1,はじめに

 完璧なシナリオはない。
 どんなに優れたシナリオでも、プレイヤーの自由な発想に基づく行動をすべてフォローすることは不可能だ。
 また、シナリオはゲームマスターにプレイスタイルを押しつけてはいけない。
 参考となるプレイスタイルの指針はあっても、絶対のプレイスタイルというものはない。それは、シナリオを読んだゲームマスターが決めることなのだ。
 ただ、シナリオを書いていると「私ならこうやって処理してしまうけど、それはあまり一般的なやり方じゃないな」と考えてしまうことがある。
 もしくは「ここは、こんなマスタリングの仕方があるけど、シナリオに書いてしまうと文章がくどくなってしまうな」とやむなく削除する部分もある。
 シナリオは、あくまでシナリオであり、マスタリングの仕方にまで突っ込んで、シナリオをマスタリング講座としてしまうわけにはいかないからだ。
 そんなフラストレーションのはけ口として、この考察文は生まれた。
 ここには私個人が考える、キーパーとしてのプレイスタイルが書かれてある。それは、私個人に対してのみ完璧であり、絶対のものである。
 だから、すでに自分のマスタリングテクニックに確固たる自信をもっていて、常にプレイヤー達の賛美を浴び続けているようなキーパーのかたには、以下の文章は 不要である。そのようなかたに、私の狭い見解によるマスタリングは何の益にもならないだろうからだ。
 しかし、それ以外の方には、ちょこっとでもいいから読んでみてもらいたい。
 私は、別にこれが正しいから、こうしろといっているわけではない。ただ、「こう思う」と言っているだけなのだ。
 もし、あなたが「神話と科学」をプレイしようと考えるならば、こんな考え方の人間が、このシナリオを造ったのだというのを知るのも、マスタリングの参考とな るのではないだろうか……と私は思う。

 では、某年某月某日、某場所にて開かれたゲームセッション。
 私が不安と期待を抱きながら「神話と科学」を握りしめ、集まったプレイヤー三人にゲーム開始を宣言したところから考察を始めることとしよう。


2,探索者創造

キーパー(以降、KP):そうそう……なるべく知的好奇心の高い、34歳ぐらいのキャラクターをやるとシナリオ に参加しやすいよ。舞台は現代日本なんで、探偵とかジャーナリストとか、暇な大学教授とかかな。
プレイヤーA:女性キャラはOKですか?
KP:もちろんいいよ。それで、34歳だったら申し分なし。
プレイヤーA:それはイヤ〜〜
プレイヤーB:なんで、34歳にこだわるんですか?
KP:今回の重要NPCが34歳なんで、そのぐらいの世代のほうがからみやすいんだよ。
プレイヤーA:じゃあ、学生とかはだめなんですか?。
KP:まあ、どうせ年令が関係するのは導入だけだから、そこまでこだわりはしないけど。それに暇な大学生というのは、実は現代日本では探索者としてはやり やすいキャラクターなんだよね。教授とかのコネもあるし、大学図書館を自由に利用できる。
プレイヤーB:私、カメラマンがいいんですが。
KP:じゃあ、ジャーナリストの技能と同じということで。
プレイヤーB:わかりました。
プレイヤーC:ぼくはアーチストをやりたいんですが。
KP:別にいいよ。どんなジャンルのアーチストにする?
プレイヤーC:画家がいいですね。
プレイヤーB:クトゥルフで画家をやると、いつも最後はピックマンみたいになっちゃうんですよねぇ。
プレイヤーC:不吉なこといわないでくださいよ。あ、でも、それいいかもしんないな(笑)。
KP:おいおい。
プレイヤーA:私は医学生をやりますね。
KP:じゃあ、医者を少し変更して技能を選んでもらおう。あと、これはサービス情報だけど、今回のシナリオでは《英語読み書き》が役に立ちそうだというの が、ある筋からの噂だ。
プレイヤーA:どんな筋ですか(笑)
プレイヤーC:じゃあ、ぼくがとっておきましょう。
KP:では、きみの運命は決まったな(ニヤリ)。
プレイヤーB:おやっ、今回は魔道書がでるのかな?
KP:さあ、なんのことでしょうか。
プレイヤーC:期待してますよ〜(笑)



 今回のシナリオ「神話と科学」は、巻き込まれ型のシナリオであるため、探索者は好奇心が旺盛で、時間に余裕のある人物であることが望ましい。
 そのため、私はキャラクターメイキングの前に推奨する職業として、教授、探偵、ジャーナリスト、学生、フリーター、アーチストなど、実にクトゥルフにおいて はスタンダードな職業を提示した。
 また、年令についても、なるべくならば成人しているキャラクターが望ましいとも告げる。学園物ならばいざ知らず、クトゥルフで安易に高校生といったキャラク ターをやることを、私個人はあまり好意的に思っていない。ガキのノリが、他の大人の探索者たちが造り出している雰囲気を台無しにすることが多々あるからだ。
 もちろん、それは探索者が高校生のときであって、プレイヤーが高校生であることについて問題だといっているわけではないので注意してほしい。
 装備品については、非合法なもの以外はOKとしているが、私はあまり装備品にはやかましくないので「医療品一式」とか「工具一式」といったアバウトな記述を 認めている。まあ、その「医療品一式」の中に、例えば尿道カテーテルまで含まれているかどうかは、キーパーの判断に任されるのだが、そのあたりのトラブルを恐 れるならば、もう少し、きちんと装備品を書かせることをお薦めする。

 さて、素直なプレイヤーたちは、私の言葉を守って、無難な職業についてくれたようだった。
 以下が、今回のシナリオに挑戦した探索者たちである。

睦月 遙香 (24歳) 医学生にしてマーシャルアーチスト

STR6 CON14 SIZ13 INT8 POW12 DEX14 APP14 INT8 POW12 EDU21
SAN60 耐久力10 ダメージボーナス:なし
主な技能:医学60%、信用60%、心理学70%、精神分析60%、マーシャルアーツ30%

☆キーパーのコメント
 高いEDUと低いINTは、探索者としての理想の能力値だ。その点、彼女の能力値はほぼ申し分ないと言えよう。STRが低いのもご愛敬というも のだ。
 しかし、なぜこの能力値でマーシャルアーチストとなってのかは疑問であるが、どうやら護身術としての合気道の意味合いが強いらしい。つまりは、 受け専用の《マーシャルアーツ》というわけだ。
 EDUが高いだけに職業の技能は非常に充実している。これならば、明日にでも開業医をやれるほどの優秀さである。
睦月 遙香
仲田 誠 (30歳) カメラが友達パパラッチ

STR14 CON15 SIZ13 DEX11 APP9 INT11 POW9  EDU14
SAN45 耐久力14 ダメージボーナス:+1D4
主な技能:言いくるめ70%、隠れる60%、写真術60%、追跡60%

☆キーパーのコメント
 能力値的には追加ダメージがあるぐらいで、他に特徴のない彼だが、技能のほうはパパラッチの鏡と言える充実したものだ。
 必要最低限の技能に大胆に割り振ることによって、潜入活動というある一点においては非常に優秀な男となる。
 しかし、そのような探索者に限って、後戻りできない場所にまで潜入してしまい、あえない最期を遂げることになるのだが……しかし、彼のような探 索者がいなければ、「クトゥルフの呼び声」はおもしろくないのも紛れもない事実だろう。
仲田 誠
深見 一朗 (25歳) 新進気鋭二枚目アーチスト

STR7 CON12 SIZ12 DEX11 APP17 INT11 POW13 EDU13
SAN65 耐久力12 ダメージボーナス:なし
主な技能:オカルト55%、芸術(絵画)40%、図書館60%、英語読み書き55%、目星70%

☆キーパーのコメント
 アーチストを名乗っていながら、《芸術》よりも、《オカルト》が得意というお茶目な彼は、典型的な学者タイプの探索者だ。
 前の睦月さんが医者としての技能を高めているため、こちらは神話的事象の調査をするに必要な技能を極めて高くすることが可能となった。これは、 とても上手い役割分担といえる。
 しかも、そんな技能の上、APPが17とかなり高いので、まるで菊池秀行ワールドの住人のようだ。仲田さんとは別の意味で、これまた長生きので きそうにないキャラクターである。
深見 一郎

 見ておわかりのように、私の希望通り、パーティーの平均年齢は高く、技能による役割分担も完璧に近い。
 プレイヤーが少ないので、技能が偏ってしまうとプレイが困難になってしまうので、このあたりには注意を払った。
 さて、この中から、シナリオのキーとなる高尾浩一の知り合いを作らねばならない。
 まあ、誰でもよさそうなので、私は一番プレイヤーがおとなしそうな深見君を選ぶことにする。しかし、ただの知り合いではつまらないので、腹違いの兄弟という ことにした。
 シナリオと矛盾しているし、かなり乱暴な設定ではあるが、まあ、このぐらいNPCとの関わりあいが深いほうが、ゲームもおもしろくなるだろう。
 ちなみに、シナリオのキーとなる探索者の人選というのは、簡単なようでなかなか難しい。
 深く考えずに、おとなしそうなプレイヤーを盛り立てるため、重要NPCとからませたりすると、時に失敗することがある。なぜならそのようなプレイヤーの中に は、本心から自分は一歩下がったところでのプレイを望んでいる人がいることもあるからだ。
 そのようなプレイヤーに無理にシナリオへの参加を設定で強制してしまうと、ゲームを苦痛に感じるらしい。少なくとも、私の知人には、そういう人物がいた。
 よって、ここはキーパーには慎重に人選をしてもらいたい。
 無難なところでは、複数の探索者を知り合いにすることだろう。
 これならば、一人がコケても、他の人がフォローするので問題が発生しづらくなるわけだ。
 もっとも、いままで引っ込み思案だったプレイヤーが、シナリオのキーマンに選ばれたことで一皮むけたプレイをしてくれるという意外性も捨てがたい。
 やはり、このあたりのところはなかなか微妙な問題である。


3,高尾の顔見せ

KP:では、新進気鋭の二枚目アーチスト、深見君の個展が銀座でめでたく開かれたわけなんだが、なんだか受け付 けのところで、むさくるしい男が騒いでいるよ。
深見:誰でしょう、よっぱらいかな。
KP:どうも、君の腹違いの兄さんのようだが。
深見:に、にいさん!……って、ホントですか(笑)
KP:すまないが、ホントのことだ。
仲田:うーむ、深見に兄弟はいないはずだが……これはスキャンダルの匂いがするぞ(笑)。
深見:本人も知らなかった、意外な事実ですものね。
KP:あ、睦月君。ちなみに、その男をよく見てみると、君が大学で所属している登山サークルのOBで、高尾という男だね。
睦月:ええっ、ホントですか。
KP:うん、これもホント。
睦月:私、登はんなんてもってませんけど、いいんでしょうか?
KP:じゃあ、ボーナスとして技能を20%プラスしておきたまえ。
睦月:あっ、先輩。おひさしぶりでーす(素早い変わり身)。
KP:で、やっとのことで受付を通された高尾は、「実は、とうとう南極に行けることになってな、それをおまえに報せにきたんだんだ」とうれしそうに語りだ す。
深見:へえ、南極ですか。それはまた、遠いところに。
睦月:……じゃあ、もう会えないかも知れませんね。南無南無。
仲田:お土産は、樽に翼が生えたようなオブジェがいいですね。
深見:兄さん、ちゃんと日記だけはつけてくださいよ。
仲田:それにしても、今回の舞台は南極ですか? 寒そうですねぇ……
深見:だいたい、どうやって行けばいいんですか?
仲田:やっぱり、「しらせ」に乗っていくんじゃないですかね。
睦月:あ、私、ペットショップに行って犬を二匹買ってきます。名前はタローとジロー(笑)。
KP:……あんたらねぇ、ちょっとスレすぎだよ。



 シナリオ序盤での高尾との顔見せについては、深見のファンである(私が勝手にそうした)睦月と、深見のスキャンダルをスクープするよう雑誌社に依頼された仲 田が、深見の個展に顔を出すといったシチュエーションをでっちあげることにした。
 まあ、このあたりはいきおいなので、あまりモタモタ考えているとよくない。適当な設定でも、勢いで持っていくのが私の流儀である。
 ただし、お互い始めて顔をあわせるようなプレイヤーが相手ならば、キーパーもプレイヤーたちがシナリオにからみやすいよう気をつかってやるぐらいのゆとりが ほしいものだ。
 ところで、ヒキが弱いシナリオのくせに、シナリオに参加するかどうかはプレイヤーの積極性次第とつきはなしたマスタリングをする人をよく見かけるが、それで はキーパーとして三流以下である。
 プレイヤーの自主性や、積極的な行動を求めるならば、まずはそれなりのヒキを用意してからにしてもらいたいものだ。
 なお、このシーンでは探索者同士が顔見知りになり、「Kapitan」の煙草と、高尾の薬指が無いことという伏線を張ってしまえば、いつ終了してよいもの だ。しかし、せっかくの機会なので探索者の個性を引き出すため、しばし時間をとることにした。こういった時間は、キーパーにとっても探索者やプレイヤーの個性 を把握しておく良い機会ともなるだろう。


4,祥子との交流マンガ その1

KP:さて、どうやら彼女が高尾の手紙にあった祥子という少女らしいが、何か聞きたいことはあるかな?。
睦月:高尾さんとは、どこでわかれたの?
KP:祥子は「覚えていません」と答える。
仲田:両親はいるの?
KP:「知りません」
深見:兄さんとは、どこで暮らしていたの。
KP:「覚えていません」
睦月:なんかおかしいですね。
仲田:そうですね。
KP:うん、確かに。少し話してみればわかるけど、なんだか彼女の反応は妙に手応えがない。
仲田:うーん、記憶喪失かなぁ。
KP:精神分析をしてみると、そんな症状はないようだけど。ただ、これは仲田さんの勘だけど、彼女の様子からは暗示にかけられているような感じがする。
仲田:誰かが都合の悪い情報をしゃべれないようにしたのかな。
睦月:そうかなぁ。
深見:でも、誰が?
仲田:うーん、よくわからん。
睦月:とにかく、高尾さんの手紙によると彼女は追われているそうだから守ってあげないと。
仲田:ねえ、いったい誰に追われているの?
KP:「覚えていません」と答える。
仲田:だめだこりゃ。あきらめましょう。



 この「神話と科学」のシナリオをマスタリングする際の難関として、探索者が祥子を質問攻めにしたらどうするかというのがある。
 探索者に不興を買うことなく、執拗な質問攻撃を如何にかわすかは、どうしてもキーパーの腕に任せられてしまうところが大きい。
 私の場合は、探索者の真正面から質問を受けとめ機械的に処理し、何か暗示にかかっているかのようだと示唆することで、質問すること自体を無駄と思わせるよう 誘導してみた。
 しかし、実を言えば、あまりうまいやり方ではない。
 探索者の中には、彼女の暗示を解こうと躍起になるものもいるかもしれないし、また、反応が単調な祥子などと話しても無駄という、NPCのアイテム化現象が発 生してしまうかもしれないからだ。
 だから、演技に自信のあるキーパーならば、祥子が質問攻めにあったとき、探査者の質問に答えられないことを苦悩するような、同情心をそそるマスタリングをし てみよう。うまくいけば、彼女がかわいそうだからと、探索者のほうで勝手に気を使って、それ以上の追求をあきらめるかもしれない。
 それで、そんな祥子を愛らしいと感じる探索者も出てくれれば、一石二鳥である。
 しかしながら照れ屋な私は、愛らしい少女をマスタリングするのが苦手なので、このやり方は出来ないのである。クトゥルフのキーパーをやるような人間には、案 外、そんなタイプが多いのではないだろうか?
 まあ、最悪、質問がしつこくなってきたら、突発的なイベントを発生させて誤魔化してしまう手がある。
 唐突に、近所のどら猫が悲鳴を上げて逃げていくとか、「Kapitan」の匂いに気付いた祥子が怯えたような顔をするとかである。如何に探索者の関心をシナ リオの都合の悪いところから、別のところに持っていくのも誘導テクニックの応用であろう。


5,エイボンの書

KP:まあ、そんなわけで祥子は睦月さんの家にやっかいになることとなったのだが。
深見:あ、祥子ちゃんが持ってた、エイボンの書を読んでみたいんですけど。
KP:これをすべて読破するには、五ヶ月ぐらいかかるけど。
深見:ええっ、そんなに!?
仲田:重要そうなところだけを読んでみれば?
KP:では、流し読みのルールを使うことにしよう。それなら、たったの五時間ですむ。
深見:では、そうします。
睦月:じゃあ、その間、私たちはどうします?
KP:うーんとねぇ、深見君が本を読み始めると、ちょうど夕食の時間になったようで、睦月さんのお母さんが準備を始めているよ。
仲田:あれ、もうそんな時間ですか。
KP:「みなさん、どうぞお夕食を食べていってくださいね」とお母さん。
仲田:これはこれは、ごちそうさまです。でも、シイタケは苦手なんで入れないでくださいね(笑)。
睦月:じゃあ、私はお母さんの手伝いましょう。
KP:すると、祥子が興味深そうに睦月親子の働く姿を見つめている。
睦月:ん? なんだろ。
KP:睦月さん、お母さんが「みなさんに、おビールを運んであげて」と言ってるけど。
睦月:はーい、よっこいしょ……
KP:瓶ビールのダースケースなので、かなり重い。
睦月:もお、誰がこんなに飲むのよ。
仲田:手伝いましょうか……うーん、重い!(笑)
KP:すると、そんな二人を見兼ねた祥子がやってきて、ケースを軽く持ち上げるね。見かけによらず、かなりの力持ちのようだ。
仲田:はははは……(乾いた笑い)
睦月:祥子ちゃん、ありがとー
KP:すると、祥子は「タカオは人の喜ぶことをしろといってたわ。ほかに、もっと手伝うことはありませんか?」と尋ねる。
睦月:うーん、でも、もう運ぶものはないから、一緒にご飯を食べましょう。
KP:では、「はい」と素直に返事をする。ちなみに、彼女は人間と同じように食事を食べているよ。
睦月:あたりまえです!
仲田:光合成するのかと思った。
KP:うんうん、ありうる。
睦月:あなたたちねー
仲田:では、ビールは飲むのか、すすめてみよう。
睦月:やめなさいって。だいたい、未成年でしょうが。
仲田:じゃあ、睦月さんに……
睦月:おっととと……くぃーっ、あーおいしー(笑)
KP:と、読書に耽る深見君をよそに、なにやら晩餐のほうは盛り上がっているね。
深見:いいんです、こっちはこっちで盛り上がってますから……おおっ、すごい。こんなことが本当に? すばらしー!
KP:まあ、こうして二通りの盛り上がりを見せながら、夜はふけていく。深見君のほうは徹夜仕事になるな。
睦月:夜食のおにぎりを作ってあげましょう。
KP:では、祥子も手伝おう。
仲田:サッカーボールみたいなおにぎりを作りそうですね。
睦月:どっちが?
仲田:いやあ、ごにょごにょ。


 クトゥルフをやっていて常々問題だと感じるのは、図書館での調べものや、魔道書を読むといった、極端に時間のかかるロールである。
 よく、探索者を分散させて、図書館で調べ物をするチームと、実際に足で調査を行なうチームで行動するというプレイが見かけられる。
 まあ、頭脳派と行動派が常に一緒の行動をするというのも非効率なので、それを否定する気はないのだが、しかし考えてみてくれたまえ。
 図書館で午後いっぱいを使って調べものをして、《図書館》ロールを一回(複数かもしれないが)行う。昔の新聞の記事に貴重な情報を発見し、魔道書の中に気に 掛かる記述を見いだす。とても重要な行動だ。
 一方、足で調査をしていた連中はというと、犠牲者が立ち寄った場所に聞き込みにいき、容疑者の家に不法侵入して家捜しをするあたりがよくある行動だろう。ま あ、役立つ情報が見つかるかどうかは、その時々といったところか。
 はてさて、ゲームとしてどちらが楽しいか?
 おそらく、図書館に篭もって一回のロールにすべてをかけることが好きだというプレイヤーはそうは多くあるまい(いないと言い切れないのが、クトゥルフという ゲームの恐ろしさであるのだが)。二つを比べてみれば、活躍するのは足での捜査をする連中であることが多いと私は考える。
 未知のものへ踏み込む緊張感、NPCたちとの駆け引き、自分の推理が的中した喜び。調査物のゲームの魅力は、ここにつまっているといってもよいだろう。
 で、なにが言いたいのかといえば、ぶっちゃけた話、調べものをしているプレイヤーは退屈だといいたいのだ。
 だから、気の利くキーパーならば、できるだけ図書館などで探索者が過ごす時間をやり繰りして、そういう頭脳派(《図書館》の技能が高いだけ?)な探索者も一 緒に活躍できるように心がけてあげようというのである。
 私のプレイヤーとしての経験からも、こっちが図書館に篭もっている間に、あっちのチームではどんどこシナリオが進んでいるなんてのは、本当に耐えられないの ものだ。その挙げ句、ロールに失敗したり、最初からそこには情報がないというシナリオで、何もわかりませんでしたという目にあったりもする。それでは、人間 やってられないではないか。
 これは、例え話などではなく、クトゥルフにおいてはけっこうよくある話である。
 なら、図書館なんかに行かなければいいではないか、というのは安易過ぎる考えである。
 何か疑問があれば、まず図書館へ行く。日記や魔道書があれば、まず読む。これらはクトゥルフにおいての情報収集の定石であり、クトゥルフらしさを演出する手 段でもあるからだ。それは、文献を調べるルールが、他のルールに比べて充実していることからもうかがうことができるだろう。
 ファンタジーRPGやサイバーパンクRPGなど、どんなゲームにも、そのゲーム世界をよく表しているシーンというものがある。様々な種族の集まる冒険者の宿 で情報収集をしているとき、サイバー空間にダイブしてハッカーと電子マネーで取引を交わすときなど……ああ、おれは○○をプレイしているなぁ、と実感できる シーンである。
 そして、クトゥルフにおいては、薄暗い図書館や書斎などでゴソゴソと文献を漁っているとき、私はそれを実感する。逆を言えば、クトゥルフらしさを演出したい とき、図書館といった存在は役立ってくれる。
 だからこそ、図書館でのシーンに関しては、キーパーはプレイヤーに不満の残らないものにするよう注意してもらいたいのである。なぜって、プレイヤーたちが図 書館は退屈だからといって敬遠するようになってしまっては、せっかくのクトゥルフらしさがひとつ失われてしまうことになるのだから……
 さて、話がそれてしまったが、そんなわけなので、私はできるだけ誰かが調べものをする間は、他のプレイヤーが実りある行動をしない(できない)よう努めてい る。
 今回は、深見君がエイボンの書を読むと言いだしたところで、夕食の時間がきたということにし、他の探索者が外へ調査に行けないようにした。
 まあ、祥子をネタにして、睦月さんと仲田さんが盛り上がりを見せていたが、それはしょうがないところだろう。どうしても、その中に入りたいのなら読書を中断 するという選択肢もあるのだから、図書館に篭もっているよりはよほど恵まれてはいると言えよう。
 最後に付け加えておくと、この問題の解決方法として、ルールを変更して図書館ロールなどに時間がかからないようにしてみては? という発想は、私としては邪 道と考える。
 やはり、クトゥルフの呼び声ではリアリティを重視していきたい。図書館で調べ物をする一回のロールをふるのに4時間かかるとは、なんという不便さ……もと い、リアリティだろう。しかも、その探索者が図書館に籠もっている間にもシナリオは刻一刻と進展しているのだ。
 事態が時間的に切迫しているとき、図書館で長々と調べ物をしているヒマがあるかどうか悩むなどというゲームは、そうはないだろう。
 しかも、図書館で調べものをしていなかったばかりに、クライマックスで情報不足のため全滅する可能性のあるゲームなんて……やはりそうはないはずである。
 でも、私はクトゥルフのそんなところが好きなのだが、みなさんはいかがなのもだろうか?


6,二人の貸別荘マンガ その2

KP:さて、斉藤のおばあさんが言っていた別荘とやらにつきましたが。
仲田:鍵は?
KP:開いているよ。
睦月:あれ?
仲田:聞き耳をしてみましょう。成功です。
KP:人の気配はしない。
仲田:入ってみましょうか。
深見:一応、ぐるりと回って窓とかも見てみますけど?
KP:やはり、人の気配はしない。
睦月:じゃあ、入ってしまいましょう。
KP:では、玄関を入ると、いちばん最初に目に付くのは胴長という長靴だ。川釣りとかで使う、ゴム製のズボンと長靴がくっついたようなものだと思ってく れ。
睦月:ええ、わかります。
仲田:ちょっと見てみましょう。
KP:では、サイズはLとSだとわかる。
仲田:ふむ、ちなみに祥子ちゃんは?
KP:Sサイズ。
仲田:高尾さんは……
KP:Lサイズだと思う。
仲田:これは臭いですね。
深見:臭いと言えば、別荘の中へ入っていきますけど腐敗臭とかはしませんか?
KP:露骨だなぁ。もちろん死体の匂いはしない。ちょっと生ゴミ臭いけどね。独身生活者独特の匂いだ。
睦月:いやな匂い……
仲田:はー、おちつく(笑)。
KP:それじゃ、変態だって。
深見:ざっと見渡してみて、あやしいものはあります?
KP:部屋の中はかなり散らかっていて、本とか着替えとかが散乱している。
仲田:だれかが荒らしたような様子ですか?
KP:そうだね。普通に生活して、こんなに散らかす人はいない……と思う。
睦月:なんですか、その間は?(笑)
深見:ちらばっている本を調べてみましょう。魔道書はあるかな?
KP:残念ながら魔道書のようなものはない。絵本や国語のドリルとかだね。
仲田:祥子ちゃんがつかっていたものかな。
KP:そうみたいだね。あと、深見くんは絵本の間に挟まれたスケッチを発見する。どこかの渓流に祥子がたたずんでいる絵だね。右隅に高尾とローマ字でサイ ンがしてある。
仲田:ほうほう、興味深いですね。
深見:他にはどんなものがあります?
KP:具体的にどんなところを調べるのか言ってみて。
深見:冷蔵庫を……覚悟して開けてみます(笑)。
KP:大丈夫、死体は入っていないよ。しなびた野菜とかは入ってるけど。
仲田:ということは、しばらくここに人は暮していないということですね。
睦月:他に何か調べるところは……
深見:うーん、どこかに怪しいところはないですか?
KP:じゃあ、《目星》をしてみてよ。
深見:成功です。
KP:では、ドレッサーの中に防寒着を二着発見する。ひとつは南極探検隊が着るような重装備のもの。もうひとつは、ワカサギ釣りのときに着るような防寒 ジャンパーだね。
深見:重装備のほうを調べてみましょう。
KP:では、この防寒着があすか観測拠点所有のもので、極地研究所が発行している高尾の身分証明書を発見できる。
深見:やっぱり……
仲田:となると、高尾さんは南極からここまでどうやって?
深見:この本に書いてある「門」を使ったんですよ!
睦月:ははは、いやですね。そんな本に書かれてあることを本気で信じているんですか?
仲田:ほんとほんと、そんなことが現実にあるわけないじゃないですか。
KP:まったく、二人ともしらじらしいんだから。
深見:くそ、誰も信じてくれないけど、ほんとーにあるんだよぉ〜
睦月:ああっ、深見さんが壊れた! すぐに精神分析をしなくてはいけませんね……


 様々な情報と収集し、イベントを乗り越えて、狂信者のアジトなどにたどり着く。
 重要な手掛かりと思える怪しげなものがあふれ、どこから手をつけるか迷ってしまうようなシチュエーション。それは大昔のコンピューターアドベンチャーゲーム で、始めて来た場所を調べる時の感覚にも似た、期待で心落ち着かなくなる一時だ。
 しかし、一方、キーパーにとって、このようなシーンは実にやきもきさせることが多い。
 なにしろ、これまで優秀で賢明であった探索者たちが、こちらが望んでいる場所をちっとも調べてくれないことがままあるからだ。
 なぜ、そのようなことが起きるのだろうか?
 ゲームに慣れたプレイヤーは、こういった調べ物をする際、どのように調査をすすめるかパターンがあるものだ。
 クトゥルフに慣れた人は「書斎で日記を読む」「アルバムを見る」「手紙を読む」といった行動(これほど他人の日記を読むゲームは他にあるまい)、刑事ドラマ 好きな人では「電話の脇にあるメモ帳を調べる」「地図に印がしていないか調べる」、ホラー好きの人は「バスルームを見る」「冷蔵庫の中を見る」といったところ か。
 しかし、慣れたプレイヤーであるほどパターンにばかり捕らわれてしまって、基本的なことがおろそかになっていることがある。
 今回のリプレイでは、なんだかすんなりと手掛かりを発見しているようではあるが、実は別荘のドレッサーを開けさせるまでには、かなりの時間を必要とした。も ちろん、状況説明で寝室にはドレッサーとベッドがあると説明しているにも関らずである。
 しかし、だからといってプレイヤーを責めるわけにはいかない。
 私もプレイヤーとして何度も経験があることだが、このように実に単純なことをすっかり忘れてしまうということは、ままあることなのだ。
 ただ、キーパーとして、このような状況に遭遇すると、なぜこんな簡単に事に気付いてくれないのかと困ってしまうだろう。
 そのようなときの解決手段として、私が実践しているのは「露骨に誘導する」「《目星》をさせる」「じっと我慢して待つ」の三つである。
 私は数値的な部分ではシビアなマスタリングが好きだが、他の部分ではかなり甘ちゃんなマスタリングをする傾向がある。
 そのため、探索者が調査に行き詰まっていると、「なんだかドレッサーが誰かに開けて欲しそうにしているよ」とか、ほとんど冗談のような露骨な誘導(といえる かどうかも疑問だが)をしてしまう。このようなやりかたをやれば、とりあえず笑いは取れるし、調査も進んで手っ取り早いのだが、あまりやりすぎるのは問題だと いうのはわざわざ言うまでもないだろう。
 一番無難なのは、困っている探索者に《目星》をさせて、手掛かりを目ざとく発見したということにしてしまう方法。本来、《目星》はここまで便利な技能ではな いのだが、こうしたほうが露骨に誘導するよりも、プレイヤーたちが努力して手掛かりを発見したという実感を得ることが出来るだろう。
 もっとも、探索者の《目星》の平均値を35%とすれば、プレイヤーが4人もいればほぼ確実に誰かは成功する。つまり、考えようでは、これこそキーパーがただ で情報を与えているとも言えるものだ。
 ところが、プレイヤー心理としてはダイスを一回ロールするだけであっても、自分たちの努力によって勝ちえた情報だと感じるものなのである。このあたりのプレ イヤー心理の妙には、調査物のシナリオをマスタリングする際には気をつけたいものである。
 ただ、こういったマスタリングも、同じようなマスタリングをしたことがあるマスター経験者のプレイヤーを相手にする際、多用は禁物である。すべてこちらの手 の内は読まれているのだから、そんなマスタリングをされたら、これまで頑張って調査をしていても途端に興ざめしてしまうことだろう。
 だから、そういったプレイヤーを相手にする際には、じっと我慢することが得策であろう。意外と、キーパーが思うほどにプレイヤーは行き詰まっていることにス トレスは感じていないものだ。
 本当に問題なのは、プレイヤーが行き詰まってストレスを感じていないだろうかということすら考えないキーパーなのだから。
 よって、そこまでプレイヤーのことを考えているキーパーのゲームならば、プレイヤーが調査の行き詰まりに業を煮やして爆発するということも無いだろう……た ぶん。
 ところで、情報収集という話題が出たついでに、ちょっと情報収集の技能判定について考えてみよう。
 クトゥルフではしばしば誰も技能判定に成功しないという状態に陥ることがある。
 全員が《図書館》ロールに失敗、《信用》ロールに失敗、《地質学》ロールに失敗……まったくよく聞く話だ。
 どうでもいいような些細な情報ならば、失敗したらそれまででも良いのだが、シナリオ上、プレイヤーが知っておくとその後の展開がおもしろくなるという情報で あったら、キーパーとしてはどうにかして調べてもらいたいというのが親心だろう。
 そんなとき、気の利いたキーパーなら他のアプローチの仕方の存在を示唆してあげるべきだろう。図書館がだめなら新聞社。信用してくれないのなら、コネをつ かってからめ手で攻める。地質学に詳しくないのなら、写真を撮って知人の教授に持ち込む、等々……
 クトゥルフは、かなり現実に近い世界のゲームだ。現在のゲームの状況と、自分の生きる現実世界を比べてみて、まだ何か別のやり方はないかと模索するというの は、見たことも行ったことも無い異世界を旅するゲームに比べれば、実に容易であるはずである。
 そして、キーパーはプレイヤーの「それでダメなら、こういうやりかたじゃダメかな?」という言葉をなるべく採用してあげるべきだろう。それこそが単純に技能 で行動判定をするよりも、プレイヤーに求められるテーブルトークRPGらしい行動なのだから……もちろん、それに相応しい技能で再度判定させることは言うまで もない(そこまでプレイヤーを甘やかす必要はないのだ!)。


7,淵に潜む怪物マンガ その3

KP:祥子と同じ顔を持つ怪物は、その巨大な鎌首を持ち上げると、岩の上にいる深見君と祥子を襲おうとする。
深見:のえええっ、じゃあ、川をのぞいている祥子ちゃんを抱いて、岩をおりようとしますよ。
KP:じゃあ、《回避》ロールをしてみてよ。
深見:やった、成功でーす。
KP:なら、怪物の牙は祥子の肩をかすめただけで、二人は無事に岩を降りることが出来たよ。
睦月:降りてきた祥子ちゃんの手を持って、駆け出しまーす。
深見:睦月さ〜ん、ぼくは〜(笑)
仲田:こんな怪物が相手では、逃げるしかないでしょう。でも、カメラは手放しません。パシャパシャ(撮影しているらしい)。
深見:あ、ぼくは逃げないで、Kapitanに火をつけます。
KP:うう〜ん、冴えてるねぇ。では、煙草の煙があがった途端、怪物は怯えたように川の中へと戻っていく。
睦月:深見さん、かっこいい〜!
仲田:あ、その手があったか。
KP:……では、川には静けさが戻る。まるでさっきのことが幻だったかのようだ。
仲田:いやいや、幻などではない。深見画伯が怪物を撃退する、いい絵が撮れたぞっ。
睦月:おーい、その写真を発表する気ですか?(笑)
深見:兄さんの形見が役に立ったなぁ。
仲田:ありがたや、ありがたや。
KP:きみたち、まだ高尾が死んだとは限ってないんだがねぇ。


 シナリオも後半となって、ここでやっと探索者たちはまごうことなき神話的存在に遭遇することとなる。
 じらすだけじらしたのだから、ここは出来るだけインパクトのあるシーンにしてもらいたいものだ。祥子と同じ顔が川の中から浮かび上がってきて、不気味な瞳で 見つめているといったあたりは、自画自賛ではあるが、なかなか味のあるシーンではないだろうか?
 水の中から何かか……というシチュエーションは、怪談やミステリーではお馴染みであり、プレイヤーにとってもイメージしやすいものと思われる。
 ところで、肝心の怪物との対決であるが、私のときには深見君の鋭い機転により、一瞬のうちにケリはついた。
 まあ、祥子がKapitanを恐れることから単純に推測できるものだが、実際にプレイをしてみると意外とプレイヤーが思いついてくれない場合も多いことだろ う。
 また、戦闘力の高いパーティーならば、正面から戦う可能性もありうる。
 シナリオのデータでは、まともに戦ってもなんとか勝てる程度に設定しているが、展開としては怪物を力でぶちのめすよりも、Kapitanで撃退するほうが美 しい。
 よって、Kapitanを持っている探索者を襲わないことを強調して、そのことを思いつかせるよう誘導するという手もある。それでは、プレイヤーを甘やかし すぎると思うキーパーは、そんなことをしないでもかまわないが、まあ、機転をきかせて敵を撃退するというのは、プレイヤーにとってはなかなかのカタルシスであ る。
 シビアなプレイが信条というキーパーも、ここはちょっとプレイヤーにサービスして、それを味あわせてあげるのも良いのではないだろうか。


8,私を行かせてマンガ その4

KP:では、祥子は前田の言葉通りに装置のほうへ向かうよ。
睦月:「祥子ちゃん、いっちゃだめ」と彼女の腕をつかみます。
KP:う〜ん、愛のある行動だなぁ。では、祥子は睦月さんの手を優しく握ると、ゆっくりとその手を引き離そうとするね。彼女のか細い腕からは想像できない ほどの力だ。ちなみに《STR》20以上だよ(笑)。
睦月:けど、引き止める努力はしてみます。
KP:すると、睦月さんまで赤い印の影響下に入ることになるから、恐るべき苦痛が身体を襲うことになる。耐久力に2ダメージ。
睦月:いたたたっ!
KP:もちろん、祥子も影響を受けている。その柔肌は裂け、傷口からは血が溢れているけど、彼女は平気で前田のほうへと歩いていく……睦月さんは、あまり の苦痛のため、それを追うことはできないな。
睦月:ううっ、とても見ていられない。くやしいなぁ。
仲田:石とかを投げてアンテナを壊せませんか。
KP:ちょっと、その距離では無理だね。アンテナは細いし、石ぐらいじゃあねぇ。
仲田:うーん、困ったな。
深見:苦痛を我慢して、前田のところまで一気に走っていけませんか?。
KP:……うーん、まあダメージを覚悟でなら中へ入ることは出来るけど……
深見:では、突っ込みます。
KP:でも、痛みがひどいから一ラウンドに三ヘックスしか動けないよ。
深見:ううー、つらいけど根性でいきます。
KP:了解。ただし、祥子は普通に歩いているので、先に装置の中に入ってしまうけれど、それでいいの?。
深見:それは、しょうがないですね。とにかく、追う努力はしてみます
睦月:「しょうこちゃーん、いっちゃだめー」と心を込めて叫びます。
KP:その呼び掛けに、祥子は一瞬振り返ってすまなさそうに眉を少しだけ寄せる。睦月さんは、彼女のそんな表情は始めて見るね。
睦月:ああ、祥子ちゃん……どうにかならないかなぁ。
仲田:むずかしいですね。
KP:では、前田は祥子がこちらに来るのを見て、おもむろに装置を操作しはじめる。アンテナがブーンと鳴って、黄色い霧の向こうにある光景が見える。
 そこには……(一呼吸おいて)
 神がいたのだぁぁぁ!!
全員:うぎゃーーーっ!!


 シナリオのクライマックスでもある、祥子が前田の元へ行くというシーンは、このシナリオ中、一番難度の高いシーンであろう。
 みすみす可愛い(?)NPCを狂人の犠牲にさせるような探索者は、あまりいないだろうから、プレイヤーたちはなんとかして祥子の行動を止めようとすることだ ろう。
 しかし、シナリオの展開上、ここはどうしても祥子には装置の中へ入ってもらわねば困ることになる。いくらRPGが自由で柔軟性のある物語を身上としていると しても、どうしても譲れない展開というものもあるのだ(と私個人は考える)。
 よって、どんなことがあろうとも、この部分だけはシナリオ通りに進めなくてはならない。
 デキるキーパーならば、シナリオ上がどうしても譲れない部分がある場合、あらゆるプレイヤーの行動に対処できるだけの前準備をしておく必要がある。
 ただし、自分の信じる正義のために頑張るプレイヤーに対し、頭ごなしにシナリオの都合でそれはできないと答えるのは、キーパーとしては三流以下である。
 このシナリオでは、前田の呪文によって祥子へ近付くことを防いでいるのだが、リプレイでは、私はシナリオを変更してダメージを覚悟すれば中へ入ることができ るようにしている。これは、すぐ前の睦月さんに対してのマスタリングと矛盾する内容であり、厳密に言えば間違ったマスタリングといえるだろう。
 なぜ、そのようなことをしたのか?
 それは、あの状況で深見君の行動を単純に否定すれば、シナリオの自由度が低いと深見君のプレイヤーは感じるように思ったからだ。強すぎるアイテムや、呪文な どによる、キーパーの御都合主義的展開も時には必要であるが、やりすぎればゲームをつまらなくしてしまうのは周知の事実だろう。
 だからこそ、睦月さんには悪いと思ったが、私はできないと一言で否定するよりも、深見君が祥子に追い付けないよう移動距離を制限してから、その行動を許可し たのだ。これならば単純に行動を否定されたよりも、おしいところで間に合わなかったという「努力はした」達成感をプレイヤーに与えることが出来る。
 キーパーたるもの、自分に譲れないものがあるならば、それ以上にプレイヤーたちには気を遣わねばならないというわけだ。
 まあ、このシナリオに限って言えば、前田の呪文のおかげで祥子を探索者から引き離すのは容易だろう。キーパーは、リプレイのようにやんわりと探索者の行動を 否定していけばよい。もちろん否定するばかりではなく、睦月さんが祥子に呼び掛けたときのように、心和む反応を示して、プレイヤーに満足感を与えるのも細かな ことではあるが重要なテクニックである。
 ただそれでも、あんまりプレイヤーがごちゃごちゃ言うようだったら、最終手段としてウボ=サスラ御大を登場させてしまおう。この特大イベントの前には、あら ゆる些細なことは吹き飛んでしまうこと請け合いだ。
 そして、プレイヤーが正気度判定をして大騒ぎをしている混乱をついて、祥子の方を動かしてしまえば、プレイヤーたちも不満に思う暇も無いことだろう。


9,自殺願望者マンガ その5

KP:前田の身体から生えた触手を避けつつパソコンへ近づくには……
深見:「おお、なんて素晴らしいんだ。あれこそ、本物の美しさだ」と、ウボ=サスラの実物を見て、大喜びをします。
KP:深見君は発狂してないんじゃないの?
深見:いいんです。神の姿を見て、自分の拙い芸術に絶望しているということで。
KP:それでいいのかなぁ?
仲田:私は記憶喪失ですので、なんにもわかりませ〜ん。
深見:では、僕は門の装置のほうへ行きます。
KP:前田が襲いかかってくるけど?
深見:じゃあ、前田を道連れにして装置の中へ飛び込みましょう。「兄さんのかたきぃぃ〜」なんてね。で、中に入るついでに、祥子ちゃんは助けられません か?
KP:まあ、捨て身の攻撃で前田と一緒に装置に入るのは許すけど、祥子を助けるのは無理だね。彼女は深見君の突発的な行動に驚きながら、君を助けようと手 を伸ばすのだが……
仲田:いやぁ、美しい光景ですねぇ。
KP:しかし、ウボ=サスラは情け容赦なく、ペロリと深見君と前田を食べてしまった。もっちゃもっちゃ(嫌な咀嚼音)。
仲田:うわ〜、むごい。
深見:ありゃりゃ……ま、いいか。
KP:なんか、ずいぶん淡白だなぁ。さて、ふたりをおいしくいただいたウボ=サスラは、装置からあふれ出しつつあるけど。
睦月:あやや、早く「門」を閉じないと。
KP:あ、邪魔する前田がいなくなったので、パソコンに近づくのに判定の必要はなくなったよ。
睦月:では、パソコンに近づきましょう。「深海さん、あなたの犠牲は無駄にはしません」と、深海さんに感謝しつつ、涙を浮かべながら駆けていきます。
KP:うん、ではパソコンを操作して、「門」を閉じるためにはロールが必要だ。
睦月:よしっ、成功ですっ!
KP:オーケー。では、睦月さんが操作を完了すると同時に、空洞内に鈍い振動が起き始める。なんか、空間自体が振動しているような不気味な感じがする。
睦月:うわわわ、急いで逃げます!
KP:では、溢れ出るウボ=サスラから逃れるためにDEXの抵抗ロールだけはしてもらおうかな?
睦月:楽勝です。タッタッタッ。
仲田:私も何となく危険を察知して、逃げ出したいんですが……
KP:もちろん、いいよ。
仲田:ほっ……じゃあ、さっさと逃げましょう。
KP:では、みなさんが逃げ出したあとで、空洞内に「バスン!」という轟音が響きわたる。
睦月:なんでしょうね? ふりむいてみます。
KP:すると、うしろの空洞にあったものはすべて消え去っている。どうやら、「門」の作用によって、どこかへ飛ばされてしまったようだね。
睦月:ほっ……なんとか助かったみたい。
仲田:うーん、私は発狂していたおかげで楽だったなぁ。クライマックスシーンに参加できないのは、ちょっと寂しかったけど。
KP:でも、こういう人って長生きするんだよね。
睦月:そうそう。


 クトゥルフをやっていると、原作の登場人物の如き破滅をロールプレイしようと、シナリオ終盤になるとやたらと無謀なことをするプレイヤーがいる。
 個人的には自殺願望を持ったプレイヤーはあまり好きではないが、まあ、他人に迷惑をかけない程度ならば、気持ち良く死なせてやるぐらいの度量もキーパーには 必要だろう。
 今回は、深見君が前田と一緒に装置に飛び込むという無茶な行動したが、まあノリでOKとしてしまった。もし、ロールをさせようものなら、《STR》30の抵 抗表判定が必要なほどの困難な行動であるのだが……それはあまりにかわいそうというものだ。
 なお、このシーンで特筆すべきは、この後での「深見さんに感謝して」という睦月さんの一言だろう。
 彼女のたった一言のおかげで、深見君の無茶な行動が、探索者全体にとっては有益なことであったと印象付けることができる。そして、みんなが幸せな気持ちにな れるのである。
 キーパーのみなさんは、睦月さんのようなプレイヤーに拍手すべきである。
 あと、仲田さんは残念ながら発狂してしまい、行動が極端に制限されてしまっていたが、ここは心を鬼にして救済措置をしなかった。このことにより、深見君が自 発的に発狂しているので、理性的に動けるのは睦月さん一人だけという、実にクトゥルフらしい大ピンチを演出することができた。
 もっとも、前田という障害がなくなっていたため、実を言えば大したピンチではなかったのだが、そのあたりはプレイヤーにはわからないことなのでおそらくは肝 を冷やしたことであろう。
 知らぬはプレイヤーばかりなり、というわけだ。


10,そして祥子と……

KP:「私を得たことで、あなたは神以外に恐れるものはなくなりました」と人間を超えた祥子は、神の瞳で深見君 のことを見つめるよ。
深見:ううっ、なんで、あのまま殺してくれなかったんだ〜!
仲田:いいじゃないか。祥子の新たなマスターとなって、宇宙を大暴れすれば。
睦月:でも、なんだか深見さんのほうが、祥子ちゃんの持ち物になったような気が……
KP:さもありなん。
深見:じゃあ、しょうがないから、世界のすべてを見てまわるため、宇宙の彼方に飛んでいくことにします。
睦月:なにくわぬ顔をして東京に帰って来るってのがおもしろいと思うけどな。
深見:いいんです。どうせ、僕には高尾兄さん以外に親兄弟もいませんし。
KP:では、祥子と深見君は、黄色い光に包まれて南極の雪原から消え去った。その後の二人がどうなったかは……このシナリオで語られるべきものじゃないだ ろう。
仲田・睦月:おお〜、パチパチ(無責任な拍手)。
KP:では、このシナリオはおしまいっ!
全員:おつかれさまでした!


 本来ならば、探索を無事にクリアーすることのできた探索者たちに、その努力にふさわしいエンディングを与えるべきなのだろうが、残念ながら時間の都合によっ て、深見君の事後処理ばかりが目立つ結果となってしまった。
 私としてはファンタジーやヒーローもののゲームに比べて、クトゥルフではシナリオが終了したというはっきりとした達成感が薄い気がしている。そのため、「こ うして邪悪な陰謀から逃れ、君たちは平和な日常に帰ることができたのだ」といった描写を強調することにしている。
 そのほうが、努力して生還した事への喜びを再認識することができると考えるからだ。
 しかし、今回のゲームでは、睦月さんと仲田さんについては、洞窟から逃げ出したところで終了ということになってしまい申し訳ないことをしてしまった。
 やはり、キーパーたるもの時間配分には重々気を付けたいものだ。これは、コンベンションなどでプレイするキーパーにとっては必須の能力といえよう。
 それから、細かいことだがゲームが終了したら探索者の成長チェックは忘れずに行おう。
 プレイヤーにとって、わずかでもキャラクターが成長することは、やっぱり嬉しいものなのだ。
 次回プレイした時、最初は基本値しかなかった《隠れる》が少しだけ上昇しているのを見て、心和ませるのもまた一興というものだ。



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