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本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『新クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
Call of Cthulhu is copyright (C)1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.
Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.
PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION 「新クトゥルフ神話TRPG ルールブック」
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神話と科学を別物と考えてはいけない。
リンゴが落ちるのも、大いなるものが海の底で眠るのも、すべてはアザトースの御心。
つまり、宇宙に存在する絶対的法則に支配されたものなのだ。
舞台は現代の日本。季節は夏。
探索者の元に、友人からの手紙を携えた不思議な少女が現れる。
手紙の内容は、その子を追っ手からかくまって欲しいというものだった。
プレイヤー数:3〜5人
プレイ時間:5〜6時間
事件の黒幕である前田秀文は、多くの才能に恵まれた男だった。
天才的な頭脳と、それを支える強靭な意志と健康な肉体、さらに最高に近い教育を受け、ありとあらゆる知識を貪欲に吸収してきた。しかし、そんな彼も正常で健全な精神を育むことだけは出来なかった。
優秀過ぎるがゆえに、すべてのことに退屈していた前田秀文は、古い奇書を漁ることを「よい暇つぶし」としていた。その暇つぶしの中で、彼は偶然にも極めて貴重な魔道書『エイボンの書』と出会うことになる。
『エイボンの書』を解読していくにつれ、彼はそこに記された超古代の知識に強く惹かれていくことになる。ハイパーボレア時代の偉大な魔道士に、彼はこれまでにないほどの共感を覚えたのである。
しかも、多くの者がその禁断の知識に溺れ、狂信へいたるところを、彼は神ではなく真理を崇めるようになった。そして、神を崇拝する代わりに、真理を渇望するようになった。
何年にも及ぶクトゥルフ神話に関わる書物の収集、研究の結果、前田秀文は多くの呪文を会得した。しかし、彼はやがて人の手で伝えられた知識では満足できなくなる。なぜなら、彼が求めるものは秘められた宇宙の真理であり、脆弱な人間のフィルターを介した中途半端な知識ではないのだ。
そんな彼が最後にたどり着いたのは、すべてのきっかけとなった魔道書である『エイボンの書』だった。そこには外なる神、ウボ=サスラが守る偉大なる石板『旧き鍵』のことが記されていた。その超星石の石板には宇宙究極の真理が刻まれているとされ、それこそ前田秀文が最も欲するものだったのだ。
しかし、どんな魔道士も手にすることの叶わなかった知識を手に入れようと思いたったとき、彼もまた禁断の領域に入り込んだ者が必ず辿る、破滅への道を一歩踏み出したのだ。それが、これまで見下していた狂信者と同じ道であることも気づかずに。
まず、前田秀文はウボ=サスラの居場所の探求を始めた。
幸いなことに『エイボンの書』の記述により、この神が南極のとある地点にいることはわかっていた。ただ、さすがの前田秀文も、南極を自分の足で探索するのはためらわれた。
そこで、彼は南極調査を担う機関「南極研究所」に入所し、10年以上もの間、静かに機会を待ちつづけたのだった(ここで登場する「南極研究所」は架空の組織である)。
そんな前田秀文に、幸運の神は微笑む。
「南極研究所」が管理する南極観測拠点のひとつである「やまと観測拠点」より南西の地域で発生している不定期の微弱地震(その原因がウボ=サスラによるものかどうかは、神のみぞ知るだ)に関する調査計画が持ち上がったのだ。そして、その地点こそが、かの『エイボンの書』に記されたウボ=サスラがいるとされる場所だったのである。
前田秀文は、この機会を逃がさぬようできる限り計画を援助し、調査期間と範囲を広げるよう努めた。
こうして最高のバックアップを受けながら、何も知らぬ南極調査チームはウボ=サスラの待つ恐ろしい地点の調査へ出発したのだ。そして、幸運の神は、前田秀文に二度目の微笑みを見せる。
調査チームは氷床の断層に、ウボ=サスラの御許へと続く氷穴を発見したのだ。c;f
過去において閉ざされていたものが、温暖化の影響で氷が溶け、露出したものだった。
勇敢な調査チームは氷穴の調査を試みるが、彼らは恐るべき神の御座に出くわしてしまう。生還できたのは、高尾浩一のみであった。
しかも、氷穴から這い出した高尾浩一が見たのは、待機していた隊員たちの死体と、魔道士としての恐るべき本性を現した前田秀文だった。
ウボ=サスラの御許へと続く氷穴の場所を特定できた前田秀文は、呪文《門の創造》を使って自ら南極までやってきたのだ。
ウボ=サスラの恐怖から逃れられたと安堵した直後の、さらなる恐怖によって、高尾浩一の残された理性は音を立てて崩れ去り、彼は恐怖の対象である前田秀文に従うことしかできない精神的奴隷と成り下がってしまう。
こうして、前田秀文はウボ=サスラの居場所を特定した余録として、高尾浩一という忠実な奴隷を手に入れたのだった。
ようやくウボ=サスラの居場所を特定した前田秀文であったが、神を崇拝することのない彼でも、神の力が偉大であり、自慢の呪文も神の前では無意味とわかっていた。
そこで前田秀文は、ウボ=サスラの御許から石板を盗み出す方法として、神が攻撃の対象としない、神と似た性質を持つ存在を使役することを思いついた。
魔道書『エイボンの書』に記される、古のもののショゴスの製法を真似て、ウボ=サスラに近い存在の新たなクリーチャーを創造するのだ。
前田秀文はクリーチャーの原料として、氷穴内から採取したウボ=サスラの肉体の一部と、自分自身の遺伝子を使用した。当初、誕生したクリーチャーは、生物の出来損ないといったものばかりで、前田秀文の言葉を理解すらしなかった。しかし、数々の失敗の末、ようやく彼は満足するだけの知能を持った生物を造り出すことに成功する。それこそがゲームの序盤で探索者たちの前に現れる少女、祥子である。
ただし、先天的に高い知能は持っていても、祥子に言葉を理解させるには教育が必要である。そこで前田秀文は、以前は教師だったという高尾浩一に祥子の教育を任せた。
ところが、ここで前田秀文にとっての、大きな誤算が生じた。
その正体がなんであれ、外見と性質は純粋無垢な少女である祥子との交流は、高尾浩一にとって精神の安らぎとなった。高尾浩一にとって祥子と接することは、精神状態の回復につながることだったのだ(よい環境で療養することで正気度が回復するのと同じである)。
高尾浩一は祥子の正体が、人間とは異なるクリーチャーであることは知っていたが、だからといって前田秀文の邪悪な陰謀に利用してよいとは考えなかった。やがて正気に戻り、前田秀文の精神的隷属から逃れた高尾浩一は、祥子を連れて逃げることを決意する。
かくして、高尾浩一は祥子との逃亡生活を10日間ほど続けるが、本当の心の平穏を得るためには前田秀文の陰謀を阻止せねばならないと思うようになった。
そこで、高尾浩一は前田秀文の陰謀の要である祥子を、頼れる知人である探索者に預けて、単身、前田秀文の実験場へと赴いたのである。
しかし、恐るべき魔道士である前田秀文にかなうわけもなく、高尾浩一は祥子の失敗作である怪物に食われて、無残な最期を遂げることになる。
一方、前田秀文は、秘密を知る高尾浩一を始末したことで、ひとまず満足する。
完成度の高かった祥子を失ったことは痛手であったが、取り返すためにわざわざ危険を冒すつもりない。時間と手間をかければ、また祥子のようなクリーチャーを生み出すことは可能だからだ。
そのためゲーム中、前田秀文が祥子や探索者を付け狙うようなことはない。
ただし、自分の目の前に祥子を連れて探索者が現れたとき、前田秀文はいかなる手段を使ってでも取り戻そうとするだろう。前田秀文は殺人になんの抵抗も覚えない。
●高尾浩一(たかお・こういち) 34歳。男性。家族はいない。趣味は登山。元は小学校の教師だったが、大自然に挑戦したいという夢を捨てきれず辞職。6年前、南極の調査と研究をする組織「南極研究所」に就職した。 彼の背景については「◎2.キーパー向け情報」も参照のこと。 容姿の描写:無精ひげを生やした、いかにも山男といった風貌。色黒の顔とは対照的の白い歯が印象的。顔立ちはやや面長。登山中の事故により、左手の薬指が第一関節から失われている。 特徴:おおらかだが正義感は強く、情熱的な性格。人から好かれやすい人物だ。 ロールプレイの糸口:知人である探索者のことは信頼しており、暑苦しいところもあるが、好意的に接する。初対面の探索者とでも、相手の良いところを見つけて、すぐに親しくなる。キーパーは彼を探索者に好かれるような人物として演じること。そうすることで、探索者は彼からの「お願い」と真摯に向き合うようになるだろう。 高尾浩一 34歳/夢を捨てきれなかった山男 STR 50 CON 70 SIZ 60 DEX 65 INT 65 APP 50 POW 50 EDU 90 正気度 50 耐久力 14 db:+0 ビルド:0 移動:9 MP:10 近接戦闘(格闘) 30%(15/5)、ダメージ 1D3+db 回避 40%(20/8) 技能:サバイバル(高山) 50%、自然 30%、登攀 75%、魅惑 45% |
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●祥子(しょうこ) 祥子の正体は、前田秀文がウボ=サスラの肉体を元に、「古のもの」のショゴス製造法と似た技術で作り出したクリーチャーである。祥子は人間以上の知性を持ち、人間のように振る舞うことができる。そして、恐るべき速度で学習する能力も持っている。 ただし、探索者と出会ったばかりの彼女は、まだ生まれたばかりのため社会常識というものに疎い状態である。時には、常識に外れた行動をして、探索者を戸惑わせることもあるだろう。 EDU35という数値は、初めて探索者に出会ったときの数値だ。彼女のEDUは1日で1ポイント上昇して、EDU100まではこのペースで上昇を続ける。 祥子は肉体的にも人間を超えた能力を有するが、それを隠して生活する術を知っている。感情や社会常識に比べれば、肉体的能力を隠すのは容易なことだ。 容姿の描写:髪型は先が切りそろえられていないセミロングで、長い前髪をヘアバンドでとめている。化粧はしておらず、服装も洒落っけのないものだ。年齢にそぐわない落ち着いた物腰と、静かな瞳が印象的である。 特徴:言葉遣いは礼儀正しいが、表情の変化に乏しく、内にこもった印象を受ける。 ロールプレイの糸口:祥子には本能としての欲求がなく、まるでロボットのように指示に従う。ゲーム開始直後、祥子は高尾浩一に指示されて、探索者と共にいることを最優先に行動する。ただし、探索者のロールプレイしだいでは、やがて彼女にも自我が芽生えて、人間のような行動をさせても良いだろう。 祥子 16歳くらいに見える/少女の姿をしたクリーチャー STR 135 CON 120 SIZ 40 DEX 40 INT 95 APP 65 POW 65 EDU 35 正気度 0 耐久力 16 db:+1D6 ビルド:2 移動:8 MP:13 近接戦闘(格闘) 25%(12/5)、ダメージ 1D3+db 回避 20%(10/4) 装甲:ショゴスと同様 技能:EDUの上昇と教育環境に合わせて、さまざまな技能を学習する。 |
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●前田秀文(まえだ・ひでふみ) クトゥルフ神話に関わる禁断の知識に精通した、恐るべき魔道士。 そんな前田秀文の表向きの顔は「南極研究所」の管理職だ。普通の社会人を演じており、所内での評判は、ワンマンだが頭の切れる有能な人物とされていた。 彼の背景については「◎2.キーパー向け情報」も参照のこと。 容姿の描写:長身、やせ型。黒縁の眼鏡をかけているが、その奥の瞳は相手を威圧するような輝きを持っている。ハンガリー製の「Kapitan」という銘柄のタバコを好んで吸う。 特徴:非常に独善的であり、合理性を重んじる。言葉遣いは丁寧だが、温かみは感じられない。なぜなら、他人に一片の興味も持っていないからだ。 ロールプレイの糸口:探索者を含め、まわりの人間のことを真理を理解しない愚か者だと見下している。不測の事態に備えて準備を怠らず、それが自信と余裕につながっている。しかし、ひとたび想定外の事象に遭遇すれば、彼もまたいままで見下してきた愚かな人間と同じように恐怖しうろたえる。 前田秀文 43歳/狂信を超えた純粋な魔道士 STR 50 CON 75 SIZ 60 DEX 65 INT 85 APP 50 POW 80 EDU 105 正気度 0 耐久力 15 db:+0 ビルド:0 移動:8 MP:13 近接戦闘(格闘) 25%(12/5)、ダメージ 1D3+db 回避 32%(16/6) 技能:威圧 60%、言いくるめ 40%、医学 80%、オカルト 80%、科学(化学) 75%、科学(生物学) 50%、クトゥルフ神話 41%、自然 40%、信用 55%、図書館 45% 呪文:《黄金の蜂蜜酒の製法》、《シュド・メルの赤い印(バリエーション)》、《手足の萎縮》、《門の創造》、《肉体の保護》、ほかキーパー が望む呪文。 装備:五本足の椅子(マジック・ポイント40ポイント分) |
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●斉藤良江(さいとう・よしえ) 80歳。女性。韮崎市の山の中に独り暮らしで、自分が食べる分の野菜を育てる小さな畑の世話をしている。 高尾浩一が祥子の教育をしていたとき暮らしていた貸別荘の近所の住人である。 自分の畑の野菜や、作りすぎたおかずをお裾分けするなど、高尾浩一たちと近所づきあいをしていた。高尾浩一と祥子の二人の生活を教えてくれる、貴重な情報源である。 とは言え、前田秀文の陰謀や、高尾浩一が行方不明になった南極調査隊であったことはなにも知らない。 容姿の描写:少し日焼けした顔。優しそうな目をしている。 特徴:かなりのんびりした性格。そのゆっくりとしたしゃべり方は、相手にじれったいと感じさせることもあるだろう。 ロールプレイの糸口:探索者の話をどんな内容であろうと、疑うことも否定することもなく黙って聞く。探索者が高尾浩一や祥子の知人だと知れば、できる限りの協力をするが、無力な老人のためできることは限られている。 |
本格的に事件が始まるのは8月だが、その前日譚として年の瀬からゲームは始まる。
探索者たちは忘年会の宴席に参加することになる。そこには高尾浩一も参加する。
この宴席には、できるだけ多くの探索者に参加してもらい、探索者が知り合いでないのなら、この場で顔合わせをしてさせておくとよいだろう。
どのような趣旨の宴席であるかは、プレイヤー同士で相談して決めてもらってかまわない。町内会の集まりでも良いし、なにかのオフ会でもよいだろう。この機会に探索者がなぜ同じ宴席に参加したのかを考えることは、互いを理解するうえでも役立つだろう。
なお、高尾浩一は知人の探索者に大切な話があるからという理由で、その宴席に参加している。高尾浩一はたとえ自分が部外者だろうと気にしない性格であり、どこにでも誰にでも馴染める社交性(厚かましさ)を持っている。
宴席が賑わってくると、高尾浩一は知人の探索者のそばにきて、「オレのために乾杯してくれ!」と、上機嫌で声をかけてくる。
高尾浩一は理由を聞かれても、聞かれなくても、とても嬉しそうな顔で以下のように話す。
「とうとう、長年の夢だった南極へ行けるんだ。年が明けたら、すぐ出発だ。久しぶりの大がかりな調査で、その栄光あるメンバーに、オレも選ばれたってわけさ」
キーパーは高尾浩一との会話の時間をもうけて、彼のことを自分の夢を追っている好人物であるという印象を与えること。
また、会話中に、高尾浩一は思い出したように変わったパッケージのタバコを取り出すと、その場でタバコを吸いそうな探索者に差し出して、こう言う。
「そういえば、計画の打ち合わせのとき、お偉いさんから珍しいタバコをもらったんだ。その場じゃあ『有り難くいただきます』とか言っちゃったけど、オレはあまりタバコを吸わないからあげるよ」
そのタバコはハンガリー製で「Kapitan」という銘柄だ。〈知識〉に成功すれば、日本ではタバコ専門店でもなかなか見かけられない、かなり珍しい銘柄だとわかる。ただ、パッケージの端が少しつぶれている(そのことが気に入らなかった前田秀文は、ゴミ箱に捨てる代わりに高尾浩一に与えたのだ)。
この時、高尾浩一の左手の薬指が第一関節から失われていることも描写しておくとよいだろう。理由を聞けば、数年前の雪山登山で凍傷になり切断したのだと、まるで自慢するかのような口調で説明する。
このタバコと指の傷は、あとの展開で役立つ情報なので、キーパーは忘れずに伝えておこう。これら情報を伝えて、高尾浩一が好人物であると印象づけられたのなら、キーパーの判断で宴席の場面を終わらせてよい。
12月の宴席から数ヶ月が過ぎて、季節は春。
探索者たちはニュースで、高尾浩一が参加した南極調査隊が遭難したことを知る。プレイヤー資料として、画像の新聞記事をプレイヤーに渡すこと。
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プレイヤー資料:新聞記事(テキスト抜粋)
「日本南極調査隊遭難
調査隊メンバー五人
捜索は難航の模様
南極のやまと観測拠点より出発した日本の調査隊メンバー五人から、本日で四日間にわたって連絡が途絶えていることを、調査隊を組織した南極研究所が発表した。現在のところ、懸命な捜索にも関わらず、メンバーの安否は確認されていない」
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このニュースはしばらくマスコミを騒がすことになる。南極研究所は「隊員の捜索に全力を尽くす」と表明するが、専門家によるとメンバーの安否について悲観的な意見が多い。
それから1ヶ月間、調査隊の捜索は続けられるが、結局、生存者どころか遺体すら発見できないまま、捜索は打ち切られる。やがて世間もこの事件のことを忘れてしまう。
行方不明となった高尾浩一に対して、探索者が日本国内で行動を起こしても、状況が好転することはない。キーパーはここはあまり時間を割かず、ゲーム内の時間を経過させて、次の「◎6.祥子登場」に移行させてしまおう。
高尾浩一が行方不明となって、さらに数ヶ月が経って、季節は真夏となる。いよいよ探索者の元に不可思議な出来事が起きるようになり、ゲームの本編が始まる。
ある休日。キーパーが選んだ高尾浩一と知人の探索者(複数いる場合は、一番頼れそうな探索者)の自宅に、突然、警官がやってくる。最寄り駅前の交番に勤務する警官だ。
警官によると、探索者を訪ねてきたという少女が交番で待っているというのだ。警官に詳しく話を聞こうにも、有益な情報は得られない。警官が少女に訳を聞いても、ほとんど口もきいてくれないそうで、警官のほうでも困っている様子である。
そこで、できたら探索者に交番まで来て欲しいというのだ。探索者が交番に行くことを渋っているようなら、「その少女は『高尾浩一にあなたに会えと言われた』と言っている」と付け加えれば、重い腰を上げてくれるだろう。
交番を訪ねると、入口の脇に置かれた椅子に小柄な少女、祥子がちょこんと座っている。
ぶかぶかのジーンズに綿のシャツという、年頃の女の子にしては洒落っけのない服装だ。また、小柄な彼女には似合わない大きく無骨なリュックサックを下ろすことなく、背負ったままでいる。
警官は、探索者の名前と住所(番地までは書かれていない大まかな住所)が書かれたメモを探索者に見せて、困った顔をして以下のように話す。
「このメモを持ってきて、『ここに行きたいんです』の一点張りなんですよ。何を聞いても、そう繰り返すだけで……お知り合いですか?」
探索者が話しかけると、祥子は「あなたの名前は?」と、無感情な口調で尋ねる。
探索者が名乗れば、祥子は椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をしてから、以下のような挨拶をする。
「はじめまして、わたしは祥子です。タカオに言われて、あなたに会いに来ました」
そして、ポケットから封筒を取り出し、探索者に手渡す。
封筒の宛名書きは探索者の名前である。裏の差出人の部分には「高尾浩一」の署名がある。封筒の中には、探索者宛の手紙が一通入っている。内容は、以下の通りだ。
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プレイヤー資料:高尾浩一からの手紙
「突然のことをゆるしてほしい。
時間がないので、本題に入らせてもらう。
私は、ある人物に追われている。
それはおそろしい相手だ。
頼みというのは、祥子を……
この手紙をもってきた少女を私が迎えに行くまでかくまってほしいことだ。
彼女も追われているのだ。
その理由をいま話すことはできない。
もし、彼女を守りきれないと思ったときには■■■■■■ほしい。
もちろん、用事がすめば、すぐに迎えに行くつもりだ。
それまで、よろしくたのむ。
頼れるのは、君だけなんだ。
高尾浩一」
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レポート用紙を便せん代わりに使ったもので、ボールペンで書かれた文字はひどく乱れている。
文章内にある「もし、彼女を守りきれないと思ったときには■■■■■■ほしい」という部分は上から斜線を書いて消されている。「■■■■■■」の部分は、特に念入りに消されており、簡単に読むことはできない。手紙をよく調べて、〈目星〉に成功すれば、その消された部分には「彼女を殺して」と書かれているのとわかる。この一文は重要なので、キーパーは探索者が読み取るための工夫をしたなら、ロール不要で隠された文字が読めるとしてもよい。
この一文の意図は、高尾浩一が「祥子を守りきれず、前田秀文の陰謀に利用されるぐらいならば、彼女を殺したほうがマシだ」と思い込んでのものだが、途中、思い直してその部分を消したのだ。
また、この手紙を見て〈精神分析〉に成功すれば、手紙の主はかなり精神的に追い詰められていることが読みとれる。
もし、探索者が高尾浩一の筆跡を知っているのならINTロールに成功すれば、随分と乱れてはいるが、この手紙の筆跡は高尾浩一のものだとわかる。また、探索者が高尾浩一からの年賀状などの筆跡を参考にするならば、ロール不要で同一筆跡だと判断できる。なお、祥子が持っていた住所のメモと手紙とを照らし合わせれば、その二つが同じ筆跡だとわかる。
南極で遭難したはずの高尾浩一からの奇妙な手紙は、探索者の関心をひくことだろう。もちろん、彼が生還したという情報はない。南極研究所に問い合わせても同じ事である。
この手紙をもってきた祥子は、一見すると礼儀正しい普通の少女だ。
手紙には「追われている」とあるが、彼女からはそんな切迫感は感じられない。落ち着いているというよりは、超然としているといった、そんな態度である。彼女は、名字は名乗らず、ただ「祥子」とだけ名乗る。名字について尋ねられても、「名字はない」と答えるのみだ。
この場面で登場する警官は、非常に無責任な人物であり、探索者に「知り合いなら、連れていってもらえますか」と言って、厄介払いをしようとする。そして、祥子もなにがあろうと探索者についていこうとする。
探索者が不可解な手紙や、祥子のことで警察を頼ろうとしても無駄に終わる。警察が動きだすような具体的な事件が起きていないからだ。
未成年の少女を探索者に預けるという行動は、現実の警察の行動としてはあり得ないことかもしれない。もし、プレイヤーがそのことに引っかかっているようなら、キーパーは「今回のゲームの世界では、こういう警官もいる」と説明すること。"ルールブック"の203ページにある「だけど現実ではそうでしょ」の項が参考となるはずだ。
探索者は祥子に多くの質問をするだろう。
しかし、彼女は高尾浩一と暮らしていた以前の過去について、一切語ることはない。
それも当然で、彼女は造り出され物心ついたときには、すでに高尾浩一と一緒に暮らしていたからだ。
彼女は、自分が神の御許から『旧き鍵』を盗み出すために造られた生物であることは、前田秀文から教えられている。しかし、そのことを探索者に話すことはない。高尾浩一から、探索者を危険に巻き込むようなことは話さないよう口止めされているからだ。
彼女にとって高尾浩一の言葉は絶対であり、彼のいいつけを故意に破るようなことはほとんどない。生まれたときから、ずっと一緒にいて、多くのことを教えてくれた高尾浩一は、彼女にとって父親以上の存在なのだ。そのため彼女の口から、前田秀文の陰謀について聞き出すことは不可能である。彼女はどんな人間よりも、口が堅い。彼女は口止めされていることに関して嘘をつくとき、「覚えていません」と答える癖がある。
祥子の所持品は、約3万円の入った安物の財布と、男物のリュックサックひとつだけだ。スマートフォンなどは持っていない。
もし、探索者がリュックサックの中を見せるよう言えば、祥子は素直にうなずいて、いきなり中身をところかまわずぶちまける。ここで祥子の非常識な行動をロールプレイすること。
荷物の内容は、着替えと本が主だ。
着替えは春物のパーカーや洒落っ気のない薄手のパンツ、安物の下着類など、必要最低限のものしかない。また、彼女は下着を見られても恥ずかしがるようなことはない。彼女には羞恥心がまだ理解できないため、そういったことには無頓着だ。
シンプルな着替えとは対称的に、本はいろいろなジャンルにわたっている。幼児用の絵本、小学校中学年向けの国語の学習参考書、動物と植物のポケット図鑑、山の写真集、そして皮で装丁された古びた本だ。
祥子は古びた本以外は、自分の勉強のための本だと説明する。この古びた本の正体は魔道書『エイボンの書』だ。詳しくは、「◎11,古びた本」を参照すること。
祥子の年頃を考えれば、絵本や小中学生向けの参考書で勉強するというのは奇妙な話である。そのことを尋ねられれば、彼女は「少し前まではこれで勉強していましたが、もう全部覚えてしまいました」と答える。驚くべき事に、彼女は言葉通り絵本と参考書の一字一句、すべてを暗記している。
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コラム:祥子への質問例
探索者が祥子に質問しそうな内容と、その返答についてまとめておく。
Q.あなたの名字は?
A.「私には名字はありません。最初から無いんです」
Q.年齢は?
A.「覚えていません。タカオは16歳くらいだと言ってました」
Q.ご両親は?
A.「両親ですか……よく覚えていません。でも、いつもタカオは自分のことを兄と思えと言ってました」
Q.どこで生まれたの?
A.「昔のことは覚えていないんです。タカオと会う前のことは……」
Q.高尾浩一とはいつ会ったの?
A.「始めて会ったのは、今年の7月3日です」
Q.高尾浩一との関係は?
A.「タカオは私の先生です。兄でもありますが、本当の兄ではありません」
Q.高尾浩一はどこにいるの?
A.「わかりません。私には何も教えてくれませんでした」
Q.高尾浩一とどこで暮らしていたの?
A.「覚えていません。ごめんなさい」
Q.高尾浩一と別れたのはいつ?
A.「今朝です。あなたに会いに行けとだけ言われて、新宿駅(探索者の自宅に近いターミナル駅としてもよい)で別れました」
Q.前田秀文という男を知っている?
A.「覚えていません。ごめんなさい」
Q.高尾浩一とこれまでどこにいたの
A.「昔のことは、よく覚えてません。10日くらい東京にいました。ホテルとか、公園のベンチとかで暮らしていました」
Q.あなたは人間なの?
A.「わかりません。いったい何が人間であることを証明するのか……あなたにはわかりますか?」
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このシナリオは、探索者に祥子へ愛着をもってもらうことで、さらにドラマチックな展開となる。そこで、探索者が事件の調査を進めている合間に、息抜きのワンシーンとして、祥子との交流も織り交ぜてもらいたい。奇妙な言動はあるものの純粋無垢な祥子と接することで、探索者が彼女を守ってやりたいと感じさせることができれば上出来である。
祥子をロールプレイするポイントは「高い知性に、いびつな知識。そして乏しい感情」だ。「本で読んだような知識だけはあるが、世間知らずのお嬢様」を、極端にしたロールプレイをすると良いだろう。
ただし、彼女は物を知らないだけで、学ぶ能力は人間以上だ。そのため、彼女は同じ過ちを繰り返すことはない。
また、感情の起伏がとぼしくはあるが、ロボットのような無機的な存在ではない。彼女にとって感情はまだ理解できないものだが、なんとか理解して、自分に取り入れたいものである。彼女は人の感情を学ぼうとするが、うまくはいかない。学問とは異なり、本物の感情とは他人に教えられて得られるものではないからだ。このことは彼女を戸惑わせている。知識としての感情と、人間ならば自然と沸き上がる真の感情の違いを理解できないのだ。
祥子と少し暮らせば、彼女が普通の人間でないことはすぐにわかるだろう。
ただ、そのことを祥子自身の性質とせずに、彼女の育った環境の不幸としよう。なぜなら、彼女にはそれを正そうという姿勢があるからだ。そして、そんな祥子の態度をロールプレイすることで、探索者の同情をひくこともできるはずだ。
現在の祥子は、高尾浩一から小学校三年生程度の教育を受けている。ただ、記憶力や理解力が極めて高いため、その知識はいびつなものだ。難解な問題を簡単に理解できるくせに、常識的なことを知らなかったりする。
普段の彼女は、人間らしくなるための知識を得ようとする。
これは高尾浩一に、普通の人間として暮らすために勉強するように言われたからだ。そして、これまで本やテレビでしか知識を得ることしかできなかったが、探索者と行動を共にして、実体験で学ぶことは、彼女にとっても刺激の多いものとなる。
以下に、探索者と祥子の間に起きる出来事についての例を重要度の高い順に記してある。
キーパーは、これらをすべて起こす必要はない。ただ、中には後半の展開に関わるものもあるため、時間に余裕があれは、できるだけ探索者に経験してもらおう。
もちろん、これらは例にすぎないため、キーパーの判断で内容を変更してもかまわない。
○手伝いをする祥子
内にこもった印象を受ける彼女だが、家事の手伝いは積極的にする。探索者が祥子に手伝いさせないようとしても、強引とも思えるほどの頑固さで手伝おうとする。
これは、高尾浩一に「探索者の家では、手伝いをして良い子でいるように」と言いつけられているためだ。
祥子は料理が得意である。家庭料理とは違った、少し凝ったレパートリーが多い。これは料理番組で勉強した成果である。一方で、食材が足りないときなどのアレンジは苦手だ。
洗濯や掃除などは、不慣れだ。これは高尾浩一の教え方が悪かったせいで、きちんと教われば、なんでも器用にこなし、同じ過ちは絶対に繰り返さない。
そんな手伝いの最中に、祥子が重い荷物を軽々と持ち運ぶ姿や(祥子のSTRは人間を超えている)、包丁で指を怪我したはずなのに傷がない(再生能力がある)といった、祥子の特異性を描写するとよいだろう。ただし、祥子は人間のように振る舞うため、不自然な行動だったと気づけば、それを隠すだけの知恵はある。
祥子は手伝いをしたことで探索者に喜ばれると、「タカオは、人に喜ばれることをしろって言ってました。もっと手伝うことはありませんか」と言う。探索者が祥子に好感を持つようにさせたほうが、クライマックスが盛り上がる。ここでは彼女の健気な態度をロールプレイするとよいかもれしない。
○普段の祥子
祥子は暇さえあればテレビを見ているか、自分の持ってきた本や、探索者の家にある本を読んでいる。高尾浩一と暮らしていたときにはパソコンもスマートフォンもなかったため、インターネットの使い方はわらかない(探索者が使い方を教えれば、そこから貪欲に知識を学ぶだろう)。
テレビはたいてい教養番組を見ている。内容が子供向けでも、大人向けでも関係なく、何時間でも飽きることなく見続けている。ただし、一度見た内容の再放送は見ない。バラエティ番組は理解できないことが多いため、あまり好まない。
また、本は写真週刊誌から専門学術書まで乱読する。読む本はどんなものでもかまわないが、どちらかといえば写真の多い本を好む。理由を尋ねられれば、「写真は嘘じゃないから」と答える。
一方、小説や漫画などはほとんど読まない。理由は「嘘が書いてあるから」である。祥子には創作のおもしろさを理解できないのだ。
インターネットには最初のうちは強い興味を持つが、しばらくすると見なくなる。理由は「内容がバラバラで、情報が混乱しているから」である。脈絡のない広告や、ネットスラングなどが理解できないのだ。
そんな祥子が気に入っている本は、ポケット図鑑だ。写真や図はもちろん、細かな注釈まできっちりと読んで、時には探索者に漢字や言葉の意味を尋ねることもある。
ただし、一緒に持っていた古びた本(『エイボンの書』)に触れることはない。
祥子は非常に夜更かしであり、そして早起きだ。朝は日が昇らないうちから一人で目を覚ましては、静かに本や新聞を読んでいる。そして、深夜遅くまでテレビを見て、寝床ではわずかな明かりで読書を続ける。
実のところ、祥子は睡眠の必要がない。探索者たちに奇妙に思われないよう、眠る演技をしているだけなのだ。
○祥子に怯える動物たち
人間以外の動物はクリーチャーである祥子に対し、本能的な恐怖を感じる。
犬や猫は祥子を見た途端、逃げ出して、二度と寄り付かない。小鳥や金魚のペットは、祥子が近付くたびに怯えたように騒ぎたてる。祥子と散歩をすれは、普段はやかましい隣の家の飼い犬も、小屋に閉じこもって震えていることだろう。
○風呂に入る祥子
祥子には羞恥心というものがない。彼女は風呂からあがっても体を拭いた後、裸のままで着替えを取りにいくようなことがある。他人に裸を見られようがおかまいなしだ。
祥子の裸体を見た探索者は〈医学〉か〈目星〉に成功すれば、彼女の身体にはホクロやシミといったものがまったくなく、まるで彫刻やマネキンといった作り物のような印象を受ける。
祥子が持っていた古びた本は、かの高名な魔道書『エイボンの書』の写本である。
かなり年代を経た、すべて手書きによる写本だ。〈鑑定〉か〈歴史〉に成功すれば、装丁の特徴などから、これが15世紀後期のイギリスあたりで製本されたものだわかる。
表紙は深い緑色に染めた動物の皮で装丁され、『新クトゥルフ神話TRPG ルールブック』を3冊重ねたくらいの厚みがある。表紙には見慣れない文字の焼き印が押されている。〈オカルト〉か〈歴史〉に成功すれば、これがルーン文字で書かれた魔除けの言葉であり、そのような印を押してあることから、この本が不吉なものであることが推測できる。
また、本には沢山の付箋と、しおり代わりに使っていたらしい、「Kapitan」のタバコのパッケージが一枚挟まっている。このタバコを本に挟んだのは、前田秀文本人だ。
探索者は、高尾浩一が同じ銘柄のタバコを南極研究所の関係者からもらっていたことを思い出すかもしれない。つまり、高尾浩一にタバコをあげた人物こそが、この本の真の持ち主である可能性が高いというわけだ。
なお、このタバコのパッケージを見ると、祥子は怯えたように顔をそらし、離れようする。理由を尋ねられると、「なぜかはわかりません。ただ、そのタバコが怖いんです」と震えながら答える。彼女がこれほど感情をあらわにするのは珍しいことだ。
祥子には「Kapitan」のタバコの匂いを恐れる習性がある。その理由については、後述の「◎19.前田秀文との対話」を参照すること。なお、他のタバコでは、このような反応をすることはない。
祥子は、古びた本について尋ねられると、「なんの本かはわかりません。ただ、タカオは大事に持っていろといっていました」と答える。本の内容や由来について、彼女は本当に何も知らない。
『エイボンの書』こそが、前田秀文が魔道に手を染めるきっかけともなった本だ。どのようなオカルト本も『エイボンの書』には遠く及ばないものであり、いまだにこれは前田秀文にとって最高の研究資料である。
そのことを知った高尾浩一は、前田秀文の研究を妨害するため、『エイボンの書』を盗みだし、祥子に託したのだ。
高尾浩一が『エイボンの書』を処分しなかった理由は、この本に記された知識が、前田秀文に対抗するための手がかりになるかもしれないと考えたからだ。ただ、英語が苦手の高尾浩一には、『エイボンの書』は解読できなかった。
この内容を理解するには、最低でも32週間を必要とするが、貼られている付箋のページに重点をおいて拾い読みすることは可能だ。その場合、5時間をかけたのち、〈ほかの言語(英語)〉に成功する必要がある。探索者が、英和辞書や翻訳ソフトなどを利用するといった工夫をした場合、キーパーの判断でボーナス・ダイスが1つ与えられるとしてもよい。『エイボンの書』の拾い読みで得られる情報は、「コラム:『エイボンの書』に記された情報」を参照すること。
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○エイボンの書(BOOK OF EIBON)
英語。写本。
正気度喪失:2D4
〈クトゥルフ神話〉:+2%/+7%
神話レーティング:29
研究期間:32週間
呪文:『新クトゥルフ神話TRPG ルールブック』222ページの『エイボンの書(英語版)』から、《クトゥルフとの接触》、《緑の崩壊》を除いた呪文。
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コラム:エイボンの書に記された情報
『エイボンの書』には、以下のような情報が記されている。
キーパーはすべての情報を一度に伝えても良いし、一つだけ与えて、さらなる情報を得るには再度ロールに成功する必要があるとしても良い。また、プレイヤーがあまりクトゥルフ神話になじみがない場合、キーパーの判断でさらに情報を追加しても良いだろう。
もしも、『エイボンの書』を拾い読みするための〈ほかの言語(英語)〉のプッシュ・ロールに失敗した場合、情報を誤解させるようなねじ曲げた形で伝えると良いだろう。
■南極大陸のどこかにある洞窟の奥には「ウボ=サスラ」というすべての地球生物の母たる神が存在し、その御許には『旧き鍵』という宇宙の真理を記した石板がある。
■人間以前に栄えた超古代種族は、神の肉体の一部を利用して、主人に奉仕するため生物を造り出した。それは玉虫色の悪臭、ショゴスと呼ばれる忌まわしき存在である。
■偉大な神「ヨグ=ソトース」の力の一端を借り、空間をねじ曲げ、一瞬で世界の裏側でさえ行くことのできる秘術がある。
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探索者が南極調査隊の遭難について調査した場合、そのタイミングによって状況は変化する。
○新聞や雑誌を調べる
図書館などで高尾浩一が参加した南極調査隊の記事を調べられる。
事件直後に調べれば、まだホットな話題のため情報源は多く〈図書館〉のロールは不要だ。祥子が訪問したのちに調べるのなら、半年が経過して話題は風化しつつあるため、過去の記事を調べるには〈図書館〉に成功する必要となる。
新聞や雑誌の記事によると、今回の南極調査が近年では珍しい大規模な計画で実施されたものだとわかる。そして、最善のバックアップがされていたにもかかわらず、このような大事故が発生したことに、関係者たちも困惑していることがうかがえる。
なお、祥子が訪れてから記事を調べのなら、事故から半年が経過しているというのに、いまだ遭難の原因究明どころか、手がかりすら発見されていないことがわかる。
○高尾浩一の自宅を調べる
高尾浩一は安アパートに独り暮らしをしていた。自宅を調べてもなにも手がかりはない。部屋には山の写真が多く飾られているくらいで、ほかに気になる点はない。
また、祥子が訪問したのちに自宅を訪れるのなら、すでにアパートは親族によって引き払われている。
○南極研究所を訪問する
南極研究所は東京の板橋区にある。極地に関する総合研究と極地観測を行うことを目的とした機関だ。なお、南極研究所は架空の機関である。
探索者が南極研究所を訪問した場合、調査隊メンバーの高尾浩一の知人であると告げれば、計画を担当したという人物と面会できる。犠牲者の知人に対して、所員たちはとても丁寧な応対をする。
この後の展開は、探索者が南極研究所に訪れた時期によって変化する。
遭難の記事を見て一ヶ月以内に南極研究所を訪れた場合、計画の担当者として、この事件の黒幕である前田秀文本人が応対する。
一ヶ月以降に訪れた場合、前田秀文は辞職しているため、志賀良信という若い所員が応対する。
しかし、どちらにせよ報道以上の情報は得られない。氷穴に関する情報は、前田秀文が調査隊の報告書を改ざんして握りつぶしているためだ。
前田秀文は探索者たちに対し、怪しい素振りを見せはしない。一見したところ丁寧な態度で、今回の事件に深く心を痛めているといった態度をとる。〈心理学〉のハードに成功すれば、そんな彼の態度が上っ面だけのものだとわかるが、それでも事件の黒幕につながるほどの怪しさではない。反省するふりをするだけの心ない所員という程度である。
なお、彼の身体には「Kapitan」のタバコの独特の匂いが染み付いている。「Kapitan」を吸ったことのある探索者ならば〈目星〉とINTの組み合わせ技能ロールに成功すれば、そのことに気づける。
前田秀文の代わりに、志賀良信が応対した場合でも、不審な点はない。
探索者が前田秀文のことを尋ねた場合、遭難事故のあと、責任をとるように辞職したことを教えてもらえる。
前田秀文の人柄については、多少ワンマンなところはあったが、優秀な男であったと証言する。ただ、あまりプライベートについては話したがらない、同僚とは距離を置いた人物だったと付け加える。
「Kapitan」のタバコについて尋ねれば、前田秀文がいつも吸っていた銘柄であることを教えてくれる。
探索者が前田秀文の自宅の住所を調べるのはかなり難しいが、不可能ではない。
南極研究所のデータベースに〈コンピューター〉に成功するなどして、違法アクセスするか、または〈隠密〉と〈鍵開け〉を駆使して、事務所に潜入して個人情報を盗み見するなどが考えられる。〈言いくるめ〉や〈威圧〉といった対人関係技能で所員から住所を教えてもらうという方法もあるだろう。ただし、どの技能も失敗すれば、それなりのリスクがある。最悪、警察に通報されるかもしれない。
そして、苦労して前田秀文の自宅を訪れても、探索者が得るものはあまりない。
前田秀文は郊外の高層マンションに独り暮らしをしている。
ただし、南極研究所を辞職してからは自宅に戻ることはなく、留守にしている。
一階にあるマンション住人の郵便受けを見れば、前田秀文の部屋の郵便受けには、新聞と郵便があふれている。一番古い新聞は4月17日の日付だ。
前田秀文の部屋のドアには鍵がかかっている。このゲーム中に前田秀文が帰宅することはない。
隣人に聞けば、ここしばらく前田秀文の姿は見かけていないという。近所の評判では、無愛想で近所づきあいをまったくしなかったが、特に目立った問題などのない人物だったという。
前田秀文の部屋に入るには、玄関のドアを鍵を開けるための〈鍵開け〉に成功するか、鍵を壊してドアをこじ開けるための〈機械修理〉に成功する必要がある。セキュリティ意識の高いマンションのため、管理人から合鍵を入手するといった方法は難しい。
前田秀文の部屋は、きちんと整頓された、飾り気のないものだ。
書斎兼寝室には、大変な量の蔵書がある。さまざまな言語の本が並び、それに応じた各言語の辞書もある。
書斎を調べて、〈オカルト〉か〈鑑定〉か〈図書館〉に成功すれば、これらの本がオカルト秘儀や魔術に関する奇書ばかりだとわかる。中には大変珍しい高価な稀書もあり、並のコレクションではないとわかる。また、書斎机の引き出しには「Kapitan」の買い置きがある。
また、部屋のタンスなどを捜索して〈目星〉に成功すれば、財布や免許、手帳や着替えの一部がなく、前田秀文が長期旅行に出ているのではないかと推測できる。
それ以外に、この部屋にめぼしい手がかりはない。
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コラム:祥子の失踪
ゲームの展開によっては、突然、祥子が探索者の元からいなくなる可能性がある。
彼女はあるニュース(詳しくは、後述の「◎12.謎の腕のニュース」参照)を見て、山梨県の韮崎市へと向かうのだ。
ニュースと祥子がいなくなったことに因果関係を見いだした探索者は、すぐ山梨県に行くことが想定される。よって、祥子がいなくなるタイミングは、南極研究所への訪問など、東京での調査が一段落してからにすると良いだろう。
祥子は、深夜や探索者のふとした隙をついて、なんの前触れもなくふいっと姿を消す。書き置きなどは残されておらず、荷物も財布以外はそのまま残されている。まるでちょっとそこまで出かけたといった様子だ。しかし、いくら待ったところで、祥子が帰ってくることはない。
探索者が警察に通報したところで、状況は好転しない。そもそも祥子の身元すらはっきりしないため、探索者に無用な疑いをかけられるかもしれない。
なお、用心深い探索者が祥子を24時間態勢で監視している場合、彼女はいなくならない。その場合、探索者は祥子と一緒に「15,謎の腕のニュース」で事件を知ることになる。
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祥子が失踪してから、少なくとも6時間程度が経過してから、探索者はテレビやインターネットのニュースで気になる事件を耳にする。キーパーはタイミングを見て、以下の内容を伝えること。
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○ニュースの内容
「先日、山梨県韮崎市矛ヶ岳の渓流で、男性の左腕が発見された事件ですが、いまだその身元は判明しておりません。
韮崎警察署では、死体遺棄事件の可能性もあるとして、発見された腕の身元の確認を急いでおります。
発見された腕の切断部には、獣の噛み跡のような傷がついていたことから、野生動物が死体から咬みちぎったものではないかと警察は見ており、現場の山中では大がかりな捜索が続けられています。
また、左手薬指の第一関節から先が古傷によりなくなっており、身元を調べる大きな手がかりとして、警察では市民からの情報を広く求めています」
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この薬指のない腕は、高尾浩一のものだ。もし、プレイヤーが気づかなくても、高尾浩一と親しい探索者ならば、ロール不要で彼の左手には薬指がなかったことを思い出せることにしてよい。
韮崎市の警察に連絡して、死体の身元に心当たりがあると伝えれば、以下のようなニュースより詳しい情報を得ることができる。
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○電話での警察からの情報
■腕は20〜30代の、やや筋肉質な男性。
■腕は切断されてから、1週間程度が経過している。
■腕を損傷させた動物は、また限定できていない。かなり大きな動物と思われる。
■指の傷以外に目立った特徴はない。
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電話では、これ以上の情報を得ることはできない。警察は「韮崎市まで来て、死体の確認をしてもらえないか」と依頼する。その腕が本当に高尾浩一のものであるかを確認するには、探索者が韮崎市まで行く必要があるだろう。
もし、祥子がいなくなっていない場合、探索者が韮崎市へ行くと知ると、「タカオのことが心配だから、一緒に行きたい」と、かなり強い調子で申し出る。彼女が自分の意志を表に出すことは珍しいことだ。
また、探索者が韮崎市へ行こうとしない場合、祥子は探索者に黙って、ひとりで勝手に韮崎市へ向かおうとする。探索者が祥子の同行を拒否した場合も同様だ。
探索者が韮崎市の警察署に行き、腕の持ち主に心当たりがあることを告げれば、問題の腕との面会が許可される。
探索者は地下にある冷房のきいた死体安置所に連れていかれる。
担当の検死官が、冷蔵ロッカーから半透明のビニールに包まれた腕をトレーに乗せて、探索者の前まで運んでくる。キーパーは以下の文を読み上げること。
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検死官の手によってトレーに置かれたモノのビニールが取り除かれると、蝋細工のように生気のない、青白くふやけた腕があらわになった。
その切断部はズタズタに引き裂かれており、筋肉の繊維や、血管が紐のように露出している。一目でその傷跡が、鋭利な刃物ではないことがわかった。
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この腕を見た探索者は0/1正気度ポイントを失う。
腕には薬指の先が失われていること以外、目立った特徴はない。ただし、高尾浩一と会ったことのある探索者なら、〈医学〉かINTロールに成功すれば、薬指の特徴などからこの腕が高尾浩一のものであると確信できる。
同席する検死官に話を聞いても、警察から電話で与えられる情報以上のものは得られない。
探索者が腕に対してできることは、触ったり裏返したりする程度だ。解剖などは許されない。
傷口を調べて〈医学〉か〈動物学〉に成功すれば、傷の形状からして、細かく鋭いたくさんの歯を持った肉食動物(例えばイルカや巨大魚)によって噛み切られたものではないかと推測できる。ただ、日本の山中でそのような動物に腕を噛み切られることは考えづらい。
警察はタイミングを見計らって「この腕に心当たりがあるか」と質問する。
探索者が「人違いだった」と嘘をつけば、それで終わりとなる。
探索者が「南極で行方不明になった男のものだ」と答えれば、警察はあきらかに信じていない様子で「なるほど。では、確認のほうは進めておきましょう」と、おざなりな返事をするだけだ。ここで探索者が警察に高尾浩一の捜索について、協力を求めても無駄に終わる。
このシナリオでは、警察はあまり探索者の役には立たない。もし、探索者が警察に協力をもとめることに執着するようなら、「今回のシナリオでは、警察はあまり役に立たない。この事件は自分たちの手で解決してほしい」と、はっきり告げてしまって良い。
探索者が検分を終えると、入れ替わるように死体安置所に老婆を連れた警官がやってくる。そして、検死官に「このかたも、腕の身元に心当たりがあるそうです」と告げる。
探索者が死体安置所から追い出されることはないため、望むなら、老婆の腕の検分を見守ることも可能だ。
この老婆は、斉藤良江である。高尾浩一たちが暮らしていた貸別荘の近所の住人だが、最近、高尾浩一と祥子の姿を見かけないため、寂しく思っていたところ、薬指のない腕が発見されたというニュースで見て、もしやと思って警察を訪れたのだ。
斉藤良江は腕を見ると、最初はおびえたような顔をするが、ひとしきり観察したのち、「うーん、もしかするとご近所さんのものかもしれないし、違うかもしれないし、よくわからんねぇ」と、頼りない調子で呟く。
警察は斉藤良江に、高尾浩一について尋ねるが、「近所の貸別荘に住んでいた人だけど、今はもうそこには住んでいないみたいだねぇ」と、 ゆっくりとしたペースで答える。
警察は一通りの話を聞いたのちに、さっさと彼女を帰らせようとする。そんな警察の態度は、斉藤良江の頼りない態度に、あまり信用できないと判断したことがうかがえる。
探索者はいつでも斉藤良江に話しかけることができる。
探索者が高尾浩一の友人であることを斉藤良江に納得させれば、彼女は質問になんでも答えてくれるようになる。なお、彼女は信じやすい性格なので、探索者の〈威圧〉以外の対人関係技能のロールに、常にボーナス・ダイスが1つ与えられる。
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コラム:斉藤良江の回答例
Q.高尾浩一との関係は?
A.自分は韮崎市の北東に位置する矛ヶ岳に住んでいる。その近所の貸別荘に高尾浩一たちは暮らしていた。二人はいつも一緒にいて、兄妹かと思っていた。
Q.貸別荘の住所は?
A.住所までは覚えていないから、自分が帰るついでに案内する。
Q.高尾浩一が暮らしていたのはいつ?
A.暮らしていたのは、だいたい7月頭から8月頭くらいだ(正確には7月3日〜8月3日まで)。それからは二人の姿を見ていない。
Q.気になることはなかった?
A.時々、中年の男が別荘に出入りしていた。真面目そうな顔をしているが、なんだか怖そうな人だった(前田秀文の特徴を話したり、顔写真を見せたりすれば、その男だと証言してくれる)。
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斉藤良江からの情報が得られれば、高尾浩一と祥子が暮らしていた貸別荘の場所がわかる。韮崎市内からバスを二本ほど乗り換えて、90分ほどのところにある山の中にある。
交通はやや不便ではあるが、それほど山奥というわけでもない。
別荘の借り主を調べるには、この別荘の管理業者に連絡するしかない。業者も簡単に顧客の情報は教えないが、探索者が適当な理由をでっち上げるか、または警察などに身分を偽るかして、適切な対人関係技能に成功すれば、借り主のことを教えてくれる。
業者によると、この貸別荘は前田秀文という人物が今年の2月から1年間という長期契約をしているとのことだ。
別荘の近くには渓流が流れており、別荘の敷地からも、そのせせらぎが聞こえてきる。
探索者が別荘に着くと、ちょうど山道を下ってくる地元で暮らす中年男性に出会う。ジャージ姿と長靴という姿だ。彼は探索者のほうに笑いかけながら、
「あんたら、釣りにきたのかね。だとしたら、このへんはやめたほうがいい。ここ一ヵ月ぐらい、まったくあたりがなくて、さっぱりだよ。やるんなら、もっと下流にしたほうがいいよ。もっとも、下は下で、人の腕が見つかったとかで大騒ぎだがね」
と、親切に教えてくれる。
〈ナビゲート〉に成功するか、ネットで地図を確認するか、斉藤良江や地元民に聞いてみれば、この別荘近くに流れる川の下流で高尾浩一の腕が発見されたことがわかる。この渓流については「◎17.淵に潜むもの」を参照。
この中年男性は、最近魚が釣れなくなったということ以外には、何も有益な情報は知らない。なぜ魚が釣れなくなったかについては「20,淵に潜むもの」を参照。
また、斉藤良江が探索者と一緒にいるのなら、この中年男性とは顔見知りで、ちょうどいいので一緒に帰るという展開にすると良いだろう。この後、彼女がいても特に役立つことはないからだ。
別荘はやや古びた感じのする3LDKの小さな一軒家だ。ぱっとしない雰囲気だが、世間に隠れ住むにはちょうど良い。貸別荘のため、生活に必要な家具類はすべて備え付けてある。
玄関のドアの鍵は開いており、簡単に中に入ることができる。
間取りはキッチン、リビング、寝室、そしてバストイレとなっている。別荘といっても、それほど豪華な作りではなく、普通の家と大差ない。
以下が、各部屋の情報だ。
●玄関
玄関に入ると、下駄箱の上に置いてある変わった長靴が目につく。
これは胴長と呼ばれるゴム製の長靴とズボンをあわせたもので、川釣りなどのとき、濡れずに水の中に入るためのものだ。玄関には、LサイズとSサイズの胴長が一着ずつある。
高尾浩一に会ったことがある探索者ならば、高尾浩一の体型がLサイズであると知っている。なお、祥子はSサイズだ。
この胴長は、前田秀文が川の中にある実験場へ濡れずに入るため、高尾浩一と祥子のために用意したものだ。
また、下駄箱を開けると外履き用のサンダルが2足残されているだけで、他に靴はない。サンダルのサイズもLとSだ。
●キッチン・バストイレ
キッチンやバストイレは、人の生活感が強く残されている。
キッチンには買いだめされた缶詰、レトルト食品、インスタント食品が山積みされている。また、冷蔵庫の中にはしなびた野菜がそのままに残されている。
流しには洗っていない食器が置いたままで、ゴミ箱からは生ゴミが腐臭をただ寄せている。
●リビング
リビングはひどく荒らされており、床には本などが散乱している。
これは前田秀文が高尾浩一たちの足取りを知る手掛かりを探したあと、そのままにしていったからだ。以下がリビングで見つかる手掛かりである。
○祥子のスケッチ
床に散乱する本を調べれば、ほとんどが絵本や図鑑である。INTロールに成功すれば、祥子が好きだったタイプの本ばかりだとわかる。
その本のうちの一冊にスケッチが挟まれている。
スケッチブックから切り取った画用紙に、鉛筆で描かれてある。まあまあの絵だが、ずば抜けて上手いというわけではない。
絵の題材は、渓流の大きな岩の上にたたずむ少女だ。背格好や髪型から、それが祥子であるとわかる。右下には「Takao」というサインと、今年の7月20日の日付が書いてある。
これは、高尾浩一が別荘で暮らしていたとき、暇つぶしに祥子を描いたものだ。
○「Kapitan」の吸い殻
リビングのテーブルの上には「Kapitan」のタバコのパッケージが置いてある。中身も3本残っている。テーブルに置いてある灰皿には、同じ銘柄の吸い殻も残っている。
これは前田秀文が家捜しをしたときに吸って、そのまま置き忘れたものだ。
●寝室
寝室にはベッドが二つある。ここもリビング同様にひどく散らかっている。
タンスやドレッサーは空きっぱなしになっており、床には衣類などが散乱している。以下がリビングで見つかる手掛かりである。
○祥子のドリル
床には小学生向けの漢字ドリルなどが散乱している。
漢字ドリルには幼児が書いたようなのたくった字と、それを採点する書き込みがある。これは高尾浩一が採点したものだ。
こののたくった文字は、祥子が文字を習いたてのときに書いたものだ。後半になるにつれて、文字はしっかりしてくる。そんな上達ぶりを見れば、このドリルで学んだ人物が異常な速度で読み書きを覚えたことが推測できる。
○2種類の防寒着
寝室のドレッサーには、重装備の防寒服と、普通の防寒ジャンパーとズボンが1着ずつかけてある。
重装備の防寒服を見て、〈知識〉か適切な〈サバイバル〉に成功すれば、これが南極調査に使用されるような、プロ仕様の防寒服だとわかる。さらによく調べてみれば、南極研究所に所属することを証明する高尾浩一の身分証と、使い込まれた手帳が見つかる。手帳については「19,高尾浩一の手記」を参照。
防寒ジャンパーとズボンのほうは、どこでも手に入る普通のものだ。サイズはLサイズだ。この服は、玄関にあった長靴と同じく、高尾浩一が実験場に行くときに着るためのものだ。祥子の防寒ジャンパーがないのは、彼女は寒さが平気なため不要だからだ。
貸別荘の寝室にあった防寒着には、高尾浩一の手帳が遺されている。
かなり使い込まれた手帳で、付属のカレンダーは去年のものである。予定帳の部分には、数行ずつの簡単な日記が書かれてある。この日記を読めば、手帳の持ち主が高尾浩一であることはすぐにわかる。
以下は、日記の内容の抜粋である。
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プレイヤー資料:高尾浩一の日記
○月×日(高尾浩一と探索者が最後に会った日)
今日、(探索者の名前)と祝杯をあげた。
・3月24日
南極に到着する。すばらしい世界だ。ここには、まだ人が見たことのないものがある。それを見て、感じることのできる幸せは、何にも変えがたい。
・3月26日
指示された地点が近い。どうしてだろう。なぜか不吉な気持ちがしてならない。仲間たちも同じ気持ちらしい。疲労のせいだろうか?
・3月27日
みんな、悪夢に悩まされている。自分もそうだ。ゼリーのような怪物が……いや、気の迷いだ。疲れてナーバスになっているだけだ。
・3月29日
やっと到着した。計画にあった地点を調査したところ、厚い氷を引き裂いた断層に不思議な氷穴を発見した。地質学はわからないが、これがただの地殻変動によるものとは思えない。上に正確な座標を報告し、次の指示を仰ぐ。
・3月30日
例の穴へ下りるよう指示がきた。自分もそのメンバーに選ばれる。いつもならば心躍る探険も、なぜか気が乗らない。
・3月31日
あなのなかにいた。
かいぶつだ。
おそろしいかいぶつだった。
なかまはしんだ。
にげられたのは、おれだけだ。
けど、あなのそとのキャンプにいたみんなもしんでいた。
こえがきこえる。
あれは、まえだかちょうのこえだ。
(しばらく空白)
・8月17日
ここに日記を書くのは、ひさしぶりだ。
南極以来、まるで自分が自分でなかったような気分だ。
しかし、祥子と暮らしていて、だんだんと昔のことが思い出せるようになった。
高い山、広い海、友人、教師だった頃の生徒たちの顔。
やらなければならないことがある。
祥子や殺された仲間のためではなく、自分のために、あの男を止めなくてはいけない。私にはその責任がある。
もし、この日記を読んでいる人がいるなら、私はすでにこの世にはいないだろう。
無理だとは思うが、祥子という少女に伝えて欲しい。
おまえはアレとは違う。
おまえは私の可愛い教え子だ。
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手帳の日記を読んで〈精神分析〉に成功すれば、3月27日の日付のあたりから、彼が情緒不安定になりつつあることがわかる。
さらに、〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、南極探検隊が精神的に不安定な状況に陥ったのは、かのルルイエが浮上した際にも確認された、強大な神のテレパシーによる悪影響ではないかと推測である。
また、8月17日の日付の文章は、日付通り、明らかに最近書かれてもののだ。
これは、高尾浩一が前田秀文との対決の前に書き残したものだ。
せせらぎの音を頼りに、別荘から続く小道を下れば、谷底に流れる渓流の川原に突き当たる。大きな岩がごろごろとして、渓流釣りも楽しめそうな場所だ。
高尾浩一が描いた祥子の絵を見ている探索者は、INTロールか適切な〈芸術/製作〉に成功すれば、ここが絵にあった風景と同じ場所だとわかる。
スケッチにあった大きな岩を探せば、すぐに見つかる。そして、そこに祥子の姿を発見する。祥子は岩の上に登って、川の流れを見つめている(祥子と同行しているのなら、彼女は自分から岩に上る)。
探索者も岩に登れば、下は川が深くなっており、流れの緩やかな淵になっているのが見える。
探索者が近くに来ると、祥子は川の流れを見ながら、「タカオはここへ戻ってはいけないと言ったのに……なぜ、わたしは約束を守らなかったんだろう」と、自問するように呟く。そのときの祥子の表情はどこか悲しそうだ。彼女が感情を表に出すのは、とても珍しいことだ。
このとき、祥子は自分に芽生えつつある人間らしい心に戸惑っている。高尾浩一の指示に従うことと、高尾浩一の身を心配して行動することによって生じる矛盾に、困惑しているのだ。
そんな祥子にどのような対応をするかは、探索者しだいだ。
そして、探索者と祥子の会話が一区切りついたところで、キーパーは以下の文を読み上げよう。
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淵の水底から、白いものがゆっくりと浮かび上がってくる。
それは、女の顔だった。
しかも、それは祥子そっくりの顔だ。
水面に顔だけを出して、祥子と同じ顔はじぃっとこちらを見つめている。まるで、隣にいる祥子の顔が、水面に映っているかのようだった。
だが、間違いなく、川面には生身の顔が浮かんでいる。
しかも、川の水はすんでいるというのに、なぜか祥子の顔の下にあるはずの身体が見えない。いったいどうしてなのだろうか?
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川の中の祥子は虚ろに見開かれた瞳で、こちらを見つめ続けるが、探索者がなにかしらの行動に移ろうとする寸前、動きを見せる。
その人形のような美しい顔の上顎と下顎がぱっくりと分かれ、細かくも鋭い牙の並んだ貪欲な口を開く。そして、ゆっくりと水中から鎌首をもたげ、水のなかに隠れていた身体の部分をあらわにする。
その姿はミミズに似ている。鱗の無いぬめりとした肌は、まるで皮を剥かれたかのように血管の浮いた薄ピンク色。巨大な身体は軟体動物のように、ぶよぶよと脈動している。
しかし、そのような姿をよりおぞましくしているのは、その鼻面にある祥子と同じ顔だ。まるで巨大ミミズに祥子の仮面をつけたかのようだが、その顔は怪物の頭部として機能しているのだ。この怪物を目撃した探索者は0/1D6正気度ポイントを失う。
この怪物は、前田秀文が祥子を造り出す過程で生まれた出来損ないの一匹だ。前田秀文は、この怪物を使って高尾浩一を殺害したのである。そのとき、怪物は前田秀文の元から逃げ出して、この淵に潜むようになった。そのせいで、この付近の流れに住む川魚が減っているのだ。
怪物は探索者たちに襲いかかろうとするが、「Kapitan」のタバコや、その空き箱を持っている者は避けて、攻撃対象としない。この怪物は「Kapitan」の匂いを恐れているからだ(理由は「◎19.前田秀文との対話」を参照)。
一方、岩の上にいる祥子は、探索者の行動にかかわらず、怪物の前に無防備で立ちはだかり、「あなた、タカオを食べたのね」と、静かに問いかける。
怪物は祥子に襲いかかろうとするが、それを助けるかどうかは探索者しだいだ。
突き飛ばすか、抱き抱えるなどして助けようとする場合、祥子の代わりに、探索者が〈回避〉に成功する必要がある。ライターなどを持っている急いで「Kapitan」のタバコに火をつけるには、DEXか〈幸運〉のハードに成功する必要がある。もしも、探索者がほかのアイデアを思いついた場合は、別の技能でロールをさせてもよい。
ともあれ、ロールに成功すれば、怪物の攻撃は失敗して、その牙は彼女の肩をわずかにかすめるだけですむ。祥子は肩に浅い傷を負い、流血する。
ロールに失敗するか、探索者が祥子を助けようとしなかった場合、彼女は怪物の牙に捕らえられ、ぱっくりとくわえられてしまう。怪物は祥子をくわえたまま地面に一度叩きつけると、次は川の中へと放り込む。それはワニなどの動物が捕らえた得物にとどめを刺すかのような動きだ。普通ならば、もはや祥子の命はないと思える。
ロールの成否にかかわらず、次に怪物は「Kapitan」を持たない探索者に襲いかかる。
この怪物を撃退するには、戦闘で倒すか、もしくは怪物が恐れる「Kapitan」のタバコを使って追い払うといった方法がある。
怪物がタバコの匂いを恐れていることに気づいて、タバコの吸い殻や空き箱などで脅せば、ロール不要で撃退が可能だ。タバコの匂いによって追い払われた場合、怪物は二度と探索者たちの前に現れることはない。なお、「Kapitan」以外の銘柄のタバコは無効である。
戦闘となれば、怪物は死ぬまで戦い続ける。怪物の耐久力がゼロとなれば、普通の生物のように死亡する。やわらかな肉体は自重のためゼリーのように潰れて、グロテスクな肉塊と変化する。怪物を調べて、〈科学(生物学)〉に成功すれば、これがひどく原始的な生物で、線虫のような微生物がそのまま巨大化したような単純な構造をしていることがわかる。もちろん、未知の生物である。このロールに成功して、そのような信じがたい事実に気づいてしまった探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
また、高尾浩一の腕に残された噛み傷を見ている探索者が、怪物の口を調べて、〈医学〉か〈科学(動物学)〉に成功すれば、怪物の牙の形状と腕の傷が一致していることがわかる。
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淵に潜むもの、祥子の出来損ない
STR 60 CON 50 SIZ 90
DEX 60 INT 15 POW 35 耐久力 14
DB:+1D6 ビルド:2 移動:8/泳ぐ10 MP:7
1ラウンドの攻撃回数:1
攻撃方法:鋭い牙で噛みつくことで近接攻撃を行なう。
近接戦闘 30%(15/6)、ダメージ 1D6+DB
回避 30%(15/6)
装甲:なし。
技能:水中に潜む 85%
正気度喪失:淵に潜むもののを見て失う正気度ポイントは0/1D6。
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怪物に襲われた祥子についての展開は、探索者が祥子を怪物の牙からかばえたかどうかによって、微妙に変化する。
○祥子をかばえた場合
探索者が祥子の肩の傷を手当てしようとすれば、出血はあるのに、傷がないことに気づける。これは奇妙なことだ。
○祥子が怪物にやられている場合
川に投げられた祥子は、探索者が助けにいく前に、自力で戻ってくる。
服は牙に引き裂かれ、水中で出血した名残として薄い赤色に染まっている。ところが、奇妙なことに彼女の身体には傷ひとつない。これは異常なことだ。
探索者が祥子の身体や、彼女の正体に疑問を持っても、彼女は探索者の問いに答えることはない。探索者たちの追及が厳しくなる前に、以下の出来事を起こそう。
探索者は川の上流から小さな白いものが流れてくるのに気づく。〈目星〉に成功した探索者は、それがタバコの吸い殻であるとわかる。
INTロールかDEXロールに成功すれば、流れに先回りして、吸い殻を回収できる。プッシュ・ロールに失敗したときは、流れてくるものをよく見ようとして、川に落ちてしまうといった展開が考えられる。探索者の持ち物は濡れてしまうだろう。「Kapitan」のタバコが濡れたかどうかは、今後の展開に影響を及ぼすはずだ。
吸い殻は、貸別荘の灰皿で見つけた「Kapitan」のタバコと同じものだ。もし、「Kapitan」を持っているならばロール不要でわかるが、持っていない場合はINTロールに成功する必要がある。
吸い殻はそれほど水を吸っていない。それは、さほど上流から流れてきたわけではなく、タバコを捨てた者が近くにいることだ。もしも、プレイヤーがそのことに気づかないようなら〈アイデア〉に成功すれば、気づくことにしてもよい。
貸別荘の近くから、渓流を上流に5分ほど歩くと、流れがゆるやかになり、川底も浅く、川原が広くなった場所にでる。川向こうの山間に面した川辺は、切り立った崖となっている。
このとき〈目星〉に成功すれば、川向こうの崖に横穴があるのを発見できる。なお、探索者が警戒しながら川をのぼっていた場合は、ボーナス・ダイスが1つ与えられる。または、探索者の行動しだいでは、キーパーの判断でロール不要で発見できるとしてもよい。
穴の入口は四分の一くらい川に沈んでおり、穴のなかに川の水が入り込んでいる。そして、奇妙なことに、夏だというのに穴の奥の水面には薄い氷がはっている。
穴までは、対岸から川を越えて行くしかない。川底は膝くらいの深さなので、濡れることを気にしなければ簡単に行くことができる。何の準備もせずに川を渡った場合、DEXロールに失敗すると、足を滑らせて転倒する。探索者の持ち物は濡れてしまうかもしれない。
なお、貸別荘にあった胴長など、適切な装備を着用すれば、DEXロールは不要だ。
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コラム:祥子の同行
用心深い探索者は、怪しい穴に祥子を連れていくのを躊躇するかもしれない。
しかし、祥子は探索者との同行を強く望む。これまでなんでも素直に言うことをきいてきた祥子にしては、珍しく強硬な態度である。キーパーは、これまでの祥子の態度とのギャップを利用して、彼女の決意の強さを演出するとよいだろう。
探索者が祥子を拘束するといった強硬な手段に出た場合、彼女は能力を最大限に駆使して逃れようとする。彼女の筋力をもってすれば、それはたやすいことだ。
彼女は探索者たちを振り切ると、勝手に穴へと入っていく。その後は、穴の奥にある空洞にいる前田秀文と対面した状況で、探索者たちの到着を待つこととなる。
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穴に近づくと、明らかに水が冷たくなる。冷水は穴の奥から流れでており、一緒に尋常ではない冷気も流れてくる(新鮮な空気だ)。川面の氷は薄いため、砕きながら先に進むことになる。
穴はかなり昔に人の手によって掘られたもののようだが、何の目的で作られたものかはわからない。〈歴史〉に成功すれば、おそらくは氷室か貯蔵庫として自然の洞窟を広げたものではないかと推測できる。
穴の奥は真っ暗だ。先に進むには、スマートフォンのライトなどが必要となる。
気温は氷点下だ。この寒さは異常だ。
穴の奥は高くなっているため、5mも進めば水はなくなり、カチカチに凍り付いた土の上に立つことができる。冷気は奥から流れ出しており、寒さは増すばかりだ。
さらに奥に進めば、洞窟は少しずつ広くなり突き当たりの大きな空洞にでる。広さは約8mほどの楕円形の空間だ。天井の高さは2mほどで、かなり狭苦しい感じのする空洞だ。
空洞内は南極と同じ気温であり、探索者のまつ毛や濡れた服は徐々に凍り付いていく。
探索者が空洞の中へ入るとき〈目星〉のイクストリームに成功すれば、天井に何者かの気配を感じる。探索者の行動しだいでは、以後の不意打ちもかわすことができるだろう。
探索者全員が失敗した場合、一番後ろにいた探索者の背中に何者かが飛び降りてきて、白く細い女性のような腕で首をしめてくる。不意打ちの攻撃により、探索者は1D3ポイントのダメージを受ける。
明かりがあれば、その正体を見ることができる。その姿はおぞましいものだ。以下の文を読むこと。
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全長50cmもある、ピンク色のカエルのようだった。眼は無く、口は両生類独特の横一文字に大きく開いたものだった。ただ、前足はカエルのそれとはまったく違っていた。
その生物の前足は奇怪にも人間の腕とそっくりの形をしていた。しかも、それはほっそりとした美しい女性の腕であった。
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この生物も淵に潜んでいた怪物と同様に、前田秀文が生み出した祥子の失敗作である。前田秀文はこの生物を「背後に寄るもの」と呼んでいる。
このシナリオにおける背後に寄るものの役どころは、探索者の肝を冷やすことと、侵入者を前田秀文に気づかせることにある。よって戦闘が長引きそうなら、キーパーの判断で、1ポイントでもダメージを受けたのなら、背後に寄るものが逃走するといった展開にしてよい。
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背後に寄るもの、祥子の出来損ない
STR 60 CON 25 SIZ 30
DEX 40 INT 15 POW 35 耐久力 5
DB:+0 ビルド:0 移動:7/泳ぐ10 MP:7
1ラウンドの攻撃回数:1
攻撃方法:長い腕で近接攻撃を行う。
近接戦闘 30%(15/6)、ダメージ 1D3+DB
回避 20%(10/4)
装甲:なし。
技能:待ち伏せる 90%
正気度喪失:淵に潜むもののを見て失う正気度ポイントは0/1D3。
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探索者が背寄るものを撃退すると、空洞の奥でLED投光器による照明がつく。強烈な光は、空洞内を白と黒の二色に照らしだす。
この広い空洞は前田秀文の実験室だ。
地面に直接置かれたプラスチック製の衣装ケースには無数のシャーレが積み重ねられており、大小さまざまなビン、保温器、冷蔵庫、発電器などが整然と並べられている。なお、シャーレの中には背寄るものの細胞が培養されおり、ビンの中には背寄るものの死骸がアルコールで保存されている。
この設備を見て、〈医学〉か適切な〈科学〉に成功すれば、ここで生物を培養していることが推測できる。
また、空洞の中央には、前田秀文が五本足の金属製のイスに腰をかけて、余裕の表情で探索者のほうを見つめている。彼は背広の上に防寒ジャンパーを着ている。
その膝には小型のノートパソコンが置かれている。パソコンからはケーブルが伸びており、前田秀文の後ろにあるアンテナのようなものに接続されている。
●背寄るものたち
前田秀文の足元には無数の背寄るものが群がっている。
ひとつとして同じ姿のものはいない。節足動物、軟体動物、魚類、両生類を彷彿とさせるが、共通して体色は半透明のピンク色をしている。またおぞましいことに、その怪物たちのどれもが祥子の体の一部を持っている。たとえば、祥子の胸を持った巨大ムカデや、祥子の足を持ったウミウシといった感じだ。この光景を目撃した探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
背寄るものたちは、明かりがつくと、探索者の存在に気づきいて、一斉に迫ってくる。背寄るものの大部分は生物として不完全で、身動きすらまともにできないため、グロテスクな外見とはあいまって危険性は低い。ただ、数が多いため、群がられた探索者は運動に関わるロールすべてにペナルティ・ダイスが1つ与えられる。
なお、背寄るものは、「Kapitan」のタバコの匂いがする探索者には近づかない。探索者がタバコに火を付ければ、背寄るものは潮が引くように逃げていく。
用心深い前田秀文は、この忌まわしい生物を生み出すと同時に、「Kapitan」のタバコの匂いを恐れるよう調教を施した。祥子や背寄るものがタバコの匂いを恐れるのは、そのせいである。
●五本足のイス
前田秀文が座っているイスの足は、正五角形のそれぞれの頂点にある。そして、この足には針金が星形になるよう巻き付けられている。
五本足のイスは古代の秘術によって作り出されたマジック・ポイントの容器で、前田秀文にとっても貴重なアーティファクトだ。最大、五本足のイスには40ポイントまでマジック・ポイントが蓄えられるが、現在のマジック・ポイントは23ポイントだ。
前田秀文は蓄えられたマジック・ポイントを、いつでも自分のマジック・ポイントのように自由に使える。
●前田秀文の装置
前田秀文の背後にある装置は、ノートパソコンに接続された、2mほどの長さの3本のアンテナで構成されている。ノートパソコンで装置は制御されている。
アンテナには樹氷のように氷が張り付いている。アンテナに囲まれた空間には黄色い煙のようなものがたちこめている。〈目星〉に成功すれば、この空洞を満たす強烈な冷気は、そのアンテナの辺りから漂ってくるのがわかる。
このアンテナは呪文《門の創造》の一種で創造された「門」の一種だ。黄色い煙の中は、ウボ=サスラのいる「どこか」に通じている。冷気をともなう空気も、その世界から流れ出しているのだ。
これは魔術と失われたテクノロジー、そして現代の科学技術を融合させた前田秀文の天才的才能ならではの産物だ。前田秀文の背後にある装置と、五本足の椅子を見比べて、INTロールに成功すれば、両者がどこか似ていると感じる。さらに、〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、これらが古のもののテクノロジーに基づいて創造されたものだとわかる。
●前田秀文の対策
探索者が問答無用で攻撃をすることもあるたろう。
しかし、前田秀文は用心深い魔道士であり、多彩な呪文を操って、自分の身を守りつつ、効率良く人を殺す術を心得ている。
前田秀文は、背後に寄るものたちの反応から探索者の侵入には早い時点で気づいており、あらかじめ呪文《肉体の保護》("ルールブック"253ページ参照)により装甲を44ポイント持っている。前述した五本足のイスに蓄えられたマジック・ポイントが減っているのはそのためだ。
なお、前田秀文は攻撃されたとき、とっさにノートパソコンを守るような動作をする。ノートパソコンは大事な制御装置だからだ。
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コラム:NPCの行動はキーパーが決める
シナリオに書かれてあるNPCのセリフや行動はあくまで参考であり、キーパーは自分の好みや探索者の反応に合わせて自由に変更してよい。
NPCのロールプレイは、シナリオの記述よりもキーパーの判断のほうが優先される。
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前田秀文は椅子に座ったまま、祥子のほうを見つめて冷酷な笑みを浮かべて、語りかける。
「私の実験場へ来るとは、いったい何者だろうと思ったら、まさかおまえだったとはな」
次に、探索者に対しては、このように語りかける。
「で、きみらは誰かね。まさか、私の計画のために祥子を差し出しにきたというわけでもあるまい。まあ、あの高尾浩一の仲間といったところかな?」
ここの台詞は、以前、南極研究所で探索者が前田秀文と会っているのならば、以下のように変更すると良いだろう。
「ほう、きみらは確か高尾浩一の知り合いだったかな? ここに何の用かね。まさか、私の計画のために祥子を差し出しにきたというわけでもあるまい」
探索者が前田秀文と会話するつもりがあるようなら、その時間を取ろう。
前田秀文は高尾浩一を殺したのは自分であることなど、聞かれたことには余裕の態度で答えるが、クトゥルフ神話に関わる質問については、「おまえに説明しても無駄なこと だ」とはねのける。ここで事件の背景についてあまりくどくどと説明してもゲームのテンポは悪くなるだろう。
キーパーはきりの良いところで、前田秀文に行動させよう。
やがて、前田秀文は探索者を相手するのに飽きたように、祥子に語りかける。
「さて、祥子。私の言葉がわかるな」
その問いかけに、祥子は素直にうなずく。
「よろしい、ならばいますぐウボ=サスラの御許から『旧き鍵』の石板を持ってこい。おまえならそれができるはずだ、神の体から創り出したおまえならな」
その命令を聞いて、祥子は探索者と前田秀文のほうを見比べる。
そんな祥子の様子を見て、前田秀文はいらだたしげに「Kapitan」のタバコに火をつけ、煙を吐き出す。
「どうした、自分の主人が誰かを忘れたわけでもあるまい」
その煙の匂いに反応して、祥子は身体をガタガタと震わせる。
そして、祥子は彼のほうへに歩き出す。
もちろん、探索者はそれを邪魔することは可能だが、人間を超える力を持つ祥子を力尽くで止めるのは非常に困難だろう。もはや祥子は能力を隠すことなく、恐るべき筋力で先に進もうとする。
しかも、前田秀文は探索者が祥子や自分に近づくことを、呪文《シュド・メルの赤い印》のバリエーションによって阻止しようとする。
前田秀文はタバコを筆のように使って、空中に印を描き始める。タバコの赤い光は不思議なことに残像のように空中に残り、赤い複雑な文様が浮かび上がる。
すると、突然、前田秀文の足元に群がっていた背寄るものたちが苦しみのたうちまわる。背寄るもの柔らかい皮膚を破って、血管や内蔵が痙攣しながら飛び出すのだ。
印から8m以内にいる探索者は、各ラウンド1D3ポイントの耐久力を失う。さらに激痛のため、ロールが必要となるような行動はできなくなる。
なお、1ラウンドをかけて空洞の入口近くにまで後退すれば、呪文の範囲外に出られる。
ところが、祥子はそんな恐るべき呪文の範囲内を平然と歩いていく。
一歩進むごとに、白い肌は裂け、肉片が飛び散り、血が噴き出すのだが、その傷は見る見るうちに癒えていく。これは彼女がショゴスと同様の再生能力を持っているからだ。
前田秀文は次々と死んでいく背寄るものと、血塗れの祥子を見比べ、満足そうに以下のように語る。
「シュド・メルの洗礼は脆弱な存在には激しすぎる。だが、あの忌まわしきショゴスと同等の身体を持つおまえにとっては、この赤い印の力、霧雨ほどにも感じはしないだろう」
そして、前田秀文がノートパソコンの操作すると、装置のアンテナがブーンと唸りをあげる。装置の中に漂っていた黄色い霧は一段と濃くなり、ぼんやりとどこかの景色が浮かび上がる(正確に言えば、その景色の世界と、こちらの空間が繋がりが広まったのだ)。
そこは、暗く凍てついた洞窟だ。そして、そこには神がいる。
キーパーは以下の文を読み上げること。
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そこには無形の塊が、粘液と蒸気の中で横たわっていた。
頭もなく、器官や手足もない肉塊はジクジクとしたその側面からゆっくりとした波状運動によってアメーバのようなものを吐き出し、それを捕らえては食らっている。
肉塊の中に埋もれるように、いくつかの巨大な石板が見えた。
あそこには、宇宙に真理が刻まれているという。
その石板を守るためか、はたまた我々には理解しがたい理由か、そこには神がいた。
そう、この存在こそが自存の源ウボ=サスラであり、神話の中で地球生命の原型を生み出した存在と記される、外なる神なのだ!
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ウボ=サスラの姿を目撃した探索者は1D8/5D10正気度ポイントを失う。
ただし、これはあまりに致命的な数値なので、キーパーの判断で正気度の減少を加減(1D4/2D10)してもよい。機械を介して空間の隔たり越しに遭遇しただけなので、恐怖が薄らぐのだ。
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呪文《シュド・メルの赤い印》前田秀文のバリエーション
コスト:3マジック・ポイント、1D10正気度ポイント
必要時間:1ラウンド
《シュド・メルの赤い印》のバリエーションのひとつである。
印から8m以内にいる者は、各ラウンド1D3ポイントの耐久力を失う。内臓が痙攣して激痛を身体が襲い、筋肉や血管が膨張、破裂するのだ。この呪文の影響下では、効果範囲から逃げようとする行動以外、まともに動くこともできない。
元の《シュド・メルの赤い印》とは異なり、コストに術者の耐久力は不要だ。その代償として、効果範囲はずっと狭く、8mよりも離れればまったく影響はなくなる。
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以下の、NPC同士のやりとりはかなり長い内容となっているが、これはあくまで例である。「コラム:NPCの行動はキーパーが決める」にあるように、キーパーは自分の好みや探索者の反応に応じて、内容を自由に変更してよい。
探索者がウボ=サスラと邂逅したことでショックを受けている間に、祥子は躊躇することもなく黄色い霧の中へ入っていく。そして、霧の向こうでウボ=サスラのそばに難なく近づいて、石板の前に立つと、そこに刻まれた文字をじっと見つめる。
前田秀文はその様子を見て満足そうに笑みを浮かべると、祥子をアゴで指して、探索者たちに語りかける。
「アレはなんだと思う?
アレは、この実験室で生み出された、私に奉仕するための生き物だ。
アレを生み出したものは何だ?
科学か?
それとも神話的魔道か?
きみたち、神話と科学を別物と考えてはいけない。
リンゴが落ちるのも、大いなるものが海の底で眠るのも、すべてはアザトースの御心。つまり、宇宙に存在する絶対的法則に支配されたものなのだ。
だから、この世界ときみたちが異質と感じる神話を、別のものと考えてはならない。その二つは、アザトースという源で袂をわけた支流なのだから。
そう考えれば、世界が見えてくるだろう。神話の住人に比べれば悲しいまでに矮小な我々にも、まだ見込みがあるということだ。
そのためにこそ、あの『旧き鍵』を!
あれさえ得ることが出来れば、人間であるこの私も神に近づくことができる!」
そう叫んで、前田秀文は祥子に手を差し出すが、祥子は装置の中で石板を見つめたまま動かない。ここで初めて前田秀文は焦りを見せる。
「どうした、おまえの力ならば、それを動かすことぐらいたやすいはずだろう」
そんな前田秀文に対し、祥子はやわらかな笑みを浮かべる。それは祥子がいままで見せたことのない笑みだ。
もしも、探索者が祥子に優しく接してきたのなら、以降、祥子が高尾浩一について語るセリフを探索者の名に置き換えるとよいだろう。
「この笑みはタカオ(もしくは探索者の名)が教えてくれたの。嬉しいときに、人はこうやって笑うそうね。いま、とても嬉しい。だって、タカオの感じた苦しみをあなたにも与えることができるんですもの」
それはやわらかな表情とは対照的な言葉だ。
いつの間にか、祥子の足元にはウボ=サスラの触手が巻きついている。そして、その触手に触れた祥子の足は灰色に変色して、カサカサと崩れていく。
これは祥子がウボ=サスラに攻撃されているのだ。そのことに前田秀文は戸惑う。
「な、なぜだ? なぜ、ウボ=サスラは自分と同じものを襲うんだ」
「わたしはこれとは別だもの……わたしは心を持ってしまったから。タカオが言ってた。わたしはこれとは違うって。だって、これには心がないもの」
「心だと……そんなもの。肉体は同じもののはず……心など、関係ないはず」
「あなたに神の何がわかって?」
「お、おまえは……何なんだ」
「こんな話はもういいわ。あなたには、タカオ以上の苦しみをあげる」
「ふ、復讐か!?」
「復讐? わからないわ。タカオはそんな言葉を教えてはくれなかった……タカオは言ってたわ。ただ、美しいものを見て、優しく生きればいいといってた」
そうして祥子は語り終えると、石板に記された呪文を声高に詠唱し始める。
それは人間の言葉とはかけ離れた、「テケリリ、テケリリ」という不吉な旋律の混ざった歌声だ。
前田秀文はその詠唱を聞いて、慌てて逃げ出そうとするが、その途端、腹が大きく割けて、中から無数の灰色の触手があふれ出す。同時に空中にあった赤い印も消える。
裂けた腹から溢れ出す、徐々に太くなっていく触手を見て、前田秀文は信じられないような顔をする。
そんな前田秀文に対して、祥子は淡々と語る。
「ウボ=サスラの腕は、誰であろうと区別無く振りおろされるの。そう……神に相応しい平等さで」
「く、食われていく。退化していく。私の身体が、精神が……」
前田秀文は無惨な姿になりながらも、空洞の出口のほうへ逃れようとするが、触手の太さが増すにつれて、体は老化して萎んでいくように見える。
「みなさん、あれを使って門を閉じてください。わたしはこの男と一緒にウボ=サスラの元へ帰ります」
祥子は探索者にそう告げると、前田秀文が落としたノートパソコンを指さす。
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呪文《ウボ=サスラのわしづかみ》
コスト:1+そのラウンドに与えられるダメージの2倍に等しいマジック・ポイント、1D20正気度ポイント
必要時間:瞬時
《ニョグタのわしづかみ》のバリエーションのひとつ。
効果は《ニョグタのわしづかみ》とよく似ているが、対象の体内にウボ=サスラの触手の一部を招来させることでダメージを与える。
招来された触手は、対象の肉体と精神を食らって成長する。対象のすべてを食らい尽くしたのち、触手は元の持ち主のいる世界へと帰って行く。
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前田秀文の肉体からのみならず、アンテナの中に見えていたウボ=サスラからも触手がこちらの世界にあふれ出しつつある。このままにしておけば、恐るべき神が韮崎市山中に降臨することとなる。その被害ははかり知れないだろう。
それを阻止するためには、祥子の言うとおりに前田秀文の装置を操作して「門」を閉じるのが、手っ取り早い方法だ。
探索者がノートパソコンに近づくには、ウボ=サスラに食われつつある前田秀文の脇を通り抜けなくてはならない。前田秀文の体からあふれ出す触手は無差別にあたりのものを打ち壊しており、かなり危険だとわかる。
なお、前田秀文に攻撃しても、状況は好転しない。とはいえ、探索者は前田秀文を倒せば、触手もおとなしくなると誤解するかもしれない。そのような場合、〈アイデア〉に成功すれば、前田秀文と触手はまったく別の存在であると気づけることにしてもよい。
以下が、ノートパソコンに近づくために考えられる行動である。もちろん、プレイヤーが他のアイデアを思いついたのなら、キーパーは積極的に採用してあげること。
○触手を避けながら通り抜ける
〈回避〉に成功すれば、触手を避けて無傷でノートパソコンに近づける。
〈回避〉に失敗した場合、触手に殴打され耐久力に1D6+1ポイントのダメージを受ける。さらに続けて〈幸運〉ロールをする。成功すれば、幸運にもノートパソコンのほうに吹き飛ばされる。失敗すれば、ノートパソコンとは逆方向に吹き飛ばされてしまう。
たとえダメージを受けても、意識不明にならなければ、行動することは可能だ。
○前田秀文を引きつける
前田秀文を引きつければ、触手も一緒にやってくるため、その隙に別の探索者がノートパソコンに近づくことができる。
前田秀文を引きつける方法は探索者のアイデアしだいだが、〈説得〉以外の適切な対人関係技能に成功するなどが妥当だろう。
ただし、前田秀文を引きつけている探索者はDEXロールに失敗すると、触手にはじき飛ばされて耐久力に1D8のダメージを受ける。
どのような方法であれノートパソコンにたどり着いた探索者は、「門」を閉じることに挑戦できる。
パソコン画面には、前田秀文が自作したアプリケーションのメニュー画面が開かれている。このメニューから「門」を閉じるコマンドを探すには、〈コンピューター〉、INTロール、EDUロールのどれかに成功する必要がある。なお、探索者の〈コンピューター〉が50%以上あるなら、キーパーの判断でロール不要で成功するとしてもよい。
ロールに成功すれば、パソコンを操作していつでも「門」を閉じることができるようになる。
ロールに失敗した場合、操作に手間取ったせいで、前田秀文の触手が振り下ろされる。探索者が〈幸運〉に成功すれば、触手は別の場所を打ち据える。失敗すれば触手は探索者に命中して、耐久力に1D6ポイントのダメージを受ける。ダメージを受けても探索者が意識不明にならなければ、コマンドを探すロールに再挑戦できる。
探索者がパソコンを操作して「門」を閉じれば、部屋全体が鈍く振動を始め、空間が動画のブロックノイズのようにひずみ始める。「門」が閉じることを察したウボ=サスラが、触手の触れるものすべてを自分の世界に引きずり込もうとしているのだ。
前田秀文は、そのことに気づいて慌てて逃げようとするが、もはや歩くこともできず、ウボ=サスラに生きたまま食われるという無残な最期を遂げようとしている。
空洞に残っている探索者全員は、ウボ=サスラの触手から逃れるためのDEXロールに成功する必要がある。
ノートパソコンを操作して、ウボ=サスラの近くにいた探索者はレギュラーのDEXロールだ。
出口の近くなど逃げやすい位置や準備をしていた探索者のDEXロールにはボーナス・ダイス1つが与えられる。
意識不明や狂気に陥って、自分で動けない仲間を運ぼうとするなら、DEXロールの難易度はハードとなる。
ロールに成功すれば、ウボ=サスラの触手から無事逃げられる。
ロールに失敗すれば、ウボ=サスラの触手が迫ってきて、あちらの世界に引き込まれそうになる。
ただし、すでにロールに成功している探索者が、失敗した探索者の手を引くなどして援助できる。ウボ=サスラの触手から仲間の探索者を引き離すには、STRロールが必要だ。この場面でのウボ=サスラの触手はSTR110とする。ロールに挑戦する探索者のSTRとの差によって、STRロールの難易度は変化する。また、複数の探索者が力を合わせることも可能だ(詳しくは"ルールブック"83ページ参照)。
ロールに成功すれば、探索者は仲間をウボ=サスラの触手から引きはがすことができる。しかし、ロールに失敗した場合は、捕らわれていた探索者は完全に触手に取り込まれることになる。キーパーは探索者の最期にふさわしい演出をしてあげること。
探索者がウボ=サスラの触手から逃れると、やがて空洞内の照明がウボ=サスラに飲み込まれ、暗闇に包まれていく。そして、最後の照明が消え、祥子の姿が見えなくなる寸前、探索者にはなぜかはっきりと祥子の声が聞こえてくる。
「『遥か永劫の輪廻の果てウボ=サスラがもとに帰す』
エイボンの予言が正しければ、また出会えるときがくるかも知れません」
この祥子の言葉は、『エイボンの書』に予言されている地球上のすべての生命はウボ=サスラから発生し、はるか未来においては、すべての生命は再びウボ=サスラに吸収されるであろうという予言の一節を話しているのだ。
そんな声が聞こえたかと思うと、突然、「バスンッ!」という轟音が響き、空洞に向けて強い突風が吹く。あふれ出していたウボ=サスラの巨体とあたりの空気が別の世界に転移したため、一瞬だけ真空状態となったせいだ。
探索者が空洞に戻ってみた場合、そこにあったものはいっさいなくなっている。それどころか壁の表面が数cmほどきれいに削り取られている。
すべては、祥子と共にどこかへ行ってしまったのだ。
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コラム:探索者が祥子を助けようとした場合
探索者の中にはパソコンを操作すると同時に、「門」の向こうにいる祥子を助けようとする者もいるかもしれない。
しかし、彼女の下半身はウボ=サスラに取り込まれつつあり、身動きできる状態ではない。見た限りでは、状況は絶望的と思われる。キーパーはそのことをプレイヤーに告げること。
もし、探索者が祥子との最後の会話を望むのなら、キーパーは時間を取ってあげること。
一方、探索者が絶望的とわかっていても、命を賭けて探索者が「門」の向こう側に行った場合、ロールのチャンスもなく無条件でウボ=サスラに飲み込まれることとなる。神の前では、人間など無力な存在なのだ。
ただし、そんな勇敢な探索者の物語はまだ終わらない。詳しくは「コラム:そして祥子は」を参照すること。
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このシナリオの時系列をNPC三人の視点からまとめておく。