1時限目「さゆりちゃん決心する」



1,少女の決意と無責任な野郎ども

「キャンペーンがやりたーい!」
 突然、こんな言葉を叫んだのは、このゲームサークルの紅一点、さゆりちゃんだった。
 サークルの定例会に集まったメンバーたちは、その叫びに一瞬静かになるが、やがて何を当然なことをと、自分たちの話に戻っていった。
 だが彼らも、次の叫びを聞き逃すことはできなかった。
「キャンペーンのゲームマスターがやりたいのーっ!」
 今度こそ、部屋は水を打ったように静かになった。
 そして、わらわらとさゆりちゃんの回りに集まってくる野郎ども。

「さゆりちゃん、マスターやったことあったっけ」
「はい、二回だけやったことがあります」
「ふーん、で、何のシステムでやるつもり?」
「え、えっとぉ〜……」
「やっぱり、キャンペーンといえばクトゥルフしかないでしょう。舞台は渋くガスライトで」
「いやいや、わたしとしてはぜひシャドウランがやりたいんですが。このあいだ未訳のサプリを買ったんですが」
「なぜ、そこでルーンクエスト2ndがでてこない!?」
「ねえねえ、ここはサークル初のパラノイアのキャンペーンってのはどうかな」
「そりゃあマズイでしょ〜、クローンを20人ぐらいもらえるならいいけど」

「あの〜、みなさん、わたし、みなさんのいうゲームもどれもマスターしたことないんですけど。だいたい、パラノイアって何ですか?」
「なんだとぉ、パライノアも知らないとは嘆かわしい。やはり、勉強のためにもパラノイアのキャンペーンをマスターしてもらわねば」
「あのぉ、あのぉ」
知らないゲームと専門用語が飛び交い、さゆりちゃんはおろおろとするばかり。
「じゃあ、さっそくキャラメイクするか」
「あ、まってくださいよぁ。私、何の準備もしてませんよ〜」
「いいって、いいって、そんなのテキトーでさぁ」
「よーし、今日のゲームはさゆちゃんのパライノアキャンペーン第一話だ」
「ええ〜〜っ!」

「こらぁ、おまえら、なにいっとるんだぁっ!」
 その時、さゆりちゃん包囲陣の中に飛び込んできた、一筋の影。
「おまえらのようなやつらにまかせておくと、ろくなことになりそうもない。この場は、俺があずかった!」
 その男は、群がる野郎どもをつかんでは投げ、つかんでは投げと突っ込んできたかと思うと、さゆりちゃんをさっと小脇に抱え出口に向かって駆け出す。
「ああ、先輩。そんな、突然ですぅ」
「なに、訳のわからんことを言っとるんだ。とにかく、来い!」
 さゆりちゃんを連れて駆けていく男に、会議室に集まったサークルメンバーがのんきな声をかけてくる。
「おーい、おまえ、今日ゲームマスターをやるんだろぉ?」
「うるさい! 今日のゲームは休みだ」
「ああ、先輩。そんなにまでして、私と……」
「だから、なに、訳のわからんことを言っとるんだぁ!」
「みなさ〜ん。今日は、私もお休みですぅ。
 ではぁ、さよおならぁ〜」
 男の腕の中で、白いハンカチをふって、はらはらと涙するさゆりちゃん。
「こいつは……」
 この娘を連れていくことに、男は一抹を不安を感じるのであった。



2,師との出会い、いきなりの挫折

 さて、駅前の、とある喫茶店。
 野郎どもから逃げ出した二人がここに避難していた。
 さて、さゆりちゃんを連れ出した謎の男の正体はといえば、あのゲームサークルにさゆりちゃんを誘った、同じ大学のY先輩である。
「奴らの前で不用意な発言はひかえたほうがいいな。危険だ」
「うう〜、もうなにがなんだか」
「ああいうゲームに飢えている連中が悪ふざけでゲームをセッティングすると、たいてい最悪のゲームになってしまう。ゲームマスターにはおもしろいゲームをしよ うとする断固とした企画力も必要とされるのだ。他人に流されるだけでは、最高のゲームは出来ないぞ」
「わかりましたぁ」

「で、さっきキャンペーンがやりたいといっていたな」
 ぎらりと無気味に輝くY先輩の目。
「はいですぅ」
「なんでだい」
「あのぅ、この間、先輩のやっていたキャンペーンが終わったでしょ。私、初めてキャンペーンをやったんですけど感動しちゃったんですぅ。
 キャラクターがゲーム世界の中でも、自分の中でも成長していくのがわかって。一回きりのゲームじゃあ、絶対味わえないおもしろさでした。
 その日のシナリオが終わって家に帰ってからも、次のシナリオに備えてあれこれキャラクターのことを考えたり。キャンペーンが終わったいまでも、あれから、あ のキャラクターはどうしているかなとか思い出したりすると、凄く楽しいんです。
 みんなには、まだ見せてないけど、キャンペーン後のキャラクターがどうなったのかを小説にしたりもして……」
「まあ、当然の話だな。RPGにおいてキャラクターの成長は、数値的なものでも精神的なものでも、とにかく楽しいものだ。そして、それを存分に味わうには、同 じキャラクターを使い続けるキャンペーンゲームが最適だからな。
 うまくいったキャンペーンは、そのゲームが終了してからも、ずっと仲間内で語り続けられるほどに印象深いものさ」
「そうですよねぇ。だから、私もみんなにそんなゲームをしてもらいたいとおもって」
「なるほど、そうか……」
 うつむいて、そっと眉間に手を当てるY先輩。
「どうしたんですぅ。いきなり、泣いたりしてぇ」
「なにおっ、別に俺は感激して泣いてなんかないぞ」
「はあ、そうですかぁ。あ、そうだ、さっきは出しそびれちゃったけど、実は、今度やろうと思っているキャンペーンのあらすじを持ってきたんですぅ。せんぱー い、読んでみてください」
 そういって、さゆりちゃんは何枚かのレポート用紙をY先輩に手渡す。
「これを、俺に見せるということは……つまり、俺はさゆりちゃんのキャンペーンゲームのメンバーには数えられていないってわけか……(ガクッ)」
「先輩、消沈してどうしたんですぅ」
「いや、なんでもない」
 気を取り直して、さゆりちゃんの原稿を読み始めるY先輩。
 さゆりちゃんの健気な言葉に涙を浮かべた目が、徐々に険しいものに変化していく。

「どうですぅ?」
 さゆりちゃんは、厳しい表情のY先輩に恐れをなしたのか、弱々しい声で訪ねる。
「駄目だな」
「えぇ〜」
「はっきりいって、これでは使えんな」
「ううっ、いきなり厳しいお言葉……」
「なになに……えーっと、悪の魔道士が、平和な王国の王族たちを暗殺し、国を乗っ取った。幸運にも魔道士の手から逃れた若い王子は、冒険の末、王族に伝わる聖 剣を見つけだし、魔道士を倒す。その旅の間に、失われた古代王国と魔道士の過去の秘密を知り、古代王族の末裔と出会い、千年眠り続ける龍と出会い、暗い過去を 持つ傭兵と出会い、空中都市を訪れ、魔道士に心を操られている女戦士を改心させて……」
「でもぉ、それは、シナリオのアイデアだから、全部使うって訳じゃあないんですよぉ」
「いや、別にこのあらすじが悪いと言ってるわけじゃない。話の筋自体はシンプルな設定でわかりやすいし、個々の事件も、うまくシナリオにできるのならおもしろ いものになると思う。だが、いっちゃあ悪いが、まだきみはゲームマスターも慣れていないだろう。このあらすじを見ると、勢いばかりが先走っていて、とてもキャ ンペーンとしてまとまるとは思えない。
 俺は、キャンペーンにやりたいことを詰め込みすぎて、自滅していった新人ゲームマスターを何人も見てきているが、きみも、そいつらと同じ目をしている。
 このまま、このキャンペーンを始めれば、おそらく収拾がつかなくなるか、きみ自身が嫌になってキャンペーンを中断するかどちらかだろうな」
「そうなんですぅ。私もなんだか不安だったんで、先輩達におもしろいキャンペーンのゲームマスターになるには、どうしたらいいのか聞こうと思っていたんで すぅ」
「ほう、わからないことは人に聞こうとするその姿勢は感心だ。
 よーし。俺に任せろ。キャンペーンのイロハ、すべて叩き込んでくれるわっ!」
「ひ〜ん。教えてくれるのはうれしいんですけど、先輩の顔、なんか恐いですぅ〜」



3,まずは黙ってコレを読め!

「まずは、キャンペーンを始める前に、何をしたいのかをはっきり決めることだ。話を聞いていると、きみがキャンペーンをやりたいのは、同じキャラクターを使っ て、一度きりでないゲームをやってみたいからのようだが。単発ゲーム(この場では、キャンペーンとは違い、キャラクターを一回しか使わないゲームを指す。コン ベンションなどでは、このタイプが多い)ではなく、キャンペーンゲームをやりたいというわけだな」
「そうなんですぅ。でも、何度も同じキャラクターを使うなら、シナリオ一本じゃ終わらない、長いストーリーを作らないといけないんでしょぉ?」
「いや、そんなことはないぞ。わざわざ、制御も管理もできないような壮大なストーリーを作らなくとも、同じキャラクターでゲームを続けていくキャンペーンの醍 醐味を味あうことぐらいできる」
「ほんとですかぁ、どうしたらいいんですぅ?」
「つまりは、毎回完結するシナリオを何度も同じキャラクターでやるということだ。シナリオを通しての共通の舞台を用意し、その世界で何度も楽しもうというやり かただな」
「えっとぉ〜、『盗賊達の狂詩曲』(ソードワールドRPGリプレイ集1・富士見書房)みたいなやつですね」
「ああ、そうだ。ただし、このやりかただと毎回完結したシナリオを用意しなくてはならないので、キャンペーンに時にある予想外の話の盛り上がりによって次回の シナリオが勝手にできるといったことがあまりない」
「勝手にシナリオができる……? それって、どういうことですかぁ」
「キャンペーンを続けていると、キャラクターの設定を消化したり、ストーリーの流れを追うだけで、ちょっとしたシナリオになってしまう。だから、慣れたマス ターにとっては実際のシナリオ作りは毎回完結するシナリオよりも楽なんだ。
 逆に、毎回完結のシナリオは、一回毎に事件を作って、そのすべての真相を判明させなくてはならないからノリでシナリオを作ることができない。それだけに大変 な作業であるわけだ。もちろん、さゆりちゃんが望んでいるような、壮大なひとつのキャンペーンストーリーを造るよりは楽だろうけどね」
「なるほどぉ。でもでもっ、私、毎回、そんなにシナリオを作るなんてできないです〜」
「安心しろ。シナリオなら、ここにある」
 ドサァと、テーブルに紙束をおく。

「これは、シナリオ……ですよねえ。ワープロ原稿ってことは、先輩が書いたやつですかぁ?」
「そうだ」
「わー、しっかり書いてありますぅ。先輩って、いつもこんなにきっちりシナリオ書いているんですぅ?」
「いや、それはあるシナリオコンテスト用に書かれた原稿だから、そんなにしっかり書いてあるんだ。人に読ませるように書いたやつだから、きみにもわかりやすい はずだ。
 それに、さっきいったようなキャンペーンにも使えるように連作になっているから、ちょうどいいだろう」
「わーい、ありがとうございます。さっそく、読んでみますぅ」
「よーし。その意気だ。まずは、この『混沌の種子』というやつを読んでみろ。読み終わったら、どのようにプレイすればいいのかアドバイスをしてやるからな」
「は〜い」
 さゆりちゃんは、そう返事をすると、黙々とシナリオを読み始めた。


 ※)さあ、さゆりちゃんと一緒にシナリオを読もう!(シナリオ・混沌の種子へ



4,マスターなれば、プレイヤーを考える葦にせよ

 さゆりちゃんが、一息つきながら、ワープロ原稿から目を上げる。どうやら、シナリオを読み終わったようだ。
「まあ、シナリオ自体がおもしろいかどうかの感想はあえて聞かないとして。このシナリオはできそうかな」
「はい、思ったより簡単なシナリオですね。先輩のシナリオっていつも凝っているから、これも難しいシナリオなのかなって思ってました」
「文章にするシナリオで、そんなに凝った仕掛けは書くのが難しいからな。まあ、キャンペーンの第一話なら簡単なシナリオのほうがいいだろう」
「これなら、私でもできそうですぅ」
「そりゃあ、よかった。まあ、このシナリオは一本道の迷いようのないシンプルなシナリオだから、よほどのことが無い限り失敗することはないだろう。強いてマス タリングのポイントをあげるとするならば、プレイヤーに考える時間を与えることだな」
「考える時間ですか?」
「行き詰まって、次の行動を悩むような場面が多いシナリオならばそのような時間は必要ないんだが、このシナリオはほとんど悩む部分がないので、堅実に動いてい れば、あっさりと最後のシーンまでいってしまうだろう」
「うーん、そうですねぇ。プレイヤーが考えて行動するのは、ブドウ畑の捜索のシーンぐらいですものね」
「だからこそ、プレイヤーが『この事件の真相は?』『ブドウ畑を枯らしているのは何だ?』『ゴブリンと黒幕の関係は?』といった疑問を思い浮かべ、それを考え る時間的な余裕というものをマスターサイドから提供する必要があるわけだ」
「でも、考えなくてもシナリオは進みますよ」
「それじゃあ、シナリオはクリアーできても、プレイヤーはおもしろくないだろう」
「へっ、そうですか?」
「適度な困難があってこそ、シナリオをクリアーする喜びがあるんだ。あまり安易なシナリオだと、困 難を感じる前にシナリオをクリアーしてしまい、プレイヤーとしては肩すかしを受けたように感じることだろう」
「つまり、このシナリオではそのような危険があるって事ですか?」
「恥ずかしながら、このシナリオはかなり安易なシナリオだからね。ウィルフレッドが降伏してから、真の敵であるケイオス・シードが現れるというヒネリもあるけ れど、こんなものはびっくり箱的な困難でしかない。RPGに要求される困難は、もっと知的であるべきだと思うんだ」
「謎解きとか推理とかですか?」
「そうだな、他にもあらゆる状況での葛藤なんかも、おもしろい困難となりうる」
「信仰の葛藤とか、友情の葛藤とかですね。うーん、そういうシチュエーションて燃えますねぇ」
「実をいうと、俺は答えのない葛藤を強いるゲームは嫌いなんだけどね。人間が冷たいから。でも、それは人それぞれだからなぁ」
「先輩は義理人情よりも、理にかなった解答を求めるタイプですよね」
「推理物でいえば、横溝よりもアシモフって感じかな。まあ、強敵を前にして減らず口を叩くのも好きだけど」
「眠っているドラゴンは叩き起こしてから一騎打ちを申し込むというタイプなんですか?」
「いや、そこまでは……一応、知性派プレイヤーだから」
「はあ、そうですか」
「話を戻すが、結局のところ、このシナリオは時間的にも精神的にもゆとりを持ってプレイしろってことさ。プレイヤーの話をよく聞くという姿勢を守っていれば、 それで十分。シナリオは単純だから気張って誘導する必要もないしな」
「はーい」


5,踏み出せよ第一歩、それは明日の勝利への道

「あと、このシナリオから冒険者はサダトア村での冒険、つまりはキャンペーンを続けることになる。そのため、あまりシナリオに関係のないNPCがでかい面をし て登場しているのに注意しろ」
「メイドのアジェンタとか、酒場のマリーとかですね?」
「そうだ。そのへんのNPCたちは、これからのキャンペーンにも登場するお馴染みさんとなってくるから、意 識してプレイヤー達の印象に残るようなロールプレイをするように。可憐なメイドは、残念ながら領主に心惹かれているようだとか、元気の良い 酒場のマリーの手料理は絶品であるとかな」
「前のシナリオに登場したNPCに、次のシナリオでも出会えるのって、すごく楽しいですよね」
「うむ、単発ゲームならばNPCはシナリオをクリアーしたらそれでおしまいの存在だが、キャンペーンならば何度もその人物に会うことになる。登場回数が多くな れば、それだけキャラクター自身にも奥深さが出てくるだろうし、なによりゲーム世界に自分も相手も知っている人物がいるというのは嬉しいものだ」
「言葉だけで、彼は君の知り合いだよ、なんていわれるよりもゲームを繰り返してNPCの性格とかを知っていくほうが断然親しみが湧きますよね」
「そのとおりだ、いいこと言うじゃないか!」

「他に注意点はありますか?」
「うん、あと言うまでもないことだが、サダトア村自体も冒険者が少しでも長くいたくなるような住み心地の良い場所にするようにマスタリングしてもらいたい」
「なんか、ちょっと難しいですね」
「なーに、かわいい女の子に弱いキャラクターというものは一人ぐらいいるものだ。幸いこのシナリオには二人も美しい女性が出てくるし、そのキャラクターがその 子が気になって村に留まるといいだせば、みんなも滞在するようになるだろう。
 あとは、領主に気に入られて村の警備団にスカウトされるとか。まあ、いろいろと方法はある。
 まあ、心配しないでも、次のシナリオがこの村を舞台にして始まれば、無理して村から出るようなプレイヤーはいないだろう」
「そりゃあ、そうですよね」
「ま、とにかく一度プレイしてみな。そうしたら、いろいろとわかってくるはずだ」
「では、さっそくプレイヤーさんを集めなきゃ」
「プレイヤーの数は、初心者マスターならば三〜四人ぐらいが妥当だろうな。もし、キャンペーンに参加希望プレイヤーが多くいるならば、最初に自分がやりたいのはどんなゲームなのかをできるだけ詳しく説明して、よく吟味してプレイヤーを選ぶように。嗜好 の違うメンバーでプレイすることは、マスターにとってもプレイヤーにとっても不幸なことだからな」
「さっき先輩たちに取り囲まれたときのように、流れで適当に決めてはダメって事ですね」
「そのとーり。特に慣れないマスターには危険が大きすぎる」
「ふう、危ないところでした」
「あと、プレイの予定時間にキャラクターメイキングの時間を入れるのを忘れるな。思わぬ時間がかかって、予定通りの時間で終わらなくなることがあるからな。ま あ、このシナリオならば、シナリオ自体が短いから四〜五時間もあれば十分だと思うが……RPGは何が起きるかわからない。とにかく時間には注意だ」
「はーい。では、早速、来週はこのシナリオをやってみますですぅ」
「よーし、じゃあプレイ後の感想をちゃんと報告しろよ。また来週、この喫茶店で会おう」



2時限目へ続く……


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