「ああっ、なんていい夜なんでしょう。こんなに晴れ晴れとした気分は久しぶり」
(与都出耶麻子、出会いの言葉)


1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの舞台はキーパーの選んだ日本の都市と、石川県石川郡白峰村にある白姫(しらひめ)という架空の土地が舞台となります。
 時代は現代、季節は初夏を想定しています。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は四人ぐらいを推奨します。このシナリオでは探索者のひとりが女性NPCに好意を持たれるという展開をします。キー パーはプレイヤーたちに「今回のヒロインと積極的に絡んでいきたい人はいるか」と前もって相談をして、その探索者を決定しておくと展開がしやすくて良いでしょ う。
 このシナリオは探索者の行動によって、イベントの発生する順番は様々に変化します。キーパーはシナリオを熟読して、どのような行動を探索者がとったときに、 そのイベントが発生するかを把握しておいてください。
 情報量は多く、イベントは探索者の行動によって大きく変化することもあるので、熟練キーパー向けのシナリオと言えるでしょう。


2,あらすじ

 探索者は夜の町で何者かに左腕を切断された女性に出くわし、彼女を助けることになります。
 そのことがきっかけで、探索者たちと彼女は交友を持つことになりますが、ある日、突然、彼女は失踪してしまいます。
 彼女の部屋に残されたのは、ずっと前に切断されたはずの彼女の左腕でした。
 異常な失踪を遂げた彼女の行方を求め、探索者は彼女の実家がある石川県白峰村へと赴きます。
 彼女の実家は、その土地で古くから続く神社でした。
 そして、その神社には代々続けられたきた忌まわしき神話的因習があり、彼女の行動はすべてその因習から逃れるためのものであったことを知ります。
 探索者たちは、その神社でひそかに続けられてきた忌まわしき因習を断ちきり、彼女の心に安息を取り戻すことが出来るでしょうか?


3,NPC紹介(ここをクリックすると印刷用の大きな画像にな ります)

与都出 耶麻子(よつでやまね)21歳
左手を失った女性

STR6  CON11 SIZ11
INT14 POW16 DEX10
APP16 EDU12 SAN50
耐久力11 ダメージボーナス 
技能:隠れる60%、聞き耳50%、経理40%、忍び歩き40%、精神分析20%

 年齢のわりには品の良い、おとなしい感じのする美しい女性です。
 実家の忌まわしい因習から逃れ、探索者達と出会うことによって、彼女は幸せな人生を生きる喜びを知りました。しかし、その幸せも長くは続かな かったのですが……
 彼女のSTRが低いのは左手を失っているためです。
与都出 作二(47歳)
グールになろうとする男

STR14 CON12 SIZ16
INT16 POW15 DEX11
APP15 EDU17 SAN35
耐久力14 ダメージボーナス
技能:言いくるめ50%、オカルト30%、考古学40%、忍び歩き50%、英語読み書き60%、目星40%、歴史60%

 シナリオの中心となる与都出家の入り婿であり、与都出神社の宮司でもありました。与都出琴子の夫であり、耶麻子、羽矢子の父親です。
 彫りの深い顔立ちをした二枚目な男ですが、長年の放浪生活のためすっかりみすぼらしいなりになってしまっています。
 与都出神社に続いく忌まわしい因習から、愛する妻と娘を解放したいと考え、その方法を求めて全国をさまよっていました。しかし、その行動は家族 の目には、与都出家の因習を恐れて家出をしたようにしか映りませんでした。
与都出 庸子(40歳)
耶麻子の叔母

STR8  CON10 SIZ12
INT10 POW7  DEX10
APP11 EDU13 SAN35
耐久力11 ダメージボーナス なし
技能:聞き耳30%、忍び歩き40%、信用50%、説得70%、値切り35%

 与都出琴子の妹です。巫女となった琴子の代わりに、与都出家の家事全般を引き受けています。狂気に陥った母親と、巫女となった琴子の世話に追わ れ、女性としての幸せをつかむことも出来ずに歳を取ってしまった、可哀想な女性でもあります。
 琴子に対して引け目を感じており、少しでも早く彼女を楽にしてあげたいと考えています。
与都出 羽矢子(よつではやね)17歳
右手に包帯を巻く少女

STR10 CON9  SIZ11
INT12 POW13 DEX9
APP16 EDU11 SAN45
耐久力10 ダメージボーナス 
技能:忍び歩き60%、隠れる50%、聞き耳30%、追跡30%

 耶麻子の妹です。家出をした耶麻子の代わりに、与都出家の因習を継ぐ巫女となりました。
 姉に似て、目元のすっきりとした長髪の美しい少女です。ただ、彼女の心は自分を置いて逃げた父親と姉への憎しみに満ちています。
 元々の性格は姉よりも活発な少女でしたが、巫女となってからは自分の感情を内心に閉じこめ、すべてに対して冷淡で虚無的な考えをもつようになり ました。
 ただ、自分では気づいていませんが、彼女はファーザーコンプレックスを持っております。愛していた父親が姉と一緒に家出をしてしまったと勘違い をしているため、彼女は自分が十分に受けることの出来なかった父親からの愛情に飢えています。
 彼女が心を動かすことがあるとすれば、それは父親への愛憎と、姉に対する強い憎しみだけです。
与都出 琴子(38歳)
与都出神社の巫女

STR22 CON19 SIZ13
INT13 POW15 DEX10
APP−  EDU12 SAN22
耐久力16 ダメージボーナス +1d6
技能:言いくるめ30%、隠れる70%、忍び歩き70%、追跡60%

 耶麻子と羽矢子の母親であり、現在の与都出家の巫女です。
 彼女は決して人前には姿を現そうとはしません。なぜなら、彼女の姿は人間とは思えないほど醜く変化しているからです。
 その精神は狂気に蝕まれつつありますが、彼女は強靱な精神力によって、いまだ正気を保っています。しかし、それも時間の問題でしょう。
 彼女は狂信者ではありません。ただ、与都出神社に生まれた人間の義務として因習を続けているだけの、哀れな被害者なのです。
 彼女は夫と娘たちを心から愛していますが、かといって与都出神社の因習を自分の代で終わりとする勇気は持ち合わせていません。
 彼女の高い能力値は、肉体が神話生物化しているためです。
与都出 富美(66歳)
狂気に陥った耶麻子の祖母

STR9  CON11 SIZ13
INT14 POW14 DEX9
APP13 EDU15 SAN16
耐久力11 ダメージボーナス なし
技能:聞き耳60%、忍び歩き60%、目星50%
武器:長刀40% 1d8+db

 耶麻子の祖母で、先代の与都出神社の巫女です。
 彼女は年齢より老けた感じはしますが、肉体的には普通の老婆です。しかし、長年の間、与都出神社の巫女として生きてきたことで、ほとんど正気を 失っています。いまだに肉体が正常に戻っていないという妄執にとらわれており、両手には常に包帯を巻いています。
 与都出家の人間の中で、彼女が一番、与都出神社の因習を続けることを強く主張しています。その因習を断ち切ろうとしたあげく家出をした作二に対 しては、憎しみに近い感情を抱いています。
 彼女の狂った心には、娘や孫が可哀想だという考えはまったくありません。

4,シナリオの導入

 シナリオの導入は、探索者の暮らす地元の都市からスタートします。
 探索者の暮らす場所は特にシナリオでは限定しませんが、プレイヤーにも馴染みがある都市が良いでしょう。
 これから登場する与都出耶麻子が、忌まわしい故郷の因習から逃れようと新しい暮らしを始められるぐらい大きな都市であれば問題はありません。

 その夜、探索者たち(この探索者のうちひとりは、その耶麻子に好意を持たれる運命にあります)は町を歩いています。
 霧雨がシトシトと降る夜で、人通りはあまりありません。やがて、川を渡る橋へと近づくと、ツンと鼻につく生臭い匂いを感じます。《アイデア》か《医学》で、 これが血の臭いであることがわかります。
 その匂いは、探索者の進む先から漂ってきます。匂いのする方向を見ると、川の欄干部分に女性がもたれかかっているのがわかります。近づいてみると、左腕から 大量の血が流れており、顔色は真っ白で、素人目にも憔悴しきっているのが見て取れます。
 探索者が声をかけると、彼女はぼんやりとした顔に薄笑いを浮かべ、ヨロヨロと立ち上がります。そして、「ああっ、なんていい夜なんでしょう。こんなに晴れ晴 れとした気分は久しぶり」と、言いながら、天を見上げてクルクルと回ります。しかし、大量の出血のため足取りは不確かで、すぐによろけて倒れそうになります。 《医学》に成功すれば、大量の出血によって意識が混乱しているのだろうということが推測できます。
 やがて彼女は気を失ってしまいます。彼女の傷を見てみると、なんと彼女の左腕は肘より少し下の部分から切断されています。傷口を見て《医学》に成功すると、 腕の傷は出刃包丁のような切れ味の良い刃物で切断されたことがわかります。また、腕にはためらい傷のような浅い傷が一筋残っています(これは耶麻子が腕を切断 する際についたためらい傷です)。
《応急手当》か《医学》に成功すれば、止血をすることもできますが、すぐに病院に運ばないと危険な状態です。
 119番に電話をすれば、救急車はすぐにやってきて、彼女は病院へと運ばれます。探索者は事情聴取があるので救急車に同乗することになります。

 病院についた探索者たちは、警察から事情聴取を受けることになりますが、すぐに犯人との結びつきはないと判断され、連絡先だけを尋ねられて解放されます。逆 に探索者たちは、望むなら警官達から彼女のことを聞くことが出来ます。
 彼女の意識は回復しており、発見が早かった(探索者が応急手当をしているのならば、そのおかげでもある)せいか、出血も命に関わるほどのものではなかったこ と。
 父親にいま連絡をつけているので、そのうちやってくるだろうこと。
 彼女が探索者たちに礼をしたいと言っていること、などを警官は話します。
 ここでもっと突っ込んだ、彼女の怪我の原因などを尋ねた場合、《言いくるめ》等の交渉系技能の判定が必要になります。それに成功した場合、警官は渋々なが ら、これは事故ではなく、何者かが刃物を使って彼女の腕を切断したのであろうという推論を話ます。このとき、《心理学》に成功すれば、警官は探索者に隠し事を していることがわかります。さらに交渉系技能に成功すれば、彼女が自分で自分の腕を切断したという可能性も捨てきれないと気分悪そうに話します。この話をした 警官は自分が話しすぎたことに気づき、これ以上の話はできないと、その場を離れます。

 警官の推理通り、耶麻子の左腕は彼女自身が包丁で切り落としたのです。そして、左腕と包丁は川に投げ捨てました。なぜ彼女がそのようなことをしたかについて は「6,与都出家の秘密」を参照してください。
 耶麻子は警官に対しては、川の上で通り魔に襲われたと証言します。まさか、耶麻子のようなか弱い女性が自分の腕を切り落とすようなことをするとは警官も信じ られず、事件は通り魔の犯行として捜査は進められます。


5,与都出耶麻子との面会

 警官が言っていたように、耶麻子は自分を助けてくれた探索者にお礼を言いたいと考えています。
 事件の当日は無理ですが、彼女の容態が落ち着いたころに探索者のもとに病院の看護婦から電話がかかってきます。耶麻子が一刻も早くお礼を言いたいと言ってい るそうで、お手数だが都合の良い時間でかまわないので病院のほうに顔を出してもらえないかという電話です。この電話は事件に遭遇した探索者全員にかかってきま す。全員が見舞いに行く必要はありませんが、耶麻子に好意を持たれる運命にある探索者ぐらいは見舞いに行かせるようにしてください。

 まだ犯人もはっきりとしていないため、警察からの指示で耶麻子は個室の病室に入院しています。
 耶麻子は探索者が来ると、花の咲いたような笑顔で歓迎します。どうやら傷の具合は良好のようで、事件当日の憔悴しきった顔とはまるで別人のようです。
 彼女は救急車を呼んでくれたお礼や、自分のせいで面倒をかけたことに対するお詫びをします。また、現在警察が通り魔の捜査にあたっていることや、意外と早く 退院できそうだといった話をします。
 その途中、職場の仲間からもらったという見舞いの果物をむこうと手を伸ばすのですが、すぐに自分の左手が無いことに気づいて「ごめんなさい、これでは皮はむ けませんね」と明るい表情で微笑みます。まるで自分の腕が無くなってしまったことなど気にもしていないといった様子です。そんな耶麻子を見て《心理学》に成功 すれば、彼女が無理をして明るく振る舞っているのではなく、躁状態に近いほど感情が高ぶっていることがわかります。
 確かに彼女は沈黙している時間がもったいないと思っているのではないかというほど、いろいろと探索者たちに話しかけ、そして探索者の話を興味深く聞きます が、それでも躁病のような意味のつながりの薄い多弁さではありません。その話しぶりは、まるで十代の少女のようなみずみずしい感性によるもので、彼女の魅力を 損なうことはありません。
 耶麻子は探索者達の帰り際に、「よかったら、是非また遊びに来てください」と声をかけます。《心理学》に成功すると、その時の彼女の表情から、彼女が表情に は出さない強い不安を心の内に秘めていることを察知することが出来ます。

 耶麻子が退院する前に、もう一度見舞いに行った探索者は、偶然に耶麻子の父親である与都出作二と出くわすことになります。
 病室の前に立った探索者は《聞き耳》×2に成功すると、扉の向こうから声が聞こえてくるのに気づきます。その内容は以下の通りです。
「もういいのよ。いまはとてもせいせいした気分だわ。こんな気持ちは田舎を出たとき以来かもしれない。これからは何にも縛られることなく、自由に生きることが 出来るのよ」
「しかし、これでほんとうに解決したのかどうかはわからないぞ」
「おねがい……そうなことを言って、私を不安にさせない。もうあのことは思い出したくないの。お父様の顔を見ると、嫌でもあの家のことを思い出してしま う……」
「もう、私と会いたくないというのかね?」
「……最近のお父様は、少し怖いわ……」
「もう少しで求めていたものが見つかりそうなんだ。あと少しで、母さんを……」
 その言葉を最後に二人の会話は止まってしまいます。
 それでもずっと聞き耳を立てていた場合、病室を出てきた作二と顔を合わせることになります。作二は探索者に会釈をすると、挨拶もしないで逃げるようにその場 を去っていきます。
 聞き耳をたてないで、すぐに病室に入った場合は、ふたりは探索者の姿を見ると話を途中でやめます。そして、作二は逃げるように病室を去っていきます。
 耶麻子はあまり作二のことに触れたくないようですが、問われれば自分の父親であると説明します。
 このときの作二の身なりは、お世辞にも良いとは言えません。よれよれの上着に、垢じみたズボン、手には使い古した旅行カバンを持っています。顔立ちは精悍で 二枚目なのですが、髪は乱れて、無精髭を生やしているため、みすぼらしい印象を受けます。ただ、その目だけは獣のようにギラギラとしています。
 耶麻子は自分の家族関係については、あまり話したがりません。両親に関しては離婚して、いまは別居しており、自分は父親のほうについて行ったと話します。た だ、いまは自立して仕事も忙しいため、父親や母親とは疎遠になっていると語ります。

 この後、病院を無事に退院した耶麻子は探索者たちと交流を持つことになります。
 探索者達だけではなく、耶麻子の職場の同僚達と一緒に遊びに行ったりなど、それはごく普通の若者達の付き合い方です。職場の同僚達は、以前に比べて耶麻子が ずいぶんと明るく、そして何事にも積極的になったと語ります。左手を失ったハンデが、逆に彼女を良い方向に変えたのではないかと、昔の耶麻子を知る同僚達は 思っています。本当は左手の呪縛から解かれたことが、彼女を開放的にさせているのですが。

 キーパーは、この楽しい日々を演出して、探索者のひとりに耶麻子が好意を持ちつつあることをプレイヤーに伝えてください。
 耶麻子は恋愛に関しては、まるで初恋を体験した少女のように非常にうぶな女性です。キーパーは左手の呪縛から解き放たれて、世界のすべてを愛おしく感じられ るようになった耶麻子の活き活きとした感情を演出して、それを探索者にぶつけてください(そういう演出が苦手か面倒な場合は、そのような関係になったと説明す るだけでも良いのですが)。

6,与都出家の秘密

 以下は、このシナリオの事件に関するキーパー用の情報です。
 キーパーはこの情報を状況に応じてNPCを介して探索者に提供しても良いでしょう。

 与都出神社は500年以上の歴史を持つ古い神社です。
 現在では白山信仰の主神である菊理媛(くくりひめ)を奉っていますが、もともとは夢見によって予言や呪術をしていた巫女一族を崇める神社でした。その巫女こ そが、与都出家の祖先なのです。
 与都出神社の巫女はランドルフ・カーターのような夢見人の素質を持った血筋でした。彼女達はドリームランドでの見聞きしたことを知識として得たり、ドリーム ランドを介して他人に影響(ドリームランドで殺されれば、現実世界でも人は死にます。また、精神の世界であるドリームランドでならば、精神病などの治療はたや すいことです)を与えるができ、その夢見の力によって与都出一族は繁栄してきました。
 しかしながら、みだりに夢見を行うとことは大変危険なことです。与都出神社の巫女達が夢見をするのは、主にガグの地底都市でした。旧神たちと隔離されたガグ の地底都市は、比較的安全に夢見が行えたからです。
 もちろん、ドリームランドに絶対の安全などあり得ません。与都出神社の巫女達はガグの都市を夢見することで、彼らに精神を冒されることが多々ありました。忌 まわしきガグは夢見人の精神に進入することで、現実世界へと顕現しようと考えているのです。その目的は単純で、もっとたくさんの人間を食べたいという欲求から でした。
 与都出神社の巫女達はガグに対抗するために、彼らが本能的に恐れているグールの力を利用しました。与都出神社の人々は、飢えて獣にまで成り下がった人間が地 下の瘴気を浴びることでグールに変化することを知っていました。そこで瘴気を強く発する洞窟を探し出し、犠牲者を洞窟に幽閉して飢えさせることで、人為的に グールを生み出したのです。
 ガグに精神を冒されると、その巫女は肉体的にもゆっくりとではありますがガグそのものへと変化していきます。しかし、ガグはグールの気配を感じると恐れを成 して逃げてしまうので、与都出神社の巫女達は安全に夢見を続けてきたのです。
 蛇足ですが与都出の名前は古くは四ツ手と書き、それはガグの四本腕からついた名前です。与都出神社の巫女は自分が人間以上の存在であることをアピールするた め、時にはわざとガグに肉体の一部を乗っ取らせて、それを村人に披露したりしました。腕を四本持つ巫女の姿は、とりわけ村人達の印象に残ったのです。

 やがて時代が過ぎて、与都出神社は白山信仰の中心地である白山の麓にあるということから、菊理媛を奉る神社となりました。得体の知れない夢見を行う巫女より は、そちらのほうが体面上良かったからです。
 自然と巫女達の夢見の力も、菊理媛の恩恵であるということになりましたが、グールに関しては既存の神々に取り込まれることはありませんでした。血肉をもった グールという存在が、あまりに存在感があったため、神話の中にしか存在しない既存の神では許容することが出来なかったのです。そのため、グールは大星之男神 (おおほしのおのかみ)という与都出神社でしか奉られない神として、ひそかに崇められたのです。
 そして、いつしか本来ならばガグを追い払ってくれるありがたいグールが、菊理媛(ガグ)を追い払う存在として、どちらかと言えば忌まわしい存在として反対の 意味で認知されるようになりました。

 ところが、いまから180年ほど前に悲劇が起きます。
 当時、白山地域を襲った地震により、グールを幽閉していた洞窟が崩壊してしまったのです。与都出神社の人々があわてて掘り出したときには、すでにグールは死 亡していました。グールは不老ですので寿命で死ぬようなことはありませんが、不死ではないので大きな怪我などを負えば死んでしまいます。
 グールを生み出す方法はあまりに忌まわしいものであったため意図的に記録は抹消され、その頃の与都出家には伝えられていませんでした。
 しかし、夢見の力が無ければ与都出神社の存在意義はありません。巫女達はガグに取り憑かれ心身が奪われそうになると(完全にガグになるには数十年かかりま す)、ガグの精神を次の代の巫女に引き継ぐことで、ガグが現実世界に顕現することを防ぎました。
 こうして与都出神社の巫女は、夢見の力と同時に忌まわしいガグの身体も引き継ぐようになったのです。
 具体的には、巫女が50歳ぐらいになると完全にガグ化するため、その前に次の代の巫女(多くの場合、自分の娘)と添い寝をするようになります。すると、巫女 の身体は徐々に人間に戻り、一方、次の代の巫女はゆっくりと手足からガグへと変化していくのです。

 さて、時代は現代となります。
 その頃の与都出神社は夢見の力によって誇っていた隆盛は影を潜め、片田舎の寂れた神社と成り果てています。しかし、巫女がガグを引き継ぐという因習はいまで も続けられています。なぜなら、ガグを引き継がねば、その巫女は最終的には正真正銘のガグとなってしまうからです。
 与都出琴子はいよいよ娘たちにガグを引き継がねばならない時期になっていましたが、これに対して入り婿である与都出作二は強い反発をしていました。美しく 育った愛する娘に、こんなむごいことをさせたくないと考えていたのです。
 しかしながら、このままでは娘同様に愛している妻の琴子が怪物と化してしまいます。
耶麻子は自分が母親のような姿に変身していく恐怖のあまり、精神を病んでしまいます。
 彼はそんな耶麻子の姿に耐えきれず、とうとう解決方法を求めて与都出家を飛び出します(シナリオ開始時の3年前の出来事です)。そのとき、彼は耶麻子も連れ て家を出ました。家族に訳も言わずに家を家出をしたのは、琴子の母親である与都出富美が、作二の行動に対して強く反対することはわかりきっていたからです。
 作二は都会に落ち着けるアパートを見つけると、耶麻子を精神病院に通わせました。与都出の巫女の呪縛から解放された彼女は、すぐに回復しました。
 彼女が自分で働けるようになるまで落ち着くと、作二は耶麻子と別れて全国を放浪するようになりました。与都出神社に関するあらゆる文献から、全国に隠れて存 在するオカルト、魔道書といった忌まわしい本を探しては研究をするという、琴子を救うための方法を模索するための旅だでした。
 そして、とうとう与都出神社の巫女の力が魔道書に語られる忌まわしきガグに通じるものであることと、ガグが恐れるグールこそが大星之男神の正体であることを 突き止めたのです。ガグの特徴的な外見が、与都出神社の巫女が変貌する怪物の姿と一致することが、作二にとっては幸いしたのです。
 作二は大星之男神を復活させることが、妻子をガグから守る唯一の手段と知り、大星之男神=グールを探し求めました。しかし、それは容易なことではなく、やが て彼は自分がグールになるほうが早道であることを悟ります。
 地下の瘴気を浴びながら、獣のように生肉を喰らい続けたことで、グールと成り果てた人間の例を参考に、彼は与都出神社の近くにある犬穴に目をつけました。 かって大星之男神が閉じこめられていたというその洞窟はグールに変身するには最適の場所かと思われたからです。
 かくして、作二は家族への愛が故に、狂気に満ちた計画を実行に移したのです。

 作二が研究を続けていころ、耶麻子は自分の腕が怪物への変化を続けていることに気づきます。実家を逃れたところで、ガグにとっては距離など関係ありません。 一度目をつけたものは、どこまでも追いかけていくのです。
 日に日に怪物に変化していく自分の腕に苦悩した耶麻子は、ある夜、その腕を包丁で切断してしまいます。
 そして、その夜、彼女は探索者たちと出会ったのです。


7,突然の失踪

 耶麻子との蜜月を過ごす探索者ですが、突然、彼女との電話連絡がいっさい取れなくなります。
 展開としては、日曜日などの祝日に、探索者が耶麻子との待ち合わせをすっぽかされるといったきっかけから気づくようにすると良いでしょう。
 不審に思った探索者が自宅の電話しても、携帯電話に電話をしてもいっさい通じないのです(携帯は電源が切られています)。平日になってから、職場に連絡して みると、彼女は約束をすっぽかした日を境に無断欠勤をしています。自宅との連絡も取れず、同僚達も心配している様子です。
 その頃には、探索者は彼女のアパートの住所も知っているので、様子を見るために自宅を訪れることも可能です。

 耶麻子の暮らしている場所は家賃の安い、郊外のアパートです。
 入口の鍵はかかっているので、合い鍵を預かるほど探索者が親しくなっていない限りは、大家に連絡して開けてもらうか、《錠前》に成功する必要があります。大 家は一階の部屋に住んでおり、耶麻子とは親しい間柄でした。そのため耶麻子から探索者の話はよく聞いているため、探索者が適当な理由を言って頼めば無条件で鍵 を貸してくれます。
 耶麻子の部屋は八畳1Kの慎ましい造りです。家財道具はベッドとテーブル、小さな洋服ダンス、あとは冷蔵庫や電子レンジといったありきたりのものですが、色 調を上品なクリーム色に揃えた部屋はとても女性らしいものです。よく整理整頓されており、掃除もきちんとされています。一見したところ、誰かに荒らされたよう な様子は見あたりません。
 ただ、奇妙なことにテーブルの上には近所のスーパーの袋が投げ出されたままになっています。中には卵や肉など、冷蔵庫に入れて置いたほうがよいものが入って います。これらのものは数日間おきっぱなしだったため痛んでいるものもあります。それは几帳面な耶麻子にしてはおかしな話でしょう。スーパーの袋のはレシート が入っており、購入した日時は耶麻子が最後に職場に顔を現した日の夜になっています。
 探索者が部屋にあがってよく調べてみると、テーブルの下に奇妙なものがあります。キーパーは下記の描写文を読み上げてください。
「テーブルの下に白い何かを見つけた。あまり見覚えのない……いや、正確には、こういう状態ではあまり見覚えのないものだった。その形をしたものならよく知っ ている。毎日、嫌でも何度と無く見るものだ。それは人の手だった。手首から少し上のあたりから切断された女性の白い手だった。マネキンの腕のようにも見えた が、こちらに向けている切断面には生々しい白い骨が突き出ており、盛り上がった肉と黄色い神経の筋が垂れ下がっていた」
 この手を見た探索者は、0/1d3正気度ポイントを失います。

 手をよく調べてみれば、間違いなくこれが人間の左手であることがわかります。肌は生きている人のそれとはまったく違い弾力はほとんどなく、ひんやりと冷たい 死人の手です。死後硬直を過ぎてしまっているのか、指は自由に動きます。血液は完全に流れ出てしまっているのか、固まってしまったのか、一滴も流れ出ません。 畳を見ても血痕は見あたりません。
 腕の腐敗はまったく進んでいませんが、若干の生臭さを感じます。肌をよく調べてみると、小さな腐った藻のようなものが付着しています。生臭さの原因は、この 藻からのようです。
 腕を見た探索者が《幸運》に成功した場合、腕の皮膚に一瞬ですがウロコのようなものが浮かび上がるのを目撃します。大型のトカゲやヘビのようなガサガサした 荒いウロコのような感じがしましたが、それはすぐに消えてしまいます(これは腕がガグ化している兆候です)。このウロコを見た探索者は《アイデア》に成功する と、この腕が人間によく似ているが、人間のものではないという考えに囚われます。
 手を調べて《医学》に成功すると、この腕は切断されて最低でも三日は経過したものであることがわかります。ただ、具体的にどのぐらい時間が経過しているのか ははっきりしません。切断面や死後硬直の状態などが、一般的な死後経過とは食い違いがあるからです。何か特別な保存方法や、温度条件によって、このような状態 になったのだろうとして推測できません。結論としては、非常に奇妙な生腕であることしかわからないということです。
 付着している藻を《植物学》で調べた場合、これが日本のあらゆる河川で見られるごく一般的な藻であることがわかります。
 耶麻子と付き合いの深い探索者は《アイデア》に成功すれば、この腕が耶麻子の腕によく似ていることがわかります。ただ、探索者はこれまで彼女の左手は見たこ とがないはずなので、ほくろの位置などからそれを断定することは出来ません。職場の同僚達に聞いても、耶麻子の左手の特徴など知らないので無駄なことです。

 耶麻子の行き先を示す手がかりはありません。
 どこか遠出をするための荷造りをした様子もなく、ちょっとそこまで出かけたといった感じです。
 戸棚などを調べると、耶麻子の保険証と薬袋が発見できます。
 薬袋は精神病院から処方された薬であることがわかります。日付は三年前になっています。《薬学》か《医学》に成功すると、この薬が軽度の精神病患者に処方さ れる一般的な精神安定剤であることがわかります。
 保険証を調べると、家族である作二と琴子と羽矢子の名前が書かれてあります。また、保険証には耶麻子の実家の住所が記されています。住所の最後は「与都出神 社境内」となっています。これ以外に、耶麻子の足取りを探る手がかりはありません。

 当然のことですが、部屋にあった腕は耶麻子の左腕です。
 探索者と彼女が出会った事件の日、耶麻子は自分の腕を橋の上で切り落としたあと、下を流れる川に投げ捨てました。ところが、神話的存在である左腕は自らの力 で川底を這い回りながら、耶麻子を追い求めこの家を探り当てたのです。
 いつものように家に帰った耶麻子は、切り落としたはずの腕を部屋で発見したため、恐怖にかられ失踪しました。
 現在、耶麻子は近郊の都市にあるシティホテルに身を隠しています。隠れたところで何かが好転するわけでもないのですが、恐怖のあまり、自分の家には戻れない でいるのです。

8,電話の声

 耶麻子の実家は石川県石川郡白峰村の白姫にあります。
 白峰村役場などに電話をして、わけを説明して《信用》や《説得》などの交渉系の技能に成功すれば、耶麻子の実家の電話番号を教えてもらうことは可能です。与 都出という名前から、すぐに与都出神社の家の人間であることがわかるからです。役所の人間はそのときに耶麻子の実家が与都出神社という神職の家であることを教 えてくれます。
 耶麻子の実家に電話をかければ、中年の婦人が電話に出ます。この女性は耶麻子の叔母の与都出庸子です。
 庸子に耶麻子の話をすると、彼女の声の調子は一転します。彼女は探索者の話も聞かずに「耶麻子に関わることで、これ以上、この家に電話をしてこないように」 と言います。その声の調子を聞いた探索者が《心理学》に成功すると、彼女の口ぶりから、耶麻子に対して嫌悪をしているわけではなく、何か隠し事をしているよう なそんな焦りが感じられます。すると電話口の向こうから「おばさん、その電話、誰からなの?」という、若い女性の声が聞こえてきます。すると庸子の「ただの間 違い電話みたいよ」と言う声を最後に電話は切れてしまいます。電話で話していた探索者が耶麻子の声を知っているのならば、《アイデア》か《聞き耳》に成功すれ ば、最後の若い女性の声が耶麻子の声によく似ていたことに気づきます。

 その後、電話をかけ直しても警戒している庸子が最初に出ます。彼女は多くを語らずに、これ以上は電話をしてくるなということを繰り返します。あまり探索者が しつこく電話をするようでしたら、そのうち受話器があげられて電話がかからないようになっているとでもしてください。

 探索者にとって、耶麻子の腕をどうするかは頭の痛い問題でしょう。
 シナリオ的には探索者が隠し持つという展開が一番良いのですが、気味悪がってそのような行動に出ないかもしれません。
 かといって、正直に警察に届ければいらぬトラブルを招く可能性もあります。そのまま放置したり、こっそり焼却したりするというのは論外でしょう(普通の火で は燃える前に腕は逃げだそうとします)。
 探索者がどこに腕を隠そうとしても、腕はその神話的能力を使って耶麻子の実家へ向かうという行動をとります。
 耶麻子のアパートと実家とでは、かなりの距離がありますが、神話的存在であるこの腕にとって、物理的距離などさほどの問題ではありません。
 耶麻子の腕は、ふとしたタイミングを見計らって、白姫に到着した探索者の前に再び姿を現します。キーパーは探索者達が油断しているときを見計らって、腕を再 登場させて肝を冷やさせてください。


9,文献による与都出神社の調査

 これ以上の電話での話は無理と判断した探索者は、彼女の実家がある石川県の白姫に実際に赴いてみると考えるでしょう。
 もしくは大きな図書館や、石川県にある地元の図書館などで、耶麻子の実家である与都出神社について調査するかも知れません。
 以下は、文献による調査でわかる与都出神社にまつわる情報です。キーパーの判断で、探索者が《図書館》や《歴史》などの調査系の技能に成功したら提供してく ださい。
 情報はあとに明記されているものほど、なかなか得づらい情報です。普通の図書館では前半みっつの情報だけしか得られず、地元の図書館ならば後半ふたつ情報も 得られるというようにしても良いでしょう。
 探索者が文献をあたるという行動をしなかった場合は、キーパーの判断で村の住人から得られる情報としてもかまいません。

◆白峰村付近の歴史
 江戸時代の文献に、約180年前、与都出神社近辺に大地震があり、大規模な土砂崩れが発生したという記録があります。

◆与都出神社
 石川県石川郡白峰村白姫に古くからある神社です。
 白峰村は白山の麓にあり、そのあたりでは霊峰である白山を奉る信仰である白山信仰が盛んです。与都出神社も例に漏れることなく、白山信仰の主神である菊理媛 を奉る神社です。
 与都出神社が書物にその名を現したのは約300年前とされていますが、それ以前より続いてきた神社のようです。神社としての規模は小さく、与都出家の人間が 代々神主を務めてきました。

◆白山信仰と菊理媛について
 石川、富山、岐阜、福井の四県にまたがってそびえる霊峰白山を御神体として仰ぎ見る信仰のことを白山信仰と呼び、白山神社は全国に2700社以上もあると言 われています。白山の名を冠してはいませんが、与都出神社もその分社のうちのひとつです。
 菊理媛とは、日本書紀の黄泉国神話にのみ登場する謎多き女神です。
 死んでしまった妻である伊邪那美命(いざなみのみこと)を求めて、黄泉の国へと下りた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、黄泉の住人となった伊邪那岐命のお ぞましい姿に怯えて逃げ出します。伊邪那美命はそんな夫の行動に怒り、あとを追いかけます。
 とうとう、伊邪那美命は黄泉平坂という黄泉と現世の境界の場所で伊邪那岐命に追いつき、二人は言い争いを始めます。
 その二人を仲裁しに現れたのが、黄泉の国に通じる道の番人である黄泉守道者(よもつもりみちひと)と菊理媛だったのです。
 菊理媛は二人の言い争いを聞いたうえで、一言、伊邪那岐命に進言することによって、その争いを収めたと言われていますが、いったい彼女がどんな言葉を語った のかはいっさい伝えられていません。

◆あまり知られていない神の名
 与都出神社の主神は菊理媛ですが、その他にも大星之男神という神を奉っています。このような名の神を奉っているような神社はなく、それがどのような神なのか はまったく不明です。
 この土地に災厄をもたらす禍津神(まがつかみ)の名であるとか、古くは菊理媛と並び対等に敬われてきた与都出神社の主神であったといった、様々な説がありま すが、決定的な説はありません。
 ただ、その神が与都出神社で奉じられなくなったのは、百数十年ぐらい前からだということはわかります。

◆与都出神社にまつわる伝説
 与都出神社は古くは良く当たる託宣が行われたことで、地域住人たちに敬われていました。与都出家の女性が巫女をして、夢見による託宣を行ったといわれていま す。
 この伝説の中では、与都出家の巫女は村人達の前で菊理媛を身に宿したところを見せて尊敬を集めるなど、いまとは違って積極的に外に出ていたことがわかりま す。
 与都出神社の巫女が人前に姿を現すことがなくなったのは、だいたい二百年ぐらい前から始まった習慣のようです。


10,白姫の家畜泥棒

 与都出神社がある石川県の白峰村は実在の村です(当然、与都出神社は架空の存在ですが)。
 白峰村は白山の峰々に囲まれた山深い村で、冬には温泉とスキーを目当てとした観光客、夏になれば白山への登山客などで賑わいます。
 白峰村でも山奥に位置する白姫は、確かに田舎ではありますがそれでも人里離れた山奥というほどではありません。
 車で小一時間も走れば温泉地があり、そこには民宿や雑貨店だってあります。
 未舗装の細い村道を通って白姫へと入った探索者たちは、道ばたに奇妙なものを発見します。
 それは道ばたに散乱する白い鳥の羽です。
 さらに車を進めると、羽の数は増して、やがてその中心にニワトリの死骸を発見します。純白の羽には真っ赤な血が飛び散っており、そのコントラストは妙に鮮や かに目に映ります。
 ニワトリの死骸を調べてみた場合、首に大きな噛み跡と、ももの部分に肉を食いちぎったようなあとが残っています。ただし、傷はそれだけです。獣が食い散らか したにしては、ずいぶんと肉が残っています。《生物学》に成功した場合、傷口の歯形が犬猫やキツネなど、どの動物のものとも似ていないことがわかります。あえ ていうならば、それは人間の歯形に似ています。
 あたりを調べて《目星》に成功すると、木の根本に吐瀉物を発見します。その吐瀉物には生肉と赤い血が混ざっています。生肉に残った歯形を調べて《生物学》か 《人類学》に成功すると、これが先程のニワトリについていた歯形と一致することがわかります。
 ニワトリについて探索者が調査していると、村人達がやってきます。彼らは殺気立っていて、探索者達に何者かと荒っぽい声で尋ねます。
 その真偽に関わらず、探索者が村人の納得のいく返事をすれば、彼らの代表らしき男が「どうやら、俺たちの勘違いだったようだ。すまなかったな」と素直に謝り ます。
 彼は「自分は白姫の青年団の団長をしている相沢栄吉といいます」と名乗り、最近、このあたりで家畜泥棒が頻発しており、村人たちが警戒していることを説明し ます。
 相沢栄吉は白髪交じりの頭を五分刈りにして、農作業のため良く日焼けをした、50前の人の良さそうなおじさんといった感じの男です。外見通り、非常に気さく で面倒見が良く、村人たちにも慕われています。白姫は若い者が少ないので、こんな歳になっても青年団の仕事に引っ張り回されているのです。
 相沢栄吉は探索者にとって、よき情報源となります。与都出神社の秘密については何も知りませんが、村の噂話などには精通しています。
 もし、探索者が家畜泥棒の捜索に協力の姿勢を見せたり、《信用》などの交渉系技能に成功すれば、家畜泥棒についてもう少し詳しい話を聞くことが出来ます。
 その内容については、如何に箇条書きにしておきます。

・家畜泥棒が出たのは、10日前ぐらいからだ。
・最初は養鶏所のニワトリなどが襲われたが、最近では豚まで襲われたこともある。ただ、さすがに豚は盗めなかったらしく、進入した形跡だけで被害はなかった。
・最初は野犬やキツネの仕業かとも思えたが、残された足跡などから犯人は人間らしいことがわかっている。
・奇妙なことに犯人はその場でニワトリを殺して、生で肉を食べているようだ。
・上記のことから、異常者の可能性が高く、村人たちは警戒を強めている。
・村の青年団で山狩りなどを行っているが、犯人の痕跡は見つかっていない。

 キーパーの判断で探索者が村人達に深く信用されたと判断したならば、村人の一人から「犯人は、この山に慣れた人間のような気がする。もしかすると、村人の仕 業なのかも知れない」という情報を入手することが出来ます。

11,白姫での噂

 白峰村の白姫に到着した探索者は、近所の住人たちから与都出神社に関する噂を集めることが出来ます。
 前述の相沢栄吉を初めとして、村人達は与都出神社に対しては、特別な感情は持っていません。自分たちの生まれるずっと前から村にある神社なので、普通の人か ら見れば奇妙に見える部分も、彼らにとっては当たり前のことなのです。
 村人達は家畜泥棒のせいで少しピリピリしていますが、探索者が怪しい人間ではないとわかれば、世間話ぐらいはつきあいます。彼らは余所者に対して特に排他的 でも、開放的でもない、普通の田舎の人たちなのです。忙しい壮年の人物よりは、ヒマそうな老人に話しかけたほうが、いろいろと情報は得られるでしょう。
 キーパーは探索者の質問に応じて、以下の情報を提供してください。

◆与都出神社のこと
 与都出神社は昔から村にある神社である。
 あの神社の御祓いはよく効くそうで、遠方から客がやってくることもある。そのおかげで参拝客が少ないが、かなり儲かっているらしい(これは村人の妬みで、実 際には神社を維持するのがやっとといった程度です)。

◆与都出神社の人々
 与都出神社の神主は、先代の娘である与都出琴子の入り婿となった与都出作二である。しかし、作二はいまから3年前に、長女の耶麻子を連れて家出をしてしまっ た。
 与都出家の人間は家出を否定しているが、きっと家出に違いない。作二は都会の人間だったので、神社での退屈な暮らしに耐えられなくなったのだろう。
 与都出家の二人の娘は父親のことが大好きだったようで、いつまでも父親離れが出来なかった。それなのに、姉の耶麻子だけを連れて、妹の羽矢子を置いていくな んて、本当に罪なことをする男だ。
 いまは琴子の妹の庸子が家を取り仕切っている。なぜなら、琴子は「お籠もり」をしているからだ。

◆耶麻子と羽矢子について
 二人は素直で明るい評判の姉妹で、高校に入学したころの耶麻子には、村の若者たちの多くが恋心を持っていた。
 しかし、そんな耶麻子は、高校を卒業して正式に与都出神社の巫女となった頃から、ふさぎ込んで何かに悩んでいるような態度を見せるようになった。それからし ばらくして、ふいに作二と一緒に家を出てしまったのだ。
 慕っていた父親と姉が家出をしてしまったことに、妹の羽矢子は強いショックを受けていた様子だった。村人たちもその話題をさけるようにしていたが、羽矢子は それまでの明るい子から一転して、暗い無口な娘になってしまった。

◆お籠もりとは
 与都出家の神主の妻は、巫女としてある時期を「お籠もり」をする風習がある。具体的な時期などはわからないが、三十路になった頃から徐々に外を出歩かなくな り、やがて家族や御祓いを受ける客としか顔を合わせなくなるそうです。先代の奥さん(富美のことです)のときは、お籠もりは15年ぐらいは続いたそうです。
 変わった風習だとは思うが、与都出神社の大切な決まりらしいので、村人達から口を出すようなことはない。

◆与都出神社の昔話
 お籠もりをするようになった由来に関する昔話が、村人の間に伝わっています。
 その話によると、むかしむかし、与都出神社の巫女が菊理媛ばかりを大事にして、大星之男神を粗末に扱ったため、大星之男神は嫉妬をしてどこかに姿を消してし まった。
 与都出の巫女は大変困りましたが、それでも菊理媛を奉らないわけにもいかない。
 そこで与都出神社の神主の嫁のみが、こっそりとお籠もりをしながら菊理媛を大切に敬い、他の者たちは菊理媛と大星之男神を一緒に神社に奉ったという。
 ただ、それでもまだ大星之男神の機嫌はなおっておらず、与都出神社はいつまでも大星之男神の帰りを待っているのだそうだ。
 なお、これは村人達の間に口伝でのみ伝わっている昔話です。
 神社のどこを調べても、このような内容の話は残っていません。

◆御祓いを受けた客
 与都出神社に御祓いを受けに来るのは、ほとんどはこのあたりの人間では遠方からの客だが、数年前、隣町の地主の奥さんが与都出神社に来たことがある。
 あの神社に御祓いを頼む客は、たいていが金持ちの人間である。
 奥さんの名前は白井満子である。
 御祓いのことを詳しく聞きたいのならば、彼女に聞くのがよいだろう。

12,白井満子を訪問

 村人から白井満子の名前を聞いた探索者は、貴重な情報源である彼女から話を聞こうと隣町へ赴くかもしれません。
 隣町には白姫の付近では一番近い位置にある民宿もあるので、この民宿に宿泊するついでに話を聞きに行くという流れにしても良いでしょう。

 白井満子の家は、林業と土建業を営む、このあたりではちょっとした名士の家です。
 家にあげてもらうには、それなりの理由を考える必要があります。探索者の交渉が優れたものであったならば、キーパーの判断次第で判定の必要もなく、家にあげ てあげても良いでしょう。あまり交渉が適切でないと判断した場合、探索者が《信用》に失敗すると、白井満子は急用があるからといって探索者を追い返そうとしま す。
 家にあげてもらうためには、もっと納得の出来る理由を考えて再チャレンジする必要があるでしょう。

 白井満子は田舎のお嬢様が、そのまま大人になったようなおっとりとした物静かな女性です。現在、年齢は38歳。幸せな生活を送っておりますが、唯一心を痛め ていることは子供に恵まれなかったことです。
 いまから3年前、そのことに思い悩んだ白井満子は精神に少し不調をきたしました。心労のあまり夜あまり眠れなくなり、悪夢にうなされ、目覚めも最悪な日が続 きました。とはいえ、精神病院に通うというのは田舎のことですから体面的にもあまり聞こえの良いものではなかったので、噂に聞いたことのある与都出神社で御祓 いをしてもらうことにしたというのです(彼女は古風な人間なので、精神病院よりも御祓いのほうが馴染みがあるのです)。

 白井満子は、ここまでならば普通に話をしてくれます。しかし、御祓いの具体的な方法などについては神社から口止めされているので話すことは出来ないと言いま す。しかし、世間ズレしていない押しに弱い女性なので探索者が口八丁に説得をすれば、ついつい約束を破ってしまうこともあります。《心理学》に成功すれば、彼 女が押しに弱いことがわかります。《言いくるめ》《説得》《信用》などの交渉系技能に成功すれば、彼女は下記のことを話してくれます。

 その御祓いというのは少し変わっていて、身を清める過程などは普通の神事と同じなのですが、一番最後に「添い寝」という儀式をしたと語ります。
 その儀式は文字通り、与都出神社の巫女(与都出琴子)と離れにある寝室で一緒に寝るというものです。
 ただし、二人の間には大きな屏風があって、隣で寝ている巫女の姿は見えなかったし、見てはならないと強く言い含められていたそうです。
 隣の巫女のことが気にはなりましたが、何事もなく一夜を過ごすと、それで御祓いはおしまいとなりました。ただ、不思議なことに御祓いを受けたあと、すぐに寝 付きが良くなり、悪い夢もいっさい見なくなったそうです。
 良い睡眠は健全な精神を取り戻すための最高の薬です。彼女はすぐに健康体に戻り、いまにいたります。御祓いの効果は間違いなくあったのです。

 白井満子は与都出神社の御祓いには大変感謝しているので、探索者が何かを疑っているようなことを言えば、気分を害したように強くそれを否定します。
 彼女の気分を害することなく、添い寝の儀式について詳しく聞くと、以下のような話を付け加えます。

 その夜、やはり緊張してなかなか寝付けなかったのだが、それは隣から聞こえてくる寝息も原因だったそうです。その寝息は荒く、いびきというよりは風邪をひい て喉を痛めたときに出るガラガラ声のような声で、とても女性のものとは思えなく、隣で聞いていてかなり気になったようです。
 また、部屋には強く香が焚かれていたのですが、それの香の匂いに紛れて、なにか生臭い匂いが鼻についたそうです。その生臭さは魚とはまた違った、表現のしづ らい匂いだったそうです。

 探索者が案内された部屋の床の間の壁には、恐ろしい形相をした木彫りの鬼の面が飾ってあります。その鬼の顔は変わっており、猿や犬にどこか似ているような感 じがします。このお面について満子に尋ねた場合、その面は与都出神社に御祓いをしてもらったときに、厄払いとして譲ってもらった大星之男神の面だと説明しま す。


13,家畜泥棒発見

 キーパーはタイミングを見計らって、このイベントを発生させてください。タイミングとしては探索者が与都出神社を訪問して、村人達から一通り話を聞いたあた りに起こすと良いでしょう。プレイヤーが次の行動が思いつかない様子の時に発生させるのも手です。

 村を歩いていると、村人達が何やら騒いでいるのが聞こえてきます。
 話を聞いてみると、山の中に家畜泥棒の住処らしい場所を発見したため、青年団を集めているのだそうです。
 相手はどんな異常者か想像もつかないため、村人達はなるべく大勢で調べに行こうという考えなのです。人手は少しでも欲しいので、探索者が協力を申し出れば、 それは受け入れられます。腕力のありそうな探索者ならば、なおさらのことです。

 村人達に同行すると、山の奥深くにある朽ちかけた山小屋にたどり着きます。それまでの道のりは獣道程度のけわしい山道で、これまでこの山小屋が発見されな かったのもうなずけます。《ナビゲート》に成功すると、この山小屋は与都出神社に近い位置にあることがわかります。
 この山小屋が何の目的で建てられたのか、誰の所有なのか。村人は誰も知りません。《アイデア》に成功すると、その老朽化の具合からして人が来なくなって二十 年以上は経っているだろうことが推測できます。
 昼間であっても生い茂る木々によって日光は遮られ、山小屋のまわりは薄暗く、まるで何かが潜んでこちらを見つめているような気配さえ感じます。
 村の中では威勢の良かった村人達(山小屋まできたのは6人です)も、朽ちかけた山小屋を前にして口数は少なくなり、誰がその扉を開けるのか互いの表情を目で 探り合っています。もし、探索者がその役を買って出るのでしたら、一も二もなく賛成します。
 山小屋の窓は、窓ガラスのない木枠のみになっており、中をのぞくことは容易です。用心深い探索者が中の様子をうかがった場合は、後述の部屋の様子を先に伝え ても良いでしょう。
 扉のちょうつがいは腐食して無くなっており、扉は入口に立てかけてあるだけです。そのため、すぐに中に入ることが出来ます。
 小屋の床は土間になっており、腐りかけた木箱と、腐って木くずになってしまった薪、錆びて使い物にならないストーブがあります。どうやら材木伐採業者たち が、休憩所や物置として使用していた小屋のようです。
 床には無数のニワトリの羽が散乱しています。羽には血がついているものもたくさんあります。
 また、明らかに最近になって持ち込んだものらしい旅行カバンが、小屋の隅に置かれています。耶麻子が入院していた病院で作二と出会っている探索者は、《アイ デア》に成功すればその旅行カバンが作二が持っていたものであることがわかります。

 旅行カバンの中は、洗面具や下着など、ごくわずかな旅行道具の他には、古びた本とノートがあるだけです。古びた本は装丁は分厚く頑丈ですが、印刷は非常に粗 悪な英語で書かれた本です。パラパラとめくってみて《英語読み書き》に成功すれば、この本がオカルトに関するものであることがわかります。本のタイトルはフラ ンス語で「Cultes des Goules」と書かれてあります。探索者にはわからないことですが、この本はクトゥルフ神話に関する魔道書のひとつ「屍食教典儀」の英語版です。
 ノートの中には、古い地図のコピーが挟まっています。
 これらの資料の内容については、下記に明記します。

◆与都出作二のノート
 体系だった記録ではなく、作二がこれまで調査してきた文献や土地、そこで得られた情報などの覚え書き程度のノートです。
 ノートを30分ほど流し読みをして《日本語読み書き》に成功すれば、以下の情報が手に入り、作二は犬神憑きについて調査をしていたことがわかります。
 また、ノートを読んで《考古学》か《歴史》に成功した探索者は、作二は民俗学などに関する専門的教育を受けていたわけではないことがわかります。そのため、 ノートの記述も体系だっておらず、第三者にとってはいったい何を調べていたのか非常に理解しづらいものになっています。

 犬神憑きとは、犬神に取り憑かれた人のことではなく、犬神という妖怪のようなモノ(小さな犬のような姿や、細いイタチやネズミの姿をしていると言われます) を使役する一族の名称で、「犬神筋」「犬神統」とも呼ばれています。
 この犬神に取り憑かれると、人格が獣のように荒々しいものに変化したり、原因不明の高熱を出したり、足の病気にかかったりします。
 近世まで四国の徳島県、高知県、九州の大分県では犬神憑きの人々は忌み嫌われ、その家系とは縁組を結ばないなど差別因習が残っていました。
 この犬神憑きは人為的になることもできます。
 自分の飼っている犬を首だけ出して地中に埋め、餌を与えずに飢えた状態にしてから、その犬の目の前に肉を置くのです。当然、犬は肉を食べようとして顔を伸ば すので、そのときを見計らって「汝の魂を我に与えよ」と唱えてから、その首を叩き切るのです。
 すると犬の魂が自分に取り憑いて、犬神憑きになることができるというのです。

◆屍食教典儀(英語版)
 正気度喪失1D3/1D6
《クトゥルフ神話》+6%
 呪文倍数×2
 もともとはフランス語でしたが、1910年頃、イギリス人によって翻訳された訳本です。
 本を調べてみると、メモが挟まれているページがあります。メモには「犬神」「山の洞窟」「瘴気」といった単語が書かれてあります。
 この魔道書をすべてを読破するには、数ヶ月が必要ですが、メモが挟まれたページあたりを重点的に読むのでしたら、4時間をかけて《英語読み書き》に成功すれ ば、その内容を理解することは出来ます。英語辞書や翻訳ソフトなどの助けがあった場合、キーパーは判定にボーナスを与えても良いでしょう。
 その内容はカニバリズム(食人風習)に関する胸の悪くなるような記述ですが、その中に気になる一文を発見します。

 主に宗教的理由によって行われるカニバリズムであるが、その大きな理由のひとつに死んだ人間の肉を食べることで、その力を受け継ごうという考えから行われる ことがある。暗黒大陸アフリカでは、自分を人間以上の存在に変化させるための儀式として人肉を食することがある。
 山奥の洞窟に籠もり、大地からの気を体内に吸収し、獣のように生き血と生肉を喰らい続けるという。そうすることで、人間の精神に抑えられた獣性を高め、人間 としての精神力と、獣の肉体能力を兼ね備えた優れた存在へと変化することができるとされている。

 といった一文です。なお、この書物では、その存在のことをグールと呼んでいます。

◆白姫の古地図
 白姫近隣の古い地図のコピーです。大きな一枚の地図を、B4サイズの紙に何枚かにわけてコピーしたものです。
 地図を見て《歴史》に成功すれば、これが江戸時代中期、約300年前に描かれたものであることがわかります。
 白姫の詳しい地図と古地図を見比べながら、《ナビゲート》か《アイデア》に成功すれば、その古地図に描かれた場所のおおよその現在地がわかるようになりま す。
 村の形自体、ずいぶんと変わってしまってはいますが、与都出神社の位置だけはいまと同じです。ただし、この地図は古いものなので与津出神社のこと「四ツ手神 社」と表記してあります。
 また、与都出神社付近を注意して見ると、神社の裏山の山腹に「犬穴」と記された箇所を発見します。今の地図にはそのような名称の地名はありません。

14,耶麻子の実家

 耶麻子の実家である与都出神社は、山腹の森の中にひっそりと建つ、古びた神社です。
 村道の脇道にある石段を登ると、こぢんまりとした鳥居があり、その向こうが本殿となっています。鳥居と本殿の間は、二十メートルぐらいの玉砂利の広場があ り、右手には手を洗う水場があり、わき水をたたえています。本殿には古びた立て看板があり、与都出神社が奉る菊理媛についての説明書き(「9,文献による与都 出神社の調査」を参照)があります。
 一見したところ、ごく普通のあまり参拝客のいない寂れた神社といった感じです。
 本殿の裏側には、古い平屋建ての日本家屋があります。どうやらこの家が与都出家の人たちの住居のようです。あまりパッとしない本殿に比べると、自宅のほうは 古いながらもそこそこ立派な造りで、部屋数も多そうです。
 母屋から渡り廊下でつながれた離れもあります。離れの窓はすべて障子が閉められており、中の様子をうかがい知ることは出来ません。この離れには与都出琴子が 暮らしています。

 探索者が鳥居を越えてあたりを見まわしているところへ、玉砂利を静かにならしながら近づいてくる少女がいます。彼女は耶麻子の妹の、与都出羽矢子です。
 羽矢子は白装束に赤袴という、巫女装束に身を包んでいます。《アイデア》に成功すると、彼女の両手は袖の中に隠れて見えないことに気づきます。衣装の寸法が あっていないというわけではないので、わざと手を隠しているとも考えられます。羽矢子は探索者を鋭く冷たい目で見据え、一言「なんだ姉さんが帰ってきたのかと 思った」と呟きます。《心理学》に成功すると、その声はゾッとするほど冷淡なものであることを感じます。
 羽矢子の顔立ちは、耶麻子によく似ています。羽矢子が耶麻子ぐらいの年齢になったら、きっとそっくりになるだろうと予想できます。ただ、その雰囲気はまった く違います。耶麻子は落ち着いた女性でしたが、その内面には人を安らがせる暖かさをもった女性でした。一方、羽矢子のほうは、顔立ちは耶麻子に似て女性的で美 しいのですが、その表情は凍りついたように冷たく、近くにいると居心地が悪くなるような、そんな説明しづらい圧迫感を感じる少女です。
 彼女は探索者が自分たちが耶麻子の関係者であることを名乗るよりも先に「あなたたちは、姉さんの何なの?」と、いきなり尋ねます。
 羽矢子は探索者達に耶麻子の気配を、神話的能力によって感じ取っています。正確には、ガグ化した耶麻子の左腕の気配を、同じガグ化した右腕によって察知して いるのです。
 もし、探索者が耶麻子の腕を持っていなくても、腕が近くにやってきている気配は感じ取っているので、探索者が耶麻子と関係しているのだろう事は推測していま す。
 このときの羽矢子の心には、姉である耶麻子に対する恨みだけが渦巻いています。

 羽矢子の問いかけに正直に答えるかどうかは探索者次第ですが、すぐに叔母の庸子が探索者達のもとにやってきます。庸子は羽矢子の袖に隠された手をつかんで 「こんなところでなにをしてるの!」と、少し焦った様子で言います。そのとき《心理学》に成功した探索者は、羽矢子の手をつかんだ庸子が何かに動揺して、それ を必死に隠していることに気づきます。
 庸子は探索者達から羽矢子を自分の身体で隠すようにしてから、早く家に戻るように言います。羽矢子が何を隠そうとしているのか気にしている探索者は《目星》 ×2に成功すると、庸子が羽矢子の袂から白木の短刀を取り上げて、自分の服の下に隠そうとしているのが見えます。
 庸子は羽矢子を家に戻すと、厳しい顔で探索者達に対峙します。
 彼女はできれば探索者達をこのまま追い返したいと考えています。ただ、あまり気の強い性格では無いため、探索者が強引に話を聞こうとすれば、嫌々ながらも家 にあげてくれます。


15,与都出庸子との面会

 与都出家は外見からの想像通り、古い日本家屋の造りをしています。
 板張りの廊下に、障子戸、欄間などの細工は凝ったもので、見えないところにかなりお金をかけた家であることがわかります。ただ、若干老朽化が進んでおり、壁 などにはヒビなども少し見えます。
 探索者達は応接間に案内されます。掛け軸のかけられた床の間のある、純和風の応接間です。
 庸子は無愛想に探索者達にお茶を出すと、ここに来た目的を尋ねます。
 探索者が耶麻子に関することで来たと話せば、彼女は険しい顔で「耶麻子は神社を継ぐのを嫌って家出をしました。もうこの家とは関わり合いはありませんし、最 近、連絡が来たこともありません」とキッパリと答えます。これはおおむね事実なので、《心理学》などをしても彼女が嘘をついているようには見えません。
 何を話しても、与都出庸子は耶麻子のことは知らぬ存ぜぬの一点張りです。家出した理由についても、家の恥ですからと詳しくは話してくれません。ただ、耶麻子 に好意を持たれている探索者が、自分たちは恋人同士であるなどといったニュアンスのことを話した場合、いままで険しかった彼女の顔が少しほころびます。このと き《心理学》に成功すると、彼女は耶麻子のことを心底嫌っているわけでもなく、彼女の幸せを内心では喜んでいるのではないかと思います。
 彼女から得られる情報はそれほどありません。気は弱いですが、与都出神社の秘密をうっかり喋ってしまうほど迂闊でもありません。

 話が一通り済んだころ、突然、応接間の戸が開けられます。
 戸を開けたのは与都出富美です。彼女はお客がいることなど気にもしていない様子で、険しい表情で両手を突き出すと「庸子、包帯がほどけてしまったわ。はやく 直してちょうだい!」と怒鳴ります。富美の両手には、まるで火傷でもしたかのように白い包帯が巻かれており、素肌はまったく見えなくなっています。ただ、探索 者が見る限りは包帯がほどけているようには見えません。よくよく見ればほんの少しゆるんでいる程度なのですが、富美はそのことがとても気になるようで、お客が いる席だというのに、包帯を直すようにと庸子に執拗に迫ります。
 庸子のほうも、探索者よりも富美のほうが気がかりのようで、「もうお話はよろしいでしょうか」と、やんわりと探索者達に帰るように言います。これ以上、居座 るのはさすがに礼儀知らずという雰囲気です。
 席を辞した探索者は、家を出るときまで富美の「早く包帯を直してちょうだい!」という声を聞き続けます。その富美の態度を見て《精神分析》に成功した探索者 は、彼女が何かの強迫観念にとらわれていることがわかります。
 富美はすでに普通の人間の肉体に戻っていますが、長年、ガグに身体を取り憑かれていたため精神に異常をきたしています。

 この神社でのイベントを終了したあと、もし探索者が耶麻子の腕を持っていた場合、いつのまにかその腕は無くなってしまいます。どんなに大切に持っていたとし ても、それは神話的な力を使って忽然と消え失せてしまいます。
 腕は与都出神社が近くなったので、独自の活動を始めたのです。


16,離れへの潜入

 探索者は与都出家に与都出耶麻子の失踪の原因があると考え、与都出家の潜入しようと考えるかもしれません。
 白井満子の話を聞いていれば、離れに住んでいるらしい与都出神社の巫女と接触したいと考えるような、積極的な探索者もいるかもしれません。
 与都出家は神社の敷地内にあるので、高い塀や、特別に警備装置に守られているようなことはありません。その気になれば、簡単に離れへ近づくことは可能です。
 探索者が離れに近づくと、どんな時間であろうと与都出琴子は起きており、ガグの鋭敏な感覚によって探索者の気配を察知します。
 そして、障子越しに「どなたかはしりませんが、その障子をお開けになるのはおよしになったほうがよろしいですよ」と、丁寧な言葉遣いで探索者達に呼びかけま す。言葉遣いだけを聞けばとても上品なのですが、その声は低いガラガラ声で、言葉の途中にブーブーという筒に息を吹き込んでいるような音が混ざっています。そ の声を聞いて《医学》に成功すると、この中の人物は声帯を悪くしているのだろうと推測できます。
 探索者が障子を開けずに琴子に話を聞こうとした場合、意外にも、彼女は与都出神社の歴史や巫女の仕事などについては丁寧に答えてくれます。しかし、与都出神 社の巫女が辿る運命や、羽矢子、耶麻子のことになると、急に口が重くなります。
 探索者が羽矢子と知り合いであることを語ると、琴子はしばらく無言で考えたあと、羽矢子と親しくつきあってくれたことに感謝の言葉を述べて、これ以上は与都 出神社に関わらないほうが良いでしょうと話します。
 キーパーは頃合いを見計らって、与都出富美を登場させて、探索者を追い返させてください。富美は探索者と琴子の話し声に気づいて、長刀を持って様子を見に来 ます。
 彼女は探索者の姿を見ると、「与都出の巫女へ近づこうとする不届きものめっ!」と、奇声を上げて襲いかかります。その姿には鬼気迫るものがあり、一見して彼 女がまともではないことがわかります。ここは探索者は退くしかないでしょう。
 もし、探索者が富美を力尽くで彼女を押さえつけようとした場合は、庸子や羽矢子もやってきて、騒ぎはどんどん大きくなります。不法侵入の罪で訴えられたくな いのなら、さっさと逃げるしかないでしょう。

 もし、好奇心の強い探索者が離れの障子を開けてしまった場合、その探索者は琴子のおぞましい姿を見てしまいます。彼女の姿については「24,琴子との対面」 を参照してください。
 琴子は「見ないでください! 見ないでください!」と哀れな悲鳴を上げながら、探索者の目から逃るため離れを出ようとします。そして、その騒ぎを聞きつけて 与都出家の人間はみんな離れのほうにやってきます。
 もし、彼女たちに顔を見られた場合、今後の探索者の立場は非常にまずいものになるでしょう。


17,犬穴の探検

 与都出神社のある裏山に、隠されたように犬穴はあります。
 与都出家のものでさえ、百年以上も近づくものがいなかったため、道は完全に失われてしまっています。
 古地図を見て場所を知っている探索者ならば、3時間ほど山を探索して《ナビゲート》に成功すれば、穴を発見することができます。
 《ナビゲート》の判定の前に《追跡》に成功していれば、与都出作二が木々を切り払って歩いたあとを発見することができ、《ナビゲート》×2で判定することが 出来ます。
 犬穴に到着してみるとわかることですが、犬穴と与都出神社は意外と近い位置にあります。場所さえ憶えてしまえば、山の中を歩いて15分程度の距離です。

 犬穴は、岩盤の隙間に出来た自然の洞窟です。
 洞窟付近を調べて《目星》か《追跡》に成功すると、つい最近、この穴に出入りしている足跡をいくつも発見することができます。足跡は靴を履いたものと、裸足 のものが入り交じっています。足跡のサイズは成人男性ぐらいです。
 さらに《目星》に成功すると、洞窟の入口付近に白い鳥の羽を発見します。《生物学》で、これがニワトリの羽であることがわかります。
 与都出作二はこの犬穴から発せられる瘴気を浴びることでグールへと変身しようとしているのです。ただし、探索者が最初にやってきた時点では、犬穴を留守にし ています。

 洞窟の内部は真っ暗なため、照明器具が必要です。
 穴の天井の高さは入口は1m程度しかありませんが、中に入るとやや広くなっており大人でも腰をかがめれば歩ける程度の広さはあります。洞窟内は岩盤を補強し たあとなどが残っており、この洞窟が人の手が加わっていることがわかります。
《地質学》に成功すると、この洞窟は百年前ぐらいに一度崩れて、それを再度掘り返したものであることがわかります。
 百年以上も経過しているため、補強している材木等はすっかり朽ちており、かなり脆くなっています。特に入口近くにある大きな岩盤は微妙なバランスで支えられ ており、少し力を込めて動かせば崩れて、洞窟の入口を塞いでしまうことでしょう(これは後の伏線となるので、キーパーは忘れずに説明しておいてください)。
 その岩盤をよく見てみた場合、「千引岩(ちびきいわ)」と文字が彫り込まれているのに気づきます。《歴史》に成功すれば、千引岩とは黄泉平坂で伊邪那岐命が 伊邪那美命から逃れるために、黄泉と現世をわけるために置いた巨石の名前であることを知っています。過去に地震によって崩れた犬穴を掘り返した人々が、取り除 くに苦労したこの大岩を、まるで千引岩のようだと考え、その名を彫り込んだのです。
 犬穴の内部は水はけも悪く、じめじめしており、苔やカビなどが岩壁を覆っています。巨大なムカデや、得体の知れない地虫などがウヨウヨしています。洞窟内に は獣臭と、腐った水の匂いが充満しており、長くいると気分が悪くなりそうな洞窟です。《CON》×5に失敗した探索者は、洞窟内の空気が臭くて耐えきれなくな ります。それでも内部へ入ろうとするならば、激しい頭痛を感じて耐久力に1d3のダメージをうけます。
 洞窟は予想以上に長い距離があります。おおよそ50mも奥に入ったあたりで、探索者は足下にニワトリの死骸をいくつも発見します。どのニワトリも身体の一部 が食べられています。歯形などの特徴は、村の入口で見つけたニワトリの死骸と一致します。
 このニワトリを見た探索者は《POW》×5をします。失敗した探索者は、なぜかこの死骸に食欲を感じます。気味の悪い洞窟の中に転がる、ニワトリの死骸を見 て食欲が沸いて出るのには、探索者自身も奇妙に感じます。
 これはこの洞窟に満ちる空気が、人をグールへと変化させる性質を持っているため生じた効果です。
 ニワトリの死骸を越えると、洞窟は少し狭くなります。その狭くなった部分には、錆びてボロボロになった鉄の棒が立っています。以前は鉄格子のようになってい たようですが、かなり長い年月を経たため完全に腐食して崩れかけており、いまでは何の意味もなくなっています。折れた鉄格子の間を入れば、さらに中へと進むこ とは出来ます。

 鉄格子の奥は、すぐに行き止まりになっており、小さな空間になっています。
 行き止まりの空間は、まともに息を吸うのも辛いほど強い匂いが満ちています。血、腐肉、排泄物、汚水など、いろいろな汚臭が混ざり合って、これまで感じたこ との無いような不快な匂いとなっています。

 地面を調べてみて《目星》に成功すると、小さな骨の欠片を発見します。かなり古いもののようで《医学》か《考古学》に成功すれば、地中に埋もれて少なくとも 200年は経過している骨であることがわかります。《生物学》か《考古学》か《人類学》に成功すると、これが人間のかかとの骨によく似ていることがわかりま す。このとき1/5で成功している探索者は、この骨は人間のかかとの骨とよく似てはいますが、微妙にその形が違うことがわかります。そして、これが人間とは違 う、人間サイズの類人猿の骨であると推測できます。

 洞窟の奥をよく調べてみれば、わずかに洞窟の岩の間に隙間があることに気づきます。しかし、その先がどうなっているのかはまったくわかりませんし、岩を動か すことも不可能です。ただし、その洞窟の奥からかすかに流れ出てくる空気の臭いを嗅いだ探索者が《幸運》に成功すると、ここから先は人間の立ち入る世界ではな いことを本能的に察知します。
 この先に続く世界は、人が目覚めたまま立ち入ることのできないドリームランドなのです。

 洞窟内には外についていたような足跡が多数あります。誰かがこの洞窟に頻繁に出入りをしていたことは間違いないようです。


18,羽矢子の秘密

 タイミングを見計らって、探索者と羽矢子を再度対面させてください。場所は出来れば与都出神社の近辺が良いでしょう。
 探索者が何らかの理由で神社を再訪問しようとしたとき、石段の下でばったり出会うといった展開が好ましいです。
 このイベントを発生される前に、キーパーは耶麻子の腕が無くなってしまったイベントを発生させることを忘れないでください。

 羽矢子は初対面のときと同じように、巫女装束を着ています。彼女は探索者を見つけると、「いらっしゃい!」と、何か嬉しいことでもあったのか、この前とは うってかわった明るい表情で微笑みかけます。
 もし、探索者が彼女の手に注意を払った場合、彼女はどんなときでも右手を袖から出すことはありません。また、左の袂の部分が何か重い物を入れているかのよう に膨れているのにも気づきます。
 羽矢子は「この前はおばさんが失礼なことを言わなかった? ○○さん(これまで探索者が噂話などを収拾した村人の名前)から聞いたんだけど、ウチの神社のこ とを調べているんでしょ。よかったら、私が案内をしてあげようか?」と、その年頃に相応しい口調で語りかけてきます。
 探索者が同意するよりも早く、羽矢子は飛び跳ねるように石段を登って、探索者にも早く登るように急かします。
 鳥居を越えると、まず羽矢子は本殿越しに見える白山を手の平を上にして指し示して(指差したりはしません)「あそこに見えるのが、白山様よ。白山、富士山、 立山のみっつの山は日本三名山て言われているの。いまは夏だから雪は積もっていないけど、秋頃になると真っ先に白山は名前の通り白く姿を変えるわ。スキーの好 きな人はその頃になると楽しそうだけど、私は雪景色を見ると、なんだか寒くなってくるからあまり好きではないの」と笑いながら言います。
 その後、水場で手を濯ぎながら「毎朝、この水で顔と手を洗うの。白山からの恵みっていうけど、真冬なんて風邪ひいちゃいそうよ」と説明します。そして、突 然、近くにいた探索者にふざけてひしゃくで水をかけます。羽矢子は水に濡れた探索者の姿を見ておもしろそうに笑います。探索者が文句を言うと「これからとても すごいものを見せてあげる。そのためにはちゃんと身を清めてもらわなきゃ」と笑いながら言って、さらにひしゃくで水をかけようとします。
 ひとしきり水場で遊んだあと、羽矢子は探索者達を本殿へと案内します。
 本殿はとても小さく、部屋はひとつきりしかありません。羽矢子はパタパタと本殿にあがると、正面の格子戸を開けようとします。普通、この中には御神体などが 奉られているはずです。《知識》か《歴史》に成功すると、きちんとした礼もせずに本殿にあがったり、御神体を簡単に人に見せようとする羽矢子の行動は巫女らし くないことがわかります。
 格子戸を開けると、羽矢子は中から白木の木箱を持ってきます。木箱は古びて黄色くなった紙によって封がされています。これまで開けた形跡はどこにもありませ ん。羽矢子は「この神社のことが知りたかったら、これを開けてみるといいわ」と、その箱を無造作に探索者に手渡します。箱にはだいぶかすれてしまってはいます が、墨で「大星之男神」と書かれてあるのが読めます。
 この箱を開けるかどうかは、探索者の判断に任されます。
 開けなかった場合は、羽矢子が自ら箱を開けます。

◆箱の中身
 箱の中には、綿にくるまれた頭蓋骨が入っています。
 頭蓋骨のサイズは人間のものと同じぐらいですが、形はだいぶ違います。鼻面が長く、口が大きく前に突き出たようになっています。歯も鋭く長い、肉食獣の牙の ようなものが並んでいます。一見すると、巨大な犬か、ヒヒの頭蓋骨かとも思えます。この頭蓋骨を見て《生物学》か《人類学》か《考古学》に成功すると、脊髄の 位置の特徴などから、この生物が人間に非常に近い体型をしていたことが推測できます。このような生物はこれまで発見されたことはありません。この事実に気づい た探索者は、0/1d3正気度ポイントを失います。
 この頭蓋骨は大星乃男神であるグールのものです。グールが死んだのち、その頭蓋骨をここに御神体と奉っていたのです。
 探索者が箱の中身を見ると、羽矢子は「それが大星之男神の正体なのね。まるでバケモノ……でも、この神社の御神体にはピッタリだわ」とコロコロと楽しげに笑 います。
 このとき、《目星》に成功した探索者は、彼女の隠された右手が震えているのに気づきます。そのことに気づいた探索者が《精神分析》に成功した場合、彼女自身 は自分の右手が震えていることに気づいていないことがわかります。

 箱を開くか開かないかに関わらず、羽矢子ははしゃぎ疲れたように「ああ、こんなによその人と喋ったのは久しぶり。最近、ずっと家に閉じこもっていたから」 と、大きく伸びをします。
 探索者が彼女の上機嫌ぶりに対して、この前会ったときとどういった心境の変化なのか、そのあたりを尋ねた場合、「ホント、今日はいい気分。だって、いなく なってしまった姉さんが帰ってきてくれたから」と答えます。さすがにこの言葉には探索者も反応することでしょう。すると、羽矢子はそんな探索者の戸惑い顔をさ も楽しそうに見つめて「ホント、今日はいい日だわ。こんな変わり果てた姉さんの姿を見ることが出来るなんて。みんなも見る?」といって、袂から耶麻子の腕を取 り出して、愛おしそうに頬ずりをします。
 このとき、羽矢子はいままで決して外に出すことの無かった左手を袂から出します。その手は包帯が巻かれていて、地肌はすべて隠されています。
 この羽矢子の異常な行動を見た探索者は、1/1d3正気度ポイントを失います。
 やがて羽矢子の表情は、これまでの明るい少女のものから、凍りついたような無表情へと変化していきます。
「大好きだった父さんは、お籠もりを始めた母さんを嫌っていなくなった。神社を継ぐはずだった姉さんも、途中でお籠もりすることが嫌になってどこかに行ってし まった。私だけが、お籠もりをする母さんと一緒にここに残されたのよ。姉さんの代わりに、私が神社を継ぐの。お籠もりをして、みんなに嫌われて、たったひとり で歳を取っていくの。
 でも、よかった……姉さんだって幸せにはなれなかったんだ。
 あたりまえだよね……姉さんのせいで、私はこんな目にあわされたんだもの。姉さんだけが幸せになれるはず無いよね……そうなんでしょ、○○さん(耶麻子に好 意を持たれている探索者の名前)。姉さんは幸せなんかじゃなかったわよね?」

 ここで探索者が羽矢子に優しい言葉をかけるなどすれば、彼女の凍りついた表情にわずかな変化が生まれます。羽矢子が探索者に対して心を開くかどうかは、探索 者の行動とキーパーの判断に任されます。
 彼女の言動を見て《精神分析》に成功すると、彼女は思春期の時期に父親が失踪をしてしまったため、ファーザーコンプレックスに陥っているのではないかと推測 できます。よって、羽矢子をなだめるには父親の存在をうまく利用することが有効であることがわかります。
 ただし、探索者が耶麻子は「幸せに暮らしていた」といった内容のことを話すと、彼女は激昂して耶麻子の腕を探索者に投げつけて、その場から駆け去ります。彼 女の心を開くには、探索者は別のアプローチのしかたを考えるしかないでしょう。

 探索者が羽矢子をなだめることに成功した場合、彼女は少し嬉しそうな顔をしますが、すぐにその顔を曇らせ、憎しみを込めた目で探索者を見つめます。そして、 自分の包帯が巻かれた右手を突きだして「あなたは、これを見せられても、まだ私に優しい言葉をかけられる? 父さんはこれを嫌って家を出てしまった。当たり前 よね……誰だって、こんなものを見れば逃げ出したくなるものね……」と言って、包帯をほどきます。包帯の下の手はなんと肘のあたりから二股に分かれ、手が二本 になっています。二本目の手は細くウロコのようなものが生えて、指には鋭い爪が生えています。
 羽矢子の手を見た探索者は、正気度1/1d4気度ポイントを失います。
「これが与都出の巫女が籠もる理由よ。与都出の巫女はだんだんと化け物になっていくの。姉さんはそれが嫌で家を逃げ出した。だから、私が巫女の役を継がなけれ ばならなかった。父さんは、私を連れて行ってくれなかったから! 父さんは、私を置いていってしまったから!」
 羽矢子はそう言って、自分の右手を抱き締めて泣き崩れます。
 探索者が羽矢子の右手を恐れることなく、優しい言葉をかけてやれば彼女の閉じた心を完全に開かせることが可能です。
 ここは探索者に気の利いた台詞を期待したいところです。
 ファーザーコンプレックスである彼女には、父親が羽矢子を捨てて逃げ出したというわけではないことを告げるなどが効果的です。また、父親のような頼りがいの ある態度で接するのも良いでしょう。

 このイベントの目的は、探索者の探索の動機付けに、耶麻子の捜索のみではなく、与都出家の因習を断ち切ることを追加するためのものです。なにしろ、肝心の耶 麻子は白姫にはいないのですから、そのことを感じ始めた探索者が、与都出神社に関わることに疑問を感じ始める可能性はおおいにあります。そのために、探索者に 与都出神社へ関わり続けるための動機付けを強化しなければならないのです。
 キーパーは羽矢子の心の傷を演出することで、探索者が彼女への同情をするように煽ってください。


19,羽矢子からの情報

 一度、探索者に気を許した羽矢子は、これまでとはまったく感じの違った少女へと変化します。これまでの誰も寄せ付けない冷淡な雰囲気から一転して、気を許し た探索者に対しては、どことなく甘えた感じの物言いをするように変化するのです。《心理学》で、彼女は探索者に父親役を求めているのだということが理解できま す。
 こうなった羽矢子は、探索者にとってよき協力者となります。
 しかし、羽矢子の知っている情報はそれほどありません。せいぜい、巫女を引き継ぐために寝るときは、琴子の部屋で一緒に眠っているといったことぐらいでしょ う。
 羽矢子は琴子のことを尋ねられると、さすがに口が重くなります。彼女は自分の母親がどのような姿になっているのか、薄々ですが感づいています(たとえ家族で あっても、与都出神社の巫女はガグ化した自分の姿を見せることはありませんが、一緒に寝ていればおのずと察することは出来ます)。彼女は母親のことを憎んでい るわけではない(むしろ、哀れんでいます)ので、その母が怪物の姿になっているなどということを積極的に話したりはしません。

 作二のことを尋ねられれば、彼女は父親が家出をする前によく読んでいた本を持っていると言います。
 その本は神社の物置にしまわれていた古い本で、文体が古すぎて羽矢子には何が書いてあるかは理解できなかったそうです。しかし、羽矢子にとっては父が大事に していた本は、大切な宝物だったのです。以下が、その本に関する情報です。

◆白山古伝承録
 明治の初期に書かれた、白山周辺の地域の伝承に関する本です。まだ、与都出神社が白山信仰に取り込まれたばかりの頃の本であるため、いまは誰もが忘れ去って しまった多くのことが書かれてあります。
 古びた和紙を紐で綴じた、いかにも時代を経てきたような本です。あまり保存状態が良くなかったようで、いたるところに虫食いや、染みがあります。
 その中に古い時代の白姫について書かれたものもあります。文体や漢字が明治時代のもののため非常に読みづらいものですが、白姫に関して書かれた部分だけを読 むのでしたら2時間をかけて《日本語読み書き》に成功すれば、その内容を理解することが出来ます。この本をすべて読もうとするのならば、最低でも四日はかかる でしょう。
 以下のものは、その内容を現代文に直したものです。

 与都出神社付近で奉られていた神が、以前は菊理媛以外の神であったことは間違いない。
 そんな土着信仰が、やがて白姫が白山の麓という白山信仰の盛んな土地であった影響によって変化し、やがては菊理媛を主神として奉るようになったと思われる。
 その土着信仰の巫女は託宣に秀でていたという記述もあり、もともと菊理媛との共通点(菊理媛も託宣の神である)も多かったことも原因のひとつだろう。
 過去、与都出神社でどのような神が奉られていたかは不明だが、白山信仰に取り込まれてもなお変わることの無かった「与都出」という言葉が、その重要な手がか りのひとつであろう。
 また、菊理媛と並んで与都出神社で信仰されている謎多き神である大星之男神は、いまでは神格として崇められているが、もともとはこの地方に実在していた一族 か役職の名であることも推測できる。いまは大星之男神と呼ばれているが、もともとの呼び名は犬神である。犬の文字から、点(星)を分離して、大星と言い換えた のだ。
 彼らは与都出神社と強いつながりを持ち、その神事において大切な役割を担っていたらしい。しかし、この一族はやがて姿を消してしまい、その名残として神格と して奉られるようになったようだ。
 菊理媛は大星之男神をたいへん嫌っていたという伝承は数多い。
 もっとも広く伝えられているものは、菊理媛が人間に降りようとするのを邪魔をするという逸話である。大星之男神を嫌う菊理媛は、その神がやってくると、あわ てて巫女から抜け出て神の国へと帰ってしまうのだ。巫女ではなく花嫁であるとか、犬に化けた大星之男神が巫女を夜這いするといった、様々なバリエーションの逸 話が伝えられているが、人間に憑依した菊理媛が大星之男神の出現によって、巫女から去っていくというパターンは同じである。
 なお、この謎多き大星之男神と接することができるのは与都出神社の人間に限られている。それは大星之男神がたいへんに扱いづらい荒神であり、その名を唱える ことすら禍を呼ぶとして、その名をわざわざ大星之男神などと言い換えたという話からも、それはうかがえる。白山の主神である菊理媛が嫌う神を、なぜ与都出神社 で奉ろうとしたのか、その理由は定かではない。しかしながら、このことは与都出神社にとっては大星之男神がよほど大切な神であったことを立証するひとつの証拠 であろう。
 もしかすると、犬神という存在は、日本に広く伝わる犬神憑きに関係するものなのかもしれない。となれば、犬神の一族が消えたのも、村人たちの排斥による結果 であるとも考えられるだろう。

 この本は、与都出神社の秘密を探る大きな手がかりとなることでしょう。
 また、キーパーはこれまで探索者の不手際(技能の失敗など)で入手できなかった情報などを、羽矢子の口から語らせても良いでしょう。
 彼女の知っていることは、だいたいこの程度です。
 ここで羽矢子の心を開いておくことは、今後、彼女と耶麻子を再会させる際に大変役立つこととなるでしょう。


20,与都出作二との邂逅

 山小屋や犬穴に出入りしている人物をつきとめるため、探索者は山小屋や犬穴付近で待ち伏せるかもしれません。探索者が物陰に隠れようと考えるのでしたら、山 小屋や洞窟付近には隠れる場所はたくさんあります。このときキーパーは探索者が《隠れる》に成功しているか、ダイスを隠して判定しておいてください。
 探索者が身を隠す方法を巧妙に考えているのでしたら、判定にボーナスをあたえてもよいでしょう。
 山小屋や洞窟の内と外とで二手に分かれて挟み撃ちにするといった方法は、とても有効な作戦です。

 深夜になると、山小屋や犬穴(探索者が待ち伏せしているほう)に何者かが近づいてくる足音が聞こえてきます。キーパーはその場に隠れていながら《隠れる》に 失敗している探索者の回数だけ作二の《目星》を判定してください。《隠れる》に成功している探索者については《目星》をする必要はありません。
 探索者が隠れていることに気づくと、作二はすぐに逃げだそうとします。
 探索者が声をかけた場合も同様です。作二はいまの姿を人に見せたくないと考えているので、なりふり構わず逃げだそうとします。
 山の中は真っ暗のためはっきりと姿はわかりませんが、一見したところは普通の成人男性に見えます。
 追いかける場合は《DEX》の対抗ロールかになります。対抗ロールに二度連続で成功すれば、距離を詰めて足止めをすることができます。二度連続失敗した場合 は、距離を離されて見失ってしまいます。一度しか成功しなかった場合は、追いつけないまま追跡を続けていることになります。
 なお、一度見失っても、《追跡》1/2に成功すれば、その足取りを追うことが可能です。

 作二は探索者に追いつかれると、「頼む、見逃してくれ!」と叫びます。作二は探索者のことを家畜泥棒の罪で自分を捕まえに来た、村人か警察だと勘違いしてい るのです。
 懐中電灯などで作二を照らすと、その姿は実にみすぼらしい格好をしています。汗と垢で汚れたうえ、藪にでもひっかけたのかボロボロになった衣服。髭は伸び放 題で、髪もぼさぼさです。足は素足で、体臭はまるで獣のようです。ただ、このような姿に身をやつしていても、その目には強い意志を感じさせる眼光を失っていま せん。
 作二は往生際悪く、なんとか隙を見て逃げ出そうとします。彼を制止するには、力で押さえつけるしかないでしょう。彼は腕力のほうはたいしたことがないので、 押さえつけることは簡単です。
 しかし、作二は押さえつけられそうになると、いきなり探索者の腕に噛みつきます。そして、いままでとはまったく違うものすごい力で探索者を振り払います。
 その作二の姿は、さっきまでとはまるで違う印象を受けます。口元からは探索者の血をしたたらせ、犬のようなうなり声をあげ、獣のような目でこちらを見つめて います。その姿を見て《精神分析》に成功すれば、彼が一時的な錯乱状態におちいっていることがわかります。
 探索者と作二がお互いにらみ合いを続けていると、唐突に緊張感をそぐような明るい携帯電話の着信音が鳴り響きます。
 すると、作二は怯えるように携帯電話を投げ捨て、その場を逃げ出します。その動きはまるで猿と犬をあわせたような人間離れしたもので、とても探索者には追い つくことはできません。

 作二が投げ捨てたあとも携帯電話は鳴り続けます。
 電話に出ると、相手はなんと与都出耶麻子です。最初、彼女は電話に出た探索者のことを作二と勘違いして「父さん? 私、耶麻子よ」と話しかけます。
 彼女は自分の右手に追いかけられた恐怖から逃れるため、しばらくあちこちのホテルなどを点々としていたのですが、ようやく与都出家の秘密と向き合う必要性を 感じて、父親である作二に連絡を取ろうとしたのです。
 耶麻子は「どうして(探索者の名前)が? 父さんはどうかしたんですか?」と、あわてた口調で尋ねます。探索者はこれまでの経緯を説明する必要があるでしょ う。
 自分を探すために白姫まで赴いてくれた探索者に対し、耶麻子は深く感激します。そして、感謝と謝罪の言葉を述べ、すぐに自分もそちらに向かって、与都出家に 続いてきた忌まわしい風習と対決するつもりであると言います。


21,耶麻子との再会

 耶麻子はすぐにタクシーを飛ばして白姫へとやってきます。
 彼女はいったい作二がなにをしようとしているのかが気がかりでしょうがありません。そのことについて探索者の話を聞きたがります。
 もし、この時点でプレイヤーが作二の思惑(大星之男神=グールとなろうとしていること)に気づいていなく、その結論へ辿り着くこともできなさそうそうでした ら、耶麻子の口から助言をしてもよいでしょう。

 耶麻子は羽矢子が巫女を引き継いでいることを知りません。自分が継がねば、与都出神社の巫女は廃れると思っていたからです。
 羽矢子の腕が怪物のように変化していることを聞くと、真っ青になって「私のせいだわ……そんな思いをするのは、私だけでよかったのに……私が逃げ出してし まったから……」とむせび泣きます。

 探索者たちにとっては気の重いことですが、いずれは耶麻子と羽矢子を対面させることになるでしょう。この姉妹の対面は、シナリオ中盤の山場ですので、キー パーは姉妹の互いに対する感情をプレイヤーによく伝えて、どのように立ち回れば穏便に二人を対面させることができるか頭を悩ませてもらいましょう。
 現在、耶麻子は羽矢子が自分の身代わりに巫女を継いだことを知って、彼女に強い引け目を感じています。
 羽矢子のほうは、一人で神社を逃げ出し、自分に巫女役を押しつけた耶麻子に対して、強い憎しみを持っていました。ですが、「18,羽矢子の秘密」のイベント で彼女に心を開かせることに成功している探索者ならば、彼女の憎しみに満ちた心を癒すことは可能です。
 耶麻子は与都出神社の巫女を羽矢子に押しつけたわけではなく、彼女は自分の代わりに妹である羽矢子が巫女を継いでいることすら知らなかったという事実を告げ るのが一番効果的でしょう。また、作二が家出したのは、耶麻子を助けるだけではなく、与都出家の因習を断ち切る方法を探しに出かけていた(つまりは羽矢子のこ とも助けようとしていた)ことを伝えるのも良いでしょう。
 羽矢子は耶麻子の失われた左腕を見ると、姉も自分同様に悩み苦しんでいたのだと悟り、長年の恨みを水に流します。


22,たとえ獣に身をやつしても

 探索者はなんとしてでも、もう一度、作二と話をしなければならないと考えるでしょう。
 作二と接触する方法は、再度、犬穴や山小屋、もしくは養鶏場などで待ち伏せをするといった方法が一番簡単です。他に探索者が良い作戦を思いついたのならば、 キーパーは積極的にその方法を採用してあげましょう。

 なんらかの方法で作二と再開した探索者は、以前よりも作二がやつれた顔をしているのに気づきます。肌はカサカサに乾いてホコリにまみれ、目は落ちくぼみ、ま るで死ぬ間際の病人のような無惨な姿です。
 彼はまるで何日も飲まず食わずでいたかのような、そんな切迫した表情で「20,与都出作二との邂逅」のイベントで腕を噛みついた探索者に対して語りかけま す。
「動物の肉ではダメなんだ……いくら生き血をすすり、いくらその肉を喰らったところで、最後の一線は越えられない。
 あのとき、君の腕を噛んだときにわかった……必要なのは……私に必要なのは……人間の血肉なんだっ!」
 そう言って、作二は前に腕を噛んだ探索者を狙って襲いかかります。
 これからの展開は探索者の行動によって変化します。その行動によっては、エンディングが大きく変化することもあるでしょう。

◆作二を拘束する
 これが一番ありうる展開でしょう。
 まともに調査をしていれば、作二が与都出家を救うためにグールになろうとしているのではないかと推測できるはずです。そんな彼から話を聞きたいと思う探索者 は多いはずです。
 拘束する手段はいくつもあります。ルール的にはノックアウト攻撃か《グラップル》が有効でしょう。
 作二は耐久力が半分になると、それ以上、戦いを続けることはせずに、力無くその場にへたり込みます。自分が死んでしまってはなんの意味もないからです。
 拘束されるか、戦闘意思を失った作二は、探索者の質問に対して素直に答えるようになります。キーパーは「6,与都出家の秘密」を参照して、彼の真意を語らせ てください。
 作二はグールになりそこねた自分の意気地のなさを呪います。しかし、それこそが人間に必要な理性でもあるのです。
 人間の血肉を喰らい、グールになってまで目的を達しようとすることが、本当に正しいのかと問われれば、作二にもそれが与都出神社の因習以上に忌まわしい行為 であることは理解しています。
 ここで探索者が別の解決方法を探そうと提案すれば、作二はそれに同意します。

◆作二に血肉を与える
 覚悟を決めた探索者が、自分の血肉を作二に与えるという選択をすることもあり得るでしょう。作二も命までは奪おうとはしません。一口の人間の血肉が、彼を人 間からグールへと変容させるきっかけとなるのです。
 探索者が自らの腕などを差し出して食べるようにうながせば、作二は怯えたような顔をしながらも、その腕に噛みつき肉を引きちぎります。その探索者は耐久力に 1d6のダメージを受けます。また、傷口からは大量の出血を続けるため、すぐに《応急手当》か《医学》で止血をする必要があります。判定は何度でも挑戦できま すが、止血に失敗するたびに耐久力に1ポイントのダメージを受け続けます。
 機転の利く探索者ならば、耶麻子の腕を作二に食べさせるかもしれません。その場合、探索者の腕を食べたときと同様の展開になります。
 人間の血肉を食した作二は、みるみるうちに人間からグールの姿へと変貌していきます。骨格は太くなり、筋肉はたくましく盛り上がり、猫背となっていきます。 頭髪は抜け落ち、耳は後ろのほうに移動して大きく伸びいていきます。口は犬のように突きだして鼻面は伸び、異常に伸びた犬歯が口の端から顔を出します。皮膚は ゴムのように筋肉に張り付いて、人間らしさはまったく失われていきます。この変化を見た探索者は、1/1d6正気度ポイントを失います。
 グールとなった作二は、すぐに与都出神社へと向かいます。彼の人間としての理性は、こうしている間にも失われていっているのです。自分の精神が完全にグール と化す前に、与都出神社の因習を断ち切ろうと考えているのです。

◆作二を殺す
 襲ってくる作二を殺してしまった場合は、与都出家の忌まわしい因習を断ち切ろうとする作二の努力はすべて無に帰すことになります。
 そして、探索者は殺人犯として警察に追われることになり、耶麻子と羽矢子からは強く恨まれることになるでしょう。
 シナリオはバッドエンドを迎え、正気度の獲得はありません。
 ただし、探索者が作二の意思を継ぐことは可能です。その探索者にグールとなる覚悟があればですが……


23,琴子との対面

 この項では、グール化しなかった作二と一緒に与都出神社へ赴いたときの展開について説明します。
 キーパーはこのイベントが夜に発生するようにシナリオ時間を調整してください。
 3年ぶりに家に戻ってきたかと思えば、まるで浮浪者のようにすっかりやつれはててしまった作二に対して、与都出家の人々は驚いた顔をするばかりです。
 娘たちは作二に対してなんと言えばいいのかわからないといった調子ですが、庸子はずっと家を留守にしていた作二に対して怒りをあらわにします。
 しかし、作二は一言だけ「琴子に会いたい」と言って、ずかずかと家へ上がり込んでいきます。そして、探索者達に「すまないが、私がしようとしていたことをみ んな説明してあげてほしい」と言います。
 作二の迫力に庸子達は言葉を失い、探索者達からの説明を求めます。
 キーパーは、この機会に今回の事件の真相についてプレイヤー達にまとめさせてください。不足した情報や、あまりはっきりしていない情報については、庸子達か ら補完させても構いません。
 今後はクライマックスまでノンストップで展開するので、これが事件の謎をゆっくりと考えられる最後のチャンスです。

 プレイヤー達がだいたいシナリオの真相を理解したころを見計らって、探索者は次のイベントを発生させてください。
 琴子のいる離れのほうから、女性のものらしい悲鳴が聞こえてきます。
 庸子はその声を聞いて「姉さんの声だわ!」と青ざめた顔で叫んで、離れへ向かおうとします。探索者もそのあとに続くことでしょう。
 渡り廊下を抜けると、半分ほど開けられた木戸の前に困惑した顔の作二が立っています。
 探索者達が来ると、作二は「中を見るな!」と制しますが、それを無視して中の様子を見ることは可能です。庸子は琴子のただならぬ様子が気がかりなため、作二 を押しのけて中の様子を見ようとします。

 離れの部屋は、落ち着いた日本家屋の寝室といった感じです。
 部屋を半分に区切るほどの大きな屏風が置かれており、その向こうには布団が敷かれてあります。
 屏風の向こうからは女性のうめき声と一緒に、管を空気が吹き抜けるときのようなブゥブゥという音がかすかに聞こえてきます。
 庸子は屏風の向こう側へ行こうとしますが、作二は「危ない」と言って、その腕をつかみます。
 すると、屏風の上に手がかけられます。それは白い肌をした女性の手です。その手にはどこにもおかしなところはありません。手は屏風を力一杯握りしめ、押し倒 します。
 屏風が倒れたことで、その向こう側にいるモノの姿は露わにされます。耶麻子は、その姿に思わず目をそらします。
「白い和服の寝間着を着た女性に見えた。ただ、そう見えたのは、最初に見えたのが長い髪と、白く細い腕だったからだ。だが、その女性の首筋には、魚とは違った ゴツゴツと堅そうな鱗が生え、足はまるでニワトリの足のような形をしていた。いったい、目の前にいるものがなんなのか、それすらあなたには理解することは出来 なかった。ただ、その背中には深い悲しみを感じ、その異形の姿からは強い悪意を感じた。直感的に、その存在が不自然であり、いびつであり、尋常ならざるもので あり、忌まわしいものであることが察知できた。それはうつむいていた顔に当たる部分をあげると、ゆっくりとふり返った。その時、あなたがそれまでに感じていた 感情は、すべて破壊され、たったひとつの感情……恐怖のみが心を支配した。彼女の顔には大きな口があり、それは横ではなく、彼女の眉間からアゴの下にかけて、 縦に裂けていたのだ……」
 そのおぞましい姿を見た探索者は、1/1d6正気度ポイントを失います。
 琴子は身の毛もよだつような悲鳴を上げながら、苦しげに身もだえを続けます。家族たちはなすすべもなくその様子を見守るだけです。《目星》に成功した探索者 は、琴子が身体を動かすたびに残像のようにウロコに覆われた身体が二重になって見えることに気づきます。まるで琴子の身体から、別の何かが出てこようとしてい るかのようです。
 これはガグが作二にグールに近いものを感じて、混乱をしているために起きている現象です。あと一押しで、ガグを琴子の身体から追い出せるのです。
 作二は「不完全ながらも、私は大星之男神となったようだ。あと一押し……あと一押しで菊理媛を琴子の身体から追い出すことが出来るというのに……」と悔しげ に呟きます。
 作二の求める一押しとは、与都出神社の御神体であるグールの頭蓋骨です。
 できれば、このことは探索者が独自に気づいてもらいたいところですが、どうしても思いつきそうにない場合は、作二を使って誘導をしてください
「もっとはっきりと大星之男神を現わすものがあれば……」などと言わせれば、探索者も大星之男神の頭蓋骨が、ガグに対して効果を発するのではないかと推測でき るでしょう。それでも探索者が気づかない場合、焦った作二は再び人間の血肉を求め、グールとなろうと試みます(その後の展開は「24,大星之男神の復活」を参 照してください)。
 グールの頭蓋骨を琴子に突きつけると、風鳴りのような大音響と共に、離れの天井がメキメキと音を立てて、奇妙なことに上にめくれあがっていきます。
 天井が崩れだし、なぜか畳は床下へとめり込んでいきます。
 このとき《POW》×5に成功した探索者は、さきほどの大音響がしたとき琴子の身体からぼんやりとした巨人が抜け出て、部屋を突き破ろうとしているのを、目 ではなく感覚で察知します。
 離れが倒壊を始めている最中、何を思ったのか作二は雄叫びをあげながら部屋に飛び込んでいきます。
 作二のあとを追うのは危険です。いまは離れから逃げ出すことが先決です。しかし、部屋には琴子が残されています。いつのまにか琴子の姿は普通の中年女性に 戻っています。耶麻子と羽矢子は母親を助けようと離れに飛び込もうとしますが、それはとても危険な行為です。探索者が代わって琴子を助けようとするのは可能で す。
 その場合、《DEX》8と《STR》13の抵抗ロールをする必要があります。《DEX》の抵抗ロールは倒壊するよりも早くに琴子のもとにたどり着くための判 定です。これに成功した探索者は、続いて《STR》の抵抗ロールに挑戦することができます。失敗した探索者は、崩れる建材に阻まれて先へ進むことは出来ませ ん。
 続いての《STR》の抵抗ロールは、琴子を運び出すため判定です。これは二人まで協力が可能で、その場合は探索者の《STR》を単純に足した数値で、どちら かの探索者が代表して一回だけ判定を行います。この判定に失敗した場合、建材が探索者の真上に落下してきて耐久力に1d4のダメージを受けます。ダメージを受 けても探索者が行動可能ならば、再び《STR》抵抗ロールに挑戦することができます。
 二度の抵抗ロールに成功すれば、琴子を倒壊する離れから無事に救い出すことができます。
 探索者が琴子を助けようとしない場合は、耶麻子と羽矢子の二人が母親を助けようとするので、彼女達の能力値を参考にキーパーが判定をしてください。


24,大星之男神の復活

 この項では、グール化した作二が与都出神社へ向かった場合の展開について説明します。
 キーパーはこのイベントが夜に発生するようにシナリオ時間を調整してください。
 グールとなった作二は、すぐに離れへと向かい、琴子に取り憑いているガグを追い払おうとします。
 探索者が与都出神社へ到着すると(グール化した作二のあとを追えば、与都出神社に向かっていることはすぐにわかります)、離れのほうから悲鳴が聞こえます。
 あとの展開は「23,琴子との対面」とよく似ています。
 ただ、作二が完全にグール化しているため、ガグはすぐに琴子の身体から逃げ出そうとします。作二はガグを追いかけるので、探索者はやはり琴子を助けるため 《DEX》8と《STR》13の抵抗ロールをする必要があります。


25,ガグの逃走

 倒壊する離れから脱出すると、探索者は月明かりに照らされたガグの姿を目撃します。キーパーは改訂版ルールブックの113ページにある「幻夢境カダスを求め て」のガグに関する一文を読み上げてください。
 ガグの姿を見た探索者は、0/1d8正気度ポイントを失います。
 このガグには両手がなく、身体も半透明に透けています。ガグは作二(あとグールの頭蓋骨)に怯えるように与都出神社の裏山へと登っていきます。
 作二は「どこに行く気か見届けねば」と言って、ガグを追跡します。ガグの巨体は山に入っても目立つので、探索者があとを追うことは容易です。
 ガグを追跡している探索者は《アイデア》か《ナビゲート》に成功すれば、ガグが犬穴へと向かっていることに気づきます。犬穴はドリームランドとつながってお り、そこから逃げようとしているのです。
 ガグは犬穴にたどり着くと、その中へと入っています。穴の入口よりもあきらかに大きな体をしていますが、不思議なことにスルスルとその中へと入っていくので す。
 賢明な探索者ならば、崩れやすい犬穴の岩盤(千引岩)を動かして、ガグを生き埋めにしようと考えるでしょう。探索者が思いつかないようでしたら、作二がひと りで千引岩を崩すために穴へと潜っていきます。

 犬穴の千引岩を動かすには、《STR》40の抵抗ロールに成功する必要があります。このロールには二人まで協力できます。この抵抗ロールは1ラウンドに1回 挑戦でき、失敗しても再度挑戦することが可能です。たとえ失敗しても千引岩は少しぐらつき始めるため、千引岩の《STR》値は、その都度−4されていきます。 つまり、二度目の挑戦では《STR》36、三度目ならば《STR》32と、だんだんと成功しやすくなると言うわけです。
 しかし、あまり千引岩を動かすのに時間をかけるわけにはいきません。
 探索者が千引岩を動かそうとしていると、洞窟の外から恐ろしい怪物がやってきます。それは羽矢子の腕から抜け出した、ガグの右腕です。
 右腕は枝分かれした二本の腕を器用に足のように使って歩いてきます。
 そして、千引岩を崩そうとしている探索者達に襲いかかってきます。ガグの右腕は狂乱状態に陥っているため、グールの頭蓋骨などを恐れるようなことはありませ ん。

◆ガグの右腕
STR17 CON12 SIZ12
POW1  DEX8
移動6 耐久力12
ダメージボーナス:+1D4
武器:かぎ爪30% 1D8+db
装甲:なし
呪文:なし
正気度喪失:ガグの右腕を見て失う正気度ポイントは0/1D8ポイントです。ただし、この腕の持ち主であるガグを見たときに喪失した正気度ポイントを合計し て、8ポイント以上の正気度を失うことはありません。

 千引岩を崩そうとしている探索者は、《受け》や《回避》といった行動をとることができません。他の探索者が、千引岩を崩そうとしている探索者をかばって、ガ グの右腕の相手をすることは可能です。
 ガグの右腕は耐久力が0になると動かなくなります。

 千引岩を動かして犬穴を崩すことに成功したら、探索者はすぐに犬穴から脱出する必要があります。
 作二が完全にグール化していた場合、彼は穴を出ようとはしません。探索者が何を言おうと無視して、崩れていく洞窟の奥へと入っていきます。自ら生き埋めにな ろうとしているのです。
 崩れる岩盤から脱出するには、《DEX》10の抵抗ロールに成功する必要があります。失敗した場合、探索者の上に岩盤が落下してきます。このとき《回避》に 成功すれば、岩盤を避けることが出来て穴を脱出することが出来ます。《回避》にも失敗した場合は耐久力に1d8のダメージを受けます。それでもまだ行動できる のならば、その探索者も洞窟を脱出することができます。
 なお、ガグの腕は岩盤に押しつぶされてしまいます。

 探索者達が脱出すると、洞窟は大きな地響きをたてて崩れていき、入口は完全に岩に埋め尽くされてしまいます。もはや犬穴の中に入ることも、出ることも不可能 となりました。しばらく待ってもガグが出てくる様子もなく、あたりは不気味なほどの静けさを取り戻します。

26,その後の与都出神社

 ガグを犬穴に閉じこめることができれば、与都出神社の忌まわしい因習を断ち切ることが出来ます。

 与都出神社に戻れば、元の姿に戻った与都出琴子と二人の娘が探索者達を出迎えます。
 作二は家族に対して何も語りません。家を飛び出したのは琴子を救いたいがための行動でしたが、そのことが娘達に大きな苦悩を与えてしまったことも事実だから です。
 また、耶麻子も羽矢子に対して大きな引け目を感じています。

 探索者はこの家族のぎこちない雰囲気はすぐに察することが出来ます。
 この家族のわだかまりを取り除くことが出来るのは、事件の真相をすべて把握している探索者達だけです。
 ここは探索者達に気の利いた言葉を期待したいところでしょう。

 ガグを犬穴へと封じ込め、与都出家に平穏をもたらすことの出来た探索者は1D10の正気度ポイントを獲得します。
 さらに作二のグール化を阻止できた場合は、追加で1D4の正気度ポイントを獲得。耶麻子と羽矢子を仲直りさせた場合も、追加で1D4の正気度ポイントを獲得 します。
  




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