【資料 1】
「大和創世記」
でうすといざへる 混沌の海 矛で混ぜあわせ
その先につきし泥から人を創る
最初の人 ひること名付けるも
骨なく 三年たちても なお立つこと無し
でうす 最初の子 葦の先につけ 海へと流し 新たに二人の人創る
(略)
あだんとえわ まさんの木の実とりて食い 罪をもつ
えわの子供は これよりしたの下界にすみ 畜生を食いし 月星を拝み 後悔してまいるべし
(別段)
罪おおい人 地上に増え
でうすは怒り 大水で洗い流さんとす
あだんとえわの子たち 流されるも
なかのひとり のあにでうすはいいたもう
罪なき子 ひるこはながされることなし
水がひき 洗われた世に でうす あらたな子創る
ひるこの子なり
でうす のあにいう
ひるこを捜し 水がひくまで船にのせよ
のあ ひるこを捜し かめ くし かぶともちて 黄泉の国へいく
(略)
ひるこ見つけるも 黄泉の民に見つかりおいかける
かぶとなげ くしなげ かめなげ 逃げることかなう
(略)
のあは ひるこを船にのせ
水のひく日まつ
【資料 2】
「封筒のコピー束」概略
その奇書は、現実とも幻想とも判別のつかない世界の住人が、マヤカシと狂気の渦に溺れながら、その目に映る事象と魔道に関する知識を夢うつつで書き連ねたよ
うな、理解しがたい内容だった。
著書の名はエイボン。「北風の向かう側」に住む魔道士だという。
現代の北極海付近にあったらしいこの土地が、エイボンの想像の産物なのか、はたまた現実なのか判別できない。
だが、この書物が圧倒的なまでの現実感をともなっていることだけは確かだ。
この世界には二つの対立する信仰がある。
ひとつは、「北風の向かう側」の先住種族が崇拝しており、それが人類にも伝えられたツァトゥグア信仰。
もうひとつは、比較的、我々にも理解できる地球産の信仰である、大鹿の女神イホウンデー信仰である。
エイボンはツァトゥグア信者であり、イホウンデー神官に対して、かなりの憎悪を持っていたようだ。エイボンの描写によると、イホウンデー神官には鹿のような
角が生えていたとされている
【資料 3】
「古事記の一節」
イザナギの黄泉の国からの脱出(抜粋)
ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 見かこしてにげ還りたまふ時、
その妹伊邪那美命(いざなみのみこと)、「吾に辱見せつ」と言ひて、
すなわち、豫母都志許女(よもつしこめ)を遣わして追わしむ。
ここに、伊邪那岐命、黒御鬘(くろみかづら)を取りて、投げ棄(う)てたまふ。すなわち蒲子(えびかづらのみ)に生る。
また、その右の御美豆良(みみづら)にさせる湯津々間櫛(ゆつつまくし)を引き闕(か)きて、投げ棄(う)てたまう。
なお追ひて、黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に至ります時に、
その坂本にある桃子三個(もものみみつ)を取りて、待ち撃ちたまへば、
悉(ことごと)にひき返りぬ。
【資料 4】
「美川の日記」概略
私はエイボンの書に「北風の向かう側」があったとされている、北極海周辺の大陸を調査した結果、「エイボンの書」で言及されていたツァトゥグアの雛を発見
し、ついに、古代の儀式を再現することによって、彼らの崇めた神と精神接触をすることに成功したのだ。
そして、「エイボンの書」にあった古代文明の記述が、すべて事実であると確信するようになったのである。
しかし、それ以来、私の「北風の向かう側」への興味は薄れた。
その世界ですら、アザトースやルリム・シャイコースといった神々によって、いくつもの大都市が滅亡させられ弱体化していった、宇宙的視野から見れば、取るに
足らないような矮小な存在だということを神に教えられたからである。
すべてを見、すべてを知る神という存在が、私の探究心を奪ってしまったのだ。
その後の私の興味は、いかにして神の好感を得るかに置かれるようになった。
エイボンが崇めた神は、「エイボンの書」に言及されている他の神々とは大きく異なり、他の存在から信仰を求める特質を持っていた。
そして、その見返りは無限。
永遠の命を得ること、世界の真理を知ること、人を超えた力を得ること、およそ、人が想像しうるすべての願望は叶えられる。数々の秘術を得て、今では、どのよ
うな人間をも超えた力を持つようになった。だが、宇宙の真理、ウムル・アト=タウィルを暴くには、まだ遠い。そのためには神が気に入るニエを差し出す必要があ
るのだろう。
いまは、それを探している……
【資料 5】
「美川のノート」
夢を頼りに、ここまで突き止めることができた。
そう、あの夢は神が贄を望まれたものなのだ。
とすると、「北風の向かう側」で、神に反し、神の血族であるヴァーミス族を狩りたてた、あのイホウンデー神官の血を望まれるということだろうか。
アララテ山に、胎内への入口を見つけることができた。やはり奴らは、この日本に来ていたのだ。
ヨグ・ソトースよ、門を開け。
ン・カイへの道をつなげ。
あとは、贄だけだ。
最も罪深い人間が、そのニエには相応しいと考える。
だが、ヒルコは?
そのことが気になってしょうがない。
そして、船は?
まだ、わからないことが多い。
やはり、野中の人間に接触するべきだろうか。
しかし、もし、彼らが神官としての知識を受け継いでいたら、我が神のことを知られる危険もある。
それはまずい。