人の精神は伸縮のきかない容れ物です。より多くの真理と完全な正気の両方を容れることは出来ないのです。
一方をもっと多く入れれば、もう一方は押し出されてしまいます。
(中村佐代子の告白、もしくはクトゥルフの呼び声・改訂版ルールブックP74より抜粋)

1,はじめに

 このシナリオは「クトゥルフの呼び声・改訂版」に対応したものです。
 シナリオの舞台は現代日本の郊外の住宅地。季節は寒さが厳しくなりつつある晩秋です。
 プレイヤーキャラクター(以降、探索者)は二人から四人ぐらいを推奨します。
 このシナリオでは導入部が巻き込まれ型なので、事件へのひきが強くありません。そのため、五人以上のプレイヤーがいた場合、導入に手間がかかるのでお奨めは できません。
 新しく探索者を創造する場合は、教授や学生といった自由な時間を作りやすい職業を選んでもらうとよいでしょう。また、探索者は自分でインターネットを使える 環境にあるような人物であるようにしてください。
 贅沢を言うのならば、探索者はすでにクトゥルフ神話の知識を持っており、神話的事件を解決しようとする気概のある人物であったほうがキーパーとしてはマスタ リングしやすいと思われます。よって、新しい探索者を創造した場合でも、キーパーの判断によって、あらかじめクトゥルフ神話の知識を与えても良いでしょう。


2,あらすじ

 探索者はインターネット上での知り合いから、家に遊びに来るように誘われます。
 この事件は、ここから始まりました。 
 探索者を呼んだのは、古代の神話的王国を築いたハイパーボリア人の血を濃く受け継ぐ少女です。
 彼女自身は、そのような血筋のことなど知らずに、普通の現代日本人として育ちましたが、その特殊な血統を「星の智恵派」の魔道士に目をつけられてしまいま す。
 魔道士は、魔術的才能を持った少女を仲間とすべく、忌まわしい方法で洗脳をしていきます。
 少女は、自分の精神が狂気に満たされていく恐怖に耐えきれず、インターネット上の友人である探索者にメールを送ったのです。そのとき、彼女はいたずらのメー ルと思われないように、あえて助けを求める内容ではなく、気軽に家に招待するような文章にしておきました。
 しかし、そのことに気づいた魔道士は、やってくる探索者を追い返すような策略をたてます。
 さて、探索者たちは狡猾な魔道士の策を見破り、捕われの少女を救出することができるでしょうか?


3,NPC紹介こ こをクリックすると印刷用の画像になります

中村佐代子(なかむらさよこ)12歳

 彼女は、七十万年以上前、ハイパーボリアと呼ばれる王国を築いた先史人類の末裔です。
 ただし、彼女自身は自分がそんな特殊な血統の持ち主であることは、今回の事件が起きるまで知りませんでした。
 彼女は、生まれてすぐに両親と死に別れ、身寄りが無いため施設にあずけられ、四年前、中村啓司に養子として引き取られるまで、そこで普通の女の 子として育ったのです。
 彼女は、最近インターネットにこっており、匿名性の強いインターネットの性質を活かし、大人たちに紛れて対等に話をすることに楽しみを感じてい ます。
 彼女のハンドルネーム(ネット上でのペンネームのようなもの)は「カモノハシ」といいます。これは彼女がカモノハシのぬいぐるみが好きであるこ とが由来しています。
 外見は、髪をおさげにした小柄な少女です。とても利発そうな、印象的な目をしています。

STR6  CON9  SIZ9
INT17 POW17 DEX12
APP14 EDU9  SAN38
耐久力9 ダメージボーナス −1D4
技能:コンピューター40%、英語読み書き40%、英語会話70%、タマゴ細工55%
中村啓司(なかむらけいじ)65歳

 猿と人類をつなぐミッシングリンクを探究している自然人類学者です。
 元々は助教授として大学に勤め、それなりに名の知られた研究者でしたが、六年前に親の遺産を相続してからは、自分の興味ある研究だけをして、ほ とんど世間との交流の無い生活をしています。
 資産家の家の生まれで、それなりの処世術さえ身に着けていればひとかどの人物になれたであろうに、彼はそういった世界にはまったく興味を持つこ とができませんでした。
 彼は長年の研究の結果、ハイパーボリア人の血を濃く受け継ぐ人間に見られる骨格的特徴を発見しました。そして、その特徴を満たしている佐代子を 孤児院で見つけ、彼女を研究のため引き取ったのです。
 しかし、最初は研究目的だけからの関係であった二人ですが、やがて彼はこの親子関係というものに愛着を感じるようになります。
 出会いは奇妙なものでしたが、結果として、中村啓司と佐代子の関係は、とても良好なものでした。

STR10 CON8  SIZ14
INT15 POW10 DEX11
APP7  EDU19 SAN50
耐久力12 ダメージボーナス なし
技能:人類学90%、生物学50%、地質学30%、英語読み書き70%、英語会話50%
小西須美(こにしすみ)37歳

 天才と言っても過言ではない知性と精神力に恵まれた彼女は、日本人でありながら謎多き神話的オカルト集団である「星の智恵派」に属している、恐 るべき魔道士です。
 彼女の精神は人間が知るべきではない神話的知識によって完全に毒されてしまっていますが、そのおかげで数多くの秘儀を身につけることができまし た。また、精神を狂気に満たされながらも、普通の人間のふりをして日常生活を送るという狡猾さも兼ね備えています。
 表の顔を女医として過ごしていた彼女は、中村佐代子を診断してもらうため病院にやって来ていた中村啓司と偶然出会い、彼に接触をするようになり ました。

STR13 CON16 SIZ14
INT17 POW17 DEX15
APP11 EDU21 SAN0
耐久力15 ダメージボーナス 1D4
技能:言いくるめ60%、医学60%、オカルト90%、隠れる45%、クトゥルフ神話45%、心理学40%、説得70%、追跡60%、目星70%
呪文:ヨグソトースの拳、モートランのガラスの製造、火鉢に魔力を付与する、ヴールの印、火の精の召還/従属、肉体の保護、被害をそらす、黄金の 蜂蜜酒の製法(その他、キーパーが適当と思うもの)
日高雅之(ひだかまさゆき)24歳

 小西須美の言いなりに動く、愚かな手先です。
 元々は町のチンピラで、日々、悪い仲間とつるんでフラフラとした生活を送っていました。
 若く、腕力もあり、いきがってはいますが、実のところは精神的に自立のできない軟弱者です。
 そんな彼は、町で偶然に出会った小西須美の圧倒的な精神力とカリスマにあてられ、なんでも彼女に従うことを心に誓いました。
 内心では、自分に自信の無い不安な生活をしていた日高雅之にとって、人間社会を完全に否定し、人類すべてを敵に回すことすら恐れない彼女は、人 を超越した絶対的な存在に思えたのです。
 なお、彼自身は「星の智恵派」には属していません。あくまで、小西須美の個人的な下僕なのです。

STR17 CON13 SIZ15
INT7  POW7  DEX16
APP8  EDU9  SAN28
耐久力14 ダメージボーナス 1D4
技能:隠れる70%、聞き耳40%、クトゥルフ神話9%、自動車運転50%、忍び歩き60%、拳60%、その他の戦闘用技能(「23,中村家再 訪」を参照)
河本文江(かわもとふみえ)31歳

 彼女は中村家に雇われていた家政婦です。
 彼女は現代日本では珍しい正真正銘のプロの家政婦です。何件もの家を受け持ちながら、有能に仕事をこなしており、その中の一件にシナリオの中心 である中村家がありました。
 ただし、現在、中村家については小西須美が代わって家事を取り仕切るようになったので、彼女は半年前に解雇されています。
 彼女は中村佐代子と仕事面以外で個人的にも仲が良かったため、家政婦の職を解雇された後も、彼女のことを気にかけています。

STR10 CON15 SIZ13
INT14 POW15 DEX14
APP13 EDU15 SAN75
耐久力14 ダメージボーナス なし
技能:芸術(室内装飾)40%、信用70%、心理学40%、値切り70%、目星50%


4,事件前夜

 このイベントは、プレイヤーにカモノハシこと、中村佐代子の存在を印象づけるためのイベントで、事件に関する情報や伏線はさほどありません。
 よって、プレイ時間に余裕がない場合などは省略しても構いません。ただ、救出すべきNPCの人格をしっておくと、プレイの張り合いが違いますので時間に余裕 があるのならば、なるべくこのイベントからシナリオをスタートさせて下さい。

 探索者たちは、インターネットのとあるホームページの知り合いです。
 もちろん、ネット上だけの友人関係ではなく、普通に顔を合わせている友人であっても構いません。
キーパーは探索者たちの性格や職業などを鑑みて、彼らがひいきにしそうなホームページを設定して下さい。ただし、そのサイトは中村佐代子も興味を持つようなも のにするように注意して下さい。
 無難なホームページとしては、旅行や、お茶、ガーデニング、その他天文学や考古学などの知識系のページといったものがあげられるでしょう。不適切なページと しては、アダルト関係、コンピューターゲーム、酒、タバコのページなどは中村佐代子が興味を持つとは思えないので避けて下さい。
 探索者の誰かが、このホームページの作成者であるとしても良いでしょう。
 キーパーは、このホームページのタイトルやジャンルなどの設定をプレイヤーたちと相談して決定して下さい。このホームページは、後に重要な伏線として (「12,玄関のタマゴ」を参照)使用されることになるので、キーパーは十分に気をつけて決定して下さい。

 このホームページには、閲覧者がネット上で雑談をするための掲示板があります。
 掲示板とは、好きなことをネット上に書き込んで不特定多数の人に公開をするというものです。他の人たちは、その書き込みを読んで、返事を書くなり、別の話題 を提供したりするという、筆談で綴られる雑談のようなものです。
 探索者がひいきにしているホームページでは、実際に掲示板を利用しているのは10人ぐらいの常連がほとんどで、気のあったもの同士で和やかな内容の雑談が綴 られています。

 ある日、掲示板にオフ会を開こうという話題が持ち上がります(日程はキーパーが探索者が暇そうな時間を選んで、適当に決めてください)。
 オフ会というのは、インターネット上での知り合い同士が、実際に喫茶店や居酒屋などに集まって話をしようといったイベントのことです。
 このホームページの常連の間では、これまでにも何度かオフ会が開かれており、さほど珍しいものではありません。掲示板では、さっそく参加表明の書き込みが 次々とされていきます。
 その中で、珍しい人物が参加表明をしてきました。
 その人物はハンドルネームは「カモノハシ」といい、掲示板の常連の一人です。探索者たちも、カモノハシとはネット上で何度も話をしたことがある、親しい間柄 です。
 ただ、カモノハシはこれまで行われたオフ会には一度も顔をだしたことがありませんでした。それが、今回に限って参加を表明してきたのです。
 掲示板では、この意外な人物の参加に沸いています。
 カモノハシの掲示板での書き込みの内容は、実に丁寧で、親しみの持てるもので、常連の間でも人気者だったからです。すぐに、「カモノハシさんに会えるのが楽 しみです」といった書き込みが次々とされて、「カモノハシさんが行くなら、無理してでもオフ会に参加したいです」といった内容の参加表明も増えています。

 以下に探索者の知っているカモノハシの情報を記します。
 また、これを機会にカモノハシの人物について詳しく知り無いと探索者が考えた場合、《心理学》等のロールをすることによって、その人物像を推測することもで きます。
 オフ会に参加表明をしたカモノハシは、探索者とは一年前からネット上でのみ付き合いのあった友人です。
 ただし、実際にカモノハシがどのような人物であるかは、これまで話題になったことはなかったため、いったい何歳ぐらいの人物なのか、何をしているのか、そも そも男か女かすらわかりません。ただ、匿名性の高いネット上のつきあいでは、こういった相手の人物像がわからないことは珍しいことではありません。

 カモノハシのこれまでのネット上での発言を読み返した探索者は《心理学》に成功すれば、その人物像を推測することが出来ます。
 するどい着眼点や、文章の理解力などから、この人物がなかなか頭の冴えた人物であることがわかります。ただし、純粋な知識量としてはさほど豊かではないよう で、時には常識とも思えるようなことや、時代的に古い話題などを知らないで質問してくることもあります。
 よって、おそらくは頭の回転の早いが、年齢的にはまだ若い高校生ぐらいの人物ではないかということが推測できます。
 さらに、もう一度《心理学》に成功すれば、この人物が人間的に穏やかで争いを好まない性質であろうことが推測できます。書き込みの内容からは、この人物が知 的好奇心を満足させるために掲示板に参加しているようで、自己顕示欲を満足させるために、自分の知識をひけらかすようなたぐいの人間とは違うことが推測できま す。
 もちろん、これはあくまで推測なので、ロールに成功したからといって、絶対に正しい答えというわけではないことを、キーパーはプレイヤーに説明してくださ い。
 
 なお、キーパーは、最低でもひとりは探索者がこのオフ会に参加するように誘導をしてください。よほどヘソ曲りのプレイヤーでないかぎり、このオフ会とカモノ ハシという人物には興味を持つと思うので、これは難しいことではないでしょう。
 

5,オフ会

 いよいよ、オフ会当日です。
 会場はキーパーがホームページの性質を鑑みて、適当に決定してください。喫茶店の個室や、カラオケルーム、ホテルのケーキバイキングといったところが妥当な 場所です。逆に、居酒屋などは不適切でしょう。

 会場にはネット上でしか知らなかった友人たちがぞくぞくと集まっています。人数は10人程度です。中には、これまでのオフ会で出会った顔馴染もいることで しょう。
 ネット上ではお馴染みですが、実際に会うのは久し振りという不思議な会合を、みんな楽しんでいるようです。
 そのような中で、やがて話題は自然とカモノハシのこととなります。しかし、集まっている人たちにカモノハシが来ているか尋ねてみると、まだ来ていないという ことです。
 集合時間が過ぎても、カモノハシはやってきません。誰かがノートパソコンでカモノハシから欠席の連絡がメールで届いていないかを確認していますが、そのよう な気配はありません。
 オフ会はつつがなく終了しますが、結局、カモノハシはやって来ませんでした。
 集まった人たちは、カモノハシが約束を破ったことを怒るよりも、事故にでもあったのでなければいいのだけれどもと心配をしています。それほど、カモノハシは みんなに好かれているのです。

 その後、掲示板にカモノハシからの謝罪の書き込みはされることはなく、それどころか掲示板自体に顔を出すことすらなくなってしまいました。
 掲示板の書き込みでは、カモノハシの話題がちらほらと出ることもありましたが、その書き込みに対しても、カモノハシからの反応はありません。
 もし、探索者がカモノハシにメールを送ったとしても、返事が来ることもありません。探索者は、これまでにも何度かメールの交換をしたことがありますが、今回 のようにカモノハシがメールを受け取りっぱなしにすることは初めてのことです。

 次の項から、いよいよシナリオへの具体的な導入が始まります。
 なお、このシナリオには、二種類の導入が用意されています。
 ひとつめは、探索者にカモノハシこと、中村佐代子からの電子メールが届くという導入(「6,導入1・電子メール」を参照)、もうひとつは中村啓司から学会へ 招待をされる導入(「7,導入2・学会への招待」を参照)です。
 導入が二つあるということは、探索者に分散行動をさせなくてはならず、キーパーの手間が増えることとなります。
 その具体的な対応方法については、「8,実際の導入のしかた」に説明がありますので参照してください。


6,導入1・電子メール

 オフ会のイベントから約一ヶ月後のある日、探索者が電子メールを確認していると、新しいメールが届いています。
 そのメールは、一ヶ月間、まったく音信不通であったカモノハシからのメールです。
 その内容は、以下の通りです。

「先月は、お約束したにもかかわらず、せっかくのオフ会に参加することができずに申し訳ございませんでした。
 実は、私は長らく身体を煩っており、先月も急に体調を悪くしまして、しばらくふせっていたのです。
 オフ会でみなさんとお会いできることを楽しみにしていたのですが、自由にならない身をこれほど呪わしく思ったことはありません。
 そこで、大変勝手なお願いなのですが、もしよろしければ、ぜひ一度、みなさんに我が家にいらっしゃっていただき、お会いしたいと思っているのですが……いか がなものでしょうか?
 突然、このようなお願いをする失礼は重々承知してはいるのですが、私は自由に外に出る事ができない身ですので、どうぞお許し下さい。また、重ね重ねまことに 勝手なお願いなのですが、もしお会いしていただけるのでしたらば、できるだけ早くお会いしたいのです。というのも、いまのところは体調が良いのですが、これも 長く続かないかもしれないからです。
 もし、ご承知いただけるのでしたら、こちらの住所をお尋ね下さい。

 〇×県×〇市〇×町1−2−3

 では、今度は、直接お会いできる事を祈りまして、これにて失礼致します。

 追伸
 カモノハシの子供を差し上げたいのですが、カモノハシはどうやって子供を増やすんでしたっけ?」

 メールに記された住所は、探索者の家から車で二時間ぐらいのところにある、郊外の住宅地です。

 このメールは、カモノハシこと中村佐代子が、探索者に助けを求める為に出したメールです。下手に「私はいま監禁されています。助けて下さい」といった馬鹿正 直に助けを求めるようなメールを出しても、イタズラと思われてしまうかもしれないので、上記のような嘘のメールを出したのです。
 また、キーパーはインターネット上の覆面性を活かして、探索者のメールの差出人がまだ幼い少女であるということを隠して下さい。そのほうが、後に中村佐代子 の正体を知ったときの驚きが大きくなるからです。

 探索者は、インターネット内を探して、《コンピューター》×5か《目星》と《図書館》を同時に成功させれば、探索者のホームページとは別のホームページでカ モノハシが発言している掲示板等を多数見つける事ができます。
 カモノハシが出没するホームページは、天文学、人類学、哲学、地球科学、物理学といった関連のページで、そこには統一性がまったく感じられません。強いてあ げれば、真面目にネット上で学問を追求しているホームページが多いようです。
 また、どの掲示板もオフ会があった頃の一ヶ月程度前から、カモノハシの書き込みはまったく無くなってしまっています。

 もし、探索者がカモノハシにメールを返信しても、それに対する返事はまったくありません。


7,導入2・学会への招待

 この導入は、中村啓司と関り合いのありそうな探索者を対象として発生します。なお、対象となる探索者は複数であっても構いません。
 具体的には、教授や大学生といった、知識系の職業についている探索者が相応しいでしょう。
 どのような関係の知り合いであるかは、キーパーがプレイヤーと相談をしてその場で考えてしまって構いません。
 大学時代の恩師や先輩、もしくは私的な友人関係であっても良いでしょう。
 ただし、二人の関係は親しいものであったことを探索者に説明してください。

 キーパーの選んだ探索者のところへ、これまでしばらく付き合いの無かった友人である、中村啓司からエアメールが届きます。消印によると、なんとノルウェーの 北部に位置する町であるハンメルフェストからのものです。
 手紙の内容は以下の通りです。

「拝啓 日本では秋気深まる折り、(探索者の名前)様には久しくごぶさたがちで、まことに相済まなく存じております。
 私はいま、この手紙を北欧の町、ハンメルフェストにてしたためております。このような遠い土地に来たのは、私の長年続けていた研究について、最後のまとめを するためです。まとめとは言っても、論文はすでに出来上がっており、私自身の気持ちの整理をするための旅行という意味合いの方が強いのですが。
 この旅から帰国した後、私はその研究についての論文を○×大学にて行われる学会にて発表するつもりです。きっと、この発表は(探索者の名前)様にも興味深い 内容のものとなるかと確信しております。
 そこで、学会の前に、まずは私の数少ない友人である(探索者の名前)様にお会いしたいと思い、お手紙を差し上げた次第です。
 旅行のスケジュールが現地の移動手段の混乱から遅れており、お会いできるのは学会当日の○×大学キャンパスとなりそうですが、いかがなものでしょうか?
 旅先にてこの手紙をしたためているため、用件のみとなってしまいましたが、これにて失礼を致します。
 久しぶりにお会いすることができれば幸いです。
敬具

2000年 ○月×日
中村啓司」

 また、手紙とは別に、学会の開催される大学までの案内書と開催日時の記された書類のコピーも同封されています。また、大学のキャンパスの略図のようなものも 同封されており、その略図に書かれた広場らしき場所に、赤いペンで「ここで待っています。お返事に関わらず、学会の開始時間まで自分自身の気を落ち着かせるた め、ここで休んでいるつもりなので、気が向かれたら尋ねて下さい」と中村啓司からのメッセージが書き添えられています。
 案内書によると、開催日は手紙の届いた翌日(探索者の仕事の都合上からも、土日が適しているでしょう)の午後からです。
 手紙に書かれた日付は、いまから一週間ほど前のものですので、なんらかの理由(海外の郵便事情等)で郵便が届くのが遅れてしまったようです。もし、探索者が 手紙が送れたことに疑惑を感じているようでしたら、ノルウェーの郵便事情は日本ほど良くはなく、エアメールが遅れることは良くあることだと説明して下さい。

 なお、学会の開催される○×大学は中村啓司の自宅の近所です。つまり、中村佐代子からの電子メールに指定された住所からも近所ということです。

 中村啓司と知人である探索者は、彼について以下のようなことを知っています。
 5年ぐらい前まで地方の大学で助教授をしており、人類学を専攻していました。一般の人には馴染みの薄い学問ですが、そこそこ名の知れた優秀な人物でした。
 現在は、多額の遺産を相続したことと、60歳を過ぎたことをきっかけに大学を辞職し、好きな研究に没頭しながら悠々自適の独身生活を送っています。
 しかし、彼はあまりプライベートなことを語るようなタイプの人物ではないので、それ以上の詳しいことについては知り合いである探索者も知りません。
 知り会いの探索者は、中村啓司の自宅の電話番号を知っていますが、電話をしても留守番電話が応対するだけで、何度かけても誰も出ることはありません。


8,実際の導入のしかた

 今回のシナリオのように、導入のしかたが複数ある場合、探索者を自然に事件に巻き込むことが出来るのですが、反面、探索者が分散行動をすることになってしま い、ゲームに参加していないプレイヤーが退屈をするという弊害もあります。
 プレイ時間が短いイベントならばそれでも構わないのですが、今回のシナリオの導入のイベントは時間的に長いばかりではなく、情報的にも重要なものです。これ に参加できないのでは、プレイヤーもストレスが溜まってしまうことでしょう。
 よって、キーパーは探索者がふたつのイベントに参加できるようにマスタリングをする必要があるでしょう。
 
 具体的な方法としては、「導入2・学会への招待」のほうを先に発生させて、その後、探索者たちが何らかの理由で集合している時に「導入1・電子メール」のイ ベントで電子メールが届いたことにすれば、ごく自然にふたつの導入を交差させることが出来るでしょう。

 また、探索者の行動順序としては、先に中村邸を訪問してから、学会に参加したほうがストーリー的に流れもスムーズですし、マスタリングも楽です。
 よって、キーパーはさりげなく「明日の学会に行く前に、午前中に中村邸を訪問して、それから昼食を挟んで午後に学会に参加すればスケジュール的に丁度良い よ」と提案してあげると良いでしょう。
 そう言っておけば、よほどのへそ曲がりでない限り、あえてその日のうちに中村邸を訪ねたり、学会が終わってから夜に他人の家を訪ねたりはしないでしょう。


9,事件の真相

 ここでキーパー用の情報として、今回の事件の真相についてまとめておきます。

 事件のきっかけは、中村啓司が人類学に関するある事実を発見したことから始まります。
 それは、絶滅されたといわれる古代人の骨格的特徴を色濃く残している現代人がいるということです。
 中村啓司は、この事実を「古代人の血統はひとつの人種が現代にまで残ったのではなく、様々な場所で同時に発生した原人たちが混血を重ねて、現世人類となっ た」という持論を証明するものと考えました。なぜなら、いくら混血が進んでも完全に血が混ざりあい、元となった原人の特徴がすべて失われることは無いからで す。
 中村啓司は高校時代の知人である医者を買収し、患者のレントゲン写真を調べさせてもらいました。そして、とうとうノルウェーの北部で発見された七十五万年前 の原人の骨格的特徴を強く残した患者のレントゲン写真を発見したのです。
 残念ながら、その患者はすでに自動車事故で死亡していましたが、その患者には子供がいました。しかも、その子供にも同じ骨格的特徴が遺伝していたのです。
 これこそ、中村啓司の求めていた持論を証明してくれる生きた標本でした。
 そして、その子供が、中村佐代子だったです。
 中村啓司は貴重な研究対象として、両親を事故で失い孤児となっていた彼女を引き取ることに成功します。もっとも、最初はそのような利己的な動機からでした が、やがて彼は佐代子との生活に父親としての喜びを感じるようになります。
 ただし、盲目的な学究の徒でもある彼は、密かに彼女の骨格的特徴についての研究は継続していました。やがて彼の推測が確信と変わった頃、レントゲン写真を撮 るのに協力をしてもらっていた病院で、小西須美という女医と知り合います。
 何か秘密を持って病院に通っているらしい中村啓司に知的好奇心を持った彼女は、うまく酒の席に誘い出し、彼の持論と、それを証明する中村佐代子の秘密を聞き 出します。
 それは学術的には重要な内容の話ですが、人類学に興味のない素人の人間にとっては退屈極まりない話となるはずでした。
 しかし、彼女にとって、その話は実に興味深いものだったのです。なぜなら、彼女の正体は中村啓司ですら知らない神話的人類史に通じる、恐るべき魔道士だった からです。
 彼女は、中村啓司が中村佐代子の祖先と考えた、ノルウェーの北部で発見された七十五万年前の原人の正体を知っていました。その原人は、実は神話的人類史にそ の名を残す偉大な先史文明を築いたハイパーボリア人だったのです。
 と同時に、彼女は自分も中村佐代子と同様の骨格的特徴を持っていることに気付きました。しかし、それはまったくの偶然というわけではありません。なぜなら、 ハイパーボリア人の血をひく人間は、普通の現代人に比べて魔道士となる素質(ルール的にはINTとPOWが高い)があったのです。従って、彼女がハイパーボリ ア人であったことと、神話的人類史に通じていたことは、まったくの偶然というわけではなかったのです。
 小西須美は、自分と同じ血をひく中村佐代子に興味を持ち、中村啓司の友人として彼女と接触をします。その結果、中村佐代子にも多分に魔道士の素養があること に気付きました。
 小西須美は、このことから自分たちが他の人間とは異なった、優勢人種であると考えるようになり、やがてある野望を思いつきます。
 それは、現代に生き延びるハイパーボリア人の末裔に、魔道士としての神話的知識を教え込み、仲間とすることです。それはこれまで神話的歴史に悪名を残す数々 の神話的教団を陵駕する、選ばれた優勢人種による恐るべき魔道集団となることでしょう。
 小西須美は、その忌まわしい陰謀の第一歩として、中村佐代子に目をつけ、将来の大魔道士としての英才教育を施します。
 そして、彼女は小西須美の予想通り、天才的な学習能力を発揮し、様々な知識を凄まじいスピードで吸収していきました。

 さらに、中村啓司が研究旅行のため家を一ヶ月留守をしている間に、とうとう小西須美はかねてよりの計画を最終段階へ移行します。
 それは、中村佐代子に神話的知識の教育をすることです。
 小西須美は、なんでも言うことを聞く僕である日高雅之を中村邸に呼び出し、中村佐代子を監禁します。そして、魔術的技術によって作成された忌まわしい装置 (「31,中村佐代子との対面」を参照)によって中村佐代子の正気を徐々に奪い、代わりに人が手にしてはいけない神話知識を詰め込んでいったのです。
 自分の正気が失われて、恐るべき神話的知識に精神が満たされることを恐れた中村佐代子は、藁をもすがる思いで探索者に助けを求めようとします。
 彼女は見張り役である日高雅之に、自分の作成したタマゴ細工(「12,玄関のタマゴ」を参照)を玄関に飾りに行ってもらっているあいだに、急いで探索者に メールを発信したのです。
 しかし、無事にメールを発信することは出来たのですが、パソコンを操作しているところを日高雅之に見つかりメールのことは小西須美に気付かれてしまいます。
 彼女はやがてやってくるであろう探索者を穏便に追い返す為、小西須美は中村佐代子のメールの内容につじつまのあうような芝居をする計画を立てます。
 まず、中村佐代子を「門の創造」に似た魔術で繋げた、絶対に人目につかない神話的場所(「30,あり得ざる者の大迷宮」を参照)に彼女を監禁します。
 と同時に、中村啓司が帰国して、学会にてハイパーボリア人の骨格的特徴についての発表をするのを阻止すべく、かねてよりの彼の抹殺計画も実行しようとしてい ます。
 探索者は、この時点から、この事件に関りを持つようになります。 


10,中村邸の情報

 中村啓司の自宅の住所は、郊外の古い住宅地です。
 その住宅地の中に、ぽつりと雑木林に囲まれた小さな丘が残されています。4000坪ほどのこの雑木林は、古くから中村家が管理して来た土地で、外からはあま り中の様子がわからないようになっています。
 この奥にある、古びた洋風建築の建物が中村邸です。
 その造りは手間暇と金のかかったもので、非常に立派な建物です。ただし、建物の大きさは実用的なもので、屋敷というほどの大きさではありません。
 家の中の調度品は、ほとんどは昭和初期から大切に使われている年代物です。そのどれもが非常に値打ちのある品ですが、この家ではそんなことは気にしていない 様子で、ごく普通に生活家具として使用されています。
 それらの調度品と、洋風の明るい壁紙、さらに凝った細工の施された作り付けの家具類などが、この家の雰囲気を豪華でハイカラなものにさせています。

★中村家の間取り

「1階」

・門
 家は低い垣根に囲まれており、中に入る入口は正面の門しかありません。普段、門は鍵はかかっていないので、誰でも入ることができます。敷地内の大部分は雑木 林で、門から曲がりくねった一本道が10mぐらい伸びて、建物へと続いています。
 門には「中村啓司」と書かれた表札と、郵便受けはありますが、インターホンなどはなく、訪問客はこの一本道を歩いて玄関まで行かなくてはなりません。
 このような造りなので、敷地内に忍び込むことは非常に容易になっています。

No.1 玄関
 古い木製の扉の玄関です。玄関脇にはインターホンがあり、これで住人を呼び出すことが出来るようになっています。
 玄関の中は、かなり広く、大きな靴だなが脇に置かれてあります。
 玄関にはサンダルのような簡単な外履き以外は、靴は置かれていません。すべて靴だなにしまわれています。
 もし、靴だなを空けて調べた場合、中村啓司の革靴と、中村佐代子の女物の靴が何足か入っています。小西須美と日高雅之の靴は一足ずつしかありません。

No.2 食堂と居間
 食堂と居間は続き部屋になっています。
 食堂にはテーブル、居間には大型テレビとソファーが置かれてあります。

No.3 応接間
 大学関係の客などを応対するための部屋で、家具などもこの家で一番立派なものが揃っています。凝った細工のテーブルに、見る目のある人が見ればその価値のわ かる油絵、昔は相当に豪勢だったのでしょうが、いまは古びてやや色あせたソファーなどが揃っています。
 また、壁際に置かれたサイドボードには、東西の高級洋酒が揃っています。どれも中村啓司が贈り物で貰ったものを、飲まずにそのまま飾ってあるものです。他に サイドボードには、気味の悪いことに古い頭蓋骨が飾って(?)あります。《考古学》か《人類学》×2に成功すれば、これがペキン原人とジャワ原人の頭蓋骨の精 巧なレプリカであることがわかります。これは一般的に市販されているようなものではなく、中村啓司が助教授時代に授業用に特別に作らせたものです。
 ちなみに、ペキン原人やジャワ原人の頭蓋骨は、実に現世人類のものと似ているので、普通の人がパッと見ただけでは現世人類の頭蓋骨と見間違える可能性があり ます。ただし、注意してみれば眼窩から顎にかけては現世人類に似てはいますが、やや額が狭いことから、その形に違和感を感じることでしょう。

No.4 洗面所
 脱衣所を兼ねた、普通の洗面所です。

No.5 トイレ
 何の変哲もないトイレです。

No.6 風呂
 何の変哲もない風呂場です。

No.7 キッチン
 何の変哲もないキッチンです。もし、探索者が望めば、肉切り包丁や懐中電灯、消火器など、探索に役立ちそうなものを入手することが出来ます。

No.8 中庭
 後述の「29,門のある中庭」を参照して下さい。


「2階」

No.9 ゲストの居間
 来客用の居間で、小さな書き物机の置かれた、さっぱりとした部屋です。
 現在は、小西須美が使用しています。詳しくは「25,小西須美の部屋」を参照して下さい。

No.10 ゲストの寝室
 来客用の寝室です。ベッドは二つあります。
 現在は、小西須美が使用しています。

No.11 トイレ
 ゲスト用のトイレです。

No.12 ドレッサー
 ゲスト用のドレッサーです。

No.13 中村啓司の部屋
 後述の「13,中村啓司の部屋」を参照。

No.14 ゲーム&標本室。
 この家には、贅沢なことにゲーム室といったものがあります。
 ゲーム室とは、ビリアードやカード、ダーツなどを楽しむための部屋です。
 昔から置きっぱなしといった感じのビリアード台と、カードテーブル、凝った造りのダーツボードなどがあります。どれももうっすらとホコリをかぶっていて、最 近はまったく使用された様子はありません。資産家であった中村啓司の父親や祖父たちが、友人たちを集めて優雅にパーティーを開いていた時に使用していた部屋な のです。
 この部屋の隅には、学校の理科室に置かれてあるような実用性重視のスチール製の陳列ケースが並んでいます。それらの味気ない棚は、このような趣味の部屋には 非常に不釣り合いな感じを受けます。当然、これらのものは中村啓司が置場に困って、部屋の趣味などに関係なく置いたものです。
 ケースの中には、様々な原人の化石が陳列されています。《考古学》か《人類学》×2に成功すると、これらが個人にしてはそこそこ充実したコレクションである ことがわかります。ただし、その多くは非常に精巧なレプリカです。もちろん、これらは最初からレプリカと知って購入したもので、中村啓司が騙されて贋物を掴ま されたというわけではありません。こういった精密な標本はレプリカであっても、かなり高価なものなのです。
 さらに、《考古学》か《人類学》×2に成功すれば、これらのコレクションの中でも、北欧の七十五万年前の地層に発見された原人の化石が非常に充実しているこ とがわかります。この原人は、学術的にはあまり珍しいものではなく、このようなものが重点をおいて揃っているということは、中村啓司は、この原人についてよほ ど詳しく調べているのだろうことが推測できます。
 中村啓司の論文などを読んで、この原人の手の指の骨格に注目してみれば、確かに、親指と人差し指の第二間接の形状には、現代人とは異なった特徴がある事がわ かります。
 また、《クトゥルフ神話》に成功すれば、この原人の化石がハイパーボリアに存在した先行人類の系統にある者の化石であることがわかります。


「三階」

No.15 中村佐代子の勉強部屋
 後述の「13,中村佐代子の部屋」を参照。

No.16 中村佐代子の寝室
 後述の「13,中村佐代子の部屋」を参照。


11,小西須美の応対

 中村邸を訪問すると、隙の無いスーツ姿の理知的な中年女性が応対に出ます。
 その応対は実に丁寧なものですが、どことなく冷たい感じがします。彼女こそが、このシナリオの黒幕である小西須美なのです。

 探索者がメールのことや、カモノハシといった名前を出せば、小西須美は探索者のことを中村佐代子が呼び寄せた者であると気付き、うまく追い返すよう計画通り に動きます。
 まず、彼女は自分のことを、屋敷の主人である中村啓司の秘書であると自己紹介をします。
 それから、まずは探索者たちを玄関に待たせて、彼女は上の階へと向かいます。
 かねてよりの計画通り、日高雅之に替え玉をさせる準備をしに行ったのです。

 中村啓司について訪ねられた場合、「今日は学会に参加するため、留守にしています」と正直に答えます。
 当然、彼女は探索者の誰かが中村啓司と知り合いであることを知りません。もし、探索者が中村啓司と知り合いであり、学会の前に会うことになっていると話した 場合、《心理学》に成功すれば、彼女の表情が少しだけ険しくなったことに気づきます。さすがの小西須美も、この偶然のイタズラに動揺したためです。その後、彼 女は探索者たちを警戒して、中村啓司についての話をあまりしなくなります。

 後で、中村家の調査を進めた探索者が、中村佐代子について尋ねた場合、「佐代子ちゃんは、中村啓司が留守をしているあいだ、お友達の家に泊まりに行っていま す」と答えます。
 その友達の家を尋ねた場合、彼女は少し困ったような演技をして、「あの子は、私のことを嫌っているようで、そういったことは何も話してくれないんです……難 しい年頃の女の子ですから……」と答えます。


12,玄関のタマゴ

 探索者の待たされている玄関の下駄箱の上には、無数のタマゴ細工が並んでいます。キーパーは忘れずに、この事を探索者に説明してください。

 これらのタマゴ細工は、鶏のタマゴの殻を専用の研磨機で透かし彫りにしたり、美しい模様を彩色したりしたもので、なかなか手の凝った細工のものばかりです。
 人魚や鳥の姿を透かし彫りにしたものや、幾何学的な模様を精密に彩色したタマゴ細工の中に混ざって、探索者と中村佐代子の知り合ったホームページに関係した 模様が描かれた(透かし彫りではありません)タマゴがあります。
 例えば、ホームページのタイトルやジャンルに関係したイラストが描かれているといったものです。とにかく、探索者が自分たちと関係があるのではと思う模様で あれば、なんだって構いません。
 このタマゴ細工を見て《アイデア》に成功すると、その細工が他のものに比べて彩色が雑で、いかにも急いで造ったというような感じがします。また、塗料の色が まだ鮮明であることから、造られてさほど日が経っていないこともわかります。手に持って振ってみれば、カサカサという乾いた音がします。
 このタマゴ細工の中には、中村佐代子からのメッセージメモが隠されています。
 賢明な探索者ならば、彼女からのメールの最後に書かれた「カモノハシの子供を差し上げたいのですが、カモノハシはどうやって子供を増やすんでしたっけ?」と いった、意味不明な追伸を思い出すことでしょう(カモノハシはタマゴを産んで増えます)。
 中村佐代子は探索者へのメッセージのメモをタマゴの中に隠し、その存在を謎めいた言葉で伝えたのです。
 小西須美は、タマゴについては無関心なので、彼女がいない内に盗み取ることは容易です。もし、彼女がいても、下駄箱に近付いて《DEX》×4に成功させれ ば、気付かれることなく盗み取ることは可能です。彼女の注意を逸らすなどの行動を取ってからタマゴを盗み取る場合には、もっとボーナスを与えても良いでしょ う。
 賢明な探索者ならば、後述の中村佐代子の部屋を見て、この家に不審を感じ、このタマゴ細工に関心を持つようになるでしょう。

 このタマゴの中には、5cm角ぐらいの小さなメモが入っています。
 そのメモには、小さな文字で以下のようなメッセージが書かれてあります。
「来てくれてありがとう。この手紙を見ているという事は、私はいまどこかに監禁されていることでしょう。小西さんの言うことにだまされないでください。お願い です、私を助けてください!」
 この文字を見て《アイデア》に成功すると、なんとなく丸っこい字で、まるで女の子のような字であることがわかります。さらに、《精神分析》に成功すると、何 かに怯えたように字が震えていることがわかります。

 このタマゴの中のメモを発見した探索者が、このことについて小西須美に尋ねた場合、日高雅之は精神的に不安定であるため、そのような被害妄想的なメモを書い たのだろうと説明します。
 日高雅之自身に尋ねても、よくは覚えていないが、もしかすると自分がそんなメモを書いて隠したかも知れないと頼りのない答えをします。


13,中村佐代子の部屋

 しばらくして替え玉の準備を整えた小西須美は、探索者を中村佐代子の部屋(小西須美は、日高雅之の部屋と偽っていますが)へと案内します。

 案内された中村佐代子の部屋は、屋根裏を使った三階の為、天井がやや低いものの、明るい感じの壁紙の貼られたこざっぱりとした部屋です。ただし、なぜか窓の カーテンが閉じてあり、部屋の中は昼までも薄暗いままです。
 部屋に入って《アイデア》に成功すると、つんとした何かを焦がしたような匂いが、うっすらと残っていることに気付きます。お香などの匂いではなく、どちらか というと気分の悪くなるような香りです。
 この匂いは、小西須美が中村佐代子に神話的教育を施すために使用した「モートランのガラス」の火鉢から立ち上った煙の残り香です。「モートランのガラス」に ついては後述の「31,中村佐代子との対面」を参照して下さい。現在、この部屋には「モートランのガラス」はありません。
 部屋の調度品は、高価そうな大型ベッドと、勉強机、本棚があります。
 勉強机以外は、古くて値打ちのありそうな調度品です。《知識》か《博物学》に成功すれば、これらの調度品が昭和初期に職人の手によって作られた値打ち物であ ることがわかります。大切に使われているので、いまだ現役です。
 ただし、勉強机は、最近購入したもののようで、一般家庭用のものです。

 勉強机を見て《目星》に成功すると、椅子の高さがやけに高いことに気付きます。これでは大人が座ったら足がつかえてしまうでしょう。これは子供が使うのに丁 度良いぐらいの高さです。
 また、勉強机の脇にある本棚は、がらんとしています。もともと、ここには中村佐代子が使っていた小学校の教科書やノートが入っていたのですが、不自然である ため小西須美が隠したのです。
 また、机の引き出しの中には、様々な文房具が入っています。その中には可愛いキャラクターの描かれた女の子向けの文具も含まれています。

 勉強机の上には、パソコンが置かれてあります。大手メーカーから発売されているごく普通のデスクトップパソコンです。ただし、パソコンを起動してモデムの接 続状況を調べてみるか、机の下にもぐって配線を詳しく調べてみて、《コンピューター》×5か《アイデア》に成功すれば、このパソコンが電話回線につながってい ないことがわかります。これではインターネットに接続することができません。
 しかし、パソコンを起動して、インターネット閲覧ソフトやメールソフトの内容を確認すれば、まちがいなくこのパソコンがカモノハシが使用していたものである ことと、電話回線に繋げさえすればすぐにインターネットに接続出来ることがわかります。
 これは小西須美が、外部との連絡が取れないように回線を取り外してしまったのです。

 また、勉強机の脇にある戸棚には、このこざっぱりした部屋には似合わない、小型の電動研磨機といった専門的な工具や、様々な色の塗料が収められています。
 これらは、中村佐代子の趣味であるタマゴ細工に使用する道具です。
 戸棚の中には、作成途中のタマゴ細工などが並んでいます。もし、探索者が「12,玄関のタマゴ」でタマゴのことに気付いていなかった場合、このシーンでもう 一度、メールの追伸とタマゴのことについて思い出させてあげましょう。

 本棚に収められている本をざっと見渡してみると、小学生用の図鑑や漢字辞典があると思えば、哲学や自然科学の専門書などが並んでいたりなど、一貫性が感じら れません。ただし、カモノハシが顔を出していたサイトについて調べたことのある探索者ならば、この本棚を見ればそれらのサイトと本に関り合いがあることがわか ります。
 これらの本は、中村啓司の書庫から中村佐代子が借りて来た本です。さすがの彼女も、専門書のすべてを理解できるというわけではありませんでしが、小西須美に すすめられて読んでいたのです。
 邪悪な魔道士ではありますが、小西須美の選んだ本は実に目のつけどころが良く、確かにおもしろいものでした。中村佐代子はこれらの専門書から、高校生でも難 解と感じる高度な知識を吸収していったのです。

 上記の情報には、ぱっと見ただけで判明する情報もあれば、小西須美の居る前では調べられないものも含まれています。そのような情報については、後ほど探索者 が屋敷に潜入するシーンで部屋を調べた際に判明する情報として扱って下さい。


14,日高雅之との対面

 奥の寝室のベッドの上には、日高雅之が腰をかけて探索者を待っています。
 小西須美から、彼の名は雅之(名字は問われない限り名乗りません。もし、問われても中村と偽りの名字を名乗ります)といい、中村啓司の親戚(詳しい血族関係 を問われれば、甥の子供、すなわち又甥であると答えます)であると紹介されます。
 日高雅之は紹介されている間も、一言も口をきかず、それどころか顔を伏せて探索者たちと目を合わせようともしません。その姿からは、非常に陰気な印象を受け ます。
 小西須美は小声で、
「雅之さんは、強度の対人恐怖症で、あまり人と話す事ができないんです。最近も、強い発作を起こしまして……」
 と、説明します。
 彼は、小西須美の説明が終わると、ほとんど聞き取れないぐらいの小さな声でボソボソと話し始めます。
「この人嫌いの病気を治したくて、ネットでお知り合いになれたみなさんとお会いすれば、すこしはよくなるとおもったのですが……あのメールを出した途端、急に みなさんに会うのが怖くなって……どうも発作を起こしてしまったみたいなんです。すみません……」
 そう話しているあいだも、彼は探索者の顔を見ようとはしません。また、探索者が何か質問をしても、ほとんど答えることはなく、可能な限り小西須美が代わって 返答をします。
 この日高雅之の態度は、探索者に嘘がばれないように小西須美が命じたものです。あまり喋らなければ、ボロが出ないと考えたからです。
 小西須美は、日高雅之の精神状態が不安定なことを理由に、早々に探索者を追い返そうとします。日高雅之自身も、探索者たちがいることを苦痛に感じているよう な演技をしています。
 キーパーは、ここでプレイヤーの様子を見てください。もし、プレイヤーが日高雅之のことを疑っているようでしたら、このまま小西須美の手によって探索者たち を追い返してください。
 もしも、プレイヤーがさほど日高雅之のことを疑っていないようでしたら、キーパーはプレイヤーの熟練度に応じて、《心理学》や《アイデア》などで、日高雅之 の態度に不審な点があることに気付かせてあげても良いでしょう。

 小西須美は応対は非の打ちどころの無い、実に丁寧なものですが、妙に冷たく、どこか慇懃無礼なところがあります。彼女としばらく会話をして、《心理学》に成 功すれば、彼女が明らかに探索者を疎ましく思い、追いだそうとしていることがわかります。


15,大学での対面

 中村啓司が参加する学会が開かれる○×大学は、中村家から車で30分ぐらいの場所にあります。
 今日開催される学会は、大学の大型教室を使用した、人類学に関する規模の小さな専門的なものです。
 一般参加者の参加も可能ですが、このような退屈なものに参加する物好きは極々少数です。

 授業の少ない土曜日や、授業が休みの日曜日の大学は、学生の姿はほとんど見受けられず、がらんとしています。
 探索者が待ち合わせの時間に間に合うように(普通に行けば必ず間に合いますが)向かった場合、まだ中村啓司は待ち合わせの場所に来ていません。待ち合わせ場 所はベンチや芝生などのある公園のような造りになっています。普段ならば、学生の憩いの場所となっているのでしょうが、今日は授業が無いため学生の姿は見受け られず、探索者の姿しかありません。

 十分ほど遅れて、中村啓司は待ち合わせ場所に現れます。
 彼は地味なスーツ姿で、脇に大きな書類カバンを抱えてやってきます。
 探索者が待っているのに気づくと、手を振ってあわてて駆け寄り、久しぶりの対面を喜びます。
 この時、知り合い以外の探索者がいても、中村啓司は気にする様子もなく歓迎します。以前の中村啓司は、やや人見知りをする性格だったのですが、いまはそんな ことがありません。
 彼は、以下のように挨拶をします。

「遅れて済まない。飛行機のトラブルでね……今回の旅行は、最後の最後まで予定が狂いっぱなしだったよ。いまだって、直接、空港から駆けつけてきたところなん だ。
 それにしても、来てくれてありがとう。会えて本当に嬉しいよ。
 実を言えば、やっと長年の研究が実を結ぶというのに、気づいてみれば、それを一緒に喜んでくれるような人物がほとんどいないことに気づかされてね……無理を 言って、きみを呼びつけてしまい悪かったと思っている。
 知っての通り大学を辞めてからは、ずっとひとりで研究を続けてきたんだが、最近になって、やっと人間関係というものの大切さに気づかされたんだ。
 だから、この学会をきっかけに、いまさらながらだが少し生き方を考え直したいと思って……で、急にきみに会いたくなってしまったというわけなんだよ。きみに とっては、迷惑な話だったかも知れないがね」

 と、照れくさそうな笑みを浮かべると、

「やぁ、久しぶりにあわてて走ったものだから、汗をかいてしまったよ」
 そう言って、上着を脱いで近くのベンチに置きます。
 ここで、中村家を訪問した探索者ならば、小西須美のことや、日高雅之のことを彼に尋ねるかも知れません。
 以下の、質問への答えの例を記します。

・小西須美について
「彼女は、単なる私の友人だよ。私が研究で忙しいときには秘書のようなことまでしてくれる、実に親切で頭の良い女性だよ」

・日高雅之について
「はて……そんな親戚がいたかな。私は親戚付き合いのほうも疎遠なので、どんな親戚がいるのかさっぱり覚えていないんだ。もしかすると、一ヶ月家を留守にして いる間に、遊びに来たのかもしれないな。うちの家は部屋数だけは多いからね、時々、ホテル代わりにうちを利用する親戚が来たりするんだ。そのためのゲストルー ムが、わざわざあるぐらいだからね」

・カモノハシについて
「いや、悪いんだが……私は、インターネットとか電子メールとかは、さっぱりでね。だが、たしか佐代子がパソコンを買って、インターネットとかをやっているっ て言っていたな。前に、きみに紹介してもらった……えーと、ホームページだっけ? そのアドレスというやつを教えてあげたことがあるが……」

・中村佐代子について
「私が養子にした女の子さ。いまの私にとって、研究以上の生き甲斐となってくれている。今晩にでも紹介するよ。今日はゆっくりできるんだろ?」

・研究について
「そうそう、今日の学会で発表する私の研究はな……(以降の「研究内容について」を参照)」

 中村啓司は短い時間ならば、探索者の質問に答えてくれますが、実のところは今日の学会で発表する論文を早く紹介したい気持ちでいっぱいです。
 そのため、探索者の質問に対しても上の空で、持論を話したくてうずうずしている態度が見え見えです。
 キーパーは頃合いを見計らって、中村啓司に以下の台詞を喋らせて下さい。
 あまり探索者が質問を繰り返すようならば、半ば強引に話題を切り替えてしまっても構いません。
 ここで中村啓司から情報を得てしまうと、早々に小西須美たちへの疑惑を確信させることとなってしまい、今後の謎解きの楽しみが減ってしまうからです。

・研究内容について
「多くの学者が長年研究を続けているにも関らず、いまだ人類の起源ははっきりしていないんだ。
 それも当然で、いまの人類学者たちの多くは、ある日、人類の祖先である猿人が生まれ、そこから複雑に枝分かれをしながらも、ひとつの枝が現在まで伸びて我々 となったと考えているからなんだ。
 むろん、これはダーウィン以来の進化の基本だが……実際の進化というものは、それほど単純ではないだろう?
 新しい人類が発見されたというニュースは日常茶飯事だ。きみたちだって、クロマニヨン人とネアンデルタール人については知っていると思う……と、同時に、そ れら以外にも世界中で人類の祖先とおぼしき原人の存在の証拠が発見されていることもよく新聞などで読むだろう?
 さて、これらすべての原人が絶滅して、一本の枝だけが現代に残り、我々、現生人類となったと考えるのは……これはあまりにナンセンスなとこだとは思わないか ね?
 私が研究を続けている持論では、複数の種類の原人の血が互いに混ざり合い、混血に継ぐ混血を続けていったのが現生人類なのではというものなんだ。枝分かれを 続けた無数の枝は、再び融合して大きな幹を作り出した。それは現在も続いているんだ。究極的に混血が進めば、いま存在する人種という概念も、やがては消え去る ことだろう。
 もちろん、この考え自体は珍しいものではない。しかし、私はこの持論を証明するために……」

 中村啓司はそう語りながら、書類カバンを開けて大型の封筒を取り出します。そして、封筒の中から大きな写真のネガのようなものを取り出そうとしたとき……悲 劇は起こります。


16,中村啓司炎上

 何の前触れも無く、中村啓司の身体が炎に包まれます。彼はバネが弾けたように立ち上がると、棒立ちになったままの姿勢で絶叫をあげます。
 この時、《目星》に成功した探索者は、上空からポリバケツぐらいの大きさの炎の塊が、中村啓司の身体を目がけて舞い降りてきたのを目撃します。
 この炎の正体は、小西須美の呼び出した火の精です。細かい話ですが、火の精は夜にしか呼べないので、彼女はあらかじめ召還した火の精に、このキャンパスに やってくる中村啓司を焼き殺すよう指示しておきました。
 探索者が数メートル離れていても、その髪を焦がすほどの高熱を発しながら、中村啓司は立った姿勢のままで焼かれていきます。
 この凄惨な現場に遭遇した探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
 彼の断末魔の叫びは、ほとんどが意味を持たないものですが、《聞き耳》に成功した探索者は、途中、「サヨコ」という女性の名前を何度も呼んでいることに気付 きます。
 この炎を消火することは困難です。大量の水か、消火器が無ければ、すぐに消火することはできません。
 炎は30秒ぐらい消えてしまいます。
 なぜなら、すぐに燃やすものがなくなってしまったからです。
 火が消えると、信じがたい事にそこに中村啓司の姿は消えて無くなってしまっています。正確に言うと、彼の立っていた場所にわずかに焦げた一足の革靴が残され ています。靴の中には、消し炭が少し残っています。
 中村啓司の身体は、このわずかな消し炭を残して、すべて焼失してしまったのです!
 この光景を見て《オカルト》に成功した探索者は、こうした人体自然発火現象は世界中で多くの実例が報告されていることを知っています。多くの場合、人体自然 発火現象は人体とその衣服以外はほとんど燃えることがなかったそうで、今回の状況もそれによく似ています。
 以下に、現場を調査してわかることを明記しておきます。

・中村啓司の遺体
 遺体は完全に焼失してしまってます。
 革靴の中に残った一握りの消し炭だけが、中村啓司の身体の名残です。
 しかし、消し炭は完全に炭化してしまっており、これが人間の身体であったことを証明するのは不可能です。
 したがって、この殺人を証明することは誰にもできないと言うわけです。
 短時間で生きた人間をここまで焼くなどと言うことは、常識的な手段では不可能です。これはロールの必要もなく容易に分かる事実です。
 これは火の精の神話的パワーによるものなのです。

・残された資料
 中村啓司が炎に包まれる時、手にしていた書類カバンも一緒に焼失してしまっています。
 ただし、封筒から取り出そうとしていた写真のネガだけは、半分燃え残った状態で地面に落ちています。
 よく見てみると、それはレントゲン写真のようなものです。
 焼け残った部分を見ると、どうやら腕の写真のようですが、損傷が激しく、それ以上のことはわかりません。写真の隅には「大野川病院」という名前が記されてい ます。
 大野川病院については、後述の「19,大野川病院」を参照してください。

・焼け跡の具合
 奇妙なことに、人がひとり焼失するほどの高熱の炎が燃えさかったというのに、あたりに火が燃え移った様子はまったくありません。
 遺体の足は爪先まで消し炭になっているというのに、なぜか奇妙なことに革靴だけが燃え残っています。
 これは火の精が中村啓司と資料だけを狙っていたためです。

・中村啓司の背広
 ベンチには、彼が脱いだ背広の上着が置かれたままになっています。
 背広には、手帳が入っています。財布はありません。彼は、ズボンのポケットに札入れを入れる習慣があったためです。
 手帳の中を読んでみると、これはスケジュール帳を利用した日記帳であることがわかります。
 中村啓司は、このスケジュール帳に数行程度の日記をつけていたのです。
 当然、このスケジュール帳は今年のものですので、日記は今年の1月1日からスタートしています。
 日記の内容をすべて読むには1時間程度必要です。重要そうな部分だけを探して斜め読みをする場合、10分をかけて読んだ後に《日本語読み書き》に成功する必 要があります。
 1時間かけて読むか、斜め読みに成功した場合、以下の情報が手に入ります。
 箇条書きは古い日付から順番に並んでいます。

★今年の日記の内容(抜粋)

・今年の正月の日付
 佐代子も、今年で6年生になる。進路も考えなくてはならない。あの子なら、私立中学ぐらい楽に入ることが出来るだろう。出来る限り高度な教育を受けさせてあ げたいものだ。紛れも無く、あの子は天才なのだから……
 寂しくなるが、海外留学のほうも真剣に考えてみるべきだろう。片手間で教えた英会話だが、いまでは私以上となっている。いつの日か、あの子と共に研究をする 日も来るだろうか……もし実現すれば、なんという幸せなことだろう。
 唯一、残念なことは、もっと若い時にあの子と出会えれば……少しでも長く、あの子と共に過ごせたものを……

・半年前の日付
 小西さんに言われて、河本さんを解雇した。小西さんは暇を見つけてはうちにやってきて、家のことを良くやってくれるし、私の研究の理解者でもあるが……な ぜ、こんなにつくしてくれるのか?
 まさか、この老いぼれに恋愛感情というわけでもあるまいし。

・三ヶ月前の日付
 中学入試に備えて、小西さんが佐代子の勉強を見てくれるようになった。家庭教師をしていたこともあったそうで、元助教授の私が感心するのもなんだが、確かに 教え方がうまい。やはり頭の良い女性だ。

・二ヶ月前の日付
 小西さんの佐代子に対する教育は熱心で、最近の佐代子の学力には驚かされるばかりだ。この前、ちらりと見てみたが、すでに高校程度の勉強をしている。それど ころか、佐代子の関心のある自然科学などでは大学のテキストを読んでいることさえある。こうなると私立中学どころではない。海外の大学を考えてみるか……そう すれば、あの子との共同研究という私の夢も、本当に実現するかも知れない。
 しかし、心配なのは最近、佐代子に元気が無くなったような……もしかすると、勉強疲れかもしれない。

・一ヶ月前の日付
 いよいよ明日から、北欧へ長期の研究旅行へ出かける。一ヶ月間の予定だが、留守中は小西さんが佐代子の面倒を見てくれるというので心配はない。この旅行が、 私が追い求めてきた説の、最後のまとめとなることだろう。今度、日本へ帰ってきたとき、そのときが学会での発表の時だ。

 この後、約一ヶ月間は、北欧での研究旅行の記録が記されていますが、日記のため、専門的なことはほとんどなく、その日の感想が数行書かれてあるだけです。

・中村啓司の死んだ前日
 予定を大幅にオーバーしてしまったが、なんとかぎりぎりで学会の日までに帰国することが出来そうだ。
 いま、飛行機の中でこれを記しているが、明日は懐かしの我が家でこの日記を書くことが出来るだろう。
 学会のほうは、すでに論文や資料など、小西さんに頼んで委員会のほうに提出済みなので問題はない。明日はいよいよ、私のライフワークであるあの学説が世に出 るのだ。
 そして、一ヶ月ぶりに佐代子にも会える。この一ヶ月、忙しさにかまけて、ほとんど電話でも話すことが出来なかった……あの子には、悪いことをした。
 明日の学会が終わったら、しばらく研究のことは忘れて、あの子とゆっくり過ごす時間を作ることにしよう。

 中村啓司の殺害は、もちろん小西須美が火の精を使役した犯行です。
 彼女は中村啓司から送られてきた論文の内容を読んで、この論文が発表されると、自分の計画に支障を来すと判断し、彼の殺害を決意したのです。
 本来ならば、目撃者のいないところで誰にも知られることなく殺害する計画でしたが、中村啓司の乗る飛行機が遅れるなどのトラブルが続き、彼を殺害するチャン スを学会直前のキャンパスでしか得ることが出来ませんでした。
 学会が始まってしまっては手遅れなので、探索者がいるにも関わらず小西須美は作戦を強行したのです。


17,警察の対応

 探索者は、目の前で中村啓司が焼死したことを警察に通報するかも知れません。
 しかし、警察は探索者の言葉を信用することはありません。
証拠と言えば、一握りの消し炭に、背広の上着と、スケジュール帳、誰のものかもわからない革靴だけなのです。これで殺人があったことを信用してくれと言う方が 無理というものでしょう。
 この日、中村啓司が学会を休んだだけのことで事件として警察が動くことは出来ないと、冷たくあしらわれます。

 もし、探索者が小西須美の不審な行動や、行方のわからない中村佐代子についての情報を提供したとしても、警察の方はまったく取り合うことはありません。
 このシナリオに登場する警察官たちは、実際に被害者から被害届が出て、上司が捜査を命令しない限り動こうとはしないからです。


18,中村啓司の発表内容

 事件のあと開催された学会では、中村啓司は欠席として扱われ、その発表は取りやめとなります。
 彼が学会で何を発表しようとしていたのか?
 これは、探索者にとって大きな関心事となるでしょう。

 学会で何かを発表するには、その日に発表する内容をあらかじめ提出する必要があります。よって、壇上の資料がすべて焼けてしまっても、学会のほうでは発表内 容をまとめた論文と資料をきちんと保管しているものなのです。
 ただし、この事実をプレイヤーが自力で気付くのを期待するのは、ちょっと酷かもしれません。プレイヤーが気付かないようでしたら、キーパーは学会の役員など を利用して、さりげなく資料の存在を探索者に示唆してあげてもよいでしょう。
 また、教授や大学院生、もしくはそれに近い知識系の職業の探索者ならば、このことを知っていても構わないでしょう。

 大学に問い合わせれば、学会を執り行っていた役員に面会する事ができます。
 また、探索者が礼儀正しく希望すれば、中村啓司が何を発表しようとしていたか論文を閲覧させてもらうこともできます。

 論文のタイトルには、「七十五万年前の原人の骨格的特徴」と書かれてあります。論文の日付からしても、あの日の学会で中村啓司が発表しようとした論文に間違 いはないようです。
 ところが、その内容は奇妙なものです。
 この論文は、三十年前、インドネシアのフロレス島で発見されたホモ・エレクトゥスと思われる原人の踵の骨に関する論文で、事件の日に、キャンパスで中村啓司 が説明しようとしていた人類のミッシングリンクに関するものとはだいぶ内容が違うように思えます。また、1時間をかけて論文を読んだ探索者は、《人類学》に成 功すれば、この研究発表が二十年以上も前に発表された論文の焼き直しであることがわかります。
 探索者が学会の役員に、この論文について奇妙な点はないかと尋ねた場合、上記の情報と同様のことを教えてくれます。また、中村啓司は自然人類学に関しては優 秀な研究者だったので、他人の研究を真似るような馬鹿なことはしないはずと、首を傾げます。
 論文はすべてワープロで書かれてあり、どこにも中村啓司の肉筆はありません。
 また、資料をいくらさがしても、大学の現場で発見したようなレントゲン写真は見つかりません。
 この論文を持って来たのは誰かと問われれば、中村啓司の秘書を名乗る中年の女性であったことを覚えています。小西須美の容貌を説明すれば、役員はその人物に 間違いないと答えます。

 この論文は、小西須美が秘書としての立場を利用して差し替えた、偽の論文です。
 彼の本当の研究内容を知られたくないため、題名だけ同じものを準備して、入れ替えて提出したのです。もちろん、この論文の内容自体には何の意味もありませ ん。


19,大野川病院

 中村啓司が学会で残した唯一の役立ちそうな遺留品であるレントゲン写真から、探索者はこの病院のことを突き止めることでしょう。
 大野川病院は中村啓司の自宅から車で二十分ほどの位置にある、市立の総合病院です。
 警察でもない探索者が、患者の秘密を守る義務のある病院で情報を収集することは、なかなか困難なことです。このシーンではプレイヤーたちには《言いくるめ》 と《説得》の判定以外の部分で、ロールプレイに励んでもらいましょう。

 この病院には「9,事件の真相」で記述されている、中村啓司がレントゲン写真を見せてもらうために買収した医者である、立花才蔵がいます。
 彼自身は、それほど悪い人間ではありません。
 ただ、高校時代からの友人である中村啓司に強引に頼まれ、多額の謝礼を提示されたため、ついつい魔が差してレントゲン写真の閲覧を患者に内密で許可してし まったのです。彼は、中村啓司が人類学者であることは知っていたので、現代人のレントゲン写真を見たいというのも学術的好奇心からだろうと甘く考えたのです。

 探索者が大野川病院で中村啓司と関わり合いのある医者について尋ねれば、すぐに立花才蔵のことを教えてもらえます。
 中村啓司と同年齢の老齢の医者で、小柄な体型の人当たりの良い人物です。
 立花才蔵は、中村啓司にレントゲン写真を見せたことに引け目を感じているので、中村啓司のことで尋ねてきた探索者に対して、不自然なほどに無愛想な(探索者 の態度が強硬ならば、怯えた)態度をとります。《心理学》に成功すれば、彼が何か隠し事をしていて動揺していることがわかります。
 探索者が中村啓司が変死を遂げたことや、その現場に大野川病院のレントゲン写真があったことを告げると、途端にうろたえ始めます。
 このような立花才蔵の不自然な態度をついて、脅すなり、すかすなりすれば、やがて彼は秘密を守ることを条件に、中村啓司のことについて以下のような話をして くれるようになります。

・中村啓司とは高校時代からの友人である。

・五年ぐらい前に学術調査に協力するため、患者のレントゲン写真を閲覧させたことがある(病院に秘密であったことや、謝礼のことなど、自分の不利になる情報に ついては秘密にしています。どうせ、探索者には関係のない情報ですが)。

・中村啓司は、このことを不特定多数の現代人の骨格についての統計をとるためだと話していた。

・その後、半年ぐらいしてから、ひとりの少女(中村佐代子です)を連れてきた。親代わりに育てることになった子だそうで、彼女の定期診断をして欲しいとのこと だった。その子の体には何も問題はなく、定期診断が必要とは思えなかったが、中村啓司の話によると、遺伝的に骨肉腫(骨に発生する癌)になりやすい家系だそう で、その予防のため毎月全身のレントゲン写真を撮っていた。ただし、これまで骨肉腫らしき傾向は一切発見されなかった。

 立花才蔵の話に出てきた、中村佐代子のレントゲン写真を見せてもらうことや、まして借りることは、病院という性質上、非常に困難(現実的には不可能)なこと です。ただし、無断で部外者にレントゲン写真を閲覧させたという立花才蔵の弱みをついて、うまく説得をすればレントゲン写真を見せてもらうことは可能です。
 ここでは、キーパーは探索者にどのように話をもっていくか演じてもらい、単純に《信用》や《説得》のロールを成功させるだけでは不十分としましょう。

・中村佐代子のレントゲン写真
 一見したところ、何の変哲も無い手のひらの写真です。
 この写真を見て、《医学》か《目星》1/2に成功すれば、中村啓司の遺留品にあった焼け残ったレントゲン写真に写っていた手と同じものであることがわかりま す。
 また、さらに《医学》か《人類学》に成功すれば、この手の写真の親指と人差し指の第二間接の形状が普通に比べて少し変わっていることに気付きます。具体的に 言えば、人差し指が短く、親指が長いのです。
 もっとも、その差はよく気を付けてみなければ気付かない程度のものです。
 探索者が、立花才蔵や他の医者にレントゲン写真について何か普通の人間と異なる部分があるか尋ねてみた場合、上記と同じ情報を教えてくれます。

 また、立花才蔵は、定期診断を受けに来ていた中村啓司と個人的に親しかった女医がいたことを思いだし、紹介すると言ってくれます。
 ところが、その女医を呼ぼうとすると、別の看護婦が、彼女は三週間の長期休暇をもらって休んでいると告げます。
 その親しかった女医の名前を尋ねれば、小西須美であると教えてくれます。
 以前、彼女に出会っている探索者が、その容貌をを説明すれば、二人が同一人物であることがわかります。
 小西須美について、他の看護婦などに尋ねれば、非常に仕事の出来る優秀な医者だったという良い評判が聞けます。
 しかし、一方で人付き合いが悪く、プライベートなことはほとんど話さなかったこと。時々、長期休暇をとって、イギリスなどに海外旅行に行っていた(星の智恵 派の集会に参加していたのです)といった話を聞くことができます。


20,中村啓司の近所の評判

 中村家の敷地内は林となっておりますが、そのまわりは普通の住宅街となっています。
 あたりを歩いている住人に、中村家のことを尋ねれば、いろいろと有用な話を聞くことができます。
 以下に近所の人間から得られる情報を箇条書きにしておきます。キーパーは状況に応じて、近所の人をロールプレイしながら、これらの情報を提供してください。
 この情報には、事実をねじ曲げたものや、まったくの推測も混ざっているのでキーパーは注意して下さい。

・中村啓司について
 中村家は古くからの地主で、かなりの資産家だった。
 中村啓司は良い大学を出て、とある大学の助教授を勤めていたそうだが、親の遺産を相続すると同時に退職して、悠々自適の暮らしを始めた。
 結婚はしていなかったようだが、家事については通いの家政婦を雇っていたので問題なかったらしい。
 家政婦の住所は、中村家の近所である(家政婦の詳しい情報については「21,河本文江との対面」を参照してください)。

・家族について
 旧家だけに親族は多いようだったが、近縁者はいなく、実際のところは天涯孤独も同然だった。
 ただし、五年前に、突然、七歳ぐらいの少女を引き取ってきて養女とした。
 その子の名前は中村佐代子と言う。
 日高雅之という親戚がいたかどうかはわからないし、若い男があの家に出入りしていたことはない。

・仕事について
 中村啓司は、なにやら学者みたいなことをしているらしい。
 よくはわからないが、結構、有名な学者でもあるらしく、大学関係者が家を出入りしていた。
 歴史に関する研究をしていたらしいが、具体的にどのような研究をしているかは知らない。

・女性関係
 去年、秘書と称して中年の女を家に入れて、代わりに10年ぐらい通い続けていた家政婦を解雇した。
 もしかすると、秘書などではなく愛人かもしれない。

・不思議な光
 最近、夜になると、中村家の敷地から黄色い光が天に向かって伸びているのを見かける。
 近所の人間が何人も目撃している。
 その光はサーチライトのような直線的な光ではなく、炎のように揺らいだ光で、見ていると何か不安になってくる不思議な光だった。
 この現象は、一回だけでなく、日を変えて何回も目撃されている。


21,河本文江との対面

 解雇されたという家政婦は、中村家の近所に住んでいるので、すぐに訪問することができます。
 名前を河本文江といい、両親と一緒に暮らしています。
 家政婦というと、もしかすると近所の主婦がバイトでしているものというイメージがあるかもしれませんが、本来、家政婦は非常に高い能力を必要とする技能職で す。
 そして、彼女はプロとして家政婦の職を完全にこなすことのできる、日本では珍しい人物なのです。
 キーパーは彼女を有能な職業婦人としてマスタリングをしてください。
 彼女は、近所の人とは比べ物にならないほど中村家と深くかかわっていたので、いろいろと重要な情報を知っています。
 しかし、当然、プロのモラルとして、雇い主の家のことを容易に教えてくれはしません。
 まず探索者は、彼女に信用をしてもらう必要があります。 
 その方法は探索者に任されますが、彼女には弱み(?)として、中村佐代子の存在があります。
 彼女は中村佐代子のことをとても可愛がっており、自分の代わりに家に入った、小西須美が中村佐代子とうまくやっているのか心配なのです。中村佐代子のことを 話題に出せば、彼女も、ついついプロとしての立場を忘れて話に乗ってきます。
 以下に、彼女から得られる情報を箇条書きにしておきます。

・中村佐代子について
 中村佐代子は現在12歳の女の子で、5年前、突然犬でも拾って来るように、中村啓司がどこかの施設から養女として引き取ってきたそうです。
 明るくハキハキした子で、中村啓司も彼女のことをとても可愛がっていました。
 手先がとても器用で、タマゴにきれいな細工をするのが好きだったそうです。
 また、料理などを教えればすぐに覚えて、自分のものにしてしまうし、中庭にある花の手入れなど専門的な知識の必要なことも、小学生とは思えないほどしっかり こなしていました。
 中村佐代子の話題が出ると、彼女は言われなくても自分と二人で写っている写真を見せてくれます。
 二人は本当に仲が良さそうで、見ていて微笑ましくなるような写真です。

・中村啓司について
 河本文江は、中村家には10年ぐらい通っていました。
 中村啓司は、かなりの資産家で、働くことも無く自分の好きな研究をして過ごしていました。専攻は自然人類学です。
 近縁のものはほとんどいなく、天涯孤独といっても良いぐらいだったそうです。
 客も滅多に来なく、時々、研究仲間などが顔を見せたりもしましたが、友人と呼べるほどの関係ではなかったようです。

・小西須美について
 一年前ぐらいから、中村家に出入りするようになった女性で、大野川病院で女医をしているそうです。
 彼女は次第に中村家のプライベートにも関るようになり、河本文江が解雇された頃には、まるで妻であるかのように中村家を取り仕切っていました。
 また、中村佐代子の勉強を熱心に見てあげていたそうです。

・日高雅之について
 そんな人物については、まったく知りません。
 中村啓司にそんな親戚がいたということすら、彼女は知りません。
 また、彼が寝ていた部屋について尋ねた場合、その部屋はずっと中村佐代子の部屋だったと教えてくれます。


22,火の精の襲撃

 やがて、小西須美は自分達のことを嗅ぎまわっている探索者の存在に気付き、火の精を差し向けます。
 このイベントは、一通りの捜査を終えて、探索者が次の行動に迷っているような時を見計らって発生させると良いでしょう。
 発生させる具体的なタイミングはキーパーに任されますが、場所は近くに消火器や水道があるときに発生させて下さい。なぜなら、消火をする手段が無い場合、火 の精は探索者にとって致命的な存在だからです。
 消火手段のある場所の例としては、誰かの家の駐車場(洗車用の水道があるはずです)、ガソリンスタンド(消火設備はどこより整っています)、トラック等の近 く(車載消火器があるはずです)、商店街(どこかの店に常備品の消火器があるはずです)などでしょう。

 夜、探索者が屋外に出ると、《天文学》×5で星々の寂しい秋の夜空の中で、フォーマルハウトがひときわ強く輝いていることに気付きます。このときのロールが 《天文学》×1で成功していれば、この輝きが自然では考えられない異常に強い輝きであることがわかります。この輝きを見て《クトゥルフ神話》に成功すれば、ク トゥグァに関する魔法がこの近くで使用されたのではと推測できます。
 フォーマルハウトの輝きは探索者が見ている間にもグングンと強さを増して、やがては星自体が輝いているのではなく、流星がその方向からこちらにめがけてまっ すぐに降ってきているのがわかります。しかも、その流星はいつまで経っても燃え尽きることなく、どんどんと大きくなっているのです。全員がさきほどの《天文 学》に失敗していた場合、この時点で《目星》に成功すれば、夜空でひときわ大きく輝く妖星の存在に気付くことができます。もしも、この《目星》に探索者全員が 失敗した場合、この非常に迂闊な探索者たちは火の精に不意打ちをされることになります。
 流星が自分を目指して降って来るという異常事態に遭遇した探索者は0/1D3正気度ポイントを失います。
 やがて、その流星は探索者の頭上に舞いおりてきます。その大きさはポリバケツ程度ですが、数メートル離れていても強烈な熱気を感じるほどの高熱の炎の塊で す。。
 火の精を見て《アイデア》に成功した探索者は、この炎が中村啓司を焼死させた、例の炎によく似ていることに気付きます。
 火の精は、まず探索者の足となる車を狙います。火の精にとって、車はよく燃える箱にしかすぎません。
 車を爆破炎上させることは、キーパーにとっては探索者を傷つけることなく恐怖させるのに良い手段となるでしょう。
 火の精は車を燃やした後で、ゆっくりと探索者に狙いをつけます。
 この間に、探索者は消火器などの迎撃準備を整えることが出来るというわけです。
 なお、火の精の移動能力は改訂版ルールによると「飛行1」となっていますが、この場面では火の精は空中をかなりのスピードで移動し、走って逃げる程度では、 とても逃げ切れないということにします。
 キーパーは敵の姿が火の玉であることを強調して下さい。賢明な探索者ならば、その姿からおのずと敵の弱点が導き出せるはずです。
 探索者が機転の利いた撃退法(例えば、川に飛び込んだり、スプリンクラーのある建物に入るなど)を思いついた場合は、キーパーはそれがよほど馬鹿げたもので ない限り採用してあげてください。
 もし、敵を過大評価しすぎ(「クトゥルフの呼び声」においては、それもしかたのないことですが)て、逃げるばかりで撃退しようとしなかった場合、建物の中に 隠れたりしたのをきっかけに、火の精の魔の手から逃れられたということにしても良いでしょう。
 この火の精は、探索者を驚かせ、事件を早急に解決しなくてはならないという緊迫感を与えるための存在です。よって、キーパーはあまり探索者にダメージを与え ないようにして下さい。

 この非常に危険なイベントを発生させれば、探索者はのんびり事件の捜査をしている場合ではないと、切迫感を感じてくれることでしょう。


23,中村家再訪

 様々な証言や証拠から、小西須美が非常に怪しい人物であると探索者たちは推測することでしょう。
 探索者は再び中村家を訪問するか、それとも一歩進んで忍び込んでみようと考えるかもしれません。火の精に襲撃された後ならば、あまり悠長なことはしていられ ないと強行手段をとることも考えられます。
 キーパーは探索者の様子を見て、シナリオの展開を替えてください。
 具体的には、まだ探索者が小西須美への疑惑を固めきっていない場合は、彼女はまだ家にいます。この展開は、「12,玄関のタマゴ」で説明したタマゴを盗みに 行くときや、中村佐代子のことを尋ねにいった時などが考えられるでしょう。
 その場合は、「11,小西須美の応対」での小西須美の反応を参照してマスタリングをしてください。
 もし、探索者が小西須美への疑惑を固めて、中村佐代子を救出すべく赴いた場合、シナリオの都合上、彼女は家にはいません。次に彼女が登場するのは、「33, 魔道士登場」となります。
 この項では、後者の場合の中村家の様子の説明をします。

 現在、中村家には日高雅之しかいません。
 しかも、彼はしっかりと戸締まりをして居留守を決め込んでいるので、通常の手段では家の中に入ることはできません。
 ただし、夜、中村家の様子を外から見てみれば、ゲストルーム(小西須美の部屋)に明かりがついていることがわかります。

 玄関の鍵を開けるには、《錠前》に成功する必要があります。もちろん、玄関以外からも、リビングなどのガラス窓を破って侵入することは可能です。その場合、 音を立てないように注意して窓を破らない限り、日高雅之に気付かれることになります。
 家の中に侵入した探索者は、全員《忍び歩き》に成功しなければ、日高雅之に侵入したことを気付かれる可能性があります。
 キーパーは日高雅之が探索者の侵入に気付くかを判定するため、彼の《聞き耳》をこっそりと判定してください。この判定は、家の中を移動する際の《忍び歩き》 に失敗した探索者の人数分の倍数で判定をします。つまり、全員が成功すれば《聞き耳》×0で0%、探索者のうち二人失敗していたら《聞き耳》×2で判定をする といった具合です。

 日高雅之は危険な見張り番です。
 彼は小西須美から探索者が家に忍び込んで来た場合、ためらわず抹殺するように命じられています。
 昔はケンカ三昧の日々を送っていたチンピラである上、小西須美を盲信するあまりいまの彼には理性というものが完全に欠如しています。彼女の命令を達成するた めにならば、探索者の命を奪うことにも何の抵抗も感じません。それどころか、自分の命すら惜しむこともないのです。
 彼は、小西須美という神を崇める狂信者なのです。
 ただし、彼にも知能はあるので、探索者を倒すのに有利な場所で待ち伏せをしようとします。探索者にとって不幸なことに、中村家には大型クローゼットなど隠れ る場所には不足しません。

 日高雅之が探索者の侵入に気づいた場合、彼は「No.12 ドレッサー」の中に隠れます。そして、「No.10 ゲストの寝室」の部屋に置かれた携帯電話 (これは中村佐代子のものです)に、自分の携帯電話を使用して電話をかけます。
 当然、誰もいない部屋で携帯電話は鳴り続けることとなります。この音は階下でも聞こえてきます。おそらく、探索者は興味を引かれることでしょう。
 もしも、探索者が部屋に入って携帯電話に出た場合、
「俺って役に立つよねぇ、先生〜」
 という声がボソリと聞こえてきます。探索者から話しかけても、何の応対もありません。
 日高雅之は、探索者の注意が電話に向いている隙を狙って、こっそりとドレッサーの中から出てきて奇襲を仕掛けてきます。ルール的には、最初のラウンドは日高 雅之だけが攻撃をすることができ、探索者は反撃をすることが出来ません。ただし、彼の攻撃を《回避》することは可能です。

 戦闘中、日高雅之は、以下のようなことを喋りながら戦い続けます。
 いきなり大声で叫んだり、そうかと思うと小さな声でブツブツと呟いたりと、脈絡のない口調で喋り続けるのです。
「先生は、やっと捜し物を見つけるための方法を手に入れたんだ。もうすぐだ、もうすぐなんだ!」
「仲間だ! これで、もっと沢山の仲間ができる! 先生のように、俺の心を満たしてくれる、立派できれいで頭のいい人たちが……俺は、その人たちのために戦う んだ!」
「あの子のような人が、もっと先生のもとに集まれば、すごい世界が生まれるんだ」
「先生はおまえたちを殺せと言った。先生の理想を邪魔するヤツは許さない。先生、こいつらをすぐに始末するよ。先生、俺は役に立つだろう?」

 彼は、肉体的に動けなくなるまで戦い続けます。
 一度気絶しても、意識を取り戻せばまた果敢に攻撃を仕掛けてきます。たとえ武器を失ってでもです。
 日高雅之の脅威を無くすには、彼を殺すか、完全に体の自由を奪う(ミノムシのようにロープで完全に縛り上げるなど)かしかありません。
 生半可な方法では、彼は再び探索者に襲いかかろうとします。ロープで手足を縛られた場合は、体が傷つくことなど気にすることもなく、窓ガラスを割った破片な どを使って切断しようとしますし、手錠をかけられた場合は、親指を噛みちぎってでも手を引き抜こうとします。その執念は凄まじいもので、彼には常識は通用しま せん。
 探索者が日高雅之の生け捕りに成功したとしても、彼から有益な情報を引き出すことは不可能です。
 意識のある間、彼は小西須美のすばらしさを讃える言葉と、探索者への罵詈雑言を叫び続けます。
 その言葉を聞いて、《心理学》に成功すれば、彼の言葉の端々に「選ばれた人間」といった意味合いのものが含まれており、選民思考にすっかり毒されていること がわかります。

 彼の所持している武器と技能は、探索者の戦闘力に応じて、キーパーが選択してください。
 探索者がまったく戦闘系の技能を所得していなく、武器も持っていない場合、夜警棒(技能40%、ダメージ1D6+db)あたりが妥当でしょう。
 もしも探索者が戦いに慣れているようでしたら、少々、スリリングな戦闘を楽しんでもらう為に大型ファイティング・ナイフ(技能60%、ダメージ 1D6+1+db、貫通あり)あたりを持たせてみても良いでしょう。
 ただし、やりすぎて探索者を殺してしまわないように気を付けてください。日高雅之のようなザコにむざむざ殺されてしまっては、プレイヤーも納得できないで しょう。
 それに探索者を殺すチャンスなら、この後、たっぷりとあるのです。


24,二台の携帯電話

 日高雅之の利用した携帯電話からも、わずかではありますが情報を得ることが出来ます。

・中村佐代子の携帯電話
 中村啓司が中村佐代子に持たせた携帯電話です。裏側には、カモノハシのイラストの可愛らしいシールが貼られています。
 発信履歴を調べると、この携帯電話は一ヶ月間、まったくこちらから電話をかけていないことがわかります。
 一方、着信履歴を調べると、携帯電話内には着信の記録は無いのですが、留守番電話サービスを確認してみれば、かなりのメッセージがたまっていることがわかり ます。その内容は、ほとんどが中村佐代子の友人からのもので、「早く病気を治して、学校に来てね」といった見舞いの電話です。また、中には中村啓司からの海外 電話も含まれています。

・日高雅之の携帯電話
 この携帯電話の電話番号の登録を調べると、「先生」「中村」「ホテル」の三件だけが登録されています。
 発信、着信履歴を調べてみると、この携帯電話からかけられている電話番号は、さきほどの三件ぐらいのもので、非常に限られていることがわかります。
 なお、「先生」というのは、小西須美の携帯電話です。「中村」は中村家の自宅、「ホテル」というのは、彼がたまに寝床として利用しているカプセルホテルのこ とです。


25,小西須美の部屋

 小西須美の部屋は、もともとゲストルームとして設計された部屋です。
 壁紙は明るいクリーム色で、品の良い小型の調度品が揃えられています。
 作り付けのクローゼットの中には、女性の服が多数揃っています。その内容は、地味ですが仕立ての良いスーツがほとんどです。

 部屋の奥には、小さな客用の書き物机があります。机の上には、筆記用具を入れる洒落た細工の銀製の文具皿が置かれてあります。机の上はきれいに整頓はされて いますが、先の丸まった鉛筆や、使い途中の消しゴムなどから、この書物机が日常的につかわれているという印象を受けます。

 机にひとつきりしかない引き出しの中には、本と携帯ライトが入っています。
 本は、きちんとオリジナルの装丁がなされた黒い本で、金文字で「Book of Dzyan」と書かれてあります。詳しくは「26,ドジアンの書」を参照して下さい。

 携帯ライトは、電球の代わりに小さな蛍光燈が入ったものです。
 ただし、中に入っている蛍光燈は普通のものとは違って青っぽい色をしています。スイッチを入れても、電源は入っているようなのですが、ほとんど光を発しませ ん。《電気修理》×5か《知識》で、これがブラックライトというものであることがわかります。暗闇の中で、特殊な塗料にこのブラックライトをあてると、塗料が 光を発するのです。
 最近では、バーやクラブなどでよく使用されているので、暗闇でなんの仕掛けも無いワイシャツなどが蛍光色の光を発している光景をテレビなどで見たことがある と思います。それがブラックライトです。
 このブラックライトは、中庭に隠された「門」を浮かび上がらせるのに必要なアイテムですので、キーパーはこの存在を探索者に気付かせるように誘導することを 忘れないでください。
 もっとも、怪しいNPCの部屋に入って、机の引き出しを開けないようでは探索者失格と言えなくも無いですが。


26,ドジアンの書

 小西須美の部屋で発見された本の内容は、奇妙なものです。
 ちぎれちぎれになった古びた本のページらしい紙を丁寧につなぎ合わた写真が延々と続いています。途中で白紙のページが続いたり、損傷が激しく内容が判読でき ない部分もあれます。《アイデア》に成功すると、この本が、ひどい保管状態の本を、一切、内容を違えることなく、完全に再現しようとした本であることがわかり ます。また、この本が非常に金のかかっている本であることもわかります。
 本の最後のページに、小さな紋様の印が隠すように押してあります。《オカルト》1/5か、《クトゥルフ神話》で、これが「星の智恵派」の印であることと、 「星の智恵派」というのは、1844年にエジプトから帰国したイノック・ボウアン教授がアメリカのプロビデンスで興した謎に包まれた秘密教団の名前であること がわかります。
 この本は、その「星の智恵派」が貴重な魔道書である「ドジアンの書(改訂版ルールブックP66参照)」をできる限り原本の形を残したまま再版したものなので す。

 この本には、しおりのようなものが挟まっています。
 このしおりは、一枚のメモ用紙を細く折り畳んだもので、開いてみれば中に文字が書かれてあります。これは小西須美が考え事をしながら書いた、落書きのような ものです。しかし、その内容はこの事件の真相の一端が記された、非常に重要なものです。
 内容は以下の通りです。
「ハイパーボリア
 ヒューペルボリア?
 北風の向こう側……北欧の土地? 原人 化石 神話的古代文明 魔法国家
 指の長さが鍵 佐代子の指
 魔術的素養 天才の証
 探すには整形外科 レントゲン管理は?
 産婦人科のほうがBetter?
 隠れ家は洞窟? 危険性 調査 時間 人手 日高
 もっと有能な人間を」
 散文的な内容ですが、これまでの探索者の調査内容と照らし合わせてみれば、小西須美の陰謀の一端がぼんやりと見えて来るはずです。

「Book of Dzyan」を斜め読みするには一時間をかけて読んでから、《英語読み書き》に成功する必要があります。
 しおりの挟まっていた部分を重点を置いて読んでみるならば、30分かけて読んでみて《英語読み書き》か《EDU》×1に成功をすれば、そこにハイパーボリア に関する興味深い一文を発見します。

・ハイパーボリア
 いまから百万年以上前、まだ人間が類人猿に近かった頃、すでに王国を造りだしていた先人類がいた。彼らは北極に近いハイパーボレアと呼ばれる大陸に科学技術 と魔法技術の混在した独自の文明を築き、数十万年に渡って繁栄を続けた。

・あり得ざる者の大迷宮
 偉大なる神の紋様を岩に描き、力を込めることによって異界の扉を開くことが出来る。その扉の行き先は盲の怪物の住まう無限の迷宮。この世にあり得ざる者の大 迷宮である。


27,中村啓司の部屋

 中村啓司の部屋は、膨大な書物の収められた書庫と、寝室を兼ねた書斎との二つに分かれています。
 落ち着いた調度と、古い本、雑多に積まれた書類のつまった、一時代前の学者の部屋といった感じの部屋で、最近のデジタル製品は皆無です。
 この膨大な書物や書類をざっと見て《図書館》か《人類学》×5に成功すれば、中村啓司が自然人類学の中でも、類人猿から人類へ分化した頃の、最も古い形での 原人について専門に研究していたことがわかります。

 また、探索者が「七十五万年前の原人の骨格的特徴」の原稿を探した場合、《目星》に成功すれば、膨大な書類の山から何とか目当ての書類の入った封筒を発掘す ることが出来ます。全員が目星に失敗してしまった場合には、1d3時間ほどかけて書類を整理すれば、目当ての書類を発見することが出来ます。
「七十五万年前の原人の骨格的特徴」の内容については「28,中村啓司の研究論文」を参照して下さい。

 書斎に「16,中村啓司炎上」で発見した日記の、前の年のものがないかを調べてみれば、机の引き出しの中に目当ての手帳が入っています。
 手帳は数年に渡って何冊もあるので、すべてを読むには4時間程度必要です。重要な部分だけを斜め読みをする場合、30分をかけて読んだ後に《日本語読み書 き》に成功する必要があります。
 4時間かけて読むか、斜め読みに成功した場合、以下の情報が手に入ります。
 箇条書きは古い日付から順番に並んでいます。

★日記の内容(抜粋)

・五年前の日付
 とうとう膨大なレントゲン写真から、目当てのものを発見した。残念ながら、その人物はすでに死亡していたが子供を残していたらしい。さっそく、その子の足取 りを探すことにしたが、表だって動けないため難航しそうだ。

・前の日記から半月後
 孤児院でとうとう例の少女と出会う。ハキハキしていて可愛らしい子だ。指の骨を調べてみたが、おそらく同じ特徴を遺伝しているようだ。

・前の日記から一ヶ月後
 口実を設けて、なんとか佐代子の全身レントゲン写真を撮らせることに成功した。間違いない、あの子は血を継いでいる! これで私の学説も完成する。

・さらに半年後
 考えた末、佐代子を娘として迎えることにした。研究目的もさることながら、あの子との生活はきっと楽しいものとなるだろう。

・さらに三ヶ月後
 佐代子は河本さんにもなつき、この家での生活にも慣れてくれたようだ。たった数ヶ月、一緒に生活しただけだというのに、もうあの子のいない生活は考えられな い。はじめて私は学問以外に満足を得るものを見つけた気持ちだ。

 数年間、平穏な日々が続いているようで、日記にはとりたてて気になる内容のものはありません。

・一年半前の日付
 佐代子にせがまれていたパソコンを買ってやった。インターネットだの、メールだの、私にはさっぱりだが、あの子にとってはテレビや電話の感覚らしい。頭の良 い子だとは思っていたが、こうなるとなんだか私の手をどんどんと離れていくような気がする。それとも、私の頭が古いのだろうか……

・それから一ヶ月後
 小西さんと食事をする。酔った勢いもあってか、私の暖めてきた持論と佐代子の秘密を話してしまった。しかし、彼女との話は楽しかった。とても頭が良いし、私 のことを理解してくれる。魅力的な女性だ。


28,中村啓司の研究論文

 中村啓司が学会で発表しようとした「七十五万年前の原人の骨格的特徴」というタイトルの論文のコピーです。
 きちんと要点がまとめられ、非常に読みやすい文章です。《アイデア》に成功すれば、この論文が何度も推敲が重ねられた、時間をかけてじっくりと作成された論 文であることがわかります。
 その内容を1時間かけてじっくりと読めば、以下の情報がわかります。
 重要そうな部分だけを探して斜め読みをした場合、10分をかけて読んだ後に《日本語読み書き》に成功する必要があります。
 この論文は学会での発表用に要点をまとめたものなので、内容を理解するのにそれほど時間はかかりません。

・この論文の主題は、人類の起源に関するものである。

・一種の猿人が人類の祖先となったのではなく、それまでに発生した多くの猿人や原人の血が互いに混ざりあい混血が進み、現在の人類となった。

・その証拠として、現生人類の中で、ある種の原人の骨格的特徴を残している者を探した。いくら混血が進んだとして、多くの原人を祖とした現代人の骨格には、そ の特徴が残っているはず。ある人種の現代人に、絶滅したとされている原人の骨格的特徴が残されていれば、この理論は証明される。

・北欧の七十五万年前の地層で発見された原人の骨格的特徴を持った少女を発見する。彼女の親族の骨格についても調査(生前のレントゲン写真等)したところ、同 様の特徴が確認できた。ただし、現在、生存している彼女の血縁は皆無であるため、彼女の故郷の調査を続行中である。

・骨格的特徴はいくつかあるが、もっとも顕著な例としては、現代人に比べて親指の第二関節が長く、人差し指がやや短いことである。


29,門のある中庭

 中村啓司の家の最大の特徴は、家の中心に中庭があることです。
 日当たりを計算し、壁面に鏡を多用しているため、家の中心にあるにも関わらず日当たりは良好です。
 天井は吹きぬけになっていますが、寒風が直接入ってくることがないので、ちょっとした温室のようになっています。
 庭には、多種多様の観葉植物が調和のとれた配置できちんと植えられ、最近までは手入れも行き届いていた様子です。この植物の世話をしていたのは、中村佐代子 です。それまで中村啓司が、何の手入れもせずに荒れ放題にしていたのを、彼女が数年かけて見事な庭に育て上げたのです。
 しかし、現在は、土は渇ききっており、植物もなんとなく生彩に欠けています。中村佐代子がいなくなってからは、まったく手入れがなされていないからです。 《生物学》に成功すれば、手入れの難しい植物だというのに、ここ数日間(だいたい、探索者にメールの届いた日ぐらいから)、まったく手をかけた様子が無いこと に気付きます。ここまで見事な庭を育て上げたというのに、これは奇妙なことでしょう。

 庭を歩いて《目星》に成功するか、じっくりと時間をかけて(10分以上)変わったところはないかを探す行動をとれば、庭の一角に奇妙な場所を発見します。
 その場所の植物だけ、葉の色がドス黒く、新芽などは無気味にねじ曲がって生えているのです。一見したところ、病気にかかった植物のようにも見えますが、《生 物学》に成功すればこのような症状の病気は思い当たらないことがわかります。
 それも当然で、これは近くにある「門」から漏れだす宇宙的霊気に植物が悪い影響を受けたためだからです。
 植物が一番影響を受けている場所を探していけば、その中心には膝ぐらいの高さで、60センチ四方ぐらいのテーブル状の庭石があります。
 ただし、普通に調べただけでは、この庭石に変わったところはありません。
 もしも、探索者が《門の発見》の呪文を使えば、ここに門の一種があることに気付きます。
 また、庭石にブラックライトをあてると、石の表面に見たこともない不思議な模様が浮かび上がります。
 夜に、ブラックライトで庭石の模様が浮かび上がっているときに、人間がこの庭石に触れると、黄色い炎のようなもの(少しも熱はありません)がゆらゆらとゆっ くり立ち上り始めます。黄色い炎は、吹き抜けの屋根よりも高く立ち上り、その光は家の外からも見ることが出来ます。これが、近所の人が見た光の正体です。
 炎が立ち上っても手を離さなかった場合、手を触れていた人間は炎に巻き上げられて自分の体がふわりと宙に浮かんでいく感じがします。そして、気付いたときに は、別の世界へと転送されてしまっています。門を越えた際、探索者はマジックポイント1点と正気度ポイント1D3点を失います(クトゥグアの力を借りた特殊な 門なので、普通の門とはマジックポイントの消費量が違います)。
 また、転送されていく人を炎の外から見ていた場合、炎の中でその人の体がゴムのように縦に伸びていき、やがて細くなって見えなくなるといった驚くべき光景を 目撃します。この光景を目撃した探索者は、0/1D3正気度ポイントを失います。


30,あり得ざる者の大迷宮

 門を越えた探索者は、いつのまにか直径が五メートルぐらいあるトンネルの途中に立っています。
 ここは太陽系を遠く離れた、フォーマルファウトの近くに位置する、どこかの惑星の小さな衛星です。この衛星には、人知外のムカデに似た生物が、巨大なアリの 巣に似たコロニーを造って生息しています。
 探索者は、そのムカデ怪物のコロニーに降り立ったのです(もちろん、探索者には、ここが地球外の場所であるなどということは知る由もないことですが)。


・ムカデ怪物
STR 16 CON 11 SIZ 17
INT  2 POW  7 DEX 11
移動 11  耐久力 14
ダメージボーナス:+1D6
武器:噛み 40% ダメージ 1d4+db
装甲:なし
呪文:なし
正気度喪失:ムカデ怪物を見て失う正気度ポイントは0/1D4

 ムカデ怪物は、あり得ざる者の大迷宮の唯一の住人です。
 その姿はムカデによく似ています。しかし、その大きさは体長3m、体高80pと巨大なものです。その巨体に似合わず、まるで戦車のキャタピラのように無数の 足を駆使して、人の走る速度程度のスピードで動きまわることができます。また、その気になれば垂直の壁を這い登ることも可能です。
 ムカデと大きく違う部分は、顔に当たる部分にある楕円形の器官です。熟して割れたザクロと腐ったレモンの合の子のような形状をしており、内部の粒状の器官か ら岩を溶かす消化液をしみ出しており、この器官で岩を溶かして食べます。
 彼らの性質はまったくもって人間には理解不能なものですが、あえて例えるならばアリに似ているといえるでしょう。ただし、アリと比べて外敵にたいして好戦的 ではなく、どちらかと言えば無関心と言えます。というのも、外敵という存在のないこの洞窟で進化した生物だからです。
 そのため、ムカデ怪物の感覚器官は単純なものに退化(シンプルに進化)しています。彼らの感覚は目の前に進行を妨げる障害物があるかどうかを感じる鈍感な触 覚と、岩の味を知る味覚だけなのです。
 彼らの一生は、ひたすら岩を食べて、迷宮を広げるために費やされます。それでも、迷宮が球状に広がらず、入り組んだ通路の形をとっているのは、もしかすると 彼らが味の良い岩などを探しているためかもしれません。


 通路の中は真っ暗で、照明器具を持っていない場合、移動するのは非常に困難になります。用意の悪い探索者は、再び、門を越えて中村家に照明器具を取りに帰ら ねばならないでしょう(マジックポイントと正気度の喪失を忘れずに)。
 ブラックライトがまだ点灯しているのならば、探索者の足元に例の紋章が輝きを放っています。不用意に紋章に触ると、さきほどと同じように今度は中村家のほう へ転送されてしまいます。当然、マジックポイントや正気度も同様に消費してしまいます。
《幸運》に成功すると、この暗い場所を満たす無気味な気配に気付きます。それは無理に形容するならば、その空気の匂いを知覚した脳内から脊髄に侵入し、熱く鼓 動する心臓を凍らせようとする宇宙的冷気といったものです。つまり、ここは人知外の恐怖が支配する場所であるということです。

 通路は自然の洞窟とも、人工のものとも思えるものですが、あまりに大掛かりな造りなので、はっきり判別がつきません。
 通路の途中には、あちこちに横穴や通路が枝別れしているところがあります。その中には、天井や足元、斜めに空いているものもあり、まるで小さくなってアリの 巣に入ったら、こんな感じがするだろうと思われます。
 この通路を見て、《地質学》1/2に成功すれば、この穴の地質が地球上のどこのものとも共通点の無いものであることがわかります。《地質学》に成功した探索 者が、さらに《アイデア》に成功すると、ここが地球ではないことに気付いてしまい、0/1D6正気度ポイントを失います。
 また《目星》に成功すると、足元や壁に灰色の粘液が付着しているのに気づきます。この粘液を調べて、《生物学》に成功すると、どうやらこれが生物の分泌液で あることがわかります。

 この通路をブラックライトで照らせば、足元に矢印が点々と書かれてあるのがわかります。この矢印を辿って、五分ほど歩けば、中村佐代子の監禁されている部屋 にたどり着きます。
 もし、ブラックライトを持っていなかった場合、これまで誰かが歩いた痕跡を探して《追跡》1/2に3回成功しなくてはいけません。また、帰り道を覚えておく には《ナビゲート》に成功しなくてはいけません。時間をかけて、きちんと地図を書くなら《ナビゲート》×5で判定できます。どちらにせよ、このロールは探索者 の誰かひとりしか挑戦することはできません。なお、このロールはプレイヤーに隠してキーパーが判定してください。自分が道を間違って覚えているかどうかは、本 人にはわからないものだからです。
 キーパーは、手掛かりも無しにこの通路をさ迷うのは、あまりに無謀であると示唆してあげても良いでしょう。


31,中村佐代子との対面

 矢印の指し示す方向へ進んだ探索者は、最後に比較的小さな横穴にたどり着きます。ただし、この横穴の入口には壁の色に似せた布がはってあり、外からちらりと 見ただけではわからないようになっています。とはいえ、ちょっと注意していればすぐにわかる程度のお粗末なカモフラージュです。
 これはムカデ怪物避けの為の細工です。人間より知覚能力の低いムカデ怪物には、この程度のカモフラージュで十分目をくらませることが出来るのです。
《目星》に成功すると、布の向こうから中村佐代子の部屋で感じた、胸の悪くなるような香の匂いが漂っていることに気付きます。

 この時、探索者は自分たちの進んできた通路のほうから、何かガサガサという音を立てながら近付いてくるものの気配を感じます。《聞き耳》に成功すると、何か 巨大なものが複数、こちらを目指して近付いて来るのだとわかります。
 その気配は、このコロニーの住人であるムカデ怪物です。この怪物をやり過ごすには、横穴に入るしかありません。愚かな探索者が、怪物が来るまで待っていた場 合、通路を覆い尽くすほどのムカデ怪物の群れに蹂躪されて、判定をする必要も無く死亡します。
 横穴に入ると、すぐ後をその何かが通り過ぎる気配を感じます。もし、好奇心にかられて布の隙間から外を見た場合、行進するムカデ怪物のおぞましい姿を目の当 たりにしてしまい0/1D4正気度ポイントを失います。

 横穴は中で広くなっており20畳ぐらいの小部屋になっています。
 中には、寝袋やカンズメ、工具類、簡易トイレなどが置かれてあり、部屋の一番奥には、すっかりやつれた少女がひとりいます。彼女こそがカモノハシこと、中村 佐代子です。
 彼女は寝袋に体を半分入れて、「カモノハシ」のぬいぐるみを抱きしめながら顔を埋め、両手で耳を押さえています。まるで、何かに怯えるようにその姿勢のまま でじっとしており、探索者が来たことにも気付いた様子はありません。

 また、彼女の脇には、水晶球と青銅の火鉢があります。
 火鉢からは、中村佐代子の部屋で感じた香の匂いが強く立ち昇っています。
 火鉢の上には、半殺しにされた大型犬がワイヤーで吊されており、犬から流れた血が火鉢の上に滴り落ちるような細工になっています。血が落ちるたびに、火鉢は 火も灯っていないのにジュッという音を立てて青白い煙を立ち昇らせます。
 半殺しにされた犬を観察して、《医学》か《生物学》に成功すれば、少しでも長く生きたまま出血を続けるように巧妙に血管が傷つけられていることがわかり、こ れは医学に精通した人間の仕業であることも推測できます。
 また、水晶球は強い光を発するライトで照らされています。
 この装置を見て、《クトゥルフ神話》に成功すれば、この水晶球がモートランのガラスであることがわかります。
 これは《モートランのガラスの製造》の呪文(改訂版ルールブックP186参照)を応用した映写機です。
 火鉢から立ち上る煙がスクリーン、水晶がフィルム、ライトが映写機の役目を果たしています。
 そして、いま現在も、おぞましい映像は上映中なのです!
 キーパーは、以下の描写文を読み上げてください。

「煙に立体的に浮かび上がる映像は、どこか暗い洞窟の中の光景だった。白い石が敷き詰められた床。その上には黒い水の入った浴槽のようなものが無数に並んでい る。
 そして、闇の奥には無形の大きな塊がうずくまった形で頭をもたげていた。その塊がわずかに身じろぎをすると、浴槽の中の黒い水から偽足のようなものがあふれ 出す。それらは、奥に鎮座する塊を讃えるように、その無数の偽足をゆらゆらと揺らした。
 それに応じるように、無形の塊は一歩前に出る。
 ヒキガエルのような顔と、コウモリのような大きな耳。幅広い口に、気怠そうな目。毛皮に覆われた身体は、水の入った袋のように不気味に波打っていた。
 化け物は、ゆっくりと口を開くと足下に転がっていた何かを口に入れた。それは、何か人の形をした白いものだった。
 その時、君は気付いた。この洞窟の床を敷き詰める白い石が、すべて生き物の白骨であることを……そして、その多くが紛れもない人骨であることを……」

 この光景を見て、《クトゥルフ神話》に成功すると、この怪物がンカイに惰眠するグレート・オールド・ワン、ツァトゥグアであることがわかります。
 この映像を、じっくりと見つめて《アイデア》に成功した人は、これが特撮などではなく、現実の光景が映し出されていることがわかってしまい、1/1D6正気 度ポイントを失います。
 もしも、愚かな探索者が、この判定をした後でも装置を破壊しないで映像を見続けていた場合、グレート・オールド・ワンの悪意ある采配によって、宇宙で最も恐 ろしい光景(神ならぬ我が身に、それがどのような光景なのかを描写することは不可能です)を強制的に目撃することとなり、1D10/1D100正気度ポイント を失います。

 中村佐代子は、モートランのガラスの映像から逃れるために、目を閉じて、耳を塞いでいたのです。彼女に助けに来たことを知らせるには、その身体に直接触れて 教えるしかありません。


32,中村佐代子の告白

 中村佐代子は、探索者にメールを送ったときからいままでたった一人で、この異界の穴蔵に閉じ込められてきました。しかも、その間、ずっとモートランのガラス が映し出すおぞましい映像に精神をむしばまれていたため、肉体的にも精神的にも非常に弱っています。
 こんな大人でも参ってしまうような環境の中で、中村佐代子が狂気に陥ることがなくいままで耐えられたのは、皮肉なことに彼女の優れた血統によるもの(つまり POWが高い)です。

 軽度の対人恐怖症になっている中村佐代子に話を聞くには、できるだけ優しく辛抱強く接するしかありません。
 最初、彼女は探索者たちのことを小西須美の仲間と勘違いをして警戒します。こんな人知外の場所までやってくるような人が、普通の人間であるとはとうてい思え ないからです。
 そんな彼女にとって一番嬉しいことは、探索者がメールを受け取ったネットの友人であるという事実です。探索者が、自分のハンドルネームを名乗るなどをして、 そのことを伝えることができれば、彼女はわざわざこんな場所にまで自分を助けに来てくれたことに感激して、緊張の糸が切れたかのように、わんわんと泣きながら しがみつきます。
 よく見ると、彼女の足には手錠がついており、手錠の鎖は地面に打ち込まれた鉄の輪につながっています。打ち込まれた鉄の輪は、部屋の隅にある工具を使えば外 すことができます。

 彼女が落ち着いた頃、事情を尋ねれば、以下のようなことを話してくれます。
 最初は涙をぬぐいながら、歳に相応しくない冷静さで淡々と説明を続けますが、だんだんと言葉を続けるうちに、辛そうに声をつまらせ、口調もその年頃の女の子 らしいものへと変わっていきます。
 キーパーはこの変化を意識して、以下の台詞を読み上げて下さい。
「あの人は、その水晶球から浮かぶ映像を使って、私に無理矢理、恐ろしい世界の真理を教えようとしているんです。
 人の精神は伸縮のきかない容れ物です。より多くの真理と完全な正気の両方を容れることは出来ないんです。一方をもっと多く入れれば、もう一方は押し出されて しまいます。
 私の正気が、無理矢理押し込められた恐ろしい真理によって、どんどんと失われていくのがわかります。このままでは、私は正気を失うでしょう。
 あの人の狙いはそれなんです。
 すべての真理を受け入れてこそ、人は真理を恐れずに自由に利用できるようになるのですから……でも、そうなったとき、私は、いまの私じゃなくなって……知ら ない私になってしまって……(このあたりから、子供っぽい口調に変化します)
 こわくなった私は、ネットでお友達になれた(探索者の名)さんを呼んで…………みんなが危ない目にあうかもしれないのに……でも、どうしてもこわくて……わ たしは……わたしは………」
 彼女にはここまで語るのが限界で、また探索者の胸に顔を埋めて泣きじゃくります。
 彼女の話し方は大人びたところがありますが、やはり地は年端のいかない少女であることがわかります。

 探索者が、この部屋を出ようと告げると、この迷宮は自分たちの知らない世界にある迷宮で帰り道がわからない。下手に動けば、部屋の外をうろつく怪物に食われ てしまうだろうと心底怯えた声で言います。
 彼女はブラックライトの存在を知らないので、この迷宮の脱出の仕方がわからないのです。
 ここはひとつ、探索者に自分達が頼りになるところを、中村佐代子に見せてもらいたいところです。


33,魔道士登場

 キーパーは探索者と中村佐代子の対話が一段落したタイミングを見計らって、小西須美を登場させてください。
「まだ、その子の教育は終わっていないの。邪魔をしないでもらえるかしら?」
 その一言と共に、狂気の光を目に宿した、魔道士・小西須美が部屋の中へと入って来ます。
 もし、探索者が中村家で日高雅之を殺害しているか、自由を奪ったまま放置していた場合は、その手に日高雅之の生首をぶら下げています。
 首の切断部からは、ポタポタと真っ赤な血が滴り落ちており、その生首の表情はなぜか幸福そうに微笑んでいるかのように見えます。

 キーパーは探索者にどのような行動をするか尋ねずに、すぐに以下の台詞を読み上げて下さい。
 ただし、これはあまりに長台詞なので一気にだらだらと読み上げたりせずに、プレイヤーの様子を見ながらキーパーの裁量によって途中で区切って、探索者の質問 に答えるなどしてください。

「中村啓司は、素晴らしい発見をしたわ。
 それは天才の見分け方。
 知能指数試験なんて、馬鹿馬鹿しい子供だましとは違う、完全無欠の方法よ。
 ある魔道書には、人類以前の地球の歴史が記されてある。
 科学的にも、魔術的にも、現代文明を遥かに超越した高度な世界の歴史。
 その多くの文明は、大いなるものの気まぐれによって衰退したり、滅亡してしまったけれど、すべての民が死に絶えてしまったというわけではないの。深海の底、 地底奥深く、そして時間を超えた未来、彼らはまだ生きている。
 そして、気付いている者は少ないけれど、私たちの社会の中にだって、彼らの子孫がひっそりと息づいているわ。
 中村啓司は、そんな偉大な先人類たちのひとつを発見する方法を見つけたの。
 混血は進んでも、彼らの血は濃く、いまだその人間を超えた偉大な能力を受け継いでいるものがいるの。
 彼らこそ、まさしく天才だと思わない?」
 そう言って、小西須美は獲物をいたぶるネコのような目で、中村佐代子を見つめます。

「さて、そろそろわかってくれたかしら?
 その子は、七十万年以上前、ハイパーボリアと呼ばれる最古の王国を築いた人類の末裔なのよ。
 その頃、あなたたちの祖先はホモ・エレクトゥス……もっと、わかりやすくいえば、北京原人とかジャワ原人なんて呼ばれる、やっと火を使うことをおぼえた原人 でしかなかった」
 そう言って、彼女は日高雅之の生首を持ち上げて、その顔をしげしげと見つめます。
 その顔には、蔑みと優越感の入り交じった、見ている者を不快にさせる微笑みを浮かべています。

「わかって?
 つまり彼女の血と、あなたたちの血には、それだけの差があるのよ!」
 恍惚とした表情で、小西須美は演説を続けます。

「これから、この子と同じ人間をもっと多く集めて、宇宙の真理を教え込むの。
 いまの人間社会を満たすくだらない通念をすべて放棄することで、彼らはそれを得ることが出来る。
 そして、同時に、彼らは人類を超えた存在となり、その力で世界を制するでしょう。
 これまで存在した、天才の名をかたるサルが築こうとした砂の城とは、まったく違う。
 約束された天才による社会。
 本当の意味での、選民政治が実現するのよ」
 上記の長台詞を聞いて、探索者が今回の事件の真相を理解でき、小西須美への質問も尽きた頃に、タイミングを見計らってキーパーは次のイベントに移ってくださ い。
 できれば、探索者達に「選ばれた天才とか言っているが、おまえ(小西須美)は、ただの人間じゃないのか?」といった質問をさせるよう誘導できれば、言うこと 無しです。

 彼女は探索者たちに見せつけるように、手の指をパッと開きます。
「見せてあげる、これが天才の証し」
 彼女の手の指は、やや人差し指が短く、親指が長くなっています。
つまりは、彼女も中村佐代子と同じ血族の人間だったのです。
「そして、これが天才の御技だ!」
 そう言って、彼女は無造作に日高雅之の生首を、モートランのガラスの装置に使用されていた火鉢のほうへ投げつけます。もし、火鉢が残っていなければ探索者の 足下に投げつけます。
 すると、突然、生首から青白く、人の身長ぐらいある細長い炎が燃え上がります。
 その炎の揺らめきを見て満足げな笑みを浮かべると、小西須美は両手でヴールの印を組んで、素早く呪文を唱え始めます。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうす・んぐあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ! くとぅぐあ」
 呪文に反応するように、生首から立ち上る炎は短くなり、代わりに彼女の差し出した手の前で、今度は黄色い炎の塊が徐々に膨れ上がります。
「さあ、生きた炎に燃やし尽くされるがいい!」
 膨れあがる光に顔を照らされながら、小西須美は勝ち誇った顔で嘲笑します。火の精が呼び出されようとしているのです。

 この呪文詠唱の最中に、キーパーは探索者のアクションを許可してください。
 あまり敵NPCに好き勝手をやられてしまうと、プレイヤーにフラストレーションがたまるものです。
 もし、探索者が小西須美の脇をすり抜け逃げ出すといった行動をした場合、彼女はその探索者を横目で冷ややかに見つめながらも、呪文の詠唱を続けます。どうせ 逃げきれないとたかをくくっているからです。
 小西須美に攻撃をするという場合、彼女は隠し持っていた折り畳み式警棒を使って《受け》をします。現代日本の探索者にあるまじきことですが、もしも探索者が 銃器を所持していた場合などは、彼女は《肉体の保護》などで防御を固めていたことにしましょう。
 生首の炎を消すという行動をした場合、水や消火器では、この魔術的炎を消すことは出来ません。まるで幻であるかのように、触っても熱さを感じることはなく、 水なども素通りしてしまいます。
 探索者が逃げだそうとしても、攻撃をしかけても、「34,火の精召喚」のイベントが発生します。もし、探索者の攻撃が成功していた場合、探索者が呪文の詠唱 を妨害したために、「34,火の精召喚」のイベントが発生したかのように演出すると、プレイヤーの満足度も高いものとなることでしょう。


34,火の精召喚

 小西須美の呪文が続き、黄色い光が直径一メートル程度に膨れあがった時、唐突に(もしくは探索者の攻撃がきっかけで)、パッと光がはじけます。
 その瞬間、探索者たちは全身の毛が逆立ったような感じがして、頬や唇など皮膚の敏感な部分がチリチリとします。また、部屋には髪の毛を燃やしたような匂いが 立ち込めます。
 これは熱さを感じる暇も無い、ほんのわずかな瞬間、部屋中が超高熱にさらされた影響です。
 そして、少し遅れて、肉を焼いたような香ばしい匂いが入り交じります。
 小西須美を見ると、ヴールの印を組んでいた彼女の両腕が、二の腕あたりからすっぱり無くなっています。そして、腕の切断面からは血ではなく、小さな炎がチロ チロと血液の代わりであるかのように燃えています。
 これまで常に冷静さと余裕のある態度を崩さなかった小西須美は、無くなった手を見つめて、初めてうろたえた表情を見せます。
「わ、わたしの……天才の証しが……」
 その一言を言い終える前に、彼女は口から火を吹き上げます。その様子は、まるで燃えさかる焼却炉の扉を開けてしまったかのようです。
 続いて、目や耳、体中の血管から火を吹き上げ、瞬く間に火だるまとなります。
 そして、彼女は火だるまになりながらも叫び続けます。
「呪文が……制御できない……?
 なんで……こんなに火の精の力が……クトゥグアの影響……?
 じゃあ……まさか……この洞窟は……ふぉーまるはぁぁぁぁ……」
 小西須美は絶叫をあげ、のたうちまわりながら部屋を出て行こうとします。
 と同時に、いきなり洞窟内に大地震が発生します。
 また、洞窟の壁を反響して、あちこちから「ビャービャー」という小西須美のものとは違う、無数の絶叫が聞こえてきます。これは、この洞窟に生息しているムカ デ怪物の断末魔の声です。
 地震の影響か、それとも急激に岩が熱せられ膨脹したためか、洞窟の壁に大きな亀裂が走ります。
 やがて大きくなった亀裂は、洞窟の外にまでつながり、暗い洞窟内に外の明かりが差し込んでいます。明かりはオレンジ色でぼんやりとしたものです。
 亀裂から見える光景は、これまで探索者が一度も肉眼で見たことの無いような異様なものです。
 まるで暗幕に針で穴を空けたような、冷たく鋭い星の光が満天を覆っています。これほど鮮明で見事な星空は、地球上では到底見ることの出来ないものです。
 しかし、そんな星空ですら霞んでしまうものが空の半分を覆っています。それは、オレンジ色をした巨大な惑星です。その姿は木星に良く似てはいますが、《天文 学》に成功すれば、これがまったく未知の惑星であることがわかります。

 この恐ろしくも壮大な光景は、次に彼方から昇ってくる強烈な光によって遮られます。強烈な日光が差し込んで来るかのように、亀裂の間から光の筋が部屋の中を 照らします。
 しかし、それは日光などとは比べものにならないほど強烈な光で、触れたものを燃やし尽くすようなレーザーのようでもあります。
《幸運》に成功した探索者は、この光の向こう側に、なにか強大な存在の気配を感じます。それはいまも洞窟を揺るがす地震や、無気味な絶叫などとは比べ物になら ないほどに、得体の知れない恐怖として探索者の心臓を握りつぶそうとします。
 一呼吸する毎に、その気配は強くなり、やがて息を吸うことにすら恐怖に感じるほどに圧倒的な気配……そう、フォーマルハウトの主、グレート・オールド・ワ ン、クトゥグアがこの衛星に降臨しようとしているのです。
 小西須美はクトゥグアに呼び掛ける呪文を、こともあろうにそのお膝元であるフォーマルハウト付近で使ってしまったのです。その為、火の精は地球上の数十倍の パワーを持って召喚され、さらに何の気紛れからかグレート・オールド・ワンであるクトゥグアまで顔をのぞかせようとやってきているのです!
 一刻も早くこの洞窟からでないと、確実な死が探索者を待っています。


35,洞窟脱出

 呪文などに頼ること無く、矢印を辿って自分の足で洞窟を脱出する場合、三ヶ所のイベントをクリアーする必要があります。
 このシーンでは、あまりのんびりとマスタリングはせずに、常にプレイヤーを急かして緊急脱出劇を演出しましょう。また、中村佐代子についてはキーパーが判定 をしてください。その際、ロールに失敗して探索者の足手まといにならないように、ダイス目を誤魔化しても構いません。

イベント・その1
 部屋を出て洞窟内を駆け出そうとした探索者を、再び大地震が襲います。亀裂の入った岩壁がガラガラと崩れ始め、探索者は全員《幸運》の判定をします。成功し た探索者は、幸運なことに岩の落ちる場所にいなかった為、何の影響もうけません。失敗した探索者は、崩れた岩が頭上に降って来るので、それを避ける為に《回 避》の判定をしなければなりません。成功すれば、岩を回避できダメージは入りません。失敗すると、岩が直撃してしまい《耐久力》に1d6ダメージを受けます。

イベント・その2
 順調に脱出を続ける探索者の足元に、突然、大きな亀裂が走ります。
《DEX》6による抵抗表のロールに成功をすれば、亀裂が大きくなる前に飛び越えることができます。失敗すると亀裂が大きくなってしまい取り残されてしまいま す。
 何の工夫もせずに、普通に亀裂を跳び越えるのならば《ジャンプ》に成功する必要があります。もし、ロープなどの道具を使えば、その使い方に応じてボーナスを つけてあげましょう。身体にロープを巻き付けて、対岸にいる探索者に命綱として持ってもらうのならば、下に落下する可能性は無くなります。
 少々、時間がかかりますが、服を裂いてロープ代わりにするなどしても良いでしょう。
 ロープなどが無くても、すでに対岸にいる探索者が手を伸ばしてサポートしているのならば、《ジャンプ》×2に成功すれば渡ることができます。
もし、判定に失敗して亀裂の中へ落ちたら即死です。このことは、プレイヤーに事前に伝えておきましょう。
 
 探索者は、亀裂を安全に飛び越える為に、いろいろと工夫をすることでしょう。
 しかし、命綱を用意する、服を割いてロープを作るといったキーパーが時間のかかると判断した行動をするごとに、ムカデ怪物が現れる可能性があります。
 具体的には、時間のかかる行動をした探索者(もしくは、キーパーの選んだ探索者)が《幸運》をして、失敗した場合、ムカデ怪物が現れます。
 ムカデ怪物は全身火だるまで、ビャービャーと不快な叫び声を上げながらやって来ます。そのおぞましい姿を見た探索者は、0/1D4正気度ポイントを失いま す。
 現れたムカデ怪物は火に焼かれて盲目的に行動しているため、探索者が《幸運》に失敗しない限り、探索者のほうに向かって来ることはありません。
 もし、不幸にもムカデ怪物が探索者のほうへと突進して来た場合、探索者には積極的に迎え撃つか、《回避》するか、すぐに亀裂を飛び越えるかの三つしか行動の 選択肢は残されていません。
 戦闘となった場合、ムカデ怪物は火によるダメージを毎ラウンド1D6ずつ受けることになります。そのかわり、気絶することは無く死ぬまで戦い続けます。《ア イデア》に成功した探索者は、ムカデ怪物が放っておいてもしばらくすれば火によるダメージで死んでしまうだろう事に気付きます。
《回避》に成功すれば、ムカデ怪物は勢い余って亀裂の中に落ちてしまいます。

イベント・その3
 いよいよ、門のある場所が、すぐそこまでやってきました。
 しかし、門の目前で、これまでで最大の地震が起き、ビシビシと洞窟全体に亀裂が走ります。
 足場はグラグラと揺れ続け、まるでボートの上に乗っているような気分です。《アイデア》で、この洞窟のある地盤全体がバラバラになって、地面がスライドして いるのだということがわかります。実は、この洞窟のある衛星自体がクトゥグアの影響で崩壊しつつあるのですが……
 やがて、背後の天井の亀裂がどんどんと大きく広がり、そこから強い光が差し込んできます。グオングォンという低く深い唸り声のようなものが聞こえ、光を浴び た背中が焦げるように熱くなります。
 ここで、探索者は《耐久力》8による抵抗表のロールをします。
 この判定に成功した探索者は、熱さを堪えて走り続けることができます。しかし、背後にこれまで感じたことの無い圧倒的な宇宙的熱気をひしひしと感じるため、 0/1D3正気度ポイントを失います。
 そして不幸にも、この判定に失敗した探索者は、あまりの熱さに背中をかばおうとして、ついつい背後を見てしまいます。キーパーは以下の描写文を読み上げてく ださい。

「その輝き! 炎をこれほどまで恐ろしいと感じたことは、いまだかつて無い。それはただの炎ではなかった。見たものの脆弱な精神を焼き尽くし、灰と化す炎だ。 そして、それらの忌まわしい炎を身にまとった者は……ああ、あれは……我々の認知する世界の常識をすべて破壊する、そんな超越した何かだった……」

 燃え上がるクトゥグアの御姿を見た探索者は、1D3/1D20正気度ポイントを失います。
 この正気度ロールに耐えることさえできれば、探索者たちはなんとか門にたどり着くことができます。不幸にも狂気に陥ってしまった探索者に対しては、その狂気 の症状や仲間の探索者のフォローに応じて、キーパーは門を越えられるかどうかを判断して下さい。
 しかし、背後にクトゥグアが迫っている状況で、探索者にできる行動は非常に限られたものであることだけは忘れてはいけません。


36,中村家炎上

 門を越えた探索者は、再び中村家の中庭へと戻ります。行きと同様、探索者はマジックポイント1点と正気度ポイント1D3点を失います。
 探索者が門を出ると、門を形作っていた紋様がメラメラと燃え始めます。
 その炎は最初は小さなものですが、これはクトゥグアがもたらした超高熱の炎のため、凄まじい速度で辺りの木々や岩にさえも炎は燃え移っていきます。
 あっと言う間に中庭の内部は、呼吸もできないほどの高温となります。急いで家を脱出しなければ、探索者は炎に巻き込まれてしまうでしょう。
 探索者が中村家を脱出すると同時に、「ドン!」という大音響と共に、巨大な火柱が中庭の吹きぬけ部分から数十メートルも高く天空へと吹き出し、家は一瞬で炎 に包まれてしまいます。

 中村佐代子は燃え上がる家を見つめながら、探索者に言います。
「あの人が言っていたことは、誰にも秘密にしていて下さい。
 私たちの先祖が、誰であろうとも、そんなことはいまの私たちに関係ありません……」
 そして、親指と人差指を隠すように、ぎゅっと自分の手を握り締めます。
「誰かに会ったとき、その人の指の長さを見たりしないでくださいね。
 お父さんが施設で私を見つけたのは、探しはじめて、たった三日目だったそうです。もし、この出会いが偶然でなければ……その意味はわかりますよね?
 お父さんは言っていました。
 時代が進めば、人種なんてもの自体が無くなってしまう。
 その日まで、私たちをそっとしておいて下さい」
 このときの彼女の目は、まるで老人のように穏やかで落ち着いたものです。
 小西須美の教育を受けた彼女は、狂気に陥ることはなかったものの、常人では手に入れることのできない宇宙的真理の一部を学びました。それは年老いた哲学者で も到達することは難しい、高みの知識です。
 その危険な知識を、今後どのように使っていくかは彼女次第です。
 唯一の家族であった中村啓司を失った彼女を、正しい道に導くのは、もしかすると探索者の役目かもしれません。

 激しく燃え上がる中村家の様子を見に、敷地を取り巻くように野次馬たちと、それに遅れて消防車もやって来ます。
 そんな野次馬の中に、河本文江の姿があります。
 中村佐代子は河本文江の姿を見つけると、彼女に駆け寄って抱き付きます。
 緊張の糸が切れたのか、彼女の胸で泣きじゃくる中村佐代子は、さきほどの年齢を超越したような表情ではなく、年齢に相応しいものです。
 河本文江は、ただ無言で中村佐代子の頭を撫でて慰めるだけです。
 キーパーは探索者に、彼女たちへの言葉があるかを確認してください。
 このシナリオは、ここで終了します。


37,シナリオ終了

 以降は、後日談として語られるべき情報です。
 探索者が自らかってでない限り、中村佐代子は河本文江の家に引き取られることとなります。やがて、中村啓司の死が法的に認められれば、彼の遺産は彼女が相続 することになるでしょう。莫大な財産というほどではありませんが、中村佐代子が成人をするまで、最高水準の教育を受けることが出来る程度のものは十二分に遺さ れました。
 屋敷の中庭にあった「門」は、岩が溶けるほどの高熱によって焼き尽くされ、塞がれてしまっています。
 日高雅之については、探索者がどのように対処したかによりますが、中村家に残していた場合、クトゥグアのもたらした超高熱によって彼の首無し死体は完全に焼 失してしまっています。よって、消防隊も焼け跡から彼の死体を発見することはできません。

 こうして、すべての事件は終了します。
 恐るべき魔道士、小西須美の陰謀から中村佐代子を無事に救出し生還した探索者には、1D10の正気度ポイントを獲得します。
 また、中村佐代子がメールに潜ませた、タマゴの謎に気付いた探索者には、ボーナスとしてさらに1D6の正気度ポイントを獲得します。



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