1,先輩のゲームと失敗
「ふ〜っ、おわった、おわった。
まったく、喉が渇いちゃったよ。マスターやってるとジュースを飲んでる暇もないからな」
ゲーム終了後、いつもの喫茶店に入り、アイスコーヒーをうまそうに飲むY先輩。
さゆりちゃんは、ぼーっと放心したような顔をしている。
「どうしたんだ、ぼけっとして?」
「えっ、は、はい!
あのぉ、今日のゲームを思い出してたんですぅ」
「うん、まあ俺としては、なかなかの出来だったと思ったが、さゆりちゃんの感想は?」
「とってもよかったですぅ〜
みんなもおもしろかったって言ってたし、私、こんなにゲームに感情移入したのは初めてでした」
「そうか、なら良かった。ところで、今回のゲームの成功した理由は何だと思う?」
「うーんと、私は先輩の語り口の上手さとか……自然な誘導とか……
あと、シナリオにないプレイヤーの行動に、素早くアドリブで対処できたからだと思います。わたしは、シナリオを知っているから、先輩がどこでアドリブしてい
るのかはわかったけど、たぶん他のみんなはどこまでがシナリオで、どこまでがアドリブなのか気づいてなかったと思いますよ」
「たしかに、俺のマスタリングもひとつの理由だとは言えるが(照れくさそうに)、それだけでは、今日のようなゲームはできないぞ」
「じゃあ、他にどんな理由があるんですぅ」
「簡単だ。みんなの協力があってこそ、今日のゲームは成功したのだ!」
「え〜、なんかそんな当然な言葉、先輩らしくないですぅ」
「何をいってる。俺はRPGにおいて、最も重大なことを言ってるんだぞ」
「でも、そんなの当たり前ですぅ」
「そう、当たり前だ。
だが、当たり前だからこそ重要であり、そして忘れられがちなことなのだ。今日のゲームでもそのことは言える」
「でも、今日のゲームは成功したって、先輩も言ってたじゃないですかぁ」
「成功したと言っても、完璧だったとは言ってない。俺の目から見れば、反省点など、いくらでも見つかるぞ」
「へえ〜〜」
「今回、きみは本来プレイヤーがやるべきライナスに関るキャラクターを、サブマスターとして演じるという特殊な立場にいたわけだが……今回のゲームを見て、な
にか感じたことはないかな」
「ええ〜、私はマリー役を演じるのに頭がいっぱいだったし……
先輩のライナスの台詞が真に迫っていたせいで、つい役になりきっちゃって、まわりのことなんか気にもしてなかったですぅ」
「サブマスターであるきみが、そんな調子じゃあ困るなぁ。それでも、みんなが協力していたと言えるのかい? まわりに目がいかないほど、自分のことだけを考え
ていたのに」
「えっ、そんなぁ〜」
「今回のシナリオで俺が問題だと感じたことは、きみがはしゃぎすぎていたところかな。サブマスターであるきみが出しゃばりすぎて、他のプレイヤー達がかすんで
しまっていた。これでも、きみはみんなが協力していたと言えるのだろうか?」
「そういわれれば、そうですが……
でも、サブマスターとしては、いまマリーがどう思っているのかを、みんなに伝えておかないといけないと思って……
それに、先輩がわたしが何かを言わなきゃいけないような場面をいっぱい作るから、ついそういうふうになっちゃったんですぅ……
でも、マスターがでしゃばりすぎて、プレイヤーさんが活躍できないんじゃあ……そのゲームは失敗ですよね……しょぼん」
2,マスターならぬ身に耐えられるか?
「まあまあ、落ち込まないで。ちょっと意地の悪い言い方だった。別に、俺は本気できみを責めているわけじゃないんだ。
ただ、きみが悩んでいた問題の解答が、今日のゲームで見つかればと思ってね」
「どういうことですぅ?」
「今日、きみがやったようなサブマスターというのは不思議なものでね。シナリオはわかっているのに、細部ではどのような展開をするのかはわからない。
しかし、サブとは言え、マスターなのだから、プレイヤーを楽しませなくてはいけないし、かと言って、メインのマスターは自分ではないから、シナリオの展開を
自分なりに変えることもできない。
実際、とてももどかしい立場で、俺だったら、あまりやりたくない役割だな」
「……そんなのを私にやらせていたんですかぁ〜、ひどいですぅ」
「まあまあ、でも、その代わり実りは多いと思うよ。
サブマスターは、マスターとプレイヤーの中間に立っている。そこからゲームを見れば、いろいろなことが見えてくるはずだ。
マスターをしていてはわからない、プレイヤーの感情。
プレイヤーをしていてはわからない、マスターの思惑。
この二つの立場が、これだけ離れているものかと実感できるはずだ」
「そうですね……今回のシナリオは、特にプレイヤーの思惑がシナリオの都合で外されることが多いですから」
「わるかったね、出来の悪いシナリオで」
「でも、プレイヤーとマスターでお互いにゲームに対して考えていることが、こんなに違うも
のかってことはわかりました」
「うむうむ、けがの功名ってやつかな」
「それで、さゆりちゃんはその中間に立っていて、いったいどんなことを思って今日のゲームをしていた?」
「やっぱり、サブマスターなんだから、プレイヤーのみんなにマリーの考えていることを知ってもらいたいと思ってプレイしてました。マリーの性格をみんながわ
かってくれれば、ゲームがおもしろくなると思ったからですぅ」
「それは、正しい判断だ。
こういうシリアスなシナリオは、プレイヤーに登場人物をどれだけ理解してもらえるかが大事だからな。それから?」
「……でもぉ、いま考えると、それがいき過ぎてたような気がします。他のプレイヤーの人は、私が出しゃばりすぎたせいでゲームに参加しづらかったのかもしれま
せん。
でも、それは……マリーの役を演じるのが楽しくて、ついつい……」
「きみは、マリーの役が楽しくて、ついそうなったと言ったな」
「ええ、だって彼女はこのキャンペーンの第一話目から出てくるキャラクターだから、私も愛着があって。それに、性格も私が共感できるところが多いしぃ」
「なら、もしも、きみがサブマスターとして演じる役がマルコムのような憎まれ役だったら、どうする?
それとも、行動の多くを制限されている囚人や、鎖につながれた動物だとしたら?」
「そっ、それは何か嫌ですぅ」
「普通のマスターとしてならできる役の憎まれ役も。今日のようなサブマスターで演じるとなるとやりたいものではない。この差は何だと思う」
「それは……マスターだったら、いろいろな役ができるから、憎まれ役でも怪物でもいいですけどぉ。でも、今日のようなサブマスターだと、一つのシナリオで一人
のキャラクターしか演じられないから、やっぱりやっていて楽しいキャラクターがいいんだと思いますぅ」
「つまり、マスターは何役もこなすのだから、いやな役でもやらなくてはならない。言い方を変えれば、プレイヤーを楽しませるためなら、どんな役でもやるってこ
とだ。
だが、今回のサブマスターやプレイヤーは違う。できる役は一人きりだから、なるべく自分がやりたいようなキャラクターをやる。つまり、自分が楽しめるキャラ
クターをやりたいというわけだ。
マスターはゲームを楽しくするために、プレイヤーに協力してもらいたいのだが、プレイヤーは自分が楽しむのに頭がいっぱいでそのことに気づかない。
プレイヤーは、楽しみたいからマスターに協力をしてもらいたいのだが、マスターはゲームを楽しくするのに頭がいっぱいで、そこまで気がまわらない。
そこからプレイヤーの思惑と、マスターの思惑が食い違い、誤解を生まれることがある。前
回の魔法使いのプレイヤーのようにね。
きみが、今日のゲームで、まわりのことに目がいかなくなってしまったこと。自分ではプレイヤーのことを思ってやったことなのに、それが裏目に出てしまった。
前回での情報の割り振りのときと同じ失敗をしたわけだ」
「そうですね……」
「マスターとしての楽しませる行動。
プレイヤーとしての楽しもうとする行動。
マリーをしっかり演じて、プレイヤーにシナリオを楽しんでもらおうというのが、きみの思惑だったが、結果はマリーが活躍しすぎて、プレイヤーに参加しにくい
ものとなってしまった。
同じゲームの中で、同じ目標を目指しているのに、なぜか食い違ってしまう。それは、サブマスターとしてのきみ個人ですら、思惑と行動が食い違ってしまうほど
に微妙な問題だ。
サブマスターとして、みんなを楽しませようとするマスターとしてのきみと、一人のキャラクターを演じるプレイヤーとしてのきみというわけだ。
これが他人同士で、立場も違うプレイヤーとマスターとなれば、なおさらだ。もちろん、プレイヤー間にだっていえることだね」
「だったら、どうしたらいいんですぅ?
先輩の話を聞いていると、マスターがプレイヤーを楽しませることなんて無理みたいじゃないですかぁ」
「それでも、RPGは楽しいと言っている人はたくさんいる。俺だってその一人だし、きみだってそうだろう。この事実を忘れてはいけないな」
「はい……でもぉ」
「すべてにおいて完璧なものを目指すのは、とても無理な話だ。だが、不満だった部分を補うほどに楽しかった部分が大きければ、やっぱりRPGは楽しいものだと
いうことになるだろう?」
「そうですね」
「ほんの些細な不満もないゲームをするなんて無理な話だが、不満もあるけれど、それ以上に
楽しかったというゲームならば十分に可能だ。
前回のゲームで、魔法使いのプレイヤーは、情報をマスターの選んだ個人のみに渡すというマスタリングのおかげで、最後で謎が解けなかったことを強く不満に
思った。そのため、感じた不満をきみに言ったんだ。
一方、騎士のプレイヤーは、他人より多い情報を手に入れ、謎解きをする楽しみと活躍する場を独占した。
魔法使いは不満の多いゲームであり、騎士にとっては不満の少ない楽しいゲームだったわけだ」
「はい……」
3,神ならぬマスターに完璧を求めるのは
「そして、今回のゲームでは……きみのサブマスターは、マリーを演じるのを楽しんだ。
一方、プレイヤー達は、きみが活躍しすぎてゲームに参加しづらかった。
俺のゲーム前の思惑では、このシナリオのメインキャラクターであるマリーをサブマスターのきみに演じてもらって、プレイヤーたちにマリーの性格を強く印象づ
けようというものだった。
だが、実際には、きみの思わぬ熱演により、マリーがプレイヤーよりも目立ってしまう結果になった。
活躍できなかったプレイヤー達にとっては、不満の残るゲームとなったろう。
こうなったのは、俺がきみに期待していたことと、きみの行動に食い違いがあったからだ。きっと、そのことをプレイヤーたちはそれに不満を感じたことだろう。
これは俺のミスだったな」
「へ〜、先輩でも、失敗することがあるんですねぇ」
「あたりまえだ。
さて、そこで話を最初に戻すぞ。
最初、きみも言っていたが、今回のゲームをみんなは満足していたそうだな?」
「はい」
「俺は失敗したのに、なんでだろうな」
「だって、他にもいっぱいよかったことがあったからですぅ。雨の中のお葬式とか、デュラハンとの戦闘とか、凄く雰囲気が出ていたし……」
「つまり、みんなが不満に思った以上に、満足いく部分が多かった。だから、みんなは今回の
ゲームをよろこんでくれた。そうだろう?」
「そうですぅ」
「じゃあ、さっきの失敗ってのはなんなんだろうか」
「うーん、なんて言うか……ちょっと間違えちゃっただけでぇ……」
「そのとおりだ! その言葉をきみに言って欲しかったんだ!!」
「えっ、えっ……な、なんのことですか?」
「だからさぁ、ちょっと間違えちゃっただけなんだってばさぁ」
「どうしたんです、いきなりニコニコしだして……気味が悪いですぅ」
「なんだとぉっ!」
「ひーん、なんか先輩がこわれてますぅ」
「たくっ、ひとのことを好きに言ってくれて……まあ、順に説明しよう」
「ぜひ、そうお願します」
「ゲームは無数の選択肢が絡み合って、ひとつの形となっている。
その選択肢を一つも間違わずにゲームをするなんて事は不可能だし、それにその選択肢を選ぶのがマスターである自分ではなく、プレイヤーということだってあ
る。
そして、選んでみるまでは、その選択肢が正しいのかなんてわからないことだし、選んだ後だって、その選択肢が最善のものだったかなんて証明できない。
これはわかるな?」
「はい」
「さて、この前のゲームでは、選択肢で魔法使いのプレイヤーが不満に感じるような選択肢を選んだ。それはキャンペーンの中にある、無数の選択肢のたった一つを
誤っただけのことだ。
俺も今回のゲームで、サブマスターを活躍させすぎるという失敗をした。だが、その他の多くの選択肢は良い方向に進めることができたから、ゲームは大部分で成
功した……まあ、多くの正しく選ばれた選択肢の前には、そんなものは些細な問題だということだ」
「ふーん、なんか難しいことみたいだけど、それって当然のことですよね」
「つまりちょっとした間違いなんだよ、さっききみも言ってたろ」
「はあ?」
「この間のゲームの魔法使いが文句を言ってきたってことだって、ちょっとした間違いにすぎないんだよ。そりゃあ、ちょっと大きな間違いだったかもしれない
が……1シナリオではなくキャンペーン全体を通してみれば、なんと小さな間違いだろう……なんて気持ちになれないかな?」
「うーん、そうでしょうか」
「キャンペーンを長く続けるのに必要なのは、小さな失敗を恐れないで、とにかく自分自身が
楽しいゲームをやることだ。いまのきみには、それが不足しているな」
「……そうかもしれませんね」
「きみは、いまのキャンペーンをマスターするのは嫌いかい?」
「いいえ、そんなことないです!」
「オッケー!! じゃあ、あとは失敗を恐れないようするだけだ。きみは、これまで何本ものシナリオをマスターしてきて、みんなを楽しませてきた。それに比べれ
ば、この前の失敗なんてちっちゃいことだよ」
「うーん」
「キャンペーンをマスターするなら、少しぐらい自分に自信をもって、うぬぼれてごらんよ。失敗なんて気にしないで、笑って吹き飛ばせるぐらいじゃなきゃ。実
際、俺は今回きみをサブマスターにしてしまったことなんか、ちっとも悔やんでいないよ。そんなの所詮、小さな失敗だからね」
「ちょっと、まってくださぃ。
私に、マリー役をやらせたのが間違いだったなんてぇ、そんなのひどいですぅ!」
「そうかぁ?」
「だってぇ……もし途中で、私にマリー役をやらせたのが間違いだって気づいてたなら、私があまり喋らないように場面作りをしてくれれば良かったんですぅ。
それなのに先輩ったら、わたしがマリーの台詞を喋らないと話が進まないような場面を作るから、私はついつい喋りすぎちゃったんですぅ。
私だったら、もっとプレイヤーが話の中心になるような場面を作って、マリーはもっと脇役にしましたですぅ」
「ふーむ、なるほどねぇ。たしかに、その通りだな。俺は、マリーの役作りばかり気にしてて、プレイヤーのことを考えてなかったのかもしれない。自分の作ったス
トーリーばかりが表面に出て、プレイヤーが活躍しにくかったのかも」
「わたしは、先輩のシナリオのストーリーを援護するのに忙しくて、ついついでしゃばってしまったんですぅ」
「うーん、もっともっと、プレイヤーに次はどうするかとか聞くべきだったかもな」
「そうですよ〜、マスターはプレイヤーを楽しませるものなんですよぉ。それなのに、マスターのNPCばかりが活躍してちゃあ……って、これはわたしも同罪なん
ですけど……」
「いゃあ、どうも人のキャンペーンに首を突っ込むと、ろくな結果にならないね。やっぱり、あのキャンペーンのマスターは、きみでなきゃ駄目だなぁ〜」
「むむ〜、なんか、うまく乗せられちゃっような気がしますけど……」
「あ、わかる?」
「……でも、わっかりましたぁ!
また、マスターに挑戦してみますぅ。先輩の話を聞いてたら、なんか失敗にくよくよしているより、次はどうやってみんなを楽しませてやろうかって気持ちになっ
てきました」
「うんうん、それでこそさゆりちゃんだ。その勢いで、次回のマスターもがんばってくれ」
「えへへ〜、さっきは生意気を言っちゃいましたぁ。
ごめんなさいですぅ」
「いやいや、実に参考になったよ。
でも、そう言われてみると、次回のシナリオもストーリーばかりが目立ってプレイヤーの活躍しにくいシナリオなんだなあ、これが」
「ええ〜?」
「そこでだ。このシナリオのストーリーをベースとして、きみなりにアレンジして使ってみたらどうだろう」
「私が、先輩のシナリオに手を加えるんですかぁ?」
「今回のシナリオは、もう一度、基本に戻ってシンプルなシナリオだから、改良はしやすいと思うよ……というか、シンプルすぎるので、シナリオ通りにやると
ちょっと短いかも知れない」
「まあ、短いシナリオのほうが、私はマスタリングしやすくていいですけど」
「まあ、市販のシナリオだって、自分に使い易いように改造することがあるんだ。俺のシナリオなんて、どれだけ改造したって罰はあたらん」
「はーい」
「……と言ったわけで、今回も、俺のアドバイスは抜き。きみの判断でシナリオをやりたまえ」
「うーん……そうだ、なら、次回は先輩もゲストとしてプレイヤーをやってもらえませんか?」
「ええっ、なんだって!」
「シナリオは、私なりにアレンジするから大丈夫でしょ。ただし、シナリオの本筋を知っているんですから、一応普通のプレイヤーとは区別しますけど。
先輩なら、その辺のプレイの仕方は心得てるでしょうしぃ」
「ふーむ。大胆なことを考えるなあ。
となると、今日、さゆりちゃんがやったサブマスターよりも、もっとプレイヤー側に近いサブマスターだな……でも、俺、そんな中途半端なのはいやだなぁ」
「いいえっ、先輩には、実際の私のマスターも見てもらいたいし、ぜひお願いします」
「うーん、そう言われると弱い……」
「では、私は、これから家にかえってシナリオを読んでみますから、先輩はどんなシナリオに改造されてるか楽しみにしててください」
「ああ、がんばれよ」
「はい、ですぅ」
※)さあ、さゆりちゃんと一緒にシナリオを読もう!(シナリオ・雨が降ってへ)
勢い良く喫茶店を出ていったさゆりちゃんを見送るY先輩。
「……ま、何にしても、さゆりちゃんが、またマスターをやる気になってくれて良かった。これで、ひと安心だな」
「よっ、たいへんだな。かわいい後輩に信頼されている先輩としては」
「なんだ、おまえも来てたのか」
Y先輩の後ろにあらわれたのは、さゆりちゃんの悩みの原因を作った張本人である、魔法使いのプレイヤーだった。
「今日のゲームは、なんだって、おまえがマスターやってたんだ?」
「いろいろと、深い事情があってね」
「ふ〜ん。まあ、いいけど。
それにしても、今日のさゆりちゃんはノリまくってたな。おまえも、さゆりちゃんばっかりかまっていたし。
まあ、おれたちも、さゆりちゃんが元気なのは見ていておもしろいからいいんだが……あれは、わざとやってたのか?
途中、結構露骨なところがあったけど」
「そんなことは、企業秘密だな。でも、けっこうおもしろかったろ」
「ああ、ああいうシリアスものは、誰かが率先して主役をやってくれると、こちらもプレイもしやすいからな。俺達だって、毎回主役をやりたいわけではないし、た
まには後ろを固める、かっこいい脇役になってみるのもおもしろいものだ」
「それより、おまえ、さゆりちゃんに前回ゲームのことで何か言ったんだって」
「あん? なんのことだ。
俺、なにか言ったかな。全然、記憶に無いが」
「やっぱり、そうだと思ったよ。
プレイヤーは何気なく言った言葉でも、マスターはずいぶんと気にかかるものだ。
結局、さゆりちゃんの取り越し苦労ってわけだ。まあ、それも勉強のうちだが……
なんにせよ、次回が楽しみだな」
「なあ、俺が何を言ったって?」
4,さゆりちゃんのシナリオいぢり
一方、自宅へ帰り、一人でシナリオ改造に臨むさゆりちゃん。
「うーん、なんだか、また悲しいお話ですぅ。
先輩って、何でこんなに悲劇が好きなんだろう。私、悲劇で終わるシナリオって好きじゃないなぁ。
よーし、どうせ改造するなら、最後は私の好きなハッピーエンドになるようにしようっと。
それには、どうしたらいいかなぁ。
うーん、うーん。
ひ〜ん、なんだか頭が痛くなってきちゃったぁ。
まずはシナリオを整理してみて、それから考えてみようっと。
【1】 村の近くにスキュラが住み着いた。
【2】 スキュラと、きこりのロイドは仲が良い。
【3】 行方不明になった村人は、スキュラに食べられてしまっている。
ここまでは、マスターしか知らない情報ですぅ。
次は、シナリオの展開ですぅ。
[1] 村人から噂を聞く。ロイドの人柄についての伏線。マリーのキノコシチューの伏線。
[2] 村人から行方不明になった村人(スキュラに襲われた)を探すよう依頼が来る。
[3] キノコを取りに行って、マリーも行方不明になる。プレイヤーへの引き。
[4] マリーはロイドに助けられる。ここで、プレイヤーとロイドが出会う。
[5] ロイドについての調査。マリーが森で聞いた歌と、ロイドの鼻歌の一致。
[6] スキュラのすむ沼で、ロイドが歌う。
[7] スキュラとプレイヤーの対決。
[8] ロイドの決意と、スキュラの行動。そして、エンディング。
整理してみると、項目は意外に少ないですねぇ。八つしかないですぅ。
えっとぉ、この中で、私の目指すハッピーエンドを邪魔する項目は……
うーんと、【3】と[1][2][8]ですねぇ。
でもぉ、【3】はシナリオの中心になる事件ですし、[1]も[2]も、シナリオから外せない重要なイベントだし……
あっ、そうか!!
じゃあ、思い切って【3】の事件をハッピーエンドで終わるような事件にすりかえちゃえばいいんですぅ。
うーんとぉ……やっぱり、わたしは人が死んじゃうのは嫌だなぁ。でも、スキュラは怪物だから、食事のために人を襲うんですよねぇ……って、ここですぅ!
ここがだめなんですぅ。
スキュラが人を襲うという設定をやめてぇ、ロイドがスキュラの食べ物を運んでることにすれば……うん、これだったら、人は襲われないですみますぅ。
そして、村の人たちが行方不明になる代わりに、誰かが森でスキュラを見つけたことを中心の事件にして、それで村人さんたちから冒険者に怪物の調査を依頼する
んですぅ。
わーい、何かいい調子ですぅ。
じゃあ、さっきの整理したメモを書換えてみようっと……
【1】 村の近くにスキュラが住み着いた。
【2】 スキュラと、きこりのロイドは仲が良い。
【3】 スキュラはロイドから食べ物をもらっているので、人を襲ったりはしない。
[1] 村人から森で怪物に会ったという噂を聞く。ロイドの人柄についての伏線。マリーのキノコシチューの伏線。
[2] 村人から森に住んでいるらしい怪物の正体の調査依頼が来る。
[3] キノコを取りに行った、マリーが帰ってこない。プレイヤーへの引き。
[4] マリーはロイドに助けられる。ここで、プレイヤーとロイドが出会う。
[5] ロイドについての調査。マリーが森で聞いた歌と、ロイドの鼻歌の一致。
[6] スキュラのすむ沼で、ロイドが歌う。
[7] スキュラとプレイヤーの対決。
[8] ロイドの決意と、スキュラの行動。そして、エンディング。
これで、スキュラは悪役じゃなくなりましたぁ。
あとは、最後のスキュラとの対決のシーンを考えるだけだけど……
スキュラがロイドのためを思って、逆に彼に襲い掛かるというシーンは好きだから消したくないんだけど、これってスキュラが悪役じゃないと、ちょっと不自然で
すねぇ。
スキュラが悪者じゃないとわかれば、それでハッピーエンドになってしまいそうだし……うーん、うーん……そうだ!
このシーンに、村人たちがスキュラを退治しようとやってくるイベントをプラスしましょう。
それでロイドは村人とスキュラの間に立たされて、スキュラの味方をする。
村人たちは、ロイドのことを怪物の味方をする裏切りものだって怒り出す。
村人たちは、スキュラもロイドも一緒にやっつけちゃえって押し寄せる。
そこで、スキュラはロイドのためを思って、ロイドに襲い掛かるんですぅ。
キャラクター達は、そのスキュラの顔が悲しそうなのに気づいて……その後の行動は、プレイヤーしだいですね〜
おっと、このアイデア。忘れないうちに、メモですぅ。
(カキ、カキ)
わーい、完成ですぅ。
う〜ん、なんか自分でやるゲームなのに、結末はわからないだなんて、不思議ですねぇ。
それにしても先輩の作ったシナリオとは、ずいぶんストーリーが変わっちゃったけど、わたしの好きな雰囲気の話にはなってうれしいなぁ。
プレイするのが楽しみでワクワクします〜
これが、RPGのシナリオ作りの楽しさなんですねぇ。
よーし、Y先輩にプレイヤーさんたち、次回のゲームを待っててくださいねぇ〜」