1,だのになぜ君はキャンペーンを追いかける
「せんぱーい」
手をふりふり、Y先輩の座るテーブルにやってくるさゆりちゃん。
「どうやら、ゲームは成功したようだな。その顔を見ればわかる」
「えへへ、そうなんですぅ。
プレイヤーの人もみんな優しくて。プレイも、予定時間で終わりました」
「そうかそうか。で、どうだった、初めてのキャンペーン第一話の感想は?」
「そう、それなんですよぁ。今日のゲームは、みんなも盛り上がっていてとてもおもしろかったんですけど……でも、普通のゲームと違うかというと、別に変わらな
いんですよねぇ。どうしてでしょうか?」
「ばかもん、まだ一話しかやっていないなら、単発ゲームとなんら変わるわけがなかろう!」
「ひぃ〜ん、そんなに怒らなくてもぉ」
「貴様がトンチンカンなことをいっているからだ。
確かに、普通のキャンペーンをやる場合、序盤のシナリオでは伏線が出たり、解決できない謎が残ったりとすることがある。だが、今回の場合は毎回完結としてあ
るから、そのようなことはないわけなんだ」
「それはわかりますけどぉ。でも、せっかくキャンペーンをやるなら、伏線とかもあったほうがいいかなぁなんて思ったんですぅ」
「うーむ、それはそうだが、今回やるようなタイプのキャンペーンは伏線などは張りにくいんだよな。
何だったら、先にこれからやるシナリオを読んで、次回以降のシナリオに出てくるNPCを何気なく関係のないシナリオに出しておくのも伏線の一種だろう。た
だ、あまり怪しいNPCを先に出すと、プレイヤーが混乱するかも知れないので注意するように」
「は〜い」
「それで、具体的にはどんなゲームだった」
「えーっと、プレイヤーは四人で……キャラクターのタイプは貴族の生まれの戦士で騎士見習いをしている人と、ファリスの聖堂戦士と、根っからの魔法使いと、グ
ラスランナーのシーフでした」
「うん、それで、キャラクター達について、どんなことが印象に残っている?」
「えっとぉ〜、騎士のプレイヤーの人は積極的にシナリオを進めてくれて助かりました。ワインの話が出たら、ワインは大好物なんだ、さっそく行ってみようとか
言って、ぐいぐいみんなを引っ張ってくれたし。シナリオが終わってからも、宴会シーンを自分で勝手に演出して、みんなを盛り上げてくれてました。
聖堂戦士は凄くまじめで、ゲーム中もあまり喋りませんでした。あ、でも、戦闘のときはのりまくってました。なんか、数値データを細かく追及するのが好きみた
いで。
あと、魔法使いは調査とか推理するのが好きみたいで、とにかく慎重派でした。
それから、グラスランナーは女性キャラクターだったんですけど……」
「ん、どうした?」
「はい、この人のことはよくわからなくて……なんだかシナリオ中は、関係のないところで軽業の芸ばかり披露していて、シナリオに参加してるようには見えません
でした。今回、楽しんでくれていたのかも、ちょっと不安ですぅ」
「……なるほどな。それにしても、職業が性格を見事に表わしているな。
リーダーシップを発揮する騎士と、まじめな神官戦士。推理好きな魔法使いと、脳天気なグラスランナーときたもんだ。初めに言っておくが、このパーティーのバ
ランスはかなりいいぞ」
「でも、神官戦士がどちらかというとファイター重視なんで、治癒系が少し弱いような……なにより、シャーマンがいなかったんで、今回のケイオスシードの正体が
わかる人がいなくて困っちゃいました」
「ばっかもーん!
そういう意味で言ったんじゃなーい!」
「ひょえ〜ん、また怒る〜」
「この時のパーティーバランスと言うのは、キャラクターやプレイヤーの性格のバランスのことを言っておるんだ。このたわけが。
キャンペーンが、単発ゲームと違う点は、同じキャラクターを複数のシナリオに渡って使い続けるということなのはわかるな」
「はい……」
「ならば、その利点を上げてみろ」
「えっと〜、毎回キャラクターメイキングに時間を割かなくていいからでしょうかぁ?」
がくりとうなだれるY先輩。
「まあ、それも正解だが……なんで、それが最初に来る?」
「だって、毎回、キャラクターを造るのって面倒じゃないですか」
「……そうだけどさぁ。で、それからぁ?」
「高いレベルのキャラクターを楽しむことができるしぃ、キャラクターに愛着もでて、なによりキャラクターの成長を楽しむことができるのがいいですよねぇ」
「あとは?」
「シナリオを開始するときに、いちいちキャラクター達がどうやって仲間になったのかとかを考えなくてもいいというのもありますよね」
「ほうほう、それでぇ?」
「うーん、うーん……あーん、もう思いつきませ〜ん」
「この、たわけがあ〜!」
「ひぇえ〜」
「と言いたいところだが、なかなか良い線をいっていた。誉めてやろう」
「えへへ〜」
「だが、それだけでは、キャンペーンの醍醐味を味わうことはできんぞ。逆に言えば、これから言うことはキャンペーンのようなキャラクターが最初から決まってい
るときにしか使わないテクニックなので心して聞くように」
「は〜い」
「キャンペーンの最大の利点……それはキャラクターの管理だ!」
「キャラクターの管理?」
「そうだ。だが、キャラクターの管理とは言っても縛り付けることではない。この言葉の意味は、マ
スターがキャラクターのことを把握しておけということだ」
「把握といいますと?」
「今日、一回ゲームをしただけでも、キャラクターの個性があれだけわかったわけだな。ならば、マスターはそのことを次のゲームに最大限に生かさねば、プレイ
ヤー達に申し訳がたたんとは思わんかね!」
「なるほど、つまり、それはっ!」
「うん、つまりそれは?」
「やっぱりわからないですぅ」
また、がくりとうなだれるY先輩。
「……つまりだなぁ〜、今回は最初のシナリオだから気にしないでも良かったんだが、次回からはプレイヤーがどんな個性のキャラクターを使ってくるかはわかって
いる、と言うことだ」
「そんなのあたりまえですよぅ」
「ならばだ、そのすでにわかっているキャラクターの個性を利用すれば、シナリオの導入や展開に役立つのではと考えられないかね」
「うーん、よくわかんないですぅ」
「そうか、ならば具体的な説明をしてやろう。だがその前に、次にやるシナリオを読め」
「え〜ん、気になるですぅ。先に説明をしてくださいよぉ」
「ばかも〜ん! そのシナリオに合わせた説明をしてやろうという、この親心に気づかないのか」
「そっ、そうだったんですか。
そうならそうで、先にそう言ってくれればいいのにぃ」
「わかったのなら文句を言わず、さっさと読む!」
「は〜い」
※)さあ、さゆりちゃんと一緒にシナリオを読もう!(シナリオ・最後の夜明けへ)
2,男たるものマスターすれば四人ぐらいの敵がいる
読み追えて、顔を上げたさゆりちゃん。
「ど、どうだ読み終わったか」
心なしか、Y先輩の声がうわずって聞こえる。
「どうしたんですぅ? 赤い顔をしてぇ」
「いや、別に」
「なんだか悲しい話ですねぇ。私、マスターでこういうシリアスなシナリオをやるのは初めてですぅ」
「ん、そうかぁ」
ぽりぽりと頬をかく、Y先輩。
「ほんとに、普段の先輩の姿を知ってる人なら、先輩がこんなシナリオを書いたとは思わないですぅ……」
「黙れぃ!
いまは、俺の普段の生活態度とそのシナリオを因果関係を詮索するときではな〜い。いまはなぁ、俺が貴様のためにキャンペーンとは何たるかを語っているときな
のだ。わかっとるのかぁ!」
「どしぇ〜
いつにもまして、恐いですぅ〜」
「はぁっ、はぁっ
まあ、いい。そのシナリオができるかできないかなどという、甘っちょろいことは言わせん。やれっ、やるのだ。わかったな!」
「わかりましたぁ〜
別に、やりたくないだなんて、言ってないですぅ」
「そうか、ならいいんだ。
それでだ、中断していた話を戻すぞ。つまりキャラクターを把握し、キャラクターの個性を生かすということは具体的にどういうことなのか……」
「あ、そんな話ありましたねぇ。すっかり忘れてました」
「ばっかもーん!」
「ひーん、すいませんですぅ」
「まったくっ!
で、このシナリオでは……っと、ちゃんとシナリオの内容は憶えているだろうな?」
「はいっ、いざとなればもう一回読み直しますから大丈夫ですぅ」
「まあ、いいだろう。
このシナリオは、はっきりとした導入がなく、いつのまにか事件が始まっているというタイプだ。よくRPGの解説本などで使われている言葉に直すと、巻き込ま
れ型のシナリオの一種と言えよう」
「前回のシナリオは依頼が来てシナリオがスタートしたから、依頼型のシナリオってやつですね」
「そうだ。その意味でも今回のシナリオの『冒険への導入』という部分は、キャラクターの日常のひとコマに過ぎないから、シナリオを知らないプレイヤーにとって
は導入ではない。
よって、プレイヤーが日常生活の描写から、本編のシナリオを意識し出すのは[*,事件発生]の一連のイベントからというわけだ」
「それはいいんですけど。それとキャラクターを管理するというのと、どう関係があるんですぅ」
「まあ、あわてるな。話はこれからだ。
ここで、そのイベントに遭遇するキャラクターを、その個性にあわせて割り振ってみよう。イベントは四つあるが、独立したイベントではないので『領主の家の捜
索』は省くことにする。
よって、残った三つのイベントは、
『首飾り事件』
『銀貨盗難事件』
『領主様の宝石箱事件』
となる。
さあ、キャラクターの個性に合わせて、三つのイベントを割り振ってみろ」
「ええーっ、そんなのシナリオが始まってから考えることじゃないんですかぁ?」
「ばかもーん。それなら、単発ゲームとなんら変わりないではないか。せっかく、どんな個性
のキャラクターがいるのかがわかっているのだ。その性格を考えて、前準備ぐらいしなくてどうする!」
「なるほど〜
で、具体的にはどうしたらいいんでしょうかぁ」
目をうるうるさせて、お願いポーズのさゆりちゃん。
「うっ、うむ。まあ、今回だけは、俺がアドバイスしてやろう」
「ありがとうございますぅ〜」
「では、まずは積極的でシナリオを進めたがるという騎士だが……極端な話、こいつはほっておいてもかまわん。どうせ、勝手にシナリオに参加してくるからな」
「ええっ、ひどいですぅ」
「いや、逆に、このような奴を事件の中心におくと、先走りすぎて、こいつのためにも周りに
対しても悪い結果となることがある。よって、騎士は眼中から外すことにする」
「でもぅ、なんか、かわいそうですぅ〜」
「うるさい。話を続けるぞ。
次は、無口でまじめなファリスの神官戦士だが、こういうキャラクターを事件の中心におくと、自
分の仕事は確実にこなすので、実にまめに動いてくれる。それに他のキャラクターをおいて一人で突っ走ることもないから、マスターとしてはあ
りがたい存在だ。もっとも、行動が常識的すぎるため意外性といった面白味には欠けるけどな。
よって、彼には最も重要なイベントである『領主様の宝石箱事件』にまわすことにする。このイベントには、ちゃんとした依頼人もいるし、まじめな神官戦士なら
女性の頼みを無下に断わることはないだろう。
ところで順番が入れ違ってしまったが、このイベントは最後に起こすべきだということを頭に入れておくように」
「はい、メモしとくですぅ」
かきかきと、メモ用紙に書き込むさゆりちゃん。
「ばかも〜ん。そんなところにメモしておいても、本番で忘れてしまうだろうが。シナリオに直接書き込んでおかんかあ!」
「でもぉ、先輩の原稿に書き込みしちゃっていいんですかぁ」
「かまわん。市販のシナリオでも、自分のシナリオでも、思いついたことや注意しときたいことなどは、赤ペンなんかで目立つようにシナリオに直接書き込むのが一
番だ。本番ではメモ用紙をひっくりかえしている暇はないのだぞ。
簡単にはがせる付箋をはるというのも、ひとつの手だな」
「はーい」
「……っと、話がそれてしまったな。
続いて、推理好きの魔法使いだが。こいつは結構やっかいだぞ」
「そうなんですかぁ」
「こういうキャラクターは、大抵、プレイヤーとキャラクターが同じ性格をしているものだが、とにかく謎を前にすると、人のことなど気にせずにじっくりと一人で
考え込むことが多い」
「謎を解いてくれるのなら、別にいいじゃないですか」
「問題はだなぁ、自分で謎を解こうとするあまり、一人だけで謎を解こうとすることだ。つまり協調性がないんだな。
他のプレイヤーに構わず、マスターを質問攻めにして独占したり、自分で謎を解こうとするあまり、他人に自分の集めた情報を教えたがらなかったりする。まわり
は退屈だし、マスターも質問攻めにされてばかりではシナリオを進めようがない。シナリオには、その場では展開上どうしても解けない謎があるということを、こう
いったプレイヤーは認めていないからだ」
「うーん、そんな人がいるとは知りませんでした。わたしは、わからないことがあると、すぐにあきらめちゃうタイプですから」
「でだなぁ、このタイプのプレイヤーは、謎は必ず解けるものと考えている。そ
れも自分の手でな。注意しておくのは、今まで俺はキャラクターではなく、プレイヤーと言っていたことだ。キャラクターの性格がそうなら、いくらでもフォローの
しようもあるが、プレイヤーの性格がそうなら困ったことになるなぁ」
「そんなぁ〜
どうにかしてくださいよぅ」
「まかせておけ。こういうプレイヤーのあしらいかたにはコツがあるのだ」
「コツですかぁ」
「シナリオをよーく思い出してみろ。
『首飾り事件』、これは首飾りが石の上にあったこと自体は不思議だが、それ以外に謎など、どこにもない単純な事件だ。そのプレイヤーなら効率よく動いて、すぐ
に持ち主を発見し解決してしまうだろう。
『領主様の宝石箱』、これはシナリオの展開に大きく意味するイベントなので、そのプレイヤーに任せるのは不安だ。この謎を自分だけで抱え込んでしまい、他のプ
レイヤーの活躍の場を奪ってしまうかもしれないからな」
「じゃあ、残ったのは『銀貨盗難事件』ですねぇ」
「そうだ。まず、銀貨を盗まれたと騒ぐ老人と魔法使いが出会い、事件の内容を知る。あとは現場の状況をシナリオ通りに説明してやっておけば、しばらく悩み続け
るだろう。
ある程度、プレイヤーの質問に答えて、この事件の奇妙さを他のプレイヤーに伝えることができたら、次のイベントに強引に移ることだ。あまり魔法使いの質問に
ばかりかまけていてはいけない。このタイミングが大切だからな」
「そうは言っても場面を変えるって、タイミングが難しいですよね」
「だからって、あまりだらだらやっては周りが迷惑だ。少々、強引でも他のプレイヤーの様子を見て不味いと思ったら、すぐに場面は変えてしまえ」
「はい」
「で、場面は変わって現場で悩んでいる魔法使いをよそに、ほかのキャラクター達は外で無くなったはずの銀貨を見つけるわけだ。銀貨を見つけるのは、出番の無い
騎士あたりにやってもらおう。
銀貨が見つかった時点で、事件は解決するが謎だけは残る。いや、せっかく盗んだ銀貨を犯人はなぜ返したのかという新たな疑問が発生し、逆に深まるといってい
いな。
魔法使いも、銀貨が見つかったというのに捜査を続けるのは馬鹿らしいだろうから、捜査は一時的に止めるだろう。だが、頭の隅には、どうやって盗んだのだろう
程度に疑問は残り続ける。まあ、こういったところだ」
「結局、魔法使いに謎解きはさせないんですねぇ」
「いや、シナリオの中心になっている謎はまだ解けていないんだから、魔法使いにはその謎を解いてもらえばいいさ。どうせこれらの一連の事件は、キャラクターに
村で起きている奇妙な事件を知ってもらうための、ただの前ふりなんだからな。
依頼型より巻き込まれ型が優れている点は、身の回りに事件がいくつか起き、それが一つの方向に紡がれて、プレイヤーにキャラクターの生活の中で事件が起きて
いるなと実感できるところなのだ。
依頼型だと、どうしてもキャラクターの生活と、依頼された事件という二つの世界でキャラクターが行動しているようにプレイヤーは感じてしまう。
それだと“プレイヤー”と“キャラクター”と“依頼をこなしているキャラクター”という
三重の世界が作られることになり、感情移入もしにくくなる。キャラクターの生死を考えずに行動したり、常識の無い行動をしたりするのは、プ
レイヤーと実際に行動しているキャラクターの関係が遠いときに起きるものなのだ。
だがそれは、自分のキャラクターがその世界で生きているのだと、プレイヤーに実感させることができれば、そのような行動をとることもなくなるはずだ。
その点において、キャラクターの生活に事件が自然に入り込むという、巻き込まれ型のシナリオは感情移入しやすく、ひいてはプレイヤーも、よりそのゲーム世界
での楽しむことができるのだっ!」
「先輩、燃えていますねぇ〜
でも、お話は、まだ途中なんですけどぉ」
「おおっと、そうだったな。
まあ、『首飾り事件』なんて、箸休め程度の簡単な事件だから、脳天気なグラスランナーに割り振っておこう。こ
ういうキャラクターをやるプレイヤーは、シナリオで起きる事件というのは、自分が遊ぶおもちゃと同じに考えているから、なるべく重要な事件
は任せないほうがいい。
奇抜な行動をしてまわりを驚かせて楽しんだりする、いたずら好きなところがあるから、この単純な事件を思いがけずおもしろくしてくれることがあるかもしれな
い。
よって、このぐらいの事件を与えておけば、グラスランナーのプレイヤーも退屈もしないだろうし、うまくいけば場を盛り上げてくれるかもしれないというわけ
だ。
あと、言っておくが、こういうプレイヤーはシナリオに関係のないことや、目先のことばかりをしつこく気にしたりすることが多いが、マスターとしてはあまり気
にしないほうがいい。
もちろん、無視しろとまでは言わない。そのプレイヤーがしたいと言うことは無茶なことでなければ認めて、自由にさせてあげることだ。言葉を変えれば、ほって
おけということだ」
「でも、それってひどくないですかぁ」
「いや、それでも、こういったプレイヤーは自分で勝手にゲームを楽しんでいるものだ。つまりは極端にマイペースなんだな。
これは騎士への対応と似てはいるが、騎士の場合、まわりを巻き込むのに対し、グラスランナーの場合は自己完結しているところに差がある。益にもならないが、
害になることも少ないと言うわけだ。
だから、このプレイヤーは、こういうことが好きでやっているんだと割り切ってしまえば気にもならなくなるはずだ。わかったか?」
「わっかりましたぁ〜」
3,プレイヤーを知り、己を知れば百戦危うからず
「さて、つまりは、さっき言ったようなことがキャラクターを把握するということはこういうことだ。わかったか?」
「へっ、いまのがですかぁ?」
「そうだ。キャラクターの個性に合わせた、シナリオ展開を前もって考えておく事。前に話したが、このパーティーのバランスが良いと言ったのは、こうやって考え
てみると、この四人のパーティーは、各々の個性がしっかり分かれていて役割分担をさせやす
いということだ」
「ふむふむ、そういうことでしたか」
「さて、役割分担をさせやすいということは、一人一人のキャラクターに、そのキャラクターに合わせた活躍をさせやすいということでもあるわけだ」
「シナリオで自分が活躍する場面が用意されているのって、とっても嬉しいですよね。時々、のんびりしていると、自分がなにもしないうちにシナリオが終わってい
るときがありますけど、それって悲しいですよね」
「マスターが、そのキャラクター毎に活躍するべき場面を想定しながらシナリオを展開させていれば、当然、プレイヤーは自然にゲーム世界に入ることができ、さゆ
りちゃんのような悲しい目に遭うことはなくなるだろう。
それが続けば、プレイヤー達に自分のキャラクターがゲーム世界に生きているのだなと実感させるのも、もう間近だ。
これぞ、キャンペーンの醍醐味。どんなキャラクターがゲームに参加するのかわからない単発ゲームでは、よほどマスターの判断力とアドリブ能力が優れていない
と味わいにくいものだ。しかし、キャンペーンなら、こうやって前もって時間をかけて考えることができる。この差がわかるか?」
「でもぅ、いちいち、そんなことまで考えなきゃあならないなんて、マスターはたいへんですねぇ」
「ばっかも〜ん!」
「ひ〜ん、ごめんなさ〜い。
マスターが大変だなんて、泣き言を言ってちゃいけませんでしたぁ」
「もひとつ、ばっかも〜ん!
別に、俺はそんなことで怒っているんじゃな〜い。確かに、マスターは大変な作業だ。泣き言を言ったくらいで、俺は怒ったりはせん。
怒ったのは、貴様が俺の言ってることを何もわかっとらんからだあ!」
「ひ〜〜〜ん」
「前もって、キャラクターに合わせたシナリオ展開を考えるのは、本番でのマスターの苦労を
減らすためではないか。
シナリオがスタートしてからでは、事件をどうやって起こせば一番いいかなんて考えている余裕はない。だからこそ、いまこうやってキャラクターの個性を考え
て、どのように事件を起こせばスムーズな展開になるかを考えているのだろうが」
「そっ、そうだったんですかぁ」
「それにな、今回のキャンペーンではシナリオが最初からあるから意味はないのだが、キャンペーンも回数が重なってきて、キャラクターの個性も完全につかめてき
たら、キャラクターに合わせた事件を中心においたシナリオ作りなんかもできる。
そういったシナリオには、キャラクターに密着したものとなるため市販のシナリオでは味わえない面白さがあるものだ。
例えば……グラスランナーのキャラクターとそっくりの外見のお嬢様がいて、お忍びで旅をしている。ところが、そのお嬢様とグラスランナーが、ふとしたことで
入れ代わってしまう。お嬢様を見つけるまで、グラスランナーを代役として、他のキャラクター達はお嬢様を探さなくてはいけないっていう話はどうだ?」
「どこかできいたことのあるような……」
「いいんだよ、自分たちだけで楽しむぶんには、盗作かどうかなんて気にする必要はない。それに、こういったよくあるパターンの話というのは、プレイヤーもス
トーリーの雰囲気をすぐにつかむことができてやりやすいものだ。もちろん、パターンと言っても、あまりにも先が見えている話なんかではつまらないぞ」
「グラスランナーのあの性格で、お嬢様の代役をすれば……どんなハプニングが起きるのか、目に浮かぶようですぅ」
「あとは、そのお嬢様というのが、どこかの貴族の娘で。騎士と神官戦士の二人も、貴族の両親に気づかれる前に、お嬢様を見つけださないと自分の立場が危ういと
すればどうだ? お嬢様の代役は、あの脳天気なグラスランナー。どちらかが、グラスランナーの見張りをしてなくては、すぐにぼろが出てしまうだろう。神官戦士
と、グラスランナーのコンビなんてのは、なかなか笑えると思うんだが」
「ふむふむ、そういうシナリオの作り方もあるんですねぇ」
「まず、キャラクターの性格を考えて、そこからシナリオのアイデアをもらう。キャ
ンペーンをやっていると自然と身につくテクニックだが、まあ先に知っておいても損はしないだろう。
これだと、嫌でもキャラクターの活躍を要求されるから、シナリオ自体がたいしたものでなくても、十分にプレイヤーは楽しむことができる。マスターは楽だしプ
レイヤーは楽しい。これもキャンペーンの旨みのひとつだな」
「うーん、マスターが楽してプレイヤーが楽しめる。まるで夢のような話ですね」
「まあ、このやりかたでも、今回のような先にシナリオがある場合でも、キャラクターの性格を把握できていないと意味がない。
つまりは、どのようにしてキャラクターをシナリオに参加させていくか。その管理ができていないと、声の大きなプレイヤーばかりが活躍する、他の人にとってつ
まらないシナリオになってしまうかもしれない」
「それが、キャラクターの管理ということなんですねぇ」
「だがな、これだけは忘れるな。
どれだけの洞察力を持ってしても、ゲーム中に何が起きて、キャラクターがどう動くかなんてものは、その時になってからでなければわからん。前もって、頭で考
えていたことなど、その場のノリでまったく役に立たない展開となることだってありうる。俺自身、その様な経験は何度もある。
その時は、その場、その瞬間に感じた自分の直感を信じろ。
プレイヤーの表情と、その場のノリを、頭ではなく心で受け止め、考えずに感じるのだ。
その瞬間のプレイヤー本人の反応こそが、これからのゲーム展開をどのようにすればいいのかの、最高の判断材料なんだからな。
その場の雰囲気を無視して、シナリオや自分の考えに固執するようでは、プレイヤーと一体となってストーリーを作ることなんてできはしないぞ」
「わかりましたっ、先輩!」
「とはいえ、やはり前もってキャラクターの個性に合わせて、シナリオの展開を予想しておく事は非常に大切なことだ。
たとえ、それが本番では役に立たなくなってしまったとしてもな」
「はいっ!
先輩の言葉、心に刻み込んで、次のゲームに挑みますっ!」
「その意気だ。
じゃあ、また来週な」
「はい、ですぅ。
う〜ん、なんか燃えてきたですぅ」