |
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増田 富江(43歳) 色々なものを見た家政婦 STR8 CON10 SIZ12 INT10 POW7 DEX10 APP9 EDU13 SAN35 耐久力10 ダメージボーナス なし 技能:聞き耳70%、忍び歩き60%、目星40% 徳見家の家事をしていた川原俊光の妻が死去したため、徳見家で働くようになった家政婦です。徳見家で働くようになって五年ほどです。 彼女は少し気の弱いところがあるぐらいで、ごく平凡な主婦です。 当然、彼女は神話的知識を持ってはいませんが、徳見家で長く働いてきたため、知らず知らずのうちに多くの情報を手にしています。そんな彼女は、 探索者にとって重要な情報源となってくれることでしょう。 ただし、彼女は姐田の出身であり、徳見家のことを他の村人同様か、それ以上に恐れています。 そのため、徳見家の秘密を聞き出すには、それなりの交渉術が必要となるでしょう。 |
4,シナリオの導入
シナリオの導入は、探索者の暮らす地元からスタートします。
探索者の暮らす場所は特にシナリオでは限定しませんが、人も住まないような田舎や遠島、海外、そしてシナリオの舞台となる高知県の近辺は避けてください。で
きれば遊ぶ場所の多い場所のほうが良いでしょう。
シナリオの時期はお盆休みの頃です。
探索者は友人である川原佳代子のアパートへ向かっている途中からスタートします(何の用事であるかは適当に決めてください。夏休みの時期ですから、どこかに
遊びに行く計画を立てるためにの打ち合わせに行くといった用事ですと、今後のシナリオを展開しやすくなるでしょう)。また、時刻は限定しませんが、できるなら
夕方にしたほうが今後の展開が楽になるでしょう。
川原佳代子のアパートは、大通りから外れた場所にあり、あまり人通りは多くありません。
そんな道を探索者が歩いていると(車で走っているかもしれませんが)、前方のタクシーの存在に気づきます。そのタクシーは探索者の目前でフラフラと蛇行して
いるのです。やがて、いまにも壁にぶつかるといったスレスレのところで、タクシーは急停車します。
すぐにタクシーの後部座席のドアが開いて、中から白い着物を着た女性が、子供の手をひいて飛び出してきます。
外に出た女性はタクシーのほうを怯えた顔で振り向くと、いきなり子供を突き飛ばし、路地のほうにひとりで走り去ります。子供は突き飛ばされた勢いで、道路に
転んでしまいます。
このあと《目星》に成功した探索者は、タクシーの中から青黒い何かが飛び出して、走り去った女性を追いかけるように路地に入っていくのに気づきます。それは
輪郭のはっきりしない、いままで見たことの無いような形と動きをした「何か」であるため、《目星》に成功した探索者ですら、それが目の錯覚なのではと疑いたく
なるものです。この《目星》が1/2で成功した探索者は、その青黒い「何か」から、一本のホースのようなものが角のように伸びていたことに気づきます。そし
て、そのホースだけは赤く、ぬらぬらと濡れたような光沢をしていたことがわかります。
探索者の目撃した青黒い「何か」の正体は、時の腐肉食らいの名を持つ、あの忌まわしきティンダロスの猟犬です。ホースのように見えたのは猟犬の舌なのです。
◆倒れた少女
倒れた子供は、徳見亜希子2です。
彼女は何が起きたのかわからないといった様子で、倒れたときにすりむいた足の傷をさすっています。
探索者がいったいどうしたのか尋ねると、車の中に突然煙が吹き出してきたこと。そのあと、停車した車からお母さんが外に飛び出して、いきなり突き飛ばされた
ことを語ります。その内容は、探索者の目撃したとおりのことであまり参考にはなりません。
どこから来たのか、何をしに来たのかについては後述の「5,事件の背景」を参照してください。
◆路地の奥
女性の去っていった路地の奥へ向かった探索者は《聞き耳》をすることができます。《聞き耳》に成功すると、路地の奥から短い悲鳴が聞こえたことに気づきま
す。また、この《聞き耳》に成功した探索者で《アイデア》に成功した探索者は、その悲鳴が途中でプッツリと途切れたしまったことに気づきます。まるでテレビの
スイッチを切ったかのように、悲鳴が消えてしまったのです。
探索者が路地の奥を見てみると、そこには誰もいません。しかも、路地は完全に行き止まりになっており、まわりの塀は簡単に乗り越えられる高さではありませ
ん。
路地に入って《アイデア》に成功した探索者は、そこに異様な臭いがかすかに漂っているのに気づきます。それは感じ取ってしまうと、今度はなかなか忘れられな
いほどの不快な臭いです。腐臭によく似ていますが、実際にはそんな生やさしいモノではなく、悪意あるものが人が不快に感じる臭いのエッセンスを抽出して造りだ
したような、そんな凄まじい臭いです。この臭いはすぐに消えてしまいます。
消えた女性の行方を捜しても無駄に終わります。ただ、路地を念入りに調査して《目星》か《追跡》×2に成功した場合、塀の下にわずかにドロリとした青い膿の
ようなものがこびりついているのを発見します。それは前述したような凄まじい臭いを放っていますが、やがて蒸発するように跡形もなく消えてしまいます。この現
象を見て《薬学》に成功すると、この青い膿が自然界に存在するものではないことがわかります。
いなくなった女性は徳見幸恵2です。彼女はティンダロスの猟犬に襲われ、時間の「角」へ連れ去られてしまったのです。悲鳴が途中で途切れてしまったのも、彼
女がこの時間から一瞬で消え去ってしまったためです。
◆タクシーの中
タクシーの中を見ると、ハンドルに抱きつくようにして呆然としている運転手がいます。
また、車内にはうっすらと煙が漂っています。煙はすぐに薄れていきますが、前述したような不快な臭いがします。
後部座席の足下には、大きな布にくるまれた板状のものが立てかけられています。布の中身は古びた屏風です。屏風と言っても、四尺屏風(高さ約120センチ、
幅約70センチの二枚つなぎ)と呼ばれる、時代劇などで行燈のわきなどに置かれているような小振りの屏風です。お城や豪邸に置かれてあるような、6枚つなぎの
大きな屏風とは全然大きさが違うので気をつけてください。
◆屏風の絵
屏風には絵が描かれてあります。それは水墨画や金箔を凝らした風景画ではありません。赤、黄、紫、緑といった濃い色を多用した色彩豊かな絵です。
それは浮世絵のような画風ですが、筆のタッチは荒々しく、色彩も強烈です。この絵を見て《芸術・絵画》×5か《歴史》か《EDU》に成功した探索者は、これ
が絵金という画家の絵に似ていることに気づきます。
絵金とは幕末から明治にかけて土佐で活躍した画家で、歌舞伎の一場面を描いた芝居絵を多く残しています。彼の描く絵は、歌舞伎でも血みどろの争いの場面が多
いのですが、そのたぐいまれなるデッサン力と表現力によって庶民を中心に大きな支持を得ました。
タクシーの中にある屏風絵が絵金の作であるかどうかを判別することは困難です。なぜなら、絵金は絵屏風に落款を押したりしなかったからです。絵をじっくり見
て《芸術・絵画》に成功した探索者は、この絵が、少なくとも絵金か、彼に師事していた弟子の作であることは間違いないとわかります。ただ、絵金の絵屏風にして
は尺が小振りです。普通、絵金の絵屏風は六尺(約180センチ)はある大振りな作品が多く、それゆえに迫力もあるものなのです。
この絵屏風に描かれているのは、海からの大波が押し寄せ、町の中を逃げまどう人々の絵です。《歴史》か《芸術》か《EDU》に成功した探索者は、この絵のよ
うな歌舞伎の演目が無いことに気づきます。それもそのはずで、この絵屏風に描かれた光景は1万1,542年前のアトランティス沈没の姿なのです。もちろん、人
物や家々は日本のものに置き換えられているので、それがアトランティスの光景であることは探索者にはわかりません。
また、《芸術》×2か《歴史》で、この絵が100年ぐらい前のものであることがわかります。
そんな年代物ですが、この絵に使用されている泥絵の具という絵の具は、ポスターカラーのような濃い色彩で、さらにその色が長い時間を経てもあせないという特
徴をもっています。そのため、古い絵だというのに生々しいまでの色彩がいまでも残っています。
◆運転手の話
呆然としている運転手は、しばらくすれば正気に戻ります。
いったい何が起きたのか、彼は何もわかりません。運転していたら突然車内に凄まじい臭いのする煙が充満して、そのためあわてて車を停めたそうです。
運転手はいなくなってしまった女性については良く覚えています。以下が、彼から得られる証言の例です。
・なんとなくやつれた感じのする和服を着た女性で、何かに怯えたようにひどくおどおどしていた。
・何かに疲れたような顔をした、色白の女性だった。それは青白いといっても良いほどで、なにか病気でもしているのではないかと思った。
・もうひとりの女の子と親子らしかった。少女は町が珍しいらしくいろいろ話していたが、女性のほうはほとんど口をきかなかった。
・おどおどする女性とは対称的に少女は平気な顔をしていた。無理心中でもするつものではないかと心配だった。
・二人は駅(川原佳代子のアパートの近くで、新幹線や特急が停まるような大きな駅)で乗せた。
・○○の住所まで行くようにとメモを見せられた(○○というのは川原佳代子のアパートです)。
運転手が女性から受け取ったメモには、四国の高知駅から運転手が女性を乗せた駅までの経路が丁寧に、わかりやすく書かれてあります。このメモを川原佳代子に
見せて、この字が川原俊光のものではないかと確認した場合、確かに似た筆跡であることがわかります。
5,事件の背景
このシナリオの発端は、千年以上前に遡ります。
高知の山奥、姐田という土地に徳見一族はどこからか移り住んできました。
この一族には大きな秘密がありました。それはあのセイレムの魔女と起源を同じくするニョグタに通じる力を持つ血筋だったのです。
彼らは、姐田の土地にセイレムにあったような、ニョグタのおわす場所に通じる穴を造り出し、その力を利用してこの地を支配していきました。また、ニョグタの
力を利用できる血筋を途絶えさせないように、閉鎖的な山村で、一族内での婚姻を繰り返していました。
なお、彼らのニョグタに対する信仰は、キリスト教や仏教のように神を信じすがるのではなく、神の力を自分に取り入れようとする、いわば古代シャーマニズムに
近いものでした。
そのため彼らは明らかに狂人でしたが、狂信者ではありませんでした。神を崇拝するよりも、一族を発展させることを優先するという、世俗的なところも持ってい
たのです。
やがて、徳見家はニョグタの力を使って、時空の彼方を見るための儀式を成功させました。リン・カーターがニャルラトテップの化身のひとつと考えたように、ニョ
グタにもニャルラトテップと同様の時空に関わる力があるのです。
ただし、この儀式によって時空の彼方を見た魔道士は、時を超えようとする愚か者の臭いに敏感なティンダロスの猟犬に狙われることになります。ですが、それで
も徳見家にとっては、未来を見ることで得た知識のほうが重要でした。徳見家は、その絶対に当たる予言により、戦国時代を狡猾に生き抜いてきたのです。
時代が経つにつれ、その儀式も洗練されてきました。
まず、年齢が10歳程度の子供(年齢的に次期当主)に儀式をさせるようにしました。子供は精神が柔軟(正気度が回復しやすい)なため、時空の彼方を見た
ショックで精神が崩壊してしまう危険性が少なかったからです。
また、時空の彼方を見る儀式はニョグタに通じる力がもっとも強いと考えられる徳見家の当主(もしくは、次期当主)が行うことになっていましたが、それでは当
主はティンダロスの猟犬に怯えて自由に生きることが出来ません。そこで、「似姿の利用」に似た呪文を使って、呪文の犠牲者を当主と同じ人間に変身させるという
方法を編み出しました。
この呪文は、呪文の犠牲者を完全に望んだ人物と同一人物(記憶や技能まで。ただしPOWはそのまま)に変化させてしまうというものでした。
こうして呪文で造り出した自分の代役に儀式をさせることで、徳見家の当主はティンダロスの猟犬の脅威に曝されることはなくなったのです。
当主の身代わりとなった代役は、ティンダロスの猟犬の牙から逃れるために作られた「籠」と呼ばれる角のない円形の部屋に、次の儀式が行われるまで閉じこめら
れることとなります。そして、その中で未来を見て得た知識による予言を徳見家にもたらしてきたのです。
しかし、そのように徳見家のために尽くしてきた代役も、新しい儀式が成功した時点で用済みとなり、籠から追い出されてティンダロスの猟犬の餌食とされまし
た。
なお、時空の彼方を見る儀式には、代役の他にも次期当主本人も参加します。数十年に一度しか行われない秘技のやりかたを伝えるため、次期当主にもこの儀式を
経験させるのです。ただし、次期当主は時空の彼方を見ることはありません。
徳見家の発展は、姐田の発展でもありました。
姐田が戦国の世を無事に切り抜けられたのは、ひとえに徳見家の未来を知る能力のおかげだったのです。
意外なことに、徳見家と地元住民たちとの関係は良好なものでした。
徳見家はニョグタへの生け贄のため、時には村人を犠牲にしていましたが、それらは秘密裏に行われたので、徳見家が非難されるようなことはありませんでした。
徳見家は、村人たちを自分たちに奉仕する奴隷程度にしか思っていませんでしたが、彼らを円滑に統治するための手段は心得ていたのです。
村人たちは、そんな徳見家の力を崇め、発展を続けることを祈って籠祭と呼ばれる祭を行うようになりました。
それは徳見家の儀式を真似たものであり、何十年に一度しか行われない儀式の代わりに、村に活力を与えるための村人たちの祭として伝えられてきました。
まだ神秘というものが残されていた時代には、この祭は徳見家の公認のもとに行われていましたが、近代になって儀式や魔術といったものが胡散臭い目で見られる
ようになってから、徳見家では籠祭の存在を否定するようになりました。近代にあっては神話的儀式というものは、人目には触れさせない方がよいものとなったから
です。
しかし、すでに土地に根付いた祭を無くすことは、徳見家の力をもってしても不可能でした。やがて籠祭は仏教のお盆信仰や、赤岡町の絵金祭の影響を受けて、そ
の本来の意味は失われていきましたが、それでも現代まで伝えられてきたのです。
さて、時代は現代へと移ります。
徳見家では当主候補の徳見亜希子が儀式をする年頃に成長したため、次の儀式の準備が密かに進められていました。
しかし、徳見家に代々仕えて、その儀式の秘密の一端を知る川原俊光は、そのことをよしとしませんでした。彼は、徳見幸恵1の代役としてティンダロスの猟犬に
怯えながら幽閉される徳見幸恵2の人生に同情して、このような哀れな人間を造り出すような儀式には反対だったのです。
そんな川原俊光の思いとは関係無しに、儀式の準備は進められていきます。
やがて、とうとう儀式を行うための代役が魔術的方法によって造り出されたのを知って、またも徳見幸恵2のような哀れな人間が生み出されることに耐えられず、
川原俊光は徳見家を裏切ることを決意しました。
彼は密かに徳見幸恵2を籠から救い出しました。籠から出ることはティンダロスの猟犬に狙われることにもなりますが、徳見幸恵2は遅かれ早かれ自分が籠から追
い出されることを知っていたので、徳見亜希子2を助けるために自ら籠から出る決意をしたのです。
次に、川原俊光は徳見亜希子2をこっそりと外へと連れ出します。
川原俊光だけでは、徳見亜希子2を姐田から連れ出そうとしても素直に従わせることはできなかったでしょうが、母親と同じ姿を持つ徳見幸恵2が協力してくれた
おかげで、容易に彼女を姐田から連れ出すことに成功したのです。その際、祭で使用される絵屏風も一枚持たせました。少しでも祭の妨害に効果があるかも知れない
し、いざというときに取引条件として利用できるかも知れないという考えからです。
川原俊光はとりあえず自分の身内である、川原佳代子のもとに二人を行かせました。
そして、自分は徳見幸恵1を説得するべく、単身徳見家へと戻ったのです。
しかし、完全な狂人を相手に説得などが通じるはずもなく、彼は捕らえられ幽閉されてしまいます。
一方、川原佳代子の家に向かう途中で、徳見幸恵2もティンダロスの猟犬の犠牲となってしまいます。ただ、幸運なことにそこへ探索者が通りかかったのです。
6,少女を連れて
徳見亜希子2からは多くの情報を聞くことが出来ます。
彼女を演じる際にキーパーが注意しなければならないことは、徳見亜希子2自身はさほどこの事態を深刻に考えてはいないことです。彼女は母親と外出(ちょっと
遠出でしたが)している程度の認識しかありません。母親が自分を置いてどこかへ行ってしまったことは不安に感じていますが、そのことで泣き叫ぶような歳でもあ
りません。それに母親のことを信用しているので、すぐに戻ってくるだろうと楽観視しているのです。
徳見亜希子2は、自分がお母さんと一緒に「川原さん」の家に行く途中であることを知っています。
もちろん、ここでの川原というのは、探索者の友人である川原佳代子のことです。
もし、どうやってここまで来たかを尋ねられれば、川原俊光が運転する車で、母親と一緒に高知駅へ行き、それからは二人だけで電車とタクシーに乗ってここまで
来たのだと答えます。徳見亜希子2は川原俊光のことを親しみを込めて「おじいちゃん」と呼んでいます。
母親について尋ねられると、「いつもはキリッとしていてなんでもテキパキしているのに、今日のお母さんはなんか頼りなくて、ここまで来るのにもずいぶん色々
な人に行き方を聞いていたりした。あと、私が前に話したことをみんな忘れていて、変な感じだった。けど、今日のお母さんはすごく優しかったな……いつもああだ
といいのになぁ〜」と話します。
その女性が徳見幸恵とは別人である可能性を徳見亜希子に尋ねた場合、「なんか今日のお母さんは少し変わってたけど、でも、お母さんを間違えるようなことはな
いわ」と憮然とした表情で答えます。
徳見亜希子2は、屏風のことについて尋ねられると自分の家にたくさんある屏風の一枚だと思うが、どうしてそんなものを持って外出したのかは知らないと答えま
す。不思議に思って屏風のことを徳見幸恵2に尋ねても、あいまいな返事しかしてくれなかったそうです。
タクシー運転手は、さっさとこの客を降ろしてやっかい払いをしたい様子です。タクシー代金は、知り合いのようでもある探索者にダメもとで請求をしてみます
が、断られた場合は乗り逃げされたとあきらめます。あまり追求すると面倒なことに巻き込まれそうだと考えたからです。
もし、探索者が座席の屏風に気づいたいなかった場合、タクシーの運転手が徳見亜希子2に屏風を渡します。
おそらく探索者は、徳見亜希子2を川原佳代子のアパートへ連れて行ってあげることでしょう。
川原佳代子の家は、町はずれに建つボロアパートです。人通りは少なく、駅からも離れた場所にあるため、家賃は安いのですが住み心地は良くありません。
アパートは二階建てで、一階と二階に各三部屋、合計六部屋あります。彼女の部屋は二階の真ん中の部屋です。
彼女の部屋は、あまり女性的とは言えません。民俗学に関する本が大量に山積みにされて、部屋の壁は見えない状態です。味気ないパイプベッドと布団を取ったコ
タツがテーブル代わりです。本が乱雑に置かれていることを除けば、それなりに清潔にはしていますが、それでもあまり住み心地の良い部屋とは思えません。なお、
彼女は自炊をしていますが、その料理レパートリーは数種類しかありません。
川原佳代子は徳見亜希子2に会っても、最初、誰であるのかピンと来ません。ですが、徳見亜希子の名前を聞けば、彼女のことを思い出します。
二人が最後に会ったのは3年前です。大学に受かったことを川原俊光に報告するため姐田に訪れたときに出会ったのです。そのことを川原佳代子は覚えてはいます
が、徳見亜希子2にとっては八歳のころの出来事なのではっきりと覚えていません。
徳見亜希子2が自分のことを訪ねてきたことに関して、彼女は何も心当たりがありません。彼女は、徳見の家の人が自分を訪ねてくる用事があるとは思えないと首
を傾げます。
徳見亜希子2は川原佳代子の家にも母親がいない事実を知ると、さすがに不安が増してきたようで、少し泣き出しそうな顔になります。探索者たちが慰めてあげな
いと、泣き出してしまうかも知れません。
この奇妙な事態に関心を持った探索者が、徳見亜希子2に関することを尋ねれば、川原佳代子は知っていることをすべて話してくれます。
キーパーは「5,事件の背景」などを参照して、探索者の質問に答えてください。
とはいえ、彼女は数えるほどしか姐田に訪れたことはないので、知っている情報はわずかなものです。
とりあえず、川原佳代子は祖父である川原俊光に電話をして事情を尋ねてみることにします。ところが、電話は何度かけても通じません。
川原佳代子の両親の家に電話をかければ通じますが、当然、両親も徳見亜希子2が訪ねてくる理由に心当たりはありません。この両親たちは仕事の都合で、現在シ
ンガポールにいます。そのため、川原俊光は川原佳代子のもとに徳見亜希子2たちを行かせたのです。
次に、川原佳代子は徳見家へ電話することにします。電話番号は徳見亜希子2が知っています。
徳見家に電話するときの川原佳代子を見て《心理学》に成功すると、彼女の表情が硬いことに気づきます。川原佳代子は徳見家をあまり好きではありません。その
ため気が重いのです。
電話には徳見幸恵1が出ます。そのことに川原佳代子は端から見ていてもわかるほど動揺します。なぜなら、徳見家の家長である徳見幸恵1がいきなり電話に出る
など予想外だったからです(いつもなら、お手伝いさんか徳見国男が電話にでます)。これは徳見幸恵1が逃げ出した徳見幸恵2から電話がかかってくるかも知れな
いと思い、かかってくる電話に対して警戒していたためです。
頭の回転の速い徳見幸恵1は、川原佳代子の家に徳見亜希子2がいるという事実を聞くと、徳見亜希子は、使用人の川原俊光と一緒に高知へ遊びに行っているはず
だという、作り話をでっちあげます。
川原俊光はすでに捕らえてあるので、彼を今回の事件の犯人に仕立て上げようとしているのです。
徳見幸恵1は、探索者の目撃したことや、自分そっくりの人間が徳見亜希子2を連れて歩いたという事実を不思議がりはしますが、あまり深刻には考えていないふ
りをします。
絵屏風について尋ねれば、それは徳見家のものだと徳見幸恵1は答えて、それが持ち出されたことにすら気づかなかったと話します。
最終的に、徳見幸恵1は川原佳代子に徳見亜希子2を高知まで連れてきてくれないかと頼みます。
こちらから引き取りにうかがうのが筋だとはわかっているのだが、手の放せない用事があって、そちらまで行けないというのが理由です。また、川原俊光のことで
も話を聞きたいことがあると、もしかすると彼が誘拐を試みたのではないかということを言葉の端に臭わせもします。
川原佳代子はあまり気乗りしていない様子ですが、その頼みを引き受けることにします。徳見亜希子2をひとりで高知まで帰させるわけにはいきませんし、川原俊
光のことも心配だったからです。
電話を終えたあと、川原佳代子は「いきなり奥様が出るんだもんなぁ。びっくりしたぁ〜」と冷や汗をぬぐうと、徳見亜希子2には気づかれないように深いため息
をついて、渋い顔をします。
探索者がどうかしたのかと尋ねられると、川原佳代子は言いづらそうに、実は川原佳代子の両親と徳見家の人間とは仲が良くないのだと語ります。
その理由は、川原佳代子の母親にあります。彼女の母親は姐田の出身ではありませんでした。非常に閉鎖的である徳見家は、代々徳見家の秘密に従事してきた川原
家に余所者が入ってくることを嫌いました。しかし、川原佳代子の父親はそんな徳見家の意向を無視して強引に結婚をしてしまいました。そんな事情があったので、
彼女の母親は姐田の土地に馴染めず、辛い思いをしたのです。
川原俊光はそんな息子夫婦を不憫に思い、山の仕事は自分に任せて姐田を出ていくようにと勧めました。川原佳代子から見れば、両親は徳見家のせいで故郷を追わ
れ、別の町で暮らすことを余儀なくされたように思えたのです。当然、そんな両親を見て育った彼女ですから、徳見家に好印象を持っているはずがありません。川原
俊光がいなければ、姐田などは帰りたいとも思わない土地なのです。
さきほど探索者が出会った徳見幸恵が、すでに姐田に戻っていることは、移動時間的に考えて不可能なことです。
徳見亜希子2に徳見幸恵が家にいることについて問いただしても、彼女は困惑するだけです。彼女としては一緒にタクシーに乗っていたのは間違いなく自分の母親
だったのです。
もし、川原佳代子にタクシーにあった絵屏風を見せれば、前述した絵屏風に関する情報を知っています。探索者が技能判定に失敗している場合、彼女の口から絵屏
風の説明をさせてください。
絵屏風を見た彼女は、ちょうどこの時期、姐田で絵屏風が使用される籠祭という祭が行われるはずだということを話してくれます。
◆籠祭
籠祭は姐田に伝わる祭で、お盆の季節に二日間行われます。
この季節に行われる多くの祭と同様、これは祖先の霊を迎え、そして送るための祭です。
その際、村の中央を通る道の両脇の家々は、絵屏風を戸口に飾ります。この絵屏風の道は村のはずれにある大きな池につながっています。
祖先の霊は村はずれからやってきて、村を通り抜け、そして池へと帰っていきます。
池には「籠」と呼ばれるスイカをくりぬいたり、竹を編んで作った、様々な丸い形をした灯籠が浮かべられ、祖先の霊を送るための明かりとなります。
この祭について聞いて《歴史》か《EDU》に成功した探索者は、この祭が高知県の赤岡町で行われる絵金祭によく似ていることに気づきます。
絵金祭は、前述した画家の絵金が描いた絵屏風を家の戸口に飾るという夏祭です。土佐では夏になると海から死者の霊が陸に上がってくるという民間信仰があり、
その魔除けのために迫力のある絵金の絵屏風を飾ったのです。この祭はいまでも続いており、現在では年に一度、絵金の絵屏風を鑑賞するための観光色の強い祭と
なっています。
絵金祭は実在の祭です。また、このシナリオには直接関係はありません。
また、《歴史》か《人類学》×5に成功した探索者は、お盆に行われる祭にしては祖先の霊の扱いが変わっていることに気づきます。仏事であるお盆では、祖先の
霊は招かれる客であるはずです。しかし、籠祭ではまるでやってきた祖先の霊を門前払いするかのように絵屏風を戸口に立てかけ、池へと追いやっています。これで
はまるで祖先の霊が悪霊扱いです。このことから、籠祭が単なるお盆のお祭りではないことがわかります。
このことについては大学で民俗学を学んでいる川原佳代子も疑問に思っています。
彼女は、この祭は元々はお盆とは何の関係もない儀式の名残が、よりわかりやすいお盆の儀式として現代まで残ったものであろうと考えています。
ただ、その原型となった儀式とはいったい何なのかまでは、川原佳代子にも見当はつきません。絵金祭のように外からやってくる悪霊を追い払うためのものなの
か、重要な意味を持つ過去の出来事の模倣なのか、それは詳しく姐田の歴史を調べてみなければわからないことです(もっとも、籠祭の由来については徳見家が念入
りに隠蔽を続けてきたので、現在に伝わるような資料はまったくありません。逆を言えば、それはそれで奇妙なことに思えるでしょう)。
気の早い(やる気のある)探索者は、すぐにでも高知県の姐田に行ってみようと思うかも知れませんが、さすがにそれは性急すぎます。
徳見亜希子は高知からの長旅で疲れており、かなり眠そうにしています。
川原佳代子は、明日もう一度、祖父に電話をしてみるので、今晩は自分が徳見亜希子2を預かると言います。おそらく探索者も、これには異存はないことでしょ
う。
6,徳見亜希子の願い
翌日、川原佳代子から探索者に連絡が入ります。何度か電話したが、いまだに祖父との連絡が取れないと言うのです。
また、彼女は今後のことで少し困ったことがあるので、探索者と相談したいから、アパートに来てくれないかと申し出ます。消えてしまった和服の女性のこともあ
りますし、探索者ならこれを無視するようなことはしないでしょう。
川原佳代子の部屋では、探索者たちの心配をよそに徳見亜希子2が退屈そうに知恵の輪をいじっています。この部屋には彼女の暇つぶしとなるようなものがほとん
ど無いのです。
彼女は少し疲れたような顔で探索者を迎え入れます。話によると、徳見亜希子2が高知に戻る前に遊園地(もしくは近所の娯楽施設)に行きたいといって聞かない
のだそうです。川原佳代子は両親が心配しているからと説得したのですが、徳見亜希子2はお母さんが連れて行ってくれると約束したのだと一歩も譲りません。
結局、川原佳代子は説得をあきらめて、徳見亜希子2が満足するよう遊園地に連れて行くことにしたのでした。
実は、その際の子守の手伝いとして探索者を呼んだのです。相手が誰であろうが物怖じしないと思われた川原佳代子ですが、小学生の少女の相手は苦手らしく、ほ
とほと困り果てたという表情で探索者に助けを求めます。
よほど偏屈な探索者でなければ、彼女の頼みを断るようなことはしないでしょう。
徳見亜希子2と遊びに出た探索者は、平和なひとときをしばし過ごすこととなります。
彼女が行きたがる場所は遊園地など賑やかな場所です。子供ならではの高いテンションで、コマネズミのようにクルクルとあちこちを走り回り、疲れを知らないか
のように遊び続けます。
一方、川原佳代子は仕事に疲れた日曜日の父親のように、元気に遊ぶ徳見亜希子2を遠巻きに眺めるだけです。
徳見亜希子2の様子を半日眺めていても、彼女は普通の女の子にしか見えません。田舎に住んでいたので、町が珍しくて仕方がないといった様子です。いまどきの
子にしては、ほとんど町に出たことがないようで、変わった点といえばそのぐらいのことしかありません。
このイベントはクライマックスのシーンで利用されるので、キーパーは探索者と徳見亜希子2の間に楽しかった思い出を作るような演出を心がけてください。
7,籠祭の夜
遊園地での楽しいひとときが終わると、徳見亜希子2もそろそろ家が恋しくなって、探索者に家に帰りたいと言い出すようになっています。
姐田は高知県の中央北部にあり、非常に山深い土地です。鉄道とバスを乗り継いで行くことも可能ですがバスは1日3本しか無いので、かなり不便な土地です。国
道が通っているので、自動車があれば非常に便利です。
姐田は正確には町村の名前ではありません。島之池と呼ばれる池を中心とした集落を姐田と呼んでいるだけです。ただ、土地の住人にとっては行政の名称などは関
係ないので、集落のことはみんな「村」と呼んでいます。
村のほとんどの人間が林業を営んでおります。また、その多くが兼業農家なので、わずかではありますが田畑もあります。
高い位置に通っている国道から望めば、姐田の土地が一望できます。
山間の底にある土地で、国道から島之池へ続く村道沿いに家と田畑が集まっています。
探索者が姐田へ到着すると、意外に人と車が多いことに気づきます。それらは、どうやら籠祭のために集まってきている人たちのようです。
シナリオの都合上、探索者がいつやってきても、この日が祭の最終日ということになります。時間の調整が可能ならば、夕暮れ時に姐田に到着した方が、祭の風景
を見ることも出来て良いでしょう。
姐田には近隣から祭を楽しむために人が集まってきていますが、遠方からやってきた観光客のような人はほとんどいません。みんな地元民です。
姐田の入口にある空き地が臨時の駐車場となっており、そこには屋台も多数出されて、普通の祭のような光景もみられます。
焼きそばやたこ焼き、飲み物、お面売りなどの屋台以外に、籠屋というこの祭独特の屋台もあります。
籠屋では、球形に作られた灯籠や、球形に作られた虫籠(鈴虫が入ってます)などが売られています。灯籠には小さな蝋燭が入っていて、祭を見て歩くときには明
かり代わりに、最後には祖先の霊を送るために池へ流せるようになっています。
この祭で、なにより目をひくのは家々の戸口に建てられた絵屏風です。どれもが本場の絵金祭の絵屏風に負けない、鮮やかで迫力のあるものですが、残念ながらど
の絵屏風もやや小振りです。中には六尺屏風もありますが、そういうものに限って後世に描かれたらしい、筆に息づかいを感じさせない凡作です。
ほとんどの絵屏風には歌舞伎の一場面が描かれており、探索者が手に入れた絵屏風のようなものは見あたりません。
この祭は夜になってからが本番です。
村中の灯りは消され、絵屏風の前に立てられた百匁蝋燭(大型の蝋燭)のみが道を照らし出します。
池へと続く道に点々と灯された蝋燭の明かり。その揺らめく炎に、絵屏風のおどろおどろしくも鮮やかな絵が照らし出されます。
絵屏風に囲まれながら暗い道を歩いていると、まるで絵の世界に入り込んだような不思議な臨場感を覚えます。
祭に参加した探索者は《アイデア》に成功すると、二人で手をつないで歩いている子供が多いような気がします。気にしてみると、村の大人たちが同じ年頃の子供
同士で手をつなぐよう声をかけているのに気づきます。
探索者がその理由を尋ねてみれば、村人は、この祭では子供(特に女の子)は二人で手をつないで歩かないと、祖先の霊と一緒に池に連れていかれてしまうという
言い伝えがあるのだと答えます。
徳見亜希子2は祭を見ると、
「あのね……家に帰る前に、お祭りを見ていっちゃダメ?
お母さんはお祭りに行っちゃダメだって言うの……だから、ちょっとだけ見ていきたいの……」
と上目遣いにねだります。探索者が止めても言うことを聞きません。
徳見幸恵1は徳見亜希子を籠祭に参加させようとはしませんでした。徳見亜希子1は、毎年、村で籠祭をやっているのを遠くから見つめうらやましく思っていたの
です。徳見亜希子2は徳見亜希子1と同じ人格を持っているので、籠祭に参加したくてしょうがないのです。
そのとき、河童のお面をつけた少女が走ってきて、徳見亜希子2の手を握ります。少女は息を弾ませながら「ねえねえ、ひとりなんでしょ。一緒に籠を流しに行き
ましょ!」と声をかけます。
この少女は徳見亜希子1です。偶然にも、彼女も母親の目を盗んで、念願の籠祭にこっそりやってきていたのです。
彼女は村人に自分のことがばれると母親に言いつけられるかもしれないため、なるべく村人たちを避けるようにしています。探索者に声をかけてきたのは、観光客
ならば、自分のことは知らないだろうと思ってのことです。そして、歳の近い徳見亜希子2(暗いため、自分と同じ顔をしていることには気づきません)を見て、一
緒に籠を流そうと思いついたのです。
彼女は名前を尋ねられると「ノリコ」という嘘の名を名乗り、どこから来たのかと尋ねられれば、自分は近くの町から観光でやってきたと嘘をつきます。
彼女の顔はお面で半分隠されているうえ、あたりは暗く、髪型や服装もだいぶ違うので徳見亜希子1と2が同一人物であることに気づくことは困難です。探索者が
徳見亜希子1の顔をじっくり見るといった行動をしたときのみ、二人がそっくりであることに気づきます。
絵屏風の道を人の流れに乗って歩いていけば、自然に島之池にたどり着きます。
湖と呼んでもいいぐらいの大きな池です。さすがに真っ暗では危ないので池の畔には提灯が灯され、足下を照らしています。畔には多くの人が集まっていて、灯籠
を池に浮かべています。あまり流れが無いので灯籠は池の畔に群れるように集まっています。
真っ暗な池の水面に丸い灯籠がプカプカと浮かぶさまは、なかなか幻想的で美しいものです。
池に灯籠を流す人たちは、口々に「ぬかず、すたれず」と小声で呪文のように唱えています。村人に聞いても、昔から伝わっている厄よけの言葉ということ以外、
よくは知らないと答えます。
この言葉は後述されるニョグタを封じている輪頭十字が抜かれない限り、徳見家は廃れないと徳見家の人間が伝えてきたことが語源です。この言葉はクライマック
スでの伏線となるので、キーパーは忘れずに探索者に伝えてください。
川原佳代子は祭の様子を見て、間違いなく赤岡町の絵金祭の影響と、全国各地に伝わる精霊送りや虫送り(全国各地で夏に行われる、田畑につく害虫を追い払うた
めの祭)が融合した祭であると、民俗学的見知から感想を述べます。
ただ、絵屏風の意味がはっきりしないことや、同じ年頃の人間が二人で組んで灯籠を流すというあまり見られない風習からして、単なる精霊送りの儀式というわけ
でもなさそうだと補足します。
川原佳代子は、想像に過ぎないがと前置きしたあと、暗闇と絵屏風は日常とは異なる世界を生み出す為の舞台装置であり、この儀式はなにかこの土地で起きた古い
事件を再現しているもののように思えると語ります。
その土地にとって大きな益になるような事件を、ふたたび同じような恩恵を授かることを期待して祭の中で再現することは世界的にもよくあることです。そして、
この原型となった事件が忘れられ、祭だけが残されていくということも、またよくあることなのです。
無数の灯籠と提灯に照らされた明るい畔に着くと、さすがに徳見亜希子1が徳見亜希子2にそっくりであることに気づくことが出来ます。このことには、二人の亜
希子もビックリした様子です。
水面に浮かぶ灯籠の光に照らされて、同じ顔の少女が互いを見つめあう様子は、心奪われる不思議な光景です。
そんな二人の間に、白いシャツを着たひげ面の大男が割り込んできます。それは家を抜け出した徳見亜希子1を探していた、彼女の父親である徳見国男です。
彼は口を固く閉じ、厳しい顔つきで探索者と亜希子たちの顔をひとりひとり確認するように見ると、徳見亜希子1の細い手を乱暴につかみ、探索者に隠すように
引っ張ります。
探索者が何を言おうと、気にもしていない様子で迫力ある顔でにらみ返すだけです。徳見亜希子1のほうは怯えた顔をしていますが、それでもおとなしくしていま
す。少しだけ遅れて、一緒に探し歩いていたお手伝いの増田富江がやってくると、徳見国男は「家に連れて行け」と言って、彼女に徳見亜希子1を預けます。増田富
江は徳見亜希子2の姿に気づくと不思議そうな顔をして「あの……その子は……?」と徳見国男に尋ねますが、彼に無言でにらみつけられると、青い顔をして口をつ
ぐみます。そして、探索者たちに「すみません。失礼します」と挨拶をして、徳見亜希子1の両肩に手を置くと、「お嬢様、家に戻りましょう」と言って、優しく連
れて帰ろうとします。徳見亜希子1のほうも、それに素直に従います。それは自然な動作で、誘拐や拉致といった物騒な感じはしません。
ただ、徳見亜希子2のほうを何度もふり返ります。そして、徳見亜希子1も連れて行かれる徳見亜希子1のほうをじっと見つめています。
徳見亜希子1がこの場からいなくなるのを確認すると、徳見国男は探索者たちと徳見亜希子2のほうに向き直り、自分が徳見亜希子の父親であることを名乗り、自
分の娘を連れてきてくれたことに対して礼を言います。その態度は礼儀正しくはありますが、《心理学》×2に成功すると彼の態度には少しも感情がこもっておら
ず、娘と再会できたことに少しも心が動いていないことがわかります。
徳見亜希子2は徳見国男を前にして、いままでの明るい様子から、借りてきたネコのように静かになります。
探索者が徳見国男にもうひとりの亜希子について尋ねた場合、彼はつっけんどんに「きみたちには関係のないことだ」と言うだけです。しつこく尋ねても「家庭の
事情に首を突っ込まないで貰いたい」と答えます。
また、徳見国男は礼をしたいので、探索者に家まで来て貰いたいと言います。この申し出を受けるのも断るのも探索者の自由です。
探索者と徳見国男が話していると、突然、声をかけてくる中年の婦人がいます。彼女は徳見亜希子2の肩をつかんで「琴美!」と叫びます。徳見亜希子2のほうは
驚いた顔をして、中年婦人の顔を見つめています。
徳見国男は中年婦人の前に立ちはだかると、「うちの娘に、なにか?」と威圧するように問いかけます。
中年婦人はうろたえて、徳見国男と徳見亜希子2の顔を交互に見比べます。
そこに近くにいた村人がやってきて、「徳見さん、すみません。この奥さん、娘さんが行方不明になってしまって……」と詫びながら、中年婦人を徳見亜希子2か
ら引き離して連れて行きます。その騒動を見ていた他の村人たちは、「可哀想に……古賀の奥さん、だいぶまいっているな」などと気の毒そうに呟きます。
もし、探索者がこの婦人に話を聞けば、彼女の娘が一週間前から行方不明になっていることを話ます。夫人の名前は古賀明美といいます。娘の名前は古賀琴美で
す。
夫人は徳見亜希子2の後ろ姿が娘に似ていたので、つい声をかけてしまったと話します。探索者がどのへんが似ていたのかを尋ねた場合、少しうろたえた顔をし
て、自分でもよくわからないがとにかく似ていると思ったのだと答えます。彼女は母親の直感で、徳見亜希子2の正体を見極めたのですが、そのことを他人に説明す
ることは出来ないのです。
古賀琴美は島之池にちょっと遊びに行くと言ったきり、戻ってくることはありませんでした。池には彼女のサンダルが浮かんでいたらしく、村人総出で池の捜索が
されましたが遺体はあがりませんでした。
それもそのはずで、彼女は徳見国男によってさらわれたのです。サンダルは徳見国男がカモフラージュのために池に投げ入れたのです。
夜中になって祭も終わりが近づいてくると、ポツポツと小雨が降り始めます。
村人たちはあわてて絵屏風を片づけ始めます。その間、村人達は口々に「いやあ、今年は天気がもってくれて良かった……去年はひどい雨で祭ができなかったから
なぁ」と話し合っています。
探索者が雨と祭の関係について聞くと、籠祭の日が雨だった場合は、祭自体を中止にするしきたりであることを教えてくれます。
この小雨は、後述の「14,儀式の夜」のイベントまでシトシトと降り続けます。
8,徳見幸恵と亜希子
好奇心が強い探索者ならば、徳見家について調査するかもしれません。
村人に聞けば、誰でも徳見家のことは知っています。
ですが、村人たちはみんな徳見家のことについて余所者に話したがりません。徳見家に関わることは村のタブーだからです。
そのため探索者は慎重に話を聞き出さねばなりません。彼らは権力のあるものにたいしては敏感に反応します。役所や大学の調査などの臭いがする相手には徳見家
のことを話すことはありません。姐田は古くから独立心の強い土地柄なので、そういった余所の権威などを嫌うのです。
逆に、どうということのない世間話といった雰囲気で話を聞けば、祭の日ということもあって、彼らの口は軽くなります。相手が年寄りではなく(年寄りはタブー
を強く意識しています)若者で、さらにお酒が入っていればなおさらでしょう。
・徳見家は、この村が拓かれたころから続く大地主だ。
・戦後の混乱期にも上手く立ち回り、山林を失うことなく逆に多額の財を築いた。
・姐田の土地の人間の多くは、徳見家の山林で働いている。徳見家の世話になっていない村人はひとりもいない。
・徳見家は女系家族で、いまの主人も入り婿だ。そして、家のことは妻の徳見幸恵が取り仕切っている。
・徳見家の屋敷は、島之池の対岸の山にある。その山の奥へは村の者も立ち入りを禁止されている。
・徳見家には徳見亜希子という11歳になる一人娘がいる。いずれは彼女が家を継ぐことになるだろう。
・理由はわからないが、徳見家は余所者が近づくことを嫌う。
・徳見家にはすごい絵屏風のコレクションがあるらしい。
・徳見家は籠祭を好きではないらしい。
・戦前ぐらいまでは、籠祭は徳見家が籠祭を取り仕切っていたが、いまでは村の有志によって続けられている。
徳見家の屋敷は、島之池の対岸にある小山の斜面に村を見下ろすように建っています。
屋敷は純和風の造りで、母屋はまるで城のようです。いくつもの離れと蔵があり、敷地はすべて高い塀と石垣によって囲われています。このような田舎にしては、
ずいぶんと物々しい塀で、まるで中の様子を人目から隠しているような印象を受けます。
徳見幸恵1は川原佳代子との電話で話したように、不可解な状況については川原光に押しつけ、とにかく徳見亜希子2を手中に戻したいと考えています。
当然、徳見亜希子2にとっても徳見幸恵1は母親なので、彼女の元に帰ることは当然だと思っています。探索者には、徳見亜希子2を母親に返すのが一番自然に見
えることでしょう。なんといっても、徳見亜希子2自身がこの家が自分の家だと言っているのですから、探索者には無理に引き留めることは出来ないでしょう。
探索者が二人の亜希子について徳見幸恵1に尋ねた場合、彼女は徳見亜希子1と2は双子の姉妹で、家の都合から二人はしばらく別々の場所で暮らしていたという
嘘をつきます。
また、キーパーは絵屏風を探索者から取り返すことも忘れないでください。もし、用心深い探索者が絵屏風を返そうとしなかった場合、徳見国男を使って奪い返そ
うとします。それでも無理な場合、絵屏風のことはきっぱりあきらめます。一枚ぐらい絵屏風が無くなっても、儀式を行うことは可能だからです。
今回の事件を表面だけ見て判断すれば、川原俊光が徳見亜希子を誘拐したかのように思える状況です。
徳見亜希子2と一緒にいた徳見幸恵にそっくりの人物といった不可解な点は多くありますが、それでも、現在行方をくらましている川原俊光が最も怪しいというこ
とに変わりはないでしょう。
徳見幸恵1は、探索者たちに川原俊光のことを警察沙汰にしようとは思っていないと語ります。長い間、徳見家のために働いてきた信用できる人物なので、なにか
止むに止まれぬ事情があったのかもしれないし、なによりこうして徳見亜希子が無事に戻ってきているのだから、しばらくは様子を見たいと言います。
もっとも、その真意はこの事件が警察沙汰になって、下手に徳見家の秘密を外部の人間に探られることを嫌っての言葉です。
その代わり、徳見幸恵1は川原佳代子に川原俊光のことをいろいろと尋ねます。事前に連絡を受けていなかったかとか、手紙などは来ていなかったかなど、それは
まるで警察のような執拗さです。徳見幸恵1は自分たちの秘密を川原俊光が誰かに漏らしていないかを確認しているのです。
徳見幸恵は娘を連れてきてくれた探索者たちに感謝の印と交通費として、交通費+数万円の謝礼を支払い、また今晩の宿として姐田から車で30分程度の場所にあ
る近場の旅館を手配してくれます。徳見家に泊めてくれと探索者が申し出ても、この家では十分なもてなしが出来ないからと言って丁重に断ります。
探索者が徳見家を怪しいとにらんでいる場合、川原家に泊まらせてもらうという展開もあるでしょう。
9,徳見家の人々
現在、徳見家の家には、徳見幸恵1、徳見亜希子1と亜希子2、徳見国男、増田富江(彼女は朝から夕方まで通っているだけです)がいます。
徳見幸恵1は徳見家の当主として、家の表も裏も支配しています。
村人たちは彼女が徳見家の専制君主であり、姐田に大きな影響力を持っている人物であることを十分に承知しています。そして、彼女が人付き合いの悪い変人であ
ることも。
探索者に対しても、徳見幸恵1はさほど愛想の良い女性ではありません。
無礼というわけではないのですが、その態度には親しみやすさといったものが皆無です。社交辞令的な会話すらせずに、非常識と思われない程度の必要最低限ギリ
ギリのことしか話さないため、会話も弾みようがありません。彼女と一緒にいると、探索者はひどく居心地の悪い思いをすることでしょう。
特に川原佳代子は、彼女の前にいることは少しの間でも耐えられないといった具合です。徳見幸恵1のことを、生理的に受け付けないのです。もしかすると、彼女
は徳見幸恵1の精神の底に流れる、忌まわしい神話的性質を無意識に恐れているのかも知れません。
徳見幸恵1としばらく話をして《心理学》に成功した探索者は、彼女が非常に排他的で他者を見下した性質の女性であることがわかります。
村人たちも徳見家には必要な時以外は近づかないことが一番であるということを知っていますし、徳見幸恵1たちもそのことを歓迎しています。
夫である徳見国男に発言力はありません。彼の行動はすべて徳見幸恵の指示によるものか、彼女の意向に添うためのものです。そのため、彼は独断では行動せず、
どうしてもというときには慎重に用心深く行動します。
徳見国男は徳見家の見張り役です。まるで守衛のように家や敷地を歩き回り、不信な人物はいないか目を光らせています。儀式の近づいている最近では、それはな
おさらのことです。
探索者が村で徳見家のことを嗅ぎ回ったり、川原俊光の家を調査したりした場合、よほど注意深く行動しない限り、徳見国男に感づかれます。
そんな探索者に対して、徳見国男は興味本位で人の家のことに首を突っ込むものではないと、これ以上徳見家に関わらないように釘を刺しに来ます。
それでも探索者が去らない場合は、やむを得ず実力行使に出ます。もし、迂闊な探索者(と、川原佳代子)が少数で人目のつかないような場所にいた場合、徳見国
男はゾンビ(「14,儀式の夜」のデータを参照)を使役して、その探索者を襲撃させます。その際、徳見国男は物陰からこっそりと「ニョグタのわしづかみ」の呪
文で支援することもあります。ただし、用心深い彼はこの段階では決して探索者の前に現れるようなことはしません。あくまでばれないような位置からサポートをす
るだけです。
また、探索者が絵屏風を返そうとしなかった場合、彼はそれをこっそりと盗み出そうとします。
徳見亜希子1は、こっそりと祭に参加したことがばれてしまい、罰としてしばらくは部屋から出ないように言いつけられています。罰と言えば聞こえはよいです
が、それは監禁していることと同じです。
徳見亜希子2も同様に部屋に閉じこめられていますが、こちらは中から出られないように鍵までかけられ、徳見亜希子1よりも露骨に監禁をされています。彼女は
その状況に強い不安を感じています。
もし、探索者が徳見亜希子に会いたいと申し出た場合、徳見幸恵1の許しを得る必要があります。そして、それは非常に難しいことです。探索者はよほど上手い理
由を思いつかなければならないでしょう。徳見幸恵は探索者と徳見亜希子とを会わせない方が不自然と思われるような理由を探索者が思いついたときにのみ、対面を
許可します。
当然、徳見幸恵1は探索者と徳見亜希子1を会わせるようなことはせずに、徳見亜希子2のほうと会わせます。苦労して徳見亜希子2と対面しても、彼女から得ら
れる情報はほとんどありません。ただ、探索者が来てくれたことに大喜びをして、罰としてずっと部屋に閉じこめられていて、とても退屈していると不満を漏らしま
す。
増田富江は、徳見家の中では貴重なまともな人物です。
徳見家の家事すべてを受け持っており、神話的秘密以外ならば、徳見家のほとんどのことに精通しています。探索者が彼女をうまく口説き落とすことが出来れば、
有効な情報源となってくれることでしょう。
ただし、彼女は徳見幸恵1と徳見国男を恐れています。それは雇い主というよりも、彼らの得体の知れないところを恐れているのです。
そんな彼女を協力させる糸口は徳見亜希子の存在です。増田富江は、徳見亜希子が監禁に近い状況にあることを異常だと考えています。あの歳の子を一日中部屋に
閉じこめておくなんて、いまどき普通ではありません。
また、家の中に徳見亜希子が二人いることも知っています。徳見幸恵1からは、離れて暮らしていた双子の片割れであると説明を受けていますが、言動を見る限
り、二人は同一人物にして見えません。しかし、このことは厳重に口止めされており、誰から相談するような勇気は彼女にありません。
探索者が徳見亜希子の身に関わる話だと持ちかければ、増田富江は警戒心を解いて、少しだけ協力的になります。ただし、探索者を家に忍び込ませたり、何か秘密
を探ってくると行ったような危険は絶対に犯すことはありません。
松田富江が探索者に話す情報としては以下のようなものがあります。キーパーは探索者の質問に応じて、彼女の口から語らせてください。
・徳見家の当主は代々奥様がなされている。それは家の古いしきたりだそうだ。
・徳見亜希子が二人いることなど知らなかった。祭の夜にあったのが初めてである。
・徳見幸恵は二人の亜希子を会わせないように、二人をバラバラの部屋に閉じこめている。
・裏山には誰も近づいてはいけないといわれる蔵がある。
・徳見国男は少し怖い。時々、鍛錬だといって本物の鉄剣を振り回している。
・昔から、徳見家では住人の数より、ひとりぶん多くの食事を用意している。
・その食事はそれまで川原俊光がどこかへ運んでいたが、最近は徳見国男が運んでいる。
・徳見家の敷地のどこかに、自分も知らない誰かが住んでいるのかも知れない。
10,集会所の資料室
姐田に残された大量の絵屏風についてや、籠祭について調べたければ、村の集会所にある資料室を訪れるという手もあります。
集会所は役場の出張所のような意味合いもあり、村の会合などで利用されている場所です。部屋の片隅には、わずかではありますがこの地方に関する書籍もありま
す。この土地の歴史について調べた素人研究家の自費出版本や、姐田に多くある絵屏風に関して調べた本などで、普通の図書館などには所蔵されていないような珍し
い本が多くあります。
4時間をかけて蔵書を調べて《図書館》に成功すれば、以下のような情報を得ることが出来ます。
ただし、蔵書の数が少ないので、具体的に調べる対象を宣言(例えば、絵屏風、籠祭、徳見家について調べる)してから判定をすれば、2時間で《図書館》ロール
をすることが可能です。ただし、この場合、宣言していなかった情報は得られません。
・村に残された絵屏風は絵金の弟子、正清(しょうせい)の作品である。
・正清は絵金の下での修行のあと、徳見家に呼ばれ姐田へやってきた。徳見家をパトロンとして、多くの絵屏風を残したが、最後は島之池で溺れ死んだ。
・正清の死因については、過度の酒がたたって狂死したとも伝えられている。
・籠祭は室町時代の記録にすでに記されており、祭が始まったのはもっと古い時代である。一説には徳見家がこの土地を支配するようになってから続いているらし
い。
・籠祭は元々は徳見家の祭であった。それが村人たちに愛されるようになって、いまのように村人主体の祭となった。
・徳見家は室町時代までさかのぼることの出来る名家であり、戦国時代を上手く立ち回り、姐田の土地に確固たる基盤を築いた。それは戦前まで続き、戦後の土地改
革で多くの山林を失ったが、それでも現在に至るまで姐田の大地主であることには変わりない。
・徳見家の発展した理由は、時代を読む占いに長けていたためだと言われている。
・徳見家の祖は、顔無き人という異形の姿をしていたという。この顔無き人が姐田の土地に根付いたことで、徳見家は山の神々に繁栄を約束されたのである。(この
顔無き人は、後述の輪頭十字のことを現わしています)
11,川原俊光の家
川原俊光の家は、徳見家のある山にあります。村の家では、徳見家に一番近い位置にあります。距離にして徒歩1分の場所です。
家の場所は、村人の誰でも知っていますし、もちろん川原佳代子も知っています。
川原俊光の家では、重要な情報が容易に手に入ります。シナリオの流れとしては、まずここで情報収集をしてから、じっくりと姐田と徳見家の謎に挑戦するといっ
た展開が望ましいでしょう。もし、探索者が川原俊光の家を調べるという行動に出なかった場合、キーパーは川原佳代子が祖父のことを心配しているとして、探索者
をこの家に誘導してください。
家は平屋の一軒屋です。川原家が代々暮らしてきた家なので、一人で暮らすにはやや大きい家です。
家には誰もいません。玄関には鍵がかかっています。また、ガレージには川原俊光の白いライトバンが駐車されています。ライトバンのドアは鍵がかかっていませ
ん。またエンジンにはキーが刺さったままになっています。このキーには鍵入れがついています。鍵入れの中には家の玄関と物置、そして籠の蔵(「12,籠の蔵」
を参照)の鍵が二種類が入っています。籠の蔵の鍵は、普通の鍵とは少し違う形状をしています。鍵の先のギザギザが無く、板に小さな穴がいくつもあいている造り
になっているのです。この鍵を見て《錠前》×2か《知識》に成功すると、これがピンタンブラーと呼ばれる鍵で、このタイプの鍵はピッキングなどの方法で開けづ
らいという特徴があることを知っています。
川原佳代子は鍵を持っていないので、中に入るためにはライトバンの中の鍵を使用するか、《錠前》で玄関の鍵を開けるか、窓を割って入るしかありません。
家の中は荒らされた様子はありません。実際には徳見国男が、自分たちに不利になるものや、川原佳代子の住所を調べるため、家捜しをしていますが、事件となら
ぬように用心してキチンと後かたづけをしています。
冷蔵庫に残された食材や、着替えなどを調べてみれば、川原俊光が長期の外出をするための準備をした様子はありません。家の中の様子は、ちょっと外出をしたと
いった感じです。
家を探してもめぼしいものは見つかりません。もし、探索者が川原佳代子に川原俊光が日記などの記録をつける習慣は無かったかを尋ねた場合、そういえば毎日か
かさず日記をつけていたと答えます。
ただし、日記はいくら探しても見つかりません。このことには川原佳代子も首を傾げます。実は川原俊光の日記は徳見国男が処分してしまっていたのです。
家の裏には物置があります。物置にも鍵はかかっているので、中に入るためにはライトバンの中の鍵を使用するか、《錠前》で鍵を開けるかしなければなりませ
ん。
この物置の中を探すと、川原俊光が記した古い日記を大量に発見します。それはなんと50年分もあります。その中から徳見家にまつわる記述を探そうとした場
合、6時間をかけて調べて《図書館》に成功すれば以下の情報を発見します。
川原俊光の日記は、日々の仕事(山林の世話です)の記録や、村であった些細な出来事を細かく丁寧に記したものです。他人が読むにはあまりに退屈な内容です
が、30年前のお盆の時期、数週間に渡って、日記に意味のわからない文章が含まれています。
・宮下さんの家の娘が行方不明になった。まだ10歳ぐらいだというのに心配だ。
・父から新たな徳見家の仕事を引き継ぐ。山にある蔵にいる、島から渡ってきた者の世話だ。
・あれは誰なんだ。こんな仕事がいつまで続くんだ。また何十年か経ったら、これと同じことを繰り返すのだろうか。徳見家はこんなことをずっと繰り返してきたと
いうのだろうか。何もかもが信じられない。想像するだにおぞましい。
・あの子が私を見つめている。籠の中から私を見つめている。
・本家に行きたくない。本家にもあの子はいる。何も知らずに笑うあの子。あの子も奥様のようになるのだろうか?
探索者が30年ぐらい前の日記を重点的に探すと宣言した場合、2時間をかけて調べて《日本語読み書き》か《図書館》に成功すれば、同様に上記の情報を得るこ
とが出来ます。
この意味不明な日記の後、約一年にわたって日記は中断されています。そして、再開されたとき、その日記に不可解な記述は無くなっています。
この再開された日記を読んで《心理学》に成功した探索者は、川原俊光が努めて事務的に日々の記録のみを残そうとして書いていたのだろうと気づきます。
この日記は川原俊光が、30年前の徳見家の儀式に参加し、蔵の籠の世話を任されたときのものです。このとき儀式で時の彼方を見たのは、少女時代の徳見幸恵2
でした。なお日記に記された「宮下」というのは、このとき徳見幸恵2を造り出すためにさらわれた少女です。
もし、探索者が日記の調査や家捜しのために1〜2人で川原俊光の家に残った場合、この隙を狙って徳見国男はゾンビを使って襲撃を仕掛けてきます。川原俊光の
家を調査したりと、徳見家のことを嗅ぎ回る探索者を危険と判断したからです。
徳見国男は用心深いため、村の中など、人目のある場所では襲撃してくることはありません。その点、川原俊光の家は村から離れており、探索者を抹殺するには丁
度良いポイントです。
このイベントで、キーパーは積極的に探索者を殺そうとしないでください。ゾンビは動きが遅いので、走って逃げることは可能でしょう。このイベントは何者かが
自分たちを狙っているという危機感を高めることが目的だからです。
もちろん、無闇にゾンビと戦闘をしようとする愚かな探索者には無慈悲な結末を与えてやっても良いでしょう。
12,籠の蔵
徳見家の母屋から山奥へ五分ほど入ったところに、古木の合間に隠れるようにして大きな蔵が建っています。《知識》1/2か《歴史》に成功すれば、この蔵が建
てられてから200年は経っていることがわかります。さらに《目星》に成功すれば、あちこちに修復のあとがあるのですが、それがあまり腕の良い職人の仕事では
ないことがわかります。これは人に知られたくない蔵の修復は、徳見家の人間が素人仕事で行っているためです。
この蔵は村からは見えない場所にあるため、普通に村や徳見家の周辺を歩いているだけでは発見することは出来ません。
探索者がこの蔵を発見する方法としては、まず徳見家の裏山を4時間捜索して《目星》1/5か《追跡》に成功する足で探す方法があります。ただし、山を無闇に
歩き回っていると、徳見国男に発見される可能性もあります。分散して探している場合は、その可能性も倍増します。具体的には4時間捜索するごとに15%の確率
で徳見国男に発見されます。2人で手分けして探していた場合は、30%の確率で発見されることになります。探索者を見つけた徳見国男は力ずくでも探索者を山か
ら追い払おうとします。そして、その後、徳見国男はその探索者を密かに監視することでしょう。
増田富江は、近づかないようにときつく言いつけられている蔵が裏山にあることを知っています。
徳見国男を監視するという手段も有効です。彼は一日に一度、蔵の中に幽閉されている川原俊光に食事を運んでいます。ただし、警戒心の強い徳見国男を追跡する
には《忍び歩き》か《追跡》に成功する必要があります。失敗すれば、徳見国男に気取られてしまいます。その場合、彼は川原俊光に食事を運ぶことをあっさりとや
めてしまいます。彼にとって、川原俊光が飢えることなどたいした問題ではないのです。
蔵の大きさは一戸建ての家ぐらいあります。
また、ただの蔵にしては、屋根のあたりは手の込んだ造りになっていて、神社の本社のようにも見えます。《目星》に成功すると、屋根瓦の部分に輪頭十字の模様
が家紋のようにあることに気づきます。輪頭十字とは、十字架の頭に輪を持つ十字架(エジプトのアンクと言ったほうがわかりやすいかもしれません。これはセイレ
ムの魔女が使ったニョグタを封じる印を模しているのです)です。《歴史》か《考古学》に成功すれば、あのような形の模様を屋根瓦に使っているのは非常に珍しい
こと(日本では皆無)であることを知っています。
蔵のまわりは掃き清められていて、いまでも人が出入りしている様子です。蔵ならば母屋のある敷地内にいくつもあるのに、こんな山奥の蔵に何の用があるのか奇
妙な感じがします。
蔵の屋根には、蔵には不必要なほど大きな明かり取りがあります。
《登はん》などで屋根に登れば、この明かり取りから中をのぞくことができます。この窓は漆喰で固めてあり開けることは出来ませんが、適当な道具があれば漆喰を
壊して取り外すことも可能です。
中の様子については、後述の説明を参照してください。
蔵の扉には、最新式のシリンダー鍵がふたつ取り付けられており、素人ではそう簡単に開けることは出来ません。
川原俊光の車にあった鍵を使用すれば、鍵は容易に開けることが出来ます。鍵がないのにこじ開けようとした場合は、鍵開け用の道具を使って《錠前》1/5に2
回成功すれば開けることが出来ます。
しかし、こじ開けた鍵を閉めることは不可能です。つまり一度開けてしまったら、自分たちが進入した痕跡を残してしまうこととなるわけです。キーパーはこのこ
とを先に教えて、鍵もないのに無謀な進入を試みる探索者を悩ませてやるべきでしょう。
中に入ってみると、その中は普通の蔵とはまったく違っています。
蔵は床から天井まで吹き抜けになっています。そして、中央には蔵一杯に巨大な木製の球がドンと置かれております。それは、木材を組み合わせて、高度な大工仕
事によって作られた球形の部屋です。
この球形の部屋はほとんど密閉されていますが、明かりを取り込むため天井に格子があり、また床近くにも中がのぞけるように格子がついています。扉もあります
が、ここには頑丈そうな南京錠がついています。食事や日用品は、この扉を開けて中に入れるようになっています。
説明するまでもないことですが、この部屋はティンダロスの猟犬の脅威から逃れるために造られた120°以下の角を無くした部屋です。この部屋には、つい最近
まで徳見幸恵2が暮らしていました。
いまこの部屋には川原俊光が幽閉されています。川原俊光は徳見国男からひどい暴行を受けており、顔にはむごたらしいアザが残っています。
川原俊光は探索者がやってきたことに驚き、最初、徳見家の人間と勘違いして警戒します。ただし、川原佳代子の友人であることなどを話せば、すぐに探索者のこ
とを信用します。
彼はまず徳見幸恵2と徳見亜希子2の安否を尋ねます。
徳見幸恵2が行方不明になったことを知ると「なんということだ……たった半日しか外の世界に出られなかったなんて……」と嘆きます。また、徳見亜希子2を連
れて帰ってきたことを知ると、「い、いかん……儀式が行われてしまう……あの子達を助けなければ……」と言って、立ち上がろうとしますが傷が痛んで、まともに
歩くこともできません。《医学》に成功すれば、脇腹の骨にヒビが入っていることがわかります。
川原俊光は探索者が協力を申し出れば、自分の知る限りの情報を提供してくれます。
彼は《クトゥルフ神話》の知識はありませんが、徳見家の秘密は多くのことを知っています。徳見家が地球の歴史を見た巫女によって発展してきたこと、その巫女
は村人を当主の分身として作り替えたものであること、島之池の島に儀式をおこなうほこらがあるらしいことなどです。
キーパーは(「5,事件の真相」)を参考にして、彼から情報を提供させてください。
川原俊光は儀式の正体について、
「徳見家は代々伝えられてきた、ある儀式の恩恵で発展してきた家だ。
その儀式を体験したものは、すべての時代を見渡すことができる。
しかし、それは人間には過ぎたこと。その代償として、儀式をおこなった者は恐ろしい魔物に取り憑かれることとなる。
そのため、徳見家では跡継ぎの姿を写した身代わりに、その儀式をさせてきた。
この奇妙な牢は人を幽閉するためのものではない。魔物から隠れるためのものなのだ。
しかし、閉じこめられているものにとっては、どちらも同じこと……あのもうひとりの奥様のように……一生、外に出ることもなく……
私は身代わりの少女さえいなくなれば、奥様も儀式をあきらめるだろうと思っていた。
だが、奥様は……身代わりが居なくなると、今度は自分の愛娘を儀式に使うと言い出したのだ……あの方は完全に狂っている……たとえ、二人のお嬢様を助け出し
ても、徳見家はまた新しいお嬢様を造り出すだけだ……
もはや、徳見家を止めるには、その力の源を消し去るしかないだろう。
この雨が止めば儀式は執り行われる。深夜2時……闇が最も深いときに……
儀式のときだけ、島之家にあるほこらは開かれるという。その奥には徳見家の力の源があるはず。
その源さえどうにかすることができれば……闇に棲むものを……ありえざるもの……ニョグタ様と徳見家のつながりを引き裂くことが出来れば……徳見家の忌まわ
しき歴史を終わらすことが出来るはずだ」
と、語ります。
川原俊光は徳見家の力の源については、ほとんど何も知りません。ただ、儀式の行われる場所と徳見家の不可思議な力が深く関わっていることだけは知っていま
す。
川原俊光の考えは、儀式をギリギリまで見守り、徳見家の力の源の正体を暴き、それを破壊するということです。そうなれば徳見家の力は失われ、徳見亜希子2に
かけられた魔術も解けるだろうと考えているのです。
川原俊光は探索者と同行しようとしますが、自由に動くことの出来ない身体では足手まといになると考えをあらため、この蔵に残ることを希望します。ここからい
なくなったことが徳見家の人間にばれれば、彼らに警戒されてしまうからです。
ただし、探索者がここにいては危険だからと言って、どこかに隠れることを強く勧めた場合、川原俊光はその言葉に従います。
13,島之池とほこら
島之池の中央には、直径50メートルぐらいの小さな島があります。島にはうっそうと木々が茂り、人がいるような気配はまったくありません。
池の畔からもその島の姿を見ることは出来ます。徳見家ある側から見ると、島の畔に小さな鳥居も立っているのが見えます。
この島は神聖な場所なので、徳見家の人間以外は入ってはならないことになっています。もっとも、頼まれても行く気がしないような何もない小島なので、そのこ
とを村人は気にもしていません。
さらに村の年寄りに島のことを聞けば、あそこには古いほこらがあって、数十年かに一度、徳見家がそのほこらで祭をするらしいことを教えてくれます。前に祭が
あったのは、30年ぐらい前だったそうですが、徳見家の一族だけで執り行われる祭なので詳しいことはわからないと答えます。
島に渡るのは、なかなか困難です。
村人は池にはあまり近づかないようにしているので、ボートなどはありません。
徳見家は祭のためにモーター付のゴムボートを用意しています。島に渡る方法を村人に尋ねた場合、ついでの話として、最近、徳見国男がボートを使って何度か島
に渡っていたことを教えてもらえます。
島へ行く手段としては、いろいろと方法はあります。町でゴムボートを購入したり、季節は夏なので泳いで渡ることも可能です。池には波は無いので、《泳ぎ》に
成功すれば泳いで渡ることが可能です。失敗した場合は「溺れ」のルールを適用してください。浮き輪やライフジャケットなど、身体を浮かすための道具を用意して
いる場合、《泳ぎ》の判定は必要ありません。
ただ、いかなる手段であろうとも池を渡ろうとしているところを村人に見られた場合、島に渡ってはいけないと注意されます(それでも強引に渡った場合、村人た
ちは探索者に反感を持つこととなり、今後はまともに口をきいてくれなくなるでしょう)。
島は人がほとんど上陸したことがないため、陸に上がる場所を探すのも大変なほどです。道はなく、手つかずの森の中を木々をかき分けて進むしかありません。
狭い島といっても、視界がほとんどきかない森の中なので当てもなくほこらを探すのは困難です。
探索者は森を捜索して1時間毎に《ナビゲート》か《追跡》を判定します。このどちらかに成功した場合、ほこらを発見することが出来ます。失敗したら、さらに
1時間捜索を続けなければなりません。
ほこらは気をつけていなければ見落としてしまいそうな、小さな洞窟です。
岩の隙間に奥へと続く穴が開いており、かなり深く続いていそうです。
穴の入口は子供の背丈ぐらいしかありません。さらに鉄格子の扉がつけられており、鎖と南京錠で塞がれています。南京錠は《錠前》で開けることが可能です。ま
た、鉄格子は古くなっているので30分をかけて《STR》の12抵抗ロールに成功すれば壊すことが出来ます。失敗した場合には、さらに30分をかければ再度
ロールに挑戦することが出来ます。
洞窟の中は真っ暗です。何らかの照明道具を持っていなければ、危なくて奥へは進むことは出来ませんし、中に入っても何も見えないでしょう。ただし、徳見家が
儀式をするときには、洞窟のあちこちに百匁蝋燭が立てられるので、明かり無しでも入ることが可能です。
洞窟に入ると、やや急な下りとなっていて地下へと続いていることがわかります。
また穴の両側には絵屏風がずらりと飾られています。これは儀式のため、徳見国男が最近になって運び込んだものです。絵金の絵屏風に比べて姐田の絵屏風が小さ
かったのは、この天井の低い洞窟に並べるためだったのです。
絵屏風は洞窟の奥にずらりと並べられています。洞窟に入って《目星》に成功した探索者は、洞窟の岩肌に絵の跡が残っていることに気づきます。ただし、この絵
は風化が進んでおり、何が描かれていたのかはほとんどわかりません。《考古学》×2か《歴史》に成功すると、この絵は描かれてから千年近く経っていることがわ
かります。この壁画は儀式の初期段階で描かれた絵です。この絵の風化が進んだため、幕末時代の徳見家では絵屏風にこれらの壁画と同じような絵を描かせたので
す。
絵屏風に描かれた絵は、村の祭で見たものとは大違いです。
正常な精神を持つ探索者には、そのほとんどが何を描いているのか理解できません。
羽を生やした樽のようなものが並ぶ光景。水に沈んだ都市のようなものと、そこに横たわる巨大なイカのような影。綿のようなものに覆い尽くされている円錐状の
何か。人の姿をしたは虫類。高い山に飛来するエビのようなもの。氷河に怯える毛むくじゃらの人間のような生き物。何らかの理由で滅び去り、朽ちていく都市の荒
涼とした風景。群れをなす甲虫が荒野を走る姿。そして、八つの目に理知的な光をたたえる蜘蛛。
これらはすべて地球の過去、未来に渡った神話的歴史を描いたものです。《クトゥルフ神話》に成功した探索者は、そのことに気づきます。
それらは浮世絵風に若干の抽象化はされていますが、どの絵もがとても空想で描いたとは思えない不思議なリアリティを感じさせます。まるでこの作者は、その光
景を実際に目の当たりにしてきたのではないかと思えるほどです。
絵屏風を見ながら奥へと進むと、探索者は奇妙な感覚にとらわれます。絵屏風の光景が、現実の光景のように動いているような錯覚がしたり、絵から音が聞こえて
きたりするのです。また、絵屏風のない暗がりに、古代植物のジャングルを見たり、黒く輝く天にも届くような塔が立ち並ぶ光景が見えたりもします。
このとき《幸運》に成功した探索者は、本能的にこのまま絵屏風に心を奪われることが危険であることを察知します。それでも奥へ進みたければ、心をしっかり
もって、なるべく絵屏風を見ないように進む必要があります。そうすれば妙な感覚は薄れていきます。また、《幸運》に成功している探索者は、失敗している探索者
がぼんやりと絵屏風に魅入っていることに気づきます。頬を叩いたり、肩を強く揺すったりすめことで、《幸運》に失敗している探索者を正気に戻すことは可能で
す。
このとき、あえて絵屏風の見せる奇妙な光景に心を委ねようとすれば、探索者は最後の部屋(「15,ニョグタの部屋」を参照)で過去未来の時を超えて、あらゆ
る時代の地球の姿を見ることとなります。
これらの絵には人間の精神を解放して、時空を超えさせるための手助けとなる効果があります。この絵と洞窟の奥に潜むニョグタのパワーが合わさることによっ
て、洞窟を通り抜けた者は時空の彼方を見ることが出来るようになるのです。
やがて洞窟は行き止まりになります。
このとき《アイデア》に成功した探索者は、それがまるで音楽や芝居が途中で終わってしまったような、そんな不自然さを感じ、もっと奥に洞窟が続いているはず
だという物足りなさを覚えます。
しかし、正面の岩壁をいくら調べても不自然なところは見あたりません。
儀式の際、洞窟の行き止まりには、奥へと続く入口が口を開きます。詳しくは後述の「15,ニョグタの部屋」を参照してください。
14,儀式の夜
祭の直後から降り続いた小雨が止んだ深夜、徳見家は儀式を執り行おうとします。
キーパーは探索者が十分に情報を収集したタイミングを見計らって、この小雨を止ませてください。
探索者が徳見家か池の周辺で警戒をしていれば、徳見幸恵1、徳見国男、徳見亜希子1と2、そしてゴムボートを運ぶ河童の面をつけた男が二人、池の島へと向か
うところに遭遇します。
この河童の面をつけた男たちは、徳見家が使役しているゾンビです。
普段、このゾンビたちは池の島に潜んでいます。その数は20体前後です。徳見家では彼らに普通の服を着せ、仮面をつけさせることで、ちょっと見ただけではす
ぐにゾンビとばれないような変装をさせています。
◆ゾンビ(徳見家に使役される者)
STR17 CON12 SIZ12
POW1 DEX8
移動6 耐久力12
ダメージボーナス:+1D4
武器:バット25% 1D8+db
爪40% 1D3+db
装甲:なし。ただし貫通する武器は1ポイントのダメージ、その他のすべての武器はロールで出たダメージの半分しか与えません。
呪文:なし
正気度喪失:ゾンビを見て失う正気度ポイントは1/1D8ポイントです。ただし、徳見国男の操るゾンビは普通の人間に見えるような服を着ており、顔にはお面を
つけています。そのため、お面を外した素顔を見ない限りは正気度ロールをする必要はありません。
ゾンビは耐久力が0となると、動きを止めてその場に倒れます。お面の下の顔はおぞましいものです。両目のあった場所は杭が打ち込まれた跡のような穴が開いて
います。下あごは骨ごと失われ、上あごの歯はすべて抜け落ち、白い骨が露出しています。ゾンビと言っても、身体は茶色のゴムのように変化した皮膚に覆われてお
り、死体と言うよりは作り物のようです。
耐久力が0となったゾンビは、一分程度で乾いた木の皮のようにパサパサになって、自然に崩れ去っていきます。最後に残されたのは、一掴みの青白い灰のような
ものだけです。
島に渡ると、徳見一家とゾンビ1体はほこらへとまっすぐ向かい、残りの1体のゾンビはボートに残ります。
探索者が先に島に渡って待ち伏せをしていなかった場合、探索者が徳見一家を追って島に渡るまでには、かなりの時間差が発生してしまうことでしょう。もし、ほ
こらの位置を前もって調べていなかった場合などはなおさらのことです。ただし、徳見一家の持つ照明などが手がかりとなるので、ほこらの位置を特定するのに
「13,島之池とほこら」での判定ほどは時間はかからりません。
徳見一家はほこらへと入る前に、徳見亜希子1に目隠しをします。これは徳見亜希子1が時空の彼方を見てしまわないための用心です。
準備が整うと、徳見幸恵1は岩戸に手を置いて、呪文を唱えます。すると岩壁がぼんやりと薄れていき、奥へと続く道が出来ます。四人はその奥へと入っていきま
す。
キーパーは岩壁を開けるための呪文の詠唱時間を調整するなどして、遅れてやってくる探索者が徳見一家に追いつけるように時間調整を行ってください。
15,ニョグタの部屋
ほこらの最深部。岩壁の向こう側は恐るべき神話的儀式の場となっています。
最深部の空洞の大きさは高さ5メートル、直径15メートルほどの大きなドーム状になっています。壁は石組みで補強されており、足下も石畳になっています。明
らかに人の手によって作られた空間です。
空洞に入った探索者は、ただの石組みの壁だとわかっているにも関わらず、そこに何か見たこともないような光景が広がっている錯覚に捕らわれます。それはめま
いのようなもので、しばらくすれば治まります。
もし、絵屏風に心を委ねた探索者がいた場合、空洞の中はまったくの異世界に見えます。視界のすべてに、ありとあらゆる時代の光景が飛び込んできます。
それはひとつの光景ではありません。何重にも重なって同時に無数の光景が一方的に飛び込んできます。それは知覚する以上のスピードで認識するという、不思議
な神話的体験です。
探索者はわずかの間に地球の歴史すべてを頭に刻み込むことになります。そして、その神話的体験の最後に、奇怪な色をした岩石の転がる海岸を歩くティンダロス
の猟犬を目撃します。探索者は時空を超えた光景を目撃する神話的体験をしたことによる正気度喪失1D4/1D20と、ティンダロスの猟犬を見たことによる正気
度喪失1D3/1D20の両方をします。そして、《クトゥルフ神話》を+15%獲得します。
ティンダロスの猟犬はその探索者を獲物と判断しました。ルールに従い、この恐るべき腐肉食らいは30日後に探索者のもとに訪れます。
部屋の中央には金属の円盤が置かれてあります。円盤の直径は約一メートル程度で、表面には奇妙な図形が彫金されています。
模様を見て《オカルト》に成功すると、アメリカ、マサチューセッツ州セイレムにいたとされる魔女が儀式に使用していた印によく似ていることに気づきます。ま
た、《クトゥルフ神話》に成功した場合は、これがニョグタに関わる印であることを知っています。金属自体を調べた場合、《地質学》に成功すると、これが高純度
の銀であり、これだけの量ならなかなかの値打ちがあることがわかります。
この円盤の中央には高さ80センチぐらいの輪頭十字が墓石のように立っています。
この輪頭十字は黒くて表面がざらざらした石で造られています。石の表面には、ひらがなで文字が彫刻が施してあります。古い文字なので読むには《日本語読み書
き》に成功する必要があります。その内容は、
「や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる」
です。この文字を読んで《クトゥルフ神話》に成功した探索者は、これがニョグタを退ける「ヴァク=ヴィラ呪文」であることに気づきます。
そのことを理解した探索者が、さらに《INT》×5に成功すれば「ヴァク=ヴィラ呪文」を修得することが出来ます。この呪文は「ニョグタの退散」と同じ効果
を持ちます。このシナリオは「ニョグタの退散」が無くても解決できますが、この呪文を手に入れたことで探索者の作戦の幅が広がり、よりプレイヤーを悩ませるこ
とでしょう。
輪頭十字を詳しく調べた場合、この石は地面の穴に差し込んであるだけであることに気づきます。ぴったりと穴にはまっているため引き抜くのにはかなり力がいり
そうですか、それでも抜くことは可能のようです。具体的には《STR》16の抵抗ロール(3人まで協力が可能)に成功する必要があります。
籠祭がもとは徳見家の祭であったことと、その祭で唱えられる「抜かず、廃れず」という言葉を思い出せば、探索者はこの輪頭十字を抜いてみることが徳見家に害
なす事であると推測できるでしょう。
輪頭十字を抜くと、地の底から封じられていたニョグタが顕現します。詳しくは「17,解き放たれた神」を参照してください。
16,徳見家との対決
ニョグタの部屋へ入ると、徳見亜希子2は夢うつつの表情でドーム状の天井のあちこちをキョロキョロと見回しています。探索者にはいったい何を見ているのかわ
かりません。彼女は「15,ニョグタの部屋」で説明した、時空を超えて地球の歴史を見ているのです。
探索者は急いで儀式を阻止しなければなりません。
少しでも躊躇すれば、徳見亜希子2はティンダロスの猟犬と邂逅してしまいます。彼女はそのおぞましい姿を見ると、絶叫してその場にうずくまります。
徳見幸恵1たちは探索者の乱入に対して驚きを隠せません。
徳見国男は腰に吊していた古代刀を抜くと、その巨体を活かしてナイフのように片手で構えます。また、ゾンビは両腕を前に突きだして爪を動かしながら、探索者
と対峙します。この儀式を見られたからには、生かして返すわけにはいかないからです。
いかなる交渉も説得も、この狂信者たちには通用しませんが、探索者が何かを質問してくるのでしたら答えてあげても良いでしょう。徳見幸恵にとっては時間を稼
ぐのは悪いことではありません。なぜなら、この間にも島に潜むゾンビたちを招集(接触呪文のようなものです)しているからです。
徳見幸恵1の作戦は以下の通りです。
まず、徳見国男とゾンビで探索者を足止めします(彼女は徳見国男の命など、ゾンビと同等程度にしか思っていません)。同時に彼女は「レレイの霧の創造」の呪
文(改訂版ルール187ページ参照)を使用して、自分の姿を霧の中に隠します。
もともとが暗い部屋であるうえ、レレイの霧まで発生しては、探索者は自由に動くことは出来ません。手近な敵と戦うぐらいが精一杯でしょう。
この隙に徳見幸恵1は、密かに部屋を抜け出します。可能であれば徳見亜希子2(徳見亜希子1ではありません)を連れて行こうとしますが、無理ならばあきらめ
ます。探索者が徳見亜希子2を殺すような真似はしないだろうと思ってのことです。それならば、探索者を皆殺しにしてから、ゆっくり回収すれば良いことです。
用心深い探索者が、洞窟の外や途中で待ち伏せをしていた場合、徳見家の呼び出しに応じたゾンビたち(5体以上)と遭遇することになります。しかも、このゾン
ビは面をつけていないため、探索者は正気度ロールをする必要があります。
懸命な探索者ならば、不本意ながら洞窟の奥へと逃げるしか選択肢はないでしょう。
キーパーは徳見幸恵1をなんとしてでも洞窟の外まで逃がしてください。彼女は効果的な呪文の使い方を知っている恐るべき魔女です。邪魔者をどかすために「ヨ
グ=ソトースのこぶし」を使って吹き飛ばしたり、「催眠術」で催眠状態に陥らせたり、最悪の場合は「門の創造」を使ってでも逃走します。
レレイの霧は徳見幸恵1と一緒に移動するため、彼女が部屋からいなくなれば霧は晴れます。
こうなれば探索者は徳見国男やゾンビと戦うことも、輪頭十字を調べることも可能です。
探索者は急がねばなりません。なぜなら、徳見幸恵1と入れ違いに棍棒(命中25%、ダメージ1D8+db)で武装したゾンビの集団がやってくるからです。
徳見幸恵1を追って洞窟の外へ出ようとした探索者は、少しだけ早くに、このゾンビ軍団と遭遇することになります。
キーパーは状況に応じて、このゾンビ軍団イベントを発生させてください。理想的なタイミングとしては、徳見国男たちを倒して、輪頭十字をどうするべきか迷っ
ているときが良いでしょう。
入口からワラワラとやってくるゾンビたちを見ては、探索者は一か八か輪頭十字を抜いてみるしかないと決断するはずです。
17,解き放たれた神
洞窟の最深部にあった輪頭十字が引き抜かれると、地の底からニョグタが現れます。
キーパーは下記の描写文を読み上げてください。
「輪頭十字が抜き取られると、そこにはぽっかりと深い穴が残った。一呼吸をおいて、むせかえるような悪臭が部屋を満たしていく。
それは麝香(じゃこう)を思わせる、吐き気をもよおさせる匂いだった。
悪臭はどんどん強くなり、ピークに達したとき、穴からドロリと何かが沸きだしてきた。
それは黒っぽい玉虫色をした液体に近いゼラチン状の塊だった。それは縁に小さな指のようなものを無数に生やして、波打ちながら床にあふれ出していた」
ニョグタの顕現を目撃した探索者は、1D6/1D20正気度ポイントを失います。
ゾンビはニョグタが現れると、次々とその身体に飛び込んで行きます。それは神に対して攻撃をしかけているのか、それとも神の身体に身を投げ出しているのかわ
からないような奇妙な光景です。ニョグタは身体に触れたゾンビをどんどんと体内に吸収していきます。しかし、いくらゾンビを吸収したところでニョグタは満足し
ません。なにしろゾンビのPOWは1点しか無いのです。これほど生け贄(?)に不適切な存在はいないでしょう。
探索者に残された唯一の懸命な行動は、残されている徳見亜希子を連れて洞窟から逃げることでしょう。
するとニョグタはゆっくりとした動きで探索者の後を追いかけます。後ろを振り向けば、いつのまにかニョグタは部屋を一杯に満たすほど大量にあふれ出していま
す。もはや人の手に負える相手ではありません。
ニョグタから逃げるため洞窟を走る探索者は、両脇に飾られた絵屏風の変化に気づきます。
絵屏風に描かれた光景が、洞窟全体に溶けるように広がりつつあるのです。探索者は様々な光景が入り交じった絵の中をさまよっているような錯覚を感じます。も
はや、確かなものは足下の道しかありまん。もし、脇にそれたらそのまま絵の中に迷い込んでしまいそうです。
そのような中を走り抜けた探索者は、やがて地表に出ます。ここで厳しいキーパーならば絵の中に迷い込まないための《アイデア》ロールや、ニョグタに追いつか
れないための《DEX》抵抗ロールを要求しても良いでしょう。
具体的には《アイデア》ロールに失敗してしまった探索者は、気づかないうちに絵の中へと入り込んでしまっています。そのことに気づいた他の探索者が、正しい
道に戻ってくるように呼び戻せば、迷い込んだ探索者はもとの道に帰ることが出来ます。しかし、その際には《DEX》10の抵抗ロールに成功する必要がありま
す。もし不幸にも失敗した場合、背後から迫るニョグタの触肢攻撃で1D10のダメージを受けることになります。攻撃を受けた探索者は再度《DEX》抵抗ロール
を試みることが出来ます。当然、失敗すればさらにニョグタの攻撃を受けことになりますが。
やっとのことで地表に出た探索者は、予想外の光景を目撃します。
外はさっきまで夜だったにもかかわらず、明るくなっています。それは薄いピンクがかった夕暮れ時のような明るさです。
空気も何か違います。猛烈な湿気と、植物の腐ったような腐臭がします。息をすうと肺にまとわりつくような感じがして、まるで換気の悪いサウナに入ったような
気分です。
あたりの植生も変わっています。樹皮に鱗のようなものを生やした、見たこともないような植物が無秩序に絡み合い、ジャングルのようになっています。あたりは
ギーギーという耳障りな虫の鳴き声に包まれています。この見慣れぬ光景を見て《生物学》に成功した探索者は、このジャングルの植物が中生代のものであることに
気づきます。
そんなジャングルの中で、徳見幸恵は呆然と立ちつくしています。また、探索者の後ろからニョグタが追いかけていることも忘れないでください。探索者が洞窟か
ら出ると同時に、ニョグタも地表にあふれ出します。ニョグタの体重は約30トンあります。体積ははっきりしませんが、改訂版ルール113ページに記載されてい
るショゴスよりひとまわり小さいぐらいの大きさです。
そんな巨体が地表に現れたのです。木々は倒され、地表はメリメリとめり込んでいきます。
もし、どちらかの徳見亜希子が徳見幸恵1と一緒にいた場合、彼女はニョグタの姿を見て悲鳴を上げて、母親に抱きつきます。ですが、徳見幸恵1はそんな娘をう
るさそうに突き飛ばします。
それは導入での徳見幸恵2の行動とダブるものがありますが、しかし、その真意はまったく異なるものです。徳見幸恵1の狂った精神には母親の愛情というものは
存在していないのです。本当の母親ではない徳見幸恵2のほうに、真の母親の愛情が宿っていたとは実に皮肉な事実と言えるでしょう。
徳見幸恵1は娘を置いて、ニョグタから少し離れた場所まで逃げると、意を決したかのようにふり返り「ヴァク=ヴィラ呪文」を唱え始めます。
そんな小賢しい徳見幸恵に対して、ニョグタはその玉虫色の身体から人間の手ぐらいの触手を伸ばして、彼女のほうへと向けます。
その直後、徳見幸恵は胸を押さえて苦しみ始めます。
ニョグタは「ニョグタのわしづかみ」の呪文を使用したのです。
本家本元の呪文を前に、徳見幸恵は為す術もありません。彼女の苦しみが絶頂に達したとき、胸が内側から破裂します。そして、いつのまにかニョグタの触手の上
には血を吹き出しながら鼓動を続ける心臓が乗っかっています。
ここで探索者は《聞き耳》をします。何かニョグタとは別の巨大なものが、木々をざわめかせ、大地を踏みしめながら近づいてくる気配がします。
それは巨大な肉食恐竜です。二階建ての家ぐらいの大きさがあるアロサウルスなどに似た姿の恐竜です。肉の腐ったような猛烈な匂いをまき散らしながら、探索者
とニョグタの前に現れます。
ニョグタは無感情にその身体を波打たせると、その大きな獲物へと近づいていきます。恐竜は金縛りにでもあったかのように、その場に立ちつくし動くことも出来
ません。
やがてニョグタは闇が覆い尽くすように、恐竜の身体を包み込んでいきます。
これらの想像を絶する光景を見た探索者は、1D3/1D10正気度ポイントを失います。
ニョグタが洞窟から離れると、入口がぼんやりと薄らいでいきます。洞窟の最深部の岩壁が消えたときとよく似ています。急いで洞窟の中へ戻らなければ、探索者
はこの世界に取り残されることになります。
18,元の姿に
探索者が洞窟内に戻ると同時に、外から入りこんでいたピンク色の明かりが消えて暗闇に戻ります。
洞窟内にあった絵屏風は元に戻っています。その間を歩いても、これまでのような奇妙な感覚に捕らわれることもありません。
外は元の世界に戻っています。
《幸運》に成功した探索者は、これまで違和感のあった洞窟の雰囲気がすべて消え去ったことを確信します。
しかし、一点だけ不自然な点が残されています。それは徳見亜希子2の存在です。
そのことに徳見亜希子2も気づき始めます。
洞窟の入口と同様に、彼女の顔が薄れ始めています。そして、その下には別の少女の顔が見えます。
徳見家の力を支えていたニョグタの力は、時の彼方へ消え去りました。そのため、徳見亜希子2をその形にしていた力もなくなり、彼女は元の古賀琴美に戻ろうと
しているのです。
徳見亜希子2は自分の存在が薄らいでいることに気づき、不安そうな顔で探索者にすがりつきます。
ですが、彼女が消えることに対し、探索者はどうすることもできませんし、それにそうなることこそが自然なのです。探索者はここで徳見亜希子2に気の利いた言
葉のひとつでもかけてあげるべきでしょう。
徳見亜希子1は、その様子を呆然と見つめるだけです。いったい何が起きているのか理解できないのです。
そんな徳見亜希子1を徳見亜希子2は悔しそうに見つめます。その視線に徳見亜希子1は一瞬ひるみますが、じっと徳見亜希子2を見つめ直します。
「私はいなくなって、あなただけになってしまう。あなたが本当の私みたいだから……けど、私とあなたは同じじゃない。私は○○(仲の良かった探索者の名前)と
一緒にいっぱい楽しいところで遊んできた……○○へ行って、○○を食べて……」
徳見亜希子2は探索者と遊んだ思い出を話しながら、同意を求めるように無理に探索者に笑いかけてきます。ここで名を呼ばれた探索者からは、一言、気の利いた
台詞を期待したいところです。
「この思い出はあなたのものじゃない。私のもの。これだけは一緒にもっていく……これだけは……私だけの……」
そう言いながら、徳見亜希子2は泣きじゃくり、そしてそのまま消えていきます。残されたのは気を失った古賀琴美です。
彼女には何の異常もありません。
ひとりになった徳見亜希子1は、この状況のほとんどを理解できませんでしたが、目の前で消えていった少女に対して大粒の涙を流します。
もし、徳見亜希子2がティンダロスの猟犬と遭遇していた場合、探索者が洞窟内に戻るとき、一緒に悪臭を放つ青黒い煙が流れ込んできます。
ティンダロスの猟犬が徳見亜希子2を狙ってやってきたのです。
探索者の前でティンダロスの猟犬は実体化を始めます。その姿を見た探索者は1D3/1D20正気度ポイントを失います。
ティンダロスの猟犬は赤いホースのような舌をいやらしく伸ばして、徳見亜希子2のほうへとゆっくり近づいてきます。しかし、その舌は徳見亜希子2の身体には
触れずに、空中をさまよいます。ティンダロスの猟犬はその全身から悪意を発散させながらも、探索者や徳見亜希子たちに気づかないようにうろうろとします。
そのとき、徳見亜希子2は古賀琴美に戻りつつあるのです。つまりはティンダロスの猟犬が狙う標的は、すでにこの世から消えようとしているため、襲う相手を見
失ってしまったのです。
徳見亜希子2は、探索者たちに前述したようなことを言い残しながら消えていきます。同時に、この場所にいる意味の無くなったティンダロスの猟犬も、角の時間
へと消えていきます。
19,大団円
シナリオの流れとしては、徳見亜希子2が消えるイベントを終了したところで、後日談に移ったほうがよいでしょう。
その後、徳見亜希子1は徳見家の本家当主となることになります。やがて、後見人として親族の人間が姐田の屋敷へやってきて、徳見亜希子1と一緒に暮らすよう
になります。
親族たちは神話的なことはまったく知らない、普通の人たちです。徳見幸恵の秘密主義が思わぬところで良い結果を生んだというわけです。
やってきた親族は気の良い人々だったので、徳見亜希子1はこれまでのような外界と隔離した生活から一転して、普通の女の子のような暮らしが出来るようになり
ました。突然、両親を失った心の傷は深いものですが、それもいずれは時が癒してくれることでしょう。
また、川原俊光も山林の世話の仕事に戻り、徳見家との良好な関係を保っています。
すべては丸く収まりました。
やがて数ヶ月が過ぎて、突然、川原佳代子が探索者のもとを訪れます。しかも、徳見亜希子1が一緒です。
川原佳代子が「彼女があなたたちにお願いがあるって」と言うと、徳見亜希子1は一歩前に出て一生懸命言葉を考えながら探索者に訴えます。
「私を、もうひとりの私が行った場所に連れて行ってもらえませんか?
あの子は消えてしまったし、私はあの子のことを何もわかってないかも知れない。けど、あの子と同じものを見て、あの子と同じことを感じれば、それはあの子が
私の中に帰ってくるのと同じになるんじゃないかと思ったんです……
あの子は自分だけのものだから、自分が持っていくと言ってました……けど、それでほんとうにいいのか……私は違うんじゃないかと思います。
あの子はいなくなってしまったけど、私はここにいます。けどそれは私が本当だからとかじゃなくて、あの子が偽物とかじゃなくて……」
そこまで言うのが精一杯だったようで、彼女は言葉を詰まらせて泣きじゃくります。
そんな彼女に対して、どのような対応をするのかは探索者の判断に任されます。
徳見家に伝わる儀式を妨害し、ニョグタを時の彼方へと解放した探索者は1D20の正気度ポイントを獲得します。
ただし、洞窟の奥でティンダロスの猟犬に見つかってしまった探索者は正気度ポイントは獲得できません。そして、その探索者は30日後にティンダロスの猟犬に
襲撃されることになります。
他の探索者は、友人が行方不明となった知らせを、だいぶ経ってから受け取ることになることでしょう。
ティンダロスの猟犬を撃退する方法を模索する探索者もいるかもしれませんが、それはこのシナリオで語られるべきものではありません。付け加えておくならば、
あの不浄の腐肉食らいから逃れることのできた人間はほとんどいませんが……