誰に教えられずとも理解できた。いま目の前に現れたものが『大いなるもの』であり、『支配者』であることが。
(ルルイエにて)


1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの舞台はグアムですが、探索者はバカンスに来た日本人を想定しています。ただし、少数であればグアムに関わりのある外国人(現地の住人)などを選ん で貰っても良いでしょう。
 時代設定は現代の2月中旬。日本では、まだ寒さの残る春休みシーズンですが、常夏のグアムは絶好の旅行シーズンとなっています。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は4〜5人を推奨します。6人を超える大人数でのプレイには向いていません。逆に3人の場合は少し技能にボーナスを 与えてあげないとクライマックスを乗り切れないでしょう。また、常夏の島グアムでバカンスを楽しむ展開となるので、探索者は若者のほうが楽しめるかも知れませ ん。
 プレイ時間は探索者創造の時間を含まないで、4時間ぐらいでしょう。ストーリーの展開が単純で、登場するNPCの数も少ないので、初心者キーパーやプレイ ヤーでも容易にプレイできます。
 なお、このシナリオのオプションルールとして探索者は最低でもEDU×1倍の《英語読み書き/会話》技能を持っていることとします(グアムの公用語は英語で す)。ただし、簡単な英語の表記や自分の意志を伝える程度の会話ならば、キーパーはいちいち技能判定をしなくても構いません。探索者が辞書などを持ち歩いてい る場合は、技能にボーナスを与えても良いでしょう。


2,あらすじ

 グアムでバカンスを楽しんでいた探索者は、観光の途中、森島朱美と出会います。
 彼女の父親である森島雄高は、才能溢れる彫刻家ですが、その才能は恐るべきディープワンの陰謀に利用されようとしています。
 グアムの財産家としての仮面を持つランダル・レスピシオという狡猾なディープワンが、このシナリオの黒幕です。彼は森島雄高を利用して、かのルルイエの浮上 を目論んでおり、その計画は完成寸前にまで達しています。
 森島一家と関わり合いをもった探索者は、この陰謀に巻き込まれ、クライマックスではルルイエへと迷い込むこととなります。そして、運が悪ければ、大いなるク トゥルフと邂逅することとなるでしょう。
 探索者の最終目的はルルイエの墳墓の門が開かれる前に、ランダル・レスピシオの邪悪な陰謀を阻止することです。



3,NPC紹介ここをクリックすると、印刷用のイラストになり ます

森島 雄高/もりしまゆたか(40歳) グアムに暮らす彫刻家
STR14 CON16 SIZ14
INT15 POW15 DEX17
APP11 EDU17 SAN75
耐久力15 ダメージボーナス +1d4
技能:機械修理40%、芸術(現代彫刻)90%、説得60%、英語50%、

 40歳にして、日本現代彫刻において確固たる地位を築いた才能豊かな彫刻家です。
 現在、彼はグアムの別荘に長期滞在をしています。ゴーギャンを気取っているわけではありませんが、彼の気質と常夏の島は相性が良かったのです。
 彼は芸術家といっても気むずかしい人嫌いなタイプではなく、非常に人当たりの良いラテン系の人物です。とても世話好きで誰とでもすぐに友達にな り、あらゆる芸術と酒を愛しています。ただし、10年前に死去した妻をいまだ愛しているため、女性関係については清廉潔白です。
 彼は、ある事情から両親とは疎遠になっています。その代償として、彼は弟と娘のことを何より大事にしています。もっとも、森島朱美の恋愛につい てはおおらかで、互いが不幸になるような結果にならないならば自由恋愛おおいに結構という姿勢です。
森島 誠二/もりしませいじ(33歳) ノイローゼ気味の叔父
STR10 CON7  SIZ13
INT16 POW10 DEX12
APP14 EDU18 SAN50
耐久力10 ダメージボーナス なし
技能:隠れる60%、芸術(絵画)70%、忍び歩き50%

 森島雄高の弟ですが、兄とは対照的に内向的な人物です。
 神経質で、他人との会話が苦手で、特に若い女性に対してコンプレックスを抱いており、ほとんどまともな会話は出来ません。それは姪である森島朱 美に対しても同様です。
森島 朱美/もりしまあけみ(19歳) 春休みをエンジョイする学生
STR7  CON10 SIZ10
INT10 POW11 DEX12
APP14 EDU13 SAN55
耐久力10 ダメージボーナス なし
技能:泳ぐ40%、信用30%、ナビケート40%、英語60%

 大学の英文科に通う女子大生です。
 いつまでも若々しく悠々自適の生活を送る父親に憧れており、いまだ親離れが出来ていません。理想の男性のタイプは尋ねられると、父親と即答する ようなタイプです。幼いときに母親を亡くしたおかげで、過保護に育てられたのも原因のひとつでしょう。
 父親とは違い、芸術にはあまり興味はありません。いまは英会話の勉強と、マリンスポーツが最大の関心事です。
 父親譲りの気やすい性格のため、探索者とはすぐに友達になることが出来るでしょう。
ランダル・レスピシオ(96歳) グアム在住のディープワン
STR16 CON14 SIZ12
INT16 POW15 DEX13
APP6  EDU21 SAN0
耐久力12 ダメージボーナス +1d4
技能:言いくるめ65%、オカルト30%、隠す70%、隠れる60%、クトゥルフ神話42%、忍び歩き75%、ジャンプ35%、錠前25%、信用 60%、心理学35%、説得65%、天文学20%、博物学75%、日本語60%、目星60%、歴史45%
武器:ナイフ50% 1d4+db(耐久力9)
   蹴り30% 1d6+db
装甲:1ポイントの皮膚とウロコ
呪文:ディープワンとの接触、クトゥルフとの接触

 人間とディープワンのハーフです。まだあまりディープワン化が進んでいないため、人間社会に溶け込んで生活することが可能です。
 そして、それ以上に彼は人間社会を深く学んでいます。ディープワンたちから手に入れた金塊を使って、それなりの財力を築き、グアムではひとかど の人物となっています。彼は96歳という高齢であることを巧妙に隠しており、年齢は50代ということで通しています。

4,シナリオの導入

 春休みのシーズン、探索者はグアムに観光旅行に来ています。
 この時期のグアムは乾期のため、季候が良く、日本やアメリカから多くの観光客がやってきています。
 今回、探索者は観光客の多いグアム中央部は避けて、南部にコンドミニアムを借りて一週間以上の長期滞在をしています。コンドミニアムというのは、家財道具の そろった一軒家を借りて、自分たちで食事の用意などをして生活をする、レンタル別荘のようなものです。ホテルに宿泊するよりはずっと経済的で長期滞在に向いて います。また、食材の準備や、ホテル以外の外食で現地の人々にふれあうことが多いため、その国の様子が生で感じることが出来るというメリットもあります。

 探索者のグアムでの主な移動手段は車となります。グアムは極端な車社会であるため、ちょっとした移動でも車が使用されます。
 日本の都心並みにタクシーが多く、ホテルや大きな店舗の前には必ずタクシーが常駐しているので、車が運転できなくてもそれほど不便ではありません。料金も1 マイル(1.6km)で1ドル程度と安価です。車が運転できて、グアム中を観光してまわるつもりならば、レンタカーを借りた方が経済的かもしれません。グアム では30日以内の滞在ならば、日本の普通自動車の免許証だけで運転ができます。探索者にもお馴染みの日本車も借りることが出来て、1日のレンタル料金は50ド ル程度です。
 グアムは日本ほどではありませんが、治安の良い国です。ただし、それでも旅行者が夜間に徒歩で道を歩くのは危険でしょう。

 なお、日本で使用している普通の携帯電話はグアムでは使用できません。どうしても携帯電話が必要という場合、現地で携帯電話をレンタルすることも可能です。 旅行期間中、一時間の無料通話が可能なサービス付きで、一万円弱で借りることが出来ます。

 滞在から二日目、グアムにもなれた探索者たちは、車でグアム南部にあるタロフォフォの滝を観光しにいきます。高さ9メートル、幅20メートル程度の普通の滝 ですが、川の少ないグアムでは淡水で泳げる場所が少ないため観光地となっています。ジャングルに囲まれた滝は、日本の滝とは違った南国ならではの迫力がありま す。
 この近くには、横井庄一氏が太平洋戦争の終戦後28年間も隠れ続けていた横井ケーブがあります。若い探索者にはピンと来ないかも知れませんが、横井氏の生還 は、当時、高度成長期にあった日本に戦争の惨さを再認識させてくれた出来事でした。
 タロフォフォの滝での観光と夕食をすませた探索者は、やや遅い時間にコンドミニアムへと戻る道を走っています。
 グアム南部は観光施設が少ないので道は暗く、探索者は慎重に運転をしていかなくてはいけません。ジャングルを切り開いた道には、ずっと対向車もなく、このあ たりにいるのは自分たちだけなのではと思わせるほど寂しい道です。
 そんな道を走っていると、唯一の明かりであるヘッドライトが白い人影を浮かび上がらせます。《目星》に成功すれば、それが白いシャツを羽織った女性であるこ とに気づきます。このときの《目星》が1/5に成功していれば、その女性が日本人のようだった気がします。
 こんな寂しい道を、ひとりで女性が歩いていることは奇妙なことです。
 女性は探索者の車がすれ違うときに、激しく手を振ります。それは助けを求めているような様子です。そんな女性を見て、声もかけずに通り過ぎてしまうようでは 探索者失格でしょう。

 探索者が停車すると女性はホッとした顔で駆け寄ってきます。
 彼女は森島朱美です。横縞のタンクトップの上に白いシャツを羽織り、下は短パンとサンダル履きという、ホテル近くのビーチを散歩するような軽装です。こんな 道をひとりで歩くような格好ではありません。
 森島朱美は探索者が日本人であることを知ると、安堵した様子で「すみません。私をイナラファンまで乗せていってもらえませんか。道に迷って困っているんで す」と言います。イナラファンは、ここから直線距離で5kmぐらいの場所にある地名です。距離はさほどではありませんが、道は入り組んで坂道も多いので、女性 の足で歩けば三時間以上かかるでしょう。
 探索者がどうしてこんなところを歩いているのか尋ねれば、彼女は少し混乱した様子で以下のようなことを話します。

 森島朱美は春休みを利用して、イナラファンにある別荘に滞在している、日本の女子大生です。
 この日の晩、別荘近くの海岸沿いの道を散歩していたところ、霧が出てきてあたりが見えなくなり、気がついたらジャングルの中の道を歩いていたというのです。
 ここがタロフォフォの滝の近くであることを知ると、森島朱美は驚いた顔をします。5km離れたイナラファンの海岸を歩いていたのは三十分ぐらい前であり、そ んな遠くまで歩いてこれるはずはないと不思議そうな顔をします。彼女が嘘をついていないとすれば、確かにそれは奇妙なことです。
《知識》に成功すれば、夜のグアムにあたりが見えなくなるほどの濃い霧が発生することは珍しいということがわかります。森島朱美に聞いても、そんな霧は初めて 見たと言います。
 帰り道、落ち着いた森島朱美は探索者にタロフォフォの滝と横井ケーブの感想を尋ねます。探索者の感想を聞くと、実は自分も近いうちに行くつもりだったのだと 話します。これは伏線ですのでキーパーは忘れないようにしてください。

 森島朱美はイナラファンの別荘まで送ってもらうと、是非お礼がしたいと言って探索者の連絡先を尋ねます。


5,グアムでのバカンス

 翌朝、森島朱美から電話がかかってきます。
 昨日のお礼に、昼食のバーベキューに招待したいというものです。グアムでは家族や友人達を集めて、バーベキューが頻繁に行われています。日本の鍋感覚なのか もしれません。
 探索者が希望するなら、森島朱美はグアムの観光スポットを案内してくれます。彼女は日常会話程度ならば英語も話せるので、ガイドとしては心強い存在です。

 バーベキューをするのは、イナラハン天然プールの近くです。イナラハン天然プールは海を岩でせき止めた天然のプールです。プールとはいえ海とつながってお り、魚も泳いでいます。岩のおかげで波が無く、穏やかなため子供でも泳ぐことが出来ます。
 バーベキューの道具と食材は、森島雄高と森島朱美たちが用意してくれています。
 森島朱美は森島雄高に探索者のことを紹介します。森島雄高は娘が世話になったことにお礼を言って、今日は是非楽しんでいって下さいと、気持ちの良い笑顔で探 索者のことを歓迎します。
 グアムのバーベキューには作法などありません。炭に火をおこして、タレをつけた牛肉や魚介類を焼くだけです。牛肉はアメリカンビーフですが、魚介は豪華なも ので、ロブスター、牡蠣、イカ、マヒマヒ(シイラ)を豪快に焼きます。森島雄高はクーラーボックスにビールを大量に持ってきており、探索者に進めます。探索者 が車の心配をすると、近くに自分の別荘があるから、そこで酔いを醒ましても、車を置いていってタクシーで帰っても良いだろうと提案します。
 森島雄高は、面倒な火起こしから、魚介類の味付けまで、手際よくバーベキューの準備をしていきます。森島雄高は、準備が出来るまで天然プールのあたりを散歩 しているがいいでしょうと、森島朱美に案内をするように言います。

 あたりを散歩した探索者は、テレビ局の取材を目撃します。探索者が興味を持たなかった場合でも、森島朱美は野次馬精神を押さえることが出来ずに、何の取材か 見ていきましょうと誘います。
 それはニュース番組か何かの取材のようです。しばらく話を聞いていると、なにやら不思議な事件であることがわかります。以下の情報は、テレビ局の取材を聞い ていればわかる情報です。聞き取りづらい英語については、森島朱美が解説をしてくれます。

◆ビリーの不思議な体験
 ロス在住のビリー・スコットという青年は、少し酔っぱらってイナラハンのビーチを夜に散歩していました。するといつのまにか、あたりが見えなくなるほどの深 い霧に包まれてしまいました。不安になったビリーは宿泊していたホテルの方角へ戻ろうとしましたが、次に霧が晴れたときには、なんと住み慣れたロスの校外を歩 いていたのです。
 その夜、ビリーがグアムにいたことは多くの友人たちが証言しています。しかし、ほぼ同時刻、あわててビリーが警察署に飛び込んできたことも多くの警察官が証 言しています。
 一瞬でグアムからロスへ移動してしまったビリーのことを、マスコミでは興味半分で取り上げて、テレポーテーションをしたとか、次元のひずみを通り抜けたと いったオカルトじみた解釈までされています。

 この話を聞いた探索者は、この事件が昨晩の森島朱美の体験と酷似していることに気づくでしょう。
 探索者が取材を終えたビリーに接触して詳しい話を聞いた場合、ビリーが霧に包まれた場所は森島朱美が遭遇した場所から、数百メートルしか離れていないこと。 その不思議な体験をしたのは、いまから5日前であることがわかります。
 ビリーに対して《信用》に成功した場合、彼は「あの日は仲間と喧嘩して、もうロスに帰りたいと思っていたんだ。そうしたら、本当にロスに帰ってしまってたっ てわけさ。本当にビックリしたよ」とその日のことを話します。その日、ロスのことを考えていなかったかと質問された場合も、同様のことをビリーは話します。
 森島朱美とビリーの体験には、隠された共通点があります。それは霧に包まれたとき、考えていた場所に移動したということです。森島朱美にそのことを確認すれ ば、確かに霧に包まれる直前まで、タロフォフォの滝のことを考えていたと話します。

 賢明な探索者は、これまでにこの不思議な霧が発生したポイントを調べようとするかも知れません。見ず知らずのグアムでの情報収集は困難なものですが、探索者 の調査方法が適当なものであるとキーパーが判断したのならば、ここ一週間に霧が発生した場所を特定させても良いでしょう。
 主に霧は森島家の別荘付近に発生しています。しかも、その霧はだんだんと別荘に近づいているのです。

 その後、バーベキューはつつがなく終了します。
 食後の探索者の行動は自由です。天然プールで泳ぐのも良いですし、近くには小さなビーチがたくさんあります。このあたりの町並みは聖ヨセフ教会をはじめとし て、スペイン風の白い石造りの建物が多く、町を歩いているだけでも異国情緒を味わえます。
 キーパーは探索者が観光のあとに、森島の別荘に立ち寄るよう誘導をして下さい。


6,森島家の人々

 森島雄高と森島誠二は年の離れた兄弟です。二人は青森の寒村で生まれ育ちました。
 森島雄高は芸術家となることを志望しましたが、地道に農家として生きていた両親の強い反対を受けました。しかし、彼は夢をあきらめきれず、高校卒業後、両親 の反対を受けながらも東京の美術大学へと進学しました。幸いなことに森島雄高には彫刻の才能があり、30歳を前にして、独り立ち出来るほどの地位を得ることが 出来たのです。
 やがて、森島雄高は森島誠二にも本格的に美術の勉強をすることを勧めます。彼は弟に絵画の才能があることを見抜いていたからです。
 その際、森島雄高は年老いた両親たちと激しく対立しました。実家を捨てて東京へ出た長男が、今度は次男まで連れて行こうとしているのです。両親たちが反対す るのも無理からぬことです。
 しかし、兄の強い勧めによって、森島誠二も東京の美術大学に進学することを決心しました。確かに、彼には絵画の才能はありましたが、それは兄ほどではありま せんでした。結局、美大卒業後も、なかなか世に認められるほどの絵を描くことは出来ず、森島雄高のアトリエに居候をする形でズルズルと売れない絵を描くという 生活を続けてきました。
 一方、森島雄高はその地位を確固たるものとし、日本の若手彫刻家を代表する人物とまで評されるようになりました。しかし、自分の名が高まるに反比例して森島 誠二は自分の殻に閉じこもるようになり、彼はそのことに心を痛めていました。
 森島雄高は気づいていませんが、森島誠二は兄ほど才能のない自分に苛立ちを感じると同時に、青森県に残してきた両親のことも気がかりだったのです。しかし、 いま絵をやめて田舎へ帰ることは、両親を田舎に置いてまで目指した道を捨てることであり、自分を信じてくれた兄への裏切りでもあると考え、彼はこのジレンマに 独りで思い悩んでいるのです。
 1年前、娘の森島朱美が大学に入学したことをきっかけに、森島雄高は前から憧れていた常夏の島での別荘暮らしをすることにしました。
 当然、別荘には森島誠二も連れて行くことにしました。日本を離れることで、弟の気が晴れるかも知れないと思ってのことです。
 しかし、グアムでの別荘暮らしも森島誠二の心を晴らすことは出来ませんでした。
 ただ、グアムでの生活を始めてしばらくすると、森島誠二はしばらく遠ざかっていた絵をまた描くようになりました。スケッチブックに何枚もデッサンを描き続け ているだけで、キャンバスに向かうことはありませんが、それでも森島雄高にとっては嬉しい変化でした。また、そのデッサンは森島雄高の芸術的センスから見て も、実に迫力のあるものだったのです。
 しかし、そのデッサンには恐るべき神話的陰謀が隠されていたのです。


7,ランダル・レスピシオの陰謀

 ランダル・レスピシオはグアムに在住するディープワンと人間のハーフです。
 彼はまだ人間の姿をしていますが、その心は完全にディープワンと同様、クトゥルフへの崇拝心に満ちています。
 彼の野望は、神の眠るルルイエを浮上させ、クトゥルフの墓所の扉を開けることです。
 彼は神話的研究の結果、独特の模倣呪術を編み出しました。模倣呪術とはフレイザーの金枝編にも紹介された呪術の一種で、求める現状を模倣することで、実際に その現象を実現させるという呪術です。わかりやすい例をあげれば、呪いのわら人形などがあるでしょう。日本の祭で五穀豊穣を祈るため、田植えや稲刈りを模倣し た踊りをするのも、模倣呪術の形態のひとつです。
 ランダル・レスピシオの呪術はルルイエの似姿を造り出し、その似姿の墳墓の扉を開けることでクトゥルフの復活を祈願しようというものです。
 ランダル・レスピシオは、まず優れたルルイエの似姿を造り出すため、感受性の優れた人間を捜し求めていました。そして、日本の芸術家の森島兄弟がグアムに移 り住んだことを知り、彼らに接触を開始します。ランダル・レスピシオは森島雄高が発表した作品を見たことがあり、彼ならルルイエの似姿を作成するのに相応しい 才能があると判断したのです。
 グアムではそれなりに力を持った資産家でもあるランダル・レスピシオは(彼の財産はディープワンが運んでくれた海底の黄金が資本です)、森島兄弟がグアムで 暮らすためにいろいろと手助けをします。パトロンというほどではありませんが、異国の地にあってランダル・レスピシオの存在は、森島兄弟にとっては心強いもの でした。
 やがて、ランダル・レスピシオは特に感受性が強く、それでいて精神的に弱い森島誠二にルルイエからのテレパシーを送ります。狙い通り、心の中にたまったルル イエの恐怖を吐き出すかのように、森島誠二は素晴らしいルルイエのデッサンを描き始めました。そのデッサンを元に、今度は森島雄高にルルイエの似姿を制作する よう持ちかけます。弟との共同製作をすることで、二人の絆を深められるだろうという甘言に乗って、森島雄高はルルイエの似姿の制作を開始しました。
 同時に、ランダル・レスピシオはルルイエに移動する手段も考えていました。自分だけならば泳いで行っても良いのですが、クトゥルフの復活に際して、多くの生 け贄を運びたいと思ったからです。
 ちょうど良いことに、グアムにはラッテストーンという遺物がありました。このラッテストーンは正しい形に並べ、しかるべき儀式を行うことで、門に似た性質を 持つ霧を発生させることができる神話的呪物だったのです。
 このラッテストーンがあれば、森島家の別荘ごとルルイエに運ぶことも可能です。そのため、計画の最終段階になったとき別荘に多くの人間が滞在していれば、そ れだけクトゥルフへの生け贄も多くなるというわけです。そんなとき、都合良く別荘に客がやってきました。それは探索者のことです。
 狡猾で邪悪なランダル・レスピシオが、このチャンスを見逃すことはないでしょう。


8,森島の別荘

 森島の別荘は、美しいグアムの海が望める高台に建てられた高級別荘です。
 一階は日本人の感覚からすればやけに広いリビングルームとオープンキッチン、奥に森島雄高のアトリエがあり、二階は三部屋のベッドルームとバスルームがあり ます。

 別荘に探索者が来た場合、森島雄高はリビングに通して、冷たい飲み物などを用意します。もし、探索者が望むのなら気さくに別荘内を案内してくれます。
 森島雄高は、森島誠二のことも紹介します。
 森島誠二はギリギリ不作法にならない程度の挨拶をすると、すぐに二階にある自分のベッドルームに戻ってしまいます。森島雄高は森島誠二について、少し気むず かしい男で部屋に籠もっていることが多いのだと、非礼を詫びます。

 以下が、別荘の主な部屋の説明です。

・リビングルーム
 オープンキッチンとつながった部屋で、一階の大部分を占めています。庭に出るための大きなガラス戸があり開放感のあるリビングです。さらに、窓からはグアム の海を一望できます。
 夕食などは、このリビングで食べることが多く、サイドボードには洋酒が多数並べられています。
 キッチンは欧米風の広い造りで、大型の冷蔵庫には常にビールが多数冷やされています。また、日本の調味料も用意されてあり、グアムでの食事に飽きたら日本食 を味わうこともできます。

・ベッドルーム
 二階には、ベッドルームが三部屋あります。
 ベッドルームとはいっても12畳ぐらいある広い部屋ですので、各人プライベートルームとして使っています。
 森島雄高の部屋は、オフホワイトを基調とした壁紙と家具で揃えられた、南の島によく似合うシンプルなインテリアとなっています。壁には著名な版画家の小さな 作品が品良くかけられ、比較的大きな本棚には美術に関する本と海外のミステリー小説(古い本格推理物がメインです)、日本で受賞した美術賞の盾などが整然と並 べられています。また、魚の剥製や釣り用具といった、彼の趣味である釣りやアウトドアの道具も置かれてあります。
 森島朱美の部屋は普段はゲストルームとして使われている部屋で、ベッドはふたつあります。彼女はこの部屋で一ヶ月近く生活しているので、彼女の私物も多数置 かれてあります。部屋の調度品は森島雄高の趣味で揃えられていますが、ベッドの下などには森島朱美が取り寄せた、日本の雑誌などが散らばっていて、普通の女子 大生らしい生活の匂いもします。
 森島誠二の部屋については、後述します。

・アトリエ
 別荘の一室を改装して造られた、森島雄高のアトリエです。
 彼の作品は、鉄材を組み上げたオブジェが多いようで、アトリエにはテーブルに乗る程度の小品がいくつか置かれてあります。一言で鉄材といっても、錆の具合や 色合いなどによってまったく違う印象を受けます。そんな鉄材をモチーフにあわせて効果的に組み上げていく創造性こそが、芸術家・森島雄高の魅力なのです。
 部屋の中央には、現在製作中の作品があります。
 それは海水が満たされた水槽のようなものに入った、不思議なオブジェです。水槽とオブジェの大きさは二メートル角ぐらいあります。
 探索者の目には、それが何を作ったものなのか見当がつきません。デコボコした土台に、さまざまな形状をした棒が剣山のように立ち並んでいるとしか表現のしよ うがありません。《アイデア》に成功すると、このオブジェにはわずかな部分にも直線が存在しなく、すべてが曲面と曲線によって構成されていることに気づきま す。オブジェは表面にびっしりと錆の浮いた鉄で造られており、冷たい鉱物で造られているというのに、どことなく有機的な印象を受けます。
《目星》に成功すると、このオブジェの中央に、やや太い柱が立っており、そこに扉のようなものがついていることに気づきます。この扉はそれほど大きなものでは ありませんが、一度、その存在に気づいてしまうと、このオブジェの中でひときわ強い存在感を感じずにはいられません。オブジェを眺めていると、ついついその扉 のほうに目が行ってしまうのです。
 このオブジェはルルイエの模型です。形状を正確に模倣しているというわけではありませんが、このオブジェはルルイエの神話的本質をよくとらえています。オブ ジェに作られた扉は大いなるクトゥルフが眠る御所へと続く扉なのです。
 オブジェが入っている水槽について尋ねられると、このオブジェは水槽に水を張った状態が完成系なのだと説明します。水は自家発電のポンプによって、近くの海 から海水を汲み上げています。海水の中では鉄が錆びてしまうのではないかと思われますが、森島雄高にとってはその朽ちていく変化もこのオブジェで表現したいも ののひとつなのです。
 なお、この錆びた鉄材は海底に沈んだ沈没船などから採集したものだそうです。そんな鉄材をどこから仕入れたのかと問われれば、ランダル・レスピシオという人 物から提供して貰ったと話します。キーパー用の情報ですが、ランダル・レスピシオはこの鉄材を、ルルイエ近くに沈む船やUボートから採集しました。
 アトリエの壁には、スケッチブックの画用紙に描かれたデッサン画が画鋲で留められています。木炭で描かれた絵で、ぼんやりとした闇の中に浮かび上がるよう に、奇妙な尖塔が並んでいる絵です。建物のようにも、奇岩のようにも見える幻想的な風景画が何枚もあります。すべてが同じ風景を、見る角度を変えて描いたもの です。《アイデア》に成功すれば、この絵とオブジェに共通点があることに気づきます。
 デッサンを見て《目星》に成功するか、サインがないか調べた場合、「seiji」というサインを見つけます。これは森島誠二の描いたデッサンなのです。
 森島雄高にオブジェとデッサンの関係について尋ねれば、これが森島誠二と共同制作しているものであることや、彼がスランプに陥っていてノイローゼ気味である ことなどを率直に語ります。

・森島誠二の部屋
 森島誠二は一日の大半を、自分のベッドルームで過ごしています。
 探索者が部屋を尋ねれば、森島誠二は歓迎するといった態度ではありませんが、部屋の中へは招いてくれます。
 部屋は殺風景で、最初から別荘に用意されていたような、必要最低限の家具しかありません。
 ベッドの枕元には、絵はがきが画鋲で留められています。いろいろな国のものがありますが、中には日本の雪国を写した物もあります。この雪国の写真について森 島家の誰かに尋ねれば、森島雄高と誠二の出身地が青森県の山奥であることを教えてもらえます。この絵はがきは青森の知人から送ってもらったものだそうです。
 森島雄高に実家のことを尋ねると、彼はあまり話したがろうとはしません。良い思い出がないからです。
 部屋の書き物机の上には、60cm四方ぐらいの箱庭が置いてあります。白い砂が敷き詰められ、その上には白い家が一軒と、涸れた木が一本だけ中央に置いてあ ります。机の上には、人や木や車といった箱庭用のミニチュアが置いてあるのですが、箱庭の中にあるのは白い家だけです。《知識》か《心理学》×2か《精神分 析》×5のどれかに成功すれば、これが精神病診断で使われる、箱庭療法ではないかと推測できます。この箱庭の状態を見て《精神分析》に成功すると、森島誠二の 精神的孤独を理解することが出来ます。
 森島誠二と話をして《心理学》か《精神分析》×2に成功すれば、彼がここの生活に苦痛を感じていることとがわかります。しかし、なぜそう感じるのかは森島誠 二にもわからないことです。その原因を探るには、長いカウンセリングが必要となるでしょう。
 床の上には何冊ものスケッチブックと、デッサン用の木炭が放り投げられています。スケッチブックに描かれたデッサンは、ほとんどが理解不能のものです。
 多くは木炭で真っ黒に塗り潰されてしまって、何が描かれているのか理解できません。その中に、少しだけ森島雄高のアトリエで見たような、奇妙な尖塔や奇岩の 絵があります。しかし、アトリエで見たデッサンほどわかりやすくはなく、大部分が木炭で塗りつぶされており、ぼんやりとその輪郭が見える程度でしかありませ ん。これらのデッサンに描かれたものから何か読みとれないものかとじっくりと観察(最低でも10分程度)して《アイデア》か《芸術(絵画)》に成功すると、黒 く塗りつぶされた絵の中に描かれた共通のシルエットに気づきます。
 描かれたシルエットからは、共通して巨大であるという印象を受けます。そして、見ている者を押しつぶそうとする圧迫感を感じます。波のように揺れているにも 関わらず、人を圧倒する力強さを兼ね備えています。奥深い知性と獰猛さ、穏やかさと混沌が共存しています。探索者には、いったいこれが何を描いたものなのかは わかりませんが、何かひとつのものを描いているということだけは理解できます。この絵を見て《クトゥルフ神話》に成功した探索者は、この絵に描かれているもの は紛れもなく神話的存在(その中でも神か、神に近しき存在)であることがわかります。
 この絵を見て《心理学》か《精神分析》×2に成功した場合、森島誠二は何らかの強迫観念にとらわれているのではないかと推測できます。
 キーパー用の情報ですが、これらのデッサンはルルイエからのテレパシーを受けた森島雄高が描いた、ルルイエの風景とクトゥルフ御大の姿です。
 他にスケッチブックがないか調べた場合、戸棚に立てかけられてある古いスケッチブックを発見します。スケッチブックの日付は13年前のもので、森島誠二が実 家にいたころの物です。スケッチブックには青森の美しい自然や、両親の姿などが描かれています。スケッチブックは何度も見返しているのか、だいぶすり切れてい ます。これは森島誠二の望郷の念を表す品です。

 バカンス気分の探索者としては、森島誠二はつきあいづらい人間であり、積極的に話しかけるようなことをしないかも知れません。
 しかし、彼からは多くの情報が得られるので、キーパーは探索者が彼に接触する機会を作らねばなりません。もし、探索者が森島誠二に関心を抱かないようでした ら(その可能性は高いでしょう)、森島朱美を利用すると良いでしょう。
 家族思いの彼女は叔父がノイローゼに陥っていることと、そのことを悩んでいる父親の姿に心を痛めています。森島朱美は、探索者の中で頼りがいのある人物に、 このことを相談して森島誠二の話し相手になってはくれないかと頼みます。探索者の中に《心理学》や《精神分析》の技能を持っている人物がいた場合は、カウンセ リングをしてもらえないかと申し出ます。


9,ラッテストーン

 森島家の別荘近くにある林には、ラッテストーンという遺物が地中に埋まっています。
 キーパーは、この探索者の行動に応じて任意のタイミングでラッテストーンを発見させてください。
 探索者が捜索をして発見することもあるでしょうし、森島朱美が以前に散歩の途中で発見したものを探索者に教えるという展開でも良いでしょう。

 ラッテストーンとはグアム付近の島々のジャングルなどで発見される遺跡のことです。高さ2メートル強の珊瑚石で作られた石柱で、土台となる石柱の上に、ひと まわり大きな円柱が乗った、まるで頭の大きなこけしかチューリップのような形状をしています。グアム本島では130個以上も発見されています。
 ラッテストーンの正体はまだ完全には解明されていません。住居の土台であるという説が有力ですが、祭壇説や、グアムの伝説にある巨人タオタオモナの墓標説と いったものまであります。
 グアム中央部のアガニャには、このラッテストーンを八本集めたラッテストーン公園があり、観光客が訪れる名所となっています。
 ただし、別荘の近くにあるラッテストーンは、半分地中に埋まっています。土の状態を調べて《目星》か《地質学》×5に成功すれば、植物の生え具合からして、 このラッテストーンが掘り起こされてから一年程度しか経っていないことがわかります。
 また、ラッテストーンの上には何かを燃やしたような小さな跡が残っています。足跡を探して《追跡》に成功すると、最近のものを含む、複数の人間の足跡を発見 します。この《追跡》が1/2で成功した場合、中に裸足の足跡を発見します。いくらグアムでも林の中を裸足で歩くような人間はあまりいません。この裸足の足跡 を調べて《生物学》か《人類学》に成功すると、足の指の形などが少し変わっていることに気づきます。《クトゥルフ神話》に成功すると、この足跡はディープワン のものではないかと推測できます。林からビーチまでは数百メートルしか離れていません。
 ラッテストーンのある林は道も通っていなく、普段はあまり人が立ち寄らない場所です。森島朱美は、夜の散歩をしている最中、林の中に炎のような明かりが見え たので、翌朝、明かりの見えたあたりを歩いていたところ(夜は用心して近寄らなかったのです)、このラッテストーンを発見したそうです。
 森島朱美が目撃したのは、ディープワンたちによるラッテストーンに力を与える儀式です。

 このラッテストーンは神話的儀式に使用されているものです。このほかに、二つのラッテストーンがあり、三角形を描くように森島家の別荘を囲んでいます。
 もうひとつのラッテストーンはすでに発見されているものと同様に林の中にあり、最後のラッテストーンはディープワンによって点々と移動させられています。
 なぜなら、例の霧はラッテストーンの描く三角形の中央に発生するため、うまく別荘のある場所に霧が発生するよう、最後のラッテストーンの位置の微調整が続け られているのです。
 最後のラッテストーンはディープワンたちが、ランダル・レスピシオの儀式に使用するために珊瑚石で造り出した小型のもので、数人のディープワンでも運ぶこと できる程度の重さです。それでもラッテストーンを浜辺まで揚げるのは大変な作業で、一晩では何度も位置の調整ができません。そのため、いまだに最適な位置を発 見できずにいます。
 森島朱美たちが体験した不思議な霧は、ディープワンたちによる調整の結果発生したものです。

 探索者は、夜に林で活動している連中のことを調べようとするかもしれません。奇妙な裸足の足跡に気づいた場合はなおさらのことでしょう。
 しかし、ここのラッテストーンを見張っていても、再びディープワンたちが現れることはありません。このラッテストーンはすでに呪力が付与されているからで す。
 また、巨大なラッテストーンを人力で動かそうとすることは非常に困難です。人手を雇ったり、重機を使ったりすれば、多くの人の注意をひくことになるでしょ う。そうなれば、ラッテストーンは貴重な遺跡ですので、勝手に動かそうとした探索者は厳重な注意を受けることになります。下手をすれば警察に捕まることもあり 得るでしょう。
 別荘付近で怪しい人物について調査をした探索者は、ビーチで遊んでいる現地の若者から気になる話を聞くことが出来ます。
 それは、夜のビーチで複数の人間が大きな物を運んでいたという話です。
 何を運んでいたのかは定かではありませんが、それは一抱えぐらいの大きさのもので、四人ぐらいで運んでいることからかなり重そうなものでした。夜のダイビン グを楽しんでいるようには見えず、明かりもわずかな懐中電灯だけで、密輸か何かの現場に出くわしたのかもしれないと思ったほどです。そのうち、海から何人かの 人間があがってきました。アクアラングをつけている様子もなく、前屈みでピョンピョン跳ねるようにビーチへあがってきたのです。その姿は二本足で歩いてはいま したが、とても人間とは思えませんでした。
 この姿を見て、若者はすぐに逃げ出したので、そのあと彼らが一体何をしようとしていたのかはわかりません。
 彼は青ざめた顔で、あれはシレナかも知れないと呟きます。

 シレナというのは、グアムに伝わる人魚伝説に登場する娘の名前です。
 ある日、シレナが言いつけを破って海で遊んでいるのを見つけた母親は、怒って「魚になってしまえばいい!」とシレナを罵りました。それを聞いた祖母は、そん な言葉はすぐに取り消せと母親に言いましたが、それでも母親は同じ言葉を三回繰り返しました。
 すると、シレナは水中に引き込まれ、魚と変化していきました。
 ただ、祖母が母親の言葉の合間に「シレナに人間の部分を残したまえ」と神に祈ったので、シレナは完全に魚にはならず、半分魚、半分人間の人魚となったので す。その後、シレナの姿を見た者はいませんが、いまでもハガニアの河口に立てば、彼女の歌声が聞こえるそうです。これがシレナの物語です。
 もっとも、この物語とクトゥルフ神話には何の関係もありません。


10,ルルイエの悪夢

 森島家の別荘にあったオブジェを見た探索者は、その夜、悪夢を見る可能性があります。
 オブジェを見た探索者が《POW》×5に成功をした場合、感受性が強かったためルルイエからのテレパシーを受信してしまうことになります。
 成功した探索者は、続いて《POW》×4、×3と連続して判定をしていくことになります。成功を続けることで、探索者はより深くルルイエからのテレパシーの 意味を読みとることが可能となります。しかし、同時に正気度も奪われることになります(重複はしません。最後に見た夢の分だけです)。
 以下が、判定に成功した場合に見ることの出来る悪夢です。

・×5成功
 探索者は、身体がずっしりと重く感じます。目は開いているのに何も見えません。ただ、あたりから得体の知れない圧迫感を感じます。探索者は、まるで見えない 何かに身体が握りつぶされるような恐怖を憶えます。どんなにもがいても抗うことは出来ません。しかし、やがて探索者は、そんな恐怖など気のせいだったと思える ほど圧倒的な存在感を暗闇の奥に感じます。それはこちらに関心など持っておらず、穏やかとすら思えるというのに、探索者は恐怖で身動きも取れなくなってしまい ます。
 ここまで判定に成功した場合、探索者は1/1D3正気度ポイントを失います。

・×4成功
 探索者は、だんだんと自分が巨大な何かに取り囲まれていることに気づきます。それは塔のように大きなもので、自分はそれらの立ち並ぶ場所に浮かんでいるので す。
 その塔の中でも、ひときわ大きなものが目の前にあります。そして、その中にさきほどから感じている恐怖の根源があることも理解します。
 ここまで判定に成功した場合、探索者は1/1D4正気度ポイントを失います。
(ルルイエとクトゥルフの墳墓を目撃したのです)

・×3成功
 あたりの光景がだんだんとはっきり見えてきます。それは森島雄高のアトリエで見たスケッチによく似た光景です。奇妙にねじくれた塔のようなものの間に、プカ プカと無数に浮かんでいるものの姿が見えます。それらは人の姿に似ていますが、妙に手が長く、首がないか異様に太く、頭と胴体がカエルや魚のように、そのまま つながっているように見えます。また、その身体の大きさは大小様々で、背中を丸めて、まるで胎児のような姿勢で浮かんでいます。
 ここまで判定に成功した場合、探索者は1/1D6正気度ポイントを失います。
(浮かんでいるのはルルイエでクトゥルフの目覚めを待つディープワンたちです)

・×2成功
 ねじくれた塔の向こう側に、山のように巨大な影が見えます。そんなに巨大であるというのに、それはゆらゆらと動いています。
 しかも、それはひとつではありません。塔の立ち並ぶこの場所を取り囲むように、いくつもの巨大な影が見えます。
 ここまで判定に成功した場合、探索者は1/1D10正気度ポイントを失います。
(ルルイエを取り囲んでいるのは、クトゥルフの落とし子たちです)

・×1成功
 目の前にある巨大な塔に、ひとつの扉が見えます。扉は10階建のビルほどの大きさがあります。その扉の向こうから、禍々しい気配を感じ取ります。もしこの扉 が開けば、恐ろしいことが起きるであろうということが、なぜかごく自然に理解できます。
 ここまで判定に成功した場合、探索者は1D3/1D10正気度ポイントを失います。
(この塔はクトゥルフが眠る墳墓です。この扉が開かれたとき、大いなるクトゥルフは目覚めることでしょう)


11,儀式の夜

 キーパーはタイミングを見計らって、探索者を森島家のホームパーティーに招待してください。
 このパーティーにはランダル・レスピシオが仕組んだものです。ようやくラッテストーンの正しい位置がわかったランダル・レスピシオは、いよいよ別荘をルルイ エへと移送させようと画策しています。
 探索者はルルイエへの土産(生け贄)代わりとして、別荘に集められたというわけです。

 パーティーは、そんな神話的陰謀が隠されているとは思えないほど楽しいのもです。
 食卓を飾るごちそうは、ランダル・レスピシオが専門レストランからデリバリーさせたグアムの郷土料理であるチャロモ料理がメインとなっています。スペインと アメリカの文化がすっかり溶け込んでいるグアムでは、意外と郷土料理のチャロモ料理を食べさせてくれるレストランは少なく、探索者にとっては珍しい体験となる でしょう。
 パーティーの席で出るチャロモ料理は、アチョーテという木の実(料理に赤い色と独特の香りをつける)で煮た野菜を揚げた白身魚にかけたエスカベッチという料 理や、ココナッツミルクで魚介や牛肉を煮たものなど、日本ではあまり食べないような独特な料理です。調味料にレモンや唐辛子が多用されており、日本人にはあま り慣れない味ですが、ココナッツミルクさえ嫌いでなければ悪くない味です(さりとて絶品の味というわけでもありませんが)。
 ランダル・レスピシオはチャロモ料理の説明や、最近のグアムの話題などで、森島雄高以上のホスト役として探索者を楽しませています。彼は知性的で、豊かな話 題をもち、人を惹きつける才能に恵まれた魅力的な人物です。
 このパーティーには森島誠二も参加しています。あまり積極的に話の輪にはいるようなことはありませんが、ランダル・レスピシオの尽きる事のない話に静かに耳 を傾けています。
 言うまでもなく、森島雄高と森島朱美はこのパーティーを最大限に楽しんでいます。冷蔵庫からは無尽蔵に冷えたビールが出され、酔いのまわった森島雄高は久し ぶりに楽しい夜だと、何度も探索者が来てくれたことに感謝をします。

 ランダル・レスピシオは女性に対して、非常に優しい人物です。森島朱美に対してもそうですが、もし探索者の中に若い女性がいた場合、彼はその探索者に対して も親切に振る舞います。もっとも、彼が女性に気を遣っているのは、クトゥルフへの生け贄として女性を値踏みしているためです。ランダル・レスピシオは女性の手 を握ろうとする癖があります。彼に手を握られた場合、その手がじっとりとしめっぽい感じがすることに気づきます。普通は汗が滲んでいるのだろうと判断するとこ ろですが、本当のところは彼のディープワンとしての体質のせいです。
 ランダル・レスピシオの姿をよく見て《人類学》か《生物学》か《医学》のどれかに成功した場合、彼の骨格が普通の人間とは少し違っていることがわかります。 ただし、それは骨の病気にかかっている程度のもので、そのことからランダル・レスピシオを人間ではないと断言することはできません。

 楽しいひとときを過ごし、だいぶ夜が更けてきた頃、ランダル・レスピシオは森島雄高にアトリエのオブジェを見たいと申し出ます。酔いの回って心地よくなって いる森島雄高は、よろこんで森島誠二や探索者たちも誘ってをアトリエへ案内します。
 このとき、森島朱美はルルイエのオブジェがあまり好きではないため、みんなと一緒に行くことはありません。キーパーは探索者が彼女に対して注意していない限 り、このことを説明する必要はありません。
 アトリエにつくと、オブジェの水槽から水が抜けていることに気づきます。誰かがバルブを操作したため、中の海水が外に排出されているのです。森島雄高はその ことに首をかしげる程度で、それほど気にはしません。
 このとき《目星》に成功した探索者は、ランダル・レスピシオがポケットに手を入れてゴソゴソしていることに気づきます。彼はこのときポケットの中の携帯電話 を操作して、外にいるディープワンたちにラッテストーンを使って例の霧を発生させる合図を送っているのです。
 そんな魂胆を表情に出すことなく、彼はオブジェの中央に置かれたものを指さして「前に見たときはなかったが、これも作品の一部なんですか?」と尋ねます。ラ ンダル・レスピシオが指さしたものは、小さな白い家の模型です。これは森島誠二の部屋にあった箱庭の家です。
 その家を見た森島誠二は、突然、頭を掻きむしりながら悲鳴をあげます。そんな森島誠二を責めるように、ランダル・レスピシオは「もしかして、これはこの別荘 ではないですか? ねえ、誠二さん……そうですよね? だとすると、なぜ別荘があの都市にあるのです。ねえ、なんでなんです。この別荘は、いまどこにあるんで すか、ねえ、ねえっ?」と、血走った目をギョロギョロと見開いて詰め寄ります。これまでの柔らかな物腰から一転して、ランダル・レスピシオはが異常に興奮して いることが傍目からもはっきりわかります。《心理学》に成功した場合、ランダル・レスピシオがドラッグでもやったかのように、躁状態に陥っていることがわかり ます。
 ランダル・レスピシオの模倣呪術は、森島誠二が家と考えているものをルルイエのオブジェに置くことで、森島誠二に別荘をルルイエへ移送させようというもので す。森島誠二はルルイエからの強烈なテレパシーを感じ取っています。《精神分析》に成功した探索者は、彼の取り乱し方が尋常ではないことに気づきます。何か激 しい恐怖に怯えているようなのですが、いったい何が彼をそれほどまでに怯えさせているのかは見当がつきません。
《目星》に成功した探索者は、いつのまにか別荘の外に濃い霧が発生していることに気づきます。タバコの煙のように青白い色をした、奇妙な霧です。外に出た探索 者は、霧の向こうから強烈な磯の匂いと腐臭の混ざった空気を感じます。

《聞き耳》×2に成功した探索者は、森島朱美のいるリビングから聞こえる悲鳴に気づきます。ディープワンたちがクトゥルフの生け贄とするべく、森島朱美をさ らっていったのです。散乱した食器と開け放たれた窓、残された奇妙な足跡など、ここで起きたことを表すものはいくらでもあります。
 もし、何らかの理由で探索者が森島朱美と一緒に残っていた場合、その探索者は7匹のディープワンと遭遇することになります。
 森島朱美はディープワンの異形の姿を見て、気を失ってしまいます。そんな森島朱美をディープワンたちは背負って外へ運び出そうとします。このとき《アイデ ア》に成功した探索者は、ディープワンたちが森島朱美を傷つけないように丁重に扱っていることに気づきます。
 ディープワンの目的は生きたままの人間なので、探索者が抵抗をしなければ、殺そうとはしないで一緒に連れて行こうとします。しかし、もしも探索者が抵抗する ようでしたら、容赦なく殺そうとします。探索者が森島朱美を置いて逃げた場合は、あえて後を追うようなことはしません。どうせ逃げ場はないことを知っているか らです。

◆平均的なディープワン
STR14 CON10 SIZ16
INT13 POW10 DEX11
移動8 耐久力13
ダメージボーナス:+1D4
武器:かぎ爪25% 1D6+db
   ハンティング・スピア25% 1D6+db
装甲:1ポイントの皮膚とウロコ
呪文:なし
正気度喪失:ディープワンを見て失う正気度ポイントは0/1D6です。

 勇敢な探索者は、森島朱美をディープワンに渡さないように努力するかもしれません。しかし、ディープワンは見かけより素早いですし、多勢に無勢の状況下では それは非常に困難でしょう。
 よほど上手い作戦を考えつかない限り、森島朱美はさらわれてしまいます。キーパーはディープワンが人間並の知恵を持っていることを忘れないでください。
 また、勇敢さと無謀を勘違いしているような探索者に対しては、無慈悲な結末を与えてください。この状況で一番賢明な行動は、仲間の助けを呼びに行くか、いっ たんは退いてこっそりとディープワンたちを追跡することでしょう。


12,探索者の選択

 森島朱美はさらわれてしまいました。
 また、別荘は奇妙な霧に飲み込まれてしまっています。
 森島誠二は別荘を覆い尽くす正体のわからない何者かの気配にうちふるえています。
 森島雄高のほうも、娘がさらわれたことで冷静さを失っています。探索者が止めなければ、すぐにでも別荘の外へ飛び出して行きそうな勢いです。
 そんな中、ランダル・レスピシオは冷静に状況を観察しています。
 ここで探索者が如何なる行動を起こすかで、すべての運命が決定されます。そう人類の運命すらです。
 もっとも探索者が取れる行動はわずかしかないでしょう。
 別荘の外に出て森島朱美を捜すか、怪しいそぶりを見せるランダル・レスピシオを警戒するかです。
 森島兄弟はいまのところ何の役にも立ちません。
 探索者に残された時間はわずかです。もたもた行動すれば、それだけ状況は悪化します。
 探索者は二手に分かれて行動するかも知れません。その場合は、ふたつのイベントを同時進行させて話を進めてください。クライマックスに戦力を分散させた探索 者は、いつも以上の恐怖を味わうことでしょう。
 なお、当然ですがルルイエでは通常の携帯電話はすべて圏外です。

◆別荘の外に出る
 娘を追いかけようとする森島雄高をどうするかは探索者に任されます。
 しかしながら、今後の展開は危険が多く、森島雄高が生還できない可能性が多々あります。そうなってしまったら、ラストシーンは気まずいもの(それはそれでド ラマチックかも知れませんが)になってしまうでしょう。よって、キーパーはなるべく森島誠二が足手まといであるような演出をして、探索者が彼を別荘に残らせる ように誘導をしてください。
 別荘の外に出てしばらく歩くと、霧が晴れてきます。
 いつのまにか芝生だった地面が、泥のような地面に変わっています。灰色の腐った磯の臭いのする泥です。この泥を調べて《生物学》か《地質学》×5に成功した 探索者は、この泥が深海底に堆積したプランクトンの死骸であることに気づきます。
 外には月が青く輝いています。おかげで夜であるにもかかわらず、あたりの様子はうっすらとわかります。
 これまでの熱帯の風とは違った、冷たい風が吹いています。あたりは海です。しかし、グアムの海とは違います。海面に突き出た山の頂上のような島に、探索者た ちは立っています。斜面には石造りの塔が立ち並んでいます。それは一見して人間が造り出したものでないことがわかります。塔と表現したのも、形状が似ているだ けで、これらが住居であるのかすら疑わしいものです。
 建造物も地面も、すべて灰色の泥に覆われており、まるで魚類や両生類のヌルヌルとした表皮のようです。
 地面にはあちこちに打ち上げられたばかりの魚がのたうっています。中には見たこともないような奇妙な形をした深海魚や、4メートルもあるような巨大な深海性 の鮫までいます。これらの様子から、この場所が海底から急激に隆起したことがわかります。
 ふり返ると、霧はまるで別荘のある場所を覆い隠すように丸く発生していることがわかります。とても普通の霧には見えません。また、霧が徐々に薄くなっている ことにも気づきます。
 霧の境界あたりに小さなラッテストーンがあります。《目星》に成功すれば、このラッテストーンには灰色の泥がついていないことに気づきます。つまりは、この ラッテストーンは元々ここにあったものではないということです。
 ラッテストーンの上に乗っている石は崩れ、地面にずり落ちています。小さいとはいえ、一抱えはある石なので持ち上げるには1ラウンドかけて、《STR》23 の抵抗ロールに成功する必要があります。このロールには3人まで協力することが可能です。
 このラッテストーンを元に戻すと、霧は再び濃くなっていきます。その後の展開については「14,ルルイエからの脱出」を参照してください。
 森島朱美を探す探索者は、泥に足跡がハッキリと残されているため、判定の必要もなく容易に追跡することができます。足跡を観察すると、それは人間の足跡では ないことがわかります。鋭い爪と、カエルのような水かきがついているのです。また、足跡のつきかたも普通の人間の歩き方とは違っています。《アイデア》に成功 すると、この足跡の主はおそらくピョンピョンと跳ねるように歩いているのだろうと推測できます。
 やがて探索者は森島朱美を運ぶディープワンの一行に追いつくことが出来ます。この後の展開は「13,クトゥルフの墳墓」を参照してください。

◆ランダル・レスピシオを警戒する
 異常な興奮を見せるランダル・レスピシオは、森島朱美がさらわれたことを知ると、探索者たちに後を追わないのかと煽ります。そのときの彼の様子を見て《心理 学》に成功すると、妙に焦っていることと、オブジェが気になってしょうがないらしいことがわかります。
 彼は興奮はしていますが、それでも若干の理性は残っているため、最後の儀式は邪魔者が少ないときに行おうと考えているのです。急いで森島朱美をさらった連中 を追跡しなければならない探索者とは違って、彼には時間があります。この根比べはランダル・レスピシオに分があるでしょう。
 探索者がランダル・レスピシオに一緒に来るように言っても、彼は同意しません。そんな恐ろしい場所へ行くのはまっぴらだと言うのです。もし、探索者が明確な 証拠もないのにランダル・レスピシオを拘束するなどの強硬手段に出た場合、森島雄高がそれを制します。それにも関わらず探索者が襲ってくるのならば、ランダ ル・レスピシオは別荘を逃げ出すか、勝ち目があるのならば探索者と戦います。
 穏便に話を進めるつもりならば、探索者に残された行動は密かに見張りを残すぐらいでしょう。
 探索者がいなくなるか減ったのを見計らって、ランダル・レスピシオはオブジェの水槽の中に入ろうとします。中央にある、クトゥルフの墳墓を模した扉を開ける ためです。
 ランダル・レスピシオの興奮は絶頂に達します。口から泡を吹き出し、少ない頭髪の残った頭をバリバリと掻きむしりながら、つまった下水の音のような声で笑っ ています。あまりに強く頭を掻くため、頭髪がブチブチと引き抜かれていきます。ゾッとすることに頭髪と一緒に頭皮まではげてしまっています。皮膚の下には、つ るっとした赤黒い別の皮膚が見えます。ルルイエの神話的空気が、ランダル・レスピシオのディープワンとしての血を活性化させ、急激に変化をさせているのです。
 いつのまにか笑い声は『フングルイ ムグルウナフ クトゥルフ ルルイエ ウガフナグル フタグン』という呪文のような言葉に変わっています。それは聞いた ことのない言語ですが、それが禍々しい不吉なものを意味することだけは理解できます。《クトゥルフ神話》に成功した探索者は、それがダゴン秘密教団などで唱え られるクトゥルフ信者の唱句であることがわかります。
 ランダル・レスピシオを止めるには、彼を気絶させるか、息の根を止めるしかありません。
 しかし、彼は自分の命よりも墳墓の扉を開けることを優先します。そのため、隠し持っていたナイフで《受け》るか《回避》をしながらも、探索者に反撃すること なく扉を開けようとします。具体的には5ラウンドの間に、なんとかしてランダル・レスピシオの動きを止めなければ扉は開かれてしまいます。扉を開いてしまえ ば、ランダル・レスピシオは探索者に向き直り、ナイフで攻撃をしかけてきます。
 アトリエには武器となりそうな鉄材が転がっています。《目星》に成功すれば、大きな棍棒(改訂版ルール41ページ参照)と同じデータの鉄の棒を見つけられま す。失敗した場合は小さな棍棒と同じデータの棒しか見つかりません。
 扉が開けられたあとでも、ランダル・レスピシオの動きを封じた後ならば、その扉を閉めることは可能です。
 この後の展開は「13,クトゥルフの墳墓」を参照してください。


13,クトゥルフの墳墓

 海面につきだした山の頂上にあたる場所に、巨大な縦に細長いピラミッドのような形の建造物が建っています。すべての物を見下ろし、圧倒する禍々しい迫力のあ る建物で、《幸運》に成功すれば、建物に近づくのは危険であることが本能的に察知できます。
 その建物へと続く坂道をディープワンたちは登っていきます。向こうは森島朱美を背負って運んでいるので、追いつくことは容易です。
 ただし、それまでの探索者の行動によって、ディープワンに追いつくタイミングは大きく異なります。
 探索者が森島朱美がさらわれることを目撃して、そのすぐ後に追跡をしているのならば、いつでも彼らに追いつくことが可能です。
 アトリエで森島朱美の悲鳴を聞きつけて、すぐに追跡をした場合、クトゥルフの墳墓にディープワンが到着する寸前で追いつくことが可能です。もちろん、そのま ま様子を見ることも可能です。
 ラッテストーンの石を元に戻そうとしたり、ランダル・レスピシオの処置にもめたりして、5分程度の時間を無駄にしていた場合、ディープワンはクトゥルフの墳 墓に到着してしまっています。ディープワンたちは墳墓の前にある広場にある石台に森島朱美を横たえて、何かを待つようにウロウロしています。
 それ以上の時間を使ってしまっていた場合、残念ながら探索者は墳墓の前で切り刻まれた森島朱美の死体と対面することになるでしょう。

 これ以降のイベントの展開は、ランダル・レスピシオが扉を開けられたかどうかによって大きく変わってきます。
 扉が開けられなかった場合、ディープワンたちはゴボゴボという人間には聞き取れない言葉で話し合ったあと、2匹を残して、他の5匹はその場を離れていきま す。
 森島朱美を助け出すチャンスはいましかありません。力尽くで奪還するなり、他の探索者がディープワンの気をそらしている隙に森島朱美を助け出すなり、いくら でも方法はあるでしょう。
 この後、探索者はラッテストーンを戻して、例の霧の力を使って日本へ戻ることとなりますが、この展開ですとクライマックスには少し物足りないと感じるキー パーもいることでしょう。そのように判断したキーパーは、森島朱美を連れて逃げ出す探索者を、5匹のディープワンに呼び出されたダゴンに追いかけさせても良い でしょう。
 ダゴンの登場するタイミングとしては、後述の「14,ルルイエからの脱出」であたりに不気味な声が響き渡り、島が沈降を始めた時が最適です。キーパーは以下 の描写を読み上げましょう。
「ひときわ大きな地響きに、君たちは背後をふり返った。すると、これまで広場だった場所に巨大な何かが立っていた。一瞬、それはこの島に建ち並ぶ尖塔のひとつ に見えた。しかし、君たちはすぐにそれが誤りであることに気づいた。なぜなら、その巨大な何かは君たちに向けて、大きく一歩踏み出したからだ……」
 ダゴンを目撃した探索者は1/1D10正気度ポイントを失います。
 巨体であるダゴンはルルイエの建造物に阻まれて、思うように前に進むことは出来ません。移動速度では探索者のほうが有利です。しかし、探索者にはラッテス トーンを元に戻すという大仕事が残っています。キーパーは探索者の《STR》を計算して、ダゴンが追いつくまでに何ラウンドかかる(何回ラッテストーンを戻そ うとする判定ができる)かを判断しましょう。探索者の《STR》合計が20前後なら、3ラウンドぐらいがちょうど良いでしょう。なお、2ラウンドの時間を使え ば、別荘にいる探索者や森島兄弟を呼ぶことも可能です。
 探索者に追いついたダゴンはかぎ爪で攻撃をしてきます。別に怒っているわけではなく、探索者をオヤツにしようとしているのです。ダゴンの攻撃に《受け》は無 効ですが、《回避》は有効です。ただし、ダゴンは二回攻撃が外れると、腹が立ったのか《精神的従属》を使って探索者に同士討ちをするように命じます。つまりは いくら探索者の《回避》が高くても、あまり長くダゴンの相手をすれば、待っているのは死であるということです。
 ラッテストーンを元に戻して霧を発生させれば、ダゴンは霧の中まで探索者を追ってくるようなことはありません。居心地の良いルルイエから離れるほど、探索者 に執着していないからです。

 もし、先程のディープワンが分散行動をしているというチャンスを見逃して、のんびり様子を見ているようでしたら、やがて5匹のディープワンは一匹のダゴンを 連れて墳墓の前に戻ってきます。こうなっては探索者に森島朱美を助け出す術は残されていません。それどころか、ダゴンは探索者の存在に気づいて、《クトゥルフ のわしづかみ》などの呪文を使って攻撃をしてきます。よほど幸運な探索者以外は、逃げられはしないでしょう。

 扉が開かれてしまった場合、展開はもっとドラマチックなものになります。
 キーパーは探索者がランダル・レスピシオが扉を開けることを阻止できなかった時点で、このイベントを同時発生させましょう。そちらのほうがゲームは盛り上が ります。
 ディープワンと探索者たちの目の前で、クトゥルフの墳墓のビルほどもある扉が、地鳴りと共にゆっくりと開かれていきます。扉の隙間から、奥の闇が見えます。 それはまるでドロドロと流れ出してくるような濃密な闇です。ディープワンたちは地面に這いつくばって、ブルブルと打ち震えています。その震えが歓喜のためか、 はたまた恐怖のためなのか、それはディープワン自身にもわからないことです。
 やがて扉は完全に開かれます。キーパーは以下の文章を読み上げてください。

「静かに……それは静かに現れた。木の芽が伸びるように、音もなく、静かに、闇が外へあふれ出し、形を為していった。夜の闇の中で、それは緑色の影を作り、そ の影からもまさぐるように別の闇が伸びてくる。無限にふくれあがり、常に新しい形に変化している。その全体像を人間がつかむことなど不可能であったが、その姿 は何となく類人猿を彷彿とさせた。無数の触手が絡み合い丸い頭部を生みだし、天をつかみ大地を蹂躙するかぎ爪のついた手足が生えそろう。最後に闇夜をさらに暗 く覆い尽くす細長い翼が開かれ、この島全体に影を落とした。誰に教えられずとも理解できた。いま目の前に現れたものが『大いなるもの』であり、『支配者』であ ることが。その存在に比べれば、人間など地に這う虫ケラ程度の存在であるということが……」

 大いなるクトゥルフの降臨を目撃した探索者は1D10/1D100正気度ポイントを失います。
 クトゥルフが完全に解放される前に、探索者はオブジェの扉を閉めなければなりません。ランダル・レスピシオと対決している探索者にすべてはかかっています。 キーパーはその探索者が1ラウンド時間を使うごとに、クトゥルフになんらかのアクションを起こさせても良いでしょうし、起こさせなくても良いでしょう。探索者 の恐怖心を高めるため、クトゥルフの機嫌を決定するためと称してダイスを振るマネをするのも良いアイデアです。
 ただしキーパーは忘れないでください。クトゥルフの攻撃は100%で命中して、命中すれば探索者は確実に死亡することを……
 ディープワンたちは神が現れたことに文字通り狂喜して、森島朱美のことなど放っておいて、神の御許へとピョンピョン跳ねていきます。この隙に森島朱美を奪還 することは容易です。もっとも、探索者にクトゥルフの前へ飛び出す勇気さえあればですが。
 キーパーは探索者に勇気を奮い立たせるために、クトゥルフが少しでも身じろぎすれば森島朱美をあっさりと踏みつぶしてしまうだろうことを教えてあげましょ う。
 なお、クトゥルフは探索者の動きなど気にもかけていませんが、もちろん探索者にはそのことはわかりません。キーパーはダイスを振るマネでもして、探索者に余 計な恐怖を味合わせてあげても良いでしょう。
 なお、探索者が揃って臆病で森島朱美を救出に向かわなかった場合、探索者の目の前で彼女は寝ぼけたクトゥルフに踏みつぶされます。その無惨な光景を見た探索 者は1/1D6+1正気度ポイントを失います。

 別荘で扉が閉められると、同時に墳墓の扉も徐々に閉まっていきます。
 クトゥルフは身体をドロリとした緑色の闇に変えて、墳墓の中へ戻っていきます。いまはまだ目覚めるときではないと大いなるものが判断したのかは矮小なる人間 にわかるはずのないことですが、ともかく再び眠りについてくれたことは喜ぶべき事実です。

 もし、ランダル・レスピシオを別荘に一人で残してきた場合、戻ってオブジェの扉を閉めるような時間的余裕はありません。残念ながら、探索者の運命はここまで です。その後の人類の運命は、別の探索者に託すしかないでしょう。人類の運が残されていれば、再びクトゥルフを眠りにつかせる方法が見つかるかも知れません。


14,ルルイエからの脱出

 オブジェの扉が開けられなかったか、または扉が閉められてクトゥルフが眠りにつくと、低いザワザワという呟き声が聞こえてきます。それはありとあらゆる国の 言語で、それほど大きな声では無いというのに島全体を覆い尽くすようにあらゆる方向から聞こえてきます。
 月の光を反射させる海面に、何かが顔を突き出します。それは丸い坊主頭をしたもので、最初はイルカか何かのように見えますが、よく見るとそれは人のようで す。しかし、その大きさはバラバラです。普通の人間ぐらいのものもいれば、クジラほどの大きさのものもいます。また、闇に隠れて良くは見えませんが、ずっと遠 くには入道雲のように巨大で、背中に細長い翼を持った人影のようなものもかすかに見えます。それらすべてが探索者のいる島を取り囲むようにして浮かんでいま す。
 探索者は島を覆い尽くす声が、彼らの発しているものであることがわかります。
 その呟き声の内容は様々ですが、意味はだいたい共通しており「まだ早い」「急ぐことはない」「我等は無窮」「死ではなく眠り」「永劫に比べれば、それは刹 那」といった内容です。
 この神話的情景を目撃した探索者は、1/1D6正気度ポイントを失います。
 その呟き声の合唱の中で、島は沈降を開始します。激しい揺れと打ち寄せる波の中、探索者はなんとかして帰る手段を探さなければなりません。
 推測でしかありませんが、賢明な探索者ならば、あの霧を使えば再び安全な場所に戻れると考えるでしょう。そして、ラッテストーンがあの霧に関係していること も。途中で発見したラッテストーンを元の形に戻せば、薄れつつあった霧は濃さを増し始めます。
 方向を見失う前に、急いで別荘に戻った方がよいでしょう。
 もし、探索者がラッテストーンを戻すのに手間取ったり、愚かな行動で時間を無駄にしているとキーパーが判断した場合、別荘の周辺の水位が上がって泳がなけれ ば別荘に辿り着けないという展開にしても良いでしょう。キーパーは探索者に《泳ぎ》の判定をすることを要求してください。

 これまで情報収集を続けてきた探索者ならば、どんな理屈かはわかりませんが、この霧の中で念じた場所に移送してくれる門のようなものであることが推理できる でしょう。
 しかし、いくら探索者が念じたところで、どこにも移動することはありません。それは現実逃避をする森島誠二の強い念が妨害しているからです。彼にとって、す べてを平等に威圧し飲み込もうとするルルイエは、優れた兄と同等でいられる場所でもあるのです。
 森島誠二は白い別荘の模型を握りしめて、ガタガタと震えています。
 森島雄高はそんな弟の様子に、声をかけようとしますがこれは逆効果です。彼はこれまで見せたことの無いような荒々しい口調で、「俺は何も知らない! 兄貴の 言われたとおりやってきただけだ。これがその結果さ。悪いのは俺じゃない、あんたのほうだ!」と叫びます。森島雄高はその言葉にショックを受けたように言葉を 失ってしまいます。
 探索者が森島誠二に話しかけようとすると、「もう駄目だよ。どうせどこにいったって同じなんだ……もう駄目なんだよ。戻るところなんてないんだよ」と頭を抱 えながら呟きます。
 ここで探索者が森島誠二の故郷である青森というキーワードを絡めた説得をすることができれば、彼の望郷の念を引き出すことができます。そして、別荘は再び移 送されます。


15,大団円

 外は大雪です。別荘から漏れる明かりが、真っ白の雪を照らし出しています。
 しんしん雪が降り積もる田んぼの中に、南国の別荘がポツンと建っているのです。それは奇妙な光景です。夏服の探索者は、その身も凍るような寒さに、いまが冬 であることを思い出すことでしょう。
 探索者には見覚えのない場所ですが、森島兄弟にはここが両親のいる青森の実家のすぐ目の前であることがわかります。
 別荘の近くに古い日本家屋があり、異変に気づいた住人が出てきます。それは森島兄弟の両親です。年齢は70歳前ですが、腰が曲がり、年齢より老けて見えま す。森島雄高は両親を見て「とっちゃ、かっちゃ!」と青森弁で叫んで、「なして、こんただところに……」と困惑した顔をします。
 もちろん、両親のほうも戸惑ってはいますが、そこに森島朱美がやってきます。両親は森島朱美を見て「もしかして、朱美ちゃんかい? なんとまあ大きくなっ て……」と呟きます。森島朱美は驚いた顔で二人を見ると、「もしかして、おじいちゃんとおばあちゃん!?」と驚いた様子で駆け寄ります。森島雄高が良い顔をし ないので、祖父とは10年以上会っていなかったのです。森島雄高は混乱した口調で、この状況を説明しようとしますが、両親はそれを制して「なんでもええ、よう 戻ってくれた……」とむせび泣きます。
 森島誠二はそんな家族の様子を見つめながら、無言で涙を流します。
 ここは探索者に気の利いた台詞で締めて貰いましょう。

 ランダル・レスピシオの陰謀を阻止して、大いなるクトゥルフの復活を阻止した探索者のうち、クトゥルフを目撃して生還した探索者は1D20+1D10、ダゴ ンを目撃して生還した探索者には1D20、それ以外の探索者は1D10を獲得します。
 ただし、森島朱美を救うことが出来なかった場合、残念ながら探索者は正気度ポイントは獲得できません。




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