クトゥルフの呼び声90年代日本シナリオ

タイトル

――怪物は心に潜む。しかし、もっと恐ろしいのは怪物によって引き出される、己の魔性だ。
(松本孝三の遺言より)



1,はじめに     

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの舞台は現代日本。冬の北国の雪深い山奥です。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は二人から四人ぐらいを推奨します。なお、あらかじめ探索者同士が知り合いである必要はありません。


2,シナリオあらすじ 

 探索者は北国の雪道でバスの事故に巻き込まれ、雪深い山奥で立ち往生することとなります。
 吹雪を避けるため探索者たちはロッジに避難しますが、そこにはシャガイからの昆虫生物(以降、シャンと表記。くわしいデータはルールブック123ページ参 照)の手による、新たな生け贄を求めるための罠が張り巡らされてあったのです。
 探索者たちはロッジで起こっている神話的謎の断片を集め、ロッジに潜むシャンの存在を暴かねばなりません。
 はたして探索者たちは、この忌まわしき寄生生物の陰謀から逃れることができるでしょうか。


3,NPC紹介(下記のイラストをクリックするとサイズが大きくなります)    

・山根忠彦(58歳)最初の犠牲者

 シナリオ開始時には、すでに実の娘によって殺されている哀れな男です。最初にシャンに取り憑かれ、山奥のロッジにひとり閉じこもり、やがて狂気 に陥りました。そして、自分を追ってきて、同様にシャンに取り憑かれてしまった娘の手によって殺されることとなります。
No picture...
・山根俊子(24歳)魔性の狂人

 山根忠彦の娘です。家族の前から消えた父を追ってロッジに来ましたが、逆にシャンに取り憑かれ、その邪悪な思想に毒されることとなります。
 現在の彼女は完全なシャンの僕であり、アザトースへの生け贄として、新しい拷問相手を求めています。
 色白のおとなしそうな女性で、口数少なめです。
・松本孝三(53歳)不幸な犠牲者

山根俊子が父親を生け贄に捧げた後、次の犠牲者としてロッジに誘い込まれた、ただの旅行者です。
 シナリオ中、山根俊子は彼のことを父親だと偽ります。
 外見は乱れた髪に無精ひげと、かなり見苦しい中年男です。その姿は身綺麗な山根俊子とは実に対称的です。
・古賀良一(42歳)コートの中年男

 探索者と同じバスに乗り合わせた乗客で、仕事でこの土地へやってきました。
 彼は神経質で用心深い性格のため、不審な行動をとる探索者たちの邪魔となる可能性があるでしょう。
・清水啓介(18歳)観光客

 探索者と同じバスに乗り合わせた乗客です。スノーボードをしに、この土地へやってきた観光客です。
 見かけは今風の若者ですが、実は気の弱い臆病者です。しかし、恋人の吉本香苗の前では精一杯の虚勢を張っています。彼女は心底、吉本に惚れてい ます。
・吉本香苗(17歳)観光客

 清水啓介の恋人です。この土地へ来た目的は、清水啓介と同様です。
 ですが、彼女は清水啓介との関係に飽き始めているため、探索者の中にいい男がいた場合、その探索者にモーションをかけることがあります。それ は、清水とのトラブルを起こす要因となることでしょう。



4,シナリオ導入   

 探索者たちは、真冬にとある北国の雪深い山道を行くローカルバスに乗り合わせることとなります。
 乗り合わせて理由はプレイヤーたちに自由に決めてもらってかまいませんが、シナリオの都合上、探索者が地元民であるという設定は許可してはいけません。
 このバスの目的地は小さな観光地で、そこでは温泉とスキーが楽しめます。特に理由の思いつかない探索者は、観光のためとしてもらうと良いでしょう。

 時間は夕暮れ近くで、雪混じりの強い風が吹く悪天候のため、視界はかなり悪い状態です。
 バスには探索者以外にも、何人かの男女が乗り合わせていますが、他の客たちは外の天候が気にかかるのか押し黙ったままです。
 探索者以外の客は、携帯ラジオをイヤホンで聞いているコート姿の中年男。恋人同士らしい、スノーボードを持った若いカップル。小さな旅行カバンを持った若い 女性の四人です。
 やがて、車内の重い空気を何とかしようと思ってか、バスの運転手は運転席の近くに座っている探索者に、なまりのある言葉で声をかけてきます。
「こんな田舎のバスに、こんなに人が乗るのは珍しいことですよ。お客さんは観光ですか?」
 この問いに答えるかどうかは探索者次第です。
 その会話を聞いて、近くに座っていた女性(吉本香苗)が、
「ほんと、すごい田舎よね。携帯も通じないなんて、しんじらんない」
と、不平を漏らしながら、通話圏外の表示がされている携帯電話を探索者たちに見せます。このシーンで、キーパーはプレイヤーたちにこの地域では携帯電話等の連 絡手段が使えないことを印象づけてください。
 そして、この会話の直後、車内は強い衝撃に襲われます。
 何かにぶつかったような音がしたかと思うと、振り回されるような強い横揺れが起き、車内灯は消え、車内はパニックとなります。
 さきほど運転手と話していた探索者は《目星》ロールに成功すれば、バスの前方に一瞬、白い木のようなものが見え、バスはそれにぶつかったのだわかります。
 バスの揺れが止んでも、車内灯はいっこうにつく気配はありません。フロントガラスは割れて、寒風が車内に入り込んできます。この事故で探索者達が怪我をする ようなことはありません。
 運転手は事故の際に強く頭を打ち、致命傷を負っています。運転手は探索者に助け起こされると、
「白い木が……口を開いて……
 のっぺらぼうだっ!!」
 と、謎の言葉を叫んだ後に絶命してしまいます。すでに《応急手当》の余地はありません。
 バスの車体を調べれば、車体前部が何かに堅いもの激突したように激しく損傷しており、エンジンも完全に停止しています。一見すれば、とても修理できる状態で はないことがわかります。運転席も大破しているため、バス無線も使用できなくなっています。
 ところが奇妙なことに、バスがぶつかったはずの白い木は道路のどこにも見あたりません。ただ、事故が発生したとおぼしき雪道には、何かを引きずったような跡 が残されているだけです。その跡は、山腹へ向かって続いていますが、この吹雪で次第に消されていくので追跡することは不可能です。
 この謎の木の正体は、ザイクロトルからの怪物(ルールブック122ページ参照)です。シャンに命じられバスを足止めするために現れたのです。

 さて、バスの暖房も止まり、外部と連絡も取れず、探索者達はこのままでは凍死しかねない状況に置かれることとなります。
 さらに客の女性(山根俊子)が、事故の際に怪我を負っています。頭を強く打った上、足首を捻っており、とても歩くことはできません。ただ、幸い意識のほうは はっきりしています。
 ここで客の中年男(古賀良一)はラジオのイヤホンを耳にいれたまま、探索者達に声をかけます。
「大変だ、この吹雪は夜半になるにつれて激しくなるらしい。そのせいで、かなりの道路が封鎖されているらしい!」
 といって、ラジオのイヤホンを外して、他の探索者にもニュースを聴かせます。ラジオは地方チャンネルのニュースです。
『……現在、降り続いている雪は、これからも、その強さを増す模様です。先ほど申し上げた幹線道路以外にも、多くの道路が夜半にかけて封鎖される恐れがありま す。山間部を車で走られる方は十分に注意してください。
 では、次のニュースです。
 大手証券会社役員の松本孝三さん、53歳が旅行先で行方不明となっている事件ですが、いまだその行方はわかっておらず……』
 つまり、ここで救助を待っていても、道路が封鎖されているせいで、いつ救助が来るかわからない状況というわけです。また、キーパーは松本孝三の行方不明の ニュースをさり気なく告げることで、この後の事件の伏線をはっておいてください。

 そんな状況に置かれた探索者たちに、キーパーは、しばらくの間、これからどうするのかを相談させてください。
 定期バスが次の停留所へ到着しなければ、やがては事故があったのかもしれないと察知し救助が来るでしょうが、それまで、この寒さに耐えられるかという問題が あります。また、自分の足で移動するというのも、この吹雪の中ではかなりの危険をはらみます。
しばらく待って、相談が行き詰まってきたところを見計らって、キーパーは山根俊子の提案を出してください。
「あの……この近くに、私の父の家があるはずなんです……そこへ行けば、吹雪をしのげると思いますが」
 おそらくは、彼女の提案を受ける以外に、他の選択肢はないことでしょう。
 キーパーは、この展開を無理強いしているよう感じられないためにも、ここでプレイヤーたちには自分の意志でその提案を選んだのだという実感をさせる必要があ ります。そのために、探索者たちにはまず打開策を相談させ、行き詰まらせる必要があるのです。それからならば、プレイヤーもすんなりと提案を受け入れるだろう からです。


5,シャンの陰謀   

 ここでキーパーのために、シャンの陰謀について説明しておきます。
 シャンの目的は、できるだけ多くの犠牲者を恐怖と狂気で蝕んだ後、アザトース礼拝のため体系的な拷問によって生け贄に捧げることです。
 このシナリオが始まる前にも、数多くの犠牲者の頭を渡り歩いてきたこのシャンは、約半年前、山根忠彦に取り憑きました。自分の精神がシャンによって狂気へと 毒されていくのを恐れた山根忠彦は、家族へ害が及ぶ前に、このロッジに引きこもりました。しかし、シャンにとって、この環境は人の目から隠れてアザトース礼拝 をするには格好の環境でした。
 シャンは山根忠彦を完全な狂気に陥らせると、今度は、父親を心配してロッジに訪れた山根俊子の頭へと移動しました。その後、彼女に狂人となった父親の看病を させながら、徐々に精神を毒していき、最終的には実の娘に父親をアザトースへの生け贄にさせるという冒涜的所業をなさせたのでした。
 シャンは完全に僕と化した山根俊子を利用して、新たな犠牲者である松本孝三を虜にしましたが、もっと多くの犠牲者を求めています。なお、シャンは健全な精神 を持った人間を狂気に毒することを好みます。そのため、シャンにとっては、すでに狂気に陥りつつある松本孝三は遊び飽きた玩具のような存在なのです。
 新しい犠牲者を手に入れる手段として、バスを雪道に足止めして乗客をロッジへ誘い込む計画を立てました。
 その際、シャンと山根俊子は探索者たちに警戒されずに行動するため、松本孝三を容疑者に仕立て上げ、このロッジの異常な状況に対する疑惑を彼一人に向けさせ ようと企みました。そして、その隙に一人ずつ自由を奪い、監禁していこうとしていたのです。
 ただ、山根俊子は自ら企んだ交通事故によって、思いがけない怪我を負ってしまい、自由に動けない状況になってしまいました。これは、彼らにとって大きな誤算 です。
シャンは最悪の場合、山根俊子の身体から抜け出して、探索者たちの頭の中に潜入しようとも考えています。しかし、取り憑いた相手をシャンが望むように堕落させ るには時間がかかるので、なるべく山根俊子を使い捨てにしたくないと考えています。
 シャンは、探索者がロッジから逃げだそうとした場合、ザイクロトルからの怪物にロッジに追い戻すよう命じてあります。なお、それでも無理に逃げようとするな ら、その勇気ある愚か者を食事にしてもよいと告げてあります。


6,雪山のロッジ   

 車道を外れて、しばらく未舗装の雪道を進めば、山根俊子の父の家につきます。その際、誰かが山根俊子を背負ってあげる必要があります。
 到着した家は、古い洋風のロッジといった外観の建物です。山根俊子に聞けば、昔は本当に観光客向けのロッジだったのですが、あまりに不便な場所のため繁盛せ ず閉鎖していたものを、業者から安く払い下げてもらったものらしいと教えてくれます。

 玄関にはチャイムがついているので、それを鳴らせば、ここの住人であり、山根俊子の父親である山根忠彦が出てきます。
 しかし、実をいえば、この男は山根忠彦とはまったくの別人で、名を松本孝三という不幸な旅行者です。山根俊子は、探索者たちが山根忠彦の顔を知らないことを 利用して、彼が山根忠彦であるかのように振る舞います。以降、特に但し書きの無い場合は、この松本孝三のことを山根忠彦と表記します。
 山根忠彦は探索者たちと一緒に山根俊子がいるのに気づくと、激しく怯えたような顔をして顔をして、
「帰れっ、ここに来てはだめだ!
 ここは……!!」
 と、血走った目を大きく見開いて、物凄い剣幕で怒鳴ります。
 しかし、ひと呼吸する暇もなく、突然、山根忠彦は頭や喉や胸など、身体のあちこちを血がにじむほど強く掻きむしり始め、口から泡を吹いて卒倒してしまいま す。このとき《目星》ロールに成功すれば、一瞬、山根忠彦の額が青白く火花を散らすように光ったことに気づきます。また、倒れた彼を診断して《医学》ロールに 成功すれば、てんかんやけいれん発作とは違った珍しい症状だとわかります。
また、彼の身体を調べてみれば、全身に引っ掻き傷や打撲痕があります。そして、奇妙なことに針金か何かで手足を縛られたような跡も残っています(以前、山根俊 子が彼を拘束していた跡です)。
 なお、山根忠彦はそのまま昏睡状態に陥ってしまい、「10,松本孝三の死」のイベントまで、まったく目を覚ますことはありません。
 これはシャンが山根俊子の頭の中に潜んだまま、神経ムチを山根忠彦へ使用したための起きた症状です。新たな犠牲者を逃したくないと考えたシャンは、しばらく の間、彼の口を封じたのです。

 さて、とんだ出迎えを受ける探索者たちですが、山根俊子はみんなにロッジへ入るようすすめます。また、足を痛めている自分の代わりに、父を寝室まで運んでく れないかともお願いします。
 キーパーは探索者たちに、彼女への同情心をあおるようなマスタリングを心がけてください。心優しい探索者の心を揺さぶる材料として、怪我を負っていること や、父親の尋常でない様子に困惑している態度などを利用すると良いでしょう。

 家の間取りは、約半年前、まだこの建物がロッジだった頃の面影を強く残しており、多くの設備はそのまま使える状態です。
 一階は、暖炉のある大きな吹き抜けのホールと食堂。トイレや風呂、食料庫があります。
 食堂には、探索者達が数日間生活するのに困らない程度に食料の蓄えがあります。ただ、そのほとんどがインスタント食品などで、山根忠彦の生活があまり健康的 ではなかったことがうかがえます。
 命の要である暖房は、薪を燃やす暖炉からの暖気を各部屋へ送る、旧式のセントラルヒーティング方式を使用しています。
 また、重大な問題として、このロッジには電話などの連絡手段がありません。電話料金を払っていないので、回線自体が切られているためです。
 二階は、泊まり客用の個室だった部屋が八部屋ほどあります。
 現在使用されているのは、山根忠彦の寝室兼書斎のひと部屋だけです。
 あとの部屋は、以前の客室だった頃のままで、一室につき二つのベッドとクローゼットなどの調度品が残されています。ちょっと掃除をすれば、すぐに使えるよう になるでしょう。
 なお、山根俊子は頭を打ったためひどく頭痛がするといって、二階の一室に寝込むことになります。
 彼女を除けば、寝るとき以外はおそらく一階のホールが探索者たちの憩いの場所となるでしょう。暖炉は暖かく、ロッジだった頃から使われている大きなソファー と柔らかい絨毯のおかげで快適です。客室にいるよりはよほど居心地のよいものです。

 もし、山根俊子から父親のことを聞けば、以下のようなことを涙ながらに話してくれますが、その言葉の多くは彼女の虚言です。
「半年前、父は突然、この山小屋を買って、私たち家族を避け一人で暮らすようになりました。最初は、何か考えがあってのことだとも思ったのですが、その後、仕 事も辞め、私たちに連絡も全然しなくなって……私には、父が何を考えているのかわかりませんでした。それで、とにかく父に会い、よく話し合おうと思って、ここ までやってきたのです。でも、半年ぶりに会ったというのに、父があんな状態では……」
 また、家族構成については、両親と自分の三人家族であること。住んでいる場所は東京で、よく家族でこの先の観光地に遊びに来ていたこと、などといったことも 質問に応じて答えます。


7,山根忠彦の書斎  

 もし、探索者が山根忠彦に興味(不審)を抱いて、彼がこのロッジで何をしていたのかについて調べようとしても、それを推し量るのは困難です。なにしろ、シャ ンに取り憑かれていた彼は、実際、ここで何もしていなかったのですから。
 そのため、ロッジには質素な食べ物や、わずかな着替えなど生活に必要最小限のものしかありません。
 ただし、書斎にはいくつかの有益な手掛かりが残されています。
 探索者たちは、昏倒した山根忠彦を寝かしつけるために、この部屋へ来ることになるでしょう。そのとき、キーパーは探索者たちに山根忠彦の部屋を調べないの か、さり気なく誘いをかけてください。この部屋の状況を説明すれば、好奇心旺盛なプレイヤーはきっと調べてみたくなることでしょう。

 この部屋にはベッドと書き物机がひとつ置かれています。本棚はなく、机の上には分厚いハードカバーの本が何冊も積み重ねられています。
 机の上を調べてみれば、以下のものを発見します。

・精神病に関する文献
 何冊か最近買った物らしい精神病に関する本があります。《知識》ロールか、《精神分析》×2ロールに成功すれば、これらの本が専門家向けではなく、医学生や 素人向けの入門書のようなものであることがわかります。
 これらの本は、本物の山根忠彦が自分に潜む狂気の正体を調べようと集めたものです。

・アルバム
 家族写真が収められた分厚いアルバムを発見します。古いもので、幸せだった頃の山根家の生活をかいま見ることができます。ただ、その大量の写真すべてから、 父親である山根忠彦の写っていたらしい部分だけがきれいに切り抜かれています。《精神分析》に成功すれば、この作業を一人でしたのだとしたら、それは偏執症じ みた執念の所業だとわかります。切り抜かれた部分の写真は、どこを探してもありません。
 もし、探索者が切り抜かれた山根忠彦の写っていた跡と、探索者たちの出会った山根忠彦の体格を見比べてみると宣言した場合、ここに写る山根忠彦と、現在、 ロッジにいる山根忠彦の体格が微妙に違うことに気づきます。その際、ロールの必要はありません。

・山根忠彦の日記
日記は約半年前から大学ノートに綴られており、二ヶ月前で終わっています。なお、最後のページは、かなり文字が乱れています。
 この日記を通して読んで(約二時間かかります)《精神分析》ロールか《心理学》ロールに成功すれば、この文章の主が、だんだんと精神が破壊され、精神異常に 陥っているのがわかります。

◆山根忠彦の日記(抜粋)
・約半年前、最初のページ
『私は、私自身の正気が保たれていることを知るために、この日記を綴ろう。この日記を書くことができなくなったとき、私の正気が、あの夢によって失われたこと となるのだ』

・約四ヶ月前のページ
『いくら本を読んでも、私は救われない。これは妄想なのか、それとも現実なのか。それすら、私には判別つかないのだ。ただ、この痛みと苦しみだけは現実のもの だ。そして、外にいる怪物も……』

・約三ヶ月前のページ
『また、俊子から手紙が届いた。会いたい……会って、この苦しみを……いや、ダメだ! そんなことをすれば、私の頭に潜む怪物が……』

・約二ヶ月前、最後のページ
『なんとうれしいことだろう。私は苦しみから解き放たれようとしている……いまは苦しいが、いずれまた心の眠りが……これで、この日記も最後となるだろう…… そして、もはや、あの怪物に心を蝕まれることもなくなるのだ』

 また、書斎全体を探して《目星》ロールに成功すれば、破られたノートのページがベッドの下に落ちているのを発見します。
 そこには、ギョロリと丸い目をした三つのくちばしを持つ怪物の顔がかかれています。いかにも荒唐無稽な落書きですが、これこそはシャンの姿を描いたものなの です。
 なお、この破られたページを日記の大学ノートと照らし合わせた場合、約五ヶ月前のページが破られており、破られた部分を合わせてみれば、断面がぴたりと一致 します。つまりは、この絵は、五ヶ月前、まだ日記の主が比較的正常だった時期に描かれたものだということです。
 さらに、もう一回《目星》ロールに成功すれば、くずかごの中に短い針金のきれはしを見つけます。針金はペンチのようなもので切断された跡が残っています(山 根忠彦を拘束するのに使用した針金です)。このことから探索者は、このロッジに山根忠彦を拘束した、もう一人の人物がいたのではと推測するかも知れません。


8,バラバラ死体   

 ロッジの二階にある寝室の一室には、シャンにアザトース礼拝儀式の生け贄にされた、本物の山根忠彦のバラバラ死体が隠されています。
 この死体の発見によって、状況は単なる不幸な事故から、神話的事件へと変わることになります。
 死体を発見する状況としては、夜がふけて各人が寝るための部屋割りをしようとしているときに、探索者かNPCの誰かが偶然発見したということにすると良いで しょう。

 死体は寝室のベッドの上に、毛布を被せられた状態で隠されています。
 寒さと、部屋が乾燥していたためか、死体は干涸らびており腐敗は進んでいません。死体の手足の指、手足、耳、鼻、舌、男根、頭部が丁寧に切断され、頭部を中 心に正確な真円を描くように各部分が並べられています。死体の胴体部分は、いくら探しても見つかりません(ザイクロトルからの怪物の胃袋の中を除けばです が)。この死体を見た場合、0/1d4正気度ポイントを失います。
 この死体を観察して、《オカルト》ロールに成功すれば、このように死体を並べるようなオカルト儀式の記録は無いことがわかります。また、《医学》ロールに成 功すれば、この死体が50歳前後の中年男性のもので、死後約一ヶ月たっていることがわかります。さらにもう一度、《医学》ロールに成功すれば、犯人はこの犠牲 者は生かしたまま、非常に手際良く切断したらしいことと、死体の部品を並べる際に、よく血抜き(バスルームで《目星》ロールに成功すれば、わずかに残された血 痕を発見できます)をしてから並べたことがわかります。ロールに成功して、この残酷な殺人方法に気づいてしまった場合、0/1正気度ポイントを失います。


9,のっぺらぼう   

 前述の「7,山根忠彦の書斎」「8,バラバラ死体」のイベントは、どちらを先に発生させてもかまいません。
 ただし、この項のイベントは、前の二つのイベントが終了してから、探索者が二階の部屋にいるときに発生させてください。
 その場に居合わせた探索者の中で一番《目星》のパーセンテージが高い人が、窓の外にのっぺらぼうを目撃します。二階だというのに、その顔は窓と同じ高さに位 置しています。真っ白な丸坊主の顔には、目鼻はなく、ただ恐ろしげな牙をむいた口だけが、にたりと笑っているように見えます。その顔は、すぐに吹雪にかき消さ れてしまいますが、その姿は見た者の心に強い不安を残す不気味なものです。
 言うまでもなく、のっぺらぼうの正体はザイクロトルからの怪物です。
勇気ある探索者ならば、外へのっぺらぼうの正体を確かめに行くことでしょう。


10,不審な遺留品  

 この事件の真相を探索者に気づかせるために、キーパーは探索者たちをロッジの外に出す必要があります。外には多くの情報源が隠されているからです。
 自然に探索者を外へ出す方法としては、「9,のっぺらぼう」でののっぺらぼうを調べに行かせるか、それが駄目なら暖炉の石炭が少なくなったので、やむなく外 の物置に取りに行かせる、といった方法があります。

 探索者が外に出ようとすると、古賀良一も吹雪の様子を見に行くと言ってついていこうとします。ただ、彼は革靴で外に出るわけにもいかないので、長靴でもない かと下駄箱を探します。下駄箱には防寒用の長靴が二足入っています。この長靴を見た探索者は、《目星》ロールに成功すると、二足の長靴のサイズがだいぶ違うこ とに気付きます。他の靴を調べると、サイズが大きい靴はこの長靴一足だけのようです(この長靴は松本孝三が、このロッジに来たとき履いていたものです)。
 もし、昏睡中の山根忠彦の足のサイズを調べてみれば、大きなほうの長靴と同じサイズとわかります。つまり、他の靴は小さくて履けないというわけです。
 このことから、探索者は山根忠彦の正体に疑問を感じるかも知れません。

外に出た探索者は、ロッジのまわりに何かとてつもなく重い物を引きずったような跡を発見します。ですが、その跡の周辺に人の足跡はありません。《アイデア》 ロールに成功すれば、この跡は重い物が引きずられたと言うより、何か重い物が這いずったと言った方がしっくりくることに気づきます。
 また、ロッジの裏に雪に埋もれた軽トラックを発見します。ただし、この吹雪の中では運転することは不可能です。車を調べてみれば、ガソリンも十分入ってお り、吹雪がおさまってから道を雪かきすれば、救援が来なくともこれで街まで戻れそうです。
扉のロックはされていなく、キーも差し込んだままです。車内をのぞけば、運転席の脇に財布と手紙が置いてあるのを発見します。
 財布の中には免許証とクレジットカード等が入っています。免許は山根忠彦のものですが、免許の写真の男の顔はロッジで出会った男とはまったくの別人です。こ の写真の男こそが、本当の山根忠彦なのです。
 また、手紙は差出人は山根俊子となっており、消印は約三ヶ月前のもので、日記にあった記述とも日付があっています。内容は「お父さんの健康を心配している」 といったもので、最後は「来月にでも、一度、ロッジを訪ねたいと思います。そして、よくこれからのことを話し合いましょう」と、締められています。
 この手紙によれば、山根俊子はこのロッジに二ヶ月前にも訪ねていることになり、「半年ぶりに父親に会った」という言葉は嘘だということになります。
 これらの手掛かりから、プレイヤーは現在、このロッジにいる山根忠彦が実は別人であることを推測し、山根俊子の言葉に偽りがあることに気づくでしょう。
 それどころか、もしかすると彼女こそが、あの恐ろしい殺人を犯した真犯人なのかも知れないのです。
 キーパーは、このシーンではプレイヤーたちに状況を整理するためと、恐るべき事実が判明した事による新たな恐怖を味わってもらうために、十分な時間を与えま しょう。
 これから先のイベントは、ノンストップでどんどんと展開していくので恐怖よりも驚きのほうが主流になるだろうからです。


11,松本孝三の死  

 おそらく探索者は、なぜそんな嘘をついたのか山根俊子に問いただそうとするでしょう。
 ところが、探索者たちがロッジのホールへ戻った時、いつのまにか目を覚ました山根忠彦が階下の吹き抜けホールにいる探索者たちを見下ろしています。もし、山 根忠彦が用心深い探索者によって拘束されていた場合などは、NPCの誰かが彼を自由にしたということにしてください。
 乱れた髪に無精ひげといった風貌とは対称的に、その目は冷静そのものですが、胸にはペーパーナイフが突き立てられ、血で真っ赤に染まっています。
 彼は探索者に向けて、叫ぶように語り始めます。
「私は自由だ。この両目がなければ、もはや奴も恐怖の夢で縛ることもできまい。悪いが私は先に行かせてもらうよ……部屋の遺言状は、不幸にもまだ生きている君 たちへの言葉だ。心して読んでおくがいい!」
 そう叫びつつ、山根忠彦は指で自分の両目をえぐり出すと、階下のホールへ身を投げて絶命します。

 山根忠彦の部屋を調べてみれば、壁に血で書かれた以下の文章を発見します。これが彼の言っていた遺言状です。

『怪物は心に潜む。しかし、もっと恐ろしいのは怪物によって引き出される、己の魔性だ。
 あの女に気をつけろ。あの女の中に潜む怪物と、あの女自身の魔性に気をつけろ。
 私は己の魔性に殺されるよりも、自らの狂気と死を望む。
           松本孝三』

 山根忠彦の日記を読んだ探索者が《アイデア》ロールに成功すれば、この遺言状の筆跡と日記の筆跡はまったく違うものだと気づきます。
 また、もしプレイヤーたちが「4,シナリオ導入」のシーンで、ラジオのニュースで聴いた「松本孝三」の名を忘れてしまっているようでしたら、《アイデア》 ロールに成功すれば、その名前を思い出すということにしてもよいでしょう。


12,山根俊子の魔性 

 山根忠夫(松本孝三)が狂死したあとに、山根俊子の寝ている部屋へ入ろうとした探索者は、扉の脇で待ち伏せをしていた彼女から不意打ちを受けることとなりま す。不意打ちを警戒していなかった探索者がこの攻撃から逃れるには、DEX18(不意打ちのためプラスの修正がついています)との抵抗表ロールに成功する必要 があります。失敗すれば、彼女の持つ火かき棒によって1D8ダメージを受けます。
 最初の不意打ちさえしのげば、数で勝る探索者たちが女性一人を取り押さえることぐらいたやすいことでしょう。なお、もし彼女を傷つけないで取り押さえたい場 合にはノックアウト攻撃などが有効です。

・山根俊子データ
STR10 CON10
SIZ8  INT11
POW11 DEX13
APP14 EDU18
SAN0
耐久力9
ダメージボーナス:なし
武器:火かき棒 45%
   ダメージ 1D8+db

 山根俊子が行動不能に陥った場合、彼女の意識の有無に関わらず、「キアアアアアアアン」という、甲高い金属音が聞こえてきます。音は山根俊子から聞こえてく るのですが、奇妙なことに彼女は口を開いていません。これは、シャンがザイクロトルからの怪物を呼ぶための念力を使っている音なのです。
 音が鳴り止んだ後、《聞き耳》ロールに成功した探索者は、ロッジにだんだんと近づいてくる音が聞こえます。この時点で危険を察知して部屋を逃げ出さなかった 探索者は、次のイベントに巻き込まれることになります。
 何かが近づいてくる音が止むと、いきなり雪を被った楕円形の円盤が窓を突き破って入ってきて、部屋にいる人たちを無差別に薙ぎ払います。
 その場に居合わせた探索者は、《回避》ロールを行います。成功した場合はダメージを受けずに済みますが、失敗した場合は1D6ダメージを受けます。また、こ の時、山根俊子も円盤の直撃を受け、部屋の隅へはじき飛ばされます。
 ショックで意識を取り戻した彼女は、部屋で暴れ狂う円盤を呆然と見つめ、口から血の泡を吹き出しながら、
「なぜ、私まで……アザトース、アザトース、アザトース、アザー……」
 と、不吉な名前を呟きつつ息絶えます。

 部屋の壁は天井は崩れ、早く部屋から逃げ出さねば危険です。
 しかし、シャンはこの混乱に乗じて、死んでしまった山根俊子から抜け出し、一番近い位置にいる探索者の頭の中へ潜り込もうと狙っています。
 もし、探索者のうち誰かが山根俊子の内部にシャンのような怪物が潜んでいて、新たな犠牲者を求めているのではという推論を導き出しているのなら、その探索者 は部屋を出ようとするときに山根俊子の頭からシャンが這い出しているところを目撃します。
 そういった探索者がいなかった場合は、部屋を出るときにその場に居合わせた探索者全員に《目星》ロールをさせてください。成功した探索者は、自分たちを狙っ ているシャンの不吉な視線に気づきます。
 不幸にも、すべての探索者が《目星》に失敗した場合、狙われている探索者(最後に部屋を出ていこうとする人、もしくはDEXが一番低い人)は《幸運》ロール に成功すれば、偶然、部屋にかけられた鏡に背後から迫るシャンが映っている事に気づきます。
 鳩ぐらいの大きさの昆虫が山根俊子の頭から沸き出すように現れ、コウモリのような羽を広げ、自分たち目掛けて飛びかかろうとする様子を見た探索者は 0/1D6正気度ポイントを失います。
 シャンの存在に気づけば、それを撃退するのは意外と簡単です。シャンは普通に攻撃することによって傷つけることができますし、この怪物の耐久力はとても低い からです。シャンは反撃手段として神経ムチを使用します。山根忠彦が神経ムチによって昏倒したとき、額に瞬いた青白い火花を見た探索者は、この神経ムチの光 と、その火花が同質のモノだということに気づくでしょう。
 もし、探索者たちがすべてのロールに失敗した場合は、残念ながら目標となった探索者は、誰も気づかないうちにシャンに取り憑かれることとなります。すべての 探索者がシャンの神経ムチの餌食になった場合も同様です。


13,燃えるロッジ  

 シャンが倒されると、主人からの命令が途絶えたザイクロトルからの怪物は、血肉を求めてさらに大暴れを始めます。
 知能は低いものの、非常にパワフルなザイクロトルからの怪物に対して、探索者のできる唯一の賢明な選択はロッジから逃げることです。
 ただし外へ出た探索者たちは、二階建てのロッジの屋根の向こうに、のっぺらぼうの顔を見ることになります。巨大な木のような身体に、枝のように生えた触肢。 そして楕円形のつるりとした顔には目も鼻もなく、ただ恐ろしげな牙を生やした口だけがあります。ザイクロトルからの怪物を見た探索者は、0/1D6正気度ポイ ントを失います。
 最後に、もうちょっとアクションが必要ではと判断したキーパーは、ここで追いかけてくるザイクロトルの怪物から逃れるためには、雪に埋もれかけた軽トラック に乗って逃走しなくては追いつかれてしまうだろう、という残酷な提案をするのも良いでしょう。
 十分な雪かきもしないで軽トラックを無事に車道まで走らせるには《自動車運転》ロールに成功する必要があります。ザイクロトルの怪物が軽トラックを踏みつぶ すまで何回のロールに挑戦できるかを決めるのは、キーパーに任されます。探索者の《自動車運転》が20%程度のものだったら4回の挑戦ぐらいがスリリングで しょう。最後の一回まで失敗し続ければ、残念ながら軽トラックは踏みつぶされ、探索者は遅かれ早かれザイクロトルからの怪物の餌食になるか、雪山で遭難するか のどちらかになります。
 探索者が逃げ出した後も、怪物は文字通り盲目的にロッジを破壊し続けますが、調理用のプロパンガスのボンベを破壊したらしく、突然、爆発が起きてロッジは炎 に包まれます。その炎はザイクロトルからの怪物にも燃え移り、怪物は霧笛のような恐ろしげな声を上げながら燃え続ける身体を引きずって吹雪の中へと消えていき ます。

 こうして、惨劇のあったロッジは燃え尽き、怪物は吹雪の中へと消えました。この事件を示すものは、すべて消えてしまったのです。
 しばらくして、この大火事を見つけたらしい近くを通りかかった除雪車の運転手たちが駆けつけてくる声が聞こえてきます。
 探索者たちは、忌まわしき神話生物の魔の手から逃れることができたのです。


14,シナリオ終了  

 シャンの陰謀から逃れることのできた探索者は1D6の正気度ポイントを獲得します。また、シャンにとどめを刺した探索者は、ボーナスとしてさらに1D6の正 気度ポイントを獲得します。

 不幸にもシャンに取り憑かれたままの探索者がいた場合、後日、その探索者は世間から行方をくらまします。その探索者がどこへ行ったかは、アザトースならぬ 我々にはわからぬことです。
 残念ながら、このような結果に終わった場合、残された探索者たちが獲得する正気度ポイントは0です。さらに、その後しばらくの間、探索者たちは犠牲となった 仲間が自分の五体をバラバラにするといった悪夢に苛まれることでしょう。 


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