その祭は火垂祭と言って、3年に一度しかしないんだ。変わった祭でね、子供しかそれには参加できないんだ……
(坂井忠志、事件の前々日の言葉)
1,はじめに
このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
シナリオの舞台は現代日本、岐阜県の山奥ある村です。
プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は二人から四人ぐらいを推奨します。
新しく探索者を創造する場合は、教授や学生といった自由な時間を作りやすい職業を選んでもらうとよいでしょう。
また、シナリオの謎に近付いてもらうためにも、《医学》《精神分析》《歴史》の技能が高いと活躍できることをあらかじめ教えてあげてもよいでしょう。
なお、あらかじめ探索者同士が知り合いのほうが、ゲームはスムーズに進みます。
シナリオはかなりの長文ですが、実際のプレイ想定時間は6時間前後と、文章量に比べて短いものでしょう。
2,シナリオあらすじ・目次
岐阜の山奥の村でシナリオは展開します。
江戸時代より鉱山で栄えたこの村は、200年以上前に地下に眠るシアエガを掘り起こしてしまい恐るべき災厄に襲われたという歴史があります。
それ以後、この村ではシアエガを目覚めさせないための封印に力を与える儀式を続けねばならないという宿命を背負ったのです。
そして、この封印の儀式は年を経て、「火垂祭」という祭に形を変え、現代まで伝えられてきました。
探索者たちは、様々な理由によって、この祭に参加することとなります。
最初、火垂祭は田舎ののどかな祭といった雰囲気で、つつがなく進んでいきます。
しかし、肝心の封印に力を与える時点で、探索者の知人である民俗学者の軽率な行動から、シアエガの封印が解かれてしまったのです。
それから村には数々の怪現象が発生し、神話的恐怖に包まれていきます。
探索者は祭の真相を調べ、シアエガの眠る空間へと赴き、中断された祭を完了させなくてはならないのです。
以下に、主な項目の簡単な説明を記します。マスタリングの最中に必要な情報を探すのに役立てて下さい。
『前夜祭』
「5,シナリオ導入」
各探索者のタイプに応じた、シナリオへの導入手段が記されてあります。
「6,坂井秀人をあずかる」
坂井忠志の友人として相賀村へ行く探索者に関するイベントの説明があります。
「7,坂井秀人と出会う」
坂井秀人と合流して、相賀村までの道中の説明があります。
「8,他の探索者との合流」
別行動をしている探索者たちと自然に合流させるための方法が記されています。
「9,相賀村と祭前夜」
祭の準備で忙しい相賀村の様子の描写があります。
「10,坂井健蔵との対面」
坂井健蔵との初対面し、彼に歓待されるイベントが記されています。
「11,子供小屋」
祭の当日まで子供達が穢れから隔離される子供小屋の説明があります。
「12,火垂祭についての情報」
火垂祭について、村人たち、坂井健蔵、キーパーと三種の立場での情報が記されています。
「13,御緒鍵の情報」
封印の道具である御緒鍵の詳しい説明があります。
「14,細川智子との出会い」
探索者と細川智子の初めての出会いと、彼女をマスタリングする際の説明があります。
「15,細川智子の情報」
細川智子が遭遇した十二年前の事件についての情報があります。
「16,火垂祭の準備」
火垂祭の準備でも、シナリオに深く関わる提灯の設置のイベントの説明があります。
『祭当日』
「17,祭の始まり」
火垂祭が始まった際の状況説明があります。
「18,奉納の儀式の開始」
奉納の儀式が始まった際の状況説明があります。
「19,悲劇の序奏」
奉納の儀式で子供たちが遭遇した神話的事件のキーパー用情報と、シアエガの落とし子の数値データがあります。
「20,事件の予感」
祭の最中に細川智子に起きた異変の説明があります。
「21,帰ってきた少女」
帰ってこない子供達を捜索し、戸田純子を発見するイベントの説明があります。
「22,事件後の村の様子」
行方不明事件が発生した後の、村人達の様子と、警察への対応が記されてあります。
『後夜祭』
「23,探索の例」
事件発生後、探索者たちが調査するであろう場所、事柄をまとめて説明しています。
「24,坂井健蔵の家を調べる」
坂井健蔵の家を調べた際にわかる情報の詳しい説明が記されています。また、御緒鍵の製法についても記されています。
「25,須藤宗平の失踪」
須藤宗平が予期せぬ失踪を遂げるイベントが記されています。
「26,須藤宗平の告白」
帰ってきた須藤宗平から謎の告白を受けるイベントが記されています。
「27,村人達の脱出」
連続して発生する怪奇事件に怯えた村人達が村を脱出するイベントが記されています。
「28,山道の惨劇」
逃げ出した村人が山道でシアエガの落とし子に襲われるという、キーパー用の情報が記されています。
「29,細川智子の幻視」
細川智子が右目に宿るシアエガの落とし子を介して見る幻視についての説明があります。
「30,降ってきた村人」
村を脱出しようとした人々が無惨な姿となって村へ戻ってくるイベントが記されています。
「31,坂井忠志からの電話」
坂井忠志から様子をうかがう電話がかかってくるイベントが記されています。
「32,夢の子供」
細川智子が幻視の中で、坂井秀人らしき子供の姿を見たというイベントが記されています。
「33,反撃開始」
探索者がシアエガの落とし子に対抗するための手段が記されてあります。
「34,シアエガの洞窟」
シアエガに通じる洞窟の状況説明があります。シナリオの経過時間によって洞窟の状況は変化するので、この項はシナリオ全般に渡って参照することになるでしょ
う。
「35,シアエガの膝元で」
シアエガの洞窟の最深部へ赴いた際の説明が記されています。
「36,我が名は暗黒」
シアエガの落とし子に取り憑かれた坂井秀人との対決が記されてあります。
「37,開かれた目」
シアエガが目覚め、大暴れを始めるイベントが記されています。
「38,黒い涙」
無事生還した探索者たちを、今度は細川智子の右目に潜んでいたシアエガの落とし子が襲いかかるイベントが記されてあります。
「39,大団円」
すべての神話的事件が終了しハッピーエンドを迎えるイベントが記されてあります。
3,NPC紹介(ここをクリックすると、印刷用のイラストにな
ります)
・須藤 宗平(37歳) 好奇心旺盛な民俗学者 その歳にしては若い服装と、洒落た銀縁のサングラスをかけた、遊び慣れた印象をうける都会的な男です。背が高く、趣味のスポーツで鍛えられた がっしりとした体つきをしています。 外見だけでは、彼がとある私大(三流ですが)の助教授であることは、とうてい信じられないでょう。教鞭を持っているよりも、ゴルフクラブを持っ ている姿のほうがよほど似合っているような、現代の趣味人です。 彼は友人として付き合うならば、とても気さくで愉快な人物ではありますが、学者としては三流です。 研究に対する情熱も薄く、なにか楽におもしろい学術的発見にでも行き当たらないものだろうかなどと虫のよいことを考えていたりしました。 そんなとき、彼の知人に相賀村の火垂祭のことを聞いたのです。 一般にはまったく知られていない秘祭の話を聞き、彼の長らく錆付いていた学究心と名誉欲がうずきました。 しかし、それが今回の事件を引き起こすこととなったのです。 STR15 CON16 SIZ16 INT14 POW13 DEX13 APP16 EDU19 SAN65 耐久力16 ダメージボーナス 1D4 技能:自動車運転45%、考古学60%、博物学50%、図書館30%、目星40%、歴史70% |
|
・細川 智子(17歳) 右目に恐怖を潜ませる少女 常に白い服を着ている、烏の濡れ羽色の長髪が美しい少女です。いまどき、まだいたのかと思うほどの古典的日本美人です。 ただし、その美しい髪の一房は完全な白髪となっており、その髪は右目を隠すように伸ばされています。そして、その長い髪に隠された右目には、常 に白い包帯が巻かれています。 両親には早くに死に別れ(神話的事件とは無関係です)、今は村外れで祖母と二人暮らしをしています。常に祖母と一緒に行動しており、一人で出歩 くことはまずありません。 彼女は12年前に、火垂祭(ほたるまつり)で緒締役(おしめやく)という役目に就いた少女です。 しかし、その時の事故で彼女の右目はシアエガの魔手に侵されてしまい、それ以来、右目を包帯で隠すようになりました。 左目のほうは正常に物は見えているのですが、まるで盲目であるかのように祖母に手を引かれて歩きます。彼女と話をして《精神分析》に成功すれ ば、彼女が軽度の自閉症であることがわかるでしょう。 また、彼女は17歳にしては、少々、言動が幼く世間知らずなところがあります。 それというのも、あまり外に出なく、同世代の人間との付き合いがほとんどなかったためです。 STR7 CON8 SIZ10 INT12 POW9 DEX10 APP16 EDU10 SAN35 耐久力9 ダメージボーナス なし 技能:隠れる45%、聞き耳30%、忍び歩き60%、心理学30%、追跡40% |
|
・細川 ヨシ(65歳) 孫娘を愛する優しい老婆 細川智子の祖母で、品の良い小柄の老婦人です。 右目と心に傷を負った、たったひとりの孫娘を大事に育てています。 STR9 CON11 SIZ9 INT14 POW13 DEX8 APP11 EDU16 SAN45 耐久力10 ダメージボーナス なし 技能:医学15%、応急手当30%、信用60%、説得50% |
|
・坂井 健蔵(76歳) 祭の秘密を知る祭司 火垂祭の責任者である老人です。 見事にはげあがった頭をつやつやと日焼けさせ、まるで丹念に磨きあげた木彫のような外見の老人です。 痩せてはいますが、都会育ちの若者にはまだまだ負けない脚力を秘めています。 祭の責任者を務めるだけあって、実に精力的な老人です。おしゃべりというわけではありませんが、その張りのある声は印象的で迫力があります。 火垂祭については、とても厳しく伝統を守ろうとしますが、それ以外のところでは気さくで温厚な老人です。 彼は本当の意味が忘れ去られつつある火垂祭の伝承を、一番詳しく知っている村人です。 とはいえ、彼も村の地下で眠るシアエガの正体や、その真の恐ろしさなどは、まったく知りません。ただ、怒らせれば恐るべき災厄をもたらす荒神で あるということだけ理解しています。 STR14 CON13 SIZ15 INT15 POW16(11) DEX17 APP10 EDU17 SAN80 耐久力14 ダメージボーナス +1D4 技能:オカルト25%、泳ぐ60%、回避64%、ジャンプ45%、信用40%、説得50%、登はん80%、ナビケート60%、歴史40%、こぶし 70% |
|
・坂井 秀人(7歳) 事件を引き起こした悪ガキ 坂井健蔵の孫で、今年の火垂祭の緒締役を務めることとなった少年です。 いわゆるいまどきの子供で、利発そうな印象を受けます。ちょっとマセたところがありますが、根は素直で話していて気持ちの良い子です。 携帯ゲームをいつも持ち歩いて、暇なときはそれで遊んでいます。 STR5 CON8 SIZ6 INT8 POW11 DEX15 APP13 EDU5 SAN55 耐久力7 ダメージボーナス −1D6 技能:隠れる35%、忍び歩き50%、投げる30%、携帯ゲーム65% |
|
・坂井 忠志(35歳) 気の弱い父親 坂井健蔵の息子であり、坂井秀人の父親です。 商社の営業マンで、とても真面目な男です。 働き盛りで、毎日を仕事に追われて過ごしています。しかも、早くに交通事故で奥さんと死別しており、残された7歳の子供をかかえているため、そ の忙しさは大変なものです。 今回、探索者に坂井秀人を相賀村まで連れていってくれるよう依頼をしてきます。 STR10 CON13 SIZ13 INT14 POW12 DEX8 APP9 EDU14 SAN60 耐久力13 ダメージボーナス なし 技能:言いくるめ25%、経理20%、信用60%、説得25%、薬学10% |
|
・戸田 純子(6歳) 犠牲となった子供 ちょっと長めのおかっぱ頭の、まるで日本人形のような可愛らしい女の子です。ぽちゃりと丸いほっぺと、いつも潤んだような目をしています。 彼女も、坂井秀人と同様、火垂祭で緒締役に就きます。 活発な坂井秀人とは対照的に、とてもおとなしく人見知りの激しい女の子です。 STR5 CON6 SIZ6 INT8 POW9 DEX12 APP15 EDU5 SAN45 耐久力6 ダメージボーナス −1D6 技能:忍び歩き30%、信用35%、生物学15% |
4,シナリオの舞台と歴史
このシナリオは、時代は1990年代、季節は初夏の日本が舞台で、主に岐阜県北部の神通川(じんづうがわ)の上流に位置する、相賀村という架空の村で展開し
ます。
神通川は、富山県中部を流れる川で、富山平野を貫流して富山湾に注いでいます。
この辺りは日本最大級の鉱山である、神岡鉱山のある土地です。
神通川は鉱山よりのカドミウム汚染により、イタイイタイ病を発生させたという不名誉な歴史でも有名です。
現在では、神岡鉱山の規模は縮小されつつありますが、その鉱山技術を活用した東京大学宇宙線研究所施設の「スーパーカミオカンデ」など、この土地は未来に向
けて新しい顔を見せています。
相賀村は、そんな神岡鉱山の西に位置している山間の村です。
江戸時代から鉱山で働く坑夫たちの村として続いてきましたが、神岡鉱山の縮小によりどんどんと寂れつつあります。
この村には、江戸時代、鉱山が開かれた当時に鉱脈ではなく、ある災厄を掘り出してしまったという歴史があります。
その災厄とは、この地に眠るグレード・オールド・ワンのシアエガです。
シアエガは旧西ドイツの片田舎の村で眠っているとされていますが、そのグレート・オールド・ワンが、なぜ日本の相賀村にいるのかはわかりません。
もしかすると、旧西ドイツに眠るシアエガの精神のごく一部が、日本のこの土地に洩れだしているのかも知れません。
しかし、ごく一部の精神体であっても、シアエガは恐るべき存在です。
シアエガは自由に動きまわることのできる分身(以降、「シアエガの落とし子」と呼びます)を使って、様々な災厄を相賀村に巻き起こしました。
多大な被害を負いながらも、相賀村の人々はシアエガの落とし子と、シアエガ本体を封じることに成功します。
それからは、相賀村の人々は、自分たちの掘り起こしてしまったシアエガの恐ろしさに気付き、この神が目を覚まさないように(少なくとも、この相賀村からは)
するための祭を続けてきたのです。
5,シナリオ導入
このシナリオの導入は、なかなか難しいものとなるでしょう。
なぜなら、このシナリオでは、探索者は偶然に訪れた相賀村で事件に巻き込まれるという展開をするためです。
よって、キーパーは、まずは探索者たち全員を相賀村のある神通川上流地域に滞在させるよう誘導しなくてはなりません。
さて、相賀村のある神通川上流地域へ訪れる理由とては、仕事、観光、帰郷など、いくつか考えられるでしょう。
以下に、その例を挙げます。
★坂井秀人を任される
探索者の親友から、相賀村まで自分の息子を連れていってはもらえないかと頼まれます。この誘導はシナリオに大きくかかわったもので、かならず使用しなくては
いけないものですが、あまり大人数に誘導できないのが欠点です。普通はひとりの探索者にしか使えないでしょう。
この誘導の詳しい内容は後の「6,坂井秀人をあずかる」で説明します。
★仕事の場合
相賀村のある地域には、いろいろと仕事のタネはあります。
縮小を続ける神岡鉱山の再開発、日本の宇宙科学の最前線であるスーパーカミオカンデ、現在も裁判の続いている神岡鉱山の鉱毒公害、等々……
ジャーナリズムに関係のある探索者ならば、いろいろと取材対象があります。キーパーは探索者の上司にでも取材の依頼をさせるだけで十分でしょう。
法律関係者、役人などならば日本の公害問題の発端であった神岡鉱山へ行く用事を作ることも可能です。
また、学生にとっても、理系の学生ならばスーパーカミオカンデは一見の価値あるものでしょうし、文系の学生で、法学に携わる人ならば公害問題、経済学に携わ
る人ならば神岡鉱山の再開発に興味を持たせることも可能でしょう。
★観光の場合
この地域には、あまり有名な観光資源はありませんが、探せば色々と見つかります。
まず、神通川の支流での渓流釣りは可能です。この季節ですと、イワナ釣りが楽しめるはずです。
また、神岡鉄道の終点である奥飛騨温泉口からバスで40分で、奥飛騨温泉郷へ行くこともできます。そこならば、宿泊施設はいくらでもあります。
年に一度だけですが、スーパーカミオカンデも一般公開されています。もっとも、見学者の制限人数はかなり厳しくなかなか見学できないそうですが、幸運な探索
者ならば見学することが出来るでしょう。
★帰郷の場合
大胆な方法ですが、探索者を相賀村の近隣の出身だという設定にする方法もあります。
その場合、キーパーが認める程度、相賀村に関する情報を探索者に与えても構わないでしょう。
★面倒な場合
もしも、キーパーが面倒に思うならば、集まったプレイヤーたちに「きみたちは、それぞれの理由から神通川上流の地域にやってきている。そこで友人、知人であ
る他の探索者たちとばったり出会い、意気投合したところだ」と宣言するのも、ひとつの有効な手でしょう(特にプレイ時間に余裕がない場合は)。
6,坂井秀人をあずかる
探索者は、何らかの集会(ゴルフコンペでも、誰かの結婚式でも良いでしょう)で友人である須藤宗平と、坂井秀人の父である坂井忠志に出会います。
特に探索者と坂井忠志は古くからの付き合いで、親友同士です。
ところが楽しい席だというのに、坂井忠志は心配事でもある様子で、時々、何かに気をとられたようにぼうっとしています。
探索者か、探索者が気にしなければ須藤宗平が、どうかしたのか尋ねると、「ちょっと面倒なことを抱えていて……」と、悩みを打ち明けます。
「実は、岐阜の実家から、夏祭には必ず息子を連れて帰ってこいっていわれているんだ。親不孝だとは思っているんだが、ここ何年かは仕事が忙しくて正月にも田舎
へは帰っていなくてね。まあ、実家のほうでも、ありがたいことにこっちの事情はわかってくれているようで、文句のひとつも言ってこなかったんだけど……今年
は、ちょっと特別な年なんだ」
坂井忠志は、ここで言葉を区切ります。
「その祭は火垂祭と言って、3年に一度しかしないんだ。変わった祭でね、子供しかそれには参加できないんだ……いや、子供祭りとか、そんなのじゃないんだ。
もっと厳格な……伝統のある祭りらしくてね。昔から伝わってる習わしに厳しく従って執り行われる、面倒なものなんだよ。
その祭の緒締役……要は祭の主役のようなやつに、今年はうちの子が選ばれたんだよ。だいたい、6歳ぐらいの子がやる決まりでね、うちの田舎も寂れてきている
から、その年頃が子がいないんだってさ。
で、親に、今年だけは絶対に帰ってきてくれって頼まれちゃったんだ。
うちの親は、祭の責任者みたいな仕事をしているものでね、なおさら断りづらくて」
ここまで話すと、坂井忠志は大きくため息をつきます。
「もう、予想はついていると思うけど、ちょうど祭の日に――それもあさってなんだけどね――急ぎの仕事が入っちゃったんだ。うちは女房もいないし、まさか70
を越えた親をこっちに呼び付けるわけにもいかないし、息子はまだ7歳で、とても岐阜まで一人で行かせることなんて出来ないし……まったく……いったいどうした
ものやら……ホント、困っちゃってるんだよ」
須藤宗平は、坂井忠志の話に興味を持ちます。
といっても、困っている友人の手助けをしてやろうというのではなく、子供だけで祭事がなされるという火垂祭に興味を持ったのです。
《歴史》か《人類学》か、《博物学》の1/5に成功すれば、火垂祭のような祭にはあまり心当たりはなく、珍しいものだということがわかります。
話が一段落つくと、須藤宗平は、
「なかなかおもしろそうな話じゃないか。どうだい、(探索者の名前)さん、他ならぬ坂井さんの頼みだ。岐阜まで、御子息を連れていくぐらい任されてあげよう
じゃないか」
と、気安い調子で探索者に語りかけます。どうやら、すでに探索者と一緒に行くつもりのようです。
須藤宗平の言葉を聞いて、坂井忠志は地獄に仏といった様子で感謝します。
しかし、一方で、遊び人の須藤宗平だけに息子を預けるのが不安でもある様子です。
もし、探索者が同行するのを嫌がるようでしたら、お調子者の須藤宗平と、困りきっている坂井忠志の様子を誇張して、なんとか探索者を相賀村に行かせるよう仕
向けて下さい。
7,坂井秀人と出会う
岐阜へ出かける当日。
坂井忠志に息子の秀人と引き合わされます。
坂井秀人は、7歳にしてはなかなかしっかりした、利発そうな子供です。少しませた感じのする子で、同じような雰囲気の須藤宗平にすぐになつきます。
すぐにちょろちょろとどこかへ行ってしまうのが困りものなぐらいで、特に手のかかる子ではありません。それに、須藤宗平も落ち着きの無くうろちょろしたがる
男なので、二人は良いコンビのようです。
坂井秀人は、あまり祭のことや実家のことは知りません。
実家の祖父に祭のことを教えてもらうようにとだけ言われています。これは、父親の坂井忠志自身も、祭のことはくわしく知らないため仕方の無いことです。
相賀村への旅は、須藤宗平の希望により電車での旅になります。
彼は車酔いをしやすい体質なので、遠出する際にはできるだけ電車を使うようにしているのです。
この設定は、探索者と須藤宗平たちが車で便利に移動してしまうと、他の探索者と合流するチャンスが減ってしまうためのものです。
なお、相賀村へ行くのには、あまり交通の便が良くないので、電車で行こうとすると到着するのはどうしても夜となってしまいます。
8,他の探索者との合流
キーパーは、須藤宗平と彼に同行している探索者が、他の探索者たちと偶然に出会うというイベントを発生させてください。
出会いの場所は、神岡付近の駅や、立ち寄った食堂などが考えられるでしょう。
探索者の何人と須藤宗平が知り合いであるかはキーパーの裁量に任されますが、不自然にならない限りなるべく多いほうがよいでしょう。
趣味人であり交遊範囲の広い須藤宗平のことですから、そうすることは難しくないはずです。
少なくとも、シナリオに参加する探索者は、須藤宗平と同行している探索者か、もしくは須藤宗平と知り合いであったほうが、シナリオはスムーズに展開するで
しょう。
キーパーはなんとしても、ゲームに参加している探索者たちを全員、相賀村へ誘導しなくてはいけません。
須藤宗平が出会った探索者に「旅は道連れ」などと調子の良いことを言って、相賀村へ誘うという方法もあるでしょう。
また、様々なハプニングを発生させ、相賀村へ行かねばならなくするという手もあります。
例えば、
・自動車での山越えの途中に、車の故障などで相賀村に立ち寄る。
・道に迷って、散々さまよった末、真夜中に相賀村に到着する。
・予約していたホテル等が手違いで満室となっており、相賀村の須藤宗平たちに頼るしかない。
といった方法が考えられます。
多少強引で、現実には考えづらい偶然ですが、「どういう運命のいたずらか、なぜかみんな相賀村に集まってしまったね」とでも言って、ここは冗談っぽく流して
しまいましょう。
誰かの陰謀によって、みんなが一ヶ所に集められているのでは……などと、プレイヤーたちに邪推されないように注意して下さい。
9,相賀村と祭前夜
探索者たちの多くは、相賀村に夜に到着することでしょう。
相賀村は山間の小さな村です。
江戸時代から神岡鉱山で働く坑夫が暮らしていた村ですが、最近の鉱山の規模縮小のため寂れつつあります。畑なども小さいながらもありますが、お世辞にも活気
のある村とは言えません。
それでも、日本の田舎の村に特有の、瓦葺きの古い屋敷、錆の浮いたトタン板で出来た小屋、古臭いホーローの看板、放し飼いの犬、舗装されていないあぜ道同然
の道路、四辻の風雨にさらされた道祖神、柿の古木、都会では聞かれない様々な虫の声、森を抜ける気持ちよい風といった心落ち着かせる気持ちのよい村ではありま
す。
もちろん、クトゥルフではお馴染みの邪神の狂信者たちの隠れ里といった宇宙的な怪しさはどこにもありません。
キーパーは自分の中にある古き良き日本の田舎風景を思い浮かべ、探索者たちに相賀村に好感をもたせるような描写をして下さい。
須藤宗平たちが村に到着するのは、祭の前日です。
村では、夜更けまで祭の準備が行われています。あちこちの家は明かりがつきっぱなしですが、ほとんど家には人はいなく、その代わり通りや広場に集まっていま
す。
村には、里帰りの車らしい、岐阜から離れた地方のナンバーの車が幾分目につきます。
しかし、観光客の姿はまったく目につきません。完全に村の中だけで行われる祭のようです。
村に入ると、村の中心部の広場が明るく照らし出されているのが目につきます。
仮設照明に照らし出された村の広場には、ゴザ代わりのブルーのシートが敷かれ、運動会などで使用される集会用パイプテントなどが設置されています。
この様子だけを見ていると、ごく普通の村祭といった感じです。
ただ、テントの下には、ずらりと古びた提灯が置かれています。数は、ざっと300個以上はあります。色も様々で、白、黄、赤、緑、黄緑、青、水色、ピンク、
オレンジ等々、非常にカラフルです。提灯といっても、ろうそくの明かりを使うものではなく、中は豆電球と乾電池が入っています。造り自体は、けっこう粗末なも
ので、何年も使われてきたらしく古びています。
余談ですが、村人達はこの提灯のことを「火垂」と呼んでいます。「火」を「垂」らすものなので、火垂なのです。
多くの村の人たちは、提灯が正常に明かりが付くかの点検で大忙しです。
祭の責任者らしい老人(彼が坂井健蔵です)が提灯の間を精力的に歩き回り、点検の様子を見張っています。数はちゃんと揃っているか、電球は切れていないか、
電池は弱っていないかなどなど、点検に余念がありません。《心理学》に成功すると、この老人の提灯に対する気の掛けかたは特別に強く、この提灯が祭の中で特別
な意味を持つであろうことが想像できます。
村の様子を見た探索者は《目星》に成功すると、村に子供の姿がまったく見えないことに気付きます。
10,坂井健蔵との対面
相賀村に到着した探索者が、坂井健蔵の家を直接訪ねてみても、家はもぬけの殻です。坂井健蔵は一人暮らしです。
村の通りを、たえず忙しそうに村人達が歩き回っているので、探索者たちのことが坂井健蔵の家を訪ねているのを見ると、「坂井さんなら、村の広場にいるよ。子
供連れなら、早く子供小屋に連れていったほうがいい。穢れちまうよ」と、親切に教えてくれます。
この村人の言葉の中の「子供小屋」とか「穢れ」の意味は「11,子供小屋」を参照してください。
坂井健蔵は村の広場で、祭の責任者として準備を進めています。
彼は探索者が連れている坂井秀人に気付くと、「おお、よく来たな。疲れただろう」と、張りのある声で歓迎します。
そして、探索者たちのほうを見ると「忠志のやつから話は聞いております。まったく、みなさんには御迷惑をおかけしました。今宵は、ささやかながら歓迎の準備
を整えてますので、是非、ゆっくりと休んでいって下され」と、礼儀正しくお礼の言葉を述べます。
他の探索者たちが同行していたとしても、多少のことでは動じません。田舎の古い家で部屋も余っているので、何人だろうと気軽に泊まっていってくれと歓迎しま
す。
ただし、坂井秀人だけは別行動を取ることになります。
火垂祭に参加する子供は、祭の前日から子供小屋という場所に集められるからです。探索者が何といおうと、坂井秀人は別の村人の手でその小屋へ連れていかれま
す。
探索者と対面すると、坂井健蔵は祭の準備は村の若い者に任せて、一緒に家に戻ります。
家では近所の主婦に頼んで用意してもらった、宴会の準備が整っています。
家庭的な料理が重箱につめられており、あとはビール瓶と一升瓶がずらりと並んでいます。探索者が荷物を置いて落ち着いたころには、坂井健蔵はいつでも宴会を
始められるよう待ち構えています。
探索者にとっては、火垂祭についての話を聞く、良い機会となるでしょう。
もちろん、須藤宗平もこの機会を逃さず、日本酒を堪能しながら火垂祭について坂井健蔵にあれこれ尋ねています。
しかし、坂井健蔵の反応は傍目に見ていても曖昧なもので、祭については昔から続いていることを繰り返しているだけで、詳しいことは何も知らないと言うだけで
す。そんな彼の様子を見て、《心理学》に成功すれば、坂井健蔵は祭のことを人には話したくないと考えていることがわかります。
このことに須藤宗平は不満のようですが、坂井健蔵の断固たる態度に手を焼いて、あまり突っ込んだことを聞けずにいます。
彼は友人の探索者と二人きりになった時などに、「まったく、これじゃあなんでこんな田舎まで来たのかわからないよ」と、不満そうにこぼしたりします。
もし、探索者があまり祭に興味が無いようでしたら、必要最低限の情報だけでも、須藤宗平と坂井健蔵の会話を通じて伝えて下さい。
11,子供小屋
子供小屋は、村の外れにある小さなプレハブ小屋です。
小屋といっても、住み心地は悪いものではなく、普段は村の集会場として使われている建物です。
初夏の良い季節、子供達はキャンプ気分でお泊まりのイベントを楽しんでいます。子供の数は、ざっと10人ほどです。年齢的にはバラバラです。
小屋の中へ大人(15歳以上)は入ることは出来ません。
子供だけで執り行われる祭りに、大人の穢れを受けないようにするためです。
これは元々の火垂祭には無かったしきたりで、後の時代の村人が勝手に延喜式などを参考にして祭に取り入れたものす。よって、これらは宇宙的恐怖とは何の関係
ものないことです。
平安中期の法典であり、様々な儀式の細かい規則を定めた式をまとめた延喜式では、神事にたずさわる者が接してはいけない、様々な「穢」を定めました。その中
には、穢を持った者と同じ家に腰をおろすだけで穢れが感染するという厳しいものまであります。
そのため、子供を大人の穢れから隔離するため、ここに集めているのです。
キーパーは子供だけで執り行われるという祭の奇妙さと、それを厳密に守ろうとする村人達の祭を尊ぶ心を演出するのに、このイベントを利用して下さい。
12,火垂祭についての情報
現在の相賀村の村人たちは、火垂祭についての伝承はほとんど知りません。
ただ、3年に一度、必ず行われる祭なので、そのしきたりなどは、村の大人ならば誰でも良く知っています。
とはいえ、その知識は表面的なもので、この火垂祭の真実には程遠いものです。
彼らの知っている祭に関する情報を、以下に箇条書きにしておきます。
祭の具体的な内容などは、「16,火垂祭の準備」や「17,祭の始まり」の描写を参考に、村人から説明させて下さい。
★村人たちの知っている情報
村人たちは、火垂祭の真の意味を知らないので、探索者たちに聞かれれば知っていることはなんでも話してくれます。
・祭は子供だけで執り行われる。祭の準備は、大人達が整えておき、当日は大人達は広場の外れからそれを眺めるだけである。ただし、祭司である坂井健三だけは特
別で、緒締役の二人の子供を山へ案内する仕事がある。
・祭は江戸時代、200年以上前から伝わっているもので、3年に1回、初夏の季節に開かれる。
・火垂祭の「火垂」の語源は、蛍袋の花が咲く季節に執り行われるからである。祭の時、山に飾る提灯は蛍袋に見立てたもので、もともと蛍袋は「火を垂らす袋」で
ある提灯に形が似ているから付いた名前だ。
・蛍袋は、高さ50センチぐらいの草で、夏になると細長い釣り鐘のような白い花を咲かせる。相賀村の山には、たくさん自生していて、この季節になるとたくさん
咲く。蛍袋の語源はいろろいとあり、相賀村の火を垂らす袋というのも、そのひとつだ。
・祭は山の神に産出された鉄の恵みに感謝するもので、山から取れた鉄を奉納するものである。祭が子供の手で執り行われるのは、大人と違い子供は穢れが無く、神
に近付くことが出来るからである。
・祭で神の奉納するものは、御緒鍵(おおかぎ)と呼ばれる鉄の棒である(形状等は「13,御緒鍵の情報」を参照してください)。
・緒締役の子供はだいたい6歳ぐらいの子が選ばれる。昔は、いろいろと面倒な手順を踏んで選んでいたらしいが、最近は子供の数が少ないので、ほとんど自動的に
決まっている。
・(この情報は村人達は、なかなか話したがりません)12年前に、祭で緒締役の子供二人が事故にあったことがある。ひとりは片目を怪我して失明してしまい、ひ
とりは行方不明となった。二人を連れていた祭司である坂井健蔵の話では、道を見失って崖に足を滑らせ、一人のほうの子供は沢に流されてしまったということだっ
た(12年前の事件について、詳しくは「15,細川智子の情報」を参照)。
★坂井健蔵の知っている情報
坂井健蔵は火垂祭の執り行いかたのすべてを知っている唯一の村人です。
江戸時代、相賀村の人々が不幸にも掘り返してしまったシアエガの眠る洞窟(以降、洞窟と明記されるものは、すべてこの洞窟を指します)の位置や、12年前
に、細川智子達が遭遇した事件の真相も知っています。
しかし、そのことは彼の口からはよほどのことが無い限り語られることはないでしょう。なお、その「よほどのこと」というのは《言いくるめ》や《説得》に成功
した程度のことでは無いので注意してください。
もしも、探索者が暴力的な尋問や、呪文等による手段をとれば、以下に書かれたような情報が語られることもあります。
・祭の真の意味は、山に眠る荒神を封じるためのものである。しかも、それは実際に超自然的な力で祟りをもたらす存在である。
・細川智子の右目は、荒神の祟りによって潰されたものである。
・12年前に子供が行方不明となったのは、事故というのは偽りで、本当は洞窟に住む荒神に食われた。
★キーパー向けの真実の情報・概略
いまから約200年前、鉱脈を追い求める相賀村の村人は、偶然、地下に眠るグレート・オールド・ワンであるシアエガを掘り起こしてしまいました。
眠り続けるシアエガは自分の代わりに落とし子を使って、村に災厄を巻き起こします。それは村人の半数以上を死に至らしめるほどの恐ろしいものではありました
が、当時のクトゥルフ神話に通じる魔道士によって、荒ぶれる神の使者を元の眠りについている場所に押し込めることに成功しました。
しかし、一度、シアエガに目をつけられて、それを永遠に封じ込めることなど不可能です。
この時から、相賀村では3年に一度、シアエガの眠る洞窟の封印をし直さねばならなくなったのです。
御緒鍵と呼ばれる奉納品には村人のPOWが込められており、200年前の封印に力を補充しているのです。
実際のやり方としては、緒締役の子供は洞窟の奥にある小さな石の扉にまで御緒鍵を持って行きます。扉には四本の御緒鍵が差された閂があり、そこには三年おき
に四種類の干支が刻まれています。この四本の閂のうち、今年の干支の閂を新しい御緒鍵に差し替えることで儀式は完了します。そうすることによって、自然に12
年前の古い御緒鍵を新しいものに交換できるのです。
なお、祭の緒締役に子供が選ばれるのは、シアエガの洞窟に近づくと宇宙的恐怖の心霊的影響から逃れるためです。
人間社会の先入観や常識に捕われていない、精神的に柔軟な子供のほうが、宇宙的恐怖に耐性が高いのです(SANが高いというより、SANが減りにくいと解釈
して下さい)。
事実、緒締役に選ばれた子供は、言いも知れない恐怖を直感的に感じつつも、無事に封印に新しい力を補充し続けていました。
12年前の例外と、今回起きるであろう事件を除いては……
時を経るに連れて、この封印の作業は儀式化され、火垂祭となりました。
いまでは、この祭の本当の由来を知っているものはいません。ただ、村の祭司にのみ、200年の昔、村を滅ぼすほどの猛威を振るったシアエガの恐怖が伝えられ
ています。
13,御緒鍵の情報
御緒鍵は祭の当日の朝までは坂井健蔵の家の神棚に置かれてありますので、いつでも見ることが出来ます。
ただし、直に触ることは坂井健蔵が許しません。大人の穢れがうつるからという理由です。もちろん、こっそりと触るのならば別ですが……
御緒鍵の基本型は、長さ70センチぐらい、断面5センチ角の四角い鉄の棒で、棒の真ん中の部分に20センチぐらいの丸い円盤が溶接されています。
表面は無骨な黒鉄色で、あまりきれいなものではありません。
また、御緒鍵を手にとってじっくりと観察してから《化学》に成功すれば、御緒鍵の材質が何の変哲もない鉄であることがわかります。
御緒鍵に取付けてある円盤には、花のような模様が刻まれています。そのデザイン化された模様は一見したところ家紋のようにもみえますが、《歴史》に成功すれ
ば、このような形の家紋は心当たりが無いことがわかります。また、坂井健蔵や相賀村のどの家の家紋も、このような形のものではありません。
坂井健蔵にこの模様について尋ねれば、これは「火を垂らす五弁の花の印」であると説明してくれます。つまり、火垂祭の名の由来である、蛍袋の花をかたどって
いると言うことなのです。
しかし、この模様を見て、《クトゥルフ神話》に成功すれば、これは花の模様などではなく、かの有名な「旧き印」が変形したものであることがわかります。「炎
の瞳を持つ星型の印」が、長い年月の間に、このように変形していったのでしょう。
ただし、形状は変わってはいますが、POWさえ込めれば効力を発揮するところまで準備は整えられてあります。
坂井健蔵は祭の当日、夜明けと共に目を覚まして、御緒鍵のPOWを込める儀式を執り行います。
儀式といっても簡単なもので、日の出の朝日を浴びながら、呪文を唱えて円盤の模様を指で三度なぞるというものです。
坂井健蔵は、この儀式のことを探索者に話したりせずに、こっそりと執り行います。儀式は十分程度で終了するので、坂井健蔵の動きによほど気を付けている探索
者でない限り、その儀式を目撃することは出来ないでしょう。
すでに「旧き印」の呪文を知っている探索者ならば、儀式で唱えられた呪文が「旧き印」に力を与える呪文であることがわかります。
儀式が終了すると、坂井健蔵はPOWを5点消費します。POWを消費する前に比べて、肉体的には変化はありませんが、全体的に活力のようなものが失われたよ
うに見えます。
この儀式を完了して、初めて御緒鍵はシアエガを封じている封印に力を込める魔法の物品となるのです。
14,細川智子との出会い
このイベントは祭の当日の早朝に発生します。
時間的には坂井健蔵の儀式が完了してから、暫く間があります。
とても気持ちの良い朝だけど、外を散歩する人はいないかとプレイヤーに尋ねてください。この誘いに乗って、散歩に出かけた探索者は細川智子と出会います。
もし、誰も外へ出ようとしないのならば、儀式の終えた坂井健蔵が散歩に誘うなどして、最低でも一人は早朝の散歩に出かけさせてください。
なお、今後のシナリオの都合上、なるべく須藤宗平と細川智子を出会わせないよう注意してください(理由は「29,細川智子の幻視」を参照)。
まだ朝早いためか、それとも昨晩、遅くまで準備に追われていたためか、村にはあまり人気がありません。
空は気持ち良く晴れ渡っています。
初夏の朝の日差しと、山から降りて吹く風はとても気持ち良く、昨日の旅の疲れが癒されるようです。
村外れの山際に流れる小川。その土手の上に、探索者は白い女性の姿を見出します。
肩を出した涼しげな白いワンピースと、同じ色のつばの広い帽子。
初夏の澄んだ陽光と、山から吹き降ろすさわやかな風に、その髪とスカートをさらしている姿は、ピサロなどの印象派の絵画から抜け出したように美しいもので
す。
彼女が細川智子です。
細川智子から少し離れたところに、品の良い小柄の老婦人が立っています。細川智子の祖母で、名は細川ヨシです。年は65歳です。
細川ヨシは、少女を見守るようにじっと見つめたまま動きません。
探索者がやってきたことに二人は気付かない様子です。
探索者が二人に声をかける前に、細川智子が先に動きます。
よろよろと頼りない足取りで小川の土手ほうへと進んでいくのです。
土手は急な下りになっており、彼女の足取りでは降りるのは危険そうです。なにより、細川ヨシのほうが悲鳴を上げて、少女を止めようと駆け寄っています。
細川智子は祖母に押し止められるのも構わずに、土手を下ろうとします。まるで祖母の姿は見えていないように、ボソボソとうわごとを呟いています。
小柄な祖母の力だけでは、細川智子のことを止めることは出来ません。
その場に居合わせた探索者が手助けをしなければ、このまま二人は小川へ転げ落ちることになるでしょう。もし、探索者が手助けをした場合は、健康な探索者なら
ばロールの必要も無く細川智子を押し止めることが出来ます。
1分ほど彼女を押さえ続けていれば、やがて自然に静かになります。彼女を落ち着かせようとして《精神分析》に成功させれば、彼女はすぐに静かになります。
細川智子を助けようとした探索者は《聞き耳》に成功すれば、彼女の小さな呟き声を聞き取ることが出来ます。
その内容は、「ノブくん、ごめんね……ごめんね……」というものです。
細川智子は目を見開いたまま、その言葉を繰り返しています。
この発作は、火垂祭の当日となって、12年前の忌まわしい事件(詳しくは「16,細川智子の情報」を参照)を断片的に思い出してしまい、一時的に精神錯乱を
起こしたのです。
どちらにせよ、細川ヨシは孫娘を助けてもらったことに、田舎の老人らしい丁寧さでお礼を述べます。
彼女の奇妙な行動を調べようとして《精神分析》を成功させれば、精神錯乱による一時的な発作であることがわかります。ショック状態を引き起こしたり、暴力性
も無いので、あまり危険なものではありませんが、いまのような状況で発作が起これば、やはり危険です。
細川智子自身は発作が終わると、ある程度、正常に戻ります。
ただし、彼女は軽度の自閉症(人見知りが激しい程度)であるため、心を許した相手でない限りあまり他人と話そうとはしません。
知らない人間の前では、祖母の後に隠れ、時々、右目の包帯を無意識に触ったりしています。
キーパーは、露骨に彼女を精神障害者のように演じてはいけません。なぜなら、プレイヤーたちに、彼女とまともな話をしても無駄だと思わせるのは、今後のシナ
リオの展開に悪影響を及ぼすからです。
よって、細川智子の演じ方としては、やたらと人見知りする、世間知らずの少女、といった具合で十分でしょう。
事実、発作が起こらない限り、彼女の普段の様子は、さほど普通の女の子と変わりありません。
探索者が彼女のことを尋ねようとした場合、名前や年齢程度のことは細川智子自身が話しますが、それ以上の突っ込んだことは細川ヨシが代わりに答えます。
細川智子の情報については、「15,細川智子の情報」を参照してください。
ただし、細川ヨシも12年前のことは、あまり話したがりません。
もちろん、シナリオの都合上、最終的には彼女から情報が提供されます。
キーパーは、彼女が口を開くタイミングを便利に自由に決めて構いません。
プレイヤーが探索に行き詰まった時、プレイがだらけた時など、ゲームに刺激を取戻すために、この情報を利用してください。
逆に、あまりいろいろな情報が一度に出てしまうと、個々のインパクトが薄れるので、キーパーは情報を出すタイミングに気を付けてください。
細川智子は、探索者がいろいろと話し掛けたり、親しげな態度を取ったりすると、やがて、「なんで、私と一緒に居るの?」と、不思議そうに尋ねます。
なぜなら、5歳のときの火垂祭の事故から、ずっと彼女は村人たちから避けられてきたため、祖母以外の人と長く話したことはないのです。
この質問に、探索者の誰かが細川智子の満足するような解答(といっても、よほどひどいものでなければ、彼女は満足しますが)をすると、それ以降、彼女は探索
者のことが気に入って警戒心を解きます。
彼女は子供っぽい仕草や口調で、探索者たちに村の外のことや(彼女はテレビをあまり見ません)、無邪気な好奇心から探索者個人のこと(仕事や住んでいるとこ
ろなど、単純な質問です)を尋ねたりします。
彼女の態度は時間が経つにつれて、徐々に親しげなものへと変化します。これは自分を避けないでくれる人間がいるという刺激が、彼女の自閉症の症状を快方に向
かわせているのです。
これまで意味も無く(実際には意味はあるのですが)村人達に避けられ、孤独に生きてきた少女が探索者たちになついてくる……このイベントを効果的に演出し
て、探索者たちに細川智子への同情心を煽り、彼女への好感をもたせるようにすれば、今後の展開がおもしろくなるでしょう。
このシナリオにおいて、過去の影に捕らわれていた彼女の心の成長は、ひとつの大きなテーマです。キーパーは照れないで、彼女の感情描写を細やかにマスタリン
グしてください。
15,細川智子の情報
細川智子は12年前の火垂祭で、緒締役をやった子供です。
その祭で、彼女は中尾伸康(なかおのぶやす)という子供と一緒に奉納の儀式を行いました。もちろん、その祭司は坂井健蔵です。
祭の順調に執り行われましたが、いよいよ奉納の儀式で御緒鍵を取り替えるという段階になって、中尾伸康は好奇心にかられて閂を外して扉の向こうを覗こうとし
たのです。
すると、閂が最後の一本になった時、突然、石の扉が内側から強く叩かれました。
残った閂はみるみる曲がり始めます。
さらに、閂が曲がったことによって出来た扉の隙間からシアエガの黒い触手が伸びてきて中尾伸康をさらっていきました。扉の隙間は数センチしか無かったにもか
かわらず、するりと中尾伸康の身体は扉の中へと通り抜けて行ったのです(グレート・オールド・ワンだからこそ為せる技です)。
その光景を見た細川智子は、賢明にもすぐに扉を閉めて、閂を元に戻し、曲がった閂は自分達が持ってきた新しい閂と交換しました。
こうして解けかけた封印は、再び力を取り戻したのです。
しかし、扉を閉じるときに、外に伸び出していたシアエガの身体は千切れて残りました。そして、あろうことかその断片は、生き物のように動いて、細川智子の右
目の中へと侵入してきたのです。
彼女は右目を襲う猛烈な痛みを堪えながら、当時から祭司役であった坂井健蔵の元へと戻ります。
細川智子が途切れ途切れに説明する洞窟内での惨劇を聞いて、坂井健蔵は先祖が伝えてきた恐ろしい神が中尾伸康をさらっていったのだと理解します。もちろん、
洞窟にも足を運びましたが、どこにも中尾伸康の姿はありませんでした。
ただ、石の扉の前に残された御緒鍵が、細川智子の話が真実であることを証明していました。大人ですら、到底曲げられることのない御緒鍵が、すさまじい力によ
りねじ曲がっていたのです。
そして、なにより扉の向こうから感じられる凶々しい妖気が、この非現実的な状況を彼に納得させました。
坂井健蔵はシアエガの気配に脅えながら、細川智子と共に山を下りました。
山を降りた時には、細川智子の前髪の一房は、右目の激しい痛みと恐怖により白髪へと変化していました。
坂井健蔵は村で待っていた人々に、中尾伸康は山を下りる途中、誤って沢に転落したと嘘をつきます。到底、洞窟内で起きた事実など村人達には信用してもらえな
いでしょうし、なにより村人たちを洞窟に近付けたくなかったからです。
細川智子の右目については、崖を滑り落ちた際に、木の枝で傷をつけたということにしました。
その夜から、警察の手も借りて、中尾伸康の捜索が行われましたが、もちろん死体が見つかるようなことはありません。村での人望厚い坂井健蔵の証言は疑われる
ことはなく、川に流されたのではないかとされ、中尾伸康はそのまま行方不明とされました。
一方、細川智子のほうは、夜が明ける頃には右目の痛みも嘘のように治まっていました。
しかし、痛みはなくなっても、その右目にはシアエガの断片(以降、これを「シアエガの落とし子」と表記します。その詳しい説明は「19,悲劇の序奏」を参
照)が生きたまま住み着いていしまったのです。
このシアエガの落とし子は能力的にはとても卑小な存在で、暗いところでは大抵静かにしています。
しかし、彼女が明るいところで目を開けようとすると、シアエガの落とし子は光が苦手なので、目を閉じさせようと暴れて激痛を引き起こします。また、今回の事
件によって解放された、他の同族達の邪悪な力が強まると、共鳴して暴れ回ったりもします。逆に言えば、いまのところ彼女の右目に痛みを与えること以外、この怪
物のできることはほとんどありません。
シアエガの落とし子の暴れかたがひどいときには、黒い涙のようになって目の外にシアエガの落とし子の一部がにじみ出すことすらあります。この涙の滴は小さい
ながらも虫のように動きまわり、そのまま気紛れにどこかへ行ってしまったり、再び右目に戻ったりします。
細川智子は右目に包帯を常に巻いているのは、明るいところで目を開けないようにするためです。眼帯だと押さえつける力が弱く、つい目を開いてしまうことがあ
るため、包帯を強く縛って強引に瞼を押さえつけています。
このようなひどい幼児体験のため、彼女は軽度の自閉症と、暗所恐怖症になりました、
祖母である細川ヨシは、彼女が火垂祭の山神に祟られたと信じ、彼女が怯えないように、昼も夜もずっと明かりをつけた部屋で暮らすようにさせました。そのた
め、細川の家は夜でも家中の明かりがともされたままになっています。
彼女の右目を見せてもらうのは、簡単ではありません。
細川智子も細川ヨシも、当然、他人に右目の秘密が広がることを望んでいないからです。
ただし、探索者が彼女達を納得させるだけの理由を説明できれば、右目を見ることも可能です。眼科の医師であるとか、霊能力者で除霊をするなどといった説得の
方法があるでしょう。
二人は目を治す方法を探しているので、そのあたりを踏まえて説得すれば、話は容易に進みます。
包帯を外して彼女の右目をのぞくと、一見したところ普通の目のように見えます。
しかし、よくよく見てみると、その瞳には瞳孔がありません。それどころか、その瞳のように見えるものは、実は彼女の白目の中に巣食うシアエガの落とし子なの
です。
ただし、明るい場所で右目を見ている限り、それは眼病に侵された濁った瞳のように見えます。ただし、《医学》に成功すれば、このような目の病気は前例が無い
ことがわかります。
もしも、薄暗い場所で彼女の右目を見た場合、シアエガの落とし子は50%の確率で、まるで孵化の近いカエルのタマゴのように白目の中でクルクルと動きまわる
ことがあります。その形状も球形だったり、ヒルのようになったりと様々です。
この異様な目を見て、《医学》×5に成功すれば、このような目の病気は前例が無いことがわかります。
白目の中で蠢くシアエガの落とし子を見た探索者は0/1D4正気度ポイントを失います。
精神を煩う細川智子に対する偏見から、村人は彼女を避けています。
その病の原因が火垂祭の事故であったと言うことが、山神の祟りの仕業であるという噂を呼び、その偏見は根強いものになっています。
そして、年老いた祖母と、無力な少女だけという弱い立場の彼女たちは、この現状に甘んじるしかありませんでした。
彼女に12年前の事件について尋ねても、役に立たない曖昧な証言しか得られません。
なぜなら、彼女は無意識のうちに自分の精神の正常に保つため、あの恐ろしい事件を記憶の隅に追いやってしまい、普段は忘れているのと同然だからです。
探索者が無理にでも聞き出そうとすれば、これまで心を開いていた彼女は、再び自分の殻に閉じこもってしまうでしょう。
16,火垂祭の準備
午後になると、村全体が祭の準備で騒々しくなります。
村人の数が少ないので、ほとんど村総出で準備は行われています。
村の広場の祭り会場では、祭のときに子供達に振る舞われる料理などが並べられています。いかにも子供の喜びそうな、太巻寿司、お菓子、果物、アイス、ジュー
ス等々、なかなか豪勢に揃っています。
また、祭が終わった後の打ち上げに振る舞われる、大人用のご馳走(酒やつまみ)も隠すようにこっそりと準備されています。
祭の最後を締めくくる奉納に使われる御緒鍵は、緒締役の子供のいる家(つまりは、坂井健蔵の家)に保管されており、夜になって祭のときになるまでここに置か
れたままとなります。
夕方になると、村の男達は総出で山へ入ります。
昨晩、用意された大量の提灯を山に飾るのです。
坂井健蔵も、「この仕事は村の男全員でやらねばならない」と言って、赤い提灯を持って山へ入ります。なお、提灯の色は後の伏線となるので、キーパーはさりげ
なく色の描写をしておいてください。
もし、探索者が提灯を取付けるのを手伝うと申し出た場合、地図に従って提灯は取付けられているので、それを守ってくれるならばと、あまり気乗りしない様子で
言います。
村の男達に配られている山の地図は、地元の人間でなければなかなか理解できないような、実にいいかげんな代物です。しかし、その割には取付ける提灯の色まで
指定されていたりなど、意外と細かいところもあります。
提灯の数は三百個以上あるので、地図は何枚にもわかれています。
しかし、村人たちは、何年も続けてきたことなので、すでに各々が取付ける担当の場所はだいたい記憶しているので、地図はただの補助でしかありません。
余所者である探索者が、この地図を見て提灯を飾るように指示された場所を見つけるためには、《地図製作》に成功される必要があります。
もし、探索者が坂井健蔵の取付ける赤い提灯に関心を持って、地図を調べてみた場合、不思議なことに赤い提灯を取付ける場所が地図のどこにも印されていないこ
とに気付きます。
このことを村人に尋ねると、いま気付いたといった様子で、そのことに首を傾げます。
また、坂井健蔵自身に尋ねた場合、赤い提灯は昔から祭司役の村人が飾る習わしで、その場所はすでに記憶しているので地図に記す必要も無いのだ、と説明しま
す。
もし、探索者が坂井健蔵と同行しようとしても、坂井健蔵はそれを断ります。
最初は客人にそんな雑用をさせるわけにはいかないと断りますが、あまり探索者がしつこいようでしたら、元来、火垂祭は村の者だけで執り行われるべきものなの
で、手伝ってもらうのは逆に迷惑だと、やや強い口調で断ります。
探索者が密かに坂井健蔵を追跡しようとするのは困難です。道もない山の中を坂井健蔵は老人とは思えない足取りで、易々と登って行きます。探索者は《追跡》
1/2に成功しなくては、彼を途中で見失ってしまいます。
《追跡》に成功した場合、坂井健蔵はシアエガの洞窟まで赤い提灯を点々と飾り付けて行くのを見届けることが出来ます。とはいえ、この時点ではシアエガの洞窟
は、シダとコケに覆われた小さな岩の裂け目でしかないので、探索者の興味を引くことはないでしょう。探索者が洞窟のようなものを捜すという行動をしない限り、
キーパーは、わざわざ描写する必要もありません。
探索者の目には、坂井健蔵は単に赤い提灯を取付けているだけのように見えることでしょう。
実は、この赤い提灯は緒締役の子供達が洞窟に迷わずたどり着けるようにするための道標の代わりなのです。
そのため、坂井健蔵は探索者が赤い提灯に関わることを嫌うのです。
なお、提灯の色に「赤」が選ばれたのは、単に目立つからという理由です。
日が暮れ始めると、真っ黒く夜空にそびえる山の木々の合い間に、色とりどりの提灯の明かりが見えてきます。
提灯の弱々しい明かりが山全体に広がる様は、なかなか幻想的で美しい風景です。観光客狙いでもないというのに、これだけ手間をかけるとは、相賀村にとってこ
の祭がよほど大事なものであることが伺えます。
17,祭の始まり
日が完全に暮れると、祭が開始されます。
須藤宗平は、いよいよ相賀村へ着た本当の目的である祭が開催されるので、ウキウキした様子で見学をしに行きます。キーパーはなるべく探索者も祭を見学に行く
ように誘導してください。もっとも、祭を見ないで家に閉じこもっているような探索者はあまりいないでしょう。
祭が始まると、まずは子供小屋から、坂井健蔵に先導されて子供達が広場のほうへ連れてこられます。
坂井健蔵は御緒鍵を両手で捧げるように持っており、子供達の明るい様子とは対照的に神妙な面持ちで静かに先頭を歩いてきます。その坂井健蔵を見て、《幸運》
か《心理学》か《医学》に成功すると、彼が昨晩に比べてずいぶんとやつれた様子であることがわかります。
子供達はみんな明るく笑いざわめきながら広場へやってきます。雰囲気は和やかで、密かに伝えられてきた秘祭といったものではありません。子供達の中には、緒
締役の白い着物を着た坂井秀人の姿も見えます。
大人達は広場を遠巻きに囲んで、子供達の様子を眺めています。《アイデア》に成功すると、祭を見学している村人の中に老人の姿があまり見えないことに気付き
ます。
その場にいる若い村人にその理由を尋ねれば、
「昔は、大人達は火垂祭を見ることもいけないっていう習わしだったんだ。だから、年寄り連中は、火垂祭の間は家でじっとしているんだよ。まあ、いまの若い親
は、子供の様子を眺めに平気で祭を見に来ているけどね。本当は家に居るのが正しいんだよ」
と、親切に説明してくれます。
子供達が広場にあつらえられたシートの上に腰をおろすと、年長の子供が棒読みながらも祝詞を読み上げます。その間も、子供達は落ち着き無さそうにひそひそと
小声でおしゃべりを続けています。
その祝詞を聞いて、《歴史》に成功すると、これが平安中期の法典である延喜式に基づき、祭を執り行う相賀村の自己紹介、神への奉納品の報告し、神を讃える文
句を奏上するもので、さして珍しいものではないことがわかります。
ただし、この祝詞には祭の由来と目的を述べる部分がありません。これは祭の真の目的がシアエガのような忌まわしい神を封じるものであるため、あえて述べられ
ていないのです。
この祝詞を聞いていた須藤宗平は、「なんだ珍しくも無い……」と、露骨に不満そうな顔をしています。祭の由来などがないことに対しては、所詮、素人が祭司を
やっているような祭だから、代を重ねるうちに忘れられてしまったんだろうと、投げやりな意見を述べます。
坂井健蔵は、広場の奥に準備されたテントで、御緒鍵を持ったまま待機しています。このテントは、屋根からシートが下ろされており中が見えないようになってい
ます。
祝詞の読み上げが終わると、子供達は自由に食事を始めます。
子供達は広場をはしゃぎまわったり、おしゃべりをしたり、お菓子を食べたりと、端から見ていると、ただの子供だけの集会のようにしか見えません。
広場を取り巻いていた大人の間では、待ちきれずに酒を飲みはじめている者もチラホラと出ていています。だんだんと広場は祭というよりは、ただの宴会のように
なっていきます。
その祭の様子を見て、《歴史》に成功すると、これが里神楽の変形したものではないかと思います。
里神楽とは、農村などの民間に伝わる神楽のことで、そのためにあつらえた祭場に神を呼んで、五穀豊穣などを祈願するために神をよろこばせるための儀式です。
この火垂祭では、子供を神の代理人をして、村人がそれを歓迎するという形を取っているのかもしれないと想像できます。
しかし、実際には、これは洞窟に御緒鍵を締めに行くという危険な儀式をさせる子供を慰めるための宴会なのです。一般的な祭とはかけ離れた火垂祭の真相は、常
識的な《歴史》では理解できないのです。
この里神楽については、須藤宗平の口から説明させても良いでしょう。
広場の雰囲気がすっかり宴会ムードになっているころ、《目星》1/2に成功するといつのまにか須藤宗平がいなく、広場のすみで坂井秀人とコソコソと話をして
いるのに気付きます。最初から、須藤宗平の動きに気を付けていた場合は、ロールの必要なくそのことに気付きます。
探索者が何をしているのか様子を見に行こうとした頃には、その話は終わって、二人は離れます。
その後、坂井秀人は坂井健蔵に呼ばれて、会場の奥の坂井健蔵がいるテントと入って行きます。奉納の儀式の準備があるようで、テントの中へは入らせてもらえま
せん。
須藤宗平に、いったい何を話していたのか尋ねれば、彼はニヤニヤと笑って、
「私はこの広場の騒ぎは単なる余興で、火垂祭の本当に重要な祭儀は奉納の儀式に秘められていると思うんだ。だから、あの子にその一部始終をしっかり覚えてきて
もらって、あとで教えてもらえるよう念を押しておいたんだよ」
と語ります。
それはあながち嘘ではありませんが、実は須藤宗平は坂井秀人にこっそりと小型の使い捨てカメラを手渡しています。そして、御緒鍵を奉納する場所を撮影してく
るよう頼んでいたのです。
しかし、このことは探索者たちには秘密にしています。
秘密の儀式を無許可で撮影するなど、民俗学者としてのモラルを問われるようなことだからです。
18,奉納の儀式の開始
祭が始まって小一時間もすると、自然と広場は静かになって行きます。
緒締役による御緒鍵の奉納の儀式が始まるからです。
さすがに、この時になると子供達も、したたか酔っ払った大人達も自発的に静かになり神妙な面持ちで儀式の始まるのを待っています。
やがて音も無くテントから、坂井健蔵が出てきて、その後ろを少し離れて緒締役の子供である坂井秀人と戸田純子が着いてきます。御緒鍵は、二人が大事そうに抱
えており、坂井秀人は赤い提灯を手に持っています。
二人の子供の様子は対照的で、みんなが見守るこの場の雰囲気に飲まれて、脅えて泣きそうな顔をしている戸田純子に対し、坂井秀人はこれから何が起きるのか楽
しみにしているかのようにニコニコしています。
広場に集う村人達に何かを言うでもなく、三人はそのまま静かな足取りで提灯に照らされる山の中へと入って行きます。彼らをこっそりと追跡するのは非常に難し
く《追跡》1/2と《忍び歩き》1/2に同時に成功する必要があります。なぜなら、ただでさえ暗く馴れない山道を歩かなくてはならない上、坂井健蔵は誰かがつ
いてきてはいないか常時警戒しているためです。
もし、判定が厳しすぎるとプレイヤーが思っているようでしたら、坂井健蔵は必要以上に追跡してくる人がいないか警戒しているようだ、と説明してあげましょ
う。
追跡に成功した場合は、その探索者は「19,悲劇の序奏」のイベントに遭遇することとなります。
三人の姿が見えなくなると、再び、広場にざわめきが戻ります。
子供達は、小さい子から順々に残ったお菓子やジュースを手に持って家に帰っています。
いままで子供たちのいた場所には、すっかりリラックスした村人達が和気あいあいと酒を酌み交わし始めます。最早、祭ではなく、ただの宴会となっています。
19,悲劇の序奏
ここからの情報は、奉納の儀式を執り行うため山へ入っていった三人の遭遇した事件の内容です。
通常、探索者はこの事件には遭遇することはありませんが、奉納の儀式をするために山へ入っていった三人を探索者が追跡していた場合は、そうとは限りません。
坂井健蔵は二人の子供を連れて山へと入って行きます。
しかし、しばらく進んだところで坂井健蔵は立ち止まると、赤い提灯を手渡し、あとは子供達だけで行くようにと促します。
目的地までは、夕方、坂井健蔵自身が山の中に取付けた赤い提灯が道標となってくれます。
御緒鍵を奉納するときに、穢れを持った大人が近付くことは許されないためです。現実的な言い方をすれば、宇宙的恐怖に弱い大人がシアエガに近付いて発狂して
しまい、儀式を台無しにする危険を避けているのです。
戸田純子は子供だけで真っ暗な山の中へ入ることを恐がりますが、坂井秀人は平気で言われた通りにします。さすがに子供なので少しは恐くもありますが、女の子
が一緒なので強がっているのです。
赤い提灯を辿って、二人はシアエガの洞窟にたどり着きます。
子供の目線で見れば、大人にとってはただの岩の割れ目も、洞窟の入口として映ります。
はびこったシダの葉をかき分けて、洞窟の中へと入ります。
洞窟の中は、外界とは異質な空気に満たされています。もし、経験豊かな大人であればその異様さに気付いたでしょうが、幼い二人はさほど気にもしないで洞窟の
中へと入って行きます。
手に持つ提灯を頼りに、洞窟の突き当たりまで二人はたどり着きます。
そこには、あらかじめ坂井健蔵が説明してくれたとおり、四本の閂のささった石の扉がありました。
本当ならば、ここで一本の閂を差し替えれば奉納の儀式は終わりのはずなのですが、ここで坂井秀人が言いつけられていない行動を取ります。
彼はは御緒鍵を戸田純子に預けると、須藤宗平に渡された小型の使い捨てカメラで、洞窟の中の様子を撮影し始めるのです。
戸田純子は戸惑ってやめるよう言いますが、その程度でやめるような坂井秀人ではありません。
それどころか、さらにエスカレートして扉の向こうを撮影してやろうと考え、閂を抜き取り始めます。三本の閂が抜かれて、最後の一本になった時、突然、扉が内
側から強く叩かれ始めます。その力はすさまじいもので、みるみるうちに鉄製の御緒鍵の閂が曲がっていきます。
そして、石の扉にわずかに隙間が出来た時、するすると何かがヒルのようなものが伸びてきます。
これはシアエガの触手の一部であり、本体が眠っていても自由に動くことのできる落とし子のような存在なのです。
・シアエガの落とし子(基本データ)
STR 8〜40 CON 10〜60 SIZ 3〜100
INT 10 POW 8〜17 DEX 4〜10
移動 12/飛行 20 耐久力 7〜80
ダメージボーナス:−1D6〜8D6
武器:触手 70% ダメージ db
取り憑く 60% ダメージ(特殊)
装甲:なし。ただし貫通する武器からは最小値のダメージしか受けません。耐久力が0になると霧散して消え失せます。
呪文:なし
正気度喪失:シアエガの落とし子を見て失う正気度ポイントは0/1D6
シアエガの落とし子は、シアエガ本体から分離した身体の一部で、その能力はサイズに比例して大きく差があります。また、落とし子自身が分離することも可能で
すが、そうすると自分の能力が下がってしまうので、あまりしたがりません。
外見はつやのない、真っ黒なヒルのような形状をしていることが多いですが、実際にはその形は不定形です。
蛇のように地面を這うことも、空中を素早く飛行することも可能です。
攻撃手段は、単純に触手で殴りつける方法と、生き物の身体に取り憑く方法の二種類があります。
落とし子に取り憑かれた犠牲者は、1D6ラウンド以内にどうにかして取り除かなければ、身体に同化されてしまいます。そうなってしまうと、取り憑かれた部分
を切り落とすか、魔術的手段をとるかしか、それを取り除く方法はありません。
なお、生き物に取り憑いた場合、落とし子は次元的にずれた空間に潜むのでサイズ等はまったく無視されます。
落とし子は取り憑いた相手を自由に操ることもできます。ただし、その際には犠牲者とのPOW抵抗ロールに勝つ必要があります。それに成功した場合、落とし子
は犠牲者の身体を自由に操れますが、失敗した場合、落とし子はその身体から出ていかねばなりません。
強い力を持つシアエガの落とし子(SIZ40以上)ならば、人間に取り憑かなくても、ある程度操ることが可能です。
しかし、その場合には、相手の精神が通常より弱っている、現在、取り憑いている人間が良く知っている人間であること、対象が眠っているときにしか影響を与え
られない等々の、いくつか条件が絡んでくるため、それほど便利なものではありません。
また、落とし子は強い光を嫌うという性質があります。
そのため、外を移動するときには、人間や動物の身体に潜んで目的地まで運んでもらうことを好みます。
落とし子とは言え、もとはシアエガ本体と同じものであったため、自分を生み出したシアエガに奉仕するようなことはありません。よって、落とし子の行動パター
ンはシアエガと同じように、あたりを漂い回って興味あるものを触手で調べ、そして叩きつぶすことだけです。
そう言った意味では、ミニ・シアエガと呼んでも構わないでしょう。
戸田純子はシアエガの落とし子が扉から出てくると、その恐怖に一目散に洞窟を逃げ出します。シアエガの落とし子は、戸田純子が持っている御緒鍵が苦手だった
上、坂井秀人を捕らえるのに忙しかったので、すぐには捕らえようとはしませんでした。
一方、坂井秀人のほうは、そのまま扉の中へ引きずり込まれてしまいます。久しぶりの人間というオモチャを手にしたシアエガの落とし子は、坂井秀人をすぐには
殺したりせずに、彼に乗り移って飽きるまでしばらく生かしておくことにします。
夜の森を何度も転びながらも、戸田純子はやっとのことで坂井健蔵のところまで逃げ延びることが出来ました。
坂井健蔵は、彼女のただならぬ様子から洞窟で何かあったことを察知し、戸田純子をその場に待たせて、自分は危険を顧みず助けに向かいます。
もちろん、ただの人間の老人がシアエガの落とし子にかなうわけもありません。彼も孫同様にシアエガに捕らわれてしまいます。
戸田純子は、坂井健蔵の言いつけを守ってしばらく夜の森の中で待っていました。
洞窟の方から坂井健蔵の悲鳴が聞こえたかと思うと、やがて自分を目指して這い寄ってくる闇の気配に気付きました。
闇は彼女の様子を遠巻きに眺めながら、じわじわと近づいてきます。
その恐怖が頂点に達し、彼女の精神が完全に崩壊しようとした寸前、やっと村からの助けが来てくれたのです。
20,事件の予感
洞窟でシアエガの落とし子が現れた頃、村外れで騒ぎが起きています。
探索者が騒ぎのほうへ駆けつければ、「14,細川智子との出会い」で出会った細川ヨシが助けを求めて叫んでいるのに出くわします。
品の良い彼女にしては、異常なほど取り乱しています。
彼女の叫びはほとんど支離滅裂なもので、村人達も何を言っているのかさっぱり解らないといった様子です。《精神分析》×2か、《アイデア》に成功すれば、孫
娘の細川智子に何かがあったのではないかということがわかります。
また、彼女を落ち着かせるために五分程度時間をかけて《精神分析》に成功すれば、落ち着きを取り戻させることが出来ます。それからならば、もう少し、具体的
な話を彼女から聞くことが出来ます。とはいえ、その内容は、孫娘が突然苦しみ出したということと、それはきっと山神様の祟りのせいだということぐらいです。
細川の家の場所は、村人達ならばよく知っています。
しかし、村人達はあまり細川の家に近付こうとはしません。その様子を見て、《心理学》に成功すると、村人達は何かを恐れていることがわかります。このとき
《心理学》1/2にも成功していれば、彼ら自身もその内に潜む恐れの正体に気付いていないことがわかり、これまで探索者の学んできた《心理学》では計りきれな
い何かか村人達の間に広がっていることがわかります。
村人達は、細川智子が負った右目の傷が、ただの傷ではないことに薄々気付いており、そこに潜む宇宙的恐怖だけは感じとっています。
通常の心理学では、そんな人知外の恐怖に脅える人間の反応を分析することは範疇外のことなのです。
探索者がすぐに細川の家へ向かうのでしたら、最初に到着することとなるでしょう。
家はこじんまりとした古い一軒家で、村外れに位置しています。
家の窓からはこうこうと部屋の明かりがもれています。奇妙なことに、家中の明かりがともされているのです。
家の中に入ると、細川智子が右目を押さえながら畳の上で身体を丸めて、痙攣症状を起こしています。
これは洞窟の封印の力が弱まったため、右目の中のシアエガの落とし子が活性化しているのです。
彼女の様子を見て《応急手当》か《医学》に成功すれば、激しいショック状態に陥っており、気道の確保などの応急手当が必要だということがわかります。すぐに
《応急手当》か《医学》に成功しなければ危険な状態です。この応急手当は何度でも挑戦できますが、探索者がロールに失敗するごとに、彼女がショック死する可能
性が3%ずつあります。
応急手当に成功すれば、彼女の症状は落ち着きを取り戻し、そのまま眠るように意識を失います。
右目に巻かれた包帯には、シアエガの落とし子が分泌した体液である黒い染みが薄っすらと滲んでいます。
この黒い染みを調べて、《医学》に成功すると、それが体液のようであることがわかります。その後、《知識》に成功すれば、これが血膿か何かであろうと常識的
な判断をしてしまいます。もしも、《知識》に失敗した場合は、これが人間の体液とは別のものではないかという、非常識的な考えに捕われます。
また、黒い染みを設備の整った研究室などで本格的に調べて《化学》に成功すれば、この物質が既知の物質のどれともあてはまらない、いわゆる地球外の物質、も
しくは神話的な物質であることがわかります。このことに気付いてしまった探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
もし、包帯を外して右目を直に見て見ようとした場合、すでに黒い染みの元は目から流れてはいません。シアエガの落とし子は、包帯が外され、光が入ってくる
と、一度だけクルリと回転して黒目の形になると動くのをやめます。この動きに気付くためには、右目をのぞき込んでいる探索者が《目星》1/5に成功する必要が
あります。ただし、成功したとしても、何か黒目が生き物のように動いたような気がするという程度で、動いたことを確信するほどのものではありません。
光が苦手なシアエガの落とし子は、早く目を閉じさせようと細川智子に激痛を与えるので、そう長くは目を開け続けさせることは出来ません。
細川智子の右目の詳しい情報については、「15,細川智子の情報」を参照してください。
もし、探索者が細川智子の包帯を外そうとしているところに細川ヨシがいた場合、彼女はそれを止めようとします。彼女を説得するための条件等は、「15,細川
智子の情報」を参照してください。
21,帰ってきた少女
細川家での騒動が一段落ついた頃、村の広場でも問題が発生しています。
奉納の儀式に出かけた三人が帰ってこないのです。
広場では村人達が宴会を続けており、したたか酔っ払った村人も多数いますが、それ以外の人たちは、三人の帰りが遅いことを心配し始めています。
村人の中には、12年前の中尾伸康が行方不明となった事件のことを思い出して口にするものもいます。また、酔っ払った村人の中には、細川智子の家の騒ぎと因
縁づけて、山神様の祟りではないかと脅るものもいます。
しかし、奉納の儀式の場所は祭司である坂井健蔵しか知らないので、探しようも無く、村人達は待つ以外のことは出来ません。
しかし、それから数時間が経っても三人が戻らないので、さすがにただ事ではないと村人達は山へ捜索に出かけようとします。
探索者が山へ捜索に出かけるかどうかは自由です。
もし、探索者が山へ向かっていれば、探索者は以降のイベントに遭遇します。
山を捜索する際、赤い提灯を目印にしながら捜索すれば、数時間後、ロールの必要も無く、戸田純子を発見することが出来ます。
また、探索者が洞窟の場所を知っていて、その近くを重点的に探せば、同様に戸田純子を発見することができます。
それ以外で、あても無く山を捜索する場合、《幸運》と《目星》のロールに同時に成功すれば、戸田純子を発見することができます。もし、複数の探索者がロール
に成功した場合は、ロールの目が一番低い探索者が発見したことにすればよいでしょう。
探索者が発見したとき、戸田純子はひとりきりで森の中に立っています。
あたりをいくら捜索しても他の二人の姿はなく、戸田純子ひとりきりです(二人は今頃シアエガの御許にいるのですから当然です)。
儀式用の白い着物の裾や袖は、枝にひっかけたのかボロボロに裂け、土にまみれています。何度も転んだらしく、手足には擦り傷がたくさんついています。
手にはしっかりと御緒鍵が握られ、惚けたように口を半ば開いたまま、身体を震わせています。
不思議なことに、そのようなひどい姿にも関らず、戸田純子は泣いていません。
頬には涙の跡は残っていますが、それも乾いてしまっています。
目は虚ろで、村人や探索者たちに会っても、ほとんど無関心です。
戸田純子を見て、《精神分析》に成功すれば、彼女が軽度の痴呆症に陥っていることがわかります。このとき《精神分析》1/2にも成功していれば、彼女がこの
ようになってしまったのは激しい恐怖によるショックのせいだということがわかります。
彼女は、洞窟で遭遇したシアエガの落とし子の姿、扉に飲み込まれてしまった坂井秀人、夜の山を満たす闇の恐怖によって、不定の狂気に陥ってしまったのです。
設備の整った精神病院で3ヶ月も療養すれば、彼女は正常に戻ります。それまでは、彼女からは有用な証言を得ることは出来ません(つまりゲーム中は、彼女は正
気に戻らないと言うことです)。
戸田純子は、探索者たちが助けに来ても、その場を動こうとはしません。
もし、誰かが戸田純子の手を取って連れていこうとしても、彼女は足を動かそうとはしません。と言うよりは、自分の意志で足を動かせないようなのです。
彼女の足下を調べようとして、明かりを向ければ、靴の下からザワザワと小さな黒いものが蜘蛛の子を散らすように逃げ出していきます。イメージとしては湿った
地面の石を持ち上げた時、下に隠れていた虫達が慌てて逃げ出す様を思い浮かべてください。
形はミミズやヒルのようですが、グニョグニョとたえず蠢いているためはっきりとはしません。
その黒い「何か」は明かりの届かないところまで逃げると、探索者と戸田純子の様子をうかがうように動きを止めたことが気配でわかります。
しかし、後を追おうと明かりを向けると、その黒い「何か」は、明かりを嫌うようにすぐに石の影や、木の根などに瞬く間に姿を消してしまいます。ひとつひとつ
は指の長さぐらいの小さなモノなので、夜の森の中でそれらを追跡するのは不可能です。
これは非常に小型でほとんど無力なシアエガの落とし子たちで、洞窟からずっと戸川純子を追って、ここまでやってきていたのです。
そのあとも、未練がましく、森のあちこちで草が動く音や、「チシチシチシシッ」という石をこすりあわせたような耳障りなシアエガの落とし子たちの鳴き声が聞
こてきます。
《幸運》に成功すると、森のあちこちから見つめられているような不快な感じがして、一刻も早く、この山から出たく(もしくは、出たほうが良いという気分に)な
ります。
探索者は、いまのところ唯一の目撃者である戸川純子に、奉納の儀式のことをいろいろと尋ねることでしょう。
しかし、彼女の答えは、
「秀人くんは、暗いところへ行っちゃった」
「秀人くん、そんなのダメっ!!」
「暗いのが来る、私をひっばりに来る……」
といった、曖昧で捕らえどころの無いものです。
あまりしつこく問い質そうとすれば、山で遭遇した恐怖を思い出し、一時的に錯乱状態に陥ります。こうなっては、しばらく話をするのは無理となってしまいま
す。
なお、戸田純子は、探索者の疑惑を分散させるためのミスディレクションです。
キーパーは、奉納の儀式から一人で生還した彼女を怪しく演じることによって、早々に探索者の疑惑が一点に集中して、展開が一本道にならないようにしてくださ
い。
ただし、プレイ時間に余裕ない場合は、その限りではありません。キーパーはプレイ時間を考えて、彼女を上手に利用してください。
22,事件後の村の様子
村の若者たちによる捜索は夜通し続けらましたが、依然として坂井健蔵と坂井秀人の二人が発見されません。
朝になって、祭のために帰郷していた人々は、足早に相賀村を去って行きます。その態度は、まるで面倒に巻き込まれないようでもあります。
村人達も、何者かに怯えるように、捜索隊以外は外に出るのを控えるようにしています。
祭の後片付けもされないまま、村は息をひそめたように静かになります。
村の通りを歩くと、どこかの家から念仏をあげる声が聞こえたり、年老いた両親に別れを告げる家族連れの姿があったりと、祭の時とは対照的な寂しさがありま
す。
須藤宗平は、今回の事件のことで、かなり気を病んでいる様子です。
友人にあずかった子供が行方不明になったのですから、それも当然のことですが、自分が密かに坂井秀人にカメラを持たせたりしたことを引け目に感じています。
須藤宗平は祟りなどを信じる人間ではありませんが、みんなに隠し事をしているということが気になってしょうがないのです。
村人達は、なぜか今回の事件を警察に通報していません。
そのことを村人に尋ねても、「すぐに見つかるかも知れないから……」と、言葉を濁しはっきりしません。
そんな村人達の態度を見て《心理学》に成功すれば、彼らは火垂祭のことで外の人間に首を突っ込まれるのを嫌っていることがわかります。それは警察であっても
例外ではありません。
もし、探索者達が強硬に警察への通報を主張した場合、渋々、村人達はそれを認めます。
しかし、警察は村人たちに事情聴取をしたり、坂井健蔵のもとへ坂井秀人を連れてきた探索者に、その理由を尋ねたりと、通り一遍の捜査は行いますが、それ以上
のことはしません。
結局のところ、警察は今回の事件を解決するのに、ほとんど役立つことはありません。情報収集の手伝いや、過去の事件の資料などを手に入れるときぐらいしか役
には立たないでしょう。
探索者が、警察の力に頼ってばかりで自ら動こうとしない場合は、警察の態度を横柄にして情報を出し惜しみするようにすれば良いでしょう。
キーパーは警察の扱いには注意してください。
あまり警察が表立って捜査を開始すると、探索者は独自にこの事件の調査をするのをためらってしまうかもしれません。
ですが、見当違いのことばかり事情聴取していたり、無闇に探索者や無実の村人を疑ったりなど、警察の無能さを誇張して演出すれば、逆に探索者は自分達で事件
を解決してやろうと発憤するかもしれません。
繰り返すようですが、このシナリオにおいて、警察力は無力であることを念頭においてキーパーはマスタリングを行ってください。
23,探索の例
探索者が調査しそうな場所、事柄について、以下にまとめて説明しておきます。
★奉納の儀式について調べる
三人が事件に巻き込まれたのは、奉納の儀式の最中なのですから、この儀式について調べるのは当然でしょう。
しかし、村人からは「12,火垂祭についての情報」内の「★村人たちの知っている情報」に明記されている情報しか得られません。
ただし、「もっと詳しい情報を得るにはどうしたらよいか?」と問われれば、坂井健蔵の家に、相賀村に伝わる古い文書があることを教えてくれます。
その文書については、「24,坂井健蔵の家を調べる」の「★天袋の中の古文書」を参照してください。
★緒締役の子供に話を聞く
探索者は、手っ取り早い情報源として、以前緒締役だった子供に奉納の儀式について尋ねようとするかもしれません。緒締役の子供の多くは、すでに親の都合など
で村を離れていますが、それでも数人の子供はまだ村に残っています。
ところが、彼らに奉納の儀式のことを尋ねても、その答えは曖昧ではっきりしないものです。
根気良く問い質しても、得られる情報としては、
「暗いところを通っていった」
「穴の中へ入っていった」
「石の扉があった」
「鉄の棒を新しいのに取り替えた」
といった、断片的なもので、洞窟の場所などを特定できるものではありません。
その年頃の子供にとって、3年前のことはずいぶん昔のことと感じられるものですが、それにしてもこの記憶の曖昧さは異常です。
子供達の話を聞いて、《精神分析》×2に成功すれば、儀式のことを思い出せないのは、子供達が無意識の内に記憶を排除しているためであることがわかります。
儀式の記憶が、子供達の精神に強いストレスを与え続けたため、無意識の内にその記憶を忘却するという自己防衛機能が働いたのです。まだ未発達で柔軟な子供の精
神ならではのことで、それが精神的にもし成熟した大人ならば、精神分裂症を起こしかねないほどのトラウマであろうことが推測できます。
結局、子供達の証言から得られる有用な情報は、儀式は穴の中で行われたらしい、ということぐらいなものです。
★洞窟を探す
緒締役の子供の証言などから、探索者は山の中に奉納の儀式で使用される洞窟があることを推測するかもしれません。そうでなくても、奉納の儀式を行う場所を探
そうとはすることでしょう。
しかし、何のあても無く山の中を探そうとしても、それは徒労に終わります。単に、戸川純子が発見された辺り調べるといった程度の捜索では、結果は同じです。
山は広く、洞窟の入口はすぐにはわからないぐらいに木々が茂っているため、数人の探索者の力で見つけ出すことは非常に困難です。
もし、探索者が考えも無く山を捜索するだけでしたら、丸一日捜索した後、《目星》1/20と《幸運》1/20に成功したら洞窟の入口を発見できるぐらいの、
厳しい判定で良いでしょう。
探索者が赤い提灯に目をつけ、これが何かの道標なのではと推測してから、山を捜索した場合、丸一日捜索した後、《目星》と《幸運》を同時に成功すれば、洞窟
の入口を発見します。もし、失敗したとしても、翌日捜索すれば、このロールは再挑戦できます。その際は、《目星》×2(もし、三度目の挑戦だったら×3という
ように上昇します)と《幸運》に同時に成功すれば発見することが出来ます。
洞窟の中の詳しい情報は「34,シアエガの洞窟」を参照してください。
★細川智子を調べる
クトゥルフというゲームに慣れているプレイヤーや、ちょっと先読みをするプレイヤーであれば、まず調べるべきは怪しい素振りを見せる細川智子であると考える
でしょう。
しかし、彼女は後述するようなイベントが発生しない限り、「20,事件の予感」での発作以降は正常でいます。
話を聞くことも可能ですが、その内容は前述した「★緒締役の子供に話を聞く」のと同様の内容しか聞き出すことは出来ません。しかも、その内容は、普通の緒締
役の子供から話を聞くよりも曖昧でつかみ所の無いものです。
洞窟の場所を調べたり、奉納の儀式の具体的な内容を調べる情報源としては、彼女は役に立ちません。
ただ、彼女は今後のシナリオの展開に深くかかわってくる重要なNPCです。
探索者が興味を持って調べるというのならば、彼女の存在をプレイヤーに印象付けさせるためにも、少し時間をとってマスタリングするとよいでしょう。
また、もしも探索者が12年前の事件に必要以上に疑問を抱いたり、この神話事件の真相について見当もついていないようでしたら、細川智子が遭遇した12年前
の事件の詳細を彼女の口から話させても良いでしょう。
今回の事件や、探索者の質問が引き金となって、昔の忌まわしい記憶を思い出したのです。
これは非常に有用な手掛かりとなるはずです。
★中尾伸康を調べる
どんな些細な情報も見逃さない探索者ならば、12年前、細川智子と一緒に緒締役をして、そのまま行方不明になった彼にも、目をつけることでしょう。
中尾伸康の両親は健在で、相賀村にいまも暮らしています。中尾伸康以外には、子供もいなく、ふたりきりで寂しい生活をしています。
この二人は12年前の真相はまったく知りません。坂井健蔵が証言したとおり、息子は沢に流されて行方不明になったと信じています。
母親のほうは、「いまでも、ひょっこりと『ただいま』なんて、あの子が帰ってくるのでは……なんて、思うこともあるんですよ」と、涙を浮かべながら語りま
す。
父親は、今回の火垂祭で発生した事件について、「だから、あんな祭はやめちまえばよかったんだ。いくら伝統のある祭だっていったって、ひどい事故ばかり起き
て、これじゃあ祟りを呼んでいるようなもんだ」と、憤りを見せています。
もし、探索者が求めれば、中尾伸康の写真を見せてもらうことが出来ます。
写真の男の子はわんぱくそうで、どことなく坂井秀人に似ています。
★戸田純子を調べる
探索者が、事件の唯一の目撃者である戸田純子の証言を求めようとするのは自然な考えでしょう。
しかし、彼女は、あの事件の夜の精神的ショックが強かったため微熱を出して寝込んでいます。
話を聞くことも出来ますが、両親はあまり良い顔をしません。
この時点では、彼女から得られる有用な情報はありません。その内容は「21,帰ってきた少女」を参照してください。
★須藤宗平を調べる
探索者は須藤宗平が坂井秀人に、何かを言い含めていたことを思い出して、彼を調べようとするかもしれません。
坂井秀人に何をしたのか、強く尋問されれば、彼はこっそりカメラを手渡し、儀式の様子を撮影するよう頼んだことを白状します。
クトゥルフに慣れた探索者ならば、それが原因で何者かを目覚めさせてしまったのではと推測するかもしれません。
もっとも、須藤宗平は現実的な人間なので、そんな「何者」といったことについては耳を貸さず、自分のせいでこの事件が起きたとは考えていません。
事件が起きてから、彼は毎日のように悪夢を見ることとなります。
夢の内容のほうは良く覚えていなく、坂井秀人がどこからか自分を呼んでいるような気がするという程度です。
彼は、この悪夢について、自分の口からは話そうとはしません。自分が罪の呵責で悪夢を見ているのかもしれないと思い、あまり話したがらないのです。
ただし、彼の近くで寝ている探索者は、毎晩、うなされている声を聞きます。
もし、そのことを尋ねられれば、彼はしぶしぶと悪夢のことを話します。
この悪夢の原因は、シアエガの落とし子に乗り移られた坂井秀人が発するテレパシーによるものです。
なぜ、そのようなものを送っているのかについての理由は、「25,須藤宗平の失踪」を参照してください。
24,坂井健蔵の家を調べる
主人のいなくなったいま、坂井健蔵の家にいるのは探索者たちだけです。
よって、その気になれば、坂井健蔵の家にあるものは何でも調べることが可能です。
もっとも、坂井健蔵の家はさほど広くはないので、調べる場所も限られてしまうでしょう。
普通の田舎の家で、敷地は広く、部屋数も多いですが、家財道具はさほどありません。
クトゥルフにありがちな、書斎や私設図書館、地下室、屋根裏部屋といったものもありません。
家を調べてみて、探索者の興味を引くような遺留品は、以下の三点ぐらいなものです。
★天袋の中の古文書
居間の天袋に、古い桐の箱に入った古文書が一冊入っています。
題名は「相賀祀典(あいがしてん)」というものです。
古い和紙を綴じた本で、手に取って調べてみて《歴史》に成功すれば、この本が約150年前のものであることがわかります。
文章が古いため、内容を判読するためには6時間ほどかけて読んだ後、《古代日本語読み書き》か《日本語読み書き》1/2に成功する必要があります。
本の内容は、火垂祭に関する、一般の村人には知らされていない伝承です。以下が、その概要です。
「約200年前、相賀村の鉱夫が、山に眠る荒神を掘り返してしまった。
そのあと、村には闇の風が巻き起こり、村人の半数以上が風に飲まれて殺された。
荒神のすさまじい力には為す術も無く、村が滅びるのを待つだけとなったとき、強い力を持つ法師が災いの元凶である荒神の洞窟を封じた。
しかし、その荒神が再び世に出ないように、相賀村の住人は3年に一度、荒神を鎮める祭を続けねばならなくなった。
御緒鍵とは、荒神を洞窟に縛り付けておくための鍵で、祭とは洞窟の奥にある扉の鍵を取り替える儀式である。
また、儀式は、荒神の力に惑わされづらい幼子によって執り行われるべきである」
本には、洞窟の位置や、赤い提灯の意味などは書かれてありません。
それらの最重要な秘密は、口伝によってのみ受け継がれてきたのです。
この本は、代々、祭司役に就いた村人に伝わってきたもので、坂井健蔵もこの本を読んで火垂祭に関する多くの知識を得ました。
キーパーはなるべく探索者にこの本の情報を伝えるべきです。
もし、不幸にもすべての探索者が《読み書き》のロールに失敗してしまい、本が読めないという状況に陥った時は、なんらかの救済措置を講ずる必要があるでしょ
う。
方法としては、須藤宗平などの古文書に詳しい第三者に読んでもらうなどが手っ取り早い方法です。図書館などで参考文献を利用するならば、再挑戦をしてもよい
とするのもひとつの方法でしょう。
この本を読破した探索者は《INT》×3に成功すれば、「御緒鍵に力を付与する」という呪文を覚えます。
この呪文は、POW5点と、正気度を5点消費(この正気度喪失による一時的発狂はありません)します。
呪文は、朝日の下で、正しい形状に造られた御緒鍵を持って1時間ほど儀式をすることで完成します。この呪文は、御緒鍵に「旧き印」の力を与えるものです。
呪文の最後には、この儀式は命を削る(POWを削る)ものなので、祭ごとに交代して行うようにと但し書きがあります。
ただし、この本には御緒鍵の寸法など、具体的な作り方は書かれていません。
★金物店の住所
御緒鍵をどこで作ったのかを調べるために、電話の隣に置かれたアドレス帳を調べてみれば、「吉沢金物店」という店の名前を見つけます。
坂井健蔵は、いつもこの金物店で御緒鍵を造ってもらっています。
金物店の主人は、この御緒鍵が何に使われているのかあまり知りません。ただ、戦前からずっと同じように依頼されたものを、ただ造り続けてきただけです。
探索者が同じ物を作成依頼する場合、5万円ほど払えば、3日間で御緒鍵と同じ物を造ってくれます。大至急造るように交渉すれば、最短で丸一日で作成できま
す。その際には、《説得》《言いくるめ》などの適当な技能のロールが必要となります。
★日記
坂井健蔵は三十年間に渡って、毎日、大学ノートに日記をつけてきました。
新しい日記は、寝室の書物机の上に、古い日記は寝室の押し入れの段ボールの中にしまってあります。
その数は百冊近くあり、すべてを読破するには丸三日はかかります。
ただし、いつ頃の日記を調べると指定があれば、さほど時間はかかりません。
以下に、今回の事件に役立ちそうな日記の内容を記します。
・20年前の日付
坂井健蔵が祭司になったときの日記です。彼が何年前に祭司になったかを村人に聞いてから、日記を調べれば、その部分を探すことが出来ます。
祭司役を受け継ぎ、同時に「相賀祀典」も引き継いだことが書かれてあります。
また、本には書かれていない、細かな祭のしきたりは口伝にて教わったとあります。
・12年前の日付
中尾伸康が行方不明となり、細川智子が右目の傷を負った事件のあったときの日記です。
事件のあった火垂祭の前日までは、準備は順調に行われている様が記されています。
しかし、祭の当日から、ぷっつりと日記は途絶えてしまっており、半分近くページが残っているというのに、その日記帳の続きは使われること無く、新しい日記帳
に移っています。
次の日付は、三ヶ月後になっており、その内容はごく普通のものです。
日記が途中で終わったページには、ページを破った跡があります。
次のページを良く調べてみれば、薄っすらと字の跡が残っています。
鉛筆の粉などを軽く撫で付けるなどして、《目星》に成功すれば、その文字を読み取ることができます。
判読できる文字は断片的ですが、その中には、
「嘘をついた」
「荒神の伝承はほんとう」
「細川智子の目には」
「中尾伸康は、もう戻らない」
といった文章が読めます。
・祭の前日の日付
探索者たちが坂井秀人を連れてきたことが書かれてあります。
その中に、「可愛い孫をあの忌まわしい洞窟に行かせるのは忍びない。しかし、それは相賀村の人間の使命なのだ」ということがあります。
また、御緒鍵に力を与える儀式を行ったこと、それ以来、なんとなくだるい気がする(POWを5点も消費したのだから当然です)といったことも書かれてありま
す。
前述した「相賀祀典」に並んで、坂井健蔵の日記にも多くの情報が含まれています。
探索者がその量に圧倒されて読むことを簡単に断念しまっているようでしたら、読んでみたい日付を選んで、流し読みをしてみることも可能であることを教えてあ
げるとよいでしょう。
25,須藤宗平の失踪
前述した「23,探索の例」などの情報収集を一通り済ませた頃を見計らって、キーパーは次の事件を発生させてください。
この事件は、ゲーム馴れしたプレイヤーが、すでに事件は発生してしまっているので、あとはじっくり解決するだけだという気持ちになっているところに、新たな
ショックを与えるものです。
キーパーは、これまでの探索者たちの情報収集に時間を割き、少し焦らしてから、この二度目のショッキングな事件を効果的に演出してください。
ただし、探索者が行き詰まりを感じさせるほど焦らしてはいけません。プレイヤーたちが、「まだ、調べていないことはないかな?」と思い出した頃が、タイミン
グとして最適です。キーパーはプレイヤーの様子を注意深く観察して、タイミングを見計らってください。
これ以降は、イベントが連続して発生し、ゆっくりと事件の真相の調査をしている暇はないかもしれません。情報の出し忘れはないか、キーパーは今一度確認して
から、以降のイベントを発生させてください。
これからのイベントは、連続しているからこそ効果があるものであり、途中でその流れを止めてしまっては効果が半減してしまうからです。
事件が起きてから数日後(これはシナリオの進展状況に応じて、キーパーが自由に決定してください)、須藤宗平は夜更けにこっそりと家を出ます。
この日の夜は、ひどい雨が降り続いています。
シアエガの落とし子が発する悪夢を見続けた須藤宗平は、催眠状態に陥り、夢うつつのまま山へと導かれていきます。
深夜にわたって須藤宗平のことを見張っていない限り、探索者は彼の行動に気付くことはありません。
その行動に気付いた探索者が、彼に話し掛けた場合、「秀人くんを山に探しに行く」と答えます。その目は虚ろで、半分、眠っているかのようです。
力ずくで自由を奪わない限り、彼が山へ行こうとするのを止めることは出来ません。
彼と一緒に山へ入ったり、こっそりと彼を追跡することは可能です。
その時は、その探索者も、これから記述するイベントに遭遇することになります。本来ならば致命的なイベントですが、キーパーはよほど愚かな行動にでない限
り、探索者をこのイベントから生還させてあげましょう。ここで死ぬのは、あまりに無意味な死ですので(もちろん、愚か者には容赦の無い死を与えて構いませ
ん)。
坂井秀人に乗り移ったシアエガの落とし子は、山の坂井健蔵の死体があったあたりで、須藤宗平のことを待っています。
シアエガの落とし子が彼を呼び出したのは、相賀村から村人が逃げ出せないよう道などの位置を把握するためです。なぜ、須藤宗平が呼ばれたかと言えば、坂井秀
人が良く知っている人間で精神接触をしやすかったからです。
この場に探索者がいないのならば、シアエガの落とし子は須藤宗平を洞窟まで引き込み、必要な情報を引き出した後で解放します(その後の彼の運命は「26,須
藤宗平の告白」を参照)。
もし、探索者がいた場合、坂井秀人は人間をはるかに超えた動きで須藤宗平をさらうと、そのまま黒い闇の風(実際には素早く飛翔するシアエガの落とし子です)
に乗って山の奥へと飛び去ってしまいます。この二人を追跡することは不可能です。
26,須藤宗平の告白
須藤宗平が山へ入っていった日の翌朝、昨晩の雨はまだやまず、厚い雲に空が重苦しく覆われ、蒸し暑く、気分も重くなるような朝です。
朝起きてみると、探索者たちは、須藤宗平の姿が見あたらないことに気付きます。
探索者が須藤宗平を捜しても、探さなくても、彼は自分の足で坂井健蔵の家に戻ってきます。タイミングとしては、最低でもひとりの探索者が家にいるときにして
ください。
須藤宗平は傘もささないで外を歩き回っていたらしく、全身ずぶぬれの上、泥まみれです。
彼はおっくうそうにびしょ濡れの身体のままで玄関に腰を下ろします。水滴がついたサングラスもかけたまま、「ちょっと話がある」と言って顔をうつむかせま
す。
探索者が着替えるように言っても聞く耳を持ちません。
やがて彼は勝手に話を始めます。それは独り言のように呟くだけですが。
「あれは村の場所を知ってしまった。
あれは、もう誰一人、逃がさないつもりだ。
沢山の闇が、村を取り囲む……
ああ……あの子に詫びなくては……
あの子には気をつけろ……
あの子を助けてやってくれ……
あの子は暗黒……
あの子に光を……」
須藤宗平の話の途中、強い雨音に紛れて、家の外から騒ぎが聞こえてきます。
その声に気付いたのか、須藤宗平は顔を上げ、ゆっくりとした動作でサングラスを外します。
「償えはしなかったが、罰は受けた……
さて、さよならだ」
その目はぽっかりと穴が空いています。眼球のあるべきところが空洞になっているのです。両目からはモワモワと粒子の粗い黒いホコリのようなものが立ち上って
います。
そして、まるで脱ぎ捨てたコートのようにバサリと潰れてしまいます。なんと、そこに残されたのは須藤宗平の皮膚だけで、その中身はどこにもありません。皮は
ゴムのような柔軟さで生々しく、どこにも切れ目はありません。誰が見ようと、これは明らかに人間業ではありません。この奇妙な死体を見た探索者は0/1D3正
気度ポイントを失います。
そこへいきなり数人の村人たちが呼び鈴も鳴らさずに戸を開けてやってきます。
彼らはびしょ濡れで、紙のような顔色をしながら、こう言います。
「外に内臓のようなものが……山から、この家までずっと続いている」
そして、玄関に落ちている須藤宗平の抜け殻を見ると、村人のひとりは悲鳴を上げてその場にへたり込みます。自分たちが追ってきた内臓の意味を察したのです。
外には引きちぎられた内臓や筋肉、砕かれた骨が、山の方から点々と家まで続いています。《医学》に成功すれば、これが人間のものであることがわかります。
内臓を辿っていけば、それは奉納の儀式があった山まで続いているとがわかります。しかし、それ以上、山の奥までは内臓自体が続いていないので追跡不可能で
す。
須藤宗平は山でシアエガの落とし子に犯された後、最後の言葉を探索者に伝えに、村まで降りてきたのです。文字通り、その身をを削りながら……
27,村人達の脱出
須藤宗平の内臓が村にばらまかれたというショッキングな事件の噂は、昼までには村全体に広まっています。
火垂祭での騒動に続いて、この猟奇的殺人の知らせに、村人たちの恐怖心は限界に達します。
村の外に身内のいる者は、一時的に村を出て行こうとします。それ以外の村人でも、出来ることならこの騒動が納まるまで村を離れたいと思っているようです。
人通りの少ない村の通りには、大きなトランクや旅行鞄を持った村人や、久しぶりに動かしたような車が目立ちます。
大雨の降る中、村を出ていく人々の表情は一様に見えない恐怖に脅え、言葉少なげに去って行きます。
しかし、いくら猟奇殺人が発生したからといって、これほど多くの村人(村人の五分の一ほどです)が村を出ていくというのも奇妙なことです。
村を出ていこうとする人々に話を聞いて、《心理学》に成功すると、彼らの行動が殺人に脅えただけという単純なものではないことがかわります。
真実の伝承は隠されてきましたが、相賀村の人々の意識深くに受け継がれてきた何者かに対するの恐怖(シアエガへの恐怖)が、この異常な状況となって表に吹き
出してきたのです。
現代日本となり、その表面は画一化された文化に覆われようとも、それよりはるかに長い時間にわたって培われてきた、その土地独特の「意識」というものは消え
去らないものなのです。歴史や口伝の中ですら忘れ去られたと思われる伝承や歴史も、それは土地の人々の血肉となり、無意識の内に考え方や性質に影響を与えるも
のです。
それが相賀村のような特異な歴史を経てきた土地ならば、なおさらのことです。
さきほどの《心理学》に成功すれば、それらの土地の歴史――つまり、相賀村の村人の意識に受け継がれてきたシアエガへの脅威――が人々に与える影響が、今回
のような騒動を引き起こしたことがわかります。
村人の行動は冷静なもので、その姿は、危機を察知して黙々と移動をする野生動物を彷彿させます。
無言の集団が村を去った後、相賀村はひっそりと廃村のような静けさに包まれ、雨音だけがすべてを支配しているかのようです。
雨のせいもあり、外に出る人の姿も少なく、この村で活発に動きまわっているのは探索者ぐらいなものです。
昨日までは普通の村だった相賀村が、一日の内にクトゥルフ神話関連の小説に登場するような、人気の無い無気味な場所へと変貌してしまったのです。
キーパーは黙々と村を避難しようとする村人達、空を厚く覆う雲、いつまでも続く大雨、昼になっても薄暗く蒸し暑い不快感、これらの情景を村を満たす無気味さ
を演出するのに利用してください。
もし、須藤宗平の忠告を信じて、探索者たちが村人達を外に出さないよう努力するならば、内容的に納得の出来る説得をして《説得》に成功すれば、彼らの多くは
村を出ていくことを取りやめます(気の早い数人の村人は、すでに出発してしまっています)。
プレイヤーにとって、この説得は提示できるはっきりとした根拠もないので、なかなか難しいものになるでしょう。ここは頭の悩ませどころになるかも知れませ
ん。
28,山道の惨劇
このイベントは、探索者が村を出るような行動をしない限り、実際に遭遇することはありません。キーパー用の情報です。
相賀村を出ていった人々は、ほとんどがシアエガの落とし子に襲撃されてしまいます。
その手段は単純です。
相賀村から国道に通じる道は山道一本しかありません。シアエガの落とし子は、そこで待ち伏せを続け、通りかかった車をかたっぱしから襲撃したのです。
山の中に潜むシアエガの落とし子は、走行する車を触手で掴みあげ、その中の人間を調べた(この神話生物は好奇心旺盛なのです)のち、すさまじい力で握りつぶ
してしまいます。シアエガの落とし子が何の目的でこんなことをしているのかは不明ですが、神話生物とはそんなものなのです。
もし、臆病な探索者が村を逃げ出そうなどと考えている場合は、シアエガの落とし子を使って存分に恐怖を味わってもらいましょう。
他の仲間とは別行動で、単独で逃げようなどと思っている情けない探索者は、この場で殺してしまっても構いません。
それ以外の、何かを調査しに行くために村を出ようとしている探索者ならば、車が破壊される程度で、脱出するチャンスぐらいは与えてあげましょう。
こんな事故で死んでも、おもしろくないからです。
なお、襲撃された現場には、何も残されていません。
ただし、探索者が現場を調査して《目星》か《追跡》に成功すれば、これまでぬかるんだ山道に続いていた車のわだちが、ある場所から突然消えていることがわか
ります。この場所でシアエガの落とし子は車を持ち上げたのです。
29,細川智子の幻視
このイベントは「30,降ってきた村人」の、ほんの数分前に発生するイベントです。
よって、探索者のいる場所によってはイベントの順序が前後することもあります。キーパーは状況に応じて、イベントを発生させる順番を決定してください。
村人たちが村を出ていってから、小一時間が過ぎた午後三時頃。
自宅で細川智子が発作を起こします。
細川ヨシは、探索者に助けを呼ぼうとします。探索者の中に《精神分析》《医学》が得意な者がいればなおさらです。
細川ヨシは、「突然、智子が苦しみ出して……」と取り乱した様子です。
細川の家に駆けつけてみれば、相変わらず部屋中の明かりがつけっぱなしの自室で、細川智子が苦しんでいます。
とはいえ、「20,事件の予感」の時の症状のように、激痛にもがくというわけではなく、包帯の巻かれた右目を手で押さえながら、青ざめた顔をしてガタガタと
震えているのです。
細川ヨシは、探索者たちにこれまでの症状を涙ながらに説明します。頻発する孫娘の発作に、すっかり精神的に参っている様子です。
「この子……昨日の夜更けにも人が殺される夢を見たと言って、すごく恐がっていたんです。
それでも、明け方には落ち着いてきて、私もほっとしていたんですが……昼過ぎになって、今度は目を閉じると恐ろしいものが見えると言い出して……昨日の晩よ
りも、なんかひどいみたいで……もう、どうしたらよいのやら……」
細川智子の様子を見て、《精神分析》と《アイデア》に同時に成功すれば、彼女は決して精神異常による発作を起こしているのではなく、何か外的な影響を受けて
いるためであることがわかります。平たく言えば、本当に彼女にだけ何か恐ろしいものが見えているのかもしれないと言うことです。
もし、《精神分析》にだけ成功している場合は、彼女の発作は妄想による軽度の精神錯乱であると、常識的ではありまずか誤った判断をしてしまいます。
両方失敗したら、当然、何もわかりません。
彼女を落ち着かせようとして、《精神分析》をしても無駄です。
なぜなら、彼女の発作は単なる精神的なものとは異なるからです。
今回の発作は、細川智子の右目に潜むシアエガの落とし子が原因です。
坂井秀人の身体に乗り移り、世に出たシアエガの落とし子が、同じシアエガの落とし子を持つ細川智子に影響を与えているのです。
具体的には坂井秀人に乗り移っているシアエガの落とし子が見ている(あの神話生物が我々の言う「見る」という行為をしているかは不明ですが、便宜上、この言
葉を使います)光景を、細川智子も右目で見てしまうのです。
左目が開いているときは、その光景は見ないですみますが、左目を閉じたときは、まるでその場にいるような生々しさで、その光景を見てしまうのです。
探索者が到着してから数分後には右目に何も見えなくなり、彼女の発作は自然に治まります。それまでは、いかなる治療措置も受け付けません。
発作が治まれば、やがて細川智子は落ち着きを取り戻します。
しかし、その顔色は青く、全身は細かく振るえ、白いブラウスは汗で透けています。
細川智子はしばらく何かに脅えるように自分の肩を抱いて震えていますが、探索者に話し掛けられるなどすると、我に返ったかのように自分の奇妙な体験を告白し
ます。
この告白する相手は、探索者の中に特別に彼女と親しく接している人がいるのなら、その探索者に向けてするとよいでしょう。
「目を閉じると見えてくるんです。
ずっと前に見えなくなった右の目に、どこかの景色が……
風のように山の中を走っていて……何かを追いかけているような……
そう……村の人を!!
村から出て行く人たちの車が見えて……自分の腕が暗い闇になって、車を掴みあげる……みんなが……握り潰されて……
いや、恐い!!
もう見たくない!!」
ここまで一気に告白すると、彼女は恐怖のあまり泣き出してしまいます。
探索者の中に誰か適任がいるのならば、その人の胸で泣くという行動をとらせるのもよいでしょう。
細川智子の見た、村人の車が襲われるという光景は事実です。
シアエガの落とし子は、村を出て行こうとする相賀村の住人を山道の途中で襲撃し、そのほとんどを殺害しています。
走る自動車を一台々々掴みあげては、中の人間ごと握りつぶすという恐ろしい光景を細川智子は、まるで自分自身がその所業をしているかのように見てしまったの
です。その恐ろしさは計り知れないでしょう。
また、細川智子が昨晩見た悪夢について尋ねた場合、彼女はそのことを口にするのをためらいます。それは、あまりにおぞましい内容だからです。
探索者が、その証言が今回の事件の解決に役立つかもしれないといった、決して興味本意で尋ねているのではないと言うことを説明すれば、彼女は重い口を開きま
す。
ここはロールプレイの見せ所です。単純に《言いくるめ》や《説得》ロールをするだけでは、彼女の口を開かせることは出来ないとした方が良いでしょう。
探索者に説得されれば、彼女は以下のような告白をします。
「昨日の晩、夢の中で、私……知らない男の人を殺したんです。
背の高い、30歳ぐらいの人でした。
その人は、私に手を合わせてひざまづいて謝っているんです。
私は一歩、一歩、その人に近付いて行きました。
そして、手を伸ばしたんです。
その手は、何だか私のものじゃないような気がしました。小さくて、まるで子供のような可愛い手でした……でも、私はその手で、ひざまづいている人の両目
に……指を……突き刺したんです……」
ここまで言うと、細川智子は、そのおぞましい夢を思い出して鳴咽を漏らしますが、しばらくしてから、再び言葉を続けます。
「その人の目からは、血の代わりに黒いものが……闇の色をしたものが流れ出てきました。その黒いものは、やがて目以外のところからも……口や鼻や耳や……身体
中のあちこちから流れ出して……いえ、溢れ出してきたのです。
そう……私は、その男の人の身体に、その闇を注ぎ込んでいたんです。
その闇が、男の人の身体を破って……どんどんと溢れ出してきて……それでも、私は闇を注ぎ込み続けているんです。
いつのまにか、自分の腕も、その闇に包まれていて……自分が闇になっているような……」
細川智子は、ここまで話すのが精一杯といった様子で、うつむいて苦しそうに鳴咽をもらします。
彼女のこの夢は、昨晩、シアエガの落とし子が須藤宗平を殺害した現場を右目を通じて見たものです。
夢で見た男と須藤宗平の特徴を照らし合わせれば、それが同一人物であることがわかります。なお、細川智子は須藤宗平が殺されたことは知りませんし、これまで
彼に会ったこともありません。
これはとても奇妙なことでしょう。
細川智子は、あのようなおぞましくも残酷な夢を見た自分に嫌悪を覚えています。
ただでさえそうなのに、その夢が現実のものとなっていることを知れば、彼女は相当のショックを受けます。
自分がそんな夢を見たせいで、事件が起きたのだと思い込んでしまうからです。
シアエガの落とし子が細川智子に見せた夢は、あまりに臨場感があり、現実味を帯びていたため(現実なのですから当然です)、彼女は自分の手で村人達を殺害し
たのだと錯覚してしまうのです。
落ち込んだ彼女をどうやってはげますかは、探索者次第です。
もし、この項のイベントが、「30,降ってきた村人」と「33,反撃開始」の後に起きていて、イベントも情報整理も必要無いとキーパーの判断した場合は、こ
のシーンに続いて「32,夢の子供」のイベントを連続して発生させても構いません。
30,降ってきた村人
前述した「29,細川智子の幻視」のイベントの約十分後、遠くから「ガーン、ガーン!」という轟音と地響きが連続して聞こえてきます。
これまであまり聞いたことのない種類の音で、強いて言うならばビル建築現場の基礎工事の杭打ち作業の音が近いでしょう。
音は村外れの畑のほうから聞こえ、今もまだ聞こえてきます。
地理的には、奉納の儀式が執り行われる山と、山道の間ぐらいの位置です。ただし、キーパーはプレイヤーに尋ねられない限り、このことは答えなくて構いませ
ん。
探索者が急いで現場に駆けつけたならば、その信じがたい光景を目にすることが出来ます。もし、もたもたとしているようでしたら、それには間に合いません。
現場に近付くと、雨粒がいつしか赤い色に替わっていることに気付きます。《アイデア》に成功すると、雨に血が混じっていることがわかります。このことに自分
で気付いてしまった探索者は0/1正気度ポイントを失います。
現場には、車のスクラップが、まるで前衛芸術のようにねじり潰され、無造作に、何の法則性も無く並んでいます。
その時、探索者の目の前に、また一台、車のスクラップが空から降ってきます。それは、さきほどまで聞こえてきた激しい音を立てて落下します。
上空には厚い雲しかなく、いったい、どこからこのスクラップが降ってきたのかはわかりません。
スクラップを調べてみると、押し潰されたフレームや座席の間に挟まる人間の死体を発見します。どうやら、物凄い力で外から車と一緒に潰されたらしく、その死
体は車にしっかりと挟まっていて簡単に助け出すことは出来ません。この無残な死体を見た探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
すべての車に村人は乗っており《アイデア》に成功すれば、これらの車が、朝、村を出ていった車であることを思い出します。
スクラップは、もうこれ以上は降ってきません。血の混じった雨も、しばらくすると普通の雨水へと戻ります。
この現象は、シアエガの落とし子が、山へ戻る途中に調べ飽きた車を捨てていったためです。
キーパーは、どんどん悪化していく状況を演出して、探索者とプレイヤーに緊迫感を与えてください。のんびりしていると、次は探索者の番なのかもしれないので
す。
31,坂井忠志からの電話
このように連続して奇怪な事件が発生すると、プレイヤーの頭が麻痺してしまい、シナリオの目的を見失ってしまう恐れがあります。
プレイヤーがどう思っていていようとも、一応、このシナリオの最重要目的は「行方不明になった坂井秀人の捜索」となっています。
そのことを思い出させるためにも、探索者が坂井健蔵の家にいるタイミングを見計らって、坂井忠志から電話をさせてください。
坂井忠志は、探索者に預けた坂井秀人が探索者達に迷惑をかけていないか心配して電話をしてきたのです。
彼にどのような返事をするかは、探索者次第です。
坂井忠志は、どうしても外せない今の仕事にケリがついたら、すぐにでも相賀村へ来るつもりです。
賢明な探索者ならば、いまの相賀村へ来ることは非常に危険であることは推測できるでしょう。坂井忠志が、村を出ようとした村人たちと同じ運命を辿る可能性は
否定できません。
そのことを心配して、適当な嘘で相賀村に来ないようにするためには《言いくるめ》に成功しなくてはなりません。その他、より詳しい事情を話すなどして説得し
ようとした場合は、そのロールプレイに応じてキーパーは判定をしてください。
その内容が理に適っているものならば、ロールにボーナスを与えてもよいでしょう。
探索者が坂井忠志が来ることを拒まなかった場合、もしくは拒みきれなかった場合、彼は電話をしたあと18時間後に相賀村に到着します。
もっとも、シアエガの落とし子は村へ入ってくるものにたいしては関心を持たないので、彼は安全にやって来ることが出来ます。
ただし、探索者が村を出て迎えに行こうとした場合は、80%の確率でシアエガの落とし子に襲撃される可能性があります。その場合も、無闇に殺してしまうのは
可哀想なので、すぐに逃げ出そうとしているのならば車が押し潰すぐらいで許してあげましょう。
32,夢の子供
このイベントは、必ず「30,降ってきた村人」以降に起こしてください。
プレイヤーたちがあまり焦れていないようでしたら、「30,降ってきた村人」のイベントから一日経たせて、翌日の朝に起こすとベストです。
手掛かりを求める探索者は、細川智子がまた夢を見ていないかと彼女の家を訪れることでしょう。
外は激しく降り続いていた雨は止んで、初夏らしい濃いブルーの空が見えています。
彼女に、また夢を見たりしないかと尋ねた場合、気にかかる内容の話を聞くことが出来ます。
「こんなことが何かの役に立つとは思えませんが……」
と、前置きをしてから、彼女は最近見た夢について語ります。
「別に眠っている時だけじゃなくて、時々、ぼんやりしていると見えるときがあるんです。
そこは暗い闇の中で、明かりはまったくありません。
でも、見えるんです。闇に照らされると言うか、闇が見せてくれるんです。それは、とても言葉では説明できない感じで……」
彼女はもどかしそうにその感覚を説明しようとしますが、シアエガの落とし子の視覚など、人間の言葉で表現できるはずもありません。
「そこは運動場みたいに広い場所で……平らな床の上に、子供が寝ているんです。
顔や服装までは見えません。だって、ほんとうに真っ暗なんですから。
でも、そこにいるのだけは間違いなく感じるんです。
近づこうとしても体は自由に動かないし……それに意識してしまうと、すぐにその光景は消えちゃうんです。
……ごめんなさい、こんな話。変でしょう?」
これで彼女の話は終わりです。
それほどショッキングな夢ではないので、彼女は落ち着いた口調で話しますが、《心理学》に成功すると、何か思い詰めたような表情をしていることに気付きま
す。
細川智子が見た光景は、明るくなったので洞窟に戻ったシアエガの落とし子の知覚した光景です。
彼女はその子供が、中尾伸康によく似ている気がしてならないのです(事実、中尾伸康なのですが)。
この後、細川智子は夢で見た森の光景と、昔の記憶を頼りに山の洞窟へ行こうとします。その子供のことが気になってしょうがないからです。
もし、探索者が細川智子の前で洞窟へ行くようなことを言えば、彼女も一緒に行きたいと申し出ます。
探索者が断るようでしたら、中尾伸康のことを話し、どうしても気になるのでと頼みます。キーパーは昔のトラウマを乗り越えたいとしている少女という、探索者
の同情心を煽るようなロールプレイをして、なんとか同行を認めさせてください。
最初であった時に比べれば、細川智子はずいぶんと積極的になっています。内にこもっていた彼女も、探索者の影響でずいぶんと明るくなったようだ、などと説明
すれば、プレイヤーも悪い気はしないでしょうし、無下に同行を断ることも無いでしょう。
もしそれでも頑として連れて行こうとしなかった場合、彼女はこっそり自分一人でも行こうとします。
シナリオの展開として、探索者と細川智子は、同じタイミングで洞窟に到着したほうが良いので、探索者が彼女を連れていかなかった場合は、適当な突発的イベン
トを発生させて足留めをしてください。
イベントとしては、再び坂井忠志からの電話が入る、警察が事情聴取にやってくる、などが考えられるでしょう。小一時間も時間を潰せれば十分です。
彼女が洞窟内に子供がいるという光景を見た後は、洞窟の奥はシアエガの眠る空間と次元的に結合を完了しています。
よって、これ以降の洞窟内部の描写は「34,シアエガの洞窟」の「★最終段階」を参照してください。
33,反撃開始
村を出る道も塞がれ、探索者は相賀村に閉じ込められてしまいます。
坂井忠志からはプレッシャーをかけられ、どんどん探索者は追い詰められて行きます。
そろそろ「窮鼠猫を噛む」の言葉通り、探索者たちにも反撃に移ってもらいましょう。
賢明な探索者であれば、これまでに得られる情報から、以下のような推測を組み立てているはずです。
・山のどこかに災厄をもたらす神が封じられていた。
・火垂祭は、その神を鎮める祭だった。
・今年の祭が何らかの理由で失敗し、神が放たれてしまった。
・細川智子が右目を負傷した12年前の事件も、その神に関係している。
・細川智子は神の行動について、霊感が働く。
キーパーは少し時間を割いてプレイヤーたちに情報の整理をさせ、今回の事件の内容を再確認させてください。
その中の話で、上記のように推論が立てられているようでしたら、次のイベントへ進めてもよいでしょう。
もし、探索者が情報収集はしたものの、プレイヤーのほうはそこからどんな答え得られるのかさっぱりわかっていないようでしたら、もうしばらく悩んでもらった
ほうがよいでしょう。何もわからずにシナリオが進むよりも、事件の真相の一部でも理解してからのほうが、これからのイベントの楽しさも、恐怖も増大するからで
す。
もっとも、プレイヤーが「クトゥルフの呼び声」というゲームに慣れていなく、このゲーム特有の「お約束」や「パターン」を知らない場合、その推測を立てるの
は困難であることも考えられます。
よって、キーパーはプレイヤー自身の熟練度も鑑みて、必要であれば推測を組み上げるためのヒントをあげても良いでしょう。
しかしながら、現実的な問題として、非常にパワフルな神話生物であるシアエガの落とし子に、真っ向から挑むのは愚かで無謀な行為です。
しかし、この生物にも幾つか弱点があります。
それを突き止めることは、このシナリオの大きな課題の一つです。
クトゥルフの呼び声において、神話生物の弱点を探し出し、本当にそれが効くのか確信の無いままに試してみて実際に効果があったときというのは、とてもスリリ
ングで楽しい瞬間です。
キーパーは、パワフルなシアエガの落とし子とまともに戦うことの愚かさを強調し、弱点探しの楽しさをプレイやーに味わってもらいましょう。
★旧き印
シアエガの落とし子は、「旧き印」が苦手です。
これは御緒鍵が封印に使用されていたことから、推測できるでしょう。
洞窟のような密閉された場所に追い詰められ、その入口を「旧き印」によって封じれば、シアエガの落とし子を封印することが可能です。ただし、そうそうシアエ
ガの落とし子を閉じ込めておける場所など見つかりません。相賀村の近くでは、これまでもシアエガの落とし子が封印されていた、例の洞窟ぐらいなものでしょう。
単に探索者が「旧き印」を持っているだけでも、その効果はあります。
ただし、ただ持っているだけでは、それほど劇的な効果は望めません。
例を挙げて説明すると、シアエガの落とし子が襲う目標が「旧き印」を持っている人間と、持っていない人間だった場合、まずは持っていない人間から襲うといっ
た程度の効果しかありません。
シアエガの落とし子にとっては、「旧き印」を持っている人間は、なるべくなら触りたくないという程度の存在なのです。自分に楯突いてきたり、襲う必要があっ
たりした場合は、躊躇せずにその人間を叩き潰します。
それは、我々の毛虫やゴキブリなど、あまり触りたくない虫などに対する感情に似ています。
探索者が「旧き印」を手に入れるチャンスとしては、戸田純子が持って帰った御緒鍵を手に入れるか(祭司役の坂井健蔵の家に戻されています)、洞窟の中にある
昔使われていた御緒鍵を入手する、もしくは「御緒鍵に力を付与する」の呪文を使って自分で作るという方法が考えられるでしょう。
もしかすると、すでに経験を積んている探索者ならば「旧き印」の呪文を所得していたり、すでに力のある「旧き印」を持っているかもしれません。もちろん、そ
れらの「旧き印」も御緒鍵と同様の効果を発します。
御緒鍵はシアエガの落とし子に対して、強力な武器の代わりとなります。
単純に御緒鍵を棍棒のように使用して、シアエガの落とし子を殴りつけるのです。
・御緒鍵
基本命中率:25% ダメージ:1D8+db 基本射程:タッチ
1Rの攻撃回数:1回 耐久力:20 使用技能:《大きい棍棒》
※)御緒鍵でシアエガの落とし子を攻撃する際、ダメージは2D8+dbとなります。
★強い光
シアエガの落とし子にとって、「旧き印」よりも苦手なものは、強い光です。
このことは洞窟内部に潜む「何か」が光を避けているような行動をとることや、細川智子が光を受けると目に痛みを感じることから推測できるでしょう。
強い光はシアエガ本体にとっては何でもないものですが、本体から分離した落とし子は、その闇の属性から強い光を嫌います。
シアエガの落とし子にとって、強い光は人間にとっての熱いお湯に相当します。光を浴びることによってダメージを負うことはありませんが、出来る限り光の無い
ところへ行こうとします。
おそらく探索者にとって、光こそがシアエガの落とし子に対抗する有力な手段となることでしょう。
具体的に強い光の例を挙げると、晴れの日の太陽光、カメラのフラッシュ、自動車のヘッドライト、工事現場などで使用される500W以上の投光器などです。
自動車からヘッドライトとバッテリーを取り出して携帯できるようにするには、《機械修理》に成功する必要があります。村外れに降ってきたスクラッブからも
《機械修理》に成功すれば、無事な部品を取り出して携帯用ヘッドライトを作成することは出来ます。
火垂祭の野外照明に使われていた投光器は、そのまま使用できます。村には5台ほど投光器はありますが、500Wの投光器は1台だけで、残り4台は200Wし
かありません。200Wの投光器では光が弱く、シアエガの落とし子には効果はありません。もちろん、そのことを探索者に伝える必要はありませんが。
強い光源をもっている探索者は、その光を使ってシアエガの落とし子の攻撃を避けることが出来ます。
そのルールは特別なので、以下に説明します。
・強い光の効果ルール
強い光を利用して、シアエガの落とし子の攻撃を回避する技能(以降、《ライト受け》と表記)の基本値は、《拳》か《DEX》×5のどちらか高いほうを使用し
ます。
通常、《ライト受け》は戦闘中に使用されます。使い方は各種武器の《受け》と同様ですが、その後の判定方法が違います。
通常、敵の攻撃が命中した際、受けた武器の耐久力から攻撃のダメージを単純に引いています。しかし、光には耐久力などないので、攻撃を受けた際に《ライト受
け》に成功した探索者は、その攻撃にたいしてのみ4d8の装甲を一時的に得ることとしてください。
装甲以上のダメージを受けた場合は、シアエガの落とし子の攻撃を完全に光では防ぎきれなかったということになり、越えた分のダメージを探索者の耐久力に受け
ることとなります。光を発する装置(ライト等)にはダメージは入らないので、以降の《ライト受け》にはなんらペナルティーは受けません。
34,シアエガの洞窟
この事件の元凶であるシアエガの封印されていた洞窟の説明をします。
探索者が、いつ洞窟へたどり着くことが出来るかは、このシナリオでは設定されていません。
迅速で、賢明であれば、この洞窟へはシナリオの早い段階でたどり着けることでしょう。その逆もであれば、洞窟へは事件の終了間際にやってくるかもしれませ
ん。
よって、この項では、シナリオのイベントの進行状況に合わせて洞窟の様子をわけて説明します。キーパーは現状に応じて洞窟内の説明をしてください。
シアエガの封印されていた洞窟は、相賀村から三十分ほど入ったところにある山中にあります。
そこは200年近くも、あまり人の立ち入らなかった鉱山跡です。
木々が濃く茂り、蛍袋の花があちこちに見られる、薄暗い場所にそれはあります。
その入口の岩肌には苔がむし、日影に育つシダが洞窟を隠すように繁茂しています。
洞窟の入口を見て《考古学》か《歴史》に成功すれば、この洞窟が自然のものではなく江戸時代ぐらいに放棄された鉱山跡であることがわかります。《地質学》に
成功すれば、足元にごろごろしている岩から、ここが銅山であったことが推測できます。
洞窟の大きさは、高さは1メートル70センチ程度で、よほど背の低い人でなければ頭がぶつかりそうです。奥は10メートルほど続いており、ほとんど水平の洞
窟です。ゆるくカーブしているため、入口からでは奥は見通せません。
足元は長い時を経て崩れた岩がごろごろしており、非常に歩きづらいものです。
懐中電灯などの明かりがなければ、中を進むのは困難でしょう。
入口で《聞き耳》をしても、何も音は聞こえません。
洞窟の一番奥には、シアエガを封じている石の扉があります。
扉は両開きのもので、洞窟が一部狭くなったところに据え付けられており、大きさは縦・横1メートルぐらいの正方形です。
表面には、御緒鍵を閂として取付ける場所が四ヶ所縦に並んでいます。
取付場所には3年おきに四種類の干支が浅浮き彫りにされています。
緒締役の子供は、その年の干支の刻まれた場所に刺さっている御緒鍵を交換します。祭は3年に一度執り行われるので、今年の干支に刺さっている御緒鍵は12年
前の一番古いものということになるのです。
ここに刻まれている干支は、プレイする年に合わせてください。
参考までに1999年にプレイするならば、「子」「卯」「午」「酉」の干支が刻まれています。そして、儀式では1999年の干支である「卯」のところにさ
さっている御緒鍵を取り替えればよいのです。
扉の下には200年に渡って交換し続けられてきた御緒鍵が無造作に転がっていたり、立てかけられていたりします。
そのほとんどは錆びて、ボロボロに朽ちており、込められていたPOWの力は消え去り「旧き印」としての力も失っています。
これらの御緒鍵の中から、まだ新しいものを探そうとした場合、《目星》に成功すれば1本だけ比較的錆の少ないものを発見します。この御緒鍵には、まだ力が
残っており、まだ閂として使用することが出来ます。
★火垂祭前夜以前
火垂祭が行われる前の洞窟には、一見したところ不審な点はありません。
その内部は、じっとりと湿った空気で、重苦しい闇があたりを包んでいます。
闇はまるで身体に粘り付くような感触がして、携帯した明かりなども弱々しく感じられます。まるで空気中に黒い気体が満ちているかのような感じです。
空気は初夏だというのに冷たく、時々、闇の中の岩肌を照らすライトの明かりを黒い影が横切ったります。その正体はイモリや大型のムカデですが、洞窟の無気味
な雰囲気を引き立てるのに役立ててください。
中へ入った探索者は《幸運》に成功すると、この洞窟に無気味な気配を感じ取り、すぐにでも外へ出て行きたくなります。それを堪えるためには、《正気度》ロー
ルに成功する必要があります。失敗した探索者は、洞窟に漂う人知を越えた宇宙的恐怖に苛まれ、すぐに洞窟を飛び出したくなります。もしそれを無理に堪えた場
合、その探索者は再度正気度ロールを行い1/1D3正気度ポイントを失います。
奥の扉には、四本の閂がしっかり刺さっています。
もし、探索者がこの閂を抜き放った場合、探索者の誰が一人が坂井秀人の代わりに、シアエガの落とし子の犠牲となります。キーパーは探索者がそんな愚かなこと
をしでかさないように、一本目の閂を抜いた時点で、扉の奥に潜む忌まわしい存在を示唆するような描写をして、それとなく警告をしてあげましょう。
それでも、まだ閂を抜こうとするような愚か者には、死以上の天罰を与えても構いません。
★火垂祭の直後
坂井秀人が閂を抜いてしまった直後の洞窟です。
洞窟を歩くと、闇が喉に詰まり息苦しく感じられます。実際、洞窟の中に3分以上いた探索者は、《CON》×5に成功しなくては意識が混濁としてきて、すべて
の判定に−10%のペナルティーを受けることになります。
弱々しい明かりに照らし出された岩肌に、ザワザワと蠢めく黒い影が見えたりしますが、その正体を探ろうとすると、それは消えてしまいます。
時には、洞窟中の壁という壁が、まるで森の中の木々のざわめきのように一斉にザワザワと蠢めいたよな気がしたりもします。
しかし、ライトの光があたると、その「何か」は怯えたようにすぐに隠れてしまいます。
空気は生暖かく、生臭いような匂いがします。しかし、その生臭さが魚の匂いか、動物の匂いか、それとも植物の腐った匂いかと言われれば、それを断定すること
は出来ません。
洞窟内を満たす不吉な雰囲気は、その強さを格段に増しています。洞窟に入った探索者は例外なく、《正気度》ロールに成功する必要があります。失敗した探索者
は、洞窟に漂う人知を越えた宇宙的恐怖に苛まれ、すぐに洞窟を飛び出したくなります。もしそれを無理に堪えた場合、その探索者は再度正気度ロールを行い
1/1D3正気度ポイントを失います。
奥の扉の閂は、すでに三本が抜かれてしまい、一本の御緒鍵が曲がった状態で扉に引っ掛かっています。
閂を抜けば、扉を空けることは出来ます。
しかし、その奥は少しだけ広くはなっていますが、奥行きは1メートルもありません。つまり、洞窟の行き止まりのすぐ手前に、わざわざ扉をつけたという奇妙な
構造になっています。
扉の向こうには何もありません。シアエガの眠る場所とは、空間的ではなく、次元的につながっているため、人間の目ではただの行き止まりのようにしか見えない
のです。
すでにシアエガの落とし子は坂井秀人の身体に乗り移り自由を得ているので、ここに危険なものは残っていません。
この時点で、御緒鍵の閂をしたとしても、すでにシアエガの落とし子は開放されているので、さほど意味はありません。
扉の外からならば、坂井秀人の身体を使って、御緒鍵の閂を抜くことは可能だからです。
★最終段階
シナリオの最終段階、シアエガ眠る空間と次元的に結合してしまった洞窟です。
結合する時期については「33,反撃開始」と「32,夢の子供」を参照してください。
最早、どれほど鈍い人間であっても洞窟に近づくだけで超常的な雰囲気を感じ取ることが出来ます。
入口に茂っていたシダ類は、たった数日で無気味にネジ曲がり、緑色の葉は一部黒くくすんだ斑になっています。シダは風も無いのにザワザワと動いているように
思え、まるで息をひそめ獲物を待っている化け物の触覚を彷彿とさせます。
洞窟からは、ほとんど感じられない程度の生臭い風が吹き出しています。《目星》に成功すれば、間違いなく風は洞窟の中から吹いていることがわかります。行き
止まりの洞窟から風が吹き出すとは、奇妙なことと思えるでしょう。
洞窟の中へ入ると、闇が生き物のようにまとわりついてきます。実際、素肌の部分はウズウズと人肌に暖めたナメクジが何万匹もゆっくり這いずっているような感
触がします。
もちろん、それは息を吸うたびに口の中や喉の奥にも同様の感触がして、吐き気を催します。
洞窟の中に3分以上いた探索者は、《CON》×5に成功しなくては意識が混濁としてきて、すべての判定に−10%のペナルティーを受けることになります。
また、洞窟に入った探索者は例外なく、《正気度》ロールに成功する必要があります。失敗した探索者は、洞窟に漂う人知を越えた宇宙的恐怖に苛まれ、すぐに洞
窟を飛び出したくなります。もしそれを無理に堪えた場合、その探索者は再度正気度ロールを行い1/1D3正気度ポイントを失います。
奥の扉の閂は何者かの手によってすべて引き抜かれ、扉は開け放たれています。
扉の奥についての詳しい情報は「35,シアエガの膝元で」を参照してください。
35,シアエガの膝元で
この項の洞窟内の説明は、「32,夢の子供」のイベント以降のものです。
細川智子が同行している場合、彼女は暗い洞窟に入るのに少し躊躇しますが、すぐに勇気を奮って(探索者が励まそうとするなら、その言葉に従って勇気を奮い)
中へと入って行きます。
洞窟の奥の扉は開け放たれています。
その向こうは相変わらず行き止まりですが、細川智子は目を閉じると、その向こうに大きな洞窟があると呟きます。彼女は右目のシアエガの落とし子を通して、
「向こう側」の光景を見ているのです。
そして、彼女がすっと奥の壁に手を触れると、黒いホコリのようなものが触れた部分からモワッと吹き出し、辺りを包みます。
一瞬、視界が失われますが、黒いホコリはすぐに消えてしまいます。
そして、黒いホコリの向こうから、バタリと探索者たちのほうに何かが倒れ込んできます。
それは、行方不明になっていた坂井健蔵です。
着物は大きくはだけており、骨の浮いた胸がむき出しになっています。
その胸には、幅20センチぐらいの帯状の青黒いアザが浮き出しています。調べてみれば、腕や足にも、このアザが残っています。
このアザは、坂井健蔵がシアエガの落とし子に襲われた時に、その触手によってつけられた跡です。
アザを調べてみて、《応急手当》か《医学》×5に成功すれば、これがかなり強い力によって締め上げられた際についたものであることがわかります。しかし、こ
れだけの太いアザを残すとなると特別に太い帯状のロープと、それをひっぱるウィンチや車が必要となるでしょう。なぜなら、そんなに太いロープを人の力で扱うの
は難しいからです。
さらに、《応急手当》か《医学》×2に成功すれば、このアザにそって、腕や肋骨が締め付けられたことにより骨折していることがわかります。その力は、人間を
はるかに越えた力であることは容易に判断できます。
坂井健蔵は致命傷を負っていますが、まだかすかに息があります。
彼は探索者の事に気付くと、
「早く祭を終わらせなくては……御緒鍵を締めなくては……秀人は……どこに……」
と、苦しそうに呟きます。
次元の違うシアエガの御元にいたため、奉納の儀式があったときから坂井健蔵の身体には、ほとんど時間が経過していません。そのため、彼の言葉には奇妙な点が
あります。キーパーは洞窟内の時間がおかしいという伏線を、ここで張ってください。
キーパーはどうしても探索者が聞きたかった質問などがあれば、少しだけ(本当に少しだけ)坂井健蔵の口から語らせても良いでしょう。
ただし最終的には、坂井健蔵は、
「祭を終わらせてくれ……」
と言い残して、死亡します。
また、いままで行き止まりだった壁がいつの間にか消え失せ、扉の奥には直径30メートルぐらいのホールが広がっています。
ホール内の天井の高さは10メートル弱ぐらいで、びっしりと鍾乳石のつららのようなものが生えています。
扉を入ると、すぐに下に1メートルほどの高さの段差があります。
扉から入ってすぐの地面は洞窟内と同じものですが、段差の下の地面はのっぺりと平らなものです。ザラザラとしてはいますが、割れ目や凹凸が無く、人工の床の
ように思えます。色はつやの無い黒一色で、明らかに洞窟内の岩とは異なるものです。
降りるためには判定の必要はありませんが、何の道具も無しに崖を登るためには1ラウンドかけて《登はん》×2に成功しなければなりません。失敗した場合は、
さらに1ラウンドをかけて同じ判定をしなくてはなりません。
キーパーは探索者が気にしていなくても、このことを先に教えてあげましょう。賢明な探索者ならば、先に「逃げ道」を確保するための工夫をすることでしょう。
ただし、そのことに気付かなかった探索者には、あとで肝を冷やしてもらうことになります。
ホールのほぼ中央、ライトの光がやっと届くぐらいのところの床に子供がうつぶせで寝転がっています。その服装は緒締役の子供の衣装です。ここでキーパーは探
索者が坂井秀人と勘違いするような説明をすると、後の展開の意外性が高まるでしょう。
もし、細川智子が同行している場合、彼女は探索者の制止も聞かずに崖を降りて、その子供の元へ駆け寄ります。
そこに倒れている子供は中尾伸康です。
次元を超えたシアエガの眠る空間にいたため、彼は行方不明になった当時からほとんど時間が経過していません。
中尾伸康の様子を見て、《医学》か《応急手当》に成功すれば、ただ気を失っているだけであることがわかります。
細川智子は中尾伸康を抱きかかえると、彼の名前を何度も呼び掛けます。
すると、中尾伸康はゆっくりと目を覚まします。
彼は探索者の持っているライトを見て、少しまぶしそうにしますが、自分の名前を呼んでいる細川智子を不思議そうに見て「おねえちゃん、誰?」と首を傾げま
す。
その一言を聞いて、彼女は中尾伸康を12年間もこのような場所に置き去りにしたことへの罪悪感に苛まれ、彼を強く抱きしめて、「ごめんね、ごめんね」とひた
すら謝りながら泣き崩れます。
そんな細川智子とは対照的に、中尾伸康のほうはキョトンとした顔のままでいます。なにしろ、彼にとっては12年前の火垂祭は、ついさっきのことなのですか
ら。
探索者たちの注意が二人に向いている時、ひとりだけ、みんなの背後の様子を見ていた中尾伸康は、ちょっと驚いた顔をして、「あれ、ぼくと同じ服だ」と言いま
す。
その視線の向けられた先を見れば、ホールの入口近くに立つ子供の姿が見えます。
その子供こそ誰であろう、シアエガの落とし子に取り憑かれた坂井秀人です。
36,我が名は暗黒
坂井秀人は無表情で立っています。
その顔を見て、《心理学》に成功すると、その表情はとても感情のある人間のものとは思えず、言いも知れない恐怖を感じます。
探索者が坂井秀人に何らかの呼び掛けをした場合、彼は一言だけ、「我が名は暗黒」と答えます。シアエガの落とし子が人間の言葉を喋るのは変ですが、これはク
トゥフルファンのプレイヤーへのサービスですので、あまり細かいことは気にしないでください。
やがて、坂井秀人のまわりの闇が凝縮して、何か触手のようなものがザワザワとその背後に浮かび上がってきます。
シアエガの落とし子が現れようとしているのです。
それを阻止するためには、強い光を坂井秀人に浴びせかけるか、御緒鍵(もしくは「旧き印」)を押し付けるかしなくてはなりません。
すると、坂井秀人の身体から煙のように闇が滲み出してきます。
外に出た闇は、空中で渦を巻きながらドロドロと固まると、ビチャビチャと音を立てて床に落ちます。
黒いタールのようになった巨大な闇の塊は、いきなり体全体を触手と変化させて探索者に襲いかかります。
・坂井秀人に取り憑いていたシアエガの落とし子
STR 37 CON 45 SIZ 43
INT 10 POW 14 DEX 10
移動 12/飛行 20 耐久力 44
ダメージボーナス:4D6
武器:触手 70% ダメージ db
取り憑く 60% ダメージ(特殊)
装甲:なし。ただし貫通する武器からは最小値のダメージしか受けません。耐久力が0になると霧散して消え失せます。
呪文:なし
正気度喪失:シアエガの落とし子を見て失う正気度ポイントは0/1D6
しかし、探索者が一度でも《ライト受け》に成功すれば、闇は途端に形を失い霧散し、湯気のように天井へと昇っていきます。御緒鍵で殴りつけても同様で、一度
でも攻撃が命中すれば闇は霧散します。
これは嫌なものに触れたので、自然と元の身体(シアエガ本体)へと戻っているのです。
もちろん、通常の手段でダメージを与えても倒すことは可能ですが、シアエがの落とし子データを見れば、それがかなり困難であることがわかるでしょう。
これで、坂井秀人に取り憑いていたシアエガの落とし子は追い払ったことになります。
坂井秀人は、糸の切れた操り人形のようにくたりとその場にへたり込みます。
完全に気を失っており、しばらく目を覚ますことはありません。彼を背負って行動する場合、その探索者は《DEX》1/2で今後の判定を行うことになります。
もしも探索者が強い光も「旧き印」も用意していなかった場合、後の展開はキーパーの裁量に任されます。
一番簡単な方法は、シアエガの落とし子が顕現する前に扉の近くに置かれている御緒鍵を取りに行かせることです。キーパーがちょっとヒントを出せば、すぐ近く
に有効な武器がごろごろ転がっていることに気付くでしょう。
または、ここは中尾伸康を助けたことでヨシとして逃げ出し、仕切り直しをさせるという展開もあります。キーパーがちょっと逃げるチャンスがあることを示唆す
れば、喜んで探索者はその言葉に従うでしょう。
厳しいキーパーならば、対抗手段も用意せずに邪神の膝元へやってきた愚か者には、相応の罰を与えるべきとして、ルール通りにシアエガの落とし子の攻撃を何度
か受けてもらうという展開もあるでしょう。何人かが無慈悲に叩き潰されれば、ここは逃げるしかないと気付くはずです。
どの程度甘く、どの程度厳しく判定するかは、その日のキーパーの機嫌に任されます。
37,開かれた目
シアエガの落とし子が探索者によって追い払われると、ホール全体に激しい地震が起きます。
それは誰であれ立っていられないほどの激震ですが、不思議なことにこれほどの揺れだと言うのに地鳴りや天井が落ちてくるようなことはありません。
やがて黒一色だった足元の床が、波打つように銀色を混ぜた虹色に変化しだし、徐々に白くなっていきます。
やがて、ホールの中央に残る黒い円以外、すべての床は乳白色になり、地震もおさまります。
床がすべて白っぽい色に変化したというのに、不思議なことにホール内は少しも明るくなった感じがしません。それどころか、探索者はホールを満たす闇が濃くな
り、全身の細胞が萎縮して、脳が凍り付くように冷たくなっていくような感覚がします。
探索者たちがホールの突然の変化に戸惑っていると、ホール中央の黒い円が信じがたい速度で音も無く、探索者のほうへと向かってきます。その様子は、平らに磨
かれた氷の下を巨大な魚が泳いでくるようです。
黒い円は探索者の足元でピタリと止まります。その大きさは直径5メートルぐらいはあります。この時、《アイデア》に成功した探索者は、自分達が立っているの
は信じがたいほどに巨大な目玉の上であり、足元の黒い円は、その黒目であることを理解してしまいます。この事に気付いた探索者は0/1D4正気度ポイントを失
います。
また、ホールの天井のあちこちから黒い柱がドスンドスンと無数に降りてきます。その太さは直径3メートルはあり、黒い巨木のようですが、恐るべき事にその柱
はまるで生き物のように物凄い勢いでのたうち回り、ホール中を盲目的に暴れ回ります。
見上げてみれば、それは天井に生えていた鍾乳石と思われたつららが伸びてきたのです。このつららのすべてがシアエガの触手であり、最大級のシアエガの落とし
子と同等の存在です。この恐るべき光景を見た探索者は1/1D10正気度ポイントを失います。
そう!! いま探索者たちが立っている場所こそ、恐れ多くもグレート・オールド・ワン「シアエガ」御大の目玉の上なのです。
ところで、眼球が動いたのに上に乗っている人間が動かないのは、その眼球の表面に薄い膜のようなものがあるとでもしておいてください。もし、そんな細かいこ
とにこだわる探索者がいたら、彼には容赦なく神の鉄槌を下してやればよいでしょう。
この場面で、唯一にして最良の行動は逃げ出すことだけです。
もし身の程をわきまえない探索者が、神に少しでも歯向かおうとするならば、無慈悲な一撃を喰らわせてやって構いません。
もちろん、逃げ出そうとする探索者たちにも、神は無慈悲なものです。
逃げようとする探索者の中で、御緒鍵か「旧き印」を所持している者は攻撃をされることはありません。
その他の探索者で、《幸運》に失敗した探索者は、シアエガに目をつけられることとなり、神は犠牲者を触手で薙ぎ払おうとします。
伸びてくる触手は70%の確率(ルールのデータと異なり100%ではないので注意)で、探索者を薙ぎ払います。目の上にいる対象物を上手く捕らえるのは、さ
すがに神と言えど苦手なようです。薙ぎ払いによるダメージは6D6と致命的ですが、この触手にたいして《ライト受け》や《受け》は有効です。
シアエガの攻撃は非常にダイナミックなため、他の探索者が攻撃を受けている仲間を助けるため、代わりに《ライト受け》や《受け》をすることも出来ます。ただ
し、受けの効果は重複しません。また当然ですが、攻撃を受けている探索者からあまりにも離れた位置にいた場合は、そもそも無理です
触手から逃れる最後の手段は《回避》に成功することです。《回避》に成功すれば、触手をかわしたこととなります。
これぐらいチャンスがあれば、よほど運の悪い探索者でない限り、あっという間に殴り殺されるということはないでしょう。
触手から逃れた探索者たちは、洞窟のほうへ逃げることでしょう。しかし、そこは1メートル程度の段差があります。ここを登るには前述したとおり《登はん》
×2に成功せねばなりません。もし、前もって足場やロープなどを用意しておけば、ロールの必要はありません。
先に登った人が登る手助けをする場合も、ロールの必要はありません。
登ることに失敗した場合、再度、失敗した探索者は《幸運》の判定をして、シアエガの触手に狙われないかを決定します。
シアエガの鎮座するホールを出て、扉を御緒鍵で封印してしまえば、シアエガはこちらの世界にやって来られなくなります。
御緒鍵は、四本すべてを閂に差さなくては十分な効果を発揮しないというのに、なんというでしょう、新しい四本の御緒鍵の一本は曲がってしまっているため使い
物になりません。
あたりに無造作に置かれている御緒鍵の中から、比較的新しい物を捜せば一本だけまだ使えるものがあります。それを発見するためには《目星》に成功しなくては
なりません。
尚、この《目星》は何度でも挑戦できます。ただし、それでは緊迫感が無いので、キーパーはシアエガの触手が扉をビシバシと叩く描写などをして場を盛り上げて
ください。
38,黒い涙
御緒鍵を四本すべて差し込んだ途端、扉を叩く音は嘘のように聞こえなくなります。
洞窟内に立ち込める不吉な闇の雰囲気も、徐々に薄らいでいき、神話的脅威が立ち去ったことを暗示させます。
細川智子は常識を遥かに超えた宇宙的恐怖から生還できたことに安堵し、まだ状況が飲み込めないで茫然としている中尾伸康を抱きしめ、うつむいて涙を流してい
ます。
すると中尾伸康が、「ねぇ、おねえちゃん……目が……なんか変だよ」と不安そうに言います。
細川智子の右目に巻かれた包帯に、真っ黒い染みが滲み出しているのです。
その染みが見る見る大きくなったかと思うと、突然、包帯が破れ、細川智子の右目からヘビのような触手が飛び出し、近くにいる探索者の首に巻き付こうとしま
す。
触手のほうは、そのままスルスルと細川智子の目から抜け出します。
シアエガの御許に近づいたおかげで、細川智子に取り憑いていたシアエガの落とし子が力を増し、新しい獲物を狙いだしたのです。
・細川智子に取り憑いていたシアエガの落とし子
STR 14 CON 16 SIZ 6
INT 2 POW 10 DEX 9
移動 12/飛行 20 耐久力 11
ダメージボーナス:なし
武器:触手 70% ダメージ 1d6
取り憑く 50% ダメージ(特殊)
装甲:なし。ただし貫通する武器からは最小値のダメージしか受けません。耐久力が0になると霧散して消え失せます。
呪文:なし
正気度喪失:シアエガの落とし子を見て失う正気度ポイントは0/1D6
最初の攻撃は不意打ちなので、狙われた探索者がその攻撃を避けるには《受け》などではなく、《回避》に成功しなくてはなりません。
《回避》に失敗した探索者は触手がヘビのように首に巻き付きます。
《回避》に成功すれば、触手は地面に落ちて、再び新しい獲物を狙います。上記のデータを使用してください。
通常の方法でもシアエガの落とし子を倒すことは可能です。耐久力が0になれば、シアエガの落とし子は霧散して消え失せます。
しかし、一度でも攻撃が成功して誰かの首に巻き付いてしまったら、シアエガの落とし子は体内に侵入するため半物質化してしまうので魔術的手段を除いては、普
通にダメージを与えることは出来なくなってしまいます。
触手に首を締め付けられても、当人はちっとも息苦しくありません。
ただ、触手はジワジワと探索者の皮膚の下へと浸透していきます。それでも痛みも無く、少しだけ首筋が冷たい感じがするだけです。
その冷たさは、だんだんと首から延髄のほうへ染み渡っていき、やがては脳に達しようとしています。
取り除く方法としては、毎度のことですが、強い光か「旧き印」が有効です。ゲーム時間が昼間で外の天気が晴れであれば、直射日光のあたる場所まで走って行く
だけでも効果はあります。
完全にシアエガの落とし子が体内へ入り込む前(3ラウンド以内)に、強い光か「旧き印」をあてられると、シアエガの落とし子はすぐに犠牲者から離れ、今度は
触手で直接的な攻撃をし始めます。
ただし、外に出て直射日光を浴びたのならば、そのまま霧散してしまいます。
キーパーは緊迫感を盛り上げるため、ライトをあてる行動や「旧き印」を押しつける行動に対して、《拳》の判定を要求してもよいでしょう。
もし、3ラウンドが経過して、シアエガの落とし子が脳に達すると、その探索者の脳にシアエガの落とし子が完全に取り憑いたこととなります。ただし、だからと
いって、その探索者自身には何の変化もありません。それどころか本人もそのことに気付くこともありません。
こうなってしまっては、シアエガの落とし子を取り除くことは不可能に近くなります。現代医学では、その存在を確認することすらできませんし、シアエガの落と
し子に対して有効な呪文がそう都合良く手に入るとも思えません。
これより、犠牲者となった探索者の脳にはシアエガの落とし子が潜み続け、いずれ時がきたら再び世に出るかもしれません。
39,大団円
とにもかくにも、シアエガの洞窟を再封印することに成功すれば、相賀村を襲った脅威は去ったこととなります。
探索者が賢明に動いていれば、坂井秀人と中尾伸康、そして細川智子を救うことが出来るはずです。
細川智子の右目から現れたシアエガの落とし子を撃退した後、彼女はしばらく目の痛みを堪えています。しかし、その痛みも次第にやわらぎ、目を開けるようにな
ります。
彼女はおずおずと右目を開きます。包帯はほどけ、涙に潤んだ右目を何度か瞬きします。
そして、驚いたような顔をして、「あれ……光が見える……」と、その場にいるみんなの顔を見回します。そして、その右目からは透明の涙が流れます。
彼女はシアエガの落とし子の束縛から開放されたのです。
包帯を取り去り、その澄んだ両目に光を湛えた細川智子を見て、中尾伸康は不思議そうな顔をして「あれ、トモちゃん?」と尋ねます。そう、12年たっても瞳の
色だけは変わらないのです。
細川智子は、その言葉を聞くと涙を浮かべながらもニッコリと微笑んで、「そうよ、わたしよ……ノブくん……おかえりなさい」と、再び強く抱きしめます。その
彼女の顔には、初めて会った時のような陰りはありません。
彼女は12年もの長い間、心に背負い続けていた重荷から、ようやく開放されたのです。
キーパーは、プレイヤーにシナリオの達成感を高めるためにも、このあたりの感情描写を細やかに演出して下さい。
村へ戻った後、中尾伸康は両親のもとへ返すのが最善の方法でしょう。
中尾伸康の両親は、12年前から少しも変わらない姿の息子に驚きこそしますが、それ以上の喜びがそんな戸惑いを些細なものとしてしまいます。
坂井秀人はシアエガの落とし子に取り憑かれていた間のことは、まったく覚えていません。祖父が死んだことを知れば戸惑いながらも悲しみますが、子供らしいた
くましさですぐに立ち直ります。
まだ坂井忠志が村へ来ていないのならば、キーパーはタイミングを見計らって、彼を登場させてください。やはり息子が心配で、仕事を放り出してやってきたので
す。
忙しい父親が、息子のために仕事を捨てて駆けつけるという、定番の家族ドラマを演出するのも一興でしょう。
あと、今後の問題として、急死してしまった坂井健蔵に代わって、次の火垂祭の祭司は誰がするかと言うものがあります。
坂井健蔵の家にある文献さえあれば、誰でも形だけの祭司をすることは可能です。ただし、その村人に、この祭の真の意味を伝えるかどうかは、探索者に任される
ことです。
いっそのこと、探索者が祭司役を引き受けるというのも、ひとつの手でしょう。
40,シナリオの終了
シアエガの目覚めを阻止し、再封印に成功した探索者は探索者は1D20の正気度ポイントを獲得します。
もしも、シアエガの落とし子に取り憑かれたままの探索者がいた場合、その探索者は正気度の獲得はありません。