6時限「さゆりちゃん秘伝を聞く」




 ※)今回は、先にシナリオを読んでおこう!(シナリオ・春が来てへ)

1,涙より笑いのほうが難しい

「読み終わったか〜?」
 場所はいつもの喫茶店。
 ただ、時間がいつもとは十二時間ほど違う。つまりは、早朝なのである。
 あくびをかみ殺しながら、ブレンドをすすっているY先輩。
「はい……それにしても、なんだか先輩、眠たそうですねぇ」
「ああ、例の座談会の後、泊まり込みで連中とゲームをやり続けてた。おかげで、徹夜あけだ。明日は仕事だっていうのに……」
「それはたいへんですねぇ」

「で、どうだった。そのシナリオは?」
「珍しく、コメディータッチなシナリオですねぇ」
「コミカルなシナリオは、文章で人を笑わせるのが難しいのと同じで、書くのが非常に難しいんだよな。そのシナリオだって、実際プレイしてみてコメディーになる かどうかは、その時になってみないとわからないぞ」
「まあ、内容が内容なだけに、シリアスな展開になるとは思えないですけどぉ」
「かと言って、それでコメディーにもならなければ、ただのシラケたゲームになってしまう。だから難しいんだ」

「でも、普通のシナリオでも、みんな笑ったりしてますけどぉ」
「それはハプニングによる突発的な笑いや、誰かの言った冗談が受けているだけであって、シナリオによって計画された笑いではないだろ」
「そういえば、そうですねぇ」

「このシナリオでは、最初はややミステリータッチに話を進めていき、クライマックスにはすべての種明かしと同時にコメディータッチのどたばた騒ぎに持ち込めた らと思って書いたんだが。読んでみて、雰囲気はつかめたかなぁ」
「シナリオの雰囲気は、だいたいつかめましたぁ。NPCの性格もわかりやすい人ばかりですしぃ」
「まあ、こみいっているようで、実のところは単純な話だからな。シナリオ全部を通して読んでから、[5,キャサリンの計画]を、もう一度読み直せば、事件の全 貌を完全に把握することができるだろう」

「では、このシナリオについてのアドバイスは何かありますかぁ?」
「そういや、最近はゴタゴタしてたから、シナリオのアドバイスをするなんてすっかり忘れてたなぁ」
「まったくですぅ」
「ふむふむ……とは言っても、さゆりちゃんは飲み込みが早いし、実践して上達するタイプだからなぁ。もっとも、マスターなんてのは、実際にやるのが一番の上達 法なんだが」
「なにを、ぶつぶつ言ってるんですぅ」
「いやいや、こっちのこと。
 よ〜し、今回は、ちょっとした小手先のテクニックを教えてやろう。これを実際に使うかどうかは、きみ次第だけどな」
「は〜い」


2,基本はギャップを演出すること

「では、いつも通り、今回のシナリオを例として説明しよう」
「は〜い」
「今回のシナリオは、さっきも話した通り、二つの雰囲気を持ってプレイするよう作られている。その二つとは、なにかな?」
「えっと、シナリオ前半のミステリー風の話と、クライマックスのコメディー風な展開で〜すぅ」
「はい、正解。
 これは、言うまでもなく、二つの異なる雰囲気のストーリーをくっつけることによって、シナリオのオチを引き立てる、基本的なテクニックだ。この場合は、最後 のコメディーな展開を引き立てるために、前半はシリアスなミステリーで色付けをしてるわけだな」
「テレビのコントとかでもよくありますねぇ」
「そう、例えば葬式のコントがあったとする。最初は、厳格な雰囲気でマジメにやっているのに、だんだんとおかしなところが増えてきて、そしてそれが限界に達し たとき、一気にギャグのオンパレードとなる」
「でも、このシナリオは、最後にしか笑いはありませんですよぅ」
「それはいいんだ。ゲームをしていると、シリアスな話であっても必ずプレイヤーの間では笑いが起きるものだ。それだと言うのに、シナリオにまで設定した笑いの シーンを入れておいたら、最後のオチの笑いがかすんでしまうだろう。シナリオとして、このパターンの笑いを作るなら、最後のオチに行くまではプレイヤーに笑い をおこさせないほどに、シリアスに話を進める必要がある。そうしたとしても、絶対に誰かが冗談を言って笑ったりするはずなんだからな。行き過ぎぐらいでちょう どいいんだ」

「それが、今回のテクニックですかぁ」
「いや、ちがう。問題は、このシナリオのどの部分を強調すれば、最後のオチをおもしろくできるかだ」
「え〜と、それはぁ……前半のシリアスな部分と、最後のコメディーな部分のギャップが大きければ大きいほど、おもしろいと思います」
「その通りだ。つまり、さっきのコントの話でもそうだが、葬式という通常では笑いの無い世界でギャグがおきるというこのギャップに人は笑うんだ。もっとも、俺 だって、こんなことを語る資格があるほど、ギャグの研究をしているわけではないがね。こんなのは、単純な話作りの問題だな」
「じゃあ、そのギャップはどうしたら大きくできるんですぅ?」
「それには、マスターによる演出が必要になってくる」
「マスターの演出?」


3,一歩進んだ演出

「さゆりちゃんがマスターをしていて、自分が演出をしているなと思うところはどこかな」
「NPCのせりふとか、場面の描写とか、聞こえてくる音の口真似したりとかでしょうか?」
「もちろん、それも演出だが……それ以外には?」
「それ以外に……ですか?」
「今回のシナリオをやるには、どんな演出が必要かな?」
「それは、最初はシリアスなんだから、NPCのせりふとかは重苦しい口調で喋ったり……吹雪のシーンとかは、ミステリータッチな描写で伝えたりすればいいん じゃないですかぁ?」
「なるほど、満点に近い答えだ」
「えへへ、ですぅ」
「だが、それだと話を真剣に聞いていないプレイヤーや、そういう雰囲気を理解できないプレイヤーに対しては不完全だとは思わないかな」
「それはそうですけどぉ」

「そういうときには、なによりも視覚がものを言う。いくら話を聞いてないプ レイヤーでも、目は開いているものだからな」
「視覚……つまり、絵とかですねぇ」
「そうなんだ、情景描写をどれだけ細かくしたとしても、プレイヤー各人によってイメージは異なるものだし、それにマスターが伝えたいと思っている情景の半分も プレイヤーが受け止めてくれていないことは、よくあることだ」
「そうなんですか?」
「これは、あまりプレイヤーの経験だけだと自覚するのが難しいから、見落とされがちだけどね」
「私も気付きませんでしたが」

「で、そんなときには、絵や写真で伝えるのが一番だ。口頭での描写とは違って、絵ならばいつでも見ることができるし、文章で伝えるよりも早くて確実だ」
「たしかに、それならすぐにわかりますね。小説でも、挿絵があるとイメージを掴みやすいですね」
「ただ、この方法は準備に手間がかかることが難点だ。普段、シナリオに使えそうな写真や絵をコピーしてストックしておくような習慣があれば、完璧なのだが、そ んなにまめな人は少ないだろう。市販のシナリオには、よく挿絵があるが、それをコピーして手渡すのは、かなり有効な手段だぞ」

「でも、絵とかでシリアスな雰囲気を伝えるのは難しいですよぉ」
「まあ、そりゃあそうか。あまりマンガっぽい絵ではなく、劇画タッチの暗い絵を使うなどすればいいのだが、そのようなものが都合良く手に入るとは限らない し……」
「そうですよぉ」
「よし、それじゃあ、他の演出法を伝授しようじゃないか」


4,嘘に塗り固められたマスタリング

「これまでは、情報を伝えることによる演出だったが、今度は、もっと別の方法によるマスターの演出を教えよう」
「は〜い」
「例えば、前にやったシナリオで情報をメモにして特定のプレイヤーにだけ配る方法があった。あれは伝える情報の内容以上に、情報の限定によるプレイヤー間の不 審感をあおるという演出を目的にしていたのだ。
 このように、ゲームを離れた部分での、プレイヤーに対する演出というものがある。
 今回のシナリオでは、最初はミステリー風なので、プレイヤーにもその雰囲気を味わってもらうべく、白いメモ用紙を手渡してみよう」
「なんで、それが演出なんですかぁ?」
「まあ、慌てない。そのメモ用紙に、あたかも重要な事であるかのようにNPCの名前や、事件の内容をメモするようにプレイヤーに言っておくんだ。たいてい一人 ぐらいは用心深いプレイヤーがいるもんだから、真面目にメモを取るだろう」
「そうですね」
「となると、今回のシナリオは真面目な推理物なのかな、などと勝手に勘繰って、プレイヤーも緊張するというものだ。実際には、今回のシナリオではメモなんて必 要ないんだけどね。まあ、雰囲気を出す小道具のようなものかな」
「ええ〜、それって、プレイヤーさんをだましてるみたいで、ずるいですぅ」
「俺は、どれだけうまい嘘を吐くかが、マスターをうまくやる要素だと思ってるから、こんなこともするけど、もちろん、絶対に真似しろとはいってない。こんな方 法もあると言うことだよ。
 今回のシナリオでは、魔法使いのプレイヤーにメモを手渡しておけば、魔法使いが、勝手にシナリオをミステリーな雰囲気にしてくれると思うよ」
「先輩って、悪人ですぅ」

「でも、こういったテクニックはRPGの初期からあるんだよ。
 昔のRPGでは、『マスターは必要がないときでも、ときどきダイスを振ること』とされていたものだが、なんでマスターは意味も無くダイスを振らなくてはいけ ないのかわかるかい?」
「ええっと〜、わからないですぅ」
「それは、古いスタイルのダンジョンシナリオとかでは、とにかくプレイヤーの緊張感が大事だったんだ。
 なんせ、ひどいダンジョンシナリオじゃあ、プレイ中にやっていることと言えば、マッピングと、トラップ外しと、シークレットドア捜しばっかりで、それが数時 間も続くのだから、どんなにゲーム好きなプレイヤーもやがてはダレてしまう。
 戦闘が起きれば緊張感も生まれるが、戦闘は時間がかかるし、それにキャラクターにとっては致命的になることが多い。プレイヤーの緊張感をあおるためだけに戦 闘をしていたら、キャラクターの身がもたないわけだ」
「なんかすごい話ですねぇ」

「実際に、俺だって昔は数多のダンジョンを潜り抜け、そして数百のダンジョンシナリオを作ったものだ。最近では、滅多に気合いの入ったダンジョンシナリオなん てやらないがね。
 ダンジョンシナリオでは、とにかくプレイヤーをいかにして退屈させないかが難問だ。
 たしかに、戦闘は楽しいのだが、やはりプレイヤーとしては戦闘というのは、極力避けたいものだった。D&Dのようなゲームでは、戦闘のたびに死の予感が付き 纏っていたからな。
 と言っても、プレイヤーは退屈すれば、すぐにだらけてしまう。そこで、マスターは、プレイヤーがだらけてきたなと思ったら意味もなくダイスを振るんだ」
「どうしてですぅ?」
「マスターがダイスを振っているということは、何かが起きる前触れだとは思わないかい?
 プレイヤー達は、いったい何が起こるのだろうと緊張することになる。たとえ、何も起きなかったとしても、あのダイスは何だったのだろう、不意討ちをする気な のかもしれない、と勝手にいろいろと想像をして警戒することになる」
「なるほどぉ」

「だが、このテクニックも最近ではあまり聞かなくなったな。
 俺個人としては、この手のテクニックは大好きなんだが、このまま廃れていく運命なんだろうなあ」
「どうしてですか」
「第一に、RPGがシビアなゲームという部分から離れて、ストーリーを楽しむという傾向になったことが上げられる。そこまでして、プレイヤーに緊張感をもたせ なくても、ストーリーでプレイヤーの興味を引くようなスタイルになったわけだ。
 それに、昔の強者プレイヤーならいざ知らず、最近のプレイヤーはマスターが何回ダイスを振ってるかなんて気にはしてないからな。もし、ダイスを振っているの に気づいたとしても、知らないふりをするのが礼儀だとされてる。つまり、それはマスターの秘密と考えるからだ。
 俺なんて、昔は振ったダイスの音によって、マスターがスクリーンの向こうで何面ダイスを何個振っているかを推理したものだったが。今じゃあ、それは邪道とさ れているんだよなぁ。たしかに、自分でも行儀の良い行為だとは思ってないが」
「そんなことをしてたんですか……」
「まあ、と言ったわけで、これも演出の一つと言えよう。つまりは、上手くプレイヤーをだまして、ゲームを盛り上げるかのテクニックと言うわけだ。
 この他にも、普通のダイス目が出たのにギャッと悲鳴をあげたり、ダメージをダイスで振るゲームなら、関係の無いダイスまで一緒にたくさんのダイス振ったりし てプレイヤーを怯えさせるなど、いろいろプレイヤーをだますテクニックはある」
「だますって……演出の話をしていたんじゃないんですか?」
「おっと、そうだったな」


5,本気になってスクリーンを倒す

「そう言えば、究極の演出法としては、オープンダイスでゲームをするというのがある。つまり、ダイスをマスタースクリーンなどで隠したりせず、プレイヤーの前 で振ってみせることだ」
「それのどこが演出なんですかぁ?」
「キャラクターが死にやすいゲームでのオープンダイスは、それ自体が恐怖なんだよ。マスターの裁量でダイス目が操作されないんだからね。
 だから、オープンダイスになると、おのずとプレイにも熱がこもってくるものだ。
 俺なんかは、今回の戦闘は本気だからと言って、突然マスタースクリーンを倒し、オープンダイスで戦闘をしたりする。その他、ボスキャラの抵抗ロールとかを部 分的にオープンで振ると、この戦闘はインチキなしなのだとプレイヤーも納得して燃えてくる ものだ。
 こういう演出は、戦闘バランスの良いゲームや、戦闘の多いシナリオなんかでは、とても有効な手段だね」

「でも、今回のシナリオでは、あまり使えるとは思えませんがぁ」
「そうか、なら、他にもまだまだあるぞ。
 例えば、シナリオ中、予想外の行動をとったキャラクターがいた場合、きみならどうする」
「もちろん、アドリブを使いますけど……」
「まあ、そうだろうね。だが、そのアドリブというのは、あまりやりすぎるとプレイヤーになめられてしまうことになりかねない。マスターのアドリブばかりで話が 進んでいくと、プレイヤーは、すべてがその場のノリとマスターの判断でゲームが進んでいるのだと開き直って、ゲーム自体に締まりが無くなってくる。そうなって くるとゲームは、緊張感の欠片もない、ただのヨタ話となってしまうのだ」
「う〜ん、先輩たちのゲームって、時々、そんな感じになりますよね〜」
「興に乗ったヨタ話というのも、それはそれでおもしろいときもあるのだが、大抵は適当に勝手なストーリーを流すだけのつまらないゲームとなってしまうことが多 い」
「はあ、わたしはまだそういうことにはなったことはないですけどぉ」
「まあ、良くも悪くも気心の知れた仲間同士でのゲームを続けてると、こんな状態になることがあるのだ。
 こういったときは、プレイに緊張を持たせるのが一番だ。つまりは、プレイヤーが開き直った原因である、アドリブによるマスタリングを無くせば良い」
「アドリブを無くすなんて無理ですぅ」
「もちろん、アドリブを無くすことなどはとうてい無理な話だ。だが、プレイヤーの予想外の行動に対し、あたかもそれがシナリオに記されているかのように、マス ターが対処することはできるはずだ」
「ええ、どうやってですかぁ?」

「例えば、何も書かれていないメモ用紙を読むふりをしたり、プレイヤーの行動に対して、ちょっと待ってくれと言って、書かれてあるはずもない、その行動に対す る対処法を探したりするのだ。
 このテクニックは、シナリオに書かれていないアドリブによる判定に、説得力を持たせるのに役立つ」
「どうしてですか?」
「では、崖を飛び越える判定で達成値をプレイヤーに伝える場合を例としよう。子の時、マスターが何も見ないで難易度はいくつだと言うより、プレイヤーをほんの 少しだけ待たして、白紙を見ながら達成値を言ったほうが、その数値にも重みが出てくるものだ」
「そんなものなんでしょうかぁ。わたしは、プレイヤーをやっていても、そんなマスターの素振りなんて意識したことはないですけどぉ」
「まあ、マスターとしての厳格な態度を示して、プレイヤーになめられないようにするに は役立つと思うよ」

「……なんだか、どんどん今回のシナリオとは関係ない話になっている気がしますねぇ」
「そっ、そうかなぁ。まあ、いろいろと演出法はあるから、その場に応じて使い分けてくれと言うわけだ」

「……でも、先輩って、いつもそんなこと考えてマスターしてるんですかぁ。なにか、被害妄想でもあるんではぁ?」
「よ、よけいなお世話だ!
 まあ、とにかく、いろいろとマスターの演出法についてを教えてきたわけだが、はっきりいって、次回のシナリオにこれが役立つかどうかはわからん」
「あ、開き直りましたねぇ」
「うるさい。とにかく、来週は頑張るように。以上だ」
 そう言って、Y先輩は席を立ち上がる。
「む〜、なんかまだいろいろ聞き足りないような気がしますが……」
「もう勘弁してくれ。まだ、俺は連中とのゲームの続きがあるんだよ〜。明日は仕事だってのに〜」
 ふらふらと喫茶店を出ていくY先輩。

「先輩も、だいぶネタが尽きてきたようですねぇ」
 それを見送りながら、さゆりちゃんはラズベリーパフェをひとすくい食べた。
 朝からそんなものを食べていると、太るぞ、さゆりちゃん!!


補講へ続く……


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