舞台は、現代の日本。季節は晩秋。このゲームには、二つの導入が用意されている。
ひとつは、オンライングループの友人から会いたいという連絡をもらい、自宅を訪れるのだが……どこか様子がおかしい。
ひとつは、古い知人から学会に招待されるが、大学のキャンパスで恐ろしい事件に遭遇してしまう。
そして、この二つの導入が交差するとき、探索者は75万年前の人類の歴史に秘められた恐るべき真実を知ることとなるだろう。
プレイヤー数:2〜4人
プレイ時間:5〜6時間程度
このシナリオは"新クトゥルフ神話TRPG ルールブック"(以下"ルールブック")に対応している。"新クトゥルフ神話TRPG クトゥルフ2020"(以下"クトゥルフ2020")も使用可能だ。
探索者2〜4人向けにデザインされている。5人以上でのプレイは推奨しない。
この事件は、ベテランの探索者であっても歯ごたえのあるものとなるだろう。新たに探索者を創造する場合、キーパーの判断で“クトゥルフ2020”掲載の「選択ルール:経験を重ねた探索者」を採用してもよい。「クトゥルフ神話のパッケージ」を選んだ探索者がいれば、よりこの事件の真相に近づけるかもしれない。
プレイ時間は探索者の作成時間を含まずに5〜6時間程度だろう。
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コラム:シナリオの時代設定
本シナリオは2000年に執筆され、旧版では当時のネット環境に応じた内容となっていた。2000年当時のネットでは、ブログや電子掲示板が盛んであり、SNSはまだ一般的ではなかった(Facebookの誕生は2004年、Twitterの誕生は2006年である)。
改訂にあたり、ネット環境は現在(2021年)に合わせて変更している。
ただ、キーパーが本シナリオを旧版のような2000年当時の雰囲気でプレイしたいと望むのなら、SNSを電子掲示板に置き換えるなどして、時代を変更しても構わない。
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中村啓司は名家に生まれた資産家であり、人類学の准教授という名士である。そんな彼が人類学に関する発見したことが、この事件の始まりだった。
その発見とは、絶滅したとされる原人の骨格的特徴を持った現代人がいるということだ。中村啓司は、この事実を「原人はひとつの人種が現代にまで残ったのではなく、様々な場所で同時に発生した原人たちが交雑を重ねて、現世人類となった」という持論を証明するものと考えた。
中村啓司は手っ取り早く研究を進めるため、高校時代の友人である医者を買収して、患者たちのレントゲンの膨大な画像データを調べた。そして、とうとうノルウェーの北部で発見された75万年前の原人の骨格的特徴を残した患者を発見したのだ。
その患者はすでに自動車事故で死亡していたが、佐代子という女児を遺していた。しかも、その子供にも同じ骨格的特徴が遺伝していたのだ。
佐代子こそが、中村啓司の持論を証明する生きた標本であった。
中村啓司は、両親を事故で失い孤児となっていた佐代子を養子とした(中村啓司が名士であることが有利に働いた)。最初は研究対象を身近に置きたいという利己的な動機もあったが、すぐに彼は佐代子との生活に父親としての喜びを感じるようになる。二人は性格的にも馬が合い、その関係は非常に良好なものだった。
ただ、中村啓司は佐代子には内密で、彼女の骨格的特徴の研究も継続していた。やがて推測が確信と変わった頃、研究に興味を持った小西須美という医師と出会う。それが悲劇へとつながる。
小西須美の正体は、クトゥルフ神話に通じる危険なカルト「星の智恵派」の恐るべき魔術師だ。
小西須美は、中村啓司から佐代子の秘密を言葉巧みに聞き出した。それは彼女にとって興味深いものだった。
なぜなら、彼女は、中村啓司が佐代子の祖先と考えたノルウェーの北部で発見された75万年前の原人の正体を知っていた。その原人とは、人類史には記されていない、偉大な文明を築いたハイパーボリア人である。
そして、彼女は自分も佐代子と同じ骨格的特徴を持っていることに気づいた。ただ、それは偶然とは言い切れない。なぜなら、ハイパーボリア人の血をひく人間は、普通の人間に比べて魔術師となる素質があるからだ。小西須美がハイパーボリア人の末裔だったからこそ、禁断の知識を求めるようになり、中村啓司の秘密の研究にたどり着いたともいえるわけだ。
そんな小西須美は、自分と同じ血をひく佐代子に興味を持った。そして、中村啓司の友人として接触して、佐代子にも魔術師の素養があることを知った。
小西須美はハイパーボリア人の末裔こそが、現人類を凌駕する優勢人種であると考えるようになった。その危険な思想は、やがてある野望へと代わる。
ハイパーボリア人の末裔を集めて、自分の得てきた禁断の知識を広め、魔術師を育成するのだ。才能あふれた魔術師たちによるカルトは、恐るべき組織となるだろう。
小西須美は、その陰謀の第一歩として、佐代子を魔術師とすべく英才教育を施した。そして、佐代子は小西須美の期待以上のスピードで知識を吸収していった。
シナリオ開始の約1ヶ月前。
中村啓司が研究旅行のため、家を1ヶ月ほど長期間留守にすることになった。小西須美はその隙にかねてよりの計画を最終段階へ移行する。とうとう佐代子にクトゥルフ神話に関わる宇宙の真理を伝えることにしたのだ。
小西須美は従順な下僕である日高雅之に命じて、佐代子を監禁する。そして、魔術によって作成した忌まわしい装置(「◎17. 佐代子との対面」を参照)で、佐代子に禁断の知識を詰め込ませたのだ。
佐代子は禁断の知識によって自分の正気が失われて、精神が毒されることを恐れた。
そこで、見張り役の日高雅之に自作の卵細工(「コラム:卵細工」を参照)を飾りに行かせた隙に、急いでSNSの友人(探索者のことだ)にメールを送った。しかし、そのことは小西須美と日高雅之に気づかれてしまう。
小西須美は、いずれやってくる探索者を穏便に追い返すための行動を起こす。
まず、佐代子を《門の創造》に似た魔術で繋げた、絶対に人目につかない場所(「◎16. 門のある中庭」を参照)に監禁する。そして、日高雅之に佐代子の代役させることにした。
その代役はやや無理のある計画だったが、小西須美には余裕がなかった。
なにしろ、同じタイミングで中村啓司が帰国して、学会でハイパーボリア人の秘密を発表するのを知ったからだ。この秘密を公開される前に、中村啓司を抹殺せねばならない。
かくして、佐代子からのメールを受け取った探索者、そして中村啓司の参加する学会にやってきた探索者は、恐るべき事件に関わることになる。狡猾な魔術師の策を見破り、捕らわれの少女を救出しなければ、恐るべき新たなカルトの誕生を許すことになるだろう。
◎3. 主なNPC(こ こをクリックすると印刷用の画像になる)
●中村佐代子(なかむら・さよこ) 12歳。女性。70万年以上前、ハイパーボリアと呼ばれる文明を築いた先史人類の末裔だが、彼女自身は事件が起きるまでなにも知らなかった。 8年前、両親と死に別れ、身寄りがないため施設にあずけられた。4年前、中村啓司に養子として引き取られる。 彼女は年齢とは不釣りあいの高い知性を持っており、ネット上の大人たちの難しい話題や議論(くだらない言い争いではなく)に飛び込んでいく。匿名性の高いネットならば、大人と対等に意見を交換できるからだ。 彼女のSNSでのハンドルネームは「カモノハシ」だ。これは彼女がカモノハシのぬいぐるみがお気に入りだからである。 また、精密工具で卵に精緻な透かし彫りをする卵細工を趣味としている。 容姿の描写:髪をおさげにした小柄な少女。とても利発そうな、印象的な目をしている。 特徴:高い知性と強い意志を併せ持つが、知識量はさほどではない。ただ、学究心は旺盛である。大人とも物怖じせずに難しい議論を交わす。子供扱いされることを嫌う。 ロールプレイの糸口:年齢に比べて大人びた言葉遣いだが、それでも精神的には幼い部分も残されている。緊張が解けたとき、年相応の態度を見せることでギャップを演出しよう。 中村佐代子(12歳)、天才の証を持つ少女 STR 30 CON 45 SIZ 35 DEX 60 INT 85 APP 70 POW 85 EDU 45 正気度 38 耐久力 8 DB:−1 ビルド:−1 移動:8 MP:17 近接戦闘(格闘) 25%(12/5)、ダメージ 1D3+DB 回避 30%(15/6) 技能:コンピューター8%、芸術/製作(精密細工)45%、ほかの言語(英語)65%、 |
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●中村啓司(なかむら・けいじ) 65歳。男性。猿と人類をつなぐミッシングリンクを探究する自然人類学者。 かなりの名家の生まれで、処世術しだいではひとかどの人物になれたであろうが、研究者として生きることを選んだ。 御津門大学に准教授として勤め、それなりに名の知られた研究者であった。6年前に親の多額の遺産を相続したことをきっかけに大学を辞職。すべての時間を自分の研究に注いできた。 容姿の描写:やや長めのでくせ毛の白髪はボサボサだが、不潔というわけではない。口ひげをたくわえており、こちらはよく手入れされている。色の薄い縁の太いメガネをかけている。細い目はややたれており、表情は穏やか。 特徴:温厚で真面目な性格。ただ、研究に対しては極めてストイックである。あまり社交的ではなかったが、佐代子との出会いにより、そんな自身の性格を改めようとしている。 ロールプレイの糸口:貴重な友人である探索者に、自分の研究の成果を伝えたくてうずうずしている。これまで社交的ではなかった彼にしては珍しい態度だ。その点を強調して、彼の喜びを演出しよう。そうしてから悲劇を起こすのだ。 中村啓司(65歳)、ミッシングリンクの探究者 STR 50 CON 40 SIZ 70 DEX 55 INT 75 APP 35 POW 50 EDU 95 正気度 50 耐久力 11 DB:+0 ビルド:0 移動:7 MP:10 近接戦闘(格闘) 25%(12/5)、ダメージ 1D3+DB 回避 22%(11/4) 技能:科学(動物学)50%、科学(地質学)30%、信用70%、人類学90%、ほかの言語(英語)65% |
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●小西須美(こにし・すみ) 37歳。女性。天才というべき知性と精神力に恵まれ、危険なカルト「星の智恵派」に属する、恐るべき魔術師。 彼女の精神は人間が知るべきではない知識に完全に毒されているが、その代わり、数多くの呪文を習得している。また、精神を狂気に満たされながらも、常識人のふりをして医師として社会に溶け込むという狡猾さも兼ね備えている。 小西須美が習得している呪文はすべて実験済みであり、キャスティング・ロールは不要だ。 容姿の描写:隙の無いスーツ姿の理知的な女性。中性的な顔立ち。背は高く、ひきしまったバランスの取れた体型をしている。心身共に優れた人物だ。 特徴:自分に揺るぎない自信を持っており、すべての人間を見下している。真理に近づくために「星の智恵派」に属しているが、カルトへの忠誠心はない。全人類を従えるまで満足しないほどの、異常な野心を抱いている。 ロールプレイの糸口:探索者への応対は丁寧だが、どことなく冷たい感じがする。探索者を見くびり、軽くあしらおうという態度が見え隠れする。 小西須美(37歳)、星の智恵派の魔術師 STR 65 CON 80 SIZ 70 DEX 75 INT 80 APP 55 POW 85 EDU 90 正気度 0 耐久力 15 DB:+1D4 ビルド:1 移動:8 MP:17 近接戦闘(格闘) 35%(17/7)、ダメージ 1D3+DB 回避 70%(35/14) 技能:威圧20%、言いくるめ60%、医学60%、オカルト90%、隠密45%、クトゥルフ神話45%、信用50%、心理学40%、説得70%、追跡60%、ほかの言語(英語)70%、目星70% 呪文:ヨグソトースのこぶし、ヴールの印、炎の吸血鬼の召還/従属、肉体の保護、黄金の蜂蜜酒の製法(その他、キーパーが適当と思うもの) |
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●日高雅之(ひだかまさゆき) 24歳。男性。小西須美の言いなりに動く下僕。 元は町のチンピラで、悪い仲間とつるんでその日暮らしをしていた。 若く、腕力もあり、いきがってはいまるが、実のところは精神的に自立できない軟弱者だ。そんな彼は、町で偶然に出会った小西須美の圧倒的なカリスマにあてられ、なんでも彼女に従うことを心に誓った。 自信の持てない不安な日々を送っていた日高雅之にとって、人間社会を完全に否定し、人類すべてを敵に回すことも恐れない彼女は神にも等しき存在に思えたのだ。 なお、日高雅之は「星の智恵派」には属していない。 容姿の描写:短く刈った髪を、金髪に染めている。いつも細い眉を不機嫌そうにしかめている。目つきは悪く、相手を値踏みするようににらみつける癖がある。やせ型で、背は高い。かなり威圧感を与える外見をしている。 特徴:小西須美という女神を崇める狂信者。小西須美の命令ならば、殺人だろうとなんだろうと従い、己の命も惜しまない。 ロールプレイの糸口:初めて探索者に会うときは、小西須美からの指示で、人と会うのが苦手の気弱な青年を演じている。しかし、その外見からちぐはぐな印象を与える。実際は粗暴な男であり、探索者と対立するときは同情の余地のないチンピラとして演出すること。 日高雅之(24歳)、小西須美の下僕 STR 85 CON 65 SIZ 75 DEX 80 INT 35 APP 40 POW 35 EDU 45 正気度 28 耐久力 14 DB:+1D4 ビルド:1 移動:9 MP:7 近接戦闘(格闘) 60%(30/12)、ダメージ 1D3+DB 回避 40%(20/16) 技能:威圧20%、運転(自動車)50%、隠密70%、聞き耳40%、クトゥルフ神話9%、信用2% |
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●河本文江(かわもと・ふみえ) 31歳。女性。以前、中村邸で働いていたプロの家政婦。 住み込みではなく通いの家政婦であり、いくつかの家を担当している。そのうちのひとつが中村邸だった。家政婦としての能力は高い。 半年前、小西須美が中村邸の家事を取り仕切るようになったため、解雇された。 他にも多くの担当を持っているため、仕事面では解雇されても問題なかったが、家庭環境が複雑な佐代子のことを個人的に気にかけていた。解雇後も、佐代子のことを心配している。 容姿の描写:髪は仕事の邪魔にならないよう後ろでまとめている。銀縁メガネをかけている。目は優しげで、嫌な感情を表に出すことは少ない。ほんの少しだけ(本当に少しだけだ)ぽっちゃりしている。健康的な体型。 特徴:外見は地味だが、非常に優れた人物だ。生真面目で、本シナリオの登場人物の中では、いちばん高い道徳心と倫理観と常識を持っている。 ロールプレイの糸口:言動はとても穏やかだが、仕事上の秘密や、倫理に反することには厳しい態度を見せる。ただし、佐代子ためになることなら、探索者にも協力的になる。このギャップを演出して、彼女が佐代子の真の味方であることを伝えよう。 河本文江之(31歳)、解雇された家政婦 STR 50 CON 75 SIZ 65 DEX 70 INT 60 APP 65 POW 75 EDU 75 正気度 75 耐久力 14 DB:+0 ビルド:0 移動:7 MP:10 近接戦闘(格闘) 25%(12/5)、ダメージ 1D3+DB 回避 22%(11/4) 技能:芸術(家事)60%、信用40%、心理学40%、魅惑40%、目星50% |
この「導入前夜」は、プレイヤーにカモノハシ(中村佐代子)の存在を印象づけるための導入の前段階だ。
もし、プレイの時間に余裕がない場合、省略してもかまわない。ただ、救出すべきNPCを知っておくことは、探索者のモチベーションにもつながる。時間に余裕があるなら、この導入前夜からシナリオを開始することをおすすめする。
探索者は、SNSで知り合った趣味グループの知り合い同士だ。ネット上だけでなく、普通に顔を合わす友人であってもかまわない。
キーパーはプレイヤーと相談して、全員が興味を持つような趣味を決めよう。その趣味は、中村佐代子も興味を持つようなジャンルにすること。例としては、工作全般、旅行、天体観測、史跡巡り、歴史などがあげられる。この趣味は、後に重要な意味を持つので(「コラム:卵細工」を参照)、キーパーは忘れずに決定すること。
探索者が利用しているSNSには、グループのメンバーだけがテキストで会話のできる機能がある。メンバーは30人ほどいるが、よく書き込みする常連は10人ほどだ。
ある日、グループのメンバーでオフ会の企画が持ち上がる(日程は探索者が参加できそうな日だ)。オフ会というのは、ネット上での知り合い同士が、実際に集まって遊ぼうといったイベントのことだ。
このグループでは、これまでも何度かオフ会が開かれており、さほど珍しいことではない。SNS上では、参加表明の書き込みが次々とされている。
その中で、珍しい人物が参加表明する。「カモノハシ」というハンドルネームで、1年前からグループに参加している常連の一人だ。年齢、性別はグループ内の誰も知らない。その書き込みはとても丁寧でありながら、ユニークな着眼点と、頭の冴えを感じさせるもので、グループの人気者である。探索者も、カモノハシとはSNS上のテキストでは何度もやりとりしたことがある。
ただ、これまでカモノハシはオフ会に参加していなかった。グループ内では、カモノハシの参加表明に盛り上がっている。すぐに「カモノハシさんと会えるの楽しみです!」「カモノハシさんが来るなら参加します!」といった書き込みがされていく。
このSNSに参加している探索者は、INTロールか〈心理学〉に成功すれば、カモノハシが頭の切れる人物であることは間違いないが、知識量はさほどではなく、時には常識とも思えるようなこと(特に古い話題)について知らないことがあることから、案外と若い人物ではないかと推測できる。
●オフ会当日
オフ会の会場は、キーパーがプレイヤーと相談して自由に決めてよい。ファミレス、カフェ、カラオケボックス、ホテルのケーキバイキングなどが無難なところだ。未成年者に配慮して、居酒屋などは選ばれない。
オフ会の参加者は15人ほどだ。待ち合わせ時間に近づくにつれて、続々と集まっていく。常連もいれば、初参加の人もいる。
ところが、集合時間が過ぎても、カモノハシはやってこない。SNSで連絡をしても返信はなく、結局、オフ会はカモノハシが欠席のまま終了する。
集まった人たちは、カモノハシが約束を破ったことを怒るより、事故にでもあったのではと心配している。それほど、カモノハシはみんなに好かれているのだ。
なお、この時点ではわからないことだが、欠席の理由は、オフ会に参加のメッセージを送ったあと、カモノハシこと佐代子が小西須美に監禁されたからだ。
●後日談
それ以来、SNSにカモノハシの書き込みがなくなる。心配した人からの問いかけにも反応はない。これまでカモノハシの返信がここまで滞ることはなかった。
グループのメンバーは心配しているが、どうすることできない。やがてカモノハシの話題もされなくなる。
中村啓司の自宅は、郊外の古い住宅地にある。
その住宅地の中に、雑木林におおわれた小さな丘がぽつんと残されている。4000坪ほどのこの雑木林は、古くから中村家が管理して来た土地で、外から中の様子はわからない。
雑木林の奥にある、古びた洋風建築の建物が中村邸だ。まわりに他の家がないため、住所だけでもここが目的の家だとわかる。
建物は細部にまでこだわりの感じられる、非常に立派なものだ。ただ、建物の広さは実用的なもので、大豪邸というほどではない。
家の調度品は、多くが昭和初期から大切に使われている年代物だ。どれもが値打ちのある品だが、この家ではそんなことは気にせず生活で使用されている。
それらの調度品と、洋風の明るい壁紙、さらに凝った細工の施された作り付けの家具類などが、この家の雰囲気を豪華でロマンあるものにさせている。
●中村邸の間取り
○1階
・門
敷地の丘は低い生け垣に囲まれており、入り口は正面の門しかない。普段、門は鍵はかかっておらず、誰でも入ることができる。敷地の大部分は雑木林で、門から建物の玄関までは、石畳で舗装された一本道が10mほど続いている。
門には「中村啓司」と書かれた表札と、郵便受けがあるが、インターホンなどはない。訪問客はこの一本道を歩いて玄関まで行かなくてはならない。屋敷の前には車をとめるスペースもある。
敷地内に忍び込むのはとても簡単だ。
No.1 玄関
古い木製のドアのある玄関だ。ドアの脇にはインターホンがある。
玄関の中は、かなり広く、大きな靴だなが脇に置かれてある。玄関に靴は並んでいない。すべて靴だなにしまわれている。
もし、靴だなをあけて調べた場合、中村啓司の靴と、中村佐代子の靴がそれぞれ何足か入っている。一方、小西須美と日高雅之の靴は一足ずつしかない。
靴の種類や数は、この屋敷の住人構成を知るうえで、重要な手がかりとなるだろう。
また、玄関の靴だなの上には、佐代子が趣味で作った卵細工が10個ほど並べられている。これは重要な手掛かりなので、忘れずに描写すること。詳しくは「コラム:卵細工」参照。
No.2 食堂と居間
食堂と居間は続き部屋になっている。
食堂にはテーブル、居間には大型テレビとソファーがある。
No.3 応接間
大切な客を案内する部屋で、家具も立派なものが揃っている。
凝った細工のテーブルに、見る目のある人が見ればその価値のわかる油絵、やや古びてはいるが皮のソファー、壁際に置かれたサイドボードには高級洋酒が並んでいる。この洋酒は贈答品を持て余して、飾っているだけだ。
そんなサイドボードには古い頭蓋骨も飾ってあり、異彩を放っている。〈科学(考古学)〉、〈人類学〉に成功するか、これらの技能が50%以上ある探索者はロール不要で、これがペキン原人とジャワ原人の頭蓋骨の精巧なレプリカであるとわかる。市販されたものではなく、中村啓司が准教授時代に講義用に特注したものだ。
これらの頭蓋骨は、現世人類のものと似ているため見間違える可能性がある。ただ、注意してみれば眼窩から顎にかけては現世人類に似ているが、やや額が狭いことに違和感を覚えるはずだ。
No.4 洗面所
脱衣所を兼ねた、普通の洗面所。
No.5 トイレ
普通のトイレ。
No.6 風呂
普通の風呂場。
No.7 キッチン
普通のキッチン。河本文江や小西須美が使っていたため生活感がある。
ここで即席武器となる包丁や、懐中電灯、消火器など、探索者の役に立つものが入手できるとしてよい。
No.8 中庭
後述の「◎16. 門のある中庭」を参照。
○2階
No.9 ゲストの居間
来客用の居間。小さな書き物机の置かれた、すっきりとした部屋。
現在は、小西須美が使用している。詳しくは「◎14. 小西須美の部屋」を参照。
No.10 ゲストの寝室
来客用の寝室。ベッドは二つある。現在は、小西須美が使用している。
No.11 トイレ
ゲスト用のトイレ。
No.12 ドレッサー
ゲスト用のドレッサー。
No.13 中村啓司の部屋
後述の「◎15. 中村啓司の部屋」を参照。
No.14 ゲーム&標本室。
この家には、贅沢なゲーム室がある。ゲーム室とは、来客とビリヤードやカード、ダーツなどを楽しむための部屋だ。
昔から置きっぱなしといった感じのビリヤード台と、カードテーブル、凝った造りのダーツボードなどがある。どれももうっすらとホコリをかぶっており、最近使われた様子はない。
この部屋の隅には、学校の理科室にあるような実用性重視のスチールの陳列ケースが並んでいる。それらの棚は、このような趣味の部屋には不釣り合いな印象を受ける。中村啓司が置き場に困って、部屋の雰囲気など無視して、ここに置いたのだ。
棚には、様々な原人の化石が陳列されている。〈科学(考古学)〉か〈人類学〉に成功するか、〈人類学〉が50%以上ある探索者はロール不要で、これらが個人にして充実したコレクションだとわかる。
その多くは非常に精巧なレプリカだ。とはいえ、中村啓司は最初からレプリカとわかって購入しており、贋物をつかまされたわけではない。こういった精密な標本は、レプリカでもかなり高価なものだ。
このコレクションは、北欧の75万年前の地層で発見された原人の化石が充実している。中村啓司がこの原人を個人的に注目しているのだろうと推測できる。
中村啓司の論文を読んで、この原人の手の指の骨格に注目すれば、親指と人差し指の第二間接の形状に、現代人と違った特徴があることがわかる。また、〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、この原人がハイパーボリアを築いた先行人類の系統にあるとわかる。
○3階
No.15 佐代子の勉強部屋
後述の「◎7. 小西須美の応対」を参照。
No.16 佐代子の寝室
後述の「◎7. 小西須美の応対」を参照。
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コラム:卵細工
玄関の卵細工は、ニワトリの卵の殻を研磨機で透かし彫りにしたり、彩色したりしたものだ。人魚や鳥の姿を透かし彫りにしたものや、幾何学的な模様を精密に彩色した卵細工は、なかなかの完成度だ。その中には、探索者とカモノハシが知り合ったSNSグループに関係した図柄(例えば、グループのアイコン画像や趣味に関係するイラスト)が描かれた卵細工がある。
この卵細工を見てINTロールか、適切な〈芸術〉に成功すると、それが他のものに比べて細工が雑で、いかにも急いで作ったような印象を受ける。また、塗料の色が鮮明であり、作られたばかりであることもわかる。
探索者が手に持ってみれば、カサカサと中に何かが入っている音がする。
卵細工の底には小さな穴があり、中をのぞけば、小さな紙切れが入っているのがわかる。
佐代子のメールの最後に書かれた「カモノハシの子供を差し上げたいのですが、カモノハシはどうやって子供を増やすんでしたっけ?」という追伸は、この卵細工のことを指している(カモノハシは卵を産んで増える)。佐代子は探索者宛ての秘密の手紙を卵の中に隠し、そのありかを謎めいた言葉で伝えたのだ。
わずかな時間(1分以内)で、卵細工を壊さずに紙切れを取り出すのは困難だ。難易度イクストリームのDEXロールか、レギュラーの〈手さばき〉に成功する必要がある。一方、いろいろな道具を試しながら、30分かければ難易度レギュラーでDEXロールができる。もちろん、卵細工を壊せば、すぐに取り出せる。
なお、小西須美は卵細工にまったく無関心のため、こっそり盗むことは容易だ。〈手さばき〉は必要ない。
もしも、探索者が卵細工に注目していない場合、〈アイデア〉に成功すれば、その違和感とメールの追伸を関連付けられるとしてもよい。
卵細工の中の手紙は、5cm角の紙切れだ。小さな字で、以下のようなメッセージが書かれてある。
「来てくれてありがとう。この手紙を見ているということは、私はいまどこかに監禁されているのでしょう。小西さんにだまされないでください。お願いです、私を助けてください!」
その字は丸っぽいかわいらしい字だ。さらに〈心理学〉か〈精神分析〉に成功すれば、何かに怯えたように字が震えていることがわかる。
この手紙について小西須美に尋ねた場合、日高雅之は精神的に不安定であるため、そのような被害妄想を持ったのだろうと説明する。日高雅之自身に尋ねれば、「よく覚えていない」と、曖昧な返事をする。2人とも明らかに怪しい態度である。
一方、2人もこの手紙のことを知れば、探索者と佐代子への警戒をより強める。
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中村啓司が参加する学会が開かれる○×大学は、中村邸から車で30分くらいの距離にある。
開催される学会は、大学の大型教室を使用した、人類学に関する規模の小さなものだ。一般人も参加可能だが、ごく少数である。
手紙のあった待ち合わせ場所は、ベンチや芝生などのある小さな広場だ。普段は学生の憩いの場所となっているが、この日はあまり人はいない。
中村啓司は、探索者よりも少し遅れてやってくる。
地味なスーツ姿で、脇に大きな書類カバンを抱えている。
探索者が待っているのに気づくと、あわてて駆け寄り、久しぶりの対面を喜ぶ。この時、知り合い以外の探索者がいても、中村啓司は気にしない。
中村啓司の知り合いの探索者は、以前の彼はやや人見知りをする性格だったが、いまはそんな様子がないことに気づく。これは佐代子との生活により、彼の社交性が向上したからだ。
中村啓司は、以下のように話す。
「遅れてすまない。飛行機のトラブルがあってね。今回の旅行は、最後の最後まで予定が狂いっぱなしだったよ。いまだって、直接、空港から駆けつけてきたところなんだ。
それにしても、来てくれてありがとう。会えて本当に嬉しいよ。
やっと長年の研究を発表できるというのに、気づいてみれば、それを一緒に喜んでくれる人がいないことに気づいてね。それで、きみを呼びつけてしまったんだ。急なことで悪かったと思っている。
大学を辞めてからは、ずっとひとりで研究してきたんだが、最近、やっと人間関係の大切さに気づかされたんだ。だから、急にきみに会いたくなってしまったというわけだ。きみにとっては、迷惑な話かも知れないがね」
そう言って、中村啓司は照れくさそうな笑みを浮かべると、こう付け加える。
「ああ、急いで来たから、汗をかいてしまったよ」
そう言って、中村啓司はスーツの上着を脱いでベンチに置く。この上着は重要な手掛かりとなるため、キーパーは忘れずに描写すること。
●中村啓司への質問
事前に中村邸を訪問した探索者は、小西須美のことや、日高雅之のことを尋ねるかもしれない。
中村啓司は、探索者の質問にはなんでも正直に答えるが、実のところは学会で発表する研究成果を自慢したい気持ちでいっぱいだ。そのため、探索者の質問にも上の空で、すぐに研究の話題に切り替えようとする。
・小西須美について
「彼女は私の友人だ。私が研究で忙しいときには秘書のようなことまでしてくれる、とても親切で頭のよい女性だよ」
・日高雅之について
「はて……そんな親戚いたかな? 私は親戚付き合いは疎遠なので、どんな人がいるのかよく知らないんだ。もしかすると、家を留守にしている間に、遊びに来たのかもしれないな。うちは部屋数だけは多いからね。時々、親戚がホテル代わりにするんだ。そのためのゲストルームが、わざわざあるくらいだよ」
・カモノハシについて
「それはあれかい、ネットのハンドルネームってやつかい? 悪いんだが、私はネットとか、スマホはさっぱりでね。佐代子はそういうのに強くて、もっぱらあの子に頼りきりだよ」
・佐代子について
「私が養子にした女の子さ。いまの私にとって、研究以上の生き甲斐となってくれている。今晩にでも紹介するよ。今日はゆっくりできるんだろ?」
●研究について
キーパーはタイミングを見て、以下の中村啓司の台詞を喋らせること。あまり探索者が質問を繰り返すようならば、半ば強引に話題を切り替えてしまってよい。中村啓司はこの話をしたくてうずうずしている。
「それでだね、今日の学会で発表する内容なんだが。
多くの学者が長年研究を続けているにも関らず、いまだ人類の起源ははっきりしていない。
ある日、人類の祖先である猿人が生まれ、そこから複雑に枝分かれをしながらも、ひとつの枝が現在まで伸びて我々となった……きみは、そんなふうに考えていたりするかい?
クロマニヨン人やネアンデルタール人、ほかにも世界中で人類の祖先とおぼしき原人の証拠は発見されている。
それらすべての原人が絶滅して、一本の枝だけが現代に残り、我々、現生人類となったと考えるのはナンセンスだとは思わないかね?
私の持論は、複数の種類の原人が混ざり合い、交雑していった結果が、現生人類ではないかというものだ。枝分かれを続けた無数の枝は、再び融合して大きな幹を作り出した。それは現在も続いているんだ。究極的に交雑が進めば、いま存在する人種という概念も、やがて消えるだろう。
もちろん、この考え自体はさほど珍しいものではない。しかし、私はこれを証明するために――」
中村啓司はそこまで語ると、書類カバンを開けて大型の封筒を取り出す。そして、封筒の中から写真のネガのようなものを取り出そうとしたとき……悲劇が起きる!
何の前触れも無く、中村啓司の身体が炎に包まれるのだ。
その瞬間、〈目星〉に成功した探索者は、中村啓司が燃え上がる直前、上空からバレーボールほどの大きさの炎の塊が頭上に舞い降りたことに気づける。
炎の正体は、小西須美の呼び出した炎の吸血鬼(火の精)だ。小西須美は前夜にあらかじめ召喚しておいた炎の吸血鬼に、中村啓司を焼き殺すよう指示しておいたのだ。本来ならば、目撃者のいないところで殺害する計画だった。ところが、中村啓司の飛行機が遅れるなどのトラブルが続き、彼を殺害するチャンスはこのタイミングしかなかったのである。
燃え上がる中村啓司はバネが弾けたように立ち上がると、棒立ちの姿勢のままで絶叫をあげる。探索者の髪を焦がすほどの高熱を発しながら、中村啓司は焼かれていく。この凄惨な現場を目撃した探索者は0/1D6正気度ポイントを失う。
中村啓司の断末魔の叫びは、ほとんどが意味を持たないものだが、〈聞き耳〉に成功すれば、燃えさかる炎の中で、彼が「サヨコ」という名前を何度も呼んでいることに気づける。
この炎の消火は困難だ。大量の水か、消火器がなければ消火できない。炎は3ラウンドで消える。なぜなら、すぐに燃やすものがなくなってしまうからだ。
炎が消えると、そこにいた中村啓司の姿はなくなっている。彼の立っていた場所には、わずかに焦げた一足の革靴だけが残される。靴の中には、消し炭が少しだけ落ちている。中村啓司の体は、このわずかな消し炭を残して、すべて焼失してしまったのだ!
炎の吸血鬼は役目を終えると、いなくなってしまう(宇宙に飛び去ることはなく、そのまま消えてしまう)。
この現象を見て〈オカルト〉に成功した探索者は、こうした人体自然発火現象は世界中で多くの報告されていることを知っている。そうした現象では、人体とその衣服以外はほとんど燃えることがないこともあり、今回の状況もそれによく似ている。
●現場に残されたもの
現場には以下のような手掛かりが残されている。探索者の行動に応じて、情報を提供すること。プレイヤーが迷っているようなら〈アイデア〉に成功することで、以下の情報に気づくとしてもよい。
・中村啓司の遺体
遺体は完全に焼失している。革靴の中に残った一握りの消し炭だけが、中村啓司の体の名残だ。消し炭は完全に炭化しており、これが人間であったことを証明するのは不可能だ。
短時間で生きた人間を焼き尽くすなど、常識的な手段では不可能である。
さらに人が焼失するほどの高熱の炎だったというのに、あたりに火が燃え移ることも無かった。これは生きた炎である、炎の吸血鬼が中村啓司と資料だけを狙ったためである。
これが超常現象であることは、誰でもロール不要でわかる。
・残された資料
中村啓司が炎に包まれた時、手にしていた書類カバンも一緒に焼失してしまった。ただし、彼が直前に取り出そうとした写真のネガだけは、半分燃え残って、地面に落ちている。
それは腕の骨を写したレントゲン写真のようだが、損傷が激しく、それ以上のことはわからない。写真の端には「大野川病院」という病院名が記されている。この大野川病院については、ネットで検索すればすぐにわかる。後述の「◎9. 大野川病院」を参照。
・中村啓司の上着
ベンチには、中村啓司が脱いだ背広の上着が置いたままになっている。
背広には手帳が入っている。携帯電話と財布は焼失している。
この手帳は、スケジュール帳を利用した簡単な日記帳だ。その日のスケジュールの代わりに、ここに日記をつけたものだ。日記は今年の1月1日から始まっている。
1時間ほどかければ、ロール不要で日記の内容をすべて読むことができる。重要そうな部分だけを探して斜め読みをする場合、10分かけて読んだあとに〈母国語〉に成功する必要がある。
1時間かけて読むか、斜め読みに成功した場合、以下の情報が手に入る。
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○中村啓司の日記(抜粋)
・1月1日
佐代子も、今年で6年生になる。進路はなにも心配ないだろう。まぎれもなく、あの子は天才だ。
さびしくなるが海外留学も考えるべきかもしれない。片手間で教えた英会話だが、いまでは私以上となっている。いつの日か、あの子と共に研究をする日も来るだろうか。もし実現すれば、これにまさる幸せはない。
・約半年前の日付
小西さんの言葉に従い、河本さんを解雇した。小西さんは暇を見つけてはうちにやってきて、家のことをしてくれる。私の研究の理解者でもあるが……なぜ、彼女はこんなにつくしてくれるのか?
まさか、この老いぼれに恋愛感情というわけでもあるまいし。
・約3ヶ月前の日付
中学入試に備えて、小西さんが佐代子の勉強を見てくれている。大学で教鞭をふるっていた私が感心するほどに教え方がうまい。やはり頭の良い女性だ。
・約2ヶ月前の日付
小西さんは教育熱心だ。そのおかげで、最近の佐代子の学力には驚かされるばかりだ。すでに高校レベルに達している。こうなれば海外の大学も視野に入れるべきかも。あの子との共同研究という私の夢も実現する。
ただ、佐代子に元気がないのは心配だ。勉強疲れかもしれない。
・約1ヶ月前の日付
明日から、北欧へ長期の研究旅行へ出かける。留守中は小西さんが佐代子の面倒を見てくれるので心配はない。この旅行が、研究の最後の仕上げとなるだろう。日本に帰ってくれば、いよいよ学会での発表だ。
この後、北欧での研究旅行の記録が続くが、旅行先の感想が数行書かれてあるだけだ。
・昨日の日付
飛行機のトラブルのせいで予定がずれたが、学会には間に合いそうだ。
明日は、我が家でこの日記を書くことができるだろう。
学会の書類は、小西さんに頼んで委員会に提出済みなので問題ない。明日はいよいよ、私の学説が世に出るのだ。
そして、1ヶ月ぶりに佐代子にも会える。忙しさにかまけて、ほとんど電話もできなかった。あの子には、悪いことをした。
学会が終わったら、しばらく研究のことは忘れて、あの子とゆっくり過ごす時間を作ろう。
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●警察の対応
探索者が中村啓司が焼死したことを通報しても、誰も信じない。
中村啓司が学会に無断欠席したくらいでは、警察は動くことはない。
探索者が小西須美の不審な行動や、行方のわからない佐代子について話しても、警察の動きはとても鈍く、数日かかる。「警察が動くのを待っていれば、すべては手遅れになるだろう」と、キーパーはプレイヤーに忠告しよう。
●中村啓司の発表内容
その後の学会では、中村啓司は欠席として扱われ、発表は取りやめとなる。
なお、学会で発表するには、その内容をあらかじめ委員会に提出する必要がある。職業が教授などの探索者や、〈科学〉などの学問に関する技能が50%以上ある探索者ならば、ロール不要でそのことを知っている。そうでなくても〈アイデア〉に成功すれば、そのことに思い当たるとしてもよい。
大学に問い合わせれば、学会の役員に面会できる。探索者が適切な対人関係技能に成功すれば、中村啓司の発表内容に関する資料を閲覧させてもらえる。
発表内容のタイトルは「75万年前の原人の骨格的特徴」である。
その内容は、30年前、インドネシアのフロレス島で発見されたホモ・エレクトゥスと思われる原人の踵の骨に関するものだ。中村啓司が探索者に説明していた人類のミッシングリンクに関するものとはまったく異なる。とても地味な内容で、中村啓司が生涯をかけてきた論文とは思えない。事件現場で見つけたレントゲン写真も、資料には含まれていない。
この資料を読んだ探索者が〈人類学〉に成功すれば、この内容が20年以上も前に発表された論文の焼き直しであることがわかる。図書館などで類似する論文を調べて〈図書館〉に成功するか、大学の専門家に尋ねても、同じ情報が得られる。
この発表内容は、小西須美が差し替えた偽物だ。小西須美はハイパーボリア人の秘密を隠すため、適当に見繕った20年前の論文を参考にでっち上げ、代わりに提出したのである。
レントゲン写真に名前のある大野川病院は、中村邸から車で20分ほどの距離にある公立の総合病院だ。
本来、病院は個人情報の管理には厳格なところだ。しかし、この病院では適切な対人関係技能に成功することで、情報収集は可能である。
この病院には、中村啓司にレントゲン写真を閲覧させていた医者の立花才蔵がいる。中村啓司と同い年で、小柄な体型の人当たりの良い、悪人とはかけ離れた人物だ。高校時代からの友人である中村啓司に強引に頼まれ、さらに多額の謝礼まで提示されたため、つい魔が差してしまったのだ。人類学者である中村啓司の動機は研究目的であり、患者のレントゲン写真を悪用するはずがないという考えもあった。
大野川病院で中村啓司と懇意にしていた医者を尋ねれば、すぐに立花才蔵の名前があがる。休憩時間などを見計らえば、面会も可能だ。
立花才蔵は、中村啓司にレントゲン写真を見せたことに引け目を感じている。そのため、探索者が中村啓司のことで訪ねてきたと知れば、不自然なほどに無愛想な態度をとる。〈心理学〉に成功すれば、彼が隠し事をしており、内心で強く動揺しているのがわかる。
中村啓司の死について教えたり、現場にあった大野川病院のレントゲン写真を見せたりすれば、ロール不要で彼が激しく動揺しているのがわかる。
立花才蔵の不自然な態度を指摘するなどして、探索者が適切な対人関係技能に成功すれば、秘密を守ることを条件に、中村啓司について以下のように語る。
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○立花才蔵の話
「中村啓司とは高校時代からの友人だ。
5年くらい前、研究に協力するため、患者のレントゲン写真を閲覧させたことがある。彼はできるだけ多くの現代人の骨格の調査をしたいからだと言っていた。
その後、半年くらいしてから、養子にしたという女の子を連れてくるようになった。佐代子という名前だ。
中村啓司は、その子の骨を調べてほしいと言ってきた。彼の話によると、彼女は遺伝的に骨肉腫(骨に発生する癌)になりやすい家系だそうで、その予防のため定期的にレントゲンを撮っていた。ただ、これまで目立った異常は見つかっていない。
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●佐代子のレントゲン写真
患者のレントゲン写真を見せてもらうことは、現実の病院であれば不可能に近い。ただ、無断で部外者にレントゲン写真を閲覧させたという立花才蔵の弱みをついて、適切な対人関係技能に成功すれば、それも可能である。
立花才蔵の話に出てきた佐代子のレントゲン写真は、一見したところ普通の手のひらの骨の写真だ。ただし、〈医学〉か〈人類学〉に成功すれば、写真の親指と人差し指の第二間接に、普通とは違った点が見つかる。具体的には、人差し指が短く、親指が長いのだ。
立花才蔵や他の医者にレントゲン写真に意見を求めた場合、同じ情報が得られる。ただ、それは異常というほどではなく、個人の特徴の範疇だ。
なお、現場に残された写真とこの写真を見比べれば、2枚が同じものだとわかる。
●小西須美について
探索者が立花才蔵に威圧的な態度を取らなかった場合、彼は親切心から追加の情報を提供してくれる。
中村啓司が病院に来ていたとき、個人的に親しくしていた小西須美という女性の医師がいたというのだ。ただし、小西須美は3週間の長期休暇を取っている。
小西須美のことを知っている探索者が容貌を確認すれば、おそらく二人が同一人物であるとわかる。
病院での小西須美の評判は、仕事の出来る優秀な医者だというものだ。しかし、人付き合いが悪く、プライベートなことはほとんど知られていない。たまに長期休暇をとって、イギリスなどに海外旅行をしていた話を聞くことができる(星の智恵派の集会に参加していたのだ)。
中村邸のまわりは普通の住宅街となっている。
近所の住人に、中村邸のことを聞くことも可能だ。
以下は、近所の住人から得られる情報だ。キーパーは探索者の行動に応じて、近所の住人からこれらの情報を提供すること。この情報には住人の憶測も含まれている。
○中村啓司について
中村家は古くからの地主で、かなりの資産家だ。いまの主人は中村啓司だ。
中村啓司は一流大学を出て、とある大学に勤めていたそうだが、親の遺産を相続すると同時に退職して、悠々自適の暮らしを始めた。
結婚はしておらず、家事は通いの家政婦に任せていた。家政婦はこの近くに住んでいる(家政婦については「◎11. 河本文江との対面」を参照)。
○家族について
旧家なので親族は多いそうだが、近縁者はいなく、実際のところは天涯孤独も同然だった。ただ、5年前に、突然、佐代子という7歳の少女を引き取ってきて養女にした。
日高雅之という親戚がいたかどうかはわからないし、若い男があの家に出入りしていた様子はあまり覚えていない。
○女性関係について
去年、秘書だという女性を家に招いて、代わりに10年ほど通っていた家政婦を解雇した。もしかすると、秘書ではなく愛人かも?
○不思議な光
最近、夜になると、中村邸の敷地から黄色い光が天に向かって伸びているのを見かける。近所の人間が何人も目撃している。
その光はサーチライトのような直線的な光ではなく、炎のように揺らいでいて、見ているとなぜか不安になる不思議な光だった。
一度だけでなく、日を変えて何回も目撃されている。
中村家の元家政婦、河本文江は中村邸の近所に暮らしている。近所の住人に聞けば、家の場所はわかる。
彼女は、誰よりも中村家と深く関わっていたため、多くの情報を知っている。しかし、プロのモラルとして、雇い主のことを簡単に教えたりはしない。そのためには探索者は、適切な対人関係技能に成功する必要がある。なお、彼女に脅しは通用しづらく、〈威圧〉の難易度はハードとなる。
一方で、彼女は佐代子のことをとてもかわいがっており、自分の代わりに家に入った、小西須美とうまくやっているのか心配している。佐代子のことを話題に出せば、ついプロとしての立場を忘れて話に乗ってくる。そのことはロール不要でわかるほどだ。
探索者が佐代子にからめて話を聞き出そうとするなら、前述の対人関係技能ロールは不要で以下のような情報が得られる。
また、探索者が望めば、河本文江は中村啓司と佐代子が二人で写っている写真を見せてくれる。二人は本当に仲が良さそうで、見ていて微笑ましくなるような写真だ。
○佐代子について
佐代子は現在12歳の女の子だ。5年前、中村啓司がどこかの施設から養女として引き取ってきた。
明るくハキハキした子で、中村啓司も彼女のことをかわいがっていた。佐代子も中村啓司とは気が合うようで、まるで本当の親子のようだった。
○佐代子の趣味
佐代子は手先がとても器用で、卵にきれいな細工をするのが好きだった。作品は玄関にかざっていた。
料理を教えればすぐに覚えて、自分のものにしてしまうし、中庭にある花の手入れなども、まるで専門家のようにしっかりこなしていた。
○中村啓司について
中村啓司の家での仕事は10年ほど続けていた。
中村啓司はかなりの資産家で、ほとんどの時間を自宅での研究に費やしていた。専攻は自然人類学だ。
近縁のものはおらず、天涯孤独といってもよいほどだ。
客も滅多に来なかった。親しい友人はほとんどいなかったのではないだろうか。
○小西須美について
1年前から、中村邸に出入りするようになった女性だ。大野川病院の医師らしい。
いつの間にか、彼女は中村家のプライベートにも関わるようになり、河本文江が解雇されたころには、まるで妻であるかのように中村邸を取り仕切っていた。また、佐代子の勉強を熱心に見てあげていた。
○日高雅之について
その人物については、まったく知らない。
中村啓司にそんな親戚がいたことすら知らない。
(日高雅之が寝ていた寝室について尋ねた場合)その部屋はずっと佐代子の部屋だったはずだ。
小西須美は探索者が自分の計画を探っていると知れば、抹殺のため炎の吸血鬼を差し向ける。例えば、探索者が大野川病院を訪ねれば、その噂はすぐに小西須美の耳に入る。
襲撃のタイミングは、探索者がひととおりの調査を終えて、次の行動に迷っているときを見計らって発生させるとよいだろう。それはゲームの危機感を高め、調査を急がせる強い後押しとなるはずだ。
ただし、炎の吸血鬼の襲撃は、探索者の近くに消火器や水道がある場所で起こすこと。消火をする手段がなければ、襲撃は探索者にとって致命的となる(このゲームの目的は、探索者の虐殺ではないのを忘れずに!)。
消火手段のある場所としては、探索者の自宅(水道の場所がわかる)、ガソリンスタンド(消火設備は万全だ)、商店街(水道や消火器がある)、川や海のそばなどだろう。
襲撃の時間は夜、探索者が屋外にいるときに限定される。
探索者が〈科学(天文学)〉に成功するか、〈科学(天文学)〉が50%以上ある探索者ならばロールは不要で、寂しい秋の夜空の中で、フォーマルハウトがひときわ強く輝いていることに気づく。ただそれは、通常では考えられないほど強い輝きだ。このとき〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、邪神クトゥグァに関わる呪文が近辺で使用されたのだと推測できる。
探索者が見ている間にも、フォーマルハウトの輝きはグングンと強さを増していく。やがてそれは星が輝いているのではなく、流星がその方向からこちらにめがけてまっすぐに降ってきているのだとわかる。流星は燃え尽きることなく、大きくなっていく。
前述の〈科学(天文学)〉で星に気づいていない探索者も、ここで〈目星〉に成功すれば、夜空でひときわ大きく輝く流星に気づける。それでも探索者全員が流星に気づかない場合、炎の吸血鬼に「先制の一撃(奇襲)」をされる(ルールブック102ページ参照)。
炎の吸血鬼が自分をめがけて降ってくるという状況に遭遇した探索者は0/1D6正気度ポイントを失う。
すぐに流星は探索者の頭上に舞いおりてくる。大きさはバレーボールほどだが、数m離れていても強烈な熱気を感じるほどの高熱の炎の塊である。この炎を見てINTロールに成功した探索者は、それが中村啓司を焼死させた炎と同質のものだとわかる。
この炎の吸血鬼の能力値は、ルールブック302ページの平均を使用する。
炎の吸血鬼は、まず探索者の移動手段(車など)を狙う。車を爆発炎上させることは、探索者を傷つけることなく恐怖させるよい演出となるはずだ。
炎の吸血鬼は車を燃やしたあとで、ゆっくりと探索者に狙いをつける。この隙に、探索者は消火器などの準備を整えることができる。
炎の吸血鬼の移動速度は速く、とても逃げ切れる相手ではないことも説明すること。そして、敵が「火」であることを強調して、弱点は水であることを思いついてもらおう。〈アイデア〉に成功した探索者は、そのことに気づくとしてもよい。
炎の吸血鬼を撃退するには、水をかけるのが手っ取り早い。それ以外でも、探索者が機転の利いた撃退法(例えば、川に飛び込んだり、スプリンクラーのある建物に入ったりなど)を思いついた場合は、キーパーはなるべく採用してあげよう。
また、敵を過大評価して、逃げるばかりで撃退しようとしなかった場合、建物の中に隠れることで、炎の吸血鬼のから逃れられたとしてもよい。
この炎の吸血鬼は、探索者を驚かせ、事件を早急に解決しなくてはならないという緊迫感を与えるための存在だ。繰り返すが、探索者を虐殺するためのものではない。
探索者が中村邸を再訪する場合、キーパーは状況に応じて展開を考えよう。
まだ、探索者が小西須美への疑惑を固めきっていない場合、彼女はまだ家にいる。玄関にあった卵細工を調べに行くときや、佐代子について聞きにいくときが考えられる。
一方で、探索者が小西須美への疑惑を強めて、佐代子を救出すべく赴いた場合、彼女は家にいない。次に小西須美が登場するのは、「◎18. 魔術師登場」となる。この項では、小西須美が不在となった中村邸を解説する。
小西須美が不在の間、中村邸には日高雅之しかいない。
日高雅之はしっかり戸締まりして、居留守を使っている。ただ、夜、中村邸を外から見てみれば、ゲストルーム(小西須美の部屋)に明かりがついているのがわかる。
施錠されたドアを開けるには〈鍵開け〉に成功する必要がある。
もちろん、リビングなどのガラス窓を破って侵入するのなら、ロールは必要ない。音を立てないように窓を破るには、DEXロールか〈機械修理〉に成功する必要がある。失敗すれば、物音を立ててしまい日高雅之に気づかれる。
また、家に入った探索者が足音を忍ばせなければ、日高雅之は侵入者に気づく。こっそり移動するつもりなら〈隠密〉が必要となる。忍び込んだ探索者のうち、〈隠密〉に失敗した探索者が2人以上いるか、1人でもファンブルしたら、日高雅之は侵入者に気づく。
日高雅之は危険な人物だ。小西須美から、侵入者はためらわず殺すよう命じられている。暴力は日高雅之の得意分野だ。
日高雅之が侵入者に気づいた場合、「No.12ドレッサー」の中に隠れる。そして、「No.9ゲストの寝室」に置いた携帯電話(佐代子のものだ)に、自分の携帯電話から電話をかける。携帯電話の着信音は階下にも聞こえる。これで探索者をおびき寄せ、「先制の一撃(奇襲)」をしかける作戦だ(ルールブック102ページ参照)
探索者が佐代子の携帯電話に出た場合、『俺って役に立つよねぇ、先生〜』という声がボソリと聞こえる。探索者から話しかけても、何の返事もない。
この隙に日高雅之はドレッサーから出てきて、「先制の一撃(奇襲)」をしかける。探索者は難易度ハードの〈目星〉か、難易度ハードの〈聞き耳〉に成功すれば、この奇襲に部分的に気づけるため、日高雅之の攻撃に対して回避か応戦を選ぶことができる(日高雅之に先んじて攻撃はできない)。
以後は、通常の戦闘ラウンドが開始される。
戦闘中、日高雅之は以下のような言葉を叫んだり、ブツブツと呟いたりする。その言葉の中には、日高雅之が崇拝する小西須美のことを指す「先生」が頻発する。キーパーは彼の情緒が不安定であることを演出しよう。
「先生は、やっと捜し物を見つける方法を手に入れたんだ。もうすぐだ、もうすぐなんだ!」
「仲間だ! これで、もっと沢山の仲間ができる! 先生のように、俺の心を満たしてくれる、立派できれいで頭のいい人たちが……俺は、その人たちのために戦うんだ!」
「あの子のような人が、もっと先生のもとに集まれば、すごい世界が生まれるんだ」
「先生はおまえたちを殺せと言った。先生の理想を邪魔するヤツは許さない」
「先生、こいつらをすぐに始末するよ。先生、俺は役に立つだろう?」
日高雅之は死を恐れず、身動きできなくなるまで戦い続ける。意識不明となっても、目を覚ませばすぐまた攻撃してくる。
日高雅之を無害化するには、殺すか、完全に拘束するしかない。たとえ拘束されても、日高雅之はなんとしてでも探索者を殺そうと悪あがきを続ける。ロープで手足を縛られた程度ならば、窓ガラスを割った破片で切断しようする。手錠をかけられた場合は、親指を噛みちぎってでも手を引き抜こうとする。その執念は凄まじく、この男に常識は通用しない。完全に身動きできないよう、厳重に拘束する必要がある。
ただ、探索者が日高雅之を拘束しても、有益な情報を引き出すことは難しい。どのような問いかけに対しても、小西須美を讃える言葉と、探索者への罵詈雑言を叫び続けるだけだ。その言葉を聞いて、〈心理学〉か〈精神分析〉に成功すれば、この男が「選ばれた人間」というものに執着しており、選民思考に毒されていることがわかる。
日高雅之が使用する武器は、探索者の戦力に応じて調整すること。以下はその例だ。
探索者が2人以下だった場合、日高雅之の〈近接戦闘(格闘)〉は40%としよう。
戦闘を得意とする探索者がいないなら、即席武器として家具から取った金属パイプ(ダメージ1D4)を持たせよう。
戦闘を得意とする探索者がいるなら、中型ナイフ(ダメージ1D4+2)か野球のバット(ダメージ1D8)を持たせよう。
なお、日高雅之は常に応戦を選ぶ。回避は選ばない。
キーパーはこの戦闘で探索者をあっさり殺してしまわないように気をつけてもらいたい。物語のクライマックスはまだこれからだ。
探索者が不利なようなら、日高雅之の耐久力を少なめに変更してもよい。また、日高雅之は意識不明の探索者にとどめを刺すようなことはしない。そして、元気のある手強そうな(耐久力の高い)探索者を先に狙う。
キーパーは「数的不利」のルールも忘れないように。複数の探索者で取り囲めば、日高雅之はさほどの脅威ではないはずだ。
●2台の携帯電話
日高雅之の利用した携帯電話からは、以下のような情報が得られる。
・佐代子の携帯電話
中村啓司が佐代子に持たせている携帯電話だ。監禁された佐代子は隙を見て、これで探索者に助けを求めるメールを送ったが、それがバレたため別世界に幽閉されることになった。
携帯電話はカモノハシのキャラクターが描かれたケースに入っている。携帯電話はロックされており操作はできない。〈コンピューター〉に成功すれば不正な手段でロックの解除は可能だが、その作業には最低3時間かかる。
携帯電話を調べれば、ここから探索者にメールが送られたことなどがわかるが、さほど有益な情報はない。
・日高雅之の携帯電話
日高雅之の携帯電話は指紋認証のため、本人の指を使えばロックの解除が可能だ。
携帯電話の連絡先には「先生」「ホテル」の2件だけが登録されている。
「先生」は、小西須美の携帯電話だ。いま電話をかけても通じない。
「ホテル」というのは、日高雅之が寝床としている安ホテルのことだ。
間取り図のNo.9とNo.10は小西須美の部屋だ。小西須美の本宅は別にあり、ここは佐代子の授業で遅くなったときなどに、たまに宿泊しているだけだ。もともとはゲストルームだった。
壁紙は明るいクリーム色で、品の良い小ぶりの調度品でそろえられている。
クローゼットの中には、小西須美の着替えが少しだけしまわれている。
部屋の奥には、客用の書き物机がある。机の上には、筆記用具を入れる洒落た銀製の文具皿が置いてある。きれいに整頓されているが、先の丸まった鉛筆や、使い途中の消しゴムなどから、この書物机が日常的につかわれていることがわかる。
机にはひとつしか引き出しはない。中には、本と携帯ライトが入っている。
本は、かなり大きく、分厚い。大きさは"ルールブック"2冊分ほどで、厚さは4冊分。黒い革の装丁がされており、金文字で「Book of Dzyan」と箔押しされている。詳しくは後述の「●ドジアンの書」を参照。
携帯ライトは、黒い筒型で、一見すると普通のライトに見える。ただ、光る部分が紫色をしている。スイッチを入れても、ほとんど光を発しない。〈知識〉に成功すれば、これがブラックライトだとわかる。ブラックライトには、暗いところで蛍光塗料にあてると、塗料が独特の光で輝くという性質がある。
このブラックライトは、中庭に隠された「門」を浮かび上がらせるのに必要な道具だ。探索者が引き出しに注意を向けていないようなら、〈アイデア〉に成功すれば、そのことに気づくとしてよい。
●ドジアンの書
小西須美の部屋で見つかった本は、奇妙なものだ。
破損した古い本のページを丁寧につなぎ合わせ、1ページずつ撮影した写真のみが続く。途中、白紙のページが続いたり、あまりにページの損傷が激しく内容が判読できない部分もあったりする。この本はひどい保管状態の本を、一切内容を違えることなく、完全に再現しようとした本だ。
本の最後には、小さな印が隠すように押してある。〈オカルト〉か〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、これが「星の智恵派」の印であるとわかる。「星の智恵派」とは、1844年にエジプトから帰国したイノック・ボウアン教授がアメリカのプロビデンスで興した謎に包まれた秘密教団の名前だ。
この本は「星の智恵派」が貴重な魔道書『ドジアンの書』をできる限り忠実に再現したものなのだ。
この本には、しおりのようなものが挟まっている。これはメモ用紙を細く折り畳んだもので、開いてみれば中に字が書かれている。これは小西須美が自分の考えをまとめるために書いたメモだ。
不要になった紙をしおり代わりに使ったのだが、探索者にとってその内容はこの事件の真相の知る重要な手掛かりとなる。プレイヤー資料「●メモ書き」を渡すこと。
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●プレイヤー資料:メモ書き
ハイパーボリア
ヒューペルボリア?
北風の向こう側……北欧の土地? 原人 化石 神話的古代文明 魔法国家
指の長さが鍵 佐代子の指
魔術的素養 天才の証
探すには整形外科 レントゲン管理は?
産婦人科のほうがBetter?
隠れ家は洞窟? 危険性 調査 時間 人手 日高
もっと有能な人間を
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『ドジアンの書』を読むには時間がかかる。しおりの挟まっていた部分を重点的に読んでみるなら、30分をかけて〈ほかの言語(英語)〉に成功をすれば、そこにハイパーボリアに関する興味深い一文を発見できる。
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●『ドジアンの書』の一節
・ハイパーボリア
いまから100万年以上前、まだ現行人類が原人となったばかりの頃。
北極に近いハイパーボレアと呼ばれる大陸に、科学と魔法の混在した独自の文明を築きいた先人類がいた。
彼らは数十万年にわたって繁栄を続けたが、やがて歴史からその姿を消す。
・あり得ざる者の大迷宮
偉大なる神の紋様を岩に描き、力を込めることによって異界の扉を開ける。その扉の行き先は、目を持たぬ怪物の住まう無限の迷宮。この世にあり得ざる者の大迷宮である。
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中村啓司の部屋は、膨大な蔵書が収められた書庫と、寝室を兼ねた書斎の二つに分かれている。落ち着いた調度品と、古い本、書類が積み上げられた、一時代前の学者の部屋といった部屋だ。
この膨大な蔵書や書類をざっと見て〈図書館〉に成功するか、〈人類学〉が50%以上の探索者ならロールは不要で、中村啓司が自然人類学の中でも、猿人から人類へ分化した頃の古い原人について研究していたことがわかる。
●中村啓司の日記
書斎に中村啓司の古い日記がないか調べれば、机の引き出しの中に日記代わりの手帳が入っている。
手帳は5年分あり、すべて読むには6時間必要だ。ロールは不要である。時間を節約するため重要な部分だけを斜め読みする場合、30分をかけた後に〈母国語〉に成功する必要がある。
どちらの場合も、以下のような情報が得られる。
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●中村啓司の日記(抜粋)
・5年前の日付
とうとう膨大なレントゲン写真の中から、目当てのものを発見した。残念ながら、その人物はすでに亡くなっていたが、子供がいるらしい。さっそく、その子の足取りを追うつもりだ。
・前の日記から半月後
とうとう例の少女と面会した。ハキハキしていて可愛らしい子だ。指の骨を確認したが、おそらく同じ特徴を遺伝しているようだ。
・前の日記から1ヶ月後
口実を設けて、なんとか佐代子のレントゲン写真を撮らせることに成功した。間違いない、あの子は血を継いでいる! これで私の学説も完成する。
・さらに半年後
考えた末、佐代子を養女として迎えることにした。研究目的もさることながら、あの子との生活はきっと楽しいものとなるだろう。
・さらに3ヶ月後
佐代子は河本さんにもなつき、この家での生活を受け入れてくれたようだ。たった数ヶ月、一緒に暮らしただけだが、もうあの子のいない生活は考えられない。初めて私は学問以外の喜びを得た気持ちだ。
以後、数年間、平穏な日々が続いており、気になる記述はない。
・1年前の日付
小西さんと食事をする。酔ったせいもあり、私のあたためてきた持論と佐代子の秘密を話してしまった。しかし、彼女との会話は楽しかった。とても頭が良いし、私のことを理解してくれる。魅力的な女性だ。
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●中村啓司の研究論文
探索者が「75万年前の原人の骨格的特徴」の原稿を探した場合、〈図書館〉に成功すれば、膨大な書類の山から目当ての資料を見つけ出せる。たとえ〈図書館〉ロールに失敗しても、3時間かけて書類を整理すれば、ロール不要で目当ての論文を発見できる。
それ以外でも、論文の執筆に使った古いノートパソコンある。3時間かけて〈コンピューター〉に成功すれば、パスワードを解除できる。ノートパソコンには論文のデータが保存されている。
中村啓司が学会で発表しようとした論文「75万年前の原人の骨格的特徴」は、きちんと要点がまとめられ、非常に読みやすいものだ。INTロールに成功すれば、この論文が何度も推敲が重ねて、時間をかけてじっくりと執筆された力作だとわかる。
また、学会での発表用に要点をまとめたものも添付されているため、この論文を理解するのには10分もあれば十分だ。ロールも不要である。論文を読んだ探索者は、以下の情報を得る。
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●論文「75万年前の原人の骨格的特徴」概略
・この論文の主題は、人類の起源に関するものである。
・一種の猿人が人類の祖先となったのではなく、それまでに発生した多くの猿人や原人が交雑して、現在の人類となった。
・それを証明するため、現生人類の中で、ある種の原人の骨格的特徴を残している者を探した。いくら交雑が進んだとして、祖とした原人の特徴が残されているはずだ。
・北欧の75万年前の地層で発見された原人の骨格的特徴を持った少女を発見する。彼女の親族の骨格についても調査(生前のレントゲン写真等)したところ、同様の特徴が確認できた。ただし、現在、生存している彼女の血縁はいないため、彼女の故郷の調査を続行中である。
・前述の骨格的特徴の顕著な例として、現代人に比べて親指の第二関節が長く、人差し指がやや短いことがある。
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中村邸の特徴として、家の中心に中庭がある。
太陽の動きを計算し、壁面に鏡を多用しているため、家の中心にあるにも関わらず日当たりは良好だ。天井は吹きぬけになっているが、風が直接入ってくることがないので、ちょっとした温室のようになっている。
庭には、多種多様な観葉植物が調和のとれた配置で植えられ、最近までは手入れも行き届いていた様子だ。ただ、現在は土は乾いて、植物もなんとなく生彩に欠けている。この庭の世話をしていた佐代子が、小西須美に監禁されているせいだ。
中庭を歩いてまわれば、奇妙な一角がある。その場所の植物だけ葉の色がどす黒く、新芽は無気味にうねるようにねじ曲がっている。病気にかかった植物にも見えるが、〈科学(植物学)〉か〈自然〉に成功すれば、これは単なる病気ではないとわかる。それも当然で、これは近くにある「門」から漏れだす魔力が植物が悪い影響を与えたせいなのだ。
影響を受けている植物の中心には、座卓くらいの大きさの庭石がある。一見したところ、この庭石に変わったところはない。ただ、庭石にブラックライトをあてると、石の表面に奇妙な模様が浮かび上がる。これこそが小西須美が作った、離れた距離を跳躍できる「門」だ。
●小西須美の門
小西須美の門は、《門の創造》のバリエーションによって作られたものだ。邪神クトゥグアの力を借りたもので、門を使用するためのコストが低く抑えられている。その代わり、この門は夜にしか力を発揮しない。
夜、ブラックライトで庭石の模様が浮かび上がらせ、その形状を認識した人間が庭石に触れると、黄色い炎のようなものがユラユラと立ち上がる。この炎に熱はない。黄色い炎は、吹き抜けの屋根よりも高く立ち上り、それは家の外からも見える。これが近所の人が見たという光の正体だ。
炎に手を入れ続けた人間は、炎に巻き上げられて自分の体がふわりと宙に浮かんでいくのを感じる。そして、気付いたときには、別の世界へと転送されてしまっている。
門を越えたことで、探索者はコストとして1マジック・ポイント、1D3正気度ポイントを支払う。キャスティング・ロールは不要だ。
なお、門を越える人間を炎の外から見た場合、炎の中でその姿がゴムのように縦に伸びていき、やがて糸のように細くなって消えたように見える。その光景を目撃した探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。なお、この〈正気度〉ロールは最初に目撃したときだけでよい。
●門を越えたら
門を越えた探索者は、いつのまにか天井の高さが5mほどあるトンネルの中に立っている。
ここは太陽系を遠く離れた、フォーマルファウトの近くに位置する、巨大惑星の衛星だ。この衛星にはムカデに似た生物が、巨大なアリの巣のようなコロニーを形成している。探索者が降り立ったのは、そんなコロニーの真ん中である。門を越えたことで探索者は衛星の環境に適応しており、呼吸などは問題ない。重力もほぼ地球と同等である。そのため、ここが地球外であることはすぐにはわからないだろう。
星の智恵派は、以前から門によってこの場所に到達できることを知っており、「あり得ざる者の大迷宮」と呼んでいる。ただ、ここがまさかフォーマルハウトの近くだとまでは理解していない。
探索者がブラックライトを点灯しているのなら、足元に例の紋章が浮かび上がっている。この紋章に触れれば、今度は中村邸に移動する。コストであるマジック・ポイント、正気度ポイントは再度支払われる。
トンネル内は真っ暗だ。携帯電話のライトなどがなければ、移動は困難である。必要なら場、再び門を越えて中村邸に照明器具を取りに帰らねばならないだろう。
POWロールに成功すると、この暗い場所を満たす無気味な気配を直感する。無理に形容するならば、「トンネル内の気配を知覚した脳内から脊髄に侵入し、熱く鼓動する心臓を凍らせようとする神話的冷気」といったものだ。つまり、ここは人間が立ち入るべきではない場所ということだ。
トンネルは自然の洞窟とも、人工のものとも思えるものだ。トンネルの地質を調べて〈科学(地質学)〉に成功すれば、非常に珍しいものだとわかる。さらにINTロールに成功してしまうと、ここが地球ではないという恐ろしい事実に気づいてしまい0/1D6正気度ポイントを失う。
また〈目星〉に成功すると、足元や壁に灰色の粘液が付着しているのに気づく。この粘液を調べて、〈自然〉か〈科学(生物学)〉に成功すると、これが未知の生物の分泌液だとわかる。
トンネルを歩けば、あちこちに枝別れしているのがわかる。それらは天井や足元、斜めに空いているものもあり、まるで巨大なアリの巣に入ったようだ。トンネルをむやみに歩き回れば、すぐに迷ってしまうことは明白だ。
探索者がトンネルをブラックライトで照らせば、足元に矢印が点々と描かれているのがわかる。この矢印を辿って、5分ほど歩けば、中村佐代子の監禁されている部屋にたどり着く。
なお、ブラックライトを使わなくても、誰かが歩いた痕跡を探すなら〈追跡〉に成功すれば、監禁された部屋にたどり着ける。この場合、帰り道を覚えておくために〈ナビゲート〉にも成功しなければならない。時間をかけて、きちんと地図を書くなら〈ナビゲート〉の代わりにINTロールで代用できる。どちらにせよ、このロールは代表となる探索者1人しか挑戦できない。複数の人間が道案内しても混乱するだけだ。
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コラム:迷宮の住人
ムカデ怪物は、あり得ざる者の大迷宮に生息する唯一の生物だ。
その姿はムカデによく似ているが、体長3m、体高80cmという巨大さだ。ムカデのような外骨格はなく、表皮は芋虫のようにぶよぶよしている。その巨体に似合わず、無数の足を駆使して素早く移動する。その速度は人間と変わらない。また、その気になれば垂直の壁を這い登ることも可能だ。
ムカデと大きく違う点は、顔に当たる部分にある楕円形の器官だ。熟して割れたザクロのような形状をしており、内部の粒状の器官から岩を溶かす消化液を分泌させている。この消化液で岩をもろくして、顔の下部にある牙で噛み砕くのだ。
ムカデ怪物は侵入者に無関心だ。なぜなら、他に生物のいない世界で特殊な進化をした生物だからだ。そのため、ムカデ怪物の感覚器官は単純なものになっている。彼らの感覚は障害物を感じとる鈍感な触覚と、岩の味を感じる味覚、そして痛覚だけだ。
彼らの一生は、ひたすら岩を食べて、迷宮を広げるために費やされる。それでも迷宮が球状に広がらず、入り組んだ通路の形をとっているのは、彼らが味のよい岩を探し求めて掘り進めているためだ。
ムカデ怪物、迷宮の住人
STR 80 CON 55 SIZ 85
DEX 55 POW 35 耐久力 13
DB:+1D6 ビルド:2 移動:8 MP:7
1ラウンドの攻撃回数:1
攻撃方法:ムカデ怪物は攻撃的ではないが、自分を害するものに鋭い牙で噛みつく。
近接戦闘 40%(20/8)、ダメージ1D6+DB
回避 22%(11/4)
装甲:なし。
正気度喪失:ムカデ怪物を見て失う正気度ポイントは0/1D4
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トンネル内の矢印、または痕跡を辿って、先に進んだ探索者は、岩肌の色に似た布がカーテンのようにかけられるのを発見する。
カーテンの向こうには、ほかに比べて小さな横穴がある。入り口は1mほどの円形だ。カーテンの向こうからは、中村邸の佐代子の部屋で感じた、胸の悪くなるような香のにおいが漂っている。
このカーテンは、小西須美が用意したムカデ怪物用のカモフラージュだ。人間より知覚力の低いムカデ怪物には、この程度で十分ごまかせるのである。
探索者がカーテンを発見したのと同時に、いままで歩いてきたトンネルのほうから、ガサガサという音が聞こえてくる。〈聞き耳〉に成功すれば、複数の巨大なモノがこちらに近づいてきているとわかる。
物音の正体は、ムカデ怪物たちの足音だ。この怪物を無事にやり過ごすには、カーテンをくぐって横穴に入るしかない。そのままトンネルに残れば、通路を覆い尽くすほどのムカデ怪物の群れに蹂躪される。
横穴に入ると、すぐそばをなにかが通り過ぎていく気配を感じる。探索者が布の隙間から外を見た場合、行進するムカデ怪物の姿を目撃する。探索者は0/1D4正気度ポイントを失う。
●岩穴のホール
横穴の中は広くなっており、20畳くらいの円形のホールになっている。
ホール内には災害避難所のような様子だ。毛布、インスタント食品、簡易トイレ、発電機、工具箱など、生きるために必要な最低限のものが置いてある。そして、部屋の奥には少女が座っている。彼女こそがカモノハシこと、佐代子だ。
佐代子は毛布を頭からかぶって、「カモノハシ」のぬいぐるみを抱えて、両手で耳を押さえている。何かに怯えるようにじっとしており、探索者が来たことにも気づかない。
佐代子の脇には、鉄パイプでスタンドが組まれており、そこに大型犬がワイヤーで吊されている。また、犬の下には煙を立ちのぼらせる火鉢、グレープフルーツくらいの水晶玉、投光器を組み合わせた奇妙な装置が置いてある。
このホールには探索者の注意をひく奇妙なものが多いため、キーパーは落ち着いて順番に説明していくこと。
●モートランのガラス
火鉢から立ち上る煙、水晶玉、投光器。これらで構成されるものは「モートランのガラス」を発展させた、おぞましき映写機である。
「モートランのガラス」とは、過去の映像をのぞき見るためのアーティファクトだ。呪文によって製造することも可能だとされているが、その方法を知るものはほとんどいない。
火鉢の上には、半殺しにされた大型犬がワイヤーで吊されている。犬からは血がしたたり落ちている。犬の血が火鉢に落ちるたびに、火もないというのに「ジュッ」という蒸発するような音を立てて、青白い煙を立ちのぼらせる。犬の傷を観察して、〈医学〉か〈応急手当〉に成功すれば、長く生きたまま出血させるよう、巧妙に血管が傷つけられていることがわかり、医学に精通した人間の仕業だと推測できる。
水晶玉は強い光強発する投光器で照らされている。この光によって、水晶玉の中の光景を、火鉢から立ち上る煙に投影しているのだ。
そして、いまもおぞましい映像が上映中である!
キーパーは、以下の描写文を読み上げること。
「煙に立体的に浮かび上がる映像は、どこか暗い洞窟の中の光景だった。白い石が敷き詰められた床。その上には、黒い水の入った浴槽のようなものが無数に並んでいる。
闇の奥には、おそろしく不吉な気配を発する大きな塊があった。その塊がわずかに身じろぎをすると、浴槽の中の黒い水から触手があふれ出す。そして、奥に鎮座する塊を讃えるように、無数の触手はゆらゆらと蠢いた。
それに応じたのだろうか?
大きな塊が一歩前に出る。
ヒキガエルのような顔と、コウモリのような大きな耳。幅広い口に、気怠そうな目。毛皮に覆われた身体は、水の入った袋のように不気味に波打っていた。
化け物は、ゆっくりと口を開いて、足下に転がっていた何かを口に入れた。それは、何か人の形をした白いものだった。
その時、あなたは気づいてしまう。
この洞窟の床を敷き詰める白い石が、すべて生き物の白骨であることを……そして、その多くが人骨であることを」
この光景を見て、〈クトゥルフ神話〉に成功すれば、この怪物が邪神ツァトゥグアであるとわかる。
この映像を、じっくりと見つめてINTロールに成功した探索者は、これが特撮映像などではなく、現実の光景が映し出されているとわかってしまい1/1D6正気度ポイントを失う。
好奇心旺盛な探索者が、さらに装置の映像を見続けた場合、邪神の悪意ある采配によって、宇宙で最も恐ろしい光景(キーパーが決めること)を強制的に目撃することとなり、1D10/1D100正気度ポイントを失う。キーパーはそうなる前に、探索者がこのおぞましき映写機を破壊できると助言してもよい。
●警戒する佐代子
現在、佐代子はおぞましき映写機の映像を見ないようにするため、目を閉じて、耳を塞いでいる。彼女に助けに来たことを伝えるには、その身体に直接触れて教えるしかない。
佐代子は探索者にメールを送ったときあと、小西須美に捕らわれ、ここに監禁されていたのだ。しかも、その間、ずっとおぞましい映像に精神をむしばまれていたため、肉体的にも精神的にも非常に弱っている。
おびえきっている佐代子と話をするには、できるだけ優しく辛抱強く接するしかない。
最初、佐代子は探索者を小西須美の仲間と思って、警戒している。
そんな彼女の警戒を解く最良の一手は、探索者がメールを受け取ったネットの友人であると伝えることだ。探索者が自分のハンドルネームを名乗るなどをして、そのことを伝えれば、彼女はわざわざこんな場所にまで自分を助けに来てくれたことに感激する。そして、緊張の糸が切れたかのように、わんわんと泣きながら探索者にしがみつく。
彼女の足には手錠がついており、手錠は地面に打ち込まれた金具につながれている。打ち込まれた金具は、ホールにある工具を使えば外すことが可能だ。
●佐代子との会話
探索者が佐代子の警戒を解けば、会話は可能となる。
以下が、佐代子の話す内容の一例だ。
最初、佐代子は涙をぬぐいながら、歳に相応しくない冷静さで語るが、言葉を続けるうちに辛そうに声をつまらせ、口調もその年頃にふさわしいものへと変化する。キーパーはその変化を意識してロールプレイするとよいだろう。
「あの人は、その水晶球から浮かぶ映像を使って、私に無理矢理、恐ろしい世界の真理を教えようとしているんです。
人の精神は伸縮のきかない容れ物です。より多くの真理と完全な正気の両方を容れることは出来ないんです。一方をもっと多く入れれば、もう一方は押し出されてしまいます。
私の正気が、無理矢理押し込められた恐ろしい真理によって、どんどんと失われていくのがわかります。このままでは、私は正気を失うでしょう。
あの人の狙いはそれなんです。
すべての真理を受け入れてこそ、人は真理を恐れずに自由に利用できるようになるのだから。
でも、そうなったとき、私は、いまの私じゃなくなって……知らない私になってしまって……(このあたりから、子供っぽい口調に変化する)
こわくなった私は、ネットでお友達になれた(探索者の名)さんを呼んで…………みんなが危ない目にあうかもしれないのに!
でも、どうしてもこわくて……私は……私は……」
佐代子が語れるのは、ここまでだ。彼女は探索者の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。探索者は再び彼女を落ち着かせる必要がある。
●ホールを出る
探索者がこのホールを出ようとすれば、佐代子はおびえた顔をする。
なぜなら、佐代子はここが危険な大迷宮であると理解しているからだ。不用意に外に出れば迷うのは確実であり、さらにトンネルを走り回るムカデ怪物の脅威についても警告する。
ただ、佐代子はブラックライトの存在を知らない。探索者が帰る方法を知っていると伝えれば、大いに感激する。キーパーは、探索者の知恵と行動力を、佐代子の言葉を借りて称賛しよう。こんなところまでやってきた探索者(プレイヤー)の苦労は報いてあげるべきだ。
探索者と佐代子の会話が一段落したところで、キーパーは小西須美を登場させること。
「まだ、その子の教育は終わっていないの。邪魔をしないでもらえる?」という言葉と共に、狂気の光を目に宿した魔術師、小西須美がホールに入ってくる。
しかも、小西須美の手には、まだ血がしたたり落ちている日高雅之の生首をぶら下げている。その生首は、なぜか幸福そうに微笑んでいる。
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コラム:小西須美のセリフ
小西須美のセリフによって、事件の真相が語られる。この場面をどのように演出するかはキーパーの判断に任される。
少なくとも、この長いセリフを一気に読み上げるようなことはせず、途中で探索者の質問に答えるなどしたほうがよいだろう。そうでなければプレイヤーも飽きてしまう。
なお、血の気の多い探索者がすぐに攻撃しようとするなら、キーパーから「黒幕から語られる真相に興味はない?」と、プレイヤー全員に確認すること。すぐ攻撃するかどうかは、ゲームに参加するプレイヤー全員(探索者ではなく)で相談して決めさせるべきだ。全員が攻撃に賛成ならば、セリフはカットしてすぐに「●炎の吸血鬼召喚」に移行してもかまわない。
「中村啓司は、素晴らしい発見をしたわ。
それは天才の見分け方。
ある魔道書には、人類以前の地球の歴史が記されている。
科学的にも、魔術的にも、いまの人類をはるかにしのぐ超文明。
それらの文明は、大いなるものの気まぐれによって衰退するか、滅亡してしまったけれど、すべての民が死に絶えたわけではない。深海の底、地底深く、そして時間を超えた未来、彼らはまだ生きている。
そして、私たちの社会の中にも、彼らの子孫がひっそりと息づいている。
中村啓司は、そんな偉大な先行人類のひとつを発見する方法を見つけた。
交雑は進んでも、彼らの血は濃く、いまだその偉大な能力を受け継いでいる。そんな彼らこそ、まさしく天才だと思わない?」
(そう言って、小西須美は獲物をいたぶるネコのような目で、佐代子を見つめる)
「そろそろわかって?
その子は、70万年以上の昔、ハイパーボリアと呼ばれる最古の王国を築いた人類の末裔なの。
その頃、あなたたちの祖先はホモ・エレクトゥス……もっと、わかりやすくいえば、北京原人とかジャワ原人なんて呼ばれる、やっと火を使うことをおぼえた下等な存在でしかなかった」
(今度は日高雅之の生首を見つめる。その顔には、蔑みと優越感の入り交じった、見ている者を不快にさせる微笑みを浮かべている)
「つまり、佐代子の血と、あなたたちの血には、それだけの差があるの!
これから、佐代子と同じ人間を集めて、宇宙の真理をさずけていく。
いまの人間社会を満たすくだらない通念を放棄することで、彼らは真理を得ることができる。
そして、同時に、人類を超えた存在となり、その力で世界を制するでしょう。
これまでの天才の名をかたるサルが築こうとした砂の城とは、まったく違う。
本物の天才による社会。本当の意味での、選民政治が実現する!」
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探索者が平和的な態度を取れば、小西須美との会話は可能だ。キーパーは探索者の質問に応じて、事件の真相について補足説明してかまわない。
なお、この会話の中で、探索者に「選ばれた天才とか言っているが、おまえ(小西須美)は、ただの人間じゃないのか?」といった質問をさせることができれば効果的な演出につながる。
●炎の吸血鬼召喚
キーパーはタイミングを見て、小西須美に次の行動をさせよう。
小西須美は「見せてあげる、これが天才の証」と、探索者たちに見せつけるように、手の指を開く。その手の指は、やや人差し指が短く、親指が長い。つまり、彼女も佐代子と同じ血をひく人間だったのだ。
さらに、「そして、これが天才の御技だ!」と言って、日高雅之の生首をモートランのガラスの装置の火鉢に投げつける。もし、探索者が火鉢を破壊しているのなら、探索者の足下に投げつける。
生首から、青白く、人の身長ぐらいある細長い炎が燃え上がる。
その炎の揺らめきを見て満足げな笑みを浮かべると、小西須美は両手で《ヴールの印》を組みながら、以下の呪文を唱える。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうす・んぐあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ! くとぅぐあ」
呪文に反応するように、生首から立ち上る炎は短くなり、代わりに彼女の差し出した印の前に、黄色い炎の塊が膨れ上がる。
「さあ、生きた炎に燃やし尽くされるがいい!」
膨れあがる炎に顔を照らされながら、小西須美は勝ち誇った顔で嘲笑する。炎の吸血鬼が呼び出されようとしているのだ。
●探索者の反撃
小西須美が呪文を唱えている間に、探索者も戦闘ラウンドで1回ずつ行動できる。
探索者が逃げようとした場合、小西須美は横目で冷ややかに見つめながら、呪文を続ける。どうせ逃げきれないとたかをくくっているからだ。
小西須美への攻撃も可能だ。知性の高い小西須美は、応戦ではなく、常に回避を選ぶ。また、事前に《肉体の保護》で20ポイントの装甲を用意している。
探索者が生首の炎を消そうとした場合、この炎は幻のように触っても熱さを感じないとわかる。水や消火器などで火を消そうとすれば、これは魔術的な炎のためすぐに消えることはないが、炎は「ボボボボッ」と不安定に揺らぐ。
探索者が行動を終えたのなら、後述の「●暴走」にあるように、炎の吸血鬼が暴走する。
このとき、探索者が知恵を働かせて小西須美の呪文を妨害したのなら、そのせいで暴走が起きたように演出すれば、プレイヤーの満足度を高められるはずだ。
●暴走
小西須美の印の前の、黄色い炎が1mほどに膨れあがったとき、唐突に(もしくは探索者の妨害がきっかけで)、パッと四散する。
その瞬間、探索者は静電気で全身の毛が逆立ったような感覚がして、頬や唇など皮膚の薄い部分がチリチリとする。また、部屋には髪の毛が焦げたようなにおいが立ち込める。これは熱さを感じる暇も無い、ほんのわずかな瞬間、部屋中が超高熱にさらされた影響だ。
そして、少し遅れて、肉を焼いたような香ばしいにおいを感じる。
小西須美を見ると、ヴールの印を組んでいた彼女の両腕が、二の腕あたりから失われている。腕の切断面からは、血ではなく小さな炎がチロチロと血液の代わりであるかのように燃えている。黄色い炎が四散したとき、彼女の両腕は一瞬で燃えて、蒸発してしまったのだ。
これまで余裕の態度を崩さなかった小西須美は、なくなった手を見つめて、初めてうろたえた表情を見せる。
「わ、私の……天才の証が……」という言葉を言い終える前に、小西須美の口から火が吹き上がる。その様子は、燃えさかる焼却炉の扉を開けてしまったかのようだ。続いて、目や耳、体中の血管から火を吹き上げ、瞬く間に火だるまとなる。
これは小西須美は炎の吸血鬼の従属に失敗したためだ。なぜなら、このトンネルは炎の神クトゥグアのお膝元フォーマルハウトのすぐ近くにあり、炎の吸血鬼の力が強まる場所なのだ。その力ははるか遠くの地球とは桁が違い、小西須美ごときに従属できるものではなかったのだ。
小西須美は火だるまになりながらも叫び続ける。
「呪文の……制御が……。
なぜ……これほど炎の吸血鬼の力が……クトゥグアの影響……?
じゃあ……まさか……この大迷宮は……ふぉーまるはぁぁぁぁ……」
もはや小西須美に助かるすべはない。禁断の知識を利用しようとした愚か者の末路を演出すること。このとき、探索者に小西須美に向けて言葉がないか確認してもよいだろう。
●地震
同時に、トンネル内に大地震が発生する。
トンネル内のあちこちから「ビャービャー」という、無数の絶叫が聞こえてくる。これはムカデ怪物の断末魔の声だ。
地震の影響で、トンネルの壁に大きな亀裂が走る。
広がる亀裂から、外の明かりが差し込んでくる。明かりは、夕方の太陽のようにオレンジ色でぼんやりとしたものだ。そこから見える外の光景は異様なものだ。
まるで暗幕に針で穴を空けたような、冷たく鋭い星の光が満天を覆っている。これほど鮮明な星空は、地上では見ることはできない。しかし、そんな星空ですら霞んでしまうものが空の半分を覆っている。それは、オレンジ色をした木星型惑星だ。その姿は木星に似ているが、EDUロールか《科学(天文学)》に成功すれば、それがまったく未知の惑星であることがわかる。
この恐ろしくも壮大な光景は、木星型惑星の向こうから日の出のように昇ってくる強烈な光によって遮られる。それは太陽のようだが、日光などとは比べものにならないほど強烈だ。その光は、触れたものを焼き尽くすレーザーのようだ。
ここでPOWロールに成功した探索者は、この光に強大な存在の気配を感じる。いまもトンネルを揺るがす地震や、無気味な絶叫とは比較にならないほどに、得体の知れない恐怖である。一呼吸する毎に、その気配は強くなり、やがて息を吸うことにすら恐怖に感じるほどに圧倒的な気配なのだ。
これらの異変の原因は、フォーマルハウトの主、炎の神クトゥグアがこの衛星に関心をもったためだ。炎の吸血鬼を呼び寄せるための小西須美の不敬な呪文に気づいたクトゥグアが、何の気紛れからか、この衛星に肉体の一部である炎を差しのばしているのである。
すぐトンネルから脱出しなければ、確実な死が待っていることは明白だ。
もと来た道を戻るのなら、3つの難関を越える必要がある。
ここはアクションを演出する場面だ。探索者にもプレイヤーにものんびりさせず、脱出劇を演出しよう。なお、佐代子のロールはすべて成功するものとして扱ってかまわない。探索者は自分が生き残るだけで精一杯のはずだ。彼女を足手まといにする必要はない(もちろん、探索者が佐代子をサポートする行動は認めてあげてよい)。
●難関その1
ホールを出た探索者を、再び大地震が襲う。亀裂の入った天井の岩が崩れる!
探索者は全員〈幸運〉をする。
成功した探索者は、幸運なことに岩の落ちる場所にいなかったため、なんの問題もない。
失敗した探索者は、崩れた岩が頭上に降ってくる。避けるためには〈回避〉に成功する必要がある。〈回避〉に失敗した場合、岩が直撃してしまい耐久力に1D6ポイントのダメージを受ける。他の探索者が身を挺してかばうことで、そのダメージを代わりに引き受けることもできるが、その場合1D6+1ポイントのダメージとなる。
●難関その2
崩れつつあるトンネルの脱出を続ける探索者の足下に亀裂が入り始める!
探索者はDEXロールに成功すれば、亀裂が大きくなる前に飛び越せる。失敗すると、亀裂が大きくなってしまい簡単には飛び越せなくなる。
とくに工夫せず、亀裂を跳び越えるのならば〈跳躍〉に成功する必要がある。このロールに失敗しても、いきなり亀裂に落ちることはない。とてもこのままでは飛び越せないと察して、寸前で足を止められる。この場合、プッシュロールによる再挑戦も可能だ。
向こう側にいる探索者は、工夫しだいでこの〈跳躍〉をサポートできる。向こう側から手を伸ばしたり、ロープを手渡したりするなどが考えられる。服を切り裂いて即席ロープを作ることも可能だ。キーパーは工夫に応じて〈跳躍〉以外の技能でロールさせてもよい。例えば〈跳躍〉に失敗したのち、向こう側でロープを持っている探索者にSTRロールをさせてもよいだろう。できるだけ探索者の工夫を認めてあげること。
ただし、あまり探索者が工夫に時間をかけているようなら、〈グループ幸運〉をさせること。失敗すれば、ロールに失敗した探索者のいる側にムカデ怪物が現れる。
ムカデ怪物は全身火だるまで、ビャービャーと不快な叫び声を上げながらやってくる。そのおぞましい目撃した探索者は0/1D4正気度ポイントを失う。
現れたムカデ怪物は火に焼かれて混乱している。もう一度、〈グループ幸運〉をさせよう。成功すれば、ムカデ怪物はそのまま亀裂に落ちていく。失敗した場合、ロールに失敗した探索者のほうにまっすぐ突進してくる!
ムカデ怪物の突進は〈回避〉に成功すれば、かわすことができる。失敗すれば、耐久力に1D6ポイントのダメージを受ける。またはすぐに亀裂を飛び越えれば、ムカデ怪物をかわすことが可能だ。どちらにせよ、ムカデ怪物と戦闘になることはない(探索者にはわからないことだが)。
●難関その3
いよいよ門のある場所はすぐ近くになる。ところが、門の目前、これまでで最大の地震が起きて、トンネル全体に亀裂が走る。足場は揺れ続け、まるでボートに乗っているかのようだ。INTロールに成功すれば、トンネルのある地盤全体がバラバラになって、地面がスライドしているのだとわかる。それどころか、この衛星自体がクトゥグアの影響で崩壊しつつあるのだ!
やがて、探索者たちの背後の天井に大きな亀裂が広がり、そこから強い光が差し込んでくる。「グオングォン」という低く深い唸り声のようなものが聞こえ、光を浴びた背中は焦げるように熱くなる。
探索者はCONロールをする。成功した探索者は、熱さをこらえて走り続けられる。しかし、背後にこれまで感じたことのない圧倒的な宇宙的熱気をひしひしと感じるため、探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
不幸にもCONロールに失敗した探索者は、あまりの熱さに背中をかばおうとして、うっかり背後の光景を見てしまう(もちろん、自発的に見てもかまわない)。
キーパーは以下の描写文を読み上げること。
「その輝き! これほどまでに恐ろしいと感じられる炎を目の当たりにしたことはないだろう。
それはただの炎ではなかった。見たものの脆弱な精神を焼き尽くし、灰と化す炎だ。そして、それらの忌まわしい炎を身にまとった者こそは……我々の認知する世界の常識すべて焼き尽くす神そのものだった」
燃え上がるクトゥグアの御姿を見た探索者は、1D3/1D20正気度ポイントを失う。
この〈正気度〉ロールに耐えれば、探索者は門にたどり着くことができる。狂気に陥った探索者については、その症状や仲間のフォローに応じて、門を越えられるかどうかを判断すること。ただし、背後にはクトゥグアが迫っており、探索者に残された時間は少ない。
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コラム:クトゥグアによる不定の狂気
クトゥグアを目撃したことで不定の狂気に陥った探索者の「バックストーリー:恐怖症、マニア」には「火恐怖症」が追記される。火を見るたびに、そこにクトゥグアの気配を感じるようになるのだ。火の用心に神経質になり、家はオール電化にしなければ気がすまないだろう。
もしくは、「火マニア」となって、かつて存在した原始宗教のように、火に対する信仰心に目覚めるとしてもよい。大きな火に畏敬の念を抱くようになるわけだ。「火マニア」の探索者が再び狂気に陥ったときは、すべてを放火で解決しようとする危険人物となるかもしれない。
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迷宮内の門を越えた探索者は、中村邸の中庭へと戻る。行きと同様に、探索者はコストとして1マジック・ポイント、1D3正気度ポイントを支払う。
探索者たちが門から戻ってからまもなく、門を形作っていた紋様がメラメラと燃え始める。その炎は最初は小さなものだが、これはクトゥグアがもたらした魔力を持つ炎のため、凄まじい勢いで木々や岩にさえも燃え移っていく。
中庭は呼吸もできないほどの高温となる。急いで脱出しなければ、探索者は炎に巻き込まれてしまうだろう。とはいえ、探索者が家から佐代子の思い出の品(卵細工とか)を運び出したいと望むのなら、ロール不要で可能としてあげてもよい。すでに探索者は十分にスリルを味わっているはずだ。
探索者が中村邸を脱出すると同時に、「ドン!」という轟音が鳴り響く!
巨大な火柱が中庭の吹きぬけ部分から数十メートルもの高さで、天空に吹き出し、家は一瞬で炎に包まれてしまう。
●佐代子の言葉
以下は、佐代子のロールプレイの一例だ。もちろん、キーパーはゲームの状況に応じた内容に変更して構わない。
佐代子は燃え上がる家を見つめながら、このようなことを言う。
「あの人が言っていたことは秘密にしてください。私の祖先がなんであろうとも、そんなことはいまの私には関係ありません……」
そして、親指と人差し指を隠すように自分の手を握りしめて、言葉を続ける。
「誰かに会ったとき、その人の指の長さを見たりしないでくださいね。
お父さんが施設で私を見つけたのは、探しはじめて、たった3日目だったそうです。もし、この出会いが偶然でなければ……その意味はわかりますよね?
お父さんは言っていました。
時代が進めば、人種なんてもの自体が無くなってしまう。
その日まで、私たちをそっとしておいて下さい」
「たった3日目だった」の意味は、すなわちハイパーボリア人の末裔は探せばすぐに見つかるほど多くいるかもしれないということだ。
そう語る佐代子の目は、まるで老人のように穏やかで落ち着いたものだ。
小西須美の教育を受けた彼女は、狂気に陥ることはなかったものの、常人では手に入れることのできない宇宙的真理の一部を手に入れた。それは年老いた哲学者でも到達することの難しい、高みの知識である。
その危険な知識を、今後どのように使っていくかは彼女次第である。
唯一の家族であった中村啓司を失った佐代子を、正しい道に導くのは、もしかすると探索者の役目かもしれない。
やがて、炎上する中村邸に気づいた野次馬と消防車がやってくる。
その中には、河本文江の姿もある。
佐代子は河本文江の姿を見つけると、彼女に駆け寄って抱きつく。
緊張の糸が切れたのか、河本文江の胸で泣きじゃくる佐代子は、さきほどの年齢を超越したような表情ではなく、年齢に相応しいものである。
河本文江は、ただ無言で中村佐代子の頭を撫でて慰めるだけだ。
キーパーは探索者に、彼女たちへの言葉があるかを確認すること。
これで事件は終了する。
小西須美の野望を阻止した探索者は1D10正気度ポイントを獲得する。さらに、佐代子を無事に救出できたのなら追加で1D6正気度ポイントを獲得する。
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コラム:後日談
探索者が自らかってでない限り、佐代子は河本文江の家で暮らすことになる。中村啓司の死が法的に認められれば、彼の遺産を相続することになる。莫大な財産というほどではないが、佐代子が成人するまで、最高水準の教育を受けるには十分の額だ。
屋敷の中庭にあった「門」は、岩が溶けるほどの高熱によって焼き尽くされ、ふさがれている。もはや実害はない。
日高雅之については、探索者がどのように対処したかによる。もし、中村邸に残していた場合、クトゥグアの炎によって彼の首無し死体は完全に焼失する。焼け跡から死体が見つかることはなく、事件とはならない。
小西須美も失踪したこととなり、これも事件とはならない。
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