タイトル「追い求めたものは」

……そして、羽葉に住むものは、ヘビの言いつけを守り、山に住むヘビを大切に守ってきたという
(羽葉村に伝わる伝説の一節)

1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの時代は2001年(巳年)の日本、季節は夏。
 島根県の西部に位置する津和野(つわの)と匹見町(ひきみちょう)をシナリオのメインの舞台としております。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は2〜4人ぐらいを推奨します。
 新しく探索者を創造する場合は、全員、シナリオの重要人物である河野睦美と同じ大学の学生としてしまったほうが、キーパーの負担は少なくなり、シナリオもス ムーズに進みます。
 キーパーは《歴史》《人類学》《生物学》の技能が高いと、このシナリオで活躍できることを、前もってプレイヤーたちに教えてあげても良いでしょう。
 また、このシナリオはクトゥルフ神話に関するネタが多用されています。そのため、クトゥルフ神話について知識のないプレイヤーがプレイしても、十分に楽しめ ない可能性があります。
 キーパーはプレイヤーの選択に注意してください。


2,あらすじ

 探索者の友人である河野睦美は、民俗学の研究のため、島根県の羽葉(ハバ)という架空の村を訪れます。
 廃村寸前のこの村には、なんと千年を生きるヘビ人間たちが秘かに暮らしていました。
 彼らは特殊な儀式によって、古代に栄えていた偉大なヘビ人間たちと同じ力を取り戻そうとしており、彼女を儀式の人身御供とするべく捕らえてしまいます。
 彼女からの連絡が途絶えたことを不審に思った探索者は、彼女の研究の足跡を追って、羽葉へと向かうことになります。
 探索者はヘビ人間たちの暮らす洞窟へ赴き、彼らの魔の手から河野睦美を無事救い出すことができるでしょうか?


3,NPC紹介こ こをクリックすると印刷用の大きなNPCイラストが表示されます

・河野 睦美(22歳)民俗学を学ぶ大学生

 とある大学で民俗学を学んでいる大学の四年生です。
 彼女の主な研究活動は、日本の山間部に残る古い伝説を採集し、分類することです。中でも、ヘビに関する伝説をメインテーマに置いています。
 何事にも積極的で姉御肌の女性で、皆に慕われていました。
 彼女は所属するゼミの教授の下で働いている田村淳一に秘かな愛情を感じています。ただし、田村淳一のほうは、彼女との関係は遊び程度しか考えて いません。
 人一倍研究熱心な彼女ですが、青森の果実農園をしている実家が人手不足から経営状態が悪く、厳しい生活を強いられていることもあり、大学を卒業 したら実家に帰るつもりでいます。
 そのため、大学の四年間の集大成である卒業論文には気合いが入っており、今回の調査旅行は大学最後の思い出づくりと、卒業論文の出来がかかって いる重要なものなのです。

STR8 CON15 SIZ9
INT13 POW15 DEX14
APP12 EDU19 SAN75
耐久力12 ダメージボーナスなし
技能:言いくるめ55%、考古学20%、人類学45%、精神分析30%、説得60%、図書館40%、博物学35%、目星55%、歴史50%
・奥山 ハナ(自称90歳)年老いたヘビ人間

 いつもきらきらと生命力に溢れた目を輝かせている、品の良い老婦人です。
 色白で、肌にもはりがあり、顔を見る限り90歳とはとても思えません。
 話かたもしっかりしており、歳を取ってもまだまだ元気といった感じです。
 ただ、腰のほうはすっかり曲がっており、身体もすっかり小さくなってしまっています。きちんと立っても130cmぐらいの背丈しかありません。
 歩くときは、曲がった腰の上で後ろ手に手を組んで、ちょこちょこと前屈みで素早く歩きます。その様子を見ると、年齢のわりには足腰のほうはしっ かりしているようです。
 実は、彼女はヘビ人間の一種で、たったひとつの目的を果たすため、千年以上も生きてきた恐るべき存在です。
 彼女についての詳しい設定は「15,ヘビ人間の計画」を参照して下さい。

STR21 CON17 SIZ7
INT16 POW17 DEX16
APP9  EDU24 SAN 0
耐久力12 ダメージボーナスなし
技能:言いくるめ75%、オカルト40%、回避90%、隠す45%、隠れる50%、クトゥルフ神話18%、心理学80%、語学30%、信用 70%、説得60%、図書館50%、英語読み書き40%、目星60%
・奥山 源蔵(88歳)山奥に住む老人

 干涸らびたキノコを連想させる、若い頃から山と畑だけを相手に暮らしてきたことを想像させる老人です。
 耳のほうはすっかり遠くなっているようで、探索者の言葉もなかなか聞き取れません。ただ、山の物音と奥山ハナの言葉にだけは妙に敏感なところが あります。
 腰は曲がっておらず、しゃんとしているように見えますが、動作はとてもゆっくりしたものです。ただ、ゆっくりと根気よく、畑仕事、大工仕事、ど んな仕事でもこなします。これこそが山の人間の強さなのです。
 奥山ハナと名字が一緒ですが、二人は夫婦というわけではありません。奥山というのは、羽葉の有力者の名字で、かって村には多くの奥山の性の人が いたのです。
 奥山ハナとは違い、彼は普通の人間で、比較的正気を保っています。そのため、内心では奥山ハナの陰謀に探索者を巻き込みたくないと考えていま す。
 しかし、自分が生まれたときから変わらぬ姿で一緒に居続けた奥山ハナを積極的に裏切るようなことは、この老人には無理な話です。

STR8  CON7  SIZ9
INT8  POW10 DEX7
APP8  EDU14 SAN35
耐久力12 ダメージボーナス なし
技能:回避40%、聞き耳60%、忍び歩き50%、生物学40%、薬学35%
・田村淳一(34歳)借金に悩む研究員

 河野睦美や探索者の通う大学の民俗学研究室の研究員です。
 良く言えば陽気で前向き、悪く言えば後先考えない、軟派を絵に描いたような性格です。
 専攻は日本の民俗学で、村落の形成された初期段階における人々の精神的拠り所についての研究をしています。村落というものは、人の適した環境に 人が集まるのではなく、精神的拠り所のある場所に人が集合し、その土地を暮らしやすい環境へと改造していくものであるというのが彼の持論です。
 もっとも、その性格から研究はおざなりで、学会からもほとんど相手にはされていません。その存在は、大学の寄生教員と言ったところでしょう。
 金のかかる遊びが好きで、多額のローンを抱え、大学の安月給ではとてもやっていけなくなっています。
 そのため、大金さえつかめるのならば、現在の研究員という立場などに未練はないというところまで追いつめられています。

STR10 CON10 SIZ14
INT15 POW7  DEX10
APP14 EDU19 SAN35
耐久力12 ダメージボーナス なし
技能:言いくるめ70%、オカルト20%、隠れる65%、聞き耳40%、考古学30%、人類学90%、精神分析20%、説得50%、追跡50%、 図書館60%、博物学55%、目星45%、歴史60%

4,零落したヘビ人間

 まずは、このシナリオで何度も登場する不気味な存在である、零落したヘビ人間についての説明をします。

 彼らは遙か古代、恐竜もまだ地球に姿を現していなかった二畳紀に玄武岩の都市を築いて繁栄した、ヘビ人間の末裔です。
 ヘビ人間たちの文明は、長い年月の末に疲弊してしまい、現在では都市を造るほどの勢力はありません。
 不死の力を得たわずかなヘビ人間の学者や魔道士などは、当時の力を保ったまま秘かに現代社会にも生き残っていますが、彼らは独自の研究を続けるのみで、あま り人間世界に関心はありません。
 また、このような偏屈な学者や魔道士以外の偉大な知識を持ったヘビ人間の多くは、小うるさいほ乳類ののさばる地球を捨てて、ドリームランドへと移住を果たし ました。彼らは無限のドリームランドで自分たちの都市を再建して、静かな繁栄をいまも続けています。どちらかと言えば、現在ではドリームランドに暮らすヘビ人 間が主流であり、地球に残っているヘビ人間は変わり者と言えるでしょう。
 そんなドリームランドへ移住したものや、不死のヘビ人間以外の連中を、このシナリオでは「零落したヘビ人間」と呼んでいます。
 彼らは、人間社会から隠れ、秘かに地下世界や古いヘビ人間の遺跡などに生存しています。
 彼らの間に生まれてくるヘビ人間のほとんどは、最盛期の時に比べると見る影もないぐらい退化してしまっています。
 彼らは知性も低く(小学校低学年程度)、成長のしかたも外見もいじけて縮こまっています。最盛期のヘビ人間は、堂々と二本足で立ち、優雅にしなやかに歩いた ものですが、彼らはほとんどの場合、トカゲやイモリのように這って歩き、前足が必要なとき(主に食事をするとき)にだけ上半身を持ち上げてネズミのように立ち 上がります。
 大きさも60cmぐらいまでしか成長しなく、外見は巨大で細長いヤモリのようですが、わずかに残った知性を宿す目を見れば、すぐら彼らが普通の動物ではない ことはわかります。
 こうした零落したヘビ人間の多くは、地球に暮らす不死のヘビ人間に保護(使役)されたり、人間社会から孤絶した地下世界などでひっそりと生き続けたりしてい るのです。

 このシナリオに登場する、羽葉に生息するヘビ人間も、この零落したヘビ人間の仲間です。

・零落したヘビ人間
STR 7 CON 7 SIZ 7
INT 5 POW 6 DEX 11
移動 8  耐久力 7
ダメージボーナス:−1D4
武器:噛み 40% ダメージ 1d8+db
装甲:1ポイントのウロコ
呪文:なし
正気度喪失:零落したヘビ人間を見て失う正気度ポイントは0/1D4


5,シナリオ導入

 まず、キーパーは探索者の親しい友人に、河野睦美という女性がいること、そして彼女がどんな女性かを「3,NPC紹介」を参照して説明してください。
 このシナリオは、河野睦美を中心として夏休みを利用した旅行の計画を立てているところからスタートします。
 探索者たちの意見を一通り聞いてから、河野睦美は「私は島根県の津和野に行きたいな。ここは一押し、絶対いいところだって。つわぶきの生い茂る野の美しさを 愛で、自分たちの住む里をつわぶきの野で、津和野って呼ぶようになったなんて風流じゃない?」と強い調子で意見を言います。

 ここで、津和野の説明をします。
 津和野は島根県の西に位置した土地で、亀井氏11代の城下町として栄えました。もっとも、早期縄文時代の遺跡なども発見されており、ここに人が住み着いたの はかなり古くからであったことがわかっています。
 観光としては名所、旧跡の多い土地で、山陰の小京都とも呼ばれる美しい町並みを眺めながら、ゆっくりと観光をしていれば一週間ぐらいは十分に楽しめるでしょ う。キリシタンの殉教者にまつわる教会があるかと思えば、日本五大稲荷のひとつで、 全国でただ一社、稲荷を「稲成」と表記する太皷谷稲成神社があったりと、土地の歴史の長さを物語るようなバラエティの富みようです。
 また、ちょっと足を伸ばせば、ヤマメやイワナ、夏場は鮎釣りも楽しめる匹見川が流れています。
 他に、秘境と呼ばれるダイナミックな渓谷である匹見峡のドライブなど、のんびりした観光の嫌いな探索者でも退屈はしないでしょう。

 河野睦美の様子を見て《心理学》をすると、そうとう津和野に入れ込んでいることがわかります。
 実は、河野睦美は夏休みを利用して、津和野の西にある匹見川上流の土地に大学の卒業論文のため、民俗学の調査に行く予定があるのです。
 そこで、探索者たちとの旅行の行き先が同じになれば、旅費も時間も節約できるため、なんとかしてみんなを説き伏せて津和野への旅行を実現させようとしている のです。

 河野睦美に、なぜそんなに津和野に行きたいのかを尋ねた場合や、もしも津和野以外の場所に決まりそうになった場合は、キーパーは彼女の口から、前述したよう な事情があることを説明させて、なんとしても旅行の行き先を津和野へ決定させて下さい。
 ゲーム内の旅行先に、そこまでこだわるプレイヤーはいないと思うので、これは難しいことではないでしょう。

 旅行の行き先が津和野に決まり、具体的なスケジュールや宿泊先(宿泊費の安い民宿である「大山」という場所に、河野睦美は目星をつけています)が決定する と、河野睦美は旅先の民宿「大山」で探索者と合流するつもりであることを告げます。
 探索者より二週間ほど早く現地に行って、先に自分の調査を済ませておこうと考えているのです。
「私の調べたいのは、津和野の西にある羽葉っていう村でね……地図にも載っていないんだけど、現地に行けばどこにあるかはわかると思う。そこの村にはね、 ちょっとおもしろい伝説があるの。普通、ヘビってのは水の神様とされていて、雨を呼んだり、沼の主だったりするんだけど……そこのヘビは、山間の治水をして田 畑の開墾を手伝ったっていうのよ。田畑の開墾というと、埴安彦神(はにやすひこのかみ)とかを思い出すけど……このあたりの関係を調べていったらおもしろいこ とになるかもよ。
 私も、今年で卒業だし、今回の調査旅行が最後の研究になると思うんだ。だから、気合い入ってるの。
 卒業したら、実家に帰らないといけないし……親には、わがまま言って迷惑かけたから、これからは親孝行しなきゃ。
 いつまでも、子供みたいに好きなことばっかりはしていられないしね」
 と、顔を曇らせます。河野睦美の友人の探索者ならば、彼女の家庭の事情(「3,NPC紹介」参照)について知っています。

 もし、河野睦美の調査に興味を持った探索者が同行しようとしても、彼女はひとりのほうが自由に動けるからと丁寧に断ります。
 彼女は自慢の愛車(中古の四輪駆動車)で津和野に行くつもりです。
 そして、みんなが津和野に着いた頃に携帯電話に電話をするので、そのときに合流する場所を決めようと言います。キーパーはこのとき探索者の誰が携帯電話を 持っているのかを確認しておいて下さい。今回のシナリオでは、携帯電話がキーアイテムのひとつとなるからです。
 いまどき探索者の誰ひとりも携帯電話を持っていないということはないと思うので、所持品の中に書き忘れていたとしても持っていることにしてもよいとキーパー は言ってあげてよいでしょう。

 すべての段取りが終了したころ、河野睦美の携帯電話に電話がかかってきます。
 電話の相手は、河野睦美が学んでいるゼミの教授が持っている民俗学研究室の研究員である田村淳一です。探索者たちも彼については知っているので、キーパーは 「3,NPC紹介」を参照してどんな人物かを説明して下さい。
 河野睦美は今回の旅行に田村淳一も誘っていましたが、この電話は、その断りの電話でした。彼女は残念そうな顔をして「田村さんは仕事があって来られないっ て……なんか先生、最近ドタバタと忙しそうよね。様子も変だし……」と首を傾げます。
《知識》に成功した探索者は、田村淳一が多額の借金に困っているという噂を聞いたことがあります。噂に過ぎない話ですが、最近の彼の態度と合わせて考えてみる と、信憑性は高いかも知れません。このとき《知識》1/5に成功していた場合、その噂が真実であることを知っています。田村淳一は助教授の安月給に似合わない 派手な生活が原因で、カード会社に多額のローンを抱えています。その金策に追われて、最近忙しいのです。
 また、《心理学》に成功した探索者は、秘密にしているようですが河野睦美は田村淳一に好意を持っていることに気づいています。


6,津和野にて

 それから時間が経って、探索者たちが津和野へ行く日となっても、河野睦美から連絡はありません。こちらから彼女の携帯電話に電話をしても、圏外のためつなが りません。

 探索者が津和野に到着して、河野睦美との合流場所である民宿「大山」にチェックインをすると、女将が出てきて迎えます。まだ三十代前半の年の若い女将は、探 索者の顔を見るなり、「あなたが○○さん(探索者の名前)ですね。まぁ、お話通りのかただわぁ」と顔をほころばせます。
 探索者が何のことか尋ねると、女将は少し顔を赤らめて「あら、ごめんなさい。みなさんが、河野さんのおっしゃるとおりのかたたちだったものですので……河野 さんもみなさんの到着を楽しみに待ってましたけど。若い人たち同士の旅行って、ほんと楽しいものですわよねぇ〜」と、気さくに話しかけてきます。
 実は、河野睦美は一人で宿泊している間、この女将と仲良くなり、いろいろと今回の旅仲間である探索者についてのうわさ話をしていたのです。そのため、女将は 初対面の探索者たちに対しても、前から知っているような気さくな態度をとります。
 このシナリオでは、助けるべき相手である河野睦美と探索者の接点が少ないのが難点です。
 キーパーは女将の証言を利用して、河野睦美がいかに探索者との旅行を楽しみにしていたのかを伝えてください。そうすることによって、探索者たちは行方不明に なった河野睦美を探し出さねばという気持ちになってくれるでしょう。

 女将に河野睦美がいまどこにいるのかなどを尋ねると、不思議そうな顔で「あらぁ、みなさんと一緒じゃないんですか? 一週間以上前に、外からお電話がありま してね……しばらく宿に戻れないかもしれないから、食事の用意はキャンセルにしてくれって……それっきり、帰ってこないんですよ。荷物はそのまま残されていっ たんですけどね」と答えます。
 河野睦美が泊まっていた部屋には、彼女が旅行に使っていたボストンバッグが残されています。ボストンバックの中身はほとんどが着替えです。旅行用品の定番で ある洗面用具や化粧品などは一切入っていません。必要最低限のものだけを別のリックにつめて持っていったように思えます(実際、河野睦美は日帰り感覚で羽葉へ 出かけていったのです)。

 探索者が民宿「大山」に腰を据え、その日の夜になっても、河野睦美からの連絡すら入りません。
 河野睦美は約束事は守る性格の人物なので、連絡すらよこさずにこうも予定を遅れることは不自然なことです。
 夕食の時などに、女将は、「あんなに、この津和野をみなさんと観光することを楽しみにしていたのに……いったいどうしてしまったのやら」と、しきりに河野睦 美のことを心配をしており、探索者に彼女の行き先に心当たりはないのかと尋ねたりします。
 女将に河野睦美が何か言っていなかったかを尋ねると、「そういえば……『やっと、羽葉の場所がわかった。やっぱり、現地で調べるのが一番だ』とか言ってまし たけど。羽葉なんて地名は、私は聞いたことがないし……」と首を傾げます。

 もしも、心配した探索者が警察に届けを出しても、旅先で数日間連絡が取れなくなった程度では警察はまともに取り上げてはくれません。探索者の警察への不信感 をあおるためにも、キーパーは誇張したぐらいに横柄な警官の演技をすると良いでしょう。
 このシナリオでは、警察というのは実に役立たずなものなのです。

 探索者が津和野に到着してからしばらくして、河野睦美と親しい探索者の携帯電話に電話がかかってきます。
 キーパーは探索者が河野睦美のことを本気で心配を始めた頃合いを見計らって、このイベントを発生させてください。
 着信の相手を見ると、なんと待ちに待った河野睦美からの電話です。
 しかし、電話に出ると、相手は聞き慣れない男の声です。
 男は、自分は匹見町に住む、秋田浩介という者だと名乗ります。
 近所の山の中で携帯電話の入ったリックを拾ったので、誰が落とし主かを調べるために発信履歴で最近電話をかけた相手に電話をかけてみたのだと説明します。
 探索者が携帯電話の持ち主である河野睦美の友人であると知ると、いま津和野に来ているのなら、リックを受け取りに来ると良いだろうと提案します。

 秋田浩介は匹見川の流れる山に暮らす、人の良い男です。
 ヒゲ面でいかめしい顔をしてはいますが、気のいい男で、友人を捜しているという探索者たちのことを親身になって心配してくれます。
 彼は代々この土地に暮らしているため、羽葉についても少しだけ知っています。キーパーは彼が地元の人間であることを強調し、貴重な情報源となりうることを示 唆してあげましょう。
 特に「秋山浩介の昔話」は直接的な手がかりではありませんが、シナリオの雰囲気を演出するのに必要なものです。キーパーは、秋山浩介の口から河野睦美は一体 何をしに匹見町に来ていたのかを尋ねて、「伝説の収集」という言葉を引き出しましょう。そうすれば、自然の彼の口から伝説を語らせることが出来るはずです。
 以下に、彼からの情報を箇条書きにしておきます。

★秋田浩介からの情報
・荷物は匹見川の近くの河原に下りる斜面に落ちていた(探索者が地図を持っていれば、正確な場所を教えてくれる)。
・普通の人が立ち入るような場所ではなく、忘れたというよりは捨てられたといった感じだった。
・リックには携帯電話とバインダーと財布、タオルや水の入ったペットボトルが入っていた。
・自分はハンターで、偶然山を歩いているときに発見できた。
・もしかして、山道を迷って遭難したのかも知れない。
・このあたりの土地は、匹見川沿いはまだ拓けているが、少し山に入ったら秘境とさえ呼ばれている自生林の山が続いており、遭難することもある。
・羽葉という地名は聞いたことがある。地元の昔話に登場する古い地名で、いまは誰も使っていないと思う。もちろん、いまの地図には載っていない。ずっと昔の地 図には載っているかも知れない。
・羽葉にまつわる昔話なら自分も知っている(下記参照)。

★秋山浩介の昔話(概略)
 大昔、羽葉に人が住むようになる前のこと。
 貧しい百姓の娘がいた。
 年老いてあまり野良仕事の出来なくなった両親を助け、一生懸命働いていた。
 ある日、田畑にまくための水を、川まで汲みに行ったところ、川の主である大蛇に出会った。
 大蛇は、娘に自分の嫁になれと言う。
 娘は、自分がいなくなると、田畑に水をやるものがいなくなるので両親が困ると言った。
 すると、大蛇は川の流れを変えて、娘の両親の田畑を潤した。
 それを見た娘は、水があっても両親は年寄りで田畑を耕せない。牛を買えれば楽になるのだがという。
 すると、大蛇は牛を買うためとして、一抱えもある金のかたまりを持ってきた。
 両親の暮らしが楽になったのを見て、娘は約束通り大蛇の妻となり、川上の岩屋で暮らすようになった。
 しかし、娘がいなくなって両親は深く悲しんだ。
 ある晩、両親は夢の中で娘と会った。
 娘は自分と大蛇との間に出来た赤子を桶に乗せて、そっと川に流すので、その子を自分の変わりに育てて欲しいという。
 夢のお告げの通り、娘の両親は川でその赤子を拾い、娘の代わりにと喜んで育てた。
 また、新しい娘を授けてくれた川の神を奉る祠を建てて、いつも供物を切らさぬように心がけた。
 やがて赤子は美しい娘に育ったが、まるで男のように話し、力も十人力で、畑仕事も男十人分だった。
 しかも、不思議と娘の耕す田畑は、どんな日照りの年も豊作で、どんどんと田畑は大きくなっていった。
 これが羽葉の村の始まりだったそうな。


 また、リックを受け取るときなどで、探索者が秋山浩介に直接会うことがあった場合、キーパーは彼がヘビを嫌っているというイベントを発生させて下さい。
 待ち合わせる場所が自宅ではヘビを登場させづらいので、どこかわかりやすい公園などで待ち合わせをするといった具合にしておけば、探索者と秋山浩介が外で話 をするよう自然に誘導できるでしょう。その時、偶然、ヘビが足元を這っていくのを見てビックリするといった程度のイベントを発生させれば十分です。
 探索者たちは、彼のような山に暮らす人間にしては、ちょっと意外であると思うことでしょう。そのことを尋ねられると、このあたりの人間にとって、ヘビはあま り縁起の良い生き物じゃないので嫌うのだと説明します。
 なぜヘビは縁起が悪いのかと尋ねられても、秋田浩介は困った顔をして「小さい頃から、ずっと爺さん婆さんに聞かされてきた話だから……なぜかと言われても困 るなぁ」と答えます。

 なお、秋山浩介に案内してもらうなどして、リックの発見場所へ行っても、めぼしいものは何も見つかりません。


7,リックの中身

 このリックは間違いなく、河野睦美のものです。
 奥山ハナに命じられた零落したヘビ人間が、人に見つかりづらいところに捨てたのです。そのため、リックが発見された場所自体には、何の手掛かりもありませ ん。
 探索者は秋田浩介からリックを受け取り、その中身を確認することでしょう。
 以下に、その中身についての情報を明記します。

★ルーズリーフ
 彼女がいつもフィールドノートとして持ち歩いていた、バインダーに使用していたルーズリーフです。このルーズリーフには、彼女が好きなネコのマスコット (NPCイラストの背景のネコです)の描かれているので、間違いようがありません。
 しかし、ルーズリーフは入っているのに、肝心のバインダーのほうはリックに入っていません。これは奇妙なことです。

★財布
 現金やカード、免許証などはそのままになっています。中に宅配便の伝票が入っています。

★レシート
 河野睦美は、買い物をしたときのレシートを取っておく癖があります。
 そんなレシートの中に匹見町の雑貨屋(「10,予備調査」の「宅配便の集配所」の雑貨屋)のものがあります。レシートの内容は、菓子パンやジュースなどです が、それよりも雑貨屋の住所は重要な手がかりとなるでしょう。

★宅配便の伝票
 大手宅配会社の伝票です。送り先は田村淳一の住所になっています。もちろん、差出人は河野睦美です。伝票の備考欄に「壊れ物。扱いに注意!」と明記されてい ます。
 伝票の日付は、探索者が津和野に到着した日の8日前です。
 伝票の明記された宅配会社のサービスセンターに電話をすれば、この荷物がどこの取扱店から集配されたものかを調べることが出来ます(「10,予備調査」参 照)。

★水とタオル
 スポーツタオルと水筒代わりのペットボトルが残されています。ペットボトルは市販されているお茶の500ミリリットルボトルですが、中身はただの水です。

★リックの匂い
 リック自体に不審な点はないか調べてみて《目星》に成功すると、なんとなく生臭い匂いがすることに気づきます。この匂いに気づいて、《アイデア》に成功する と、これが両生類やは虫類の匂いに近いことがわかります。

 この状況で、河野睦美の身を案じないようでしたら、探索者として失格でしょう。
 ただし、警察にこのことを話しても、一応、調査は開始するとは言いますが、あまり真剣には動いてくれません。繰り返すようですが、このシナリオでは警察は役 立たずなのです。


8,河野睦美の行動

 ここで河野睦美が、この津和野の土地でどのように事件に巻き込まれたのか、キーパー用の情報を明記しておきます。

 探索者が津和野へやってくる約二週間前、河野睦美は先に津和野に到着しました。
 津和野や匹見町で数日をかけて、羽葉の位置や伝説を図書館などで調べた彼女は、いよいよ目的地の羽葉へと愛車で向かいます。
 ほとんど廃村寸前の羽葉の村でしたが、彼女は奥山の家を発見します。
 奥山ハナは河野睦美の求める羽葉にまつわる伝説の宝庫でした。彼女は奥山ハナにしばらく滞在させてもらい、いろいろな話を聞き出します。
 河野睦美を好意的に迎えた奥山ハナでしたが、彼女は恐るべき陰謀を心に秘めていました。それはヘビ人間の神話的実験に彼女を利用すると言うことです。
 奥山ハナは河野睦美の関心を得るため、ヘビ人間の秘物である黄金の三角板(詳しくは「19,黄金の三角板」)を見せます。これは河野睦美にとって、予想を遥 かに越えた収穫でした。
 ただ、黄金の三角板の不可思議さは民俗学の領域を越えていたため、奥山ハナから一枚を借りだし、大学の田村淳一に羽葉の調査記録と一緒に送付し、調査を依頼 することとします。
 奥山ハナの思惑通り、河野睦美は彼女の話に強い関心を持つようになりました。
 そして、河野睦美は奥山ハナに誘われるまま、山深い渓谷にあると言われる「ヘビの岩屋」を探しに行きます。
 ところが、河野睦美はそこで待ち伏せをしていたヘビ人間たちに拉致されてしまいました。
 現在、彼女はヘビ人間たちの虜となり、神話的実験の実験動物として扱われています。


9,田村淳一の影

 キーパーは探索者が津和野や匹見川で行動している間に、タイミングを見計らって、このイベントを発生させてください。

 探索者は、探索の途中に、ちらりと田村淳一によく似た人物を見かけます。
 キーパーは車の移動中や、建物の影に入った人物の後ろ姿といった具合に、すぐに追いかけられないような状況で出会わせてください。
 まさか、田村淳一がこんな田舎に来ているはずはないのですが、目撃した探索者には確かにあれは彼だったと思えます。
 もし、探索者が田村淳一に電話で連絡を取った場合、携帯電話にかけても電源が入っていないという電話会社のメッセージが続くのみです。自宅に電話した場合、 呼び出し音は続くのですが、誰も電話には出ません。
 大学の知人などに田村淳一のことを尋ねた場合、最近、見かけないという話を聞くことが出来ます。ただ、どこかへ出張や旅行に行っているという具体的な話は聞 くことは出来ません。

 田村淳一が、この匹見町にまでやって来たのは、河野睦美から送られてきた黄金の三角板が目的です。
 この黄金の三角板は、確かにその存在自体も奇妙奇天烈なものですが、田村淳一にとってはその材質のほうが重要でした。
 なにしろ、この黄金の三角板は、高純度の黄金で出来ているのです。河野睦美に送られてきたぶんだけでも大変な価値だというのに、彼女の手紙によると、これと 同じものがまだ何枚もあるというのです。現在、借金に追われている彼にとって、それはあまりに魅力的な話でした。
 そこで彼は河野睦美に秘密で、その黄金の三角板を盗み出せないものかと匹見町へと向かったのです。
 当然、探索者や他の人間にも、匹見町へ来ていることは秘密なので、彼はこっそりと隠れて行動しています。
 彼は河野睦美から送られてきたフィールドノートのコピーという、羽葉に関する重要な手掛かりを持っているため、探索者に先んじて行動することが可能なので す。


10,予備調査

 河野睦美の行方を独自に探そうとした探索者は、彼女の遺留品や、羽葉という地名に着目することでしょう。
 キーパーは闇雲に探索者が動こうとするならば、島根県に羽葉という地名は無いということを説明して、予備調査が必要であることを示唆しましょう。
 以下に、その場所を調べる方法を明記します。

★宅配便の集配所
 河野睦美の財布に入っていた宅配便の伝票から調べられる取扱店は、匹見町にある小さな雑貨屋です。
 また、財布に入っていたレシートの雑貨屋も同じ店です(匹見町には店が少ないのです)。
 中年の婦人がひとりで切り盛りしており、客の少ない店なので、探索者が河野睦美のことを尋ねれば(免許証の写真などを使えば話は早いでしょう)、そのことに ついて話してくれます。
 荷物を出したのは河野睦美本人に間違いなく、店に来たときに変わった様子はなかったと話します。
 ただ、河野睦美が持ってきた荷物の形は変わっていて、一抱えぐらいある三角形の板状のもので、その荷物が見た目より凄く重かった(実際には20キログラム程 度)ことを店の人はよく覚えています。おそらく中身は金属だと思うが、段ボールで厳重に梱包されていたので何が入っていたかはわからないと証言します。

★図書館・資料館
 図書館で調べることは、もっとも簡単で確実な調査方法です。羽葉はあまりにマイナーな地名であるため、インターネットなどでは調べることは出来ません。本当 に稀少な知識というのは、いまだに埃にまみれた古書と格闘することによってでしか得られないものなのです。
 津和野などの地元の図書館や資料館を利用して羽葉という地名について調べた場合、《図書館》に成功すれば以下の情報を得ることが出来ます。
 探索者が図書館と資料館といった具合に、二手にわかれた場合などは、情報を分散させて与えれば無駄足に終わるという徒労感を感じさせないですむでしょう。
 また、図書館や資料館の職員に河野睦美のことを訪ねれば、間違いなく彼女がここに立ち寄ったと言うことがわかります。そして、彼女が羽葉という古い地名を調 べていたこともわかりますが、それ以上については、探索者達は自分たちの手で文献や資料を調べなければなりません。

・羽葉について
 羽葉というのは、いまはもう使われていない古い地名で、位置的には匹見川の上流にあたります。
 すでに、承和10(西暦834)年頃には林業と山の斜面のせまい平地を利用した小さな田畑を生業として、百人規模の村もありました。
 せまい耕地に効率よく渓流から灌漑を行い、小さいながらも干ばつに強く安定した収穫の望める良い田畑があったとされています。また、この田畑は神の使いのヘ ビが灌漑を手伝ったとされる伝説があります。
 その後、明治末期まで細々と村は続いていたようですが、昭和に入ってからは過疎化が進んでいるようです。
 古い地図も掲載されているので、それを頼りに羽葉へ行くことは出来ます。

 現在、村人がいるかどうかは資料がないため、役場にでも行かない限りわかりません
 役場で調べれば、羽葉村は二十年前に廃村となっており、したがって羽葉村に在住している人も書類上では存在しないこととなっています。ただし、それはあくま で書類上のことであり、羽葉村があった土地に人が暮らしていないかどうかというのは別問題です。

・羽葉について(異説)
 さきほどの羽葉についての本に比べると、信憑性の低そうな個人の出版した本には、羽葉についてちょっと不思議な話が載っています。
 津和野川の流域あたりに水田が開墾されたのは、前述されたように承和10(西暦834)年頃であるのは有名な史実であるが、当時、羽葉のあたりにはすでに集 落があったという古い文献を発見した、というものです。
 その文献には「その村では、山の狭い土地に川の水をひき、豊かに暮らしていた。豊かな実り以外にも、多くの黄金が村を豊かにしていた。これら、すべて村が奉 る神のおかげであるという」という記述があったそうです。そして、重要なのは、この文献が津和野の開墾が始まった承和10(西暦834)よりも、百年以上も昔 のことであることです。
 この本の著者は、羽葉の村が、このあたりの土地で最も古い集落の名残であるとしています。
 しかし、著者が根拠としている文献自体の信憑性が低かったり、金鉱脈のない羽葉に黄金が豊富であったなどという不可解な記述があることなどから、これは定説 とはなっていません。

 羽葉についての情報内にあるヘビに関する伝説というのは、言うまでもなく河野睦美が追っていたものです。
 探索者はこの伝説の内容に関心を持って調べてみようとするかも知れません。その場合、もう一度《図書館》に成功すれば、地元の人間が自費出版した匹見川にま つわる古い伝説を集めた本の中に、その羽葉の伝説を発見します。
 ただし、この伝説は時代を経て、他の似た伝説と融合したり、変形したりしており、羽葉にもともと伝わっていた伝説に比べると、内容が大きく変わっています。 これに比べると、前述した秋山浩介の昔話のほうがオリジナルに近いものです。ふたつの話を比べてみて、《歴史》か《人類学》に成功した探索者は、これらがひと つのオリジナルの話から変形したものであることが推測でき、秋山浩介の話のほうがオリジナルに近いことがわかります。

・羽葉の伝説(概略)
 何年も干ばつが続き、羽葉の村では何も食べるものがなくなっていた。
 そんな羽葉の村に暮らす、貧しいが正直で賢い娘がいた。
 ある日、夢の中に川の神が現れて、娘に今度、川に水を汲みに行くときは鎌を持って行きなさいと告げた。
 不思議な夢を見たと思いながらも、言いつけを守り、鎌と桶を持って川に水をくみに行った娘は、途中で大蛇(おろち)に出会う。
 大蛇は「ここを通りたければ、その髪をよこせ」と言う。
 しかたなく、娘は自分の髪を鎌で切って差し出す。
 その髪を、大蛇はひと飲みにしてしまうと、さらに「水をくみたければ、その服をよこせ」と言う。
 娘は恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながらも、服を差し出す。
 すると、ヘビは服もひと飲みにしてしまった。
 娘は水をくんで持って帰ろうとすると、大蛇は「水を持って帰りたければ、その桶をよこせ」と言う。
 さすがに娘は怒って「桶がなければ水は持って帰れない」と言うと、大蛇は「では、おまえが代わりに食われるか?」と、のどを鳴らして言った。
 娘は青い顔をしながら、桶を大蛇の前に置いた。
 大蛇は桶もひと飲みにしてしまう。しかし、娘は桶の中に鎌を入れておいたのだった。
 鋭い鎌を飲んだ大蛇は苦しみ、娘に喉に刺さった鎌を取ってくれるよう願う。
 そこで娘は、村まで水が届くように川の流れを変えてくれたら、取ってやると言う。
 大蛇はその願いを聞き入れたので、娘は大蛇の喉から鎌を取ってやった。
 不思議なことに、その鎌は黄金に変わっており、娘はこの鎌を売った金で豊かに暮らすことが出来た。
 そして、大蛇が川の流れを変えた、羽葉の田畑はどんな日照りの時でも水が枯れることは無くなったという。

 秋田浩介がヘビを嫌っていた、ヘビが縁起の悪いということの由来を調べた場合、《図書館》に成功すれば、以下のようなことがわかります。

・ヘビを嫌う理由
 羽葉を中心とした地域では、川を泳ぐヘビを見ると、尻から魂が抜かれるという伝説があります。
 これは、まるで河童の伝説を彷彿とさせる話ですが、これは河童の起源ともされている、古代の水の神である「蛟(みずち)」が妖怪へと零落していったことを証 明するものかもしれません。縄文時代から続く古い土地である羽葉には、その河童と蛟の中間点の伝説が生き残っているのでしょう。

★地元の人に聞く
 匹見町に暮らす普通の人は、羽葉という地名は聞いたことはあっても、正確な場所までは知りません。ただし、図書館などで調べれば、正確な場所がわかるだろう という助言はしてくれます。
 基本的に地元の人からは図書館以上の情報を得ることは出来ません。
 キーパーは胡散臭い言い伝えなどを、偽の情報として探索者に与えても良いでしょう。


11,羽葉への道

 匹見町の西に位置する山が、昔、羽葉と呼ばれた土地です。
 匹見町は東京23区の約半分という広大な面積を持った町ですが、その95%は森林に覆われており、しかも住民は2千人以下(東京23区の住人は約八百万人) という、かなり自然の豊かな土地です。
 そんな匹見町でも、さらに人の少ない山奥にあるのが羽葉なのです。
 それだけでも、そこがどのような土地かは想像できることでしょう。
 羽葉へは、もちろん国道は通っていません。地図にも載っていない古い林道が走っていますが、道は大変悪く、普通の自家用車で行く場合には《自動車運転》×2 に成功する必要があります。失敗した場合、自動車が倒木などに乗り上げてしまうといったトラブルが発生しまい、30分程度の時間を浪費することとなります。
 キーパーは探索者たちに、ここが人があまり踏みいらない山奥であることを強調して演出して下さい。
 また、準備の良い探索者が大型四輪駆動車などを運転している場合は、《自動車運転》×4で判定することができます。
 匹見町の中心地から、山道をノロノロと二時間ほど進むと、やがて木々が道まで押し寄せ車では通れなくなってしまいます。しかし、地図ではまだここは羽葉のだ いぶ手前です。
 探索者はここで車を降りて、徒歩で消えかけた林道を登って行かなくてはなりません。
 羽葉のあたりの山は、現代では珍しい完全な原生林です。いろいろな種類の木が見られますが、この辺りでは、特にサイカチやクヌギといった木が目立ちます。
 また、《目星》に成功すると、木から流れる樹液に大きなカブトムシやスズメバチが群がっているのを発見します。《生物学》×5に成功すると、このあたりの環 境はカブトムシが生きるのに理想的であることがわかります。
 カブトムシが多いというイベントは一見意味のないもののように見えますが、重要な伏線ですので、必ず発生させるようキーパーは注意して下さい。

 やがて、車を乗り捨てた場所から少しも行かない場所で、探索者は河野睦美の愛車である四輪駆動車を発見します。
 ボンネットの落ちている葉などの様子などからして、停車してから数日は間違いなく経過していることがわかります。もちろん、ドアのロックはされています。
 窓から車内をのぞいても、めぼしいものは何も見あたりません。
 さらに山奥へ約三十分も歩くと、やや森が拓けてきて、途中、手入れのされなくなった段々畑などを見かけるようになります。
 段々畑を支える石組みと、その間を縫うように細い道が通っています。
 石組みからは雑草が生え、畑にも背の低い木が育っています。
《生物学》で、これらの畑がうち捨てられてから十年ぐらいは経っていることがわかります。
 また、所々に潰れかけた家や納屋なども見つかります。
 木造の粗末な家が多く、屋根は落ち、床は抜け、とても人の住めそうな状態ではありません。
 うち捨てられた古い軽トラックが錆びて朽ち果て、雑草に覆い尽くされています。
 軒先におかれたプラスチック製の桶には、緑藻と小昆虫が生きる緑色の水がたまり、ひとつの生態系を作り出しています。
 人々の生活の残滓が、ゆるやかに自然に飲み込まれようとしている情景。
 それは穏やかではありますが、見るものの心の底に寂しさを感じさせるものです。
 ここは過疎化する前の羽葉の集落の跡で、いまは誰も住むものはいません。
 この跡地の廃屋を探索しても、めぼしいものは何も見あたりません。

 この集落跡から、歩いて五分ぐらいのところに奥山家があります。道は一本道なので、迷うことはないでしょう。
 キーパーは時間経過を誘導して、奥山家に到着するのを夕暮れ時にするよう心がけてください。自動車のトラブルや、道に迷うなどのイベントを発生させれば、簡 単に誘導できるでしょう。

 奥山家のまわりには家らしきものは何もなく、羽葉に活気があった頃から、この家だけが村からは離れた場所にあったことがわかります。
 家は屋根こそは茅葺きではありませんが、壁は土壁に漆喰を塗ったもので、柱には立派な銘木が惜しげもなく使用されています。
 かなり大きな家で、部屋数は大小合わせて十部屋ぐらいありそうです。
 家屋を見て《歴史》×2に成功すると、これが明治頃に建築されたものであることがわかります。こんな山奥に、これほどしっかりと当時の建物が残っているのは 驚異的です。さらに《目星》に成功すると、この家が細かなところに至るまで磨かれ、手入れが行き届いていることに気づきます。
 ここに暮らすのは奥山ハナと源蔵だけということですが、二人だけでこんな大きな家をここまで手入れできるものかどうか、疑問の残るところです。
 実は、この家屋の手入れは、零落したヘビ人間の仕事なのです。他にも単純な力仕事は零落したヘビ人間を使役してやらせています。

 裏手には、この季節は夏野菜が実る畑があります。
 それは、本当に小さなもので二人が食べていくのにギリギリの大きさです。軒下には、薫製にされた川魚なども吊されています。

 奥山ハナと源蔵は、十年前に最後の羽葉の住人がいなくなって以来、たった二人でこの家に暮らしています。
 ほとんど自給自足で暮らしているようで、水道、ガス、電気、電話といったライフラインは、この家にまで届いていません。もちろん、テレビ、ラジオ、インター ネットなども無縁のものです。
 これは町育ちの探索者には信じがたい暮らしと思えることでしょう。
 しかし、昔ながらの生活を禁欲的に守っている老人二人にとって、そのような文明の産物は必要のないものなのです。


12,奥山家滞在

 探索者が訪れると、奥山源蔵が出迎えます。
 彼は耳が遠いうえ、発音も明瞭ではないので、あまりまともな会話は成立しません。
 探索者が一番の関心事である河野睦美について奥山源蔵に尋ねれば、約二週間前に若い娘さんがこの家にやってきたと教えてくれます。羽葉の伝説などをわざわざ 町から聞きに来た奇特な娘さんだったと感想を述べます。
 河野睦美のその後の行動について尋ねられると、一時間ほど伝説を聞いて、一休みした後、すぐに山奥へと行ってしまって、それっきり戻っては来なかったと嘘を つきます。
 そんな話をしていると、家の奥から老婦人の「誰か来て居るんですか?」という声がかすかに聞こえてきます。
 奥山源蔵は耳が遠いはずなのに、その声には敏感に反応して「ちょっと待っていてもらえますか……」と言い残し、声の聞こえた家の奥へと向かいます。
 しばらくして奥山源蔵が戻ってくると、「娘さんは、この羽葉のあたりを調べていたそうだから、また戻ってくるかもしれん。もし、娘さんを探しているのなら、 この家で休むといいでしょう。どうせ部屋は余っているし、日も暮れてきたところだから……」と提案します。
 あまりヘビ人間の計画に積極的ではない奥山源蔵としては、探索者をこの村に引き留めたくはなかったのですが、奥山ハナに命じられて、このような提案をしてい ます。
 山を登るのに時間を費やし、もうすぐ日が暮れる頃だ(山間の村は日没が早いのです)とでも言えば、好きこのんで野宿をしたり、遠い道のりを辿って町に戻ろう と考える探索者はいないことでしょう(しかも、なにか秘密めいた家を前にした探索者ならば、なおさら滞在したがるはずです)。

 その晩、奥山源蔵は山の家で出来る、最善のもてなしで探索者を迎えてくれます。
 川魚の薫製、裏の畑でとれた夏野菜、絶品のぬか漬け、自家製の味噌、そして焼酎などです。電気のない奥山家では、明かりはランプと囲炉裏の火しかなく、現代 人の探索者にとっては、まるで別世界のように感じられることでしょう。
 その夜、探索者の相手をしてくれるのは、奥山源蔵だけです。
 好奇心の強い探索者ならば、家の奥から聞こえてきた声の主に関心を持つことでしょう。
 そのことを尋ねられると、奥山源蔵は「あれは、おハナさんです。いまはぁ、ハバ様の『こもり』をしてるから、ちょっとみなさんにはお会いできないんですわ」 と、ごく当たり前のことのように話します。
「こもり」という言葉について尋ねると、「祭が近いから、部屋にこもっているんですよ。明日には出てくると思いますので」と説明します。この話を聞いて《人類 学》×5か《歴史》に成功すれば、神道などで、外界との接触を絶ち、食事の制限や、刃物を使用しないなどの禁忌をもうけるなどして、神を迎えるための準備をす る期間のことを言っているのだということを理解します。
 ハバ様という名について尋ねると、「ハバ様は、この村の神様ですだ」と答えます。ここで《歴史》×2に成功した探索者は大蛇のことを古語で「羽羽(ハハ)」 ということを思い出します。ハバ様というものが具体的にどういうものかを奥山源蔵に尋ねた場合、「ハバ様は、この村をおつくりになったありがたいかたです」と 答えるのみで、それ以上、詳しいことは知らないと答えます。
 おハナさん(奥山ハナ)との関係を尋ねられると、「関係といわれてもなぁ」と少し困った顔をします。この二人は夫婦ではなく、ただ一緒に暮らしているだけだ からです。
 奥山源蔵との会話は、彼が耳が遠いことと発音が不明瞭なことなどから、非常に困難であることをキーパーは忘れないでください。
 しかも、奥山源蔵は嘘をつくのが苦手なので、あまり根ほり葉ほり質問をされることを嫌がります。あまり突っ込んだ質問には、モゴモゴと口の中でつぶやくだけ ではっきりした答えは返しません。あまりしつこく問われると、「わしはあんまり難しいことはわからんので、明日、おハナさんに聞いてくだされ」と答えます。

 探索者は、奥山の家に滞在している間、いろいろと不審な点を発見したり、不思議な出来事に遭遇したりします。
 以下に、その説明を明記しますが、キーパーはこれらをすべて発生させる必要はありません。状況に応じて取捨選択して発生させてください。もちろん、キーパー が独自にイベントを作成させてもかまいません。

・奥山源蔵の伝説
 奥山源蔵に河野睦美に話したという、羽葉に伝わる伝説を尋ねた場合、以下のような話をしてくれます。
「羽葉という土地は、もともと畠をつくるにも道を作るにも不便な土地で、ほとんど人の住まないようなところだった。
 そんな羽葉に住む、痩せた田畑しかもたない貧しい百姓の夫婦がいた。
 夫婦が畠にまく水を川に汲みに行ったところ、上流から白いヘビが流れて来て、桶の中に入った。
 夫婦が桶をすくい上げると、ヘビは桶の中で、可愛い赤子に変身した。
 不思議なこともあるものだと思いながらも、夫婦は赤子を家に連れかえった。
 赤子は夫婦のもとですくすくと育ち、やがて可愛らしい娘へと育った。
そんなある晩のこと、夫婦はそろって同じ夢を見た。
 その夢には、大きなヘビが大判、小判を持って現れた。
 夢の中で、ヘビはその娘は自分の娘だと告げる。そして、そこまで育ててくれた礼に、持ってきた大判、小判と、夫婦の田畑にはいつでも水が満ちるようにしてや ろうと言う。
 ただし、この山にいるヘビは全部自分の子供なので、これからは絶対にヘビを殺すようなことはしないようにと言い残した。
 目が覚めると、枕元には大判、小判が山と積まれていた。
 そして、ヘビの言葉通り、夫婦の田畑はどんな日照りの時にも水に恵まれ、どんどんと田畑を広げることが出来た。
 この夫婦の田畑のおかげで、羽葉にも多くの人が住むようになった。
 そして、羽葉に住むものは、ヘビの言いつけを守り、山に住むヘビを大切に守ってきたという」
 この話は、確かに羽葉に伝わる伝説のひとつですが、奥山ハナと源蔵が河野睦美に話したものとは違っています。奥山源蔵は、もっと原型(というより、過去の事 実)に近い伝説を知っていますが、河野睦美を探す手掛かりになってしまうかもしれないので、それは秘密にしています。

・こもりの部屋
 奥山家の一番西側の部屋が、奥山ハナが「こもり」をしている部屋です。部屋は木戸がしっかり閉められており、中の様子をうかがうことは出来ません。また、中 の奥山ハナに話しかけても、「いまはこもり中なので、人とは話せないのです」と一言だけ言葉を返すだけです。
 この「こもり」の部屋を見て《人類学》×2か《歴史》に成功すると、西に位置する部屋というのは「女性」を暗示していることを知っています。産室は家の一番 西側の部屋にするという地方もあるぐらいで、もしかすると、この「こもり」も女性の出産に関係するか、もしくは神を身に降ろすという行為を出産になぞらえてい るのかもしれないと推測できます。

・風呂場の気配
 探索者(なるべくなら女性)が奥山家の風呂に入っているときに、このイベントは発生します。
 奥山家の風呂釜は、薪で湧かす古い風呂です。
 探索者が風呂に入っていると、外に何かの気配を感じます。《目星》に成功すると、外へつながる格子戸に何者かがのぞいているのに気づきます。探索者が気づく と、その何者かは驚いたことに格子戸の上のほうへと姿を消します。それは、格子戸の上の壁に張り付いて中をのぞいていたのでなければ、とても説明の付けようの ない動きです。
 こののぞき魔の正体は零落したヘビ人間です。彼らは新しい実験動物として、探索者を物色していたのです。
 このことを奥山源蔵に告げても、いたずら好きのサルでも来たのだろうと、まともに相手はしてくれません。
 外に出てみると、格子戸の周囲の壁が少し湿っているのを発見します。しかし、ここに何か生き物がいたという確実な証拠は発見できません。

・風呂の焚口
 風呂を沸かす為の釜があります。
 のぞかれている気配を感じ取った探索者などは、焚口に興味を持って調べてみることでしょう。
 竃のあたりを詳しく調べて《目星》に成功すると、燃え残った薪などに紛れてルーズリーフの燃えさしを発見します。色などを河野睦美のルーズリーフと比べてみ ると、同じものであることがわかります。
 これは奥山ハナが河野睦美のフィールドノートを燃やした、燃え残りです。
 奥山ハナはこの燃え残りについて、河野睦美が捨てていった紙屑を焚き付けに利用しただけだと説明します。ルーズリーフに何が書いてあった可については、とて も覚えていないと答えます。
 もちろん、これは奥山ハナが河野陸奥の所持品を証拠隠滅した名残で、焚き付けの話はまったくのでたらめです。

・渓流の気配
 奥山家の近くを流れる渓流に探索者が行った場合(出来れば少数のほうが良いでしょう)、大きな水音が聞こえてきます。《アイデア》に成功すると、巨大な魚な どが飛び跳ねたような音であったことがわかります。
 音のしたあたりを捜索すると、渓流の岩場に何者かが這いずりまわった跡が残されています。その足跡や身体を引きずった跡からして、体長60cm前後で、長い 尻尾を持った生物のようですが、《生物学》に成功すると、こんな足跡を残す生き物は思い当たりません。
 強いて言えば、オオサンショウウオぐらいなものでしょう。
 足跡は最終的には渓流の中に消えています。

・畑の様子
 奥山家の裏手にある畑を見て回った場合、よく手入れされた畑であることがわかります。《生物学》×2に成功すると、除草剤や殺虫剤などの農薬などは使用され ていなく、人の手によって雑草や害虫の処理がされていることがわかります。これは非常に人手の要する仕事で、年老いた二人には手に余る仕事と思えます。
 また、畑の土を気をつけて見た場合、《目星》に成功すると、無数の小さな足跡を発見します。これらは畑の作物を荒らさないようにあぜ道を歩いており、野生動 物にしては奇妙に思えます。足跡を見て《生物学》に成功すると、これはタヌキなどの良く知られた生き物の足跡ではなく、強いて言えば大型爬虫類の足跡に酷似し ていることがわかります。

・田村淳一の気配
 田村淳一も、この羽葉にまでやってきています。
 彼はレンタカーを借りてやってきていますが、探索者に車が見つからないように、羽葉への山道のだいぶ手前のところで車を止めて、あとは徒歩で羽葉へとやって きました。
 彼は探索者という邪魔な存在に気づき、何とかしてこっそりと奥山家から黄金の三角板を盗み出せないものだろうかと様子をうかがっています。
 探索者は彼の気配にも気づくことでしょう。
 彼の存在を知る手掛かりとしては、捨てられたばかりのタバコの吸い殻や、食料の包装紙、真新しい靴跡などがあります。
 キーパーは探索者に、零落したヘビ人間や奥山ハナという本当の敵の存在を不鮮明にさせるために、零落したヘビ人間の気配と、田村淳一の気配を混合して演出し てください。

・奥山源蔵の誘い
 このイベントは、他のイベントのあとで発生させて下さい。
 探索者は、奥山源蔵に森での薪拾いを手伝ってくれるよう頼まれます。
 羽葉の山は植生林では無く、広葉樹を主とした自生林です。
 昼間でも鬱蒼と茂った森の中は薄暗く、注意していればタヌキや野ネズミなど、様々な野生動物の姿を見ることが出来ます。
 薪を拾って、森を歩き回っていると、探索者の目の前を、黒い大きな虫が飛んでいきます。その正体は大きなカブトムシです。普通、夜行性のカブトムシですが、 この薄暗く、人も来ない森では、昼間もエサを求めて動き回っています。
 奥山源蔵は「夏になると、こいつらが急に増えてくるんじゃよ。家の中にも、明かりを目がけてとんできたりしてな……」と話します。
 薪拾いの仕事が終わる頃、奥山源蔵は探索者に山を下りるよう説得をします。
 実は、奥山源蔵は奥山ハナとは違い、探索者たちの身を案じているのです。探索者が、この神話的陰謀に深く関われば無事では済まないことを知っています。その ため、おとなしく速やかに山を下りてくれるよう願っているのです。
 奥山源蔵は「あんたらもお友達を捜して大変なようじゃが、きっとその人はハバ様にさらわれたんじゃろう。あまり山をうろついていると、あんたがたもハバ様に 目をつけられてしまうかもしれん。そうなる前に、山をおりたほうがええ……」と探索者を説き伏せようとします。
 その言葉はまったくもって非科学的ですが、妙に真実味があって説得力があります。《心理学》に成功すると、奥山源蔵は本心から探索者のことを心配していって くれているのだと言うことがわかります。
 ただし、彼はハバ様や河野睦美のことについて、それ以上詳しいことは貝のように口を閉じて何も語りません。


13,深夜の奥山家

 探索者が奥山家に泊まった最初の晩。
「夜の祭」と「暗示的な夢」という、二つの重要イベントが発生します。
 これらのイベントはシナリオの雰囲気を盛り上げるため、探索者グループを二つに分けて発生させることが望ましいものです。もっと具体的に説明すると、「夜の 祭」のイベントは探索者のうち少数が(できれば一人)が体験するように誘導すると、恐ろしげな雰囲気が出ると思います。
 そこで、このシナリオでは以下のような誘導方法を提示します。もっとも、キーパーがその状況でもっとやりやすい誘導方法を思いついたのならば、そちらを採用 してもかまいません。とにかく、「夜の祭」に参加する探索者を少なくすることが出来れば、それで良いのです。

 奥山の家に泊まった探索者は、その晩、夢を見る可能性があります。
 これは、ただの夢ではありません。それはドリームランドからのヘビ人間の通信(伝説ではお告げと表現されていたもの)なのです。
 ただし、この夢は誰でも見られるものではありません。《POW》×5に成功した感受性の強い探索者だけが、この有益な情報でありつつも、神話的な夢を見るこ とになります。
 ここで、夢を見なかった探索者が一人だった場合は、夜中に物音に気づいて目を覚まします。例の「こもり」の部屋から木戸が動くような音がしたかと思うと、誰 かが外へ出ていったのです。時間は午前3時を過ぎており、とても山の中を出歩くような時間ではありません。
 もし、複数の探索者が夢を見なかった場合は、《聞き耳》などに成功した探索者のみが、その物音に気づくとして、目覚めた探索者の数を減らしてください。不幸 にも全員が失敗してしまった場合には、再度、別のロールさせたり、夕食時に酒を飲み過ぎていたような探索者を指名してトイレに行きたくなったなどのイベントを 発生されて対処してください。
 万が一、全員が夢を見てしまった場合は、ダイスの目が一番高かった人が自動的に夢から目を覚ますということにしてください。
 とにかく、誰かが夜中に家を出ていく物音に気づかせなければいけないのです。


14,夜の祭

「13,深夜の奥山家」で「こもり」の部屋から誰かが出ていくイベントに遭遇した探索者は、おそらく、その音の正体を探るべく後をつけようとすることでしょ う。
 何も気にせず、そのまま眠るという行動選択肢もありますが、それではこの「クトゥルフの呼び声」というゲームの探索者としての自覚が足りていないと言わざる を得ないでしょう。
 賢明な探索者ならは、他の探索者を起こして一緒に行こうとするでしょう。しかし、夢を見ている探索者は、どんなに起こそうとしても目を覚ますことはありませ ん。それでも何とかして起こそうとしつこいようでしたら、「そんなことをしている間に、足音の主はどんどん遠くに行ってしまっているようだ」と焦らせると良い でしょう。

 探索者が足音を頼りに外に出ると、渓流のほうに向かう人影を発見します。深夜ですが、その人影は燃え上がる松明を持っているので、遠くからでも見失うことは ありません。《目星》に成功すると、その人影は白い着物を着た老婦人(奥山ハナ)であることがわかります。
 老婦人は足取りも確かに、細い踏み分け道を通り、河原へと下りていきます。幸い、今夜は月夜なので、注意して歩けば木々の開けている河原のほうへなら明かり なしでも歩けそうです。わざと大きな音を立てたり、呼びかけたりしない限り、探索者は奥山ハナに気づかれることなく河原に下りることが出来ます。
 もし、探索者が老婦人に追いつくために急ぐならば、《DEX》×5と《幸運》に同時に成功する必要があります。失敗すれば、木の根などにつまづいてしまい派 手に転んでしまい1ポイントのダメージを負います。老婦人を見失うようなことはありませんが、それ以後、しばらくは足の痛みのためあまり速く歩くことは出来な くなります。
 幸運で機敏な探索者が奥山ハナに追いついた場合、さすがに彼女も探索者の存在に気づきます。そして、彼女は厳しい顔で「これから大切な用事があるところで す。すみませんが、あなたは家に戻ってもらえませんか。決して、私のすることを見てはいけません。これは羽葉に伝わる、古い掟なのです」と、反論の余地を与え ず、ぴしゃりと言います。奥山ハナに話しかけてから、後をこっそりとつける場合、彼女に警戒されているので《隠れる》か《忍び歩き》に成功する必要がありま す。

 河原の少し上流に行ったところには、いつのまにか祭の準備らしきものが整っています。
 シナリオの都合上、探索者がこの祭の様子を川の下流部から眺めることになるので、キーパーは位置関係に注意してください。
 川の対岸には二mほどの高さの竹が立っています。その先にはワラが筒状に縛り付けられており、ホウキのようになっています。奥山ハナの立つ河原には、石で組 んだかまどのようなものがしつらえてあります。
 この祭の準備を見て《人類学》×2か《歴史》か《知識》1/2に成功すると、ホウキ状のものは島根県の横田神社に伝わる古い祭に使用される波波木(ハハキ) と呼ばれるものに酷似していることに気づきます。
 波波木は男根、かまどは女陰の象徴するという説から、この祭が神の降りる(もしくは現世に誕生)することを招くものであるのではないかと推測できます。ま た、波波木は蛇木と書かれることもあり、男根と同時に、ヘビを表すものだという説もあります。

 河原に下りた奥山ハナは、用意されたかまどに松明の火を移します。
 火は勢いよく燃え上がり、川面を照らします。奥山ハナは川辺に近づき、じっと燃え上がるオレンジ色の火を映す川面を見つめています。
 広い河原に風が吹き、ハハキと炎を揺らします。渓流の音だけがあたりを支配し、白い着物を着た奥山ハナは時を忘れたかのように、じっと動きません。
 このとき、《アイデア》に成功した探索者は、山奥だというのに虫の声などが聞こえないことに気づきます。まるで虫たちですら、この静かな祭に敬意を表し、静 寂を守っているかのようです。
 やがて、探索者は上流から流れてくる「何か」を見つけます。
 それは白くて長いものです。このあたりは渓流といっても流れが緩やかになっている場所なので、奥山ハナの立つあたりにゆっくりと向かってきます。《アイデ ア》に失敗した場合、探索者はその「何か」を大蛇が泳いでいるように見間違えてしまいます。
 奥山ハナはその「何か」に気づくと、ざぶざぶと川の中に入り、それを拾い上げます。その光景は、伝説の「桃太郎」を彷彿とさせるものです。
 彼女はそれを拾い上げて、じっと見つめています。白い長いものが尻尾のように垂れて、川の流れに長く尾を引いています。
 やがて、奥山ハナはその「何か」を抱きかかえるようにして、「おおおっ……」と、低く悲しげな嗚咽を漏らし始めます。
 このとき《目星》に成功すれば、その「何か」が白い布のようなものに包まれた、小さな人の形をしたものであることに気づきます。
 このロールのあと、すぐに奥山ハナはその「何か」を川に戻します。それは流れてきたのと同じように白い布のようなものを長く後に引き、ゆっくりと流れていき ます。
 ここで探索者は奥山ハナのほうへ向かうか、それとも「何か」の正体を見極めるかの選択をすることとなります。出来れば、「何か」のほうへ向かったほうがシナ リオは盛り上がるので、キーパーは「何か」のほうへと誘導しましょう。
 放っておけば、すぐに速い流れに飲み込まれ、拾い上げることは出来なくなるだろうと示唆すれば、好奇心の強い探索者ならば「何か」の後を追うことでしょう。

「何か」を川からすくい上げて調べてみると、それは四十cmぐらいの大きさのサルか人の赤ん坊の死体のように見えます。死んでから数時間が過ぎているようで、 すっかり水にふやけてしまっています。死体は白いビニールのような帯状のものを身にまとっています。
 この死体を調べて《アイデア》か《生物学》×5に成功すると、骨格などからこの生き物が人間ではないことがわかります。具体的に言えば、この死体の骨には短 い尻尾と鋭い歯があるのです。
 さらに《生物学》に成功すると、この死体の骨格は類人猿と酷似しており、その外見は非常に人間に似た姿であろうことと、骨格が未成熟なことからこの死体がつ い最近生まれたばかりの赤子であることがわかります。しかし、この生物の骨格には明らかに類人猿には見られない特徴がいくつもあり、強いて骨格的特徴からこの 生き物を分類すると、爬虫類に近いということが推測できます。もちろん、このような生物はこれまで発見されたことはありません。このことに気づいた探索者は 0/1D3正気度ポイントを失います。
 死体に巻き付いていたビニールのようなものは、これまであまりみたことのないものです。《アイデア》に成功すると、水にふやけた生き物の薄皮のようだと気づ きます。《生物学》に成功すると、これは胎衣ではないかと推測できます。
 この死体を探索者が手にすると、河原の周囲の森から「グィッ、ギッ、グィッ、ギッ」という蛙の鳴き声のような声が聞こえてきます。それは最初は一カ所から聞 こえてきますが、やがてその数をどんどん増していき、やがては森中から聞こえてくるようになっていきます。それは聞くものに不安を呼び起こさせる威嚇的な鳴き 声で、正気度判定に失敗すると恐ろしくなり、その場からすぐに離れたくなります。
 この声は、祭の様子を見守っていた零落したヘビ人間たちが、よそ者の探索者を威嚇する意味であげている警告の鳴き声です。
 勇気ある探索者が声の主を捜そうとしても無駄に終わります。夜の森において、零落したヘビ人間が人間に後れをとるようなことはないからです。それどころか、 探索者が帰ろうとしない場合、彼らは石や木切れを投げつけて攻撃をしてきます。探索者が早々に立ち去らないようでしたら、石によるダメージを与えても良いで しょう。
 探索者が、謎の死体を持って帰ろうとした場合にも、零落したヘビ人間たちは投石による攻撃をしてきます。意思の強い探索者が、それでも死体を持って帰ると主 張するならば、5回ほど《DEX》×5をする必要があります。1回失敗するごとに、石が頭に命中して、1D3のダメージを受けることになります。この攻撃は死 体を捨てれば、すぐに止まります。
 探索者が5回のロールを無事に終えたならば、なんとか奥山の家まで到着することが出来ます。不思議なことに、家に入った途端、投石は嘘のように止みます。


15,ヘビ人間の計画

 探索者が「14,夜の祭」で見つけた赤子の死体の正体は、ヘビ人間が人工的に生み出したヘビ人間と人類の混血児です。
 とは言え、私たちの生理学的見知から言えば、混血というのは不適当です。なぜなら、遺伝子的には二つの種族になんの繋がりもないからです。
 ここで、このシナリオの背後に流れる、ヘビ人間の恐るべき計画について説明しましょう。

 ドリームランドで暮らすヘビ人間の一部は、自分たちの種族が地球上で退化して、衰退した理由を研究していました。
 最盛期から死んでいない不死のヘビ人間、地球以外のドリームランドで生きる者、突然変異とも言える先祖返りした者以外、地球で生まれるヘビ人間は最盛期に比 べて零落した卑小な存在となっています。
 これはなぜでしょう?
 研究の結果、一部のヘビ人間は、自分たちが種族してしての寿命が尽きかけているのではという結論を導き出しました。生物に寿命があるように、子孫を産む遺伝 子にも寿命があるのではないかと考えたのです。
 もちろん、これはヘビ人間独自の理論を、人間の概念にわかりやすく置き換えているだけで、実際の理論はもっと神話的で理解不能のものなのですが……
 さて、このような結論を導き出した一部のヘビ人間は、地球上で無節操に繁栄をしている人類に目をつけました。
 彼らの種族に、繁栄する人類の種族としての力を注ぎ込むことで、再びヘビ人間は地球上での繁栄を取り戻せる、少なくとも零落したヘビ人間たちをドリームラン ドへ移住させることぐらいは出来るのではないかと考えたのです。
 余談ですが、ヘビ人間はこの種族としての繁栄をする力を「加護」と呼んでいます。
 古今東西で、神から部族の繁栄を願うため祝福を求めたり、古い部族から土地を奪い(もしくは国を譲り受け)新たな繁栄を得るといった神話がありますが、これ らはその部族がヘビ人間の発見した種族的繁栄の力を得たり、奪ったりしたことを表しているのかも知れません。

 しかし、ドリームランドの住人となったヘビ人間は、地球上に物質的な干渉の出来なくなっています。
 そこで、彼らは唯一の地球との交信手段である夢を通じて、いまから1300年以上前に羽葉でひっそりと生き残っていた零落したヘビ人間に知恵を授けました。
 100年近い交信による教育の末、零落したヘビ人間たちに、人間の種族的繁栄の力を自分たちに取り込む方法を教えることが出来ました。
 ですが、結果は芳しくありませんでした。
 たしかに、人間との神話的交配の結果、産まれた子供は零落したヘビ人間よりも格段に高等で、人間よりもわずかに高等な生き物でしたが、それでも最盛期のヘビ 人間には遥かに及ばないものだったのです。しかも、その新しいヘビ人間(以降、新ヘビ人間と呼称)は、外見は人間にそっくりだったのです(もっとも、ヘビ人間 にとって、外見などは些細な問題でしたが)。
 ヘビ人間は交配に使われた人間やヘビ人間が悪いのではないかと考え、もっと多くの実験が必要と考えました。
 そこで生まれた新ヘビ人間を羽葉の村落へ送りこみました。
ドリームランドのヘビ人間の知識と、持ち前の優れた能力によって、新ヘビ人間は村の灌漑や農業技術の進歩に貢献し、羽葉を発展させた功労者となりました。
 この人物こそが、奥山ハナです。
 彼女のことについては羽葉の村の起源として、現在に至るまで、伝説という形を取って残っています。
 奥山ハナこそは千年に近い年月を生きた、羽葉の歴史そのものなのです。
 彼女は村の精神的指導者である立場を利用して、十年に一度ぐらいの割合で村の娘を人身御供としてヘビ人間の実験に捧げました。
 こうしてヘビ人間の実験のほうは続けられ、何度も新ヘビ人間が誕生しましたが、そのすべては失敗作でした。そんな新ヘビ人間の子供は、昆虫的な無慈悲さを持 つヘビ人間の手によって羽葉の近くを流れる川に流され魚のエサとなりました。
 羽葉では、この実験が成功することを祈りクトゥルフ神話とは関係のない、神道の流れをくんだ祭が行われるようになりました。
 それが奥山ハナが一人で執り行っていた「夜の祭」です。

 やがて時代は流れ、明治時代になると、あまりに山奥であるため外部からの干渉の少なかった羽葉にも、新政府の力が及ぶようになりました。戸籍なども整備され て、こうなると人身御供の習慣をおおっぴらに続けていくわけにもいかなくなりました。
 さらに追い打ちをかけるように、村の過疎化も進み、だんだんと羽葉は寂れていってしまいます。村人そのものが少なくなってしまったので、戦後まもなく行われ た人身御供を最後に、羽葉では実験を行うことは出来ませんでした。
 そこへ、河野睦美という格好の獲物がやってきたのです。
 奥山ハナは、河野睦美が興味を持ちそうな羽葉の伝承によって巧妙に彼女を誘いだし、零落したヘビ人間たちにさらわせることに成功したのです。
 現在、河野睦美は零落したヘビ人間の実験場で、貴重な実験材料として扱われています。


16,暗示的な夢

 奥山家に泊まった最初の晩、《POW》×5に成功した探索者は、その敏感な感受性により、ドリームランドからのヘビ人間の通信を受信してしまいます。
 キーパーは、以下の夢の内容を読み上げて下さい。
 もしくは、夢を見た探索者のプレイヤーに内容をメモとして手渡しても良いでしょう。

「黒い塔が見えた。人間の作りだしたものではない。不吉な生き物の影を連想させる尖塔の群だ。
 きみは道に迷ったという焦燥感に強く取り憑かれていた。
 早く、元の場所に帰らなくては!
 気持ちばかりは焦るが、足は遅々として前へとは進もうとしなかった。
 悪戦苦闘するうちに、またも知らない場所へとやってきた。
 尖塔のひとつの内部だ。
 赤いローブをきた者たちがウロウロと動き回っている。その動きは妙にしなやかで、どことなく奇妙に思えた。
 彼らは学者だと、きみはわかった。
 なぜなら、多くの本を持っているからだと、きみは自分自身に説明した。
 奇妙な感覚だ。
 現象が存在し、そのあとですぐに理由が現れる。すべてのことが理解可能であるように思えるが、同時に先のことがまったく予想できない。充足と不安、現実と神 秘の入り交じった超感覚……
 彼らは河野睦美に興味を持っていた。
 彼女は岩屋の中にいる。きみは少しホッとした。
 なぜか?
 それは、彼女がまだ死んでいないからだと、きみは考えた。
 なぜ、河野睦美があんな目にあっているのだ?
 当然だ。
 彼らの偉大な実験。
 零落した同族に、人間から抽出した加護を与え、みじめな穴蔵から救い出すのだ。
 だが、残念なことに実験は失敗だったらしい。
 なぜか?
 きみは理由を思い浮かべようとしたが、なぜかその答えだけは思い浮かべることが出来なかった。
 そのとき気づいた。
 いま一緒にいる者たちの顔が、自分の思い描いていたものと少しだけ違うことに。
 彼の目は黄色く、顔はのっぺりとしており、舌は長く、皮膚には緑ウロコがあった。
 なぜか?
 彼らは古代の地球に繁栄したヘビ人間たちだからだ!
 そして、きみは目が覚めた」

 夢を見た探索者は、しばらく自分が置かれている現状を理解することが出来ません。
 夢の世界があまりに現実感があったため、奥山の家で寝ている自分が何をしているのかピンと来ないためです。
《アイデア》に成功するまで、探索者はあれが夢だったということに気づけません。失敗している限り、夢の内容に関する奇妙な言動(つまり寝ぼけた)を続けるこ とになります。《アイデア》に失敗した探索者は、寝ぼけた言動をひとつするたびに、《アイデア》に再挑戦することができます。
 夢だと気づいた探索者も、しばらくはそれが現実のことでないことに戸惑いを感じることになります。なぜなら、それは一時的な記憶で、すぐに忘れてしまう普通 の夢とは違い、深く記憶として焼き付いているからです。夢を見た探索者本人か、その話を聞いた探索者が《精神分析》に成功すると、その夢は普通の夢ではなく、 催眠術や暗示などで意図的に植え付けられた記憶のようであることに気づきます。また、《オカルト》に成功すると、これが夢による別世界(霊界や異次元)との通 信体験によく似ていることに気づきます。
 賢明な探索者ならば、この夢を多くの羽葉の伝説で語られていた「夢のお告げ」と関連づけることでしょう。
 キーパーはこの「夢のお告げ」が単なる不可解な悪夢ではなく、なんらかの重要な意味を持った情報であることを示唆し、探索者に十分な推理をさせるようにして ください。
 情報もだいぶ出そろったので、休憩時間をかねて、いろいろと情報を整理してみる時間を与えるのも良いでしょう。


17,奥山ハナとの対面

 探索者が奥山家に泊まった日の翌朝、「こもり」を終えた奥山ハナと対面することとなります。
 奥山ハナは、昨日、何のもてなしも出来なかったことをわびて、純日本風の朝食を準備してくれます。夢を見てしまっていた探索者などは、ここで初めて奥山ハナ と言葉を交わすこととなるでしょう。

 ここで少し奥山ハナの演じ方について説明します。
 彼女の正体は、千年をこえる年月を生きてきたヘビ人間です。
 しかし、彼女は恐ろしいほど長い年月、田舎ではありますが人間社会に溶け込んで生活をしてきたので、完全に人間のふりをすることが可能です。
 キーパーは彼女を演じるさい、普通の老婆のように扱ってかまいません。
 ただし、人間らしさを多分に持っている彼女は、千年以上続いた自分の使命について少し疲れてもいます。
 特に、数十年ぶりに再開した儀式が失敗した直後ですので、それもひとしおです。
 何もなかった山に、奥山ハナは人々と一緒に力をあわせて村を切り開きました。
 狭い平地に畑を作り、斜面を削って田を拓きやがて、村には人が集まるようになりました。多くの人が羽葉で生まれ、多くの人が死んでいきました。
 そして、そんな羽葉自体も死んでいった村人たちと同様に寿命を迎えようとしています。
 だというのに、自分だけは死ぬこともなく、いまだに終わりの見えない使命に縛られ続けていることに、奥山ハナは不安を感じ始めているのです。羽葉と共に生き てきたというのに、その村が無くなり、自分だけとなってしまったら一体どうすればよいのか。
 それが彼女にはわからないのです。
 奥山ハナの言動は、厭世的な部分があり、ニヒリズムに傾向しつつあります。
 そんな彼女の心をつなぎ止めているのは、唯一、自分に与えられた使命だけですが、それにすら疑問を感じつつあります。
 キーパーは神話的陰謀などは抜きにして、これからの人生に不安を感じる老人をイメージして奥山ハナを演じると良いでしょう。
 

 なお、奥山源蔵は奥山ハナのことを「おハナさん」と呼び、奥山ハナは奥山源蔵のことを「源蔵」と呼び捨てにしています。
 二人の関係を見ると、どう見ても、奥山ハナが主導権を握っているように見えます。もっとも、奥山ハナは年齢に似合わずしっかりしており、一方、奥山源蔵はだ いぶ耄碌している様子なので、それも不自然ではありません。

 さて、探索者はいろいろと奥山ハナに尋ねることがあるでしょう。
 以下に、想定される質問の答えをしたに明記します。
 奥山ハナは知能の高い神話生物なので、都合の悪い質問に対しては、まるで人間のように嘘をついてはぐらかすことが出来ます。
 ですが彼女は、探索者の質問に対して決定的ではないにせよ、ヘビ人間の計画の一端がうかがえるような答えを返すこともあります。
 それは人間的な感情で表現すると、あまりに長い使命に疲れて「投げやり」になっているからです。もしかすると、羽葉の村人以外、誰も知られずに続けられてき たこの村と彼女の使命について、誰かに聞いてもらいたいという感情からかもしれません。

・夜の祭について
「こもり」の原因ともなった祭について尋ねられた場合、
「あれは羽葉様という山の神様を迎えるための祭なんですよ。もう誰もいなくなってしまったけれど、あの祭だけは続けていかなきゃあなりません……昔からずっと 続いている、大切な祭ですから」
 と、答えます。
 さらに、探索者が祭の意味を尋ねた場合、
「羽葉様が来て下されば、この山に暮らすモノを羽葉様の国に導いてくれるんですわ。私はまだ一度も羽葉様にお会いしたことはありませんがね……もし、ほんとう に羽葉様がいらしたことがあるなら、私たちはこんなところで暮らしてはいませんよね」
 と、シナリオの確信に近いことを話します。

・羽葉様について
 祭に登場する羽葉様という存在について尋ねた場合、
「羽葉様は、ここに村を作られたヘビの神様ですよ。こんな山奥に人が暮らせるようになったのも、みんな羽葉様が力を貸して下さったからです。
 いまでは、そんなせっかくの田畑も荒れ放題となってしまいましたがね……」
 と、答えます。
 さらに突っ込んで、羽葉様の国について尋ねた場合、
「さあ、私にも良くはわかりません。
 きっと、神様が暮らしている極楽のようなところなのではないでしょうか?」
 と、曖昧な返事をします。実は奥山ハナ自身、ドリームランドのヘビ人間たちの世界がどのようなものであるかは理解していないので、これはしょうがないことで す。

・謎の赤子の死体について
 謎の赤子死体について尋ねた場合、
「祭の途中に偶然流れてきんです。たぶん、猿の子供でしょう。可哀想に」
 と、少し悲しそうに嘘を答えます。
 なぜ、あんなに泣いていたのかと尋ねられると、
「たとえ猿であってもこんな小さな赤子が溺れ死んでいるのを見れば、誰でも悲しくなります」
 と、もっともな理由を答えます。
 もし、探索者が生物学的に、この赤子は奇妙であるといったことを論理的に説明して追求した場合、
「私にはそういう難しいことはわかりません……学生さんのほうが詳しいのではないですか?」
 と、逆にそれがどんな生き物なのか質問をしてきます。

・河野睦美について
 河野睦美の行方について尋ねられた場合、困惑した顔をしつつも、行き先に心当たりはないと答えます。ただ、羽葉についていろいろと尋ねていたので、彼女が立 ち寄りそうな羽葉の跡地を案内してあげても良いと申し出ます。
 これは零落したヘビ人間の住処である渓流に近づかせたくないため、わざと間違った方向に探索者の注意を向けさせようとする彼女の企みです。
 彼女の誘いに乗った場合、廃屋ばかりとなった羽葉に残された地蔵や小さな神社の跡地などを案内されることとなりますが、すべては無駄足に終わります。

・羽葉について
 羽葉の歴史などについて尋ねられた場合、奥山ハナは昔を懐かしむように囲炉裏を見つめたまま、ポツリポツリと語ります。
「いまの羽葉には、源蔵と私、二人しか暮らしていません。最後の一人は、もう十年も前に町へ降りていってしまいました。いまでは誰もこの村を訪ねてくるような こともありません。
 そりゃあそうでしょう。
 私以外に、この村を必要としている人などいるはずもないのですから。
 こんな年寄り二人が暮らしているだけでは、もう村なんて言えませんね。
 そう……羽葉はとうになくなってしまったのに、私たちだけが残されてしまって……
 さて、いつになったら、羽葉様が来てくださることやら……」
 と話します。
 探索者が「羽葉様が来る」という言葉に反応した場合、「あぁ、お迎えがって意味ですよ。こんな年寄りですから、いつ来てもおかしくないですがね」と、少し力 無く笑ってごまかします。本当は「羽葉様」とは、ヘビ人間たちの計画によって過去の力を取り戻したヘビ人間のことを指しているのです。

・奥山の親戚について
 誰か身内の人はいないのかと質問された場合、
「誰もいません……みんなここで生まれて、ここで死んでいった……
 ここだけが、私たちの生きる場所なのです……」
 と、首を横に振りながら、静かに答えます。


18,奥山源蔵の殺害

 このイベントは探索者が家から離れていて、奥山源蔵が家にいる時に発生します。
 キーパーは探索者の行動を注意深く誘導して、そのチャンスを作って下さい。
 もっとも、探索者には河野睦美の捜索という重要な仕事があるのですから、家を空けさせることぐらいは容易なはずです。
 奥山ハナが、河野睦美が立ち寄りそうな、羽葉の土地を探索者に案内するといった具合に誘導すれば(「17,奥山ハナとの対面」参照)、今後の展開がスムーズ になります。

 黄金の三角板を盗みだそうと狙っていた田村淳一は、探索者と奥山ハナたちが家からいなくなった隙に、奥山家へと忍び込みました。しかし、やっと押入の長持ち から目当ての三角板を発見したとき、不幸なことに、畑仕事から戻った奥山源蔵と出くわしてしまいます。
 焦った田村淳一は、手に持った三角板で奥山源蔵を殴りつけて、彼を殺害してしまいます。

 探索者が家に戻ったときには、もう田村淳一の姿はありません。
 ただ、奥山家の縁側に面した部屋に、奥山源蔵の死体が非現実的とも思えるほと無造作に転がっています。
 ただ、まだ死体が温かいことや、血が流れ出ていることから、殺害されてから間もないことがわかります。
 死体の脇には、血のこびりついた黄金の三角板が落ちています。死体の傷を見て、《医学》に成功すれば、間違いなくこの黄金の三角板で殴られたことがわかりま す。
 死体の部屋には何者かが物色したあとが残されており、空の長持ちが押し入りから引き出されたままの状態で放置されています。状況を見れば、何かを盗もうと忍 び込んだ賊に、奥山源蔵が殺害されたことは明白です。

 奥山ハナは奥山源蔵の無惨な姿を見ても、さほど動揺した様子はありません。
 彼女は死体を見て、
「ずいぶん長く一緒にいてくれましたが……死んでしまったんですね。これでもう羽葉の村のおしまいですかねぇ」
 と、疲れ切ったような口調で、奥山源蔵の死体に語りかけます。
 彼女にとっては、奥山源蔵個人の死よりも、羽葉に暮らす最後の「人間」が死んでしまったことのほうが重要なことなのです。
 奥山ハナの態度について、探索者が不審を感じている場合、「長い間連れ添っていると、こういうことがいつかはやってくると覚悟がついているものなのですよ」 と、もっともらしいことを話します。


19,黄金の三角板黄金の三角板イラスト

 この黄金の三角板は、奥山の家に受け継がれてきた秘宝です。
 その正体は、ヘビ人間の情報の記録版です。
 彼らは重要な情報をいろいろな錆びない金属に刻んで、記録をしてきたのです。
 その記録内容自体は、現在の零落したヘビ人間たちには解読不能ですが、その材質は羽葉の村にとっては重要でした。
 この黄金の三角板は、高純度の金なのです。
 これが、羽葉にまつわる伝説に登場する大判小判や黄金などの財宝の由来となったものです。

 黄金の三角板は、完全な正三角形で、真ん中に円形の穴が開いています。厚さは二cmぐらいです。
 表面は時代を経たためか、ややくすんではいるものの薬剤などで汚れを取れば地色は鮮やかな金色をしています。表面にはびっしりと文字のようなものが刻まれて います。
 この文字を見て、《歴史》か《考古学》に成功した探索者は、この文字が現在知られているいかなる言語にもあてはまらないものであることがわかります。また、 《オカルト》に成功すると、これが古代の錬金術師が使用した神秘的な記号によく似ていることに気づきます。《クトゥルフ神話》に成功した場合、この文字はヘビ 人間がその高度な文化の最盛期を迎えていた頃に使用していたものであることがわかります。しかし、何が書かれてあるかまではわかりません。
 この文字を最低2時間は調べて《アイデア》と《天文学》に同時に成功した探索者は、この板に書かれている模様と、文字が、もしかすると惑星の軌道を表してい るのではないかという推測が出来ます。
 この三角板の時代を調べて《考古学》に成功すれば、これが現在知られているいかなる文明のものでもないことがわかります。
 三角板の材質を調べてみて《地質学》に成功した場合、これが高純度の金であり、換金したら相当な金額となることがわかります。


20,田村淳一の不幸

 探索者が奥山源蔵の死体の検分を終えた頃、間を置かないでキーパーはこのイベントを発生させて下さい。
 家の外から、男の悲鳴が聞こえてきます。《アイデア》に成功すれば、その声が田村淳一のものであることに気づきます。距離的には数十mぐらい離れたところか ら声が聞こえてきた感じです。

 家の外に出ると、悲鳴はさらにはっきりと聞こえてきます。
 その声は、「は、はなせ! この化け物!」と叫んでいます。さきほどの《アイデア》に探索者の全員が失敗しているならば、ここで再度ロールに挑戦させても良 いでしょう。
 悲鳴は何度も聞こえているので、声のしているほうへ行くのは容易なことです。
 しかし、声のした方向へ行こうとした瞬間、ひときわ大きな、それでいて短い悲鳴が聞こえたかと思うと、あたりは静かになります。
現場は家の裏手にある荒れ地で、まったく手入れはされていなく、ススキなどの背の高い下草が多く密集して生えています。探索者が到着したとき、ここには人の気 配はまったくしません。ただ、下草の様子を見ると、踏み荒らされている場所があり、ここで何者かが争った形跡があります。
 探索者が下草を分け入って捜索しようとすると、突然、少し離れたところのススキがザワザワと動き、「14,夜の祭」で遭遇した「グィッ、ギッ、グィッ、 ギッ」という蛙の鳴き声のような声が、あたりから聞こえてきます。
 声はススキのざわめきと同じ動きをします。そして、それは驚くべき速度で移動しています。
 下草のあちこちから声が聞こえ、ススキがざわめき、探索者を混乱させます。下草の間を何者かが猛烈なスピードで移動しているようなのですが、その姿はまった く見えません。下草の高さは腰ぐらいなので、移動している何者かはそれ以下の身長ということになるでしょう。
 これは潜んでいた零落したヘビ人間たちが、捕らえた田村淳一を運んでいるのです。彼らは十匹近く下草に潜んでおり、数匹が力を合わせて田村淳一を運び去ろう とし、残りが探索者の足止めをしているのです。
 探索者が追いかけようとしても、歩きづらい下草をかき分けなければならないので、容易なことではありません。体中にススキによる切り傷を作ったうえ、すぐに 見失ってしまいます。
 ただし、追跡をすると、下草が動いていたあたりに大きなスポーツバッグを発見します。
 持ってみると、バッグは非常に重く、中には例の黄金の三角板が二枚と、大判の封筒が入っています。
 黄金の三角板は田村淳一が奥山源蔵を殺害して盗み出した物です。
 茶封筒の中には、河野睦美が送ったフィールドノートのコピーが入っています(「21,河野睦美のノート」を参照)。
 また、バッグには血とウロコのようなものが付着しています。ウロコは直径2cmぐらいあり、非常に固いものです。《生物学》に成功すれば、これが魚ではな く、は虫類のウロコによく似ていることがわかります。しかし、は虫類でこれほど大きなウロコを生やした生物が、島根県の山中にいるとは考えづらいものがありま す。大型のヘビであるアオダイショウでも、これほどウロコは大きくありません。
 これらは田村淳一が零落したヘビ人間に襲われた際、バッグを武器として応戦したためについた跡です。
 バッグのあった付近を調べてみて《追跡》に成功すると、下草の間に何か大きなものを引きずったような跡を発見します。さらに《追跡》に成功すれば、その痕跡 が川のほうへと続いていることがわかりますが、やがて足跡の残らない岩場になってしまうので、それ以上の追跡は無理となります。

 奥山ハナもゆっくりと現場にやってきます。
 彼女はこの不可解な現象に遭遇しても、少しも取り乱した様子はありません。
 もし、探索者があの「何者」かについて尋ねた場合、彼女は当然のような顔をして「これは川にすむ河童の仕業でしょう」という、明快な答えを返します。

 このシーンでは、キーパーは下草の間に未知の潜んでいるという恐怖を演出して下さい。
 あたりの下草がざわめき無数の何者かの存在を感じさせ、時には探索者の足を何かがかすめるといったシーンを作っても良いでしょう。
 探索者が追跡しようとしても無駄です。相手は未知の存在なのです。彼らは人間の意表をつく素早さで動きます。ザザザッと下草の合間を駆け回り、また沈黙をす るのです。
 姿を見せない何者かの恐怖。
 難しいでしょうがキーパーはこれを演出して下さい。
 田村淳一の悲鳴や、残されたバッグ、巨大なウロコ、妙に冷静な奥山ハナといったものは、それらを演出する良い小道具となってくれるはずです。


21,河野睦美のノート

 田村淳一のバッグの中には、河野睦美が彼に送った羽葉に関するレポートの途中報告が入っています。
 これでほぼすべての情報が揃いますので、キーパーはプレイヤーたちにシナリオの謎を考える時間を少し与えると良いでしょう。
 以下に、その内容を明記します。

・羽葉にまつわる伝説集
 これまで探索者が集めてきた、羽葉にまつわる伝説が収集されています。
 しかし、そのうち、ひとつは探索者の知らないものです。タイトルには、「羽葉村、奥山ハナさんからの伝説」と明記されています。

 昔、羽葉にまだ人がほとんど住んでいなかった頃。
 川に水を汲みに行った娘が大蛇に出会った。
 この大蛇、かっては川の神であったが、いまではすっかり零落し、神としての力も失ってしまっていた。しかし、娘の精を吸えば、また昔の力を取り戻せるだろう と、大蛇は娘をさらっていった。
 娘の両親は嘆き悲しみ、田畑は荒れ果てた。
 そんなとき、両親は川上から桶に乗った赤子を見つけた。
 赤子は両親のもとですくすくと育ち、いなくなった娘そっくりに育った。
 成長しても男のように話し、力は十人力だった。また、不思議と娘の育てる畑は普通の倍の実りをつけた。
 娘のおかげで羽葉は、どんどん裕福になった。
 ある晩、夢の中に一匹のヘビが現れて、その娘はおまえたちの娘と大蛇の間に生まれた子供だと告げる。
 大蛇の力を借りて田畑を実らせたからには、羽葉に暮らすものはヘビを敬わなければならない。
 その子供を村の長として、岩屋に祠をつくり、桶と供物を忘れずに捧げるようにと言い残し、ヘビは去っていった。
 夢から覚めた後、不思議なことに枕元には黄金が残されていた。
 娘と両親は、言われたとおりその黄金を使って祠を建て、ヘビを奉った。
 以来、羽葉ではどんな日照りの時にも、田畑の水が枯れることはなかったという。


・黄金の三角板についての考察
 奥山家にて発見された黄金の三角板についての、河野睦美の簡単な考察がされています。

「黄金の三角板は奥山家に伝わる秘宝であるらしい。
 奥山ハナたちにこの黄金の三角板について尋ねてみても、昔から家に伝わるものということしか何も手掛かりを得ることは出来なかった。由来、加工方法、製造の 年代は一切不明。
 古い信仰に使用されていた、独特の儀式用の神具ではないか?
 表面の文字のような模様も、まったく解読不能。
 錆の浮いていないことから金とも考えられる。
 説得の末、一枚だけ借りることができたので、調査の結果を待ちたい」

・羽葉に関すること
 河野睦美が羽葉を調べてみての簡単な感想が記されています。

「昔、羽葉では、ヘビが水の神として奉られていたことは間違いない。羽葉の段々畑に見られる当時にしては高度な治水技術は、水の神であるヘビのおかげであると いう言い伝えが多く残っている。
 ただ、気にかかるのは、羽葉に関する伝説を収集すると、時代の古いと思われるものほど、ヘビが擬人化されている。普通ならば、時代を経るに連れて伝説という のは口当たりの良い、よりわかりやすいものへと変化(例えば、登場人物の擬人化など)していくものであるが、羽葉ではこれが逆となっている。
 特に、奥山ハナより採集した伝説に、自分を奉るよう強制をする部分がある。
 これは古い日本の神話に見られる特徴で、当時の権力者が古い勢力を打ち倒して、その出来事が後に神話と変化したためであろう。
 このことから、羽葉のヘビにまつわる伝説も、もともとは土地を開墾した特定の英雄的人物の物語であったのではないかとも考えられる。
 それが、時を経つにつれて、ヘビの神として奉られていったのではないか?
 しかし、なぜその人物がヘビへと変化していったかは不明である。
 また、なぜ多くの伝説で共通して『女』がさらわれたり、嫁にされたりするのかも謎である。もしかして、この土地に神へ若い女を捧げる、人身御供の習慣があっ たのかも知れない」

・岩屋について
 探索者にとっては、一番、興味深い内容のはずですが、その記述はあっさりとしたものです。《アイデア》に成功すると、岩屋に関しての記述は途中で終わってい るような印象を受けます。

「奥山ハナさんの話によると、ヘビの岩屋という場所が羽葉の川上にあるらしい。収集した伝説に登場する、ヘビ神の祠かもしれない。
 もしかすると、当時、羽葉に集落を開いた人々の祖先の古墳、もしくは祭場である可能性もある」


22,消えた死体

 悲鳴を聞きつけて外に出た探索者たちが調査や追跡を終えて奥山家に戻ると、なんと奥山源蔵の死体が消えてしまっています。
 とはいえ、あの惨劇が現実のものであったという痕跡は生々しく残っています。
 畳には雑に拭かれた血痕も残っていますし、先ほどまで無かったおそらくは死体を引きずったものらしい血の筋も残っています。
 まるで、誰かが死体を運び出し、雑な証拠隠滅を計ったようです。
 しかも、犯人は自分の痕跡まで残してしまっています。畳にはうっすらとですが、何者かの足跡が残っています。それは小さな獣のような足跡で、人間のものでは ありません。しかし、この足跡を見て《アイデア》に成功すると、足跡の動きからして、この足跡の主が血痕を拭いたり、死体を運んだりしたことには間違いなさそ うです。この事実に気づいた探索者は0/1正気度ポイントを失います。

 さらに、いつのまにか奥山ハナまでもがいなくなってしまっています。
 奥山ハナの失踪については、キーパーは注意して下さい。もし、探索者が早い時点で彼女を疑いだしているようでしたら、もっと早い段階で彼女をいなくさせても 構いません。
 重要なのは、探索者に気づかれることなく彼女が姿を消すことです。探索者に尾行をされるなどという展開は、最悪のパターンなので注意して下さい。

 奥山の家は、二人の住人がいなくなり、しーんと静まり返っています。《幸運》に成功した、勘の良い探索者は、二人以外の多くの気配が家からいなくなった感じ がします。まるで家を満たしていた生気といったものが抜け落ち、唐突に家屋全体が古びていくような不思議な感覚です。
 これは、これまでいたるところに潜んで、家の手入れをしていた零落したヘビ人間たちが、この奥山家付近からいなくなったため、そのように感じられたのです。


23,カメラ

 探索者が奥山家の近くに流れる渓流を川上に登り、岩場を調べてみた場合、このカメラを発見します。
 このカメラは、ヘビの岩屋を発見する重要かつ唯一の手掛かりです。
 キーパーは、探索者がこのカメラを見つけるタイミングは自由に設定して、シナリオの流れを操作してください。
 とはいえ、探索者が岩場に遺留品がないかを念入りに調べるような行動をシナリオの早い段階でとった場合、カメラが見つからなかったとするのは不自然です。そ のような場合には、カメラのフィルムを現像する時間(匹見町では一時間のスピード現像といったサービスをしているカメラ屋を見つけることは出来ません)などを 利用して、その間にシナリオを展開させてください。
 シナリオの展開がほぼ完了しているのでしたら、このカメラを液晶画面で撮った写真を確認できるタイプのデジタルカメラに変更すれば、すぐに写真を見ることが 出来るため、そのまま次の展開に映すことが可能でしょう。
 キーパーはカメラの種類を選択することによっても、シナリオの展開を操作することが可能というわけです。
 このカメラが見つかれば、いよいよ事件はクライマックスへとなだれ込みます。

 カメラは岩場に落ちています。ここに置いておいたというのではなく、投げ捨てたといった感じです。
 カメラは、片手にすっぽりと収まるような小型カメラです。
 写真には、日付も表示されています。
 以下が、写真の内容と、写真の撮った日付です。日付は探索者が津和野に到着した日を目安としています。

・津和野の写真(16日前)
 津和野や匹見町の観光地の写真が何枚かあります。津和野の歴史ある建物などが美しく撮られており、河野睦美に写真のセンスがあったことがわかる写真です。た だ、これらは観光気分で撮られたものばかりで、ここからは何も手掛かりは得られません。

・資料写真(15日前)
 探索者も訪れたかもしれない、津和野の資料館や図書館の本の写真などです。

・民家の写真(9日前)
 奥山の家が写されています。

・奥山ハナと源蔵の写真(9日前)
 仲むつまじく、二人で並んで写っています。

・黄金の金属板の写真(9日前)
 畳の上に置かれた、黄金の三角板の写真です。
 いろいろな角度から何枚も写されています。

・渓谷の写真(7日前)
 あまり人の立ち入っていない、山深い渓谷の美しい風景写真です。写真を見て《生物学》か《アイデア》に成功すると、森の植生などからいって、カメラを発見し た渓谷の写真である可能性が高いことがわかります。

・岩場の写真(7日前)
 さきほどの渓谷の写真と撮影場所は近いようなのですが、こちらはむき出しの岩場ばかりが写っており、風景写真としては明らかに失敗しています。しかしなが ら、この写真には重要な手掛かりが隠されています。
 この岩場が写された場所は、カメラの落ちていた場所のすぐ近くで、写真を手掛かりに探せばすぐに見つかります。
 そして、写されている岩場を肉眼でよく見てみれば、そこに小さな岩穴が口を開いているのが発見できます。
 これが河野睦美が探していた、ヘビの岩屋なのです。

・ピンボケの写真(7日前)
 レンズの角にはピンボケした手の指が写っていたり、全体に手ぶれもひどかったりと、何を写したのかはっきりしない写真です。
 ただ、偶然、ピントの合っているところに、鋭いツメの生えた手のようなものが写っています。その手は人間のものではなく、ウロコが生えています。《生物学》 に成功すると、この手の形状がトカゲによく似ていることに気づきますが、これまで知られているどのようなトカゲともあてはまらない形をしていることがわかりま す。


24,ヘビの岩屋

 岩屋のある場所は、川の流れる位置からだいぶ高い場所にあるうえ、巧妙に隠されているため、闇雲に探して見つかるものではありません。
 通常のシナリオ展開では、「23,カメラ」の項で発見できる岩場の写真を手掛かりに探さない限り、発見することはできません。
 ただし、探索者がキーパーを納得させるうまい方法を考え出した場合は、キーパーの裁量で発見できたことにしても良いでしょう。

 岩屋の入口まで岩場を登るには、本格的な登山装備が無い限り、《登はん》に成功する必要があります。失敗すると、足を踏み外してしまい、さらに《幸運》に失 敗すると転倒して耐久力に1ポイントのダメージを受けます。
 登山装備を持っているのならば、《登はん》×2でロールをすることができます。また、誰かが先に登って、ロープ等で後続者の手助けをするならば、後続者は 《登はん》×2でロールすることができます。

 岩屋は巨大な岩が噛み合って出来た自然の洞窟で、五mぐらいの深さがあります。
 天井の高さは1m弱で、足場も悪く、とても立って中に入れるものではありません。当然、中は真っ暗ですので、明かりも必要となります。適当な明かりを持たず に中には行った場合、すべての目を使うロールを半分の数値で判定するなどのペナルティーを受けます。
 岩屋は徐々に狭くなり、やがて行き止まりとなってしまいます。
 この岩屋は水はけが良く、内部も乾いていますが、なぜか行き止まりのあたりだけは水たまりができており、やけにじめじめしています。
 また、ずいぶん年季の入った一斗缶が無造作にいくつも投げ捨てられています。
 ベコベコにへこんではいますが、穴は空いていなく、中には少し水が入っています。この水を調べて《アイデア》に成功すると、この水が腐ってはいなく、新しい ものであることがわかります。
 突き当たりの岩を調べると、足元に溝のようなものがあることに気づきます。この溝を辿っていくと、ひとつの腰ぐらいの高さの岩が、ちょうどこの溝の上に載っ ていることを発見します。しかも、この岩は円形に近く、溝の上を転がるような仕組みになっているのです。
 つまり、この岩が扉の代わりになっているというわけです。
 しかし、いくら動かしても岩戸は少しグラリと動くものの、それ以上はビクともしません。まるで、何かがひっかかって動きを阻害しているような感触です。
 この円形の岩に気づいて、その周囲を調べると、不自然な石を発見します。
 その石は、まるでツボのように中空になっており、その穴はずっと奥まで続いているようなのです。口の広さは直径10cm程度なので、奥の様子はよくわかりま せん。《目星》に成功すると、この不思議な石のまわりが特に水浸しになっていることに気づきます。
 実は、この石の中に水を1リットル程度注ぐと、岩戸を押さえている閂が浮力で浮き上がり動かすことができるようになるという仕掛けなのです。一斗缶は零落し たヘビ人間たちが使用したものです。
 羽葉にまつわる伝説で何度も登場した桶は、この扉と水を暗示していたのです。


25,ヘビの国

 岩戸を動かすと、その奥にはさらに穴が続いています。
 ただし、奥はこれまでとは違い、天井も高くて、広くなっています。
 洞窟はゆるやかに下っており、足場はしっかりしており、所々に岩の柱があったりと、あきからに何者かの手によって掘られた洞窟であることがわかります。
 洞窟の様子を見て、《地質学》×5に成功すると、洞窟を構築している岩は削られたり割られたりしたものではなく、未知の技法で加工されたものであることがわ かります。《アイデア》に成功すると、この岩は元々あった自然石を氷のように溶かして望む形に加工されたのではないかという推論が思い浮かびます。
 もちろん、自然石を溶かすなどということは、そうたやすいことではありません。それが千年以上前につくられたらしいものならば、なおさらのことです。

 探索者の進む、広い道以外に、壁には所々に小さな穴がうがかれています。
 穴の入口は30cm弱で、とても人間は入れそうにありませんが、ずっと奥まで続いており、その先がどうなっているかはわかりません。これは零落したヘビ人間 の巣です。
 彼らの多くは、この穴の奥に潜んで、探索者たちの動向を見守っています。
 穴をのぞこうとした探索者は、あわてて穴の奥へと逃げていく零落したヘビ人間たちの気配に気づくことでしょう。タイミングによっては穴の中に潜む零落したヘ ビ人間と目があってしまうかも知れません。

 また、通路には様々な動物の骨が散らばっています。
 ほとんどは魚やウサギの骨ですが、中には人骨や、体長1mはありそうな巨大なトカゲの骨の一部が散在しています。
 骨はバラバラになっており、どう見ても、これらの骨は自然に洞窟内で死んだものでは無さそうです。骨の古さはまちまちで、風化して土にかえりつつあるものか ら、まだ腐った肉が付着しているものまであります。
 ただし、人骨のほうは古いものばかりで、《考古学》か《医学》で、百年以上は経過していることがわかります。
 また、《生物学》×5で、これらの骨が肉食動物によって食べられてものであることがわかります。中には骨髄を食べるために折られた骨や、撲殺された頭蓋骨、 肉を食いちぎるときに残った鋭い歯形などを発見することができます。
 これらは零落したヘビ人間の食べカスです。

 この骨の道を進む途中、奥山源蔵の死体を発見します。
 死体は、まるで丸太か何かのように無造作にうち捨てられています。探索者の所持している照明器具が不十分だった場合、死体につまづくということもあり得るで しょう。
 その死体は柔らかい腹部と内臓のみがえぐられたようにぽっかりと無くなっています。その死体を見て、《アイデア》か《生物学》×2に成功すると、肉食動物が 味の良いところだけを食べたのではないかと推測できます。
 奥山源蔵の無惨な死体を見た探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
 死体は水浸しで、ここまで引きずられて運ばれたため、体中に擦り傷が残っています。
 この死体を調べているとき、《幸運》に成功すると、近くの壁の穴から、探索者の様子を見つめる零落したヘビ人間たちの気配をいままでよりも強く感じ取ること ができます。

 この洞窟はヘビ人間の世界です。
 キーパーは、この場所をこれまでの人間の世界とは異なったものとして、印象的に演出しなくてはいけません。
 常に、探索者は何者かに見張られています。
 一歩進むたびに、ライトを壁に向けるたびに、足元を調べるたびに、ロールを失敗するたびに……キーパーは探索者にそのことを思い出させてやらなくてはいけま せん。
 しかし、彼らは姿を見せません。徐々に、その気配を増していくだけです。
キーパーは頻繁にヘビ人間の気配を演出することで、探索者たちがどんどん踏み込んではいけない場所に向かっているということを印象づけさせて下さい。


26,再会

 奥山源蔵の死体を越えて、さらに奥へと進むと、零落したヘビ人間たちの実験室に行き着きます。
 直径10mぐらいの歪な円形をしたホールで、中央には天井を支えるための石の柱があります。この部屋の壁にも、零落したヘビ人間たちの出入口である小さな横 穴が多数空いています。
 床には平らな石を敷き詰めてあり、古い木材を不器用に組み上げて作った机のようなものがいくつも並んでいます。
 机の上には、市販されているフラスコやビーカーなどの理科室で馴染みの実験道具の中に、古いカメや徳利などの容器が入り交じっておかれ、それは奇妙な光景で す。
 部屋のあちこちには、例の黄金の三角板が無造作に置かれています。あまり貴重なものとしては扱われていないようです。
 硫黄や、油煙の匂いが充満しており、空気はあまり良くありません。
 まるで、錬金術師の部屋のようです。

 このホールの奥には、白っぽいビニールのようなものに巻かれて、天井から吊されている河野睦美がいます。
 彼女は完全に気を失っており、だいぶ衰弱している様子です。
 同じように、天井から吊されている生き物が何匹もいます。それらは零落したヘビ人間です。
 ビニールのようなものには、細かい管が血管のように張り巡らされ、よく見ると中の生き物と管が結合しているのがわかります。
 その光景は、まるで冷凍室に吊された食肉か、アリの巣に吊されたサナギのようです。

 部屋の中央には、半透明の花のつぼみのようなものが天井から垂れ下がっています。
 それは、河野睦美たちが吊されているビニールのようなものとは明らかに違っています。人の肌のような薄いピンク色をしており、女性の身体を彷彿とさせる官能 的な膨らみは、見方によっては美しくも見えます。
 近くに寄って見てみると、その中には、赤子のようなものが浮いているのがわかります。一見人間の赤子のように見えますが、《目星》に成功すると、時々、肌に モザイク状に醜いウロコが浮き上がったりしています。しかし、目を凝らすと、そのウロコは消えてしまいます。
 これは魔術的な影響により外観が変化しているためで、これを見た探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
 この変化を除けば、赤子は完全に人間そっくりの外観をしています。
 この赤子を見て《クトゥルフ神話》に成功すると、これが魔術的に生み出されようとしている新生物であることがわかります。


27,つぼみの中の赤子

 前項である「26,再会」を含めたクライマックスの展開は、シナリオの都合上、ある程度イベントの順序を操作しなくてはなりません。
 キーパーは、イベントの順番が操作されていることをプレイヤーに気づかれないように以下の指針を参考に、探索者の行動順序を誘導し、シナリオを展開させてく ださい。
 クライマックスシーンを盛り上げるには、プレイヤーの意志でシナリオが展開しているように思わせることが大切なのです。

 まず、キーパーは河野睦美を探索者に助け出させなくてはいけません。
 そのため、キーパーはまず何よりも先に実験室に河野睦美が吊されていることを最初に描写しましょう。気の早い探索者ならば、そのような怪しいものに吊されて いる河野睦美を真っ先に救出しようと考えるはずです。
 慎重な探索者は部屋の様子を尋ねてくるでしょうが、その際は、錬金術師のような部屋の実験器具と、河野睦美と同様に吊されている零落したヘビ人間、そして部 屋の中央にぶら下がるピンクのつぼみ(幸い、近づかねば中に赤子がいることはわかりません)があることをさらりと説明しましょう。
 差し迫っての危険がなければ、探索者は安心して河野睦美を救出するはずです。

 探索者が河野睦美を助けている間、キーパーは部屋の様子(赤子を含む)を詳しく説明しましょう。
 そして、一通りの描写が完了した後で、田村淳一が助けを求めるというイベントを発生させてください。
 彼も、ここまで連れてこられていたのです。
 まずは、実験器具の影から、
「そ、そこにいるのは誰だ……人間なのか?」
 という、田村淳一の怯えた声が聞こえてきます。
 探索者が何らかの返事をすれば、田村淳一は取り乱して「早く助けてくれ!」と、わめきはじめます。その声は部屋中に響きわたるもので、放っておけば何者か (おそらくは敵でしょう)を呼び寄せないとも限りません。普通の探索者ならば、この男も助けてあげようと考えるでしょう。
 田村淳一は荒縄で縛られています。彼は助け出されている間中、
「そいつがっ! こっちを見ている! 早く殺せ! 化け物だ!
 あいつら、おれを食べる気なんだ! そいつのえさにする気なんだっ!!」
 と、錯乱したかのようにわめき続けます。田村淳一の怯えた視線の先には、例の赤子の入ったつぼみがあります。
 ここで探索者がどのような行動を取るか、キーパーは様子を見てください。

・探索者が赤子を殺そうとした場合
 探索者が殺意を持って赤子に近づくと、その気配に気づいたように、赤子はつぼみの中で目を覚まします。そして、無邪気な笑みを浮かべて、探索 者のほうに小さな手を伸ばします。その仕草はどう見ても、普通の可愛らしい赤子そのものです。
 キーパーは、探索者にもう一度、「本当に、この無邪気な赤ん坊を殺すのか?」と尋ねましょう。
 ここでもし、探索者が躊躇した場合、自由の身になった田村淳一が飛び出してきて、代わりに赤子を殺そうとします。その後の展開は、後述の「・探索者が赤子を 殺そうとしなかった場合」を参照して下さい。
 また、探索者があくまで赤子を殺そうとした場合、最初の攻撃は赤子を包んでいるつぼみを引き裂くだけで精一杯です。
 もしも、現代日本の探索者にあるまじき事ですが、探索者が拳銃などで攻撃をした場合、弾力あるつぼみに命中して、弾道は反れてしまいます。まず、ナイフなど でつぼみを引き裂かなければ、正確に赤子に弾丸を当てるのは難しいでしょう。
 そんなことをしていると、いつのまにか零落したヘビ人間たちが探索者の足元に忍び寄ってきて、襲いかかってきます。

・探索者が赤子を殺そうとしなかった場合
 探索者が赤子を殺そうとしない場合、自由の身になった田村淳一が飛び出してきて、代わりに赤子を殺そうとします。
 もし、探索者がナイフなどの手頃な武器を所持していた場合、それを奪ってつぼみに斬りかかります。武器が無くても、彼は素手でつぼみにつかみかかって、天井 からもぎ取ろうとします。
 しかし、そんな田村淳一に対して、零落したヘビ人間たちが襲いかかります。田村淳一は自分を連れ去った怪物の登場に取り乱し、赤子どころではなくなってしま います。
 零落したヘビ人間たちは探索者たちにも襲いかかってきます。


28,奥山ハナ登場

 赤子に害をなすものに対し、零落したヘビ人間たちは命を投げ捨てて攻撃をしかけてきます。
 
・零落したヘビ人間
STR 7 CON 7 SIZ 7
INT 5 POW 6 DEX 11
移動 8  耐久力 7
ダメージボーナス:−1D4
武器:噛み 40% ダメージ 1d8+db
装甲:1ポイントのウロコ
呪文:なし
正気度喪失:零落したヘビ人間を見て失う正気度ポイントは0/1D4

 その数は探索者の戦闘力に応じて変更して下さい。特に強力な武器や、戦闘技能を特化させていない探索者を相手にする場合、探索者の人数の半分ぐらいが妥当で しょう。
 このシーンの目的は、探索者を混乱させて赤子から注意を反らすことと同時に、零落したヘビ人間が実は脆弱な存在でいることを示すためです。神話生物という と、通常は探索者よりパワフルで恐るべき存在ですが、この零落したヘビ人間は人間よりも劣った存在です。
 しかし、それでも彼らは赤子を守るため、果敢に探索者に挑みかかります。そんな盲目的な彼らの行動を、探索者が哀れに感じるように演出できれば上出来です。
 やがて探索者は零落したヘビ人間の大部分を行動不能に陥らせることができるでしょう。
 キーパーは戦闘がひと段落したタイミングを見計らって、奥山ハナを登場させてください。

 奥山ハナは、凛とした良く響く声で、
「その子たちをいじめるのはよしなさい。加護を失った哀れなものから、その命まで奪おうというのですか」
 と、探索者に言います。
 奥山ハナが現れると、まだ動ける零落したヘビ人間たちは彼女の陰に隠れるように逃げていきます。
 彼女に対しては、いろいろと聞きたいことがあると思われるので、ここでしばらく探索者に自由に発言させてあげましょう。
 しかし、ここまで来ると残されている謎など些細なものでしょう。
 この実験の目的、奥山ハナの正体、赤子の正体といったところでしょうか。
 奥山ハナは、それらのすべてのことについて、包み隠さずわかりやすく説明します。その態度はとても穏やかで、これまで数え切れない人ほどの人間を人身御供に してきたというのに、まるで当然のことをしたかのような様子です。神話的な事件のまっただ中で、奥山ハナの周囲にだけ奇妙な和やかさが漂っています。
 しかし、そんな空気を田村淳一が破壊します。
 彼は、零落したヘビ人間がいなくなった隙を見計らって、赤子を殺そうとつぼみに襲いかかります。もし、このとき、奥山ハナが赤子の正体について話していれ ば、なおさらのことでしょう。そんな彼の様子を見て《精神分析》に成功した探索者は、彼が破壊衝動を誘発する強迫観念に陥っていることがわかります。正気を奪 うほどの激しい恐怖を打ち払うための代償行動として、何かを破壊せずにはいられないのです。その対象は弱くて壊れやすいものでなくてはいけません。そう……例 えば、赤子などです。
 ところが、田村淳一がつぼみに触れようとした瞬間、その身体は激しい力にはじき飛ばされたかのように宙を飛び、そのまま洞窟内の壁に激突してしまいます。そ の衝撃で体中の骨は砕け、田村淳一は大量の血を吐いて絶命します。
 これは、赤子が田村淳一に対して「ヨグ=ソトースのこぶし(ルールブック187ページ参照)」の呪文を使用した結果です。

 もし、探索者が問答無用で赤子や奥山ハナを攻撃しようとした場合、赤子がそんな探索者に対して呪文による攻撃をしてきます。
 赤子は一番殺意を持っている探索者に対して、「手足の萎縮(ルールブック180ページ参照)」を使用してきます。もし、探索者が武器を所持しているのなら ば、その武器を持っている腕に対して呪文をかけます。
 探索者が呪文の抵抗に失敗した場合(赤子のマジックポイントは呪文を使用した後、残り13点あります)、腕は萎み、当然、所持していた武器も落としてしまい ます。
 抵抗に成功した場合は、そのまま攻撃をすることができます。
 ただし、その場合、赤子はその小さな手のひらで探索者の攻撃を軽々と受け止めます。これは「被害をそらす(ルールブック183ページ参照)」の呪文を使用し たためです。
 キーパーは見た目とは裏腹に赤子が恐るべきパワーを持った存在であることを、探索者に思い知らせてあげましょう。
 もし、探索者が奥山ハナを攻撃した場合、彼女は思いもよらない身軽さで攻撃を回避します。彼女とて、人間を越えたヘビ人間の血を引く神話生物なのです。

田村淳一を攻撃した赤子は、その身体を急激に変化させます。
 これまでの可愛らしい赤子の姿がモザイクがかかるように変化し、やがて黄色い大きな目を輝かせた、黒光りするウロコを持ったトカゲのようなものに変身しま す。
 これの変化の過程と恐るべき赤子の姿を見た探索者は0/1D6正気度ポイントを失います。
 この赤子の変身には、奥山ハナも驚きます。
「これは……まさしく、羽葉様……いったい、なぜ?」
 そう言って、さっきまで河野睦美が縛られていたビニールのようなものを見ます。すると、どこから紛れ込んできたのか、そのビニールに一匹のカブトムシが絡み ついています。
 それを見て、奥山ハナは愕然とした、泣き笑いの表情を浮かべます。
「なんと……本当に世界の加護を受けているのは人じゃなく……こんな虫だったのかね……人間じゃなくて……こんな小さなカブトムシだったというのかね……」
 すると、これまで奥山ハナの影に隠れていた零落したヘビ人間たちや、新しく実験場に入ってきた零落したヘビ人間たちが、赤子のまわりに駆け寄り、そのまわり を崇めるようにウロウロとまわり始めます。
「これで、ここの連中は羽葉様の国へと行けるはず……ようやく終わったんだ……」
 そう言いながら、奥山ハナは実験場の中央にある柱にもたれかかります。
「あんたら、その娘さんを連れて、さっさと帰りなされ……もう、こいつらは人をさらう必要もなくなった……これで、もう終わりです。わたしも、祠も、羽葉の村 も……」
 そして、彼女はもたれかかっていた柱を、もの凄い力で押し倒します。
「知っているでしょう? これでも力は十人力だ……」
 柱が倒れると、実験場の天井がガラガラと崩れ始めます。零落したヘビ人間たちは、赤子を運んで壁の穴に逃げ込もうとします。
 探索者も速やかに脱出しなければ、岩の下敷きとなってしまいます。とても赤子を追うような余裕はありません。
 探索者が脱出する様子を、奥山ハナはじっと見送っています。その表情は、なぜか同情に満ちた哀れみを含んだものです。
 彼女は他の零落したヘビ人間のように逃げることはなく、やがて崩れる岩の下敷きとなってしまいます。奥山ハナは新しいヘビ人間を生み出すという役目を終え、 自分の存在意義が消失したことを悟り、この岩屋と運命を共にすることを選択したのです。

 探索者は素直に急いで脱出すれば、ロールの必要なく外に出ることが可能です。
 ただし、プレイヤーが物足りなそうだとキーパーが判断した場合は、脱出のための《幸運》や《回避》ロールを要求しても良いでしょう。


29,大団円

 ヘビの岩屋は完全に崩れてしまい、奥山家の住人とヘビ人間は羽葉から姿を消しました。
 数百年に渡って続けられてきたヘビ人間の計画は終了し、その役目を終えた羽葉が再び栄えることは永遠にないでしょう。

 赤子があのような強大な力を得たのは、偶然、洞窟内に迷い込んだカブトムシが加護を抽出する装置に触れためです。
 ドリームランドのヘビ人間たちは、現在、地球を支配し、加護を得ている生物を人間と考えていましたが、それは大きな過ちでした。
 かっては人間が加護を得ていた時代はあったかも知れませんが、いま未来の繁栄を約束された(つまり加護を得ている)生物は、地面をはい回る小さなカブトムシ たちなのです。そのカブトムシから加護の力を得て、赤子はかっての偉大なヘビ人間たちのような力を取り戻したのです。
 人類の世界が終わり、次に地球で繁栄を謳歌するものは、イスの偉大なる種族がやがて精神を送り込む予定であるカブトムシの一種であることは、(人間にとって は)残念ながらすでに決定した未来です。
 加護の失った人類が、これからどれだけの時間、いまのような繁栄を続けられるかどうか……それは神のみぞ知ることです。

 少なくとも、探索者たちはヘビ人間たちの陰謀からひとりの友人を助け出すことができました。矮小な人類である探索者にとっては、それだけで十分な成果でしょ う。

 やがて目を覚ました河野睦美は、きょとんとした顔で探索者とあたりの様子を見ます。
 彼女は、何か大きなトカゲのようなものに襲われたというところまでは覚えていますが、その後の記憶は全くありません。また、ヘビ人間特性の羊水に浸されてい たため、一週間近く飲まず食わずだったにも関わらず肉体的は健康そのものです(ただし、胃にものが入っていないので、やがて猛烈にお腹はすいてきますが)。
 河野睦美に、この神話的事件の真相を語るかどうかは探索者の自由です。
 ただ、私利私欲のために身を滅ぼした田村淳一の末路などは、話しづらいでしょうが、いつかは彼女に伝えねばならないことでしょう。

 彼女は帰り道、誰も住むものが居なくなった奥山家を見て、
「おばあさんが言ってた……もし、追い求めるものがひとつしかなかったら、それは生きることじゃなくて、ただ終わるのを待つだけのことだって……これってどう いうことだか、わかる?」
 と、探索者に尋ねます。
 そして、
「次を追い求めることが、生きることなのかなぁ……」
 と、つぶやいて空を仰ぎます。
 大学を卒業してから、自分がどう生きるのか……今回の事件は、彼女にそのことを考え直すきっかけとなったのでした。

 河野睦美をヘビ人間の手から救いだし、無事に生還した探索者は、1D10の正気度ポイントを獲得します。


30,タイムスケジュール

 ここにシナリオのタイムスケジュールをわかりやすくまとめておきます。
 このタイムスケジュールは探索者が津和野へ到着した日を中心にしています。

・13日前
 河野睦美、津和野に到着

・9日前
 河野睦美、羽葉へ到着。奥山の家を発見。滞在して話を聞く。

・8日前
 河野睦美、田村淳一に黄金の三角板を送る。

・7日前
 河野睦美、奥山ハナにヘビの岩屋へ案内してもらう途中、零落したヘビ人間たちに襲撃される。

・1日前
 田村淳一、黄金の三角板が純金であることに気づく。河野睦美に連絡を取るが音信不通のため、羽葉へ向かう。

・0日
 探索者一行、津和野に到着

・1日目
 秋山浩介からの電話



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