1,それは誰がための原則
待ち合わせ時間の十分前に、いつもの喫茶店に到着したY先輩。
「あれ?
さゆりちゃん。もう来てるな……ん?」
よく見ると、さゆりちゃんは大好きなブルーベリーパフェも頼まずに、珍しくコーヒーなんかを飲んでいる。
それに、なんとなく元気がないように見える。
「どうしたんだろ?」
おそるおそる近づく、Y先輩。
気配に気づいたらしく、顔を上げるさゆりちゃん。
「あっ、先輩……」
やはり、いつもの元気がない。
「よう、ひさしぶり。
どうだった、キャンペーンシナリオの三回目は」
さゆりちゃんの前の席に座って、ブレンドコーヒーを注文するY先輩。
「……」
さゆりちゃんから答えが返ってこない。
「どうかしたのか?」
「……」
「なにか、ヘマでもしたのか?」
「そんなんじゃないですぅ〜
なんだか、私……もうゲームマスターを続ける自信が無くなっちゃって……」
泣き出しそうな顔で、やっと答えてくれたさゆりちゃん。
「嫌な予感がしてたんだが、的中してしまったようだな。
で、いったいどうしたんだ?
話してみろ」
さゆりちゃんは、ぽつりぽつりと前回のゲームのことを語った。
「ふーむ。だいたいの話はわかった。
つまり、その魔法使いのプレイヤーが言うには、情報を特定のプレイヤーだけに渡すのは公平ではないというんだな」
「そうなんですぅ。
マスターの好みで、情報を与えるのを差別してるんじゃないかって、そんなことを言うんですぅ。
わたし、そんなつもりはなかったのに……」
「ああ、ただ、俺の前回のアドバイスを参考に、プレイヤーの個性に合わせて情報を選択したんだと……そう言いたいわけだな」
「そうですぅ。
別に差別とか、そんなつもりはなかったのにぃ〜」
「だが、よくよく考えてみると。気づかないうちに、自分のプレイスタイルにあったプレイヤーに対して、ひいきをしていたかも知れない。そのことで悩んでいるわ
けだな」
「はい……前回は、先輩がアドバイスしてくれた通りだったから、気にしてなかったんですけど。
今回は、自分でシナリオ展開を考えたから……
そうやって、プレイヤーさんに指摘されてみると、思い当たるところがあって。わたし、自分では公平にマスターをしているつもりだったのにぃ」
「『ゲームマスターは公平であれ』
RPGの基本原則のひとつだな。
多くの権限を与えられている、いわば審判の役割をするマスターが、不公平で、えこひいきをするような人間だったら、そのゲームはまるで話にならない。
そんなものが楽しいはずがない」
「つまり、私はゲームマスター失格ってことですかぁ?」
「いや、そう結論を急ぐことはない。
確かに、マスターが公平であれというのは守るべき正しい原則のひとつだ。だが、それはあ
くまで理想であり、単なる心構えでしかないと、俺は思っている。
それに、マスターが常に公平であるか否かを問われれば……
俺を含め、厳密にはそうとは限らないと言える」
「ええっ?
どうしてですぅ」
「例えばだ。
ヒットポイントが残り少なくて、一度攻撃を受ければ死んでしまうキャラクターと、まだまだ元気なキャラクターがいたとする。
戦闘は、まだ序盤の雑魚との戦闘。
運悪く、死にかけているキャラクターと元気なキャラクターに、怪物が襲い掛かってきた。
敵の反応を決めてみると、死にかけているキャラクターを攻撃することになった。かなりの確率で攻撃は命中し、そのキャラクターは死ぬことになるだろう。
もし、きみがゲームマスターだったら、そのまま死にかけているキャラクターを攻撃するかい」
「うーん……攻撃が命中しても外れたことにするか、元気なキャラクターを攻撃することにすると思います」
「それは、公平かな?」
「えっとぉ……」
「要は、どんなゲームをみんなが求めているかが問題なんだ。
順を追って話すぞ。
まずは、なぜ、きみは死にかけているキャラクターを攻撃しないのかだ」
「だって、まだ序盤の戦闘なのに、死んだりしたら可哀想ですぅ」
「可哀想という言葉には、ちょっと引っ掛かるが……まあ、それは後に回そう。
とにかく、序盤の雑魚との戦闘でキャラクターが不幸にも死んでしまう。これは、そのプレイヤーにとってはつまらないことであり、まわりのプレイヤーにとって
もおもしろいことではない。マスターとしても、プレイヤーを殺すための戦闘と意識していないのなら、無意味にキャラクターが死ぬのは望む結果ではないだろう。
よって、そのキャラクターは生かされる。マスターの配慮によってね。
最近のRPGの楽しみ方の主流となっている、ドラマチックなストーリーを皆で楽しもうという目的に、この不幸な死はそぐわないという結論からだ。
だが、死にかけたキャラクターの代わりに攻撃を受けてしまったキャラクターのことを考えてみよう。
このキャラクターは今まで、頭を絞って効率良く戦い、自分の所持金を使って良い装備を持ち、手持ちのなけなしのアイテムを使って、ここまで元気な状態で戦い
続けてきたのかもしれない。
一方、死にかけているキャラクターは、無謀な戦闘ばかり続け、後でもっと良い装備を買いたいと思って所持金を貯め込み、もったいないからといってアイテムを
使わずに、そのおかげで死にかけているのかもしれない。
二人が、このような状況だったとしても、まだきみは元気なキャラクターを攻撃するかい」
「え〜、それは……元気なキャラクターの人は、せっかくがんばってプレイしているのに、無謀なことをしている人のせいで、自分が攻撃されたら嫌だろうし……
うーん、うーん」
「ちょっと、意地の悪い質問だったかもしれないが。現実にありうる状況を説明したつもりだよ。
どんなゲーム……将棋や野球なんかでも、上手な人と下手な人、慣れている人と慣れていない人がいる。RPGだって、もちろんそうだ。
さっきの例でも、元気なキャラクターのプレイヤーはゲームが上手い人で、死にかけているキャラクターのプレイヤーは、まだ初心者で慣れていない人なのかもし
れない。
もちろん、だからと言って、せっかく上手いプレイをしているキャラクターが攻撃されて良いということにはならないだろう。
しかし、もっと突き詰めて考えてみよう。
死にかけているキャラクターが、攻撃を受けて死ぬ。
プレイヤー達は、ああ、マスターは公平にマスタリングをしているな、と思うだろう。そして、不幸にもキャラクターが死んでしまったプレイヤーは、がっかりす
る。自分のキャラクターが死んでおもしろいはずがないからな。
だが、死にかけているキャラクターを攻撃せずに、元気なキャラクターを攻撃して、元気なキャラクターが致命的ではないダメージを受けた。よくあることであ
り、誰も気にはしないだろう。ゲームはそのまま進む。
二つを天秤にかけてみて、どちらをマスターが取るかが問題なんだ。
キーポイントは、この戦闘が序盤の雑魚との戦闘。いうなれば、なんてことのない戦闘だということだ。
このような戦闘で、キャラクターの一人を殺して、何か益があるだろうか。
それとも、ここでキャラクターを生かしておいたほうが、益となるだろうかと、天秤にかけて判断するわけだ。
ここでの益というのは、みんなが楽しんでくれるかどうかということだぞ。
答えは、そのテーブルの数だけあるだろう。
プレイヤー達が、シミュレーションのような厳密な戦闘が好きで、マスターもそのようなゲームを求めているなら、死にかけているとはいえ、そのキャラクターへ
攻撃をしてダイスの目に従うだろう。そのキャラクターが可愛そうだなんて事は考えもしない。そんなことで、そのキャラクターへの攻撃をためらっていて、そのこ
とをプレイヤーたちに気づかれたら、厳密で緊迫感のある戦闘を望んでいるプレイヤー達は興醒めしてしまうからな。
そして、このようななんでもない戦闘でキャラクターが死ぬことにより、プレイヤーたちの緊張感は増すことにもなる。つまりは、キャラクターの死は全体の益と
なるわけだ。
だが、プレイヤー達が、みんなでそろって最終目的まで達しようと努力して、そのことを強く望んでいるのなら、途中でキャラクターが死ぬことは、みんなの志気
をさげることにもなってしまうので、よしたほうがいいだろう。
もちろん、そのような采配はプレイヤー達には気づかれないようにするのが鉄則だけどね。
また、プレイヤー達が、偶発的な筋書きの無いドラマをRPGに求めているのならどうするだろうか。
キャラクターは殺すべきだろうか、殺さないべきだろうか。偶発的に、キャラクターの一人が死んでしまうような近未来物や、ホラーだったら死んだほうが世界観
的にはあっているだろう。一方、ヒーロー性の強い、ファンタジーやスペースオペラだったりした場合は、話の途中で脈絡もなくキャラクターが死ぬのはうなずけな
いものだろう。
さっきも言ったように、皆が楽しめるゲームのために、マスターは自分の配慮で事実を曲げたり、事実にしたがったりする。
では、事実を守るほうが公平で、事実を守らないほうが不公平なゲームマスターと言えるだろうか?」
「えっと……」
「俺が思うに、それは違うはずだ」
「だとすると……公平なマスターって……」
「俺の答えは、『両方とも同じ意味で公平なゲームマスターである』だな」
「同じ意味で?」
「そうだ。この二つのマスターのタイプは、結局は同じ目的で事実を守るべきか、曲げるべきかを判断している。
それは、皆が公平に楽しめるかどうかだ」
「みんなが公平に楽しむ……」
「俺が言いたいのは、マスターに必要とされる公平さというのは、敵の攻撃を受けたキャラクターを殺すか殺さないかなんていう些細な公平さではなく、プレイヤー
全員をゲームマスターが楽しませようとしているかを言いたいのだ。
マスターが、皆に楽しんでもらいたいと、常に思って判断し、行動しているなら、そのマスターは公平であると言える。
つまり、そういう意味でこそ『マスターは公平であれ』という、言葉は生きてくる。
と、まあ、俺はそう考えているわけだ」
「なるほどお」
2,みんなで幸せになれば?
「……と、くどくどと説明してきたが、答えは実に単純なことだ。ほとんどのマスターは、これを無意識のうちに守っているはずだしな」
「じゃあ、わたしはどうなんですぅ」
「もちろん、きみだって公平なマスターのはずだ。
この間のシナリオだが、だいたい予想はできてる。
積極的な騎士を魔剣の持ち主にして主役において、シナリオにあったアドバイスどおり、疑い深い魔法使いには当り障りない情報のメモを渡したんだな」
「はい、そうですぅ」
「あのシナリオは、プレイヤー間の情報を限定するっていう、特殊なタイプのシナリオだから、マスターするときは注意がいるんだ。前もって、話しておかなかった
俺のミスなんだが。
きっと、重要な情報を手にした騎士はどんどん積極的に行動して、騎士の行動を疑問に思った魔法使いは、騎士と対立し始めたんだろう。
聖堂戦士とグラスランナーは、二人の対立なんか気にもしないで、マイペースでプレイをしていた。そんなところか」
「よくわかりますねぇ」
「結局、騎士だけが情報を独り占めして、謎はすべてわかったと一人で満足して、魔法使いは謎が解けないまま不満のうちにゲームが終了したというところだな」
「そうですぅ」
「きみは、みんなの役割を考えて、情報を与えたんだろ。積極的なキャラクターにはシナリオの中心になってもらって活躍してもらい、疑い深い魔法使いにはお互い
の疑惑を高める役をやってもらおうと。
だが、それが行き過ぎてしまった。
活躍どころか、独走になってしまい……
疑惑どころか、対立になってしまった……」
「それで、騎士のプレイヤーさんと、魔法使いのプレイヤーさんが口喧嘩を始めちゃったんですぅ」
「たくっ、困ったものだな」
「他の人は、みんなマイペースだから、誰も止めてくれないし……渡し、どうしたたらいいのかと思って」
「でも、とにかくきみは騎士のプレイヤーだけを楽しませたいから、騎士に情報を与えたのではなく、みんなが楽しめるように考えて情報を与えた。
それには間違いないんだな!」
「はい!」
「だが、それが裏目に出た、と」
「はい……ですぅ」
「なら、何も悩む必要はないじゃないか。
単にきみの思惑が外れたから、魔法使いのプレイヤーは公平じゃないなんて怒ったんだ。
別に、きみが公平なマスターをしなかったわけじゃない。
それに、自分の思惑が外れて、予想どおりのゲームにならなかったことなんて、いちいち気にしてたらキャンペーンなんてやってられないぞ」
「でも……」
「RPGなんて、競いあうものではないんだから、その回がうまくいかなかったからって、そんなに気にする必要はないんじゃないのかな。
特に、君がやっているのはキャンペーンだ。また、同じプレイヤーとキャラクターとゲームができ、挽回のチャンスがあるってことだよ。
それはとてもすばらしいことだ。
マスターたるもの、次こそは、もっとおもしろいものを、というぐらいの気持ちがなくちゃ駄目だぞ」
「それは、そうですけどぉ」
「きみに、プレイヤーを楽しませようとする心さえあれば、何度だってやり直すことができるんだ。
ただ、大切なのは、たとえ三人が楽しんでいても、一人がつまらないと思っているようでは
駄目なんだ。
たしかに、全員を満足させるのは難しいかも知れない。
だが、ゲームを楽しもうと思っているプレイヤーに対して、楽しんでもらうようにマスターが努力しないことは、それは本当の意味での不公平なマスタリングであ
り、そんな人にはゲームマスターの資格はないと思う。
今回、きみは皆に楽しんでもらおうとした。
プレイヤーも楽しもうと思ったんだが、ちょっとした食い違いがあって、全員が楽しいゲームにはならなかった」
「はい……そうです」
「でも、お互いが目指しているものは同じなんだ。
ゲームマスターとプレイヤーは敵同士ではない。一緒に楽しもうとする仲間なんだ。
魔法使いのプレイヤーだって、一緒に楽しみたいから、きみにそんなことを言ったんだろう。それは仲間である、きみに対してのアドバイスであり、要望だと思わ
なくちゃ。
もっともっと、きみと一緒にゲームを楽しみたいから、そんなことを言ってくれるんだ。つまらないのなら、そんなことを言うより一緒にゲームするのを止めたほ
うが手っ取り早いからな。
つまり、期待されてるってことだ」
「そうでしょうかぁ〜
それにしても、今日の先輩は、何か優しいですぅ」
「やれといっておいて悪いんだが……あのシナリオは実験的すぎて、あまり万人向けじゃないからなぁ。しかも、そんなシナリオだっていうのに、前回、俺がゲーム
の前にアドバイスしとかなかったんだから、きみがミスをした原因は俺にあるだろう。まったくすまないと思っているよ」
「そんなぁ、私がまだまだ未熟なだけですぅ」
「……どうしても長くキャンペーンをやっていて、毎回、同じプレイヤーとキャラクターを相手にしていると、マスターは慣れでマスタリングをするようになってし
まう。依頼はこのキャラクターに、情報はこのキャラクターに、ヒロインはこのキャラクターに……といった具合に、ゲームがスムーズに展開するように、自分のな
かでキャラクターの役割を作ってしまうんだな」
「前回の話にも出てきましたね」
「うむ、それはそれで間違いではないのだが、それでもマスターは、
『もしかすると、プレイヤー自身はマスターの考えている役割分担に不満を感じているのでは』
という疑問は常にもっていなくてはならない。
時には、前回の説明のように、あえて普段とは違った役割分担のゲームをプレイしてもらって、その様子を見てみたりなどしてね……」
「そうなんですか?」
「そうだよ、だって、もしもプレイヤーがマスターが決めた、今の自分の役割に不満を感じていて、他のプレイヤーの役割を羨ましいと思っていたら、どうだい?」
「あ、それだと、マスターを不公平だと感じるかも……」
「その通り。だから、マスターは常に疑問を持ってなくてはいけない。表面上はスムーズでおもしろいゲームに見えても、人の内面まではなかなかわからないもの
だ。
所詮、マスターが決めた役割なんて、どこか自分に都合良いようにしている可能性が高いものだ」
「無意識のうちに、仲の良い話の合うプレイヤーを主役にしてしまうとか、やってないとはいいきれませんものね」
「うむ、それを自覚しているだけ、まだきみは救いがある。
特に、これはマスタリングの巧いマスターに気を付けてもらいたいね。自分のテクニックに溺れて、最も基本的なことを忘れてしまっていることもあるかもしれな
いからな。
コンベンションなどのマスターで、同じサークルや常連の知り合いにばかり話を合わせて、初顔合わせのプレイヤーのことはお座成りに扱うなんてひどいのもいる
が、そんなやつは論外だな」
「全体のゲームとしてはうまくいっても、個々のプレイヤーとしては不満に思うゲームもあるということですね」
「うん、ここまでくると、ちょっと上級な問題だけどね」
「わたしは、まだ無事にゲームを終わらせられるかだけで精一杯ですから」
「なになに、どちらにしても、突き詰めればプレイヤーに楽しんでもらうにはどうしたらいいか、という問題なんだけどね」
「そうですね」
3,ここは一肌脱ごうじゃないか
「……それで、どうする?」
「え? なにがですぅ」
「マスターをやめるのか?
やってく自信がなくなったんだろ。マスターなんて、無理してやっても面白いものじゃないからな」
「えっ、えっ……
それが、なんだか。
先輩の話を聞いていたら、ここでやめちゃったら、魔法使いのプレイヤーの人には、ずっと誤解されたままなのかなぁ、とか思っちゃって……そんなのイヤだなっ
て……」
「じゃあ、続けるか?」
「でも、なんだかやりづらいですぅ。
私、先輩みたいに、物事をきっぱりと割り切れないから……」
「あのキャンペーンのメンバーを相手に、マスターするのが抵抗あるってわけか」
「結局、私が失敗したことには変わりないんだし。それで、みんなが楽しめなかったんでしょ。
それは、私の責任ですし。
なんだか、それが気になって。今までみたいに楽しくゲームができないような気がして……
あ、でも、でもっ! このままやめるのは、絶対にいやですぅ」
「ふーむ。
(これは、こまった。思ったより、悩みの根は深いようだ。
本当なら、自分からやりたくなるまで、マスターから遠ざかるというのが、一番の治療法なんだが、キャンペーンを途中で休むと言うのはプレイヤーにとっても、
マスターにとっても悪影響だ。
せっかくの初めてのキャンペーンゲームが、こんなふうに終わってしまっては、さゆりちゃんもかわいそうだし。なにより、さゆりちゃんも本心ではゲームをやり
たがっている。ただ、心に引っ掛かるものがあって、もう一度マスターをやるきっかけがつかめないだけだ。
となれば、ちょっと気分転換に……)
よーし、次回のマスターは俺がやろう!」
「えぇ〜!」
「どうした、俺がマスターじゃあ、不満だって言うのかぁ?」
「いえ……そういうわけじゃあ」
「きみのやっているキャンペーンは、話が毎回完結するタイプのものだから、マスターが途中で入れ代わったって、なんら問題はないだろう?」
「そうですけどぉ〜」
「なにも、きみのキャンペーンを乗っ取ろうってわけじゃあない。ただ、きみのキャンペーンのプレイヤーとキャラクターを借りて、俺がマスターをしようというだ
けだ。
それなら、いいだろう?」
「は、はい、ですぅ……」
「よし、きまった!
それでだ……きみには、そのゲームのサブマスターをしてもらおう」
「サブマスター?」
「本来は、戦闘ルールの細かいゲームやNPCが多く出てくるシナリオなんかで、マスターの手助けをして、マスターの代わりに判定の処理やNPCの管理をしてく
れる人のことを言うんだが……
今回のきみの役目は、ひとりのNPCを演じてもらうだけでいい」
「NPCを演じる?」
「そうだ。シナリオで、最も大事なNPCだ。それも女性でね。
実をいうと、その役はPCにやってもらうべきものなんだけど、今回は特別にきみにプレイしてもらう。
その代わり、他のPCをゲームに引き込むような木目細かな演技をお願いしたいんだが、どうだろう?」
「上手くできるかどうかわからないですが、先輩が言うなら、やってみるですぅ」
「よーし、わざわざNPCひとりにサブマスターを使うとは、なかなか豪勢なゲームになりそうだな」
「豪勢なゲームって、そんな……」
「じゃあ、さゆりちゃんは先にシナリオを読んでおいてね」
「えっ、シナリオを読んじゃっていいんですかぁ」
「サブマスターとはいえプレイヤーとは違うんだから、もちろん構わない。
ただ、シナリオの展開や他のNPCは全部俺がやるから、きみはシナリオよりも、俺のマスタリングに従わなくてはならない。要は、そのNPCの役割や性格をシ
ナリオで読んで勉強しておき、あとは普通のプレイヤーのように演じてくれればいいってわけさ。
シナリオを知っているから、謎解きなんかには参加できないけど。やってみると、結構おもしろいと思うよ」
「はい」
「じゃあ、来週プレイをするから、それまでによく読んでおくように。マスターするのは、俺だからアドバイスの必要はないな。ちなみに、やってもらうNPCは酒
場の一人娘マリーだから」
「わかりましたぁ」
「じゃあ、また来週。シナリオ読んどけよ」
「はい、ですぅ」
さて、大きな障害に出会ってしまったさゆりちゃん。
そして、柄にもなく責任を感じて、なんとかさゆりちゃんの力となろうとするY先輩。
果たして、二人の運命は如何に。
そして、Y先輩の秘策は功を奏するのであろうか……
次回を待て!!
※)さあ、さゆりちゃんと一緒にシナリオを読もう!(シナリオ「勇気ある決断」へ)